「ここまで苦労して来たのによぉ」
ウィリーさんは椅子にもたれ掛かって天を仰いだ。
無理もない。
日本に帰れるかもしれないと期待して頑張ってみたことが、徒労に終わりそうなのだから。
「頼みの綱の情報は運営のボスが残した曖昧な情報だけか」
最大の問題はこれだ。
俺はランディの情報について信用して良いとは考えているが、罠の可能性も否定はできない。
伊原さんが日本への帰還を諦めるように言ってくるはずだという予想は当たっていたが、それは技術的な課題があるためだった。
それと同じで、センティネル丘陵とやらに行ったところで、クリアしないといけない条件が複数存在するのかもしれない。
あまりに不明点が多い。
伊原さんに協力して今は30年かかるという次元の壁の修復をなるべく短期間で終わらせるというプランの方が現実的であるとも言える。
「ここで浮上したのが次元の壁の問題です。放置するとこの世界は滅ぶとか」
「温度感というのはどういうものなんだ? 急務なのか、それとも余裕があるのか?」
「伊原さんを見ている限りは、今日明日とか、この数年で滅ぶというわけではないでしょう」
「だが何もせず傍観していると滅ぶと」
この世界が滅ぶのは看過できない。
最初は運営に無理やり連れてこられた世界ではあるが、この世界にも多くの人が住んでいると知った。
その人たちを見殺しにして日本に帰るのも、俺たちだけが逃げ出したようになってしまう。
それはいくらなんでも違う。
だが、この世界を守るためにずっとこの世界に残り続けるというのも、それも違う。
「オレはこの世界で冒険者をやっていくってのもアリだと思ってるぜ」
ウィリーさんはテンガロンハットを被りなおしてニヤリと笑った。
「ただ冒険者をやって日銭を稼ぐって話じゃない。世界を守る英雄になれるんだ。その上で報酬も出るってんだろ。断る理由がない」
「私もウィリーさんと同じくこの世界に残ることを考えている」
ウィリーさんはいかにも残りそうだなという雰囲気だったが、ハセベさんまで残るというのは予想外だ。
俺が前に立てた「レアリティはこの世界に馴染めるか、日本を捨てられるかの値」という仮説がまた浮かんでくる。
「一番の理由はやりがいだ。この世界には困っている人が大勢いる。そんな人たちを助けて回ることは日本にいては決して得られない体験だ。そして、今の私たちにはそれを成し遂げられるだけの力がある」
「それならば、私も残りたいです!」
ガーネットちゃんが控えめに手を挙げて答えた。
「私もこの世界でしかできないことはあると思います」
「私たちは良いが、ガーネット君はまだ未成年だろう。両親も心配されているだろうし、まだまだ日本の学校でしか学べないことも多いはずだ」
「でも……」
確かにこれは難しい問題だ。
俺もできれば未成年の子供たちには勉強を続けてほしいし、子を失った親の悲しみを考えると、日本に戻ってほしいと思う。
「ガーネットちゃんはウィリーさんが好きなの?」
エリちゃんがここで爆弾を投入してきた。
なんで急に今の状況でそんなとんでもない話をぶち込んでくるんだ。
「そうですね。好きですよ」
それをあっさりと認めるガーネットちゃん。
自重しろ中学生。
「いや待て。確かにオレもガーニーのことは好きだし、一緒にいたいとは思うけど、冷静に考えると中身はまだ中学生だし……その……」
「ウィリーさんは何歳でしたっけ?」
「25」
「ガーネットちゃんは?」
「15歳です」
これは完全に
2人が結ばれるには、この世界で「外見年齢から見て分かる通り、どちらも20歳です」という理屈で押し通す以外の解決策が見えない。
ウィリーさんが5年待つという選択肢もあるが。
「ウィリーさんも好きなら良いんじゃないですか? ここは日本じゃないんだし」
「エリちゃん、これは人生がかかっているからそういうことはちょっと……」
