車からボートをタルタロスさんに下ろしてもらい、水面に浮かべた。
一応、保証金を払って借りてきたものだ。無事に返さないと弁償コースが待っている。
ボートはかなり小さい。詰めても乗れるのはせいぜい3人までだろう。
「ボートには誰が乗るんだ?」
「レルム君とボートを漕ぐ役でタルタロスさんの2人でお願いします。タルタロスさんは体が大きいので、おそらくそれで限界かと」
「うちもボートに乗りたい!」
ここでドロシーちゃんがぐずり出した。
「ボートは敵を倒してからゆっくり乗ろう。今は調査が優先だから後でね」
「……分かった。約束だから」
とりあえずクッキーを取り出してなだめておく。
「ハセベさんとクリスさんは、敵が出現したらいつでも対応できるように待機をお願いします」
「ラヴィ君はどうするのかね?」
「私は空を飛べるので、2人に空から付いていきます」
まずは箒にまたがり
タルタロスさんが漕ぐボートの動きに合わせてついていく。
「タルタロスさん、ご負担をおかけしますがお願いします」
「いやいや、ワシもたまには活躍せんといかんしな」
タルタロスさんが力強くオールを漕ぐと、ボートは勢いよく進み始めるが、代わりにオールがミシミシと悲鳴を上げる。
力が強すぎるというのも難しいものだ。
作戦としては、とにかく湾の中をあちこち動いて回る。
そこで、レルム君が掲げた簡易の無線受信機に反応があるポイントを探り、具体的な場所を絞り込んでいく。
どこかで電波の発信が強くなるポイントがあるはずだ。
当たりがつけば、細かく移動して、具体的な位置を特定する作戦だ。
しばらくそうやってタルタロスさんがボートを漕いでいるうちに、レルム君が目当ての反応を見つけたようだ。
俺に位置を示すために、バケツを頭の上へと持ち上げた。
「師匠、やっぱり海の中みたいです」
「海中か……電波が弱かったのは、電池不足じゃなくて、水の中からだったのかもしれないのか」
まずは岸で待っているハセベさんに手で合図を送る。
「よし、後は俺に任せろ。タルタロスさん、お手数ですが、ボートを安全な場所まで運んでいただけませんか?」
「分かった。何かあったら呼んでくれ」
タルタロスさんがボートを一度岸まで移動させた。
そして、ボートを持ち上げて装甲車の屋根に乗せる。
これで、もし戦闘が発生しても壊されることはない。
その後に鳥の使い魔を5羽喚び出した。
視点が複数あると疲労が大きいために、視界の共有は先頭の1羽のみ。
残りの4羽は先頭の鳥たちを半自動で追跡する形にして、5羽の鳥たちを海中に飛び込ませた。
水中を羽を広げて飛ぶように進む鳥たちはまるでペンギンの群れのようだ。
海水をかき分けてより深く潜らせていく。
美しいテーブルサンゴが群生するような浅い海なので、海底までもある程度光は届いている。
海底近くでも、水深はせいぜい30メートルほどか。
カラフルなサンゴが並ぶ美しい海底を進んでいくと、光り輝く鳥に怯えたのか小魚が物凄い勢いで逃げていった。
「ちょっとしたダイビングリゾート気分だな。ゆっくり観光で来たかったところだ」
もちろん、海底近くになると、太陽の光も届きにくくなり、それなりには暗くなる。
海底を照らすのは頭上からわずかに差し込む陽光と、鳥自身が放つ青白い光だけの状態だ。
わずかな光を頼りに移動を続けると、サンゴの中に埋もれる目当ての物を見付けた。
フジツボやイソギンチャク、海藻が表面に大量に付着していて分かりにくくはなっているものの、明らかに人の手で加工された角ばった形状の石の祠があった。
祠自体は大きめのポリバケツくらいのサイズだ。
内部には薄暗い海底をほんのりと照らす「何か」の光源が見える。
「こいつか?」
鳥たちに祠の周りを旋回させて、構造を確認する。
祠は自然石をくり抜いて作ったもののようだ。
かなり頑丈そうなので、鳥を数羽突撃させたところで破壊するのは難しそうだ。
地上ならばともかく、海中だと水の抵抗がある。
威力を減衰させられては、まともにダメージは入らないだろう。
状況は一通り確認できたので、一度陸の方へ戻る。
◆ ◆ ◆
「祠らしきものを発見しましたが、重くて動きそうにないです」
一度状況報告をして、対策を考えることにした。
