「ラヴィたちじゃない! どうしたの、こんなところで」
「やっぱりこの世界で冒険者をやるの?」
アデレイドとエヴァニアは、確保した女子用の安宿に滞在していた。
どこにいるのか捜す手間が省けたのはありがたい。
「でもなんでこんなところに?」
「日本へ帰る旅の途中で、東に向かっている最中なんです」
簡単に今の状況について説明をした。
日本へ帰るために東に向かっている。
その途中でフロリダでプロトコル333なる何かが起ころうとしているので、それを阻止しようと急ぎの旅である。
それとは別件で、この世界は次元が不安定になっており、それを修復するための情報を集めていることなどだ。
ついでと言っては何だが、初対面のガーネットちゃんについてもお互いに紹介をする。
今のところ女子用の部屋にいるのは、俺とエリちゃん、ドロシーちゃんとガーネットちゃんの4人だ。
男子側が8人になってバランスが悪いが、そこは配慮してもらえると助かる。
「そういえばジュウベイさんは?」
「別の安宿に泊まってる。こっちは女子用だから。まあ、お金が余分にかかるから大変なんだけどね」
旅などしたことがないと言っていたアデレイドも何日かでそれなりに旅慣れてはきているようだ。
金の計算なども含めて生活慣れしてきている。
「フロリダにはラヴィたちが行くなら、人数的には十分じゃないかな。私たちは、ここで次元の異常とやらを調査してみるよ」
「助かります」
「私たちにとっても死活問題だからね。せっかくこの世界で生きていくと決めたのに、いきなり壊れるとか」
アデレイドたちが協力的で助かる。
「それで、伊原って人と連絡を取ればいいわけね」
「はい。多分、近いうちに通信用の無線アンテナを立てるために、この町に来るらしいので、そこで話してもらえばいいと思います。詳しい情報や報酬なんかも含めて」
「ということは、明日明後日の話じゃないのか」
アデレイドは顎に手を当てて何か考え込み始めた。
「見ての通り、今はエヴァニアが作った薬を売って日々の宿代を稼いでいるんだけど」
「まあ、錬金術師だから、それくらいはね」
エヴァニアが自慢げにガラス瓶を振り回しながら言った。
よく見ると、目の前には何かの草や種などが置かれていた。
単に荷物の整理をしているだけだと思ったら、ここで薬の精製をしていたようだ。
宿の中で薬の精製などしたら、臭いなどの苦情が出るだろうと思ったが、それは杞憂だと分かった。
エヴァニアのスキルで薬を作っているからなのか、小さい台の上に置いた薬草が、あっという間に干からびて、成分だけがガラス瓶の中に溜まる。
傍から見ている分には、単に荷物の整理をしているだけにしか見えないだろう。
そりゃ苦情が出るはずもない。
「ちょっとした家庭用の置き薬なんだけど、これがそこそこの値段で売れるんだよ」
「と言っても、ここで薬屋になりたいわけじゃないし、他にお金儲けの話があるなら助かるよ」
「明日はフォルテたちと魚人の発生源探しをする予定なんですが、それも報酬が出るらしいですけど、参加されますか?」
「魚人ね……私たちも一度は依頼を受けたんだけど、一日走り回っても、全然見つからない日があって、労力と見合わないというか」
アデレイドはあまり乗り気ではないようだ。
スキルのレーダーで検知できる範囲はせいぜい半径1キロなので、広すぎる場所の捜索は難しいのだろう。
「スーリアさんが発生源を見つける見込みをつけたようなので、それに協力したいと考えています」
「あの子、何か法則みたいなものを見つけたんだ。さすがだね。そういうことなら、共同作戦と行こうか」
アデレイドも一時協力してもらえるようだ。
これは心強い。
「明日の朝に打ち合わせをして、それから調査をするつもりです」
「分かった。参加するよ」
◆ ◆ ◆
翌朝。
全員で集まり、簡単な会議を行うことにした。
「私の見込みでは、魚人は儀式による召喚で別の場所から喚ばれているのではという推測です」
スーリアの説明では、倒した魚人の死体からは妙な魔力が検出された。
調べたところ、召喚魔法特有の魔力の
「カーターはどう思う?」
「魚人の実物を直接見たわけじゃないから断言はできないが、召喚直後ならば、その儀式特有の魔力が残っていてもおかしくはない」
「召喚されたというと、例の運営が用意した召喚セットを使われている可能性があるのか」
「あり得るな。ダメ元で、後で無線スキャンをかけてみよう。運営関係ならば、例のビーコン信号が出ているかもしれない」
