装甲車の走行性能や速度は予想以上だった。
俺たちが何日もかけた行程をたった2日であっさりと走りきり、予想より早くウィンキーの町に到着した。
その間になんとなく機能や使い方も分かってきた。
オーナーは俺とカーターに設定されているらしくて、ドアロックは触れるだけで解除されるし、運転席のハンドル近くにあるボタンに触れただけでエンジンがかかる。
理屈は分からない。
タイヤはやはりエーテルうんぬんで、ある程度は自動修復されるようだった。
回復能力も効くと書いてあったので、モリ君が試してみたが、本当に車体も含めて修復される。
どういう理屈だか分からないが、そういうものだと納得するしかない。
とりあえず、装甲車は図体が大きすぎて町の中には入れないようだった。
仕方ないので、町の近くに装甲車を止めて歩いていく。
まずは俺とモリ君、エリちゃんの3人で伊原さんに報告することになった。
他のみんなは町の中で待機していてもらう。
「私も付いていった方がいいか?」
ハセベさんが俺の顔を見ながら言った。
やはり運営の拠点を潰した時に少し精神状態がおかしかったことを心配してくれているのだろうか?
「伊原さんから依頼を受けたのは俺たち3人ですので、これは俺たちが報告しないとダメだと思います」
「そういうことなら仕方ないか。結果は後で聞かせてくれ」
「もちろんです」
◆ ◆ ◆
ドロシーに半壊させられた伊原さんの事務所は、早くも木の板が張り直されて、一応の修復は完了した様子だった。
破壊された古い壁材などは近くに雑に積み上げられている。
伊原さんの能力だとそれらの瓦礫くらい簡単に消せそうではあるが、そういうことに能力を使わないこだわりが何かあるのだろう。
おそらく事務所の前で自らゴミを箒で掃いているのも同じ理由だ。
「ただいま戻りましたけど、手伝いましょうか?」
「いやいい。落ち葉を集めているだけだからすぐに終わる。今の時期はどこからかいくらでも飛んでくるんだ」
伊原さんは言葉通り、ちりとりで集めた落ち葉をゴミ箱へ捨てた。
「それくらい能力でパっとできるのでは?」
「人間の感覚がどんどんなくなるからな。能力なんて使わないのが一番だ」
怖いことを言いながら、箒とちりとりを木製の掃除用具入れの中に入れた。
「しかし、ずいぶんと早かったな。まあ入れ」
「では失礼いたします」
「そういうのは要らないって言っただろ」
そうは言っても親しき仲にもなんとやらだ。
帽子を脱いで頭を下げてから事務所の中へ入る。
事務所の中は相変わらず雑然としていた。
建物は修理されても、中に積み上げられた書類の山がゴチャゴチャと机の上に置かれているあたり、配置に何かこだわりがあるのだろう。
最初に来た時と同じように伊原さんが粗末な木の椅子を出してきたのでそこに座る。
「依頼通りに運営の拠点を壊滅させてきました」
「そのようだな。こちらでも、ずっと放出されていた変な波動が消えたのを確認した。凄まじい熱線が空に飛んだのも見た」
「ここから見えたんですか?」
「全部見てるんだよ。もちろんどうやって見ていたかは企業秘密だ」
そう説明されるとどうやったのかを聞きたいという気持ちが湧いてくる。
まあ、聞いたところで何も理解できない可能性もあるが。
ともかく、これで一応は任務完了だ。
運営が送り込んできた襲撃者のやらかしについては一応許されたという形になる。
「ところでだ。あのラスベガスの位置にあった町を見てどう感じた?」
想定外の質問がやってきた。
何故この状況でその話題を出したのだろうか?
