収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Episode 6. What a Wonderful World
Chapter 1 「偽物の町」


 降水量が少なくて乾燥しているカリフォルニア湾沿いではあるが、さすがに海に面した沿岸部はそれなりに湿度があるからか植生が豊かだ。

 

 亜熱帯地帯のような塩に強いマングローブの森を右手に見ながらひたすらに車を南下させる。

 

 運転席の前面に表示されるモニターには電波の強度と向きを表示させている。

 

 電波の発信源はかなり近くにあるようだ。

 この電波の向きが東なり西なりに変われば位置をある程度特定できるはずだ。

 

「果たして鬼が出るか蛇が出るか」

「ジャガはもう食べ飽きたぞ」

 

 カーターから予想外の苦情がやって来た。

 

「じゃあ今日の昼飯はトウモロコシピザな」

「他にないのか?」

「豆」

「芋、モロコシ、豆でループしてるじゃねえか! なんかないのか?」

「ハロウィンですよ。クッキーをどうぞ」

 

 クッキーを取り出して渡すとカーターが縁から丸くカリカリとかじり始めた。

 お前は小学生か。

 後で掃除するのは俺だから運転席周りにこぼすなよと。

 

 食材は、厳密に言うとある。

 だが、人数が増えた分だけ、これから旅の道中を考えると温存しないといけないのが実情だ。

 

 旅に出てすぐの4人の頃とは違って今は大所帯なのだ。

 食欲に任せればあっという間に食材が尽きてしまう。

 

 そんなこんなのうちに目的地が見えてきたようだ。

 

「信号の発信源はあれではないのか?」

 

 運転席のシートに手を置いたハセベさんが進行方向を指差して言った。

 

 どうやら町のようだ。

 

 市街地には町の象徴であろう6本の尖塔が建ち、赤い屋根が載せられた土壁造りの家が立ち並んでいる。

 山陰地方の石州瓦(せきしゅうがわら)のような柿色の綺麗な色合いだ。

 ここらで取れる土の特徴だろうか?

 

 少し小高い丘の上にはレンガ造りの3階建てのこじんまりとした城が建っている。

 

 そのやや下には、ギリシャの古代神殿のような大理石の大きな石柱が目立つ神殿が見えた。

 

 まるで地中海の小都市という印象を受けた。

 

「これも異世界から来た都市……なのだろうな」

「アメリカって感じじゃないですもんね」

 

 当然ながら、やはり何か様子がおかしい。

 

 これだけ大きな都市がサンディエゴの近くにあれば、伊原さんから何か言及があっただろう。

 

 仮にこの場所に町が飛ばされてきたのが3年前だったとしても、何かしらの交流があってもおかしくはないはずだ。

 

 3年という時間は短いようで意外と長い。

 それだけの時間があれば、住民は資源を求めて北か南に移動するはずだ。

 

 だが、南のメキシコ側ではこの町について一切言及がなかったし、北も開発されるどころか、まともに人が歩いた跡が見当たらない。

 

「また無人の町か?」

「変な怪物が出るかもしれません。注意して進みましょう」

 

 中世の馬車基準で作られたであろう町を縦横に走る道は、大型トラック並みの図体を持つ装甲車には明らかに狭すぎる。

 そのため、車は町の手前に停めて、歩いて向かうことにした。

 

 電波は明らかに町の方から出ているが、具体的な位置までは特定できていない。

 あとは自分たちの足で探すしかない。

 

 まずは恒例だが鳥の使い魔を喚び出した。

 そのまま町の方へと飛ばして、上空から様子を伺う。

 

 ワンパターンではあるが、安全を確保しつつ状況確認するには最適なので使わない手がない。

 射程距離2キロ限界まで飛ばして町の全景を確認した後に、何か目立つものがないか調べていく。

 

「何が見える?」

「それなりの人数がいるみたいですけど、活気がないことだけが気になります」

 

 城、神殿、商店街らしき通りなど一通りチェックするが、空から見る限りは、特におかしな点は見当たらない。

 むしろ普通すぎることが逆に不気味だ。

 

 違和感があれば報告したいところなのだが、空からだと「城が見えますね」「神殿が見えますね」くらいしか言えることがない。

 