それならば話が早い。
装甲車で電波信号が出ているかチェックする。
その上で、偽物の町と同じように、レルム君に具体的な位置を絞り込んでもらえばいい。
「魚人の召喚方法について、何かご存じですか?」
俺とカーターの話を聞いたスーリアが尋ねてきた。
「以前に別の場所で似たような事件があり、その時は召喚の儀式を行った魔法陣があったんです」
「私も、魚人はどこかから召喚されたと予想はしていました。その線で調査したいと思う」
スーリアはそう言うと、周辺の地図が描かれた紙を広げた。
海岸線が妙に細かく、まるで空撮をしたような詳細な地図だ。
「そういえば……使い魔を覚えたのでラヴィにも一度見てほしい」
「えっ、この短期間で?」
「基礎は覚えていたので」
スーリアはそう言うと、手を翳して何やら呪文を唱えはじめる。
すると、空中に粒子が集まり、透き通り、光を受けて輝くカラスの姿になった。
カラス=黒いものというイメージがあるので青白い光の粒子で構成されたカラスには違和感がある。
それでも、シルエットは間違いなくカラスの形をしている。
「この能力を使って私がこの地図を描いた」
「すごいですね。この短期間で使い魔を習得するとか……やはり天才か」
ガラスのカラスというつまらないジョークが脳裏をよぎってだけではなく、喉元まで降りてきたが、なんとか声には出さずに堪えた。
空気を読める男はここで余計な発言などはしない。
「ガラスのカラスですね」
そう思っていたらモリ君が空気を読まずに余計なことを言ったが、すかさずエリちゃんが空気を読んで、モリ君の耳を引っ張って事なきを得た。
空気が死んだらどうする。
「今は単純な動きしかさせられないけど、何かコツみたいなのはあります?」
「ええと……」
これは以前にも説明した通りだが、俺は技術的な話はさっぱりできない。
心構えなどの精神論的な話で誤魔化したい。
「決して無理はせず毎日コツコツと地道に続けることですね。ある日突然『なんだこんなことだったのか』と急にできるようになるので」
「ありますね、そういうこと」
「急にできるようになりますよね。わかります。ピアノの楽曲とかもそうでした」
俺のフワっとしたアドバイスにスーリアとガーネットちゃんが同意してくれた。
所詮は偽物のコスプレ魔女である俺からはこれくらいのアドバイスが精一杯だ。
「地道な聞き込みとこの地図と魔力探知で3か所までに絞った」
「3か所を僕たちだけで回るのは大変だったんだが、これだけ人数がいれば、手分けすればすぐに確認できそうだ」
フォルテが集まった人数を数えながら言った。
俺たちが12人。フォルテたちが4人。アデレイドたちが3人。
合計19人。
3か所も6人チームでチェックして回れるという話になる。
「探知系能力者はスーリアと、ラヴィさんとアデレイドさんの3人だ。この3人を中心に6人チームを組んでいければと思う」
フォルテが人数を数えながら言った。
「残念ながら、僕は半分以上面識がないので、能力などが分からない。メンバー分けはモーリスに任せていいか」
「分かったよ。じゃあ、俺の独断でチーム分けしていくけどいいかな?」
モリ君が俺たちに確認を取った。
もちろん異論はない。
リーダーとしての采配を見せてもらいたいところだ。
「フォルテたちのところは近接要員は2人いるので、遠距離支援を足していきたいです。ウィリーさん、ガーネットさん、マークさんの3人でお願いします」
「ああ、分かった。オレたち……何番目だっけ?」
「13ですよ。第13チーム」
ウィリーさんにガーネットちゃんが補足をする。
「オレたち第13チームが加わる。7人で少し多いが、まあなんとかなるだろう」
「続いて。アデレイドさんのところは近接と防御要員が足りないから、俺とエリスが入って、残りは……カーターさんに来てもらっていいですか」
「ラビ助を除くいつメンだな」
「そういうことです。残り、ラビさんと第16チーム。それにハセベさんとクリスさんの6人でお願いします」
バランスとしてはどのチームも遠近揃っていて良さそうだ。
異論はない。
だが、その前にみんなには装甲車の機能を知っていてほしい。
特に無線信号の検知機能だ。
それを知っているか知らないかで調査の効率が完全に変わってくる。
◆ ◆ ◆
「なんか……ものすごいことになってない?」
初見のアデレイドがモニターに表示されたいくつもの計器を見ながら声を漏らした。