やはり伊原さんもあの町の異変を全て知っていたようだ。
「君たちにわざわざエリア51に行くように言ったのは、運営の件もあるが、町と魔物を見せたかったという理由もある。まさか調査と解決までしてくれるとは思わなかったが」
「出過ぎた真似でしたでしょうか?」
「いや助かる。近いうちに、異世界からやってきた冒険者チームを雇って解決させる予定だったが、その手間が省けた」
町の状況報告についてはどう切り出そうかと思っていたが、そういうことならば説明が省ける。
俺は市庁舎と発電所で集めてきた資料を今がチャンスとばかりに伊原さんに提出した。
「まずは君たちの推論を聞きたい」
「最低3つの世界が衝突して次元の壁が壊れた……ですか?」
これはランディから聞いた話も情報ソースとして含まれている。
その上で出した推論だ。
マインガル、フィラデルフィアと仮称ウニの世界の3つの世界があの近くでぶつかりあった。
「3つ以上あると認識できているのか? まあ正解だ」
「まあ正解ということは、やはりそれ以上の数があると」
伊原さんが事務所の黒板にチョークを使ってローマ数字でIからⅨまでの数字を書き始めた。
「おそらくあの場所で激突した世界は9つ」
「そんなに……」
「私が認識していない分も含めるとまだあるかもしれないが、まあ9だ。複数の世界からいくつもの欠片が次々と飛ばされてきてぶつかり合った。次元を操って、直撃は避けたが、それでもこの世界にかなりの被害は出た」
伊原さんはさも当然のように語った。
何をどうやったのかは分からないが、被害を抑えたという事実だけ理解していればいいだろう。
「ラスベガスの位置にあった町はまだ原型を留めていただけマシな部類だ。存在自体が全てエネルギーに変換され、爆発して消滅した町もある」
さらに酷い話が出てきた。
よくもまあそれでこの世界は無事に残ったものだ。
「爆発って大丈夫だったんですか?」
「急遽、壁を作って、影響範囲はなるべく小規模に抑えた。少なくとも町や近くの集落は護り切った」
「あのトランプの壁はそういうことですか?」
謎の壁が爆発を防ぐためというのは前に聞いていたが、爆発の原因はそういうことなのか。
異世界から飛んできた欠片。
それによる次元の壁の崩壊。
伊原さんがいなければもっと被害が広がっていた可能性もあるのだろう。
「そこで赤い女……レイナ=ロハという人物がかかわっていることが分かったのですが」
「それも知ってる」
伊原さんはそう言うと事務所に置いてあった写真立てを掴んで裏返して俺に写真を見せた。
そこには3人の少女が写っている。
1人はシルバーブロンドのリプリィさんに似た魔法使い風の少女。
これはおそらく
1人は黒髪の魔女……目の前にいる伊原さん。
十代の頃なので、今よりかなり若い。
そして最後の1人……アッシュブロンドのやはり魔法使いの少女。
「
俺は伊原さんが見せた写真と、マインガルで入手した資料の赤い女を見比べる。
髪の色など共通点も多々あるので、少女が歳を重ねれば、写真の女性になるだろうというのは分かる。
「私に力を貸し与えたのは
「無貌の神……」
「知っていたか。無貌の神ナイアルラトホテップ。いつの間にか、中村はそいつに寄生されていた。私と同じように、無貌の神の化身になっていると考えていい」
伊原さんが顔を落とした。
少しだけ沈黙が続く。
「私は中村のために日本へ帰るための研究を始めた。このサンディエゴにやって来たのも、300年前に、この世界から神の力を借りて日本へ帰った奴がいるという伝承を見つけたからだ」
「ここから帰った人が他にいたんですか?」
「どうもそうらしい。年月が経ちすぎて、原型を留めちゃいなかったが。それでも残された術式を20年かけて解読して、何とか次元の扉を開く方法を確立した」
伊原さんがそう言って手をかざすと、その前の空間がカーテンのように揺らぎ始めた。
そのゆらぎはやがて黒く、暗く変わっていき、ついにはまるで洞窟の入口のような深淵へと繋がる穴と化した。
「これが次元の扉。これを越えれば、別の次元に行くことが可能だ」
「別の次元……ということは日本へも」
俺たちは思わず立ち上がった。
そのままフラフラとその黒い壁のようなものへ歩いていく……途中でそれは消滅した。
「ただし、これで帰ることができたのは3年前までの話だ」
「3年前?」
「座れ。そこにつっ立たれていると話しづらい」
そう言われて自分が立ち上がっていることに気付いた。
慌てて椅子に座り直す。
「先程も説明した通り、この世界はいくつもの世界が激突した不安定な状態になっている。そんな中で扉を開けても行き先を特定できない」
「というと?」
「昔はこの世界と日本が1対1で繋がっていた。この町で次元の扉を開ければ、繋がる先は必ず日本。悩むことなどなかった。ただ現在はどこの世界に繋がるか分からん。9分の1以下の確率で日本に繋がるかもしれないという博打を打つつもりなら送ってもやらんことはないが」
それは無理だ。
あまりに運要素が強すぎる。
そんな低確率を一発で引き当てる自信などない。
「ちなみにこれが日本へ往復できた証拠だ」
