空が見える。
魔女の呪いによって研究施設から地上までは大きな穴が開口していた。
いつの間にか日は暮れており、真上には星空が見える。
「そうだ……施設を破壊しないと」
箒を杖代わりになんとか立ち上がった時に、カーターが戻ってきた。
「おい、すごい車があったぞ……って、お前大丈夫か?」
カーターは開口一番、なぜか俺の体調を心配するような声を掛けてきた。
「別になんともないぞ。平常通りだ。それよりも施設を焼かないと」
なんとか立ち上がろうとするが、どうも平衡感覚がうまくいかない。
よろけたところをカーターに支えられた。
カーターから離れるも、急に眩暈がして、よろめいて倒れそうになる。
だが、先に膝をついて座り込むことで転倒だけは阻止した。
「疲れとかじゃないんだ……いや、本当に疲れじゃないから大丈夫」
片目だけを開けてカーターを見たが、崩壊していくランディの顔と二重写しになっているように見える。
なんだ……これは……。
《急に『死』を見すぎたんだ。常人なら発狂してもおかしくない。今日はもう休もう》
死や闇に精通していそうな
どうやら俺は精神的にダメになっているようだ。
「まずは一時退避した連中と合流するぞ」
「ああ、分かった。とりあえず少し休んだら行く」
「そんな状態のお前を放置してはいけないだろ。全く……オレの体力がないのは分かっているだろうに」
カーターはそうぼやきながらも、俺を背負って歩き始めた。
体力がないのはすぐに分かる。
ただ歩いているだけでかなりふらついているし、息も相当上がっている。
力を入れすぎなのか、顔も真っ赤だ。
たまに歯を食いしばる音も聞こえる。
相当汗をかいているのが服越しにも伝わってきた。
それでも歩くのをやめない。
一歩一歩着実に前へ進んでいる。
「もういい。自分で歩く」
「年下が無理をするな。こういうのは年長者が背負っていくんだよ」
「でも、俺は……」
「元の年齢とか関係なく、28歳のオレの方が年上なんだよ。たまにはカッコつけさせろ」
そこまで言われたら、カーターの漢気を否定はできない。
このまま甘えることにする。
「今日のお前は最高にカッコいいぞ」
「今更気づいたのか。オレはいつもカッコいいんだよ」
◆ ◆ ◆
いくら地獄のモハーベ砂漠と言えども、真冬の1月だ。
夜はかなり冷え込むので、火を焚いて馬車の周辺でテントを張ってキャンプをすることにした。
俺は、みんなと別れてから起こったことをありのまま伝えた。
ドロシーちゃんたち第16チームや、ハセベさん、ウィリーさんたちのかつての仲間の遺体を見たことだ。
さすがに全員ショックを受けていたようだった。
ある程度、予想はしていたのだろうが、限度というものがある。
今もサンディエゴで眠っている仲間は完全にコピーの別人。
オリジナルの遺体はここでひどい扱いをされていたなど、信じがたいのは分かる。
それでも、全員が事実として受け止めてくれた。
そして、ランディに会って話したことの説明だ。
伊原さんが俺達の日本への帰還を邪魔する可能性があること。
アメリカ東海岸、マサチューセッツ州のセンティネル丘陵にある祭壇に辿り着けば、日本へ帰ることができそうという話だ。
情報が多いので、一緒に話を聞いていたカーターとお互いに確認しながら説明をしていく。
「それならば、転送装置は残しておいた方が良かったんじゃないですか?」
「でも、あれを残しておいたら絶対悪用されるだろう。どのみち動かすためのエネルギーがもうなかった」
「まあそうですけど」
今のところ伊原さんを信じてはいる。
だが、もし伊原さんがランディの言うとおりに次元の壁の修復を優先することもあり得る。