そういう感想が出るのも無理はない。
明らかに場違いなテクノロジーの代物すぎて、浮いているというレベルではない。
フォルテたちに至っては、理解の範疇を超えているからなのか、何の言葉も発していない。
装甲車の中がどうなっているかをフォルテたちに見せるかどうかは少し悩んだ。
アデレイドたちは元日本人だし、運営に優遇されてかなりのハイテク都市にいたようなのでまあいい。
フォルテたちには、明らかにこの世界にはないテクノロジーの塊を見せることで、どんな影響が出るか不明だからだ。
それでも、モリ君やハセベさんたちと一度相談をした結果、見せようということになった。
今後、次元の異常についての調査もしてもらうことになる。
ならば、近代から転移してきた町の知識もある程度は知ってもらっていた方が間違いないからだ。
どのみち、未知の文明に触れるならば、早い方がいいだろうという判断だ。
「今回使う機能は無線です。運営が使う周波数に電波信号が飛んでいないかをチェックします」
まずは運転席に座って空中に浮かぶ半透明のコンソールを操作してメニューを起動させる。
無線機能を有効にする。
周波数を運営が使用していたであろう帯域に合わせると、定期間隔で発せられる信号を受信することができた。
5秒に1回の定期間隔送信なのは、偽物の町から検知されたものと同じだ。
やはりこの町に発生している魚人も運営絡みの技術が使われている可能性は高い。
ただ、その信号が非常に微弱だ。
発生源は比較的近いはずなのに、相当弱っている。
「なんでこんなに信号が弱いんだろうな」
「運営が撤退してからそれなりに経つからな。しばらくは補助動力で動いたとしても、電池切れが近いのかもしれない」
カーターが俺の呟きに答えた。
それなりに説得力がある。
「ということは、このやり方で調査できるのも残り少ないってことか」
「この先に似たような魔物の発生があった場合は、地道な調査が必要になってくるな」
とはいえ、今回はギリギリ間に合った形だ。
信号の向きと強度からだいたいの位置を算出。
周辺の地図に重ね合わせると、スーリアが予想した3つのポイントのうち、1つに合致した。
町から少し南方向に移動した場所にある、荒々しい岩が連なる小さい湾だ。
残念ながら使い魔の射程距離2キロではそこまで届かないので、どんな場所なのかは確認ができない。
「召喚の儀式が行われたのは、ここの可能性が高いです」
「じゃあ残り2つは?」
それは見当もつかない。
あくまでも、これは電波が出ているかいないかのチェックだけだ。
直接分析をしたスーリアに聞いてみるのが一番だろう。
「すみません、スーリアさん」
「すごいです!」
声をかけるや否や、スーリアは俺の両手を取ってぶんぶんと振り回した。
「この装置の動力はエーテルですよね。今もものすごい勢いで吸収しているのが分かります。この光っているのは術を応用したものでしょうか? なるほど、小さい宝石のようなものにエーテルを蓄えて分岐を――」
今まで単語を区切るようにぼそぼそと話していたスーリアがやたら早口かつ猛烈な勢いで理論について語り始めた。
どうやら、魔術の専門家としての何かに火が付いてしまったようだ。
「すみません、スーリアさん、解説を」
「はっ! すみません、つい色々と新鮮で」
スーリアはオホンと咳ばらいをした。
「私が追ったのは術の特有の魔力。3か所から出ているということは、儀式に使われた場所、召喚済の魚人が集まっている巣、召喚者が潜んでいる拠点だと考えられる」
スーリアの回答は明瞭で分かりやすいものだった。
どのポイントも調査しておいた方がいいし、どこも無視していいポイントはない。
「3つのチームをどこに向かわせたらいいのか判断しがたいな」
「そういうことでしたら、ラビさんは、儀式が行われた場所に向かってください。装甲車の機能と、レルムの電波探知を合わせた科学的な調査には一番向いていると思います」
モリ君から具体的な指示が来た。
理屈は通っているし、それで問題はない。
「数が多いのは魚人の巣か」
「広範囲への攻撃と火力なら私かな」
ここでアデレイドが前に出た。
アデレイドの火力の高さは俺も知っている。任せて大丈夫だろう。
「数で攻めてこられると弱いけど、その分、モーリスさんやエリスさんにカバーしてもらえることを期待してる」
「僕もいるんですけどね」
相変わらず影が薄いジュウベイが声を上げた。
それなりの強さなのは分かってはいるが、アデレイドはスキルを一度使うと隙が大きい。