さすがに海中となると手を出しにくい。
レルム君の電撃、ドロシーちゃんの水、俺の鳥と極光。
何をどうしても海中にある石の祠を破壊するには海水が邪魔だ。
魔女の呪いならば余裕で海底ごと焼き払えるだろうが、この小さな湾ごと吹き飛ばしそうで、環境に厳しくエコではない。
「素潜り……も無理か」
「水深はおそらく30メートル近くありますからね。その上で自然石を持ち上げて泳いで上がるのは難しいかと」
「ならば、ロープを巻き付けて、それで引っ張るしかないな」
ハセベさんは装甲車の前面を指差した。
「ラヴィ君の鳥にロープの末端を運んでもらって、この装甲車で牽引する。ウインチか何かあれば、確実なのだが」
「ウインチはないようですので、ロープで代用しましょう。車のどこかに巻き付けてバックすれば、車のパワーで水中から引き揚げられそうです」
しゃがみ込んで車体の下部を見ると、牽引用のフックを付けるための穴らしきものがあった。
穴の周辺だけ、金属が分厚く補強されているので間違いないだろう。
「よく気づいたな。それもマニュアルに載っていたのかね?」
「いえ、学生時代から車に乗っていて、自分でよくメンテをするので、なんとなく予想がついただけですよ」
「ラヴィ君だとやはりSUVとかオフロード向きの車かね?」
「いえ、私が生まれる前に絶版になったオールドカーですよ。好きなアニメの博士が乗ってる車なんですが」
ハセベさんとそんな話をしていると、クリスさんが不思議そうな顔をして近づいてきた。
「若いのに詳しいもんだな」
「23歳ですけど」
「にじゅう……さんっ!? 年上!?」
クリスさんの反応が新鮮だ。
そういえば、別に説明する必要はないと思って年齢の話はしていなかった気がする。
「いろいろあるんですよ。この体では苦労しているので、なおさら日本へ帰らないとと思います」
「それは……まあ……この世界への執着が薄いと思ったら、体からして馴染めなかったのか」
体が馴染まないこともまた動機の1つではある。
もちろん、それだけが帰還の理由ではないのだが。
「車の中に置いてる仲間の荷物の中に長めのロープがあります。1本だと強度が不安なので、それを2本束ねて補強して使います」
「長さは足りるのかね?」
「ロープは50メートルのものなので、長さは多分ギリギリですね。車を波打ち際まで寄せれば、なんとか届きそうですが」
荷物を取りに車内へ戻ろうとした時、ハセベさんの目が鋭くなった。
目を細め、睨みつけるように海の方へ視線を向けた。
「牽引作戦は後回しにした方がいいかもしれんぞ」
「ああ、そういうことだ」
クリスさんが腰に下げた鞘に触れた。
外国人侍という風貌のクリスさんの武器も、ハセベさんと同じく日本刀だ。
ハセベさんたち第11チームは侍ばかりで構成されたチームだったと聞く。
近接戦闘の戦士タイプは俺たちのような魔法使いタイプよりも優れた五感を持っている場合が多い。
エリちゃんほどではないが、俺たちでは分からない異変を即座に感じ取ったようだ。
「敵が出てくるんですね」
「召喚のための魔法陣という重要な拠点が無人だという時点で気づくべきだった。防衛のためのシステムが用意されていてもおかしくはない」
ハセベさんの意見ももっともだ。
俺が鳥を放って偵察のために至近距離に近寄ったことが、防衛システムの発動を成立させたようだ。
「すみません、迂闊でした」
「いや、どのみち調査は必要だったので、この戦闘は避けられなかっただろう」
クリスさんは鞘から刀を抜いた。
ハセベさんの戦闘スタイルは敵の攻撃に対してカウンターを入れる居合が中心なので、敵が出現していない現状は身構えるのみだ。
「2人とも待ってください。まずはレルム君の電撃攻撃で薙ぎ払います。水中の敵に対しては圧倒的ですが、水に触れている場所だと感電する危険があります」
警告すると、2人は海岸から少し離れた。
「師匠、タイミングを教えてください」
レルム君が持っていたバケツを置いて、俺に近づいてきた。
鳥の使い魔を召喚して、1羽を上空へ待機させる。
これならば出現と同時に対応できるし、敵が岩場を回り込んで奇襲してきてもすぐに対応できる。
「ワシはどうする?」
