収穫祭の魔女   作:れいてんし

124 / 367
Chapter 6 「交易都市フラニス」

 街道をしばらく走りつづけて、ようやく不毛なチワワ砂漠を抜け出した。

 

 周辺の植生が、乾燥に強いサボテンや短くて堅い草から、細長い雑草と背の低い木に変わりつつある。

 

 暑さも少し和らいで、ひんやりとした空気が流れてくるようになった。

 

 GPSがないので正確な現在位置はわからないが、順調ではある。

 時間もちょうど12時なので、一度昼休憩にする。

 

「うどんっ、うどんっ」

 

 エリちゃんがうどんを作るために小麦粉の袋を抱えこんだ。

 早くも、好物であるといううどんに手を出すようだ。

 

「エリス、本当にうどんの作り方を知っているんだろうな」

「もちろん。こうやって小麦粉に塩と水を入れて適当に混ぜると……」

「いや待て待て。麺を作る時は適当じゃなくて、塩分と水分をちゃんと調整しないと――」

 

 ウィリーさんが血相を変えながら、小麦粉に大量の水を投入しようとしたエリちゃんを止めた。

 そのまま細かく指摘しながら、材料の分量を量ったり、生地の状態を見ながら水を足すところまでチェックしてくれている。

 

 今の調子で監修を続けてもらえれば、貴重な食材を無駄にして、謎の物体を生成することはなさそうだ。

 

 生地まではうまく打ち終えたようで、次に寝かせる工程に突入していた。

 

「麺の方は大丈夫そう?」

「ああ。オレの保証付きだ」

 

 ウィリーさんが親指を立ててサムズアップをした。

 

「問題はつゆだな」

「ラビちゃん、醤油ってまだあるの?」

「パナマで買った魚醤ならば、もう品切れだよ。何か別の味付けを考えよう」

「酒か味醂はない?」

「味醂はないな。酒はあるけど、洋酒は癖が強めだから、アルコール分を飛ばしても和風じゃなくて洋風の味付けになっちゃうな」

「それならいっそ塩で食べてみる?」

 

 エリちゃんがなかなか通なことを言い出した。

 

「塩でうどん!? 蕎麦なら聞いたことはあるけど」

「塩で食べるうどんも美味しいよ」

「塩で食べるなら、七味ならぬ唐辛子で作る一味を足しても美味しいかもしれない」

「それはあり。採用!」

 

 つゆなしはさすがに物足りないものがあるが、ここはあえて塩で食べる通なうどんを楽しむとしよう。

 

 寝かせて生地が落ち着いたところで、細く切って麺を作り、それを茹がく。

 その後、水で冷やせば、冷やしうどんの完成だ。

 

 味付けは塩のみ。

 お好みで唐辛子を刻んだものを添える。

 

「ではいただきます」

 

 早速うどんをすすってみる。

 

 箸で適量を取って一気に口の中に入れた後に軽く咀嚼して飲み込む。

 

 素人が曖昧な知識を頼りにした工程で作っただけあって、麺の太さも均一でなく、食べにくい上にコシも足りない。

 

 だが、十分に冷やしうどん……日本の味だ。

 

「これ、これだよ。これがうどんだよ!」

「うん、確かに日本の味だ」

 

 モリ君とエリちゃんがうどんを食べながら涙を流していた。

 気持ちは分かる。

 

 この世界にやって来てから、初めて日本を感じられる故郷の味に辿り着いたのだから。

 

「ああ、見事にうどんだ」

「やっぱりオレたちは日本人なんだと思うよ。こんな雑なうどんでも感動できるくらいだから」

 

 ハセベさんとウィリーさんも必死でうどんに食らいついていた。

 

 余ったら夜に残そうと多めに作ったはずのうどんは大好評で、あっという間になくなった。

 トウモロコシ粉のパンばかりで飽きていた舌には、うどんの食感はちょうど良かったのもあるかもしれない。

 

「今日はあと5時間ほど走ります。もう少しだけ辛抱してください」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 砂漠地帯を抜けてからは障害物も明らかに減り、急に走りやすくなった。

 

 舗装こそされていないが、人の足で踏み固められて草もほとんど生えていない街道にたどり着いた時には安堵した。

 この街道沿いに進めば、確実に集落、もしくは町に到達できると。

 

「フラニスは地球で言うところのマタモロスという町の位置にあるようです。今のところ順調ですが問題はここからです」

 

