魚人を全滅させて、ようやく一段落と思ったのも束の間。
海の方から地鳴りのような音と振動が伝わってきた。
打ち寄せる波の勢いが強くなり、海水が今まで波打ち際だったところまで押し寄せてきている。
満潮ではない。
それだけの質量の海水を押し退けて、海中から何かが出現している証だ。
「これは……ボスの登場か」
ハセベさんが海を見ながら呟いた。
「以前にキューバで戦っていた時に、魚人をある程度倒すと巨大な蟹が出現した。それらを繰り返していると、最後は巨大なタコが出現した」
「カニが中ボス、タコが大ボスということでしょうか?」
「ああ、その通りだ。最後にタコを倒した時には銀のメダルが出現した。それは今もクロウさんが持っている」
この魚人たちは運営が用意した召喚ギミックによるものならば、同じような敵である可能性が高いだろう。
実際に戦ったハセベさんの意見が参考になるはずだ。
何よりも重要なのは、俺たちが現在の戦力で倒せるかどうかだ。
「ここにいる戦力で倒せますか?」
「キューバでは6人でギリギリだった。それはマリア君の治癒とバリア、ウィリーさんの遠距離支援があってからこそだった」
それはさすがに厳しい。
今の仲間たちに揃っている防御系スキルは俺の
一応、回復スキルとしては、ドロシーちゃんの「いのちのしずく」がある。
ただし、今のところ一度も頼っていないだけに、どれだけの傷を癒せるのかが未知数だ。
そこに全賭けはできない。
「仕方ないです、私一人で仕留めます」
短刀を鞘に戻して、背負っていた箒を構えてまたがった。
これでいつでも攻撃を仕掛けられる。
「魔女の呪いを使うつもりか? だが、熱線だと、この湾ごと破壊してしまうのでは?」
「いえ、もっと効率の良い方法があるんです。そのために退避してください」
ハセベさんとクリスさんの顔を見た。
クリスさんは納得してくれていない雰囲気だったが、ハセベさんは分かってくれたようだ。
ハセベさんがクリスさんを連れて、装甲車の方へ戻っていく。
そのタイミングで箒に乗って宙に浮き上がった。
海中からボスキャラが出現するのを待つ。
海面の泡立ちが大きくなり、渦を巻いて盛り上がる。
足元まで届いた水しぶきが、生温く頬を叩いた。
次の瞬間、腹に響く重低音とともに水面が割れた。
陽光を受けて、ぬらりと照り返す、灰色の表皮を持つ巨大な生物だ。
鱗や貝殻、カニの甲羅らしきものは見当たらない。
ハセベさんが言っていた通り「タコ」の可能性は高いだろう。
全容はまだ海中だが、見えている部分だけでも装甲車ほどの大きさがある。
こんな巨大生物とまともに真正面から接近戦をしていては、命がいくらあっても足りない。
その巨体が海水を押し退けながら海面へと浮上してきている。
波打ち際だけでは留まらず、装甲車を停めている広場近くまで海水が押し寄せた。
「鳥を5羽
全体が姿を見せるのを待つ必要はない。
生物ならば、「収穫」で仕留められる。
箒の先に黒い球体が出現したと同時にそのまま巨大な物体へと一直線に急降下した。
敵が何か反撃しようとしているが、関係ない。
その攻撃が届くよりも先に、最短ルートを最速で突き抜ける。
空気抵抗と波しぶきを受けながら、虹色の光る槍と化した俺は、全身で「それ」に突き刺さった。
黒い球体は何の抵抗もなく、一瞬で「それ」を分解、塵へと変えながら真っ二つに引き裂いていく。
抜けた先の状態がどうなっているのかを心配する必要はない。
ただひたすらに加速して、一気に「それ」の体を貫いた。
一瞬、視界の全てが暗い水に覆われた。
同時に全身を激しい衝撃が襲う。
どうやら、正体不明の「それ」の体を完全に貫き、海中へと突き抜けたようだ。
暗さからして、推定水深は20メートル。
目の前には平たいテーブルサンゴの板がある。
海水の抵抗があるので、それに激突する危険を考える必要はない。
むしろ、問題があるとすれば、このまま箒での「飛行」が困難になることだ。
