闇に包まれた海岸線を装甲車が走りぬける。
光を発するものは装甲車の前照灯と空の星、そして真っ暗な海に反射した星の光のみ。
夜ならば人の営みの光が確認出来ると思ったのだが、フロリダ半島に入ってからは人が住む集落を全く発見出来ていない。
冬でも平均温度が20度を下回ることはなく、水量も豊富。
オレンジやグレープフルーツなどの果実も自生しており、野生動物の声も頻繁に聞こえてくる。
人が住むには最適なこのフロリダに人が一人もいないということなどあるのだろうか?
旅の途中で休憩できる村くらいあると思って走っているのだが、ネイティブアメリカンも、近くのキューバやバハマからの移民も、異世界人も、誰一人として痕跡を確認できない。
「時間は21時か。そろそろ今日は休憩にしないか?」
「いえ、もう少しでフロリダ半島の南端です。ここを回り込めばマイアミに到着するはずですので、そこまで行ってしまいましょう」
現在の
白地図を確認するとフロリダ半島最大の町、マイアミまではあと少しだ。
さすがにその近くには町か集落か何かがあるだろう。
「いや少し待ってくれ。適当なところで車を停めて、少し戻って欲しい」
街灯などない暗い夜道を慎重に走らせていると、横で前面モニターを睨みつけるような視線で見ていたハセベさんが突然言った。
「あと、停車したタイミングで振動、動体、生体センサーでスキャンを実行」
ハセベさんが具体的な指示を出してくるあたり、運転している俺も見過ごしていた何かを見つけたのだろう。
「分かりました。詳しい場所を教えてください」
少し広い場所を見つけたのでUターン。
来た道を少しだけ戻る。
「道の横から海岸へと下っていく分岐路が見えたのだが、そこを降りて欲しい」
「無理です。道幅が狭すぎて、こいつの図体じゃタイヤがはみ出します。無理に下ればタイヤを踏み外して崖下へ真っ逆さまですよ」
「なら適当に路駐させて歩いていこう。どうせこの時代には対向車なんて来ないだろう」
「駐車違反の取り締まりもないですね。良い時代です」
車を降りる前に一通りのスキャンをかけてみるが、これというデータは出てこない。
「生体センサーに検知はありますが、引っかかるのは小動物や鹿なんかの野生動物くらいですね。一体、何を見つけられたんですか?」
「廃村だ。壊れた家が何軒か立ち並んでいるのが一瞬だが見えた。それに、そこの斜面は天然ではなくて如何にも人の手が加わっているように見えないか?」
補助灯を点灯させて海へ下っていく斜面を照らすと、確かに人の手が加わっているように見える。
それに、道には車輪で付いたと思われる轍がかすかにだが残っている。
「センサーの反応がないのならば、危険はないと思うが、この半島で何が起こっているのかについては一応把握しておきたい」
「ただ全員で行くほどではないと思うのでメンバーを絞りましょう」
「そうだな……照明を使えるレルム君は……まだ起きているか?」
「もう寝てますよ」
エリちゃんが口に人差し指を当てて「静かに」と応えた。
レルム君とドロシーちゃんの小学生コンビは車内の簡易ベッドの上で仲良く就寝中だった。
無理もない。
連日、長時間ドライブが続いている。
村や集落もなく、テント泊が続いてかなりの疲労が溜まっているのだから。
正直なところ、俺も眠いので早く休みたいくらいだ。
「ライト用途なら俺のスキルでもそれなりには照らせますが」
「では私とラヴィ君で行こう。あと、タルタロスさん、同行をお願いします」
「ワシが?」
ここでタルタロスさんを指名ということは、彼の怪力に期待していることがあるのだろう。
「では探索に向かおう。ただ、あまり長居するつもりはない。この廃村で何が起こったのかを確認出来たらそれでいい」
「わかりました」
◆ ◆ ◆
9羽の鳥で形成した3枚の
本来は暗い場所を照らす能力ではなく、ただ光っているだけだ。
なので「明るい」という言葉とは程遠いが、3枚も重ねれば、足元と2メートルほど先を月明かり程度で照らすくらいの照度はキープできる。
坂道を降りて行った先にあった場所は廃村のようだ。
もとは漁村だったのだろうこの集落は、ひどい荒れようだった。
いくつもの木造の小屋が押し潰されたように破壊され、あちこちに残骸の木材が転がっている。
漁船は港に係留されたまま放置され、朽ちかけていた。
寂れて廃村になったという雰囲気ではない。
早朝か夜間に「何か」に襲われたのだろうか?
もしや、フロリダに入ってから一切集落がないのは、同様に「何か」に襲撃されたからではないだろうか?