 俺はニューオーリンズ周辺の地図を拡大した。

 そこには複雑に枝分かれした川が描かれている。

 

「しばらくは順調に進めると思いますが、問題は、アメリカを代表する河川、ミシシッピ川ですね。この時代には橋なんてないので、どうやってここを渡河するかが問題です」

「ミシシッピって、アカミミガメの?」

 

 ウィリーさんがひょっこり顔を出した。

 

「ワニもいますよ。河川の幅と勢い、川の周りにある湿地帯の広さで、入植者を長期間跳ね返し続けたアメリカを東部と西部に分断する壁です」

「そんなに大きな川なのか。せいぜい木曽川レベルかと」

「木曽川も大概ですけどね。比較的浅瀬を探して渡るつもりではありますが、最悪はかなり上流の方まで移動しないといけないかも」

 

 イメージはマーク・トゥエインが書いたトムソーヤの冒険だ。

 

 アニメや映画も作られているが、外輪船が川を航行するシーンが印象的な作品だ。

 ここで重要なのは、ミシシッピ川は、それほどに川幅も深さもあるということだ。

 

 そこを橋なしで越えるのは無理だ。

 

 装甲車は一応は水陸両用のデザインをしている。

 機能的にもそれなりの防水性能はあるのは間違いない。

 

 だが、機能を過信して、川に突っ込んだが最後。

 泥でスタックして動けなくなった上に、車内に浸水してきて終了という事態だけは避けたい。

 

「ミシシッピ越えで時間が掛かることは確定なので、移動が楽なうちは距離を進めておきたいです」

 

 まあ、先のことは明日の俺たちが考えてくれるだろう。

 

 時計を見ると時間は17時。

 さすがに暦の上では1月だ。

 陽が落ちるのも早く、辺りはかなり暗い。

 

 だが、陽が落ちて暗くなったことが助けになることもある。

 

 真っ暗なメキシコ湾の海沿いに煌々と輝く光が見えた。

 町の灯り……人が住んでいる証だ。

 

 最初はただの光でしかなかったが、それに近付くにつれて町の形がはっきりと分かるようになってきた。

 

「ヨーロッパの城のような建物も見えるが、その横にはモスクのような建造物。どういう文化なんだここは?」

 

 ハセベさんの疑問ももっともだ。

 

 どういう歴史を辿れば、このような文化になるのかがさっぱり分からない。

 

 ヨーロッパとモスク風の建物が1つの町に両立しているのはさすがにおかしい。

 

 どちらかの建物は気候に適応できていないだろうし、使われている建材の種類が違うので建物の建築や補修で無駄が出る。

 普通に住んでいくには不便すぎるので、気候に合わせた建物へと変化していくはずだ。

 

 だが、この町ではそうなっていない。

 

「異世界から転移してきた町は全体的にヨーロッパベースにアラブやトルコが混じっている傾向があるみたいですね。転移前は元々そういう世界なんでしょう」

「地球とは全く文化が違うということか」

「距離もメートルでもヤードポンド法でもない謎の単位なのも困りますね。そのくせ日本語が通じたり、数字だけはアラビア数字だったりと意味が分かりません」

「ファンタジー世界というより、何か悪い夢のようだな」

「まさしく夢の世界……幻夢境(ドリームランド)ですよ」

 

 いつものことだが、装甲車は場所と比べて大きすぎて町には入ることはできなさそうだし、こんな大きな町へ謎の乗り物が入っていってもパニックを起こすだけだろう。

 

 町の少し手前に停めて歩いていくのが良さそうだ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 町は交易都市のようだった。

 

 港には数えきれないほどの帆船が停泊しており、陽が落ちているにもかかわらず、盛大に焚火が焚かれて、その灯りを頼りに積み荷の荷降ろしが行われている。

 

 当然、それらの船員や旅人たちが泊まるための宿も沿岸地域に固まって多数存在しているようだ。

 木賃宿からそれなりの高級ホテルまでさまざまだ。

 

 そのおかげか、陽が落ちたというのに町には活気がある。

 かがり火が焚かれて、出店が並ぶ通りを多くの人が歩いている雑踏は、どこか日本の祭りの記憶を思い起こさせる。

 

 これならば、宿と食事探しには困らないだろう。

 

「安宿で良いな?」

 

 ハセベさんが俺に確認を取ってきた。

 

「女性陣がいるので、できれば個室を。値段にもよりますが、男女別の部屋があるとありがたいです」

 

 さすがに今でも性自認は男の俺でも、知らないオッサンとの雑魚寝には抵抗がある。

 

 本物の思春期少女であるエリちゃんやガーネットちゃんはなおさらだろう。

 

 仲間でも一緒のベッドで寝られる異性はレルム君までが限界だ。

 何もしなさそうなモリ君くらいならギリギリセーフか?