そうなれば、頼れるのはランディの言葉だけだ。
だが、5千から6千キロを移動というのはあまりに辛い。
距離の目安になるとしたら、漫画の話にはなるがサンディエゴからニューヨークまでの移動といえば
ただし、あれは街道が整備されて、アメリカを横断する鉄道も砂漠地帯に大きな町も存在している19世紀の話だ。
馬車で行くとなると1日あたりの移動距離の平均が40キロと仮定して150日。5か月。
砂漠や山岳地帯など移動困難な地域もあることを考えると、約半年は掛かると考えていいだろう。
しかもこれは休憩を一切考慮していない。
行けなくはないが、全員の食料を確保しながらとなると体力的にも予算的にもかなり厳しい。
どこかに異世界から飛んできた町があれば良いのだが。
「この際です。運営が残したもので何か使えそうなものがあれば使いましょう」
「でも世界的には、こんな怪しい技術の産物は残さない方が」
「俺たちだけで管理して、誰にも使わせなければ良いんです」
「でも……」
「私も賛成。だってこのままじゃ6千キロの移動なんて無理でしょ」
2人が強く言うと仕方がないかという気になってくる。
「私としても賛成だ」
ハセベさんが挙手して言った。
「どのみち、フロリダに行ったクロウさんたちを置いてはいけない。まずは一度彼らと合流したいと思う」
ハセベさんの言う通りだ。
クロウさんたちはアデレイドたちのように自らの意思で日本へ帰ることを拒否したわけではない。
住民を守るためにフロリダの町へ向かったのだから、それを放置して俺たちだけが勝手に帰るのもおかしな話だろう。
「第4チームはどうしましょう?」
こちらはモリ君だ。
第4チームは元々はモリ君が合流を約束していた相手だ。
その約束は無下にはできないが、残念なことに、現在の居場所が分からない。
タウンティンの軍が彼女達を保護したのは確認できたが、その後の現在位置が不明だ。
ハイチだかドミニカだか……もしかしたらパナマの軍港に行けば会えるかもしれないが、やはりカリブ海まで出なければならない。
「あの人たちにも一度声をかけたいところですが」
「そうは言っても今どこにいるのやら」
どこに行けば会えるのか、雲を掴むような話だ。
ただ、こちらはある程度タウンティンの領土に近づけば無線が通じるので確認は取れるかもしれない。
まあ無線機などどこにもないのだが。
「オレからも意見をいいか?」
ウィリーさんが俺の顔を見ながら言った。
「キューバにいた時に話を聞いたんだが、この北アメリカ大陸にも、オレたちの仲間が各地で戦っているという噂を聞いたことがある」
「ゲームマスターも言っていましたよね。第3チームがショップ機能を手に入れたって。まだ会っていない人が大勢いるはずです」
「そんな連中のところを回るためにも、移動手段は必要だ」
ウィリーさんが言っているのは、ランディが言い残した車とやらの話のことだろう。
「そのランディってやつ? そいつが車を使ってくれと言ったんだろ。形見みたいなものなんだから、見るだけでも見るのは筋だと思うぜ」
「そうでしょうか?」
「罠の可能性が半分。だけど、本当に忠告の可能性も半分だ。ともかく明日、もう一度実物を見てから考えよう」
◆ ◆ ◆
「こりゃまた凄い車が出てきたな」
ウィリーさんが口笛を吹きながら感嘆の声を上げた。
ランディが言っていた車とは、兵員輸送のための軍用装甲車のことだった。
サイズは大型トラックほどの大きさがあり、近くで見るとかなりの圧迫感がある。
前面はボートのように傾斜している。
これはある程度水陸両用に作られているのだろうか?