「強いて言えるとしたら建物が綺麗すぎるというくらいでしょうか」

「掃除が行き届いているのでは?」

「いえ、そういうことではなくてですね……」

 

 一度ここで言葉を切ってモリ君を手招きする。

 

「例の人食い洋館を覚えているよな」

「もちろん覚えてますよ」

 

 タウンティンの海岸で初遭遇。

 テロスとサルナスの間の廃村でも出現したモンスターだ。

 

 洋館に偽装して人を誘い込んで捕食。

 強さはさほどでもないが、意外と頑丈な壁がうねって動き出したりと色々と厄介な性質を持っていた。

 

「なぜ急にその話を?」

「雰囲気が同じなんだよ。この町の建物とあの洋館は。不自然に綺麗すぎるというか」

「綺麗すぎるというのは? パッと見た感じ、普通に汚れなんかはあるみたいですけど」

「なんというか……テーマパークの建物エリアみたいな感じなんだ。人はたくさんいるのに、人が住んでいる気配がない」

 

 改めて鳥の視界で町を確認するが、やはり通りに人は歩いている。

 だが、生活感がまるでしないというのが不気味すぎる。

 

 町のどこにも生活ゴミは落ちておらず、洗濯物もなければ調理をしている煙も一切上がっていない。

 

 不自然すぎて、実はここはテーマパークで、どこかに観光客用の売店がある方が自然に思えてくる。

 

「町そのものが罠という可能性があるということか?」

 

 ハセベさんは早くも罠の可能性を疑っているようだ。

 

「はい。ですので、まずは人数を絞って、少人数で偵察を行いましょう」

 

 できれば交渉能力に長けるカーターを連れていきたいところではある。

 

 判断力と洞察力が高いハセベさんには同行を頼みたいとして、他に誰を連れていくべきか。

 

「僕が行きます」

 

 レルム君が挙手して立候補した。

 その手にはマインガルの役場で見つけた金属のバケツが握られている。

 

「僕の電気の力を使えば、ビーコンの信号を拾えると思うんです」

「でも体調は――」

「――大丈夫です」

 

 体調を心配して声をかけようとしたが、力強い言葉にそれを遮られた。

 

「大丈夫です。僕を信じてください」

 

 そこまで言われるなら、信じるしかない。

 

「お子様が頑張るって言うならオレも行かないとな」

 

 レルム君に続いてカーターが重い腰を上げた。

 

「大丈夫なんですかカーターさん」

「お前よりは軽傷だっての」

 

 2人は軽口を叩き合うと拳を合わせる。

 サルナスで共闘していた時は雰囲気が最悪だったのに、いつの間にそんなに仲良くなったんだ。

 

「――俺も行きますよ。防御も回復もできるので必要でしょう」

 

 俺が誘う前にモリ君がマントを羽織りながら言った。

 

「付き合いも長いし、俺が必要とされる場面は分かりますよ」

「ああ、助かるよ」

 

 俺とモリ君もレルム君たちと同じように拳を打ち合わせる。

 

「では調査を開始しよう。特に異常がなく普通の町ならばそれはそれで良し」

「罠ならば速やかに脱出で」

 

 上空を飛ばしていた鳥を一度手元に戻して、改めて進路を先行させながら町へと歩みを進める。

 町の調査に向かうのは、俺とカーター、モリ君とハセベさん、レルム君の5人だ。

 

 他の5人には万が一に備えて車で待機していてもらう。

 

「なんでもいいけど、こうやって歩くとラビ助の逆ハーレムパーティーなんだが」

「何をわけわからんことを。お前は女子1人の戦隊を見ても逆ハーレムと言うのか?」

「……言わねえな」

 

 全く……紅一点という言葉を知らないやつは何を言ってもダメだ。

 

「じゃあお前はピンク……じゃないな。ブラックかパープルか?」

「ブラックだとユニコーンで紫だとパピヨン。魔女なのでキズナメイガスだな」

「何のネタなんだよ」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 町の中に入ってようやく異様さの正体が判明した。

 

 鳥の目で空から見ている限りは気づかなかったが、通りにいる……否、あるのは人間の形をした人形だった。

 