 

 少しだけ考えたが、やはりアウトだ。

 セクハラ魔人のモリ君は自覚なく何をしてくるか分からない。

 

「ラビさん、また変なことを考えていませんか?」

 

 そのモリ君が、訝しげな顔をしながら俺に聞いてきた。

 

 相変わらず俺の心の中をストレートに読んでくる。

 もしかすると、俺以外はみんな読心能力を持っており、俺が心の中で考えていたことは全部バレバレなのではという錯覚に陥る。

 

「ソンナコトナイヨ」

「じゃあそういうことでいいです。この町で一泊するとして、明日はどうします?」

「当初予定だと、この町で日本人の情報を集めたりするつもりだったけど、今回は時間制限がある。昼には出発したい」

「食材と日用品の買い足しはもう十分ですよね」

「調味料くらいかな? 魚醤とカレーの材料を確保しておきたい」

「カレーの材料って、もう揃ったんじゃ?」

「完成度を高めるためにはカルダモンとかシナモンとか欲しいものはいくらでもあるよ」

 

 俺がモリ君と今後の予定について話していると、人混みをかきわけて、俺たちに近づいて来る一団がいることに気付いた。

 

「モーリスじゃないか! 久しぶり! というほど時間は経っていないか」

 

 声をかけてきたのはサルナスの町で共闘したフォルテだった。

 後ろにはマルス、レフティ、スーリアの姿もある。

 

 彼らも無事にこのフラニスの町に到着していたようだ。

 

「お互い元気そうでなによりだ」

 

 モリ君はフォルテとハイタッチの後に握手をする。

 

 俺も知らない関係ではないので、帽子を取って頭を下げて挨拶をする。

 

「どうしてこの町に? 東のウィンキーに向かうはずじゃなかったのか?」

「その用事は片付いたので、今度は東の方に向かうつもりなんだ」

「それでもうこの町に? 一度逆方向に行ったわりに、随分と速いな」

「まあ車があるので」

 

 モリ君が装甲車のことを雑に「車」と説明して誤魔化した。

 

 さすがにサルナスで手に入れた馬車は速攻で売り払って、今では謎テクノロジーで動く装甲車に乗っていますとは言えない。

 元日本人はもちろん、彼らのような異世界人に装甲車の説明をするのはいろいろとややこしい。

 

「そうか、馬車で街道沿いを走ってるんだから早いよな」

 

 ただ、フォルテたちはこちらが馬車を買ったことを知っている。

 それだけに「車」と省略したことで勝手に勘違いをしてくれたようだ。

 

「ところでアデレイドたちは?」

「彼女たちなら、この町に着いた時に別れたけど、まだどこかにはいると思うよ」

「船でメリダの町に渡ろうとしていたが、船賃を聞いて頭を抱えていたしな」

 

 マルスがフォルテの説明に付け足した。

 

「メリダとかいう遺跡の町があるって聞いただろ。そこに行くための船便があるみたいなんだが、結構高くてな」

「まあ、僕たちも遺跡には興味があったので、こうして船賃を稼いでいるってわけだ」

 

 それならば、アデレイドたちとも会えるかもしれない。

 広い町だが、彼女たちは目立つ服装なので、捜せばすぐに見つかるだろう。

 

 何としても世界が崩壊するかもしれないという話を伝えて、協力してもらわないといけない。

 

「この町では最近、魚人……魚頭の亜人どもが大暴れしての被害が相次いでいるらしくて、そいつらの討伐依頼がそれなりにあるんだ。彼女たちも、その依頼を受けているかも」

「こういう言い方もなんだが、魚人様々だよ。他に競合相手もいないし意外と儲かるんだ。王国の兵士も防衛には来てるみたいだが」

 

 マルスは嬉しそうだが、フォルテは何ともいえない笑顔で答えた。

 

 魚人とやらに被害を受けている現状は住民の気持ちを考えると決して良くはない。

 

 だが、フォルテたちのようなモンスターの討伐依頼で金を稼いでいる人間にとっては飯の種でもある。

 胸中は複雑なところだろう。

 

