みんなが出て行ってから30分ほど経過した。
「そろそろ全員離れた場所に移動しただろう」
念のために鳥を飛ばして施設内を確認するが、俺たち以外に人の姿はどこにもない。
入り口に横付けして停めていた馬車もいなくなっている。
指示通りにこの施設から離れてくれたようだ。
これで気兼ねなく施設を破壊できる。
俺たちは転送室を後にして通路を先に進む。
眼鏡マンの話から、ドロシーちゃん、レルム君、タルタロスさんの復活のシステムはろくでもないことは確定している。
俺はモリ君とエリちゃんの2人が元の生活に戻れることを望んでいる。
それは単に日本へ帰るということだけではない。
日本で平和な日常生活を送る上では見なくてもいい、知らなくてもいいことがあるはずだ。
2人が穏やかな日常に戻るために、邪魔になる物を見せたくはない。
できれば俺も見たくはない。
そんなものはなかったと蓋をしてしまいたい。
だが、それだと救われない……こんな暗闇に取り残されてしまう魂がある。
こんな暗い砂漠の果てで晒し物にされ続けるのはみんなも嫌だろう。
「こっちだ」
カーターの案内で通路を進み、ようやく目当ての場所にたどり着くことができた。
Laboratory……研究施設と書かれているので、ここがおそらく目的地でいいはずだ。
出入り口は施錠されていたので、鳥を扉に叩きつけて破壊し、無理矢理中へと入る。
扉を破壊したと同時に警報が鳴り響いたが、もはやこの施設に駆け付ける者はいない。無視だ。
扉を開けた先はまた別の通路になっていた。
通路の両脇には一般企業のオフィスのような部屋が並んでいるが、そこに目的のものはない。ここも無視だ。
一番奥まで歩くと「Isolation」と書かれた扉で閉ざされた場所に着いた。
ここも厳重にロックされていたので、入り口と同じように鳥を叩きつけて扉を破壊して中に入る。
室内は数え切れないほどたくさんの円柱型の透明なカプセルが並ぶ異様な光景が広がっていた。
カプセルの台座部分には緑色のライトが取り付けられている。
それは内部に収められた「モノ」……謎の液体で満たされた中に浮かぶ様々な生物の遺骸を照らしていた。
ホンジュラスの遺跡で見た寄生体。
押し潰された赤ん坊のような生物。
悪夢の中でしか登場しないような歪な造形物が無秩序に展示された邪悪な美術館がそこにあった。
悪趣味にもほどがある。
「ここを管理してる奴はどんな特殊性癖なんだよ」
部屋を奥へ進むと、カプセル内部に浮かぶ「モノ」が人間の遺体になった。
既に白骨化しているもの。
無惨なバラバラ死体。
もはや原型を留めていないただの部品。
生きているのではと思えるような綺麗な遺体……
老若男女問わず。
数え切れないほど多くの人間が透明なカプセルの中でその死を冒涜されていた。
「もはや霊廟だな」
気持ち悪さやら、恐怖やら、怒りやら。
感情の爆発により、吐き気が込み上げてくるが、それらは唾と一緒に無理矢理飲み込んで先へ進む。
まともな精神でこれは直視できない。心が折れて耐えられないだろう。
「見たくないなら帰っていいんだぞ」
「いや、俺がここで退くわけにはいかない」
カーターが珍しく優しい声だった。
そう言うカーターもあまり顔色は良くない。
そのうち、見たくもなかった、知った顔が登場した。
間違いなくこの中にいることは分かっていたが、ついに出会ってしまった。
「ドロシーちゃん……レルム君……タルタロスさん……」
3人「だったもの」は虚ろな目をしていた。
一度首を切断されたようで、それを接合するためなのか粗めの糸で縫いつけられている。
腹にも致命傷を受けた痕があり、そこにも雑な縫い目があった。
あまりに雑すぎて、傷口から内臓が飛び出そうとしている。
皮膚の一部は腐敗しかけて爛れていた。
知った顔が急に現れたことと、普段の元気な顔がフラッシュバックしたせいで、激しい頭痛とおぞけが襲ってくる。
覚悟はしていたものの、耐えきれずに目を覆いしゃがみ込んだ。
吐き気もぶり返してきたが、ここで倒れるわけにはいかない。
人知れず亡くなったオリジナルの最期の姿。
せめて俺だけでも見届けて、心に刻み込んでおかないといけない。
誰も知らないこんな薄汚い場所で晒し者にされているなど、成仏しようにも成仏しきれないだろう。
目を見開いて、もう一度オリジナルのレルム君たちを見た。
その姿を脳裏に焼き付ける。
