よほど疲れていたのか、全員が宿のベッドから起き出してきたのは昼頃になってからだった。
タルタロスさんに運んでもらった鎧と洗濯物を直接渡していく。
「ラヴィさんありがとう。服だけでなく鎧も洗ってくれたようで」
「洗濯ありがとう。助かった」
「鎧は海の水を被っていたので、あのままだと錆びそうでしたからね。モリ君の鎧も洗うからついでですよ」
フォルテたちから洗濯の礼をもらった。
喜んでもらえたようで何よりだ。
こういう時はお互い様。
持ちつ持たれつ。助け合いの精神で行きたいところだ。
「では、私とモーリス君とで、昨日の魚人討伐の報酬を受け取りに行ってくる」
「そのことなんですけど、少しいいですか?」
モリ君が神妙な顔をして俺に近寄ってくると、革の袋を渡してきた。
開いてみると、中には数枚の銀貨が入っている。
「昨日の食事中に聞いたんですけど、レルムが杖を欲しがってるみたいなんですよ」
「杖? なんで杖?」
俺たちのスキルは別に何の道具もモーションも詠唱も必要としない。
杖を持つ必要など全くないとは思うのだが。
当事者であるレルム君は、申し訳なさそうな顔で俺の顔を見ている。
「どうも、ラビさんが短剣や箒を振り回して戦っているのに憧れているみたいで」
「そうなのか。でも、レルム君だけに買うと多分ドロシーちゃんが機嫌を損ねると思うので、できれば2人に買ってあげたいんだけど……」
「それならOKです。子供たちも頑張ってくれているから、あまり高価なものでないなら買っても良いんじゃないかって」
「無駄遣いは良くないが、それで戦闘の効率が上がるのならば私も良いと思う」
ハセベさんも賛成のようだ。
「杖で直接能力は上がらないと思いますが、それで精神的なテンションとか、命中率などの効率は上がる可能性はありますね」
道具での能力向上は期待できないだろう。
それでも、何か精神的な支えがあれば、それはそれで強くなれるきっかけになる……かもしれない。
「レルム君、本当に杖が欲しいの?」
「はい。今のところ手から出していますけど、杖があるともっと狙いを付けやすいと思うんです」
レルム君からもハッキリと自分の意見を聞けた。
モリ君とハセベさんの許可があるならば、俺としては断る理由はない。
「じゃあいいよ。2人の装備品を買いに行こう」
それを聞いていたレルム君とドロシーちゃんの2人は両手をタッチして喜んでいる。
「でも、どこに行けば杖なんて売ってるんだ?」
「それなら武具屋に行けばあると思う」
話を聞いていたスーリアが近づいてきた。
「魔法使いの師匠が弟子に杖を上げるのは一人前と認めた証拠だから、喜ぶと思う」
「現実でもあるんですね、そういうこと」
実際ファンタジーものでは、たまに見るシーンだ。
師匠と弟子と言っても、別にカッコいいポーズしか教えていないのではある。
だが、そういう意味もあるならば、なおさら杖を買うことに異論はない。
「ラビさんが一緒に行くならそこまで高価なものや無駄なものは買わないでしょう。だから任せます」
「子供のわがままの1つや2つは聞いてやらんとな。あとは任せたぞ」
そこまで信頼してもらえるとはありがたい。
「ありがとう。では適当に見繕ってくるよ」
◆ ◆ ◆
「武具屋というのはここか?」
俺はレルム君とドロシーちゃんの装備品を求めてきたのは、武具屋なる店だ。
鎌倉大仏の近くの土産物屋や、創作の中にしか存在しないと思っていたが、この世界では実在するらしい。
「へいらっしゃい!」
入り口のドアを開けると同時、店員の中年親父から待っていたと言わんばかりの威勢のいい挨拶が飛んできた。
「魔法使いの杖って置いてます?」
「ああ、一通りあるよ。ただし杖の立ち上げなんかはそちらで頼むぜ。ここで売ってるのはあくまでも原型だから」
「なるほど。ありがとうございます」
杖の立ち上げ?