 それは、至近距離から肉眼で見ているにもかかわらず、実は生きている人間が何らかの形で動きを止めているのではと錯覚するくらいだ。

 つい最近、伊原さんが時間凍結なる方法で人間の動きを止めているのを見ただけに、余計にそう思えてくる。

 

「これは素手で触っても大丈夫なのだろうか」

「大丈夫だぞ。こいつに魔力はない」

 

 カーターが大胆にも通行人の人形の顔を指で押していた。

 それでも何の反応も示さないあたり、やはり人形なのだろう。

 

「しかしリアルだな。肌の感触も人間に限りなく似せている」

「よく触るな、そんなの。本当の人間が人形に変えられるような何かの魔法だったらどうするんだよ」

「それはないだろ。魔力を感じないし、そもそも人形だけじゃなくこの町全部ダミーだぞ」

「えっ?」

「じゃあ、もう人の形をしていないやつをバラしてみるか」

 

 カーターはそう言うと道を歩き始めて、街路樹の陰で倒れている人形の近くへ移動した。

 

 人形の首は折れて頭部と胴体がバラバラの位置にある。

 

 断面部からの出血跡はどこにもなく、頭部は胴体から少し離れたところで晒し首のように転がっている。

 それは、まるで俺たちを脅かすかのように見えた。

 

「ひぃ」

「うわっ!」

 

 置かれている頭と目が合ったモリ君とレルム君が無表情のまま直立不動の俺に抱き着いてきた。

 

 レルム君は良いとしてモリ君は何なの?

 俺だから別に怒らないけど、これ完全にセクハラだぞ。

 

 その点ハセベさんはすごい。

 未知の存在に対して警戒はしているが恐れてはいない。

 

 モリ君も、いつまでも小学生ではないのだから、虫が怖い! お化け怖い! ではなく、もう少し頼りがいのある大人になってほしい。

 

「完全に作り物だな。造形は無茶苦茶細かいけど」

 

 そんな中で覚悟が極まっているのか、それとも何も考えていないのか。

 カーターは転がっている人形頭部の髪を掴んで俺の方へ投げてきた。

 

 放物線を描いて飛んできた頭を空中でキャッチするとモリ君とレルム君が「ひぇあ」と奇声をあげて俺から飛びのいた。

 仲が良いな君たち。

 

「おい、いくら作り物でも人の頭を投げるなよ」

 

 もちろん人間の頭だとは思っていない。ビーチボールのような軽さだったからだ。

 カーターと同じように髪を掴んで持ち上げて、首の断面を見る。

 

 やはり先程の土壁と同じように発泡スチロール製にしか見えない。

 

 俺が頭部のチェックをしている間にカーターは胴体部分にライフルの銃口を当てて躊躇わずに発砲した。

 

 砕け散った胴体の破片が周囲に飛び散ったが、内部はムクだ。

 中に内臓などの部品が入っているということもなかった。

 

 真っ白い粒で構成されており、表面に人間風の塗装……テクスチャが張られているだけのようだ。

 

 服も体と一体成型のようで、やはり同じような素材のマネキンに精緻なテクスチャを被せただけだ。

 

 いつまでも生首を抱えていても仕方がないが、そこらに転がすことにも抵抗があったので、破壊された胴体の上に置いた。

 

「そりゃ野ざらしなのに野生動物も食わねえはずだ」

 

 カーターは今度は民家の壁に発砲した。

 銃弾が当たって民家の土壁が、あっさりと砕ける。

 

 これが本物の町だとただの無法者でしかないのだが、杞憂だったようだ。

 

「破片の方も同じだな。まるで映画のセットのように見える」

 

 ハセベさんが壁の断面を拾い上げてそのまま握り潰した。

 

「発泡スチロールと石膏の間のような素材だな」

 

 それを聞いたモリ君も槍の柄で地面をガリガリと引っ掻き始めた。

 

 土なのは表面の3センチくらいで、その先はコンクリートのような素材で覆われているようだった。

 

 意味が分からない。

 

 悪趣味といえども、作るのに相当の手間がかかるはずだ。

 俺たちを脅かす以外の理由で、こんな地球に厳しい資源の無駄遣いをしたのかが理解できない。

 