伊原さんはそう言うと、書類棚から紙のファイルを取り出した。
俺の会社でも使っている有名な事務機器メーカーのものだ。
これが出された時点で日本への転移の証拠である気がするが、一応内容を確認するために受け取る。
中には、それはWebページを印刷したような紙の束が綴じられていた。
とりあえずファイルの1枚目に目を通した時に、こらえきれずに「ブフォ!」と盛大に吹き出した。
「何が描いてあるんですか?」
「そんなに面白いものが?」
モリ君とエリちゃんもそのファイルをのぞき込み、何とも言えない微妙な顔をした。
モリ君はまだ耐えている。
エリちゃんは怒りなのか羞恥なのか、顔を真っ赤にして全身を震わせている。
「エリス(バレンタイン) ピックアップ 期間限定でガチャの確率が2倍」
印刷されていたのはソシャゲの攻略ページのようだったが、その内容が問題だ。
そこには学校の制服を着たエリちゃんが恥ずかしそうな顔をして巨大なチョコを持っているイラストが表示されていた。
これが全く知らないキャラだったならば耐えられたかもしれない。
だが、友人の知らない顔を見せられてしまったせいで、好奇心やら、羞恥心やら、何やら入り交じった感情が込み上げてきて、耐え切れない。
イラストのすぐ下に書かれているキャラクターのセリフ欄はもう笑いが止まらない。
「別にあんたのために用意したものじゃないんだけど、捨てるよりはマシだし貰ってくれるかな?」
いつの間にか寝取られていたモリ君の気持ちを思うともう腹筋が限界だ。
辛い。あまりに辛い。
何故この世界はこれほど残酷なのか。
「これってもしかして?」
「おそらく私たちのモデルであろうソシャゲの攻略ページを印刷したものだ。何かの参考になるかと入手したが、あまりに面白いのでたまに見返している。ソフィアの項目とか爆笑するぞ」
伊原さんはそう言うと机の奥から別にファイルを出そうとしてきたが、チラリと見えたのがリプリィさんに似た少女が杖を片手に可愛いポーズをとっているものだったので断った。
腹黒婆さんの若い頃がそれだと分かってしまったらとても耐えられない。死んでしまう。
これは間違いなく、日本に行かないと手に入らないものだ。
2枚目以降はもう確実に寿命を縮めることが確定なので読むのは止めておいた。
「良かったな、仲間が人気キャラみたいで」
「辛いんですけどこれ」
これはあくまで元ネタであって、俺たちとは無関係だ。
だが、見ているだけでどうしても笑いを止められない。辛い。
「そのリストを見ていて気付いたんだが」
「なんでしょうか?」
「君は何なんだ?」
「何って……」
そう言われて気付いた。
俺がラヴィ(ハロウィン) であるからには、ラヴィ(通常)もいるはずなのだが、どちらもキャラ一覧の中に見当たらない。
「付箋が張ってあるところからキャラ紹介は終わって過去のイベント情報になっている。キリがないので全部印刷はしていないが、その期間限定イベント第2回のところを見ろ」
伊原さんに促されてコピー用紙をめくると、過去のイベント情報の内容が記載されていた。
「第2回が邪神たちのハロウィン……イベント参加報酬。ラヴィ(ハロウィン) SR……これ?」
印刷は途中からレイアウトが崩れて別のページが表示されているためのイベントの詳細は不明だが、確かにそこには俺が写った画面がキャプチャされている。
「君の胸元に付いている『1回ガチャ』『10回ガチャ』のボタンは何だ?」
「多分、イベントでアイテムが手に入るミニゲームみたいなのがあって、そのアイテムを集めると引けるイベント限定ガチャだと思います」
そこまでソシャゲに詳しいわけではないが、そういうシステムは見た記憶がある。
イベントでアイテムを一定数集めると限定ガチャを引くことができて、そこでキャラ強化用の素材などが手に入る。
ガチャを引くためのアイテムは大量に手に入るのに、ガチャは10回単位でしか引けないので、ひたすらタッチ連打することになるのだ。
たまに狙いが逸れて、ボタンの後ろに居るキャラの顔や胸をタッチしてしまうと、別のメッセージも用意されている仕組みもあったりする。
プレイヤーの感想らしきコメントも一部印刷されていたが、
「このゲームで一番胸タッチされた娘」
「どこどこハロハロどこどこどこどこもうやめて」
「このゲームでもハロウィンはトンチキ」
「クッキーをどうぞと言いながらサンマを渡してくるポンコツ」
「タッチしても揺れない」
など、散々俺が弄ばれた結果が表示されている。
俺に何をしてくれてんだ。許せない。
今度はモリ君とエリちゃんの2人が、顔を背けながら全身をプルプル震わせていた。
既存のソシャゲでその手のキャラが受けた扱いを考えると、画像投稿サイトや夏と冬に行われる
何とかしたい。
「なんでそのまま報酬を渡さないんだ? 1度ガチャを経由させるような二度手間をプレイヤーに強いるのか?」
「ソシャゲの売り方やシステムの話を聞かれても、その……」
何なのだろう、ソシャゲにありがちな、あの面倒なイベントは。
射幸心を煽って有料ガチャに繋げたいとかそういう狙いなのだろうか?