「敵が出現したら、最初に子供たちのスキルでなぎ倒しますが、そのあと3分間は無防備になります。子供たちの護衛をお願いします」
「あい分かった」
作戦はこれでいいだろう。
敵の出現を待つ。
即座に作戦を固めたので、何とか敵の出現には間に合ったようだ。
海面がボコボコと泡立ち、異形が海中から頭を出した。
全身が青白い鱗で覆われた人間と同じくらいの大きさの、一見すると人型に見える怪人だ。
もちろん人間ではない。
口は節足動物のように複数の尖った顎を持ち、手足は極端に細く、そして長い。
タラリオンの町で会った
今のところ、海から這い出てこようとしているのは3体。
「師匠……」
「まだだ……」
レルム君が俺の服の裾を掴んできたので、落ち着かせるために肩に手を置いた。
ドロシーちゃんを手招きで呼び寄せて、俺の両脇で抱えるようにしてしゃがみ込む。
「合図と共にレルム君はビームを放つんだ。狙いは連中が上がってきた海面ギリギリだ」
「分かりました」
「ドロシーちゃんは打ち漏らしを迎撃。できるね」
「うん、分かってる。絶対できるよ」
何度も困難を乗り越えてきた2人ならば安心だ。
サポートさえ付けば、大人顔負けで戦える。
最初に現れた3体の全身が波打ち際の砂浜に上がった。
そのタイミングで、さらに海面から2体の怪人が現れた。
「今だ、薙ぎ払え!」
「はい師匠! エレクトロビーム!」
レルム君が以前に教えた通り、足を踏ん張り、両手がブレないように構えて電撃のスキルを発動させた。
雷鳴のような空気を切り裂く轟音と共に、レルム君の両手から放たれたビームは一瞬で水面から上がってきた3体を薙ぎ払った。
さらに水中から顔を出したばかりの2体を掠める。
同時に海面に青白い火花が走った。
ビームの電気が伝わり、水面を走ったのだ。
直撃を受けた3体はその全身を一瞬で焼き払われると、赤熱した後に、白い煙を上げて倒れた。
「……エビだな」
「ああ、エビだ」
漂ってきた香ばしい海鮮が焼ける匂いは確かにハセベさんとクリスさんの言うとおりエビだった。
グロテスクな敵だというのに、お腹が反応するのは日本人の悲しいサガだ。
やや遅れて、海面に怪人が4体浮かんできた。
さきほど顔を出した2体以外も、海中にいた個体が感電で倒されたようだ。
もちろんそれで終わりではない。
今度は魚のような頭を持つ鱗とヒレを持つ半魚人のようなものが海中から顔を出した。
感電に耐えたというよりは、海の深い部分にいたので、そこまで電気が届かなかったのだろう。
3体ほど黒焦げになって浮かんできたが、それらの死体を押し退けて、5体ほどが波打ち際の海岸へ近寄ってくる。
「ドロシーちゃん、撃て!」
「ハイドロカノン!」
俺の号令でドロシーちゃんが超高圧の水流を放ち、2体の魚人を薙ぎ払った。
あまりの勢いに魚人の身体は吹き飛ばされるよりも先に、その場で文字通り砕け散った。
だが、残りは難を逃れた。
一度は怯んだものの、今の攻撃は連射ができないと悟ったのか、槍を構えて接近してくる。
「では、ここからが本番だな」
「はい、ハセベさんもクリスさんもお願いします」
子供たち2人をタルタロスさんに任せて、俺も短刀を抜いた。
魚人たちは5体で終わりではなく、まだまだ海中から上がってくる。
2人だけで戦うのは無謀だ。
「あんた、戦えるのか?」
「まあ、それなりには。2人の背中を守るくらいはできますよ」
クリスさんに簡単に返す。
「ラヴィ君はあくまでも魔法使いだ。くれぐれも無理はしないように」
「分かっています」
3人で一斉に魚人たちに向けて駆け出した。
乱戦になると、遠距離スキルは使えない。
地道に接近戦で倒していく必要がある。
クリスさんは刀を上段に構えると「キェェーッ」と
薩摩示現流のような荒々しい剣術だ。
刀を頭上に掲げたまま、一息に飛び越えて魚人への距離を詰める。
真上に振り上げた刀をただ真っすぐ振り下ろすだけの、フェイントも何もないシンプルな唐竹割り。
攻撃の軌道がバレバレにもかかわらず、それが成立するのは、速さと勢いがあるからだ。
咄嗟に身を守ろうと構えた槍ごと魚人の脳天は叩き割られる。
そのままだと隙だらけだろうと思いきや、刀は魚人の頭で跳ね返り、またも頭上の定位置に戻っている。
