収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 5 「化石」

 テロスの町には日没前に到着できた。

 

 以前に徒歩で移動していた時と比べると驚異的な速さだ。

 このペースならばフロリダには今週中に到着できるだろう。

 

 やはりテロスの町にも装甲車は入れそうにないので、適当な空き地に駐車させる。

 

「明日は朝から夜まで丸1日走り続けて砂漠を抜けます。だから今日は早めに泊まって身体を休めておいてください」

 

 全員でぞろぞろと城門の方へと歩いていくと、入り口には前に来た時と同じ門番が、やはり同じようにぼーっと虚空を見つめて立っていた。

 

 以前は鎧も武器もなしで完全に手ぶらだったが、今日は一応鎧を付けて槍を持っているので見た目は立派になっている。

 

「すみません、この町に入りたいのですが?」

 

 モリ君が以前と同じように声をかけると、ワンテンポ遅れてから返事があった。

 

「あっはい……あれ? もしかして以前にもこの町に来られた?」

「……なんと名乗りましたっけ?」

「何でも屋」

 

 カーターの方が以前に名乗った肩書を覚えていた。

 

「ご存じ、何でも屋です。たまたま近くに立ち寄ったので一晩泊めていただけないかと思ったのですが、町に入れていただいてもよろしいでしょうかね?」

「は、はいどうぞ! あなた方ならば歓迎です。どうぞどうぞ」

 

 門番の青年は相変わらず落ち着きがない。

 

 それでも前回よりはマシになっている気がする。

 人はこうやって少しずつ成長していくのだろう。

 

 エリちゃんとガーネットちゃんが手を振るとあからさまに鼻の下を伸ばして手を振り返していた。

 

 そのくせ俺が手を振っても特に何の表情も浮かべなかった。

 納得できない。この差は何だと言うのだ。

 

 町の中には以前と同じようにリズミカルな石を叩く音が鳴り響いていた。

 

 もうすぐ日没だというのに活気があって良い感じだ。

 

 ケルベロスとヘルハウンド騒ぎの最中は町中の雰囲気が沈んでいた。

 それが、今日はうってかわって、石を叩く音の数も多く、活気がある。

 

 もう夕暮れだというのに、通りを歩いている人の数も開いている商店の数も多い。

 殺伐とした町しか見ていなかったが、町の本来の姿はこれなのだろう。

 

「せっかくだしアルバートさんに軽く挨拶をしようと思うけどどうする? 前に旅したメンツ全員で顔を見せた方が良さそうだけど」

「俺は異議なしです」

「私も」

 

 モリ君とエリちゃんからはすぐに答えが返ってきた。

 

「ラビ助は手土産のクッキーでも準備しておけ。手ぶらはさすがに失礼だと思うが、そこまで深い関係でもないし、3人家族……12枚もあればいいだろ」

「手土産のことまで気が回らなかった。助かる」

 

 カーターもたまには有能なので助かる。

 手土産のことまでは気付かなかったので、早速クッキーの量産態勢に入る。

 

 その間にハセベさんたちには宿の調達を頼むことにした。

 もちろん12人全員が同じ宿に泊まると大変なことになるので、何か所か確保してもらう。

 

 クッキーを量産するまでの30分ほど、復興しつつある町並みを見て回る。

 石を削って石畳を作る加工場の見学などをしてから、アルバートさんが経営する雑貨店に向かった。

 

 店の前に行くと、ちょうど何かの木箱を店の中に運び込んでいる中年の男がいた。

 以前にタラリオンの町から救い出したアルバートさんだ。

 

「どうも、お久しぶりです」

「おおっ、これはこれはお久しぶりです。こんなところで立ち話も何ですし中へ」

 

 アルバートさんと一緒に店の中に入ると、中ではアルバートさんの息子のケビン君が留守番をしていた。

 

「あれ、レルム君とドロシーちゃん?」

「お久しぶり」

 

 ケビン君はカウンターから出てきて駆け寄ってきて、子供たち同士で再会を祝し合っていた。

 

「3人で遊びに行ってくる」

「もう暗いんだからあまり遠くに行くなよ」

「わかってる」

 

 心配するアルバートさんを尻目にケビン君はレルム君、ドロシーちゃんを連れて3人で飛び出していった。

 

「ところで、今回はどのようなご用件で?」

「旅の途中でこの町の近くを通りましたので、ついでに寄らせていただきました」

「そうでしたか。今回はどちらの方へ?」

「……東ですね。かなり遠くの」

 

 嘘は言っていない。

 フロリダもセンティネル丘陵もここから東だし、日本は西……というか、実際は地球を半周した極東にあるのだから。

 

「ところで商売の方はいかがですか?」

「まあそこそこというところですね。ケルベロス騒ぎも落ち着き、石切り場も再開されて、ようやく町にも活気が戻りつつあります」

 

 俺は店内を見回す。

 

 仕入れも再開したのか以前に来たときにはスカスカだった商品棚もかなり埋まってきている。

 

 職人の町らしくタオルや手袋など、仕事で使う消耗品が中心だが、食料も販売されている。

 