幸いにも箒の尾部……穂先部分は、現在進行形で「それ」の巨体を分解している最中だ。
体が完全消滅するに従って、その空間を海水が埋めていくのだが、今の段階だとまだ海水が満ちていない。
体重を偏らせて姿勢を崩し、箒を180度強引に回頭させた。
「いっけぇーっ!」
完全に海水が満ちる直前、一息で海上まで飛び出した。
刹那「それ」の体が完全に消滅し、作られた穴に向かって海水が恐ろしい勢いで流れ込み始めた。
断末魔もあげさせず、一瞬で消滅させたせいで実感はないが、これでボスキャラ撃破だ。
海水でボトボトになった帽子を脱いで軽く絞った。
視界を確保するために顔を手で拭い、頭から垂れてきた海藻を掴んで捨てた。
「そうそう、忘れていた」
箒の先端……柄の先に浮かんだ球体は真っ赤に赤熱しており、今にも熱線に姿を変えそうだった。
箒を天に向けて、一気に放出する。
気になることは多々あるが、任務完了だ。
◆ ◆ ◆
鳥に2本のロープの端を持たせて海中へ潜行させる。
少し進むと、目当ての石造りの祠が見つかった。
ロープを巻き付けて固定した後に合図を出す。
波打ち際ギリギリ、海水を微妙に被る位置には装甲車を待機させている。
俺の合図を受けると、運転席に座ったハセベさんが装甲車を動かし始めた。
ドアの開閉やエンジン始動などは、ランディから指名された俺かカーターのどちらかしかできない。
だが、一度エンジンをかけてしまえば、後は誰でも操作できる。
セキュリティが高いのかガバガバなのかよく分からない仕様だ。
ギアはバックに入っているので、アクセルを踏めば車は後退する。
装甲車が後退すると共に、ロープがピンと張られてミシミシと悲鳴を上げる。
なんとか持ってくれるといいのだが。
「ロープがギリギリです。もう少し速度を緩めて」
クリスさんが外からロープの状態を見ながら車内へ指示を出すと、装甲車が後退する速度が低下した。
それでも海中に送りこんだ鳥の視界から祠の状態を見ると、少しずつではあるが、陸の方向へ移動を始めている。
ロープの強度の問題があるので、このままの速度で運んでもらうしかないだろう。
時間はかかるが、確実性を取りたい。
子供たちは待っている間、暇だからなのか、近くの磯溜まりで潮干狩りを楽しんでいるくらいだ。
「何か分からない貝が取れました」
レルム君が俺に二枚貝を見せてくれた。
「……なんだろうこの貝。まあアサリ系だから食えるか?」
「蟹!」
今度はドロシーちゃんが小さい蟹を見つけてくれた。
沢蟹サイズなので、捕まえたところでどうなるものでもない。
食べられるかどうかも怪しい。
「小さい蟹だし、食べるところもないし、逃がしてやろう。その代わりに貝を探そう」
子供たち2人はなんだかんだで楽しめているようだ。
こういう年相応のところを見ると実に微笑ましい。
「なんかメダル見つけた!」
今度はドロシーちゃんが銀色のメダルを掴んで持ってきた。
手に取ってみると「SR」の刻印が刻まれている。
モンスターを倒した時に出現するものだが、相変わらず出現の基準が分からない。
敵を倒してもメダルが出たり出なかったりすることに、何らかの法則があるはずなのだが。
「もしかして、さっきのボスを倒して出て来たやつかな?」
これについては後でみんなと相談してみよう。
俺はドロシーちゃんから銀のメダルを受け取り、代わりに袋から銀貨を1枚渡した。
「これと交換ね。銀貨は1万円くらいの価値があるから色々なものが買えるよ」
「やった! もっと探す!」
「あっ、ドロシーちゃんばっかりズルい。僕も探す!」
「さすがにもうないと思うな」
2人の興味が貝からメダルに移ってしまった。
これでは、潮干狩りで貝を集めて夕食の献立を一品増やす計画の達成は無理そうだ。
まあ、海辺の楽しい思い出が残ったということで良しとしよう。
祠が海中から頭を出すまで2時間ほどかかっただろうか?