相手が3体程度ならば、一の太刀を疑わずの戦法でも対処できるのだろう。
ただし、それは相手が少数の場合だ。
囲まれるとその限りではない。
「同じ失敗を繰り返すつもりか!」
今度はハセベさんが勢いよく飛び込み、大きく横に薙いだ。
クリスさんの背後に回り込んで仲間と連携攻撃を仕掛けようとしていた魚人を追い散らす。
クリスさんが縦の動きならば、ハセベさんは横の動きだ。
広い範囲をカバーしつつ、大振りの攻撃であえて敵の反撃を誘い、そこにカウンターを入れて倒す防御型の剣術だ。
「この世界で行われているのはスポーツ大会じゃない。剣道では良い成績だったかもしれないが」
「そんなこと分かってるんだよ! 僕にはこれしかできないだけだ!」
クリスさんはそう言うとハセベさんが蹴散らした魚人に対して追撃を加えて、とどめを刺した。
「日本のこともよく覚えちゃいない。だから、今の僕にできるのは、こうやって剣を振るうだけだ」
今度の打ち込みは浅い。
刀は魚人が持った槍に阻まれ、致命傷には至っていない。
ハセベさんも他の敵の牽制に手一杯なので、俺がサポートに入る。
オウカちゃんから俺に受け継がれた剣術について、詳細は分からない。
だけど、自然と動く体の動きや、最初の遺跡に残されていたワイバーンの死骸からは、なんとなく戦闘スタイルの推測はできる。
ハセベさんやクリスさんのものと異なり、現実には存在しないファンタジー剣術だ。
踊るように剣を振るい、多少無理がある姿勢でもとにかく剣を当てることを重視する。
腕力と体力が劣る分、足りない攻撃力をスキルで埋める。
ある意味、この世界に最適化された剣術だ。
その要のオウカちゃん用のスキルが使えない現状は、俺のスキルで埋める。
手元で極光を溜めながら、颯爽と飛び込んで短刀を振るう。
短刀での横薙ぎは避けられたが、別にそれでいい。
相手が反撃する間は与えない。
剣閃から一拍だけ遅らせて、第3のスキル、極光を魚人3体に向けて放った。
19秒手元で溜めて11秒の放出。
範囲と時間を絞ることで威力を倍増させた円弧のような光の刃は、3体の魚人の首を一瞬で跳ね飛ばした。
手首を返して今度は逆向きに短刀を振るう。
途中で指の力を抜いて、すっぽ抜けるように短刀を投げつける。
そのままだとただのうっかりだが、当然無計画でも失態でもない。
鳥の使い魔を放ち、空中で短刀をキャッチさせて、そのまま魚人の首を切り裂く。
その後にハセベさんの後ろに隠れるようにして、手を頭上に掲げる。
鳥が回収してきた短刀を受け取った。
スキルの再使用間隔もあり、奇をてらうだけなので種がバレたらアウト。
しかも出した後は隙だらけのダメな攻撃ではある。
オウカちゃんの死因も、こうやって攻撃をしている際に技の隙を狙われたのだろう。
だが、今回のようにハセベさんやクリスさんに守ってもらえる体制が整っていれば十分使える戦術だ。
「今のはオウカさんの……」
クリスさんが俺を一瞬見た後に、近くの敵へ刀を振り下ろした。
それをハセベさんが追撃して倒す。
俺の中で推測して出した攻撃だが、どうやら正解だったらしい。
「はい。もちろん、ただの物真似の域は出ませんが、参加させてもらいますよ」
「なるほど。だが、所詮は物真似だ」
「はい。なので、同窓会は今回だけです。ハセベさん、戦闘の指示をお願いします」
このチームの要はハセベさんだ。
クリスさん、オウカちゃんの攻撃は強力だが、技の後の隙が多い。
それを埋めるための司令塔かつサポーターが必須だ。
「だが、私にクリス君へ出せる指示は……」
「いや、命令してくれハセベさん。僕たちにはあなたの指示が必要だ」
クリスさんは背を向けたままハセベさんに言った。
「……今度は間違えないでくれよ」
「ああ。では、残る敵の数は少ない。だが、無理に攻めなくていい。レルム君のスキルが再使用可能になるまで我々は敵を追い込むだけでいい」
「攻撃は他人任せか……あんたらしい。だけど、効率的だ」
「あと1分ほどです。粘りましょう」
それから俺たち3人はハセベさんの指示の下で、魚人をけん制することに専念した。
タルタロスさんから合図が出たので3人でその場から退避。
レルム君のエレクトロビームで残った魚人を全滅させた。
俺たちの勝利だ。