「でも、やっぱりこういうことはズバっと言わないと。世界が違うからって理由で好きな人と別れたけど、そのことを未だに後悔している人もそこにいるし」
エリちゃんはそう言うと意味深な顔でモリ君の顔を見た。
「やめてくれよ、その話はもう終わったんだよ」
突然飛び火が来たので、モリ君が泣きそうな顔になっている。
エリちゃんはそろそろ全方位への無差別爆撃を止めてほしい。
あちこちに延焼して酷いことになっているではないか。
注目を集めるため、手を叩いてパァンと大きな音を鳴らした。
「みんな一度落ち着こう。まずは深呼吸だ」
取り留めがなくなってきたので全員を落ち着かせる。
全員が静かになったところで再開だ。
「まず整理しましょう。この世界を守るための活動は必要。だけど日本に帰るという当初の目的も重要」
「ガーニーがオレのために残るって言うなら、オレは一緒に日本へ帰るよ。子供は家に帰さないと」
ウィリーさんが挙手して言った。
「ただ、どちらの道を選ぶにしても、俺たち7人だけで決めていい話ではないです」
「クロウさんたちの件だな」
「はい。世界を守るというのは、さすがにぼんやりしていますが、大きなことをやるならば、ある程度の人数は必要です」
現地冒険者のフォルテや、一時離脱はしたがアデレイドたちにも協力を仰いだ方がいいだろう。
もちろん、まだ出会っていない元日本人たちについてもだ。
俺はメモ帳にアメリカの簡単な地図を描いてルート説明を始めた。
「まずは一時離脱したクロウさんたちに状況を伝えないといけませんし、他にもなるべく多くの他の日本人を探して呼びかけていきたいです」
「確かにそうだな。我々だけでは人手不足だ。なるべく多くの人に協力してもらう必要がある」
「そのための拠点として使うにはこの町は不便すぎます」
この点についてハセベさんも頷いた。
このウィンキーの町は伊原さんが音頭を取って頑張って発展させているようだが、商店には物が少なく人口もそれほど多くない。
せっかく港があるにもかかわらず、道中の砂漠が過酷すぎるのと、街道がないせいだ。
メキシコにある各都市と交易路が繋がっていないため、これでは人も物も動くわけがない。
何より少し町から離れれば砂漠ばかりで不便極まりない。
この町から離れないと何も始まらないだろう。
「そこでルート案です。遠回りですがまずメキシコ湾に出て、そこから海沿いに東へフロリダまで進むルートを考えています」
まずはサルナスを目指し、そこからテロスまで行く。
テロスから東にある港町までは街道が繋がっているらしいので、メキシコ湾までは何の問題もなく進めるだろう。
「足の遅い馬車はここで処分して、装甲車のみで進みます。1日200キロを走るとしてざっと4500キロ。23日です」
「徒歩や馬車とは比べ物にならない速度だな」
「もちろん、装甲車が突然壊れることもあるでしょう。それに、砂漠や川などで短い距離しか移動できない日もあると思いますし、途中の町で路銀を稼ぐとなると、ざっと倍の50日を見込んでいます」
厳密な数字は、これから細かくルートを選定していくが、似たような数字になるはずだ。
「そして、今までの傾向からして、運営が最初の遺跡から転移させた日本人は、主にメキシコ湾やカリブ海沿いに集まっていると予想されます」
「つまり、メキシコ湾に出て、海沿いを進むのが一番効率が良いのだな」
「それらの情報を総合すると、まず目指すべきはこのメキシコ湾沿いにあるという町、フラニスです」
テロスの町やフォルテたちから少し話を聞いただけで、町についての具体的な情報はない。
だが、メキシコ湾沿いに大きな町があるとなれば、情報収集や資金集め、各地への連絡など、そこを拠点にすれば活動しやすくなるはずだ。
そして、ハセベさんが一時期探索に向かったというメリダの町や、ホンジュラス、キューバなどにも行きやすくなる。