 以前はターメリックをここで入手できたので、もしやと思って尋ねてみることにした。

 

「以前にターメリック……ウコンをここで購入させていただいたのですが」

「その節はどうも」

「あれから他の香辛料の仕入れなどは?」

「最近手に入れたものですとこれですかね?」

 

 そう言って出してきたのは何かの粉末だった。

 ただ、瓶の蓋を開けてもいないのに既にカレーの匂いが漂ってきている。

 

「唐辛子なんですが、ちょっと変わった香りで」

「少し味見をさせていただいても?」

 

 許可をいただけたので、小さじで少しだけ手のひらに乗せてもらう。

 舐めてみると、ピリっとした辛味が突き抜けてきた。それでいて旨味もある。

 

 地母神の遺跡を出た直後、タウンティンの宿舎で出されたチャーハンらしき料理の味付けに使われていたものと同じだろう。

 

 あの時はカレー風味の謎の香辛料としか思わなかったが、ここで再会できるとは思わなかった。

 クミンとは方向性が異なるが、これを入れるだけでカレーっぽい味にはなる。

 

「南の方にある国からの交易品らしいです。フラニスの方から入ってきました」

「南の国の名前は、もしかしてタウンティンとか?」

「はい、そんな名前だそうです」

 

 これも何かの縁なのか。

 カレーの材料を探していて、まさかスタート地点に戻ってくるとは。

 

 メーテルリンクの青い鳥と同じで、意外とそんなものなのかもしれない。

 

 全ての答えは最初に揃っている。

 自分の周りにある幸せに気づくことこそ、本当の成長なのかもしれない。

 

「私たちもその南の国から来たんです」

「なるほど、故郷の味というわけですか」

「……確かにそれに近いかもしれませんね」

 

 カレーの味もそうだし、タウンティンはこの世界における故郷と言えなくもない。

 

 もちろん香辛料は買っていくつもりだ。

 アルバートさんへの支援にもなる。

 

「では、私たちはこれで。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「皆さんもお元気で。また近くに来られたら、また、お立ち寄りください」

 

 アルバートさん達に挨拶をして店を後にした。

 

 ケルベロスとヘルハウンドを倒した後にアルバートさんや町がどうなったかの確認もできたし、カレーの材料まで手に入った。

 結果としては良かったとは思う。

 

「スタート地点に全てがあるか」

 

   ◆ ◆ ◆

 

「レルム君、ドロシーちゃん、こっちこっち」

「待ってよケビン君」

 

 このテロスの町に慣れたケビン君が通りを走っていく。

 その後を僕とドロシーちゃんがついていく。

 

 多分ケビン君と遊べるのはこれが最後の機会だから、精一杯楽しまないと。

 

 ケビン君は石材加工場や古い教会、町の広場など、町の見どころを次々と見せてくれた。

 

 そして最後に案内されたのは小さい石が山のように積み上げられた場所だった。

 

「ここは一番のお気に入りなんだ」

 

 ケビン君がその中から一つの石を取り出した。

 その中には表面に渦を巻いた模様が浮かび上がっていた。

 

「貝みたいだろ。山の中の石にこんなのが入ってるなんて不思議だと思わないか」

「アンモナイトの化石だ」

 

 僕は思わず呟いた。

 

「アン……なんだって?」

「アンモナイトだよ。何億年もの昔に生きていた貝の死骸がこんな風になるんだ」

「そ、そうなのか……じゃあこれは?」

 

 そう言ってケビン君が取り出したのは金属色に光るアンモナイトの化石だった。

 しかも形も普通の渦ではなくて複雑な巻き方をしている。

 

「すごい」

「すごい」

 

 これには僕もドロシーちゃんも驚きだ。

 僕の地元の博物館でもこんなのは見たことない。

 

 あれ、博物館ってなんだ?

 

 多分あれだ。

 師匠が暗くて狭い場所からタロさんやドロシーちゃんと一緒に連れてきてくれた僕じゃない僕。

 

 今はまだ1つになれないけど、そのうちきっと1人の人間に戻れるはず。

 

「この町の石切り場からときどき出てくるんだ。町の人たちはみんな興味がないのか捨てちゃうけど」

「ケビン君はこれを家に持って帰らないの?」

「僕の部屋は狭いからもう置けないんだ。同じのを3つ家に置いてるし」

「じゃあ仕方ないか」

 

 道理でこの山の中から目当ての化石をすぐに見付けられたはずだ。

 頻繁にここに来て面白い化石がないかをチェックしているんだろう。

 

 なので、ちょっと珍しいくらいなのを持って帰っても仕方ないと。

 

「じゃあ、せっかくだから僕が今日の記念に貰ってもいいかな?」

「いいよ。別に誰も怒らないし、そもそも誰のものでもないし」

「ケビン君が見付けたんだからケビン君の物で良いんじゃない? それを僕が貰うんだ。友情の証で」

 

 それを聞いたケビン君が破顔した。

 

「いいね。友情の証」

「この化石を見たら君のことを思い出すようにするよ」

 

 僕もなにかあげられると良かったんだけど、あいにくと何も持っていない。

 モーリスさんからおこづかいは貰っているけど、それで何か買って渡すのは違うと思う。

 