「運営がここで何かやってたかについて分からないか?」

「オレにもさっぱり分からん。別に何も隠しているわけじゃないぞ。本当に意味が分からん」

 

 今度はハセベさんが居合抜きを一閃。

 街路樹を切り倒したが、やはり断面は同じ構造のようだ。

 

「斬った手ごたえもまるでない。燃えないゴミの日の前日に梱包材を潰している感覚だ」

「そんな長期間放置されていた感じはないんですよね。町には雑草も生えていないし汚れもついていない」

 

 モリ君が近くの民家の壁を触りながら言った。

 

「普通はこうやったら汚れがつきますよね」

「よっぽど優秀な防汚コーティング剤使ってるんだな。うちの車にもそのワックス欲しいぞ。いいアメ車を買ったんだよ」

 

 冗談はともかくとして、汚れが少ないのは気になる。

 人形だけではなく、俺が不自然だと思った理由の1つだ。

 

 降水量が少ない地域であるため、泥汚れが少ないというのは理解できる。

 だが、それを差し引いても汚れが少ない。

 

「つまるところ、この町はつい最近作られたという解釈でいいのだろうか?」

「もしくはつい最近までメンテされていた……かもしれません」

 

 俺はしゃがみ込んで地面に積もっている砂を両手ですくい上げた。

 その砂の中に含まれた、小さな木の枝を摘まみ上げる。

 

「やや湿り気のある海岸近くの砂と、マングローブの枝の破片が土に混じっています。これらが積もる程度には時間は経っていて、それでいて雑草が生えない程度しか放置されていない」

「風で砂が積もるにはそれなりの年月がかかると」

 

 俺は無言で頷いた。

 

 最近あった大きな変化といえば、やはり運営がこの世界から撤退したということだ。

 

 その時点で町や人形のメンテナンス機能が止まったと考えると分かりやすい。

 

「ビーコンの存在を含めて考えると、次元の壁絡みではなく、運営が何らかの目的で作ったと考えた方がいいのか?」

「おそらくは。運営がこの世界から撤退したので、この町も捨てられたのでしょう」

「捨てられても、なお仕掛けが動いているということか」

 

 ということならば、さっさと片付けてしまおう。

 

 レルム君がマインガルの町から持ち出した空のバケツの底を持ち、左手で針金を握っていた。

 

「そう言えばずっとバケツを持っていたけどそれは?」

「見ていてください。学校でやった理科の実験です」

 

 レルム君が握った針金に一瞬火花が散ったかと思うと、空のバケツからくぐもっているが音が鳴り始めた。

 

 バケツを向ける先を変えると音の大きさも変化する。

 

 どうやら、レルム君の電気の能力で、針金をアンテナ、バケツがスピーカーとして、簡易的な無線の受信装置に仕立て上げたようだ。

 これならば車に戻らなくとも、電波が発信されている位置を特定できそうだ。

 

「どういう仕組みだ、これは」

 

 カーターが不思議そうな顔をしている。

 

「小学校の頃に紙コップでスピーカーを作ったりしなかったか? コイルを作ればループアンテナとして機能するから、それを共振して増幅させれば電波の――」

 

 カーターに原理の説明を始めた時に気付いた。

 

 学校でやった理科の実験!?

 

 オリジナルのレルム君は既に死亡しており、今のレルム君は運営に作られたコピー。

 

 断片的な知識しか持っていないはずだ。

 小学校でやった理科の実験の話を知っているわけがない。

 

「レルム君、記憶が……」

「それなんですけど、何故か知らない記憶が色々出てきて」

「それは日本の?」

「はい」

 

 俺はたまらずレルム君を抱きしめた。

 

 レルム君たちは、コピーのために不完全な記憶しかなく、もし日本に帰ったとしても、生活をやっていけるのか、元の家族と仲良くできるのかが心配だった。

 

 それは本当に幸せな状態なのかと。

 

 だが、理屈は分からないが、今のレルム君にはオリジナルの記憶が多少なりとも受け継がれている。

 それならば元の生活に戻ることができるかもしれない。

 

「師匠?」

「良かった……本当に良かった……」

 

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