さらにパナマまで向かえば、船でタウンティンにも向かえる。
「まずはフラニスを目指して、この町で日本人の情報を集めた後に、フロリダを目指します」
特に異論は出なかった。
この方針を伊原さんに伝えたい。
「では、まずは最初の日本人の仲間を集めに行きましょう」
「日本人? 誰だ?」
「決まってるじゃないですか、運営に操られていた襲撃者のみんなですよ」
◆ ◆ ◆
伊原さんの付き添いの下で、再度、襲撃者たちを拘束している牢屋へ全員で向かった。
今度はカーターも付き添ってもらう。
専門の知識が必要だ。
「それで、誰を解放するんだ?」
「全員です」
俺は迷うことなく伊原さんに言った。
それと同時に睨みつけるような鋭い視線を向けられる。
だが、そんな程度で今更怯んだりはしない。
「伊原さんの言うところの次元の壁修復プランには人手が必要です。こんなところで能力者を眠らせていることは無駄でしかありません」
「だが、こいつらは運営の手先であり、犯罪者だぞ」
「運営はもういません。この世界から撤退しました」
「問題はそれだけではない。言ったはずだ――」
「――魂がない……でしたっけ? そういう理屈は今は置いておきましょう」
「理屈じゃなくてなぁ……」
伊原さんが頭をかき始めたところ、カーターが前に出た。
「前は確かに魂のない人形だったかもしれない。だけど、今は運営が撤退したんだ。もう一度見てくれないか?」
「何だお前は? どういう立場で言っているんだ?」
「見ての通りだよ。ちょい噛みさせられている協力者Aだ」
伊原さんの目が俺のすぐ後ろ……誰もいない壁の方へ向いた。
「お前のところの雇い主がやったことか、その後ろの連中は?」
「雇い主というか、こいつがやったんだよ」
カーターはそう言うと、俺の頭の上に手を置いた。
まるで子供扱いだ。やめてほしい。
「運営の地下で晒し者になっていた魂を解放してきた」
「……なるほど、そういうことか」
「そういうことかじゃなくて、どういうことか説明してください」
「説明しても分からないだろう。人間の概念では理解できんよ」
伊原さんはそう言うと、コインロッカーのような四角い箱……監獄が並ぶ通路をどんどん先へ進んでいく。
カーターと伊原さんとの間だけで何か分かっているようなのがもやもやする。
「エリア51でデカい魔法陣を潰しただろ。多分、あれが効いてる。本人の魂うんぬんはともかく、人形みたいにコントロールさせるのは難しいはずだ」
カーターがここで小声で耳打ちしてくれた。
「なんで分かるんだ?」
「今調べたからな」
つまり、伊原さんの考えが変わったのはそれが理由か。
「こいつらが、町で暴れた犯罪者である事実までは消えない。だから、無罪放免というわけにはいかない」
「それは分かっています」
「そこで妥協案だ。まずは君たちの仲間である5人だけを解放する。あとは順次、様子を見ながらだ」
5人とは第16チームのドロシーちゃん、レルム君、タルタロスさん。
それにハセベさんの仲間のクリス、ウィリーさんとガーネットちゃんの仲間であるマークのことだろう。
俺も最初から全員解放は期待していない。
まずはそこからでも始められたらいいのだ。
「では外で待っていろ。ここはさすがに狭い。時間凍結を解除したら、私から事情を説明して順次解放する……出てこなければ、まあそういう話だ」
◆ ◆ ◆
近くのレストランで待っていると、第16チームの3人、ドロシーちゃん、レルム君、タルタロスさんの3人が姿を現した。
まず最初はこの3人ということだろう。
同時に、研究施設で見た3人の無残な姿がフラッシュバックする。
だが、耐えられないほどではない。
目を逸らさずに3人の顔を見る。
「本当にすまない。ワシらのせいでみんなに迷惑をかけた」
タルタロスさんが深く頭を下げた。
ドロシーちゃんとレルム君がその後に続く。