「せっかくだし3人で何か探して、それを思い出の品にしよう」

「うちもそれでええよ。3人で探そう」

 

 それから、完全に日が暮れてエリスさんが迎えに来るまで3人で化石を探し続けた。

 

 結局時間がなくてそこそこの化石で妥協したけど、それも良い思い出になったと思う。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 テロスの町で一泊。

 翌日は早朝から出発することにした。

 

「忘れないよ。この化石は大事にするよ」

「僕も化石を見たら思い出すよ」

 

 出発にはケビン君が見送りに来てくれていた。

 

 前回と違い、今度はドロシーちゃんも含めて3人で名残惜しんでいる。

 

 せっかく仲良くなった友人と別れるのは辛く悲しいのは分かる。

 

 だが、さすがに、ここにレルム君とドロシーちゃんを置いていくというわけにはいかない。

 

 それは当人も分かっているからこそだ。

 

 急ぎの旅ではあるが、ここは急かさない。

 

 30分ほど待ったか。

 2人は涙を拭い、手を振りながら車に乗り込んだ。

 

「じゃあ2人とも出発するぞ」

「はい、お願いします」

「もう出ていいよ」

 

 2人からOKが出たので車を発進させると、テロスの町や、門の前に立っていたケビン君の姿はあっという間にバックモニターから消えていった。

 

 車の速度が速すぎるのも少し考えものかもしれない。

 

「今日中にフラニスまで行きたいので少し飛ばします」

 

 アクセルを踏み込んで加速させる。

 ここはフラニスまで街道が伸びているので走りやすい。

 

 こういう場所では少しでも距離を稼いでおきたい。

 

「時速80キロで走れるなら、メキシコ湾なんてすぐじゃないのか?」

 

 ウィリーさんに尋ねられた。

 

「ずっとその速度を維持できるのならばすぐです。ですが、トイレと食事休憩も必要ですし、何よりここはハイウェイじゃないんです。足場の悪い砂漠地帯をトップスピードで走り続けるのはほぼ不可能なので」

 

 俺の見立てだと走るだけで8時間。休憩が2時間。

 メキシコ湾に着くのは18時すぎになるはずだ。

 

「というわけで、俺は今日は運転しっぱなしになるので、食事当番を誰か代わってもらいたいのですが」

「なら、今日は私が食事当番ね」

 

 食事当番の話をすると、エリちゃんが待ってましたとばかりに、自信満々に小麦粉が入った袋を荷物の収納スペースから持ってきた。

 

「何を作るんだい?」

「小麦粉が手に入ったからにはあれしかないでしょう。うどん!」

「うどん?」

 

 思えば旅を始めてすぐの頃に、どういうわけかエリちゃんは「うどん」にやたら執着していた。

 

 あの頃からずっと「うどん」を食べたいと思っており、機会を窺っていたのだろう。

 

「エリちゃんってうどんを打ったことがあるの?」

「動画では見たことあるから大丈夫だよ」

「えっ?」

「大丈夫」

 

 本人は自信があるようだが、今の話を聞く限りは不安要素しかない。

 

「安心してください。俺もうどん屋の待ち時間に店員がうどんをこねているのを見たことがあります。エリスだけだと頼りないですが任せてください」

 

 ここでモリ君も、何一つ頼りになる要素などないセリフを吐きながら参戦してきた。

 

 2人ともそのうろ覚えの知識で一体何を作るつもりなのか?

 小麦粉に適当に水と塩をぶちこんだら、うどんになると思っていそうで怖い。

 

「それではワシも協力させてもらおう」

 

 その時、今まで無言だったタルタロスさんが自信ありげな雰囲気で前に出た。

 これは期待して良いのだろうか?

 

「2人が食事を作っている間、レルムとドロシー2人の面倒を見よう」

「それは助かります。子供たちをお願いします」

 

 子供たちはケビン君との別れで少し落ち込んでいる。

 子供たちと親しいタルタロスさんが面倒を見てくれるというのは本当に助かる。

 

 助かるのだが、現在浮上しているうどんの問題とは一切関係ない話だった。

 

 まずい。

 このままではうどんと称する謎の小麦粉料理を食することになってしまう。

 

 誰かうどん経験者はいないのか?

 

「ハセベさんは自宅で蕎麦打ちを趣味にしているとかないですか?」

「どういうイメージだね、それは?」

 

 ダメだった。

 俺が地獄のような表情をしているのに気づいたのか、ウィリーさんが声をかけてきた。

 

「ここはオレが出張ったほうが良いか?」

 

 ウィリーさんの背後に後光が見えた気がした。

 

「もしかして麺を打ったりも?」

「バイト先では納品されてくる中華麺を茹でるだけで、製麺まではやってないが、知識としては知ってる」

「助かります!」

「プロ並みとは言えないが」

「2人のサポートをお願いできますか? さすがに動画や店先で見ただけの2人に任せると、何が完成するか不安なので」

「ああ、任せてくれ」

 

 これで決まりだ。

 俺たちはうどんを完成させる。

 

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