「私も一度胸を押してみていいか? ボタンが見えないだけで何かアイテムが出てくるかもしれない」
「出るわけないでしょう」
俺とモリ君とエリちゃんの3人は顔を見合わせた後に、無言で頷き合った。
言葉にせずとも伝わる。
日本に帰ったらゲームの運営会社へ襲撃をかけよう。
「これで日本へ戻れるという話が嘘ではないと分かっただろう」
「はい。これは間違いなく日本に行かないと入手できない情報のようですので」
ソシャゲの元ネタは酷かったが、日本へ戻るための希望は出て来た。
「なので、まずは次元の壁を修復する。これは君たちを日本へ帰すこと以上にこの世界を護るという理由が大きい。これは分かるな」
「はい」
「やるべきことは2つ。この世界に打ち込まれた次元の歪みの原因になっているものを破壊する」
「次元の歪みの原因というのは」
「元の世界からこの世界に欠片を飛ばす時に魔術的な儀式が行われたはずだ。その儀式に使われた装置なり媒体を破壊する」
俺は発電所に置かれていた新型発電機と思われる装置のことを思い出していた。
機械を破壊した途端に派手な爆発を起こして消えた。
あれと同じようなものが他にあるのだろう。
「2つ目は、次元の壁の修復のために、繋がった次元の情報をなるべく多く入手する。君たちが持って返ってきたファイルなどがそれだ。理由は分かるな」
「世界ごとに色のようなものが付いているので、どの色がどの世界か分かれば閉じやすい……とかですかね?」
「色の喩えは分かりやすいな。今回は赤を閉じよう、赤とオレンジは似ているけど違うと特徴が分かれば作業を進めやすい。極彩色に光って全世界へ繋がっていますアピールとか要らないんだ」
理屈は通っている。
まずは次元の壁を修復してこの世界の崩壊を止める。
その後に日本へ繋がる穴を開けば完了。
次元の壁の修復を優先させるから帰せないということはランディが言っていた内容と同じだ。
ただし、伊原さんの話は、もっと具体的な内容に踏み込んだ上で帰せないという説明があった。
どこに出るか分からないので危険なので帰せないという説明は合理的で筋は通っているし、悪意も感じない。
成功率が低いギャンブルに巻き込めないという話だ。
だからといって、「はい分かりました。日本への帰還を諦めます」とは言えない。
「過去の研究の実績から考えても、全工程が完了するのは30年ほどかかるだろう。私はもう人間を辞めているのでどうということはないが、君たちは30年経てば……」
「50代。冒険も無理でしょうね」
30年も日本に戻ることができないとなれば、みんな諦めて、この世界への永住を考えるだろう。
度会州知事と同じだ。
仕事を見つけ、結婚し、家庭ができて……この世界の一員となる。
その頃には、故郷は日本ではなくこの世界だと思うようになるだろう。
そんな時期になって帰還手段を提示されても意味ない。
仮に帰ったとしても、日本では半年しか経過していないのだ。
年老いた姿で戻ったところで世界からつまはじきにされるだけだ。
……ここで一つ気付いたことがある。
この世界で20年を過ごしたにも関わらず、日本への帰還にこだわった中村夕子とはどういう心境だったのか?
仮に17歳で召喚されたとしても38歳。
この世界でそれなりに交友関係も広がっていたはずだが、全て切り捨てて帰った?
この世界での20年は日本では2か月だというのに、逆浦島太郎状態で家族の元へ?
……もしかしてその心の隙を邪神に狙われたのか?
お前を孤独にした運営を、この世界を許すなと。
「残念だが、日本へ帰ることは諦めろ。住んでみればこの世界も悪くないぞ。もう何か仕掛けてくる運営もいないし」
「少し……考えさせてください」
「ああ。次元の壁が崩壊したと言っても今日明日に壊れるってわけじゃない。だから10年くらいこの町で悩んでもいいぞ。できれば、その間に他次元の資料回収を手伝ってもらえると少しは期間も短縮できるかもしれない。報酬は十分用意しよう」
俺たちは伊原さんに礼を言って事務所を後にした。