収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 12 「品田結依」

 早く帰ろうと思ったタイミングで担任教師に捕まった。

 

 先月の文化祭から教室の隅に置きっぱなしだった展示物「だったもの」を校舎裏のゴミステーションに運ぶという面倒な仕事を押しつけられてしまった。

 

 俺…小森裕和(こもりひろかず)はゴミ当番やら文化祭の実行委員でもない。ただの帰宅部の生徒だ。

 

 たまたま担任教師が教室の隅にゴミが残っていることに気付いてしまい、たまたま近くにいた俺に声がかかったというだけの単純な話。

 

 文化祭の展示内容は「町の歴史紹介」という地味で客を呼べない割に、労力だけはそれなりにかかるものだった。

 

 弥生時代に人が住んでいただの、昔に北条?が支配していた時にはたたら場が有っただの、50年ほど前に住宅公団が再開発をして一気に町を作っただの。

 日本全国どこにでもありそうな、特に面白みのない普通の歴史。

 

 展示物の製作にはかなりの手間と時間をかけたので捨てるには惜しい。

 だけど、自宅に持ち帰るほどのものではない。

 

 文化祭後は持ち帰り自由としたはずなのに誰も持ち帰らないという、なんとも言えない微妙な立場の代物だった。

 

 そして、それらは本日、微妙な立場から正式にゴミへと立場が変わった。

 ゴミ収集箱に集められたそれは、数日後には業者に回収されて町のゴミ処理センターで燃やされて灰になるだろう。

 

 面倒な仕事を押しつけられた気持ちと、微妙に惜しいと思いつつもやっぱりいらないという複雑な気持ちで億劫になりながらも校舎裏に向かった。

 

 そこに一人の女子生徒がいた。

 

 幼稚園の頃に今の自宅に引っ越した時から隣に住んでいるユイちゃん、結依……

 

 自宅の隣に住んでいる品田結依(しなだゆい)さんだった。

 

 特徴的なお下げ髪は小学校低学年の頃から何も変わっていない。

 

「こんなところで何してるんだ?」

「別に」

 

 素っ気ない返事。

 

 思えば小学校低学年以来の会話だった。

 昔は家は隣同士、同年代ということもあり、昔はよく遊んでいた朧気な記憶はあるが、小学校高学年くらいから女の子と遊ぶのは恥ずかしくなってそれきりである。

 

 それでも何かしら縁だけはあるのか、中学校、高校と同じ学校とずっと同じクラスだった。

 ただ、ろくに会話をした記憶がない。

 

「俺はゴミ捨てだよ」

「それ文化祭のものじゃ……勝手に捨てていいの?」

「先生がゴミって言うからゴミなんだろ」

「みんながゴミと言うなら、そうなんだろうね」

 

 記憶を辿ると小学校の頃のゆ……品田さんはもっと明朗快活な性格だったはずだが、今は表情も口調も淡泊。アヤちゃんと勘違いしてたか?

 

「これなんて作るの苦労したのにな。昔に町で発掘された勾玉のレプリカ」

 

 古墳時代には翡翠を削り出して作っていたらしいが、現代だと翡翠なんてそんな簡単に手に入るものでもないので、河原で拾ってきた比較的透明で綺麗な石を工作室の機械で削って作ったものだ。

 

 あとで歴史教師に

「ああ、それは石じゃなく割れたビール瓶の欠片な」

 と馬鹿にするように言われて、なんとも言えない気分になったのも良い思い出である。

 

「要らないなら私が貰ってもいいかな?」

「まあ捨てるくらいなら誰かが貰ってくれた方が良いかな。俺も頑張って作った甲斐がある」

 

 品田に勾玉で作ったペンダントを渡すと、初めて笑顔が見えた。

 

「もう一個あるな。俺も貰っておくか」

「ゴミじゃなかったの?」

「みんながゴミと言っても俺にとってはゴミじゃない。品田さんにとってもゴミじゃない。それで良いんじゃないか?」

 

 素材は単なる資源ゴミだったかもしれないが、俺の手が入った以上は俺の創作物と言えなくはない。

 それに高校の文化祭の思い出の品でもある。

 

 そう考えると担任の言葉が急に馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 これのどこがゴミなんだ。俺の労力を返せ!