ようやく人が近づける距離になったところで、祠から光が発せられた。
やや遅れて、明らかにその祠の中に隠れるのは不可能であろう大きさの魚人たちが、次々に現れ始めた。
それぞれが槍を構えて俺たちの方へ向かってくる。
「さっきのボスで打ち止めじゃなかったのか!」
祠の一番近くにいたのは俺だ。
短刀を抜いて、前に出た。
「レルム君とドロシーちゃんは下がれ!」
「でも!」
「レルム君の電撃を今放てば、海水を伝わって全滅する!」
説得すると、子供たちも分かってくれたようだ。
その隙に魚人たちが俺に攻撃が届く距離まで接近してきていた。
魚人が槍を突き出してきたが、予想通りの動きだ。
身体を反らすだけのギリギリの動きで避ける。
槍が胸元を通り抜けていくが、服にかすりすらしていない。
胸があったら即死だった。
だから言っただろう。余計な脂肪など不要なのだ。
ふう、胸があったら危なかった。
魚人との距離が詰まったところで短刀で斬りつけた。
これはあくまで本命の攻撃を当てるためのフェイントにすぎないのでこれで良い。
魚人が反撃しようと隙を見せた瞬間に、鳥の使い魔を頭部に当てて大きくのけぞらせる。
間髪入れずに首筋を横一文字に切り裂いた。
それが致命傷だったのか、魚人は軽く蹴り飛ばしただけで倒れ込んだ。
「待ってろ、僕が行く!」
「いや、ワシが動いた方が早い!」
クリスさんが動くより先に、子供たちの潮干狩りを見守っていたタルタロスさんが動いた。
2メートル近い巨躯が羽根のように軽やかに宙に舞い上がった。
そのまま勢いを殺すことはなく、容赦なく魚人の顔面目掛けて飛び膝蹴りを決める。
グシャリと魚人の顔面が崩れる音が聞こえた。
さらに両手の指を組み、そのままハンマーのように魚人の頭部目掛けて振り下ろす。
それは圧力に耐えきれずに粉々に弾けた。
「ワシは今度こそ子供たちを護ってみせるぞ」
タルタロスさんはそのまま頭部を失った魚人を掴み、新たに出現した魚人たちへと豪快に投げつけた。
「ラヴィさん、魚人たちはワシが引き付ける。今の間にやってくれ」
「すみません、任せます!」
タルタロスさんが引き付けてくれている今がチャンスだ。
俺は波打ち際を素早く駆けて、半ば海の中にある祠の前に飛び込んだ。
腰のケースからバルザイの偃月刀を引き抜いて、祠の中に刻まれた魔法陣の上にバツの字を刻みつけた。
さらに祠の中から小さい石像を掴み取り、外へと投げ出した。
俺の腕力が足りないので、ほんの数十センチ外へ飛び出しただけだが、それで十分だ。
「ドロシーちゃん、これを壊せ!」
頼むのはまた近くにいたドロシーちゃんだ。
俺の声に即反応して、両手を構えた。
以前に教えたポーズを覚えていてくれたようだ。
両手をお互いの手で支えるように合わせ、足を少し広げてぶれないよう姿勢を安定させる。
そして、正確に目標を射抜く。
「ハイドロカノン!」
ドロシーちゃんの両手から放たれた高圧の水流は、俺のすぐ近くを横切り、正確に石像へ命中した。
圧力によって石像はその場で砕け散り、欠片もろとも吹き飛んでいく。
一方、タルタロスさんの方を見ると、両手の握力だけで2匹の魚人の頭を握り潰していた。
すかさず鳥を宙に放ち、他に敵がいないかを確認するが、もう敵はいないようだ。
やや遅れて装甲車の近くにいたクリスさん。