「そして、こちらはおそらくハセベさんの最初の仲間の戦士かな? そしてウィリーさんたちの仲間……マークさんだったか?」
ウィンキーの町をドロシーと共に襲撃してきた連中も同じくカプセルの中に確認することができた。
それぞれが未練を残した表情のまま地獄の亡者のような扱いを受けている。
これは絶対に目を逸らしてはいけない。
「オウカちゃんはここに入れられなくて良かったのだろうか……いや、そんなことはないな。自分の悪行の正当化はいけない」
そして、これからは俺にしかできない仕事が待っている。
多くの遺体の顔を見ながら先へ進んでいく。
目を逸らすわけにはいかない。
忘れるわけにもいかない。
これだけ多くの人たちの犠牲があったということは全部、俺が刻んでいく。
そして、最後に見知った顔があった。
俺のすぐ横に立っているのと寸分変わらない長身の男。
「こいつが運営の世界のカーターか」
一番奥にあった一番大きなカプセルの中には、俺の知っているのと瓜二つのカーターが入っていた。
前にゲームマスターとカーターとの会話で、運営の世界にもカーターがいることは分かっていた。
カーターの言うところの「異世界同位体」というやつだ。
だが、まさか責任者ポジションだとは思わなかった。
他の遺体と違い、カーター(仮)には一切傷が見られない。
カプセルの前に数個のボタンがあったので「Talk」と書かれたボタンを押してみる。
「こんなところに入れられている理由が分からないが、お前が別の世界のカーターだな」
反応はない。
もう一度ボタンを押して呼びかける。
「本物のゲームマスター。俺たちをこの世界に召喚して、ゲームだかショーだかをさせていた運営の責任者」
やはり何の反応もないので引き返そうかと思った時に、ゴボゴボと排水溝へ水が流れるような音が鳴った。
やや遅れてスピーカーから合成音声らしきものが聞こえてきた。
『気付いていたのか』
カーター(仮)がその目だけを俺たちに向けていた。
「上にいた自称ゲームマスターは三流すぎたからな。さすがにもう少しまともな奴がいないと組織は回らんだろうとは思っていた」
まさか知った顔がゲームマスターで、かつカプセルの中とは予想外だったが。
『どういう人物を想定していた?』
「白衣を着た老人が椅子に座っていて『ようこそ。遅かったじゃないか』と言ってくる感じか」
『期待にそぐわなくてすまない。次はもっと悪の首領らしい姿をしておくとするよ』
相手があまりに普通の対応をしてくるので調子が狂う。
実にやりにくい。
「それでなんと呼べばよい? ゲームマスターでいいか? それともオリジナルカーター?」
『カーターを名乗る人物はすぐ横にいるだろう。ならば私はランドルフと呼べ』
「ランディね」
勝手に省略するとランディはクククと笑った。
「中継で映画的な演出を入れたのはお前か?」
『ああした方が映像として盛り上がるだろう。興行としては失敗でも、観客を少しでも満足させるために最高の演出を施すことが我々の仕事だ』
「確かにあれは良かったぞ。こんな仕事なんてやらずに映画監督にでもなればよかったのに」
『私も許されるならば創作の仕事をしたかったよ。たとえ低予算でも人の心に残るような作品を作りたかった』
見慣れた顔なので、つい気軽に話しかけてしまうが、あくまでもこいつは敵だ。
ここで引導を渡さなければならない。
「俺も映画は好きだから映画論ならいくらでも語りたいところだが、こちらも無限に時間があるわけじゃない」
『ああ、それは残念だ。私も異世界の映画には興味がある』
「映画の……人の心を描く創作がある世界の人間がよくもまあこんな酷いゲームをできるな」
『それも人間の一面だ……人は加虐心を掻き立てられる過激で残酷な物語が好きなんだよ。まるで自分が強くなった気になれるから』
つまりこいつも犠牲者のようなものか。
雇い主に求められるまま、より過激な刺激を提供するための劇を……映画を作っていたプロデューサー。
だからと言ってやらかした行為に対する責任がなくなるわけではない。
「今からお前を滅ぼして、この基地を壊滅させるけど良いよな。理由は分かっていると思うが」
『理解している。私たちは君にそれだけのことをした』
「君たちに訂正しろ。そこのカプセルに入れられている犠牲者や、ここまで来られなかった他の参加者にも心の中で謝罪しておけ」
『ああ』
やけに物分かりが良すぎて怖い。
本当に分かっているのだろうか?