 

 品田は頷いて勾玉のペンダントを大事そうに抱えて校舎裏から走って行った。

 

 その日の晩は子供の頃に品田……結依と遊んだ時の夢を見た。

 

 翌日、昼休みに結依が一人で弁当の包みを持ってどこかに消えていくことに気付いた。

 その翌日も、更に翌日も同じようにクラスの誰かと食事を取ることなく、一人でどこかに消えていく。

 

 ある日、どうしても気になって俺は彼女の後を追った。

 

 彼女は例の校舎裏のゴミステーションの裏に座り込むと、キョロキョロと周囲を警戒するように見回し、それから弁当を開けて一人で食べ始めた。

 

「品田さん」

 

 俺が声をかけると何か恐ろしいものを視たかのように結依が大げさに飛び上がった。

 

「カ、カズ……こ……もりくんがなんでここに?」

 

 こもりくんか。

 名字で呼ばれるという他人行儀な態度に少しショックを受ける。

 いやそれは品田さんと呼んでいる俺も同じなのか。

 

 時間が二人の間にこれだけ大きな壁を作ってしまった。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 

「気になったから」

 

 照れ隠しでわざとドスンと音を立てて、ぶっきらぼうに彼女の横に腰掛ける。

 

「一人?」

「はい」

「今日は俺も外で弁当食べたい気分だから、ここで一緒に食べていいかな……ユイちゃん」

 

 返答を待たずに弁当を開けて食べ始める。

 彼女は最初こそ呆気に取られたのか口を開けて言葉を失っていたが、やがて少しずつ話し始めた。

 

 小学生から今までのこと。中学、高校と同じクラスだったが昔の友人を含めて話しかけるきっかけがなかったこと。

 

 美しく成長していた品田に下心がなかったわけではない。

 

 ただそれよりもクラスで孤立している結依の力になりたかった。

 結依と一緒に校舎裏での食事は一週間ほど続いた。

 

 三日坊主という言葉が頭をよぎる。

 いや、一週間続いたのだから三日ではないだろうと自分に言い聞かせる。

 

 結依との食事会が途切れたのは、クラスメイトである木島からの「最近、昼食はどこに行ってるんだ?」という言葉だった。

 

「結依と一緒に」とは恥ずかしくて言えず、天気が良かったので外で食べようと思ったなどと適当な嘘をついた。

 

 それをきっかけに彼女との細やかな食事回は終わった。終わってしまった。

 

 恥ずかしいからという理由で離れてしまうなど小学生の時から何も進歩していない。

 

 翌週に校舎裏へ行くとやはり彼女は一人で弁当を食べていた。

 俺は既に教室で他のクラスメイトと弁当は食べた後なので手元にはもうない。

 

「ごめん、ここで食べられなくなった」

 

 

 しばらくの沈黙。

 時間にすれば一分もないのだろうが、俺には何時間も待たされたように感じた。

 

「……知ってた」

「だからその埋め合わせというわけじゃないけど、今度の、週末、俺と、一緒に」

 

 うまく言葉が出ない。

 

「今度の週末、一緒に食事へ行かないか!」

 

 恥ずかしさを堪えて思っていた言葉を一気に出した。

 思っていた以上の大声になった。

 ユイちゃん……結依は一瞬目を丸く開いたが、すぐに顔を伏せた。返答はない。

 

「おかしなことを言ってるのは俺の分かってる。でもここで弁当を食べられなくなった埋め合わせというかなんというか」

「小森くんは、私なんかと行っても楽しくはないでしょ」

「そんなことはない!」

「どうせまた来ないんでしょ。一人にするんでしょ」

「絶対に行く!約束する」

 

 唾を飲み込んで深呼吸をする。

 

「俺とデートして欲しい」

 

 

 

「小森くん……嘘じゃないよね」

「もちろん」

 

 返事はすぐに返ってきた。

 

「小森くん……カズ君を信じてみる。誰かを信じたい」

 

 土曜の早朝は朝4時に起床した。全く落ち着くことが出来ず、無駄に自宅の周りを何周かジョギングを始めたり何度もトイレに行ってみたりしているうちに約束の時間が近づいてきた。よし行くぞ!