「魚人ってこの辺りにも出てるのか? オレたちが最近までいたキューバでも毎日上陸してきて大騒ぎだったんだが」

 

 魚人という単語に反応してウィリーさんが会話に入ってきた。

 

「その話なら、交易船の船員に聞いたことがある。どうも、この海域に面する町はどこでも魚人が湧いて出て来るみたいだな」

 

 つまり、メキシコから北アメリカ大陸のフロリダ半島、そしてキューバ島に囲まれたエリア。

 メキシコ湾沿いならばどこにでも魚人は出現するのだろう。

 

「パナマで魚人の話を聞かなかったのは、単にタウンティンの勢力圏内なので既に軍隊に倒されていただけということでしょうかね?」

 

 ここでモリ君がパナマに魚人が出なかった話を出した。

 

「まあそうだろうな。州知事もわざわざ周辺で怪物や海賊の被害が出ていると言っていたくらいなんだから」

 

 そりゃ運営が嫌がるはずだ。

 せっかく俺たちの敵として配置した敵が艦砲射撃だの近代兵器で武装した兵士たちによってあっさり鎮圧されるのだから。

 

 運営の地下で見せられたあの映像でも、自信満々で出したであろう巨大なタコが機関砲とロケット砲の直撃で瞬殺されていた。

 

 俺たちのような召喚者が必死で怪物と戦う映像が見たい客が、謎の兵器群の前に倒されるモンスターを見ても何も面白くはないだろう。

 予定も全て崩壊するし、邪神……イソグサをぶつけて全部倒してやれとなるはずだ。

 

 ただ、以前にリプリィさんが「キューバ島は別の国の管轄だから情報が手に入らないし、軍隊を出すことはできない」と言っていた記憶がある。

 

 つまりこの町を含むメキシコや北アメリカ大陸には援軍は来ないと考えて良いだろう。

 俺たちが何とか解決するしかない。

 

「キューバの時は、ボスキャラらしいやつを倒すと発生が一気に落ち着いたんだ。ここも同じかもしれない」

 

 ウィリーさんの体験談は参考になる。

 これが自然発生ではなく、運営が関係している召喚モンスターによる被害ならば、ボスを倒せば早期解決はできそうだ。

 

「もしかして、またサルナスの時のような根本解決を考えているのか?」

 

 フォルテが訝しげな表情でこちらに近づいてきた。

 本当に察しが良くて困る。

 

 ここで隠し事をしても仕方がない。

 むしろ俺たちには時間制限があるのだから、スピード解決のためには実力者であるフォルテたちに手伝ってもらった方がありがたい。

 

「実は僕たちも、魚人の発生源については目星を付けている。モンスターを召喚する儀式がどこかで行われている……と見ている」

 

 こちらからどう説明しようかと思っていたが、先にフォルテの方から正解がやってきた。

 

「魚人の出現に不自然な点があったので少し調べてみたんだ。海の底や近くの海から泳いでくるにしては動きがおかしい」

「それで私が魔力のパターンを分析して、魚人は別の場所から召喚されているのではないかと推測した」

 

 フォルテの説明をスーリアが補足した。

 

「発生場所を探してはいるけれども、まだ見つかっていない」

「発生源なんて放置しとく方がこっちも定期的な収入があって助かるんだがな」

 

 マルスはあまり気が乗らないようだった。

 戦闘ができることと資金稼ぎが重要なのだろう。

 

「そうは言っても困っている人がいるんだ。早期解決する方が良いに決まっている。ゲームじゃないんだぞ、これは」

 

 マルスをフォルテが諌めた。

 

 フォルテは本当に凄い。

 自分たちの生活がかかっているというのに、それでも住民の安全を優先しようと考えられる高潔さがある。

 

 とてもぼくにはできない。

 

「定期的な収入については良い話があるのですが、聞いてもらえたりしますか?」

 

 せっかくなので、ここでフォルテたちにも伊原さんからの依頼を聞いてもらった方がいいだろう。

 次元の異常を見付ければ報酬が出ると伝われば、フォルテたちにもメリットはあるはずだ。

 

 フォルテたちの実力は信用していい。

 ここで協力してもらえれば、いろいろと楽になる。

 

「僕たちの方も、魚人の発生源探しに協力してもらおうと考えていた。明日、どこかに集まって一度話し合おう」

「そういうことならば是非お願いします」

 

 急ぎの旅ではあるが、この件についても放置はできない。

 フォルテたちと一度話をすることにしよう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。