「どうも別世界のオレ。今の気分はどうだい?」
今度はカーターがランディに話しかけた。
『最悪の気分だ』
「こっちも最悪だ。オレがここに喚ばれたのは、お前の後始末をつけるためだよ。雇い主はオレとお前の区別が最初つかなかったんだよ」
『それはこちらも同じだ。お前が動いていたのを私だと勘違いした奴がいたせいで、このざまだ』
「お前をここに入れたのは、ゲームマスターを名乗っていた男か?」
『その通りだ。私が持っていた管理職の地位が欲しかったんだろう』
それだけ言うと、カーターとランディが共に笑った。
『元の世界に帰りたいのか?』
ランディが突然に話題を変えてきた。
「……えっ? まあそうだけど、急にどうした?」
別に隠している話でもないので正直に答える。
『
「でも、俺たちは、日本へ帰るための方法を聞くためにここまで旅をしてきて」
『魔女は元の世界に帰る方法はないから諦めろと言ってくるだろう。だがその言葉に耳を貸すな。方法は別にある』
「あるのか? 日本に帰るための方法が?」
『時空の神だ』
「えっ?」
時空の神。それは前に知事から聞いた単語でもある。
『イートラーよりも強い力を持つ時空の神ならば、次元の壁を塞がれようが関係ない。元の世界を含めたあらゆる時空への移動が可能だ』
「でもどうやって時空の神とコンタクトを取れば?」
そもそも、サンディエゴに来た目的はそれだ。
時空の神と交信できれば日本に帰ることができる。
西の魔女はその方法について研究しているということだったはずだ。
『アメリカ東海岸、マサチューセッツ州のセンティネル丘陵の祭壇へ行け。そこならば時空の神を召喚できる。そういう聖地だ』
「ダンウィッチでいいんだな?」
カーターがまた別の地名らしき固有名詞を口に出すと、ランディが頷いた。
『ああ、そのダンウィッチの近くにある小高い丘だ』
「マサチューセッツ州って、ここから5千キロくらいはあるだろう」
マサチューセッツ州があるのは、ニューヨークよりもさらに北。ボストンがある場所だ。
アメリカ西海岸から東海岸に行けとか無茶を言ってくれる。
『ならば諦めるのか?』
何がなんだか分からない。
このランディという奴は何を言いたいのか?
「そこまで行くだけでも相当な労力がかかる。なので曖昧すぎる情報じゃ動けない。そもそも時空の神って何なんだ?」
『時空の神は君が何度も喚んでいるだろう。そして今からも喚び出そうとしている』
「何度も喚んでいるって、そんなの喚んだ覚えなんてないぞ……」
考えられるのは2つ。
群鳥で召喚しているウィップアーウィルヨタカ。
どう考えても違う。あれはただの鳥だ。
もう一つは魔女の呪いを使用した時に現れる虹色の球体だ。
冷静に考えるとあの存在は色々とおかしい。
「あの虹色の球体が時空の神?」
『時空の神の巫女である君ならばコンタクトを取ることができるはずだ。パズルのピースは全て揃っている』
意味が分からない。
パズルのピースとは何なのか?
話の流れからすると、俺たちが日本へ帰るための情報ということなのだろうが、今のところそんなものを手に入れた覚えはない。
それとも、伊原さんから何か聞けるのだろうか?
時空の神の巫女……あのアデレイドが持っていた手配書には俺が邪神の巫女と記されていたが、俺自身がパズルのピースということなのか?
俺が混乱する中で、カーターだけは何かを理解した様子だった。
「なるほど……最初から全部揃えられていたというわけか」
『足りない情報があると感じたのならば、手前にあるマサチューセッツ州のアーカムへ向かえ。そこに全ての答えがある』
また1人で理解した気になっている。
後で教えてもらわないとダメだろう。
『祭壇までの足がないのならば、この施設の地下に車を一台停めている。中古車で良ければ乗っていってくれ』
「車?」
『君たちに管理者権限を委譲しよう。乗っていくといい。快適だぞ』
何のことか分からない。
カーターといい、ランディといい、なぜ、こいつらは自分の都合だけで語ろうとするのか。
「でも、なんで俺にそこまで教えてくれるんだ?」
『無貌の神の好きにさせたくはない……それだけだ』
「なんだそれ」
どこまで本当の話なのかは分からない。
伊原さんもランディの予想通りの発言をするとも思えない。
判断するのは実際に伊原さんの口から話を聞いてからだ。
「じゃあ、ちょっとオレはその車とやらを見てくる。ここはお前1人に任せていいな」
カーターはそう言うと、俺とランディに背を向けた。
こいつなりの気遣いのつもりなのだろうか?