 

 予定よりも2時間前に自宅を出ようとした時、父親から声をかけられた。

 

「良かった、起きていたか?」

 

 なんでも親戚の叔父が昨晩に倒れて今も危篤ということで急に家族全員で見舞いへ行くことになったらしい。

 

 俺は約束があると拒否の姿勢を示したが、全く聞き入れては貰えず、強制的に車に乗せられて病院へ行くことになった。

 

 

 仕方なく結依にメールを打つ。

「今日は急な用事で行けなくなった」

 

 返答はなかった。

 

 叔父の症状についてはたいしたことはなかったらしく、病院で叔父のつまらない下ネタを含むダジャレを聞かされただけで帰宅することになった。

 

 日曜日に結依の家を謝罪のために直接訪れた。

 玄関のチャイムを鳴らすが出てきてくれない。

 

 彼女にメールを打つ。

 

 今度はすぐに返事が返ってきた。

 

 

「うそつき」

 

 

 品田結依が飛び降り自殺をしたのはその翌日……月曜日の昼のことだった。

 

 彼女が中学校の頃からいじめを受けていたことを母親経由で知った。

 

 そんな状況で俺は彼女の何の助けにもなれないどころか、中途半端な希望と……絶望を与えてしまった。

 最後に彼女を裏切り、トドメを刺してしまったのは俺だ。

 

 何も考えないようにしても、彼女の悲しそうな顔と「うそつき」の言葉が何度も頭をよぎる。

 

 なんで俺はこうなった?どこで間違えた?

 俺は結依を助けられたのに、なんで手を伸ばせなかった……

 答えはない。

 なんで俺は……結依……

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 ――結依の葬式が済んで三日後。

 

 この世界に連れて来られた俺は、五十人の中に「いるはず」の結依を探していた。

 

 漫画やゲームには、現実の世界で死んてしまった人間が、異世界に新しい生命として転生して面白おかしく冒険をするというものがある。

 

 現実の世界から「いなくなってしまった」結依も、それらの創作作品のようにこの世界に召喚されているかもしれない。

 

 今度こそ困っている結依のために俺が力にならないと。

 

 俺はまだ結依と何も話していない。

 

 何も気持ちを伝えられていない。

 

 俺と同じように結依も姿を別人に変えられているのだろう。

 ならば見た目だけで探すのは不可能だ。直接話をして、誰がそうなのかを確認しないといけない。

 

 そう考えて、少しでも多くの人と話すようにした。

 

 変な服の人達には話せなかったが、さすがにアレは違うだろう。

 

 そんな中、誰も彼もが少しでも事態を好転させるべく慌ただしく動いている中、部屋の隅に何もせずに三角座りで突っ伏している彼女を見つけた。

 

 パーカーにスポーツシャツとホットパンツ。

 何かのスポーツをやっていそうな活発そうな少女である。

 髪は染めているのか明るい茶色。

 

 結依とは何1つ被ってはいない。

 

 見た目が似ているわけではない。

 

「……もう嫌だよ」

 

 お下げ髪が揺れるのを――そして、何かを諦めたような、その悲しげな表情が結依と重なって見えた。

 

「結依?……いや違う……のか?」

 

 いや別人だ。彼女は結依ではない。

 

 だが、ここで結依と似た彼女を見捨ててしまって、その結果として「また」死なせてしまったら俺は耐えられるのだろうか?

 

 いや無理だ。俺はもう耐えられない。

 

「大丈夫だよ結依。俺が絶対に守るから」

「あなたは?」

「俺は小森裕和……いや今の名前はモーリスというらしい」

「私は赤土(あかつち)えり……エリスです」

 

 結依……今度こそ守ってみせる。

 

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