ヒントくらいは掴んでおきたい。
「無事に逃げ出してくれていれば良いが」
「……残念ながらダメだったようですね」
俺は道の真ん中に落ちていた人骨を拾い上げた。
「噛まれたような傷もなし。砕けた形跡もなし。まるで死体の肉の部分だけをそのまま食われたような……。近くには子どもの骨もありますね。おそらく家族全員がここでやられたのでしょう」
俺は冷静に状況を分析する。
腐乱死体にもならず、骨だけ残して肉を消化させたとなると、酸のような化学物質か、それとも大量の虫に襲われたか、どちらかだろう。
人間や獣に殺害されたとしたら骨があまりに綺麗すぎる。
ふと気付くと、ハセベさんとタルタロスさんの二人が、ひきつったような顔でこちらを見ていた。
「いや待って欲しい。ラヴィ君は大丈夫なのか? 人がそこで死んでいるんだぞ」
「あれ? そういえば……」
言われて初めて気付いた。
以前は人の遺体を見たときには吐き気を催すような嫌悪感が湧いていたはずだ。
それが今では、まったく何の感情も湧かず、ただ分析と脅威度の判断だけを優先している。
いつの間にこれほど「死」に慣れてしまったのか。
思い返しているうちに、映像がフラッシュバックした。
数えきれないほどの無念の表情を浮かべた遺体……その中にはレルム君、ドロシーちゃん、タルタロスさんの遺体もあって……。
霧になって消えていくカーター。
知事に見せられた、ここと似たような場所で巨人に襲われた凄惨な写真……。
考えているうちに、激しい頭痛が込み上げてきた。
手で顔を押さえる。
なんでこんな短期間に「死」を見たんだっけ?
「妙に冷静だと思ったら、無理をしていただけか」
「ここはワシがやるから少し休んだ方が」
タルタロスさんの方を見ると、今の顔の上に死体の顔が重なって見える。
もうこの幻覚を見ることはなくなったと思っていたのに、まだ残っていたのか……。
先程の親子の人骨を見ると、全く知らない人間の死に顔が重なって見えた。
やはり恐怖心は湧いてこない。
むしろ冷静さが戻ってくる。
「大丈夫です。調査を続けましょう」
「だが、顔色は大丈夫には見えないのだが」
「いえ、怖いとかそういうのではありません。それよりも調査が終わったら、この廃村の被害者全員を埋葬しようと思います」
「埋葬? それは手間がかかりすぎて我々だけでは無理だろう」
「大丈夫です。驚くほど一瞬で終わりますから。それよりも調査の継続を」
手の甲を見ると、まだ「魔女の呪い」を使用していないのに、わずかに光る紋様がうっすらと浮き出ている。
これは先程の遺体からの催促なのだろうか?
……否、死体は喋らない。
死んだ人間は何もできない。
ふと視線を戻すと、タルタロスさんが大きな瓦礫を持ち上げて撤去しているところだった。
「ラヴィ君、見てくれ。こちらに手がかりらしきものがある」
「何ですか?」
ハセベさんが指差す先には何かの白い粘液のようなものが付着していた。
この粘液には見覚えがある。
「アメーバはこのような粘液を残したことなどないのだが、何か心当たりはあるかね?」
「
「ユッグ?」
「
ユッグの特徴を思い出していく。
確かにあのユッグの群れならば、この小さい集落を壊滅させることなど容易いだろう。
すぐに乾燥する粘液が、今まで残っていたのは瓦礫の下に有ったからだろうか。
「そんな敵とどう戦ったんだ?」
「火です。ある程度の熱を与えると、粘液はあっさり蒸発する上に、ユッグの体内にあるガス袋か何かに引火するようで、あっという間に全身が弾けるので簡単に倒すことができました。俺達は振り回しても火が消えにくいオイルトーチを使いました」
「なるほど。その情報さえ伝われば、一般人でもある程度は戦えるようになるということか」
オイルトーチのような便利な道具はなくとも、照明用の油や藁束などで代用は出来るかもしれない。
ようは火さえ着けば良いのだから。
集落の中を一通り回ってみたが、破壊された家屋と人骨くらいしか発見出来なかった。
民家の跡地には家財道具なども残されていたが、流石にそれらを持って帰る気は死者から奪い取るような気がしてしない。
「この廃村で得られる情報は一通り手に入ったな。車に戻ろう」
ハセベさん達が引き返そうとしていたので、背中に声をかけた。
「2人とも先に戻っていてください。俺はここで村の人達を埋葬してから合流します」
「だが埋葬と言っても……」
「厳密には埋葬ではなく消滅ですね……ここで野晒しのままよりは良いと思います」
「確かに傷ましい状況ではあるが、私達は所詮通りすがりの旅人だ。見ず知らずの誰かを埋葬までする必要は有るのか?」
実際その通りだ。
この村を俺たちは何をどうしても助けることは出来なかった。
既に滅んでしまった過去でしかない。
だけど、このまま放置するのには抵抗があった。
「お願いします。車を動かしてここからなるべく距離を取ってください。何百メートルか離れて貰わないと、みんなを巻き込む危険があるので」
しばらくの沈黙の後、ハセベさんは分かったとばかりにタルタロスさんの肩を叩いて坂を上っていった。
ややあって、その後に車のヘッドライトが遠くへ流れて行くのが見えた。
「タウンティンのユッグがこんなところに流れてきたと思えないし、またあの巨人がボスとして設定されて出現しようとしているのか? それとも別枠?」
脳裏によぎったのはサンディエゴで伊原に見せられたあの石像だ。
ゾス=オムオグ。
ゾス三神にして
巨人と同じくユッグを眷属とする……。
あるとすればそいつが復活している?