「じゃあな、別の世界のオレ。来世ではまともな映画監督になれることを祈っておくよ」
『ああ、こちらも最期に話せたのが面白い相手で良かったよ。私の代わりに人生を楽しんでくれ』
「頼まれなくたって楽しんで生きてやるさ」
カーターは振り返らなかった。
ただ腕を上げて応えただけで、この霊廟を出て行った。
十分な距離が離れたタイミングで鳥を追加で5羽召喚する。
そして
「これが時空神ねぇ」
なんでもいい。
今はここで実験台にさせられている犠牲者たちを解放するだけだ。
「それじゃあお別れだ」
『気に病むことはない。私はとっくに死んでいて、ここで話しているのはただの残滓だ』
「そういうことにしておくよ。それじゃあな」
『最期に……楽しかったよ』
それがランディ……真のゲームマスターの最期の言葉だった。
虹色の球体による「収穫」の効果により、ランディの全身は黒い霧と化して跡形も残さず消滅した。
それと同時にカプセルに灯っていた淡い緑色の光が消えた。
別人だと頭では理解していても、知っている顔が霧に溶けて消えるのは複雑な気持ちだ。
俺は無言で黒い球体を箒の先に出したまま、通路を歩き始めた。
カプセルの中に安置されている遺体を黒い霧へと変えていく。
主を失い、空っぽとなったカプセルの台座は機能としてそう作られているのか次々と消灯していった。
それと共に明るかった部屋がどんどん暗くなっていく。
歩いた先からカプセルが消灯していくせいで、まるで俺が光を奪っているようだ。
暗い通路の中、俺の身体に浮かんだ紋様と黒い球体のヒビから漏れ出した虹色の光だけが余計に目立つ。
「オリジナルのドロシーちゃん、レルム君、タルタロスさん……せめて安らかに」
3人の遺体の前に立ち、黒い霧と化して消えるのを見届けた。
「みんなのコピーはこれからも生きていくことになると思う。ただ、彼らも生きている……生きていたいんだ。だから恨むことはしないで欲しい」
返事など当然ない。
死者は喋ったりしない。
全て幻聴だ。
だが、その幻聴には答えざるを得なかった。
「ああ……みんなで一緒に日本へ……家へ帰ろう」
他のカプセルに入れられていた人たちも同様に消滅させて解放させていく。
……ここにあるのはもう魂のない遺体だ。
初対面の俺に感謝などするはずない。
何も聞こえない。
全部気のせいだ。
そう自分に言い聞かせながら暗い通路を歩きながら犠牲者を弔っていく。
入り口まで歩いて謎の怪生物も全て霧に変えた。
ここに残したままだと、誰かに悪用される危険がある。
全てのカプセルが消灯して真っ暗になった部屋を振り返って呼びかけた。
「みんなの無念は受け取った。この熱線で、運営によるこの狂ったゲームを終わりにする」
呼びかけても何も返ってくるはずなどない。
それなのに、部屋の奥からは感謝と歓喜の大歓声が聞こえた気がした。
「ありがとう」じゃないんだよ。
お前たちは死んでるんだ。
別に俺は助けてなどいない。
ただ解放しただけだ。
どうやら色々ありすぎて、精神的に限界らしい。
部屋を出た後に俺は真上に向けて箒を向けた。
黒い球体は虹色に輝き、今にも破裂しそうになっている。
これを熱線に変えて、真上へ向かって撃てば、電波鉄塔の全てを破壊できるはずだ。
これでみんなの無念を……みんなの……
いや、もう限界だ!
「あああ! 全部一人に背負わせやがって! 俺は都合の良い便利屋じゃないぞ!」
何故俺一人でこんなに重いものを背負わなければならないのか?
俺が動くのは、あくまでも俺自身と家族同然のモリ君、エリちゃんのためだけだ。
それに死者は喋ったりはしない。
これは俺の脳がストレスで錯覚を起こして幻聴が聞こえているだけだ。
もうやらないからな、こんなことは!
真上に放った熱線は研究施設の天井、岩盤、その上にあった塔を貫いて空の彼方へと消えていった。