3人とも、伊原さんが言ったような人形には見えない。
みんな、元通りだとしか思えない。
「そんなことより、みんな体調は大丈夫ですか?」
「正直に言って調子は悪い……だが、贅沢は言ってられないだろう」
タルタロスさんは元々体力自慢の方だ。
そこまで心配はしていないが、無理せず体調維持に努めてほしい。
問題は子供たちだ。
レルム君もドロシーちゃんも近づいてこようとしない。
「嘘ですよ……嘘じゃないですよね師匠。僕が作られた人間だとか」
「嘘だと思うなら、君が日本にいた時の元々の名前は言えるよね」
「それは……」
レルム君の答えが止まった。
ここで適当な名前を言われたら俺には判別できないのだが、それができないあたり真面目なのだろう。
「俺は言える。
「そんなことありません、僕だって……僕だって……」
レルム君は何か必死に思い出そうとしているが、何も浮かばないようだった。
それはタルタロスさんやドロシーちゃんも同じ。
失われたのではなく、最初から存在しないものならば、出てくるわけがない。
そこは否定しても仕方ない。
「僕はここにいていいんでしょうか?」
「もちろんだ。生まれはちょっと違っても、これは君の人生だ。誰のものでもないんだから、思いのままに生きていけばいい」
正直に言って魂とか見えないものの話をされても困る。
だけど、人間として生きているのに、それを否定されるのはおかしいと思う。
「重要なのは過去じゃなくて、どう生きていくかだと思う」
「せめてワシが子供たちの力になってやれればと思うんだが、肝心のワシも自分のことがよく分からんし……」
タルタロスさんも悩んでいるようだ。
実際問題として彼も辛いのは分かる。
日本にいた頃や、この世界に来てからの記憶は断続的にはあるようだ。
だが、それは完璧なものではない。
ただの複製だからだ。
そこは現実なので否定しても仕方がない。
だけど、そこで止まってはいけない。考えるのをやめたら、そこで本当に人間としては死んでしまう。
逆に言うと、悩めるだけで、魂のない人形だとは思えない。
昔のえらい人曰く、我思う故に我ありだ。命、燃やすぜ。
「なんで生まれたのかなんて、誰も分からないと思う。だから、重要なのは過去がどうのじゃなくて、その答えを生きてどう見つけ出すかだと思う」
「ただ、子供たちは家へ帰してやるべきだと思う。親も子を失って悲しんでいるはずだ」
タルタロスさんがレルム君とドロシーちゃんの肩に手を置いた。
「それに、子供たちも本当に親の愛を知らずに育つのはあまりに可哀想だ。この子たちが自分で道を決められるまでは面倒を見てやってほしい」
「見てほしいじゃないですよ。タルタロスさんも一緒に行くんですよね」
「だが、ワシは結局子供たちを守れなかった……」
「だから、これから子供たちを守るんですよね。今まで通り力を貸していただけるとありがたいです」
俺はタルタロスさんと改めて握手をした。
「そうだ。ワシは今度こそ子供たちを護ってみせる」
「でも良いんですか? 僕は日本人じゃないんでしょ」
「君がこの世界に残って冒険者をやりたいなら残ってもいいよ。それを止めはしない。それを決めるためにも、一緒に行こう」
レルム君がおそるおそる手を出してきたので、その手を力強く引っ張った。
「師匠は暗い場所から僕たちをここまで連れてきてくれました。信じてみます」
最後はドロシーちゃんだけだが、何か言う前に、俺とレルム君の手を取った。
「ラビちゃんが言った通り。みんなで帰ろう」
言葉よりも行動で示すのがこの子らしい。
俺とレルム君の手を取ったのは、信じてもらえるということだろう。
「ああそうだな。みんなで一緒に旅立とう」
理屈がどうだか知らないが、みんな人間だ。
それぞれ生きることを他人に制限される理屈なんてない。
オリジナルの3人も納得してくれるはずだ。