箒を片手で持ち、天に向かって掲げる。
「ユッグに倒された村の住民達……無念は私が晴らします。だから、せめて安らかに……鳥を6羽
黒い球体ではなく、最初から虹色の球体が出現した。
俺は箒の先に浮かぶ虹色の球体を見る。
「あなたが虹色神様……時空の神ですか?」
当然、返事はない。
「近いうちに貴方を完全な形で呼び出して、頼みたいことがあります。その時はよろしくお願いします」
俺の声に応えるように、獣のような咆哮が轟いた。
それと同時に廃村にあるあちこちから黒い霧が立ち上り、球体へと集まっていく。
俺が最初に掴んだ親子の人骨も例外なく、黒い霧と化して消えていった。
声のようなものが聞こえるのは流石にノイズだろう。
全ての村人の遺体を霧に変えた段階で球体は紅い色に変化して肥大化していた。いつでも発射が可能な状態ではある。
「熱線は要らないんだけどキャンセル出来るのか?」
《止めた方がいい。行き場をなくした力が全部自分に返ってくる》
久々に
「なら止めておこう」
どの方向に向けても何かを巻き込みそうなので、いつものように空に向けて熱線を放つ。
熱線の放出は30秒ほど続いた。
熱線が止まり、周囲に暗闇が戻ってきたところで砂浜へ大の字になって寝転んで空を見る。
満潮時は海に沈む場所なのか、微妙に湿気ているが、今はいい。
「まあ
《自分から首を突っ込んでいるんだから自業自得だよ。見ず知らずの人なんだから無視すれば良かったのに》
「ただの骨だと割り切るつもりだったんだよ。だけど、実際に見たら無視できなかった。なんだろう、怒りというか哀しみというか」《そういうところが好きだよ》
「自分に告白されるのも何だけど俺もお前のことは嫌いじゃないよ」
魔女は急に言葉を止めた。
あの地母神の遺跡でこうして仰向けになって夜空を見た日を思い出す。
思えば遠くに来たものだ。
南半球から北半球に来たので見える星座も違っている。
《もし》
「なんなんだよ急に」
《どうしても勝てない敵に遭ったら……限界を超える必要が来たなら僕を取り込んで欲しい。その時は1つになって戦おう……》
「限界を超えるって……」
その時、魔女が何を言おうとしているかは分かった。
俺と魔女。
2つの魂の間で生じているロスをカットすればどうなるのかという話だ。
おそらく2人分のパワーがロスなく最大出力で発揮されれば、今よりも強力な……それこそランクアップ以上のパワーを出せるだろう。
「お前が俺の体を乗っ取りたいだけじゃないのか?」
《信じてもらえないかもしれないけど、もうその気持ちはないよ》
「『もう』ということは、以前はあったんだな」
返事はない。
都合が悪くなるとすぐに黙るのはこいつの悪い癖だ。
「必要ないよ。俺には仲間がいるんだ。みんなで力を合わせればどんな敵を相手にしても十分戦える」
◆ ◆ ◆
他の仲間たちは少し離れた場所に車を停めてキャンプをしていたので、気付かれないうちに車内へ戻る。
湿った砂浜に寝そべっていたせいか、服が水分を含んで気持ち悪かったので着替えることにした。
塩水で濡れたままだと服が傷む。
あとで洗濯しておきたいところだ。
服と下着を脱いで、タオルで身体を拭いた後に洗っておいた予備の服に着替える。
「ラヴィさん、今帰ってきたんですか?」
ちょうど着替え終わった直後に、モリ君とエリちゃんが入ってきた。
相変わらずノックなしで入ってくるあたり、さすが異世界ものの主人公枠と言わざるを得ない。
「どうしてモリ君はいつも絶妙なタイミングで入ってくるんだよ。今回はセーフだけど」
「また脱いでたんですか? そんなの事前に察するなんて無理ですよ」
ノックなしで入ってきてこの言いぐさである。
なんだこの自覚のないラッキースケベ体質は?
そういうところだぞ。
「今度は何をやったんですか?」
「ユッグに村が全滅させられていて、遺体や遺骨がそのまま残されていたから、全部埋葬してきた」
淡々と説明すると、2人とも目を覆った。
「ラビさん、大丈夫ですか? 疲れてないですか」
「それだけだよ。さすがに精神的にはきつかったから、その場で少し寝たらスッキリした。本当にそれだけ」
「辛かったなら、早く帰ってきてここで寝ていれば良かったのに」
2人は俺のことを心配して待ってくれていたようだ。
本当に、心配をかけて申し訳ない。
「明日は朝からクロウさんたちを探すことになった。合流できたら、そのままカナベラル? とにかくそこの基地に行くと思う。だから、なるべく体調を整えておくようにって」
「ああ、分かったよ。今日は早めに寝て、明日に備えておく」