タイヤは8輪。
履帯はないが、これならば未開拓のアメリカ大陸の悪路でも比較的楽に走行できるだろう。
車体はモスグレーで塗装された装甲に覆われており、車体前方には投光器が備え付けられている。
窓ガラスは付いていない。
その代わりに車体に取り付けられたカメラを通して運転席……コックピット内に搭載されたモニターに映像が表示される仕組みのようだ。
「中はもっとすごいぞ」
カーターが車体に触れると、自動的にロックが外れる音がした。
ドアを開くと、中はかなり広い空間になっていた。
カーターがハンドルに触れると、空中に光り輝く半透明のウインドウが浮かび上がった。
男の子ならみんな大好きSFコンソールだ。
これはタッチパネル方式になっており、メニューを選ぶとサブメニューが新しいウインドウとして展開する。
メニューは英語。
謎言語でないのは助かる。
いくつか操作を行うと、車体後方にあるハッチが開いた。
サイドにもドアが付いているのだが、大勢の人間が出入りするならば車体後部が大きく開くハッチの方が便利そうだ。
後部ハッチからみんなに中に入ってもらう。
「意外と広いな」
「一応、定員は運転手を含めて24となっている」
カーターがメニューを操作しながら答えた。
どうやらマニュアル的なものを読んでいるようだ。
それを聞いたウィリーさんが指を動かして、手尺で内部の大きさを計り始めた。
「24ってのは満員電車みたいにギチギチに詰めたらの話だな。荷物を積むことを考えると、半分以下ってところか」
「十分ではあるがな。毛布を敷けば中で寝ることもできそうだ」
ハセベさんも床の状態などのチェックを始めた。
「まあ、さすがに床で寝るのは辛そうではあるが」
「寝る時は外に出てテント泊でいいだろう」
「それもそうだ」
移動については重要だが、それよりも大切なことが抜けている。
「ところで、こいつはどういう仕組みで動いているんだこれ。こいつ専用のガソリンスタンドなんてどこにあるんだ?」
補給の検討は必要だ。
いざ出発したはいいものの、エネルギー切れだったり、タイヤがパンクしたが交換部品がありませんだとどうしようもない。
「メーターパネルの表記を信じるならエーテルリアクターだな。大気中のエーテルを吸収する……らしい」
カーターがマニュアルを読みながら答えた。
当然疑問が浮かぶ。
「エーテルってのは何なんだ?」
「さあ?」
カーターに分からなければ、誰にも分かるわけがない。
まあ、わざわざ表記されているくらいなのだから俺たちが認識できないだけで、エーテルなる物質はこの世界に充満しているのだろう。
もしかしたら魔力の源的なものかもしれないが、残念なことに単なるコスプレ魔女である俺にはその存在を認識できない。
本物の魔法使いのスーリアあたりに聞けば何か分かるかもしれない。
会える機会があれば聞いてみよう。
「予備のタイヤは?」
「メニューの項目が多すぎて分からん。パーツ損耗率も出せるみたいだが、見方が分からん」
「そんなこともできるってSFだな」
「タイヤの空気圧くらいなら現代の車ならわかるぞ。オレが乗ってるアメ車でも分かる」
「本当かよ」
全然知らなかった。
世間の技術は俺が知っているよりも速く進んでいる。
装甲車があった駐車場に予備タイヤらしきものはなかったはずだ。
タイヤの修復については調べておいた方がいいだろう。
メーターパネルにはおそらく現在の速度、時間、距離計など様々な情報が表示されている。
多いのは良いのだが、さすがに多すぎて逆に見辛い。
それこそ大気濃度から空気の汚染状況まで、それは本当に必要な情報かというものまで表示されるのだからたまらない。もちろんどう見ればいいのかは分からない。
俺が大学時代に買って、ずっと乗っている愛車は70年選手のクラシックカーだ。
それに付いている計器は機械式の速度計、回転数、燃料計。この3つのみである。
車なんてそれで十分なのだが、この装甲車は数十倍の表示がある。
あまりにも世代が違いすぎて付いていけそうにない。
「スマホの機能を使いこなせていない年寄りの感覚なんだが」
「今後も使うかどうかは保留として、とりあえず、今はこの車に乗ってサンディエゴに戻ろう」
仲間たちを見ると、全員それなりの疲労感が見える。
このまま時間をかけて旅をするならば、楽な方がいいのは間違いない。
「もちろん馬車は廃棄しない。しばらくは併用したい」
頑張れば馬ごと馬車を入れられるかもしれないので、それでサンディエゴまでは戻れそうである。