車の中からハセベさんが出てきたが、既に事態は収拾した後だ。
「これで終わりだと思います」
◆ ◆ ◆
魚人たちを倒して町に戻ってきた頃には日は傾き夕方になりつつあった。
できれば半日で全て片付けて今日中には町を出たかったが、色々と時間がかかったので仕方がない。
「とりあえず風呂にでも行きたいところだけど……」
装甲車やハセベさんやクリスさんの刀などは、塩水がかかったままだと悪影響があるかもしれないので、ドロシーちゃんのスキルで洗い流しておいた。
ただ、全身ごと海中に突入したせいで、俺は未だに海水で湿っぽいままだ。
このままだと風邪を引いてしまうところなので、風呂に行って温まりたいところではある。
だが、俺の全身には虹色に光る紋様がはっきりと浮き出ている。
「魔女の呪い」を使用すると浮き出るものだが、以前より紋様から放たれる光の照度が増している気がする。
光の中にたまに「黒い光」としか形容できないものが混じっているのも気になる。
自分では確認できないが、おそらく顔にも同様の紋様が浮かび上がっているはずだ。
この状態のまま、装甲車から降りて、町に行くには少し躊躇われる。
「ハセベさんたちは、他の仲間と合流をお願いします。俺はここで車の番をしていますので」
「だが、君一人を置いていくわけには……」
「それでも、中間報告は必要です。子供たちも、ここで待たせるわけにはいかないので、お願いします」
そんなやり取りをしていると、突然に装甲車の扉が開いた。
中に入ってきたのは、アデレイドたちと調査に向かったはずのカーターだった。
「車が戻ってきてるってことは、もう終わったみたいだな」
「なんとかな。それよりも、アデレイドたちのチームの方は?」
「他のチームはみんな終わったぞ。なのに、ラビ助のところだけ誰も戻ってこないから、一番暇だったオレが見に来たんだ」
全員頑張っていただろうに暇とはどういうことかと思ったが、言葉だけかもしれない。
カーターの服もあちこちドロドロに汚れていて、顔にも疲労の色が見て取れる。
「それはすまなかった。もう少し早く帰るつもりだったんだが」
「いいって。そっちも大変だったみたいだし」
カーターはそう言うと俺の方を指差した。
全身に浮かんだ紋様と、ずぶ濡れの服のことだろう。
「この世界なら車を停めっぱなしでも駐禁は取られないんだ。さっさと合流しようぜ」
「そういうことならみんなで行ってきてくれ。宿も適当に取ってくれていい。俺はこの車内で車中泊してるから」
「また全身が光ってるのを気にしてるのか? 何度目だよ」
「俺は気にはしないけど、これだけ目立つとまた町の人間に変な目で見られるので、みんなに迷惑がかかるだろ」
そう返すと、カーターに無理矢理帽子を被せられた。
「こんなデカい交易都市だぞ。色々なやつが出入りしてるんだから、光ってるくらい気にしねえよ。サルナスでもそうだっただろ」
「いや、まあ、そういう可能性もあるが」
「なら一緒に行くぞ。みんな待ってるんだから、これ以上待たせんなよ」
「ああ、分かったよ」
俺は帽子を被り直してエンジンを切った。
「お前って本当に良いやつだな」
「褒めたって何も出ないぞ。あと、褒めるならもう少し胸が大きくなってから改めて」
「良いやつだけどバカなのが玉に瑕だよな」
決まりだ。
まずは合流して、他のチームの進捗状況を確認することにしよう。