多くの敵と戦うには、プロテクションを使えるモリ君と素早く動き回れるエリちゃんに入ってもらえるのがありがたい。
こちらも分担はこれでいいだろう。
「じゃあ、残るは僕たちのチームか。召喚者との直接対決が見込まれるならば、戦闘よりも、聞き込みや調査能力が問われそうだな」
「戦闘もそれなりにあるだろ。召喚者が自分のまわりに護衛をつけてないわけないからな」
こちらの任務は未知数と言ったところか。
総合力の高いフォルテたちに、ウィリーさん、ガーネットちゃんにマークさんがサポートすればうまく行くのではと思う。
なんだかんだで適材適所になっている。
「とりあえず、このチーム分けで調査をしてみよう。片付いたら、他のチームのサポートに入るようにしよう」
それぞれのチームの代表であるモリ君、アデレイド、フォルテが手を重ねあった。
「モーリスたちの言っていた次元の異常の話もあるからな。なるべく無理はしないように」
「そうだな。安全第一で行こう」
「じゃあ、サルナス以来の共同作戦だけどよろしく」
ここからは今から3チームに分かれて調査を行うことになる。
とはいえ、あまり時間はかけていられない。
プロトコル333のタイムリミットが迫っているので、なるべく手っ取り早く終わらせる必要がある。
◆ ◆ ◆
ゴツゴツした岩場の先には、巨岩に囲まれているおかげか、波が比較的穏やかな湾が広がっている。
ここまでの旅では、ずっと荒れた太平洋の海ばかりを見て来たので、ここで静かな海を見ると安心する。
だが、この湾は町からは微妙に遠く、目印になりそうな特徴のあるものが周囲にない。
電波の受信など不可能な現地民には、この小さな湾が魚人の出現場所とは絶対に気付くことはできなかっただろう。
俺たちも、装甲車のセンサーがなければ分からなかった。
装甲車は、波が被らない場所にそれなりの広い草むらがあったので、そこに停車させた。
この時代に通る車などないので、堂々と駐車しても、取締まりなどは来ないので安心だ。
「位置的にはこの湾のどこかに、魚人の発生源が隠れている。だけど、信号は微弱なので、詳細地点の特定が難しい」
「だから、僕のレーダーで絞り込んでいけばいいんですね」
レルム君が金属製のバケツを構えた。
車の無線機で分かるのは大雑把な方向だけだ。
ここから緻密に位置を特定するには、レルム君の力が必要だ。
「頼むよ。作戦の肝はレルム君に掛かっている」
「任せてください」
もしも、レルム君の能力がなければ手当たり次第に探し回らないといけないので、もっと時間がかかるはずだ。
装甲車の扉を開けて、全員で車から降りる。
全員で潮の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、静かな波が打ち寄せる岩場の間を慎重に進んでいった。
足元には様々な形の磯溜まりが点在している。
透明な水たまりの中では小さなカニや小魚などが素早く陰に身を隠していた。
満潮時にはこの周辺は海中に没するのだろう。
そうすればさらに捜索は困難になる。
干潮の間に全て片付けてしまいたい。
「レルム君、方向は?」
「まっすぐ海の方を向いていますね」
レルム君はバケツをまっすぐ海の方向へ向けた。
すると、バケツから一定間隔で音が鳴り始めた。
それなりの大きな音量なので、ある程度近くに電波の発信源があることは間違いないが、その距離までは特定できない。
だが、電波の向きが独特の方向から出ているようだ。
「発信源は海中から出ているみたいだな」
「潜ってみるか?」
タルタロスさんが海の方を見ながら言った。
「ワシはなんとなく素潜りができた記憶があるのだが」
「記憶がある?」
やはりタルタロスさんもオリジナルの記憶を取り戻しつつあるようだ。
本当に一体何が起こっているのか。
いや、今はその疑問の追究はいい。
「具体的な位置を特定しないことには手当たり次第だと時間がいくらあっても足りません」
「なら、一度町まで戻って小さいボートを借りてくるか?」
ハセベさんが、遠くにうっすらと見える町の方を指した。
儀式が行われたのが海の底ならば、目で見るだけでは探すのは困難だ。
電波の向きから、ある程度の目安をつけておかないと手間も時間もかかりすぎる。
若干のタイムロスではあるが、一度町に戻ってボートを借りた方が結果として時間の短縮にはなりそうだ。
「場所は確認できたし、一度町に戻ってボートを借りてこよう」