俺としては異論はない。
伊原さんから頼まれた任務も果たしたことだし、みんなも俺たちの帰りを待ちわびているだろう。
この車をどう使うかはそれから考えても遅くはない。
「それでは一度戻りましょう。サンディエゴへ」
◆ ◆ ◆
まずは車の機能でエレベーターを動かし、地下倉庫に置かれていた車両を地上まで移動させた。
それから、馬をなだめながら、何とか装甲車内に収めた。
「さすがに馬を詰め込むとサイズはギリギリだな」
「馬たちって大丈夫かな?」
エリちゃんは馬たちの顔を見ながら心配そうにしていた。
「車の中には慣れないだろうけど、それでも放置なんてしたら可哀そうだし」
「そうじゃなくて、うちのわんちゃんも、夏に暑くて可哀想だからって家の中に一度入れたら冷暖房に慣れちゃって、もう外には出ないって言い出して」
エリちゃんの言うところの「わんちゃん」とはエリちゃんの自宅で飼われている大型犬の土佐犬だ。
それが家の中から出ないとなると、かなり大変なことになっていそうだ。
さすがに馬二頭を車の中で飼う余裕などない。
なんとかエアコンの快適さに馴染む前に外に出てもらいたいところだ。
ワゴン部分はそのままだと車体に入らないので、車輪と屋根を外して半ば分解した状態で無理やり押し込んだ。
どうせボロ馬車なので、ワゴン部分の破損は今更どうしたという話だ。
分解しようがなくて、コンパクトにならないシャーシー部分は屋根に積み込み、ロープでしっかりと固定する。
サンディエゴに着いたら再組み立てが必要だ。
それから、例の休憩室にあった酒類や食料の類を持ち出すことにした。
きりがないので、適当に赤白ワイン2本ずつ。
洋酒を4本とオレンジジュース3本。
製造年らしき数字は入っているが、西暦でも和暦でもない謎の数字なので何年ものなのかすら不明だ。
「これはブランデーだな。色も香りも良い感じに熟成されているみたいなので、これはかなりいいやつだぞ」
カーターが洋酒の栓を一本だけ開けて確認した。
「どれどれ、私も」
ハセベさんも洋酒の瓶に近づいていって、手で仰いで香りを嗅いだ。
「ラベルは読めないが、10年ものくらいの風格があるな」
「ああ。日本で買ったら数万の高級なやつだ。ありがたく飲もう」
俺には酒の善し悪しが分からないが、カーターもハセベさんも喜んでいるので、それなりに良い物のようだ。
「食料は何があった?」
「つまみの類だな。チーズとか乾燥豆とかビーフジャーキーとか。乾物はともかく、チーズは冷蔵庫なしだと日持ちしなさそうだから、早めに食べてしまおう」
手に入ったものはこれくらいだろうか。
「では、皆さん、出発してください。俺はここで最後のかたをつけてきます」
「苦労をかけるな……すまない」
「いえ、俺にしかできないことなので」
カーターの運転で装甲車が走り去っていくのを確認した後に、箒に乗って高く浮上した。
狙いは運営の施設のすべて。
ここで使用されているテクノロジーは未知でかつ危険なものが多すぎる。
この世界に投げ込めば、それこそ一つで国のバランスを激変させるだろう。
それに、命を冒涜する研究施設については一片たりともこの世に残すわけにはいかない。
「鳥8羽を
発動と共に、箒の先に虹色の球体が現れて、眼下の施設に隠れていたであろう小動物などを分解、吸収を始める。
やがて球体は赤熱し、そして弾けた。
施設に向けて放たれた超高熱の熱線は、外にあった小屋や塔、休憩室や指令室などを一瞬のうちに焼き払っていく。
研究施設は特に念入りに焼いた。
生物関係については「収穫」で軒並み塵に変えたつもりだが、それでも解き放たれると大きな問題が起こるかもしれない。
転送機能があった部屋、装甲車が置かれていた駐車場らしきスペースも含めて、目についた全てを焼き払っていく。
熱線の照射は30秒で終了したが、余熱で拠点の骨組みに使われていた鉄骨があちこち溶け出し始めた。
溶けた鉄は溶鉱炉のように施設の底の方へ流れ出し、むせ返るような熱気は俺がいる上空まで上がってきた。
これならば次射は必要ないだろう。
熱が収まる頃には、全て溶けて、もう運営がいた痕跡は何一つ残らない。
「終わったよ……これで……全部」
装甲車はいつの間にかかなり離れた場所まで走っている。
速度は相当出ている。
あれならば、旅に使うにも安心だ。
「みんなが待ってる。サンディエゴに戻ろう」
俺は箒を操り、装甲車の方へ向かってまっすぐ飛行した。