よく分からない言い回しが飛んできたが、ここは世界が違うので考えても仕方がない。
どうせ俺たちが求めているのはただのコスプレグッズなので、細かい部分については分からなくてもOKだ。
ぶっちゃけ雰囲気さえ合っていれば、ただの棒や丸太でもいいくらいだ。
狭い店内には、剣や槍などの武器が所狭しと飾られており、魔法使いの杖もそれらの商品の一つのようだった。
長いものから短いものまで。
素材も木材から金属製まで多岐に渡り、よくもまあこれだけの種類を揃えたものだと感心さえする。
俺には必要ないものではあるが、好奇心からつい触りたくなってしまう。
これは仕方がないことだ。
男の子は何歳になってもカッコいいものに惹かれるものなのだ。
「レルム君はどういうタイプが欲しいんだ? 長いの?」
「僕は片手で振り回せる軽いのが良いですね」
「それだとこのあたりか」
並べられている品の中から、木を削って作られた、50センチくらいの杖を取ってレルム君に渡した。
レルム君はそれを器用にクルクルとバトンのように振り回し、半身になって体を逸らした。
そして、杖を前方に突き出すように構える姿勢を取ってみせた。
世界的に有名な魔法学校ものの映画の主人公が使う魔法、ナントカカントカパトローナムのポーズだ。
このポーズから電撃が出るとかなりカッコ良いだろう。
「これが良いですね。色の種類はあるんでしょうか?」
「そのタイプだと今は黒、オーク、マホガニーの3種類があるな」
店員が3種類の杖を並べて見せてくれた。
色が違うというよりも、杖の素材になった木が違うようだ。
握った時の軽さと感触が微妙に違う。
ただ、このサイズと重量ならば、さして違いはないだろう。
単に好みの問題だと考えても良さそうだ。
レルム君は杖の前であれでもないこれでもないとしばらく悩み、ようやく一本に絞った。
「この濃い茶色が良いですね」
「杖を買うなら、当然それをぶら下げるベルトホルダーも必要だよな」
レルム君が杖を選ぶと店員がすかさず追加オプションを出してきた。
なかなかに商売が上手い。
「師匠、ケースも一緒に買っても良いんでしょうか?」
「杖とセットなんだから当然買ってもいいよ。他に魔法使い用のローブかケープはありますか?」
「うちにはないが、向かいの服屋で扱ってるよ。まあ、うちの兄弟がやってるので実質うちみたいなもんだが」
本当に商売が上手い。
この町に何か月か滞在するならば色々と頼りになりそうな店主ではあるが、残念ながら俺たちとはここで今生の別れだ。
「ドロシーちゃんはどんな杖が欲しいんだい?」
「いらない。音も鳴らないし光らないし」
予想外の展開だった。
てっきりレルム君が買ったのを見たら自分も杖が欲しいと言い出すものだと思っていた。
いかにも魔法少女のおもちゃのような杖が在庫になかったことが理由かもしれないが。
「では杖とホルダーの一式をください」
◆ ◆ ◆
杖を意外と安く買えたこともあり、せっかくなので向かいにあった服屋で魔法使い風の黒いケープも購入した。
これでレルム君の見た目は立派な魔法学校の生徒さんだ。
服屋の方にも杖とセット購入するという話は伝わっていたようで、まとめて買うからと値引きさせて、お安く手に入った。
レルム君はよほど杖が気に入ったのか、体を無駄に回転させるカッコいい動きで振り回している。
少なくともポーズだけはうまくなった。
グリフィンドールに10点をあげたい。
「このケープも良いですね。師匠みたいで」
「お、おう……」
残念ながら俺が着ている無地のローブの方がはるかにデザイン性では劣っている。
耐久性や保温性という見えないところの性能では上ではあるが、見た目は完敗だ。
「師匠が使っているみたいなナイフもあればいいんですけど」
「この短剣は特殊な代物だから、魔法使いが普通に使うものじゃないんだよ」
何しろ、バルザイの偃月刀はランクアップ時に勝手に生えてきた伝説の武器だ。
もう1つのスキルのようにあらゆる場面で汎用的に使える武器がそこらに売っているとは思えない。
「ドロシーちゃんは何も買わなくて良いのかい?」
「うちはあの帽子が欲しい」
武具屋では無反応で興味なしといったドロシーちゃんだったが、服屋に来てようやく目を輝かせて反応した。
入り口近くに陳列されている、羽飾りの付いたベレー帽のような帽子を一点に指差した。
値段を見ると、レルム君の杖とホルダーとケープを合わせたよりも高い。
見間違いではないかと2度見、3度見したが、やはり値段は合っている。
「何の素材で作られているんだ、この帽子……金でも埋め込まれているのか……」
生地も縫製もまあそれなりに良さそうなので安物ではないのは分かる。
だが、値段がお優しくない。デザイン料込みなのだろうか?
「まあいいよ」
「やった!」
正直予算オーバーだが、ここでドロシーちゃんに何も買わないのも可哀想だ。
足りない分は俺の分の小遣いから出しておく。
帽子を被ったドロシーちゃんは「これは自分の物」とアピールしたいのか俺とレルム君の前で無駄に脱いだり被ったりを繰り返している。
新しい装備を身にまとってすっかりオサレ集団になった俺たちは集合場所へと向かった。
◆ ◆ ◆
集合場所にはフォルテたちとアデレイドたちも集まっていた。
サルナスから色々と付き合いのあった彼らだが、ここでお別れになる。
「もう旅立つんだな。どうせなら、もうしばらくはここで冒険を一緒にと思っていたんだが」
「すまない。今は急ぎの旅の途中なんだ」
モリ君が申し訳なさそうに言った。
フォルテも答えは分かっていたのか、あまり気にしてはいないようだ。
「そういえば次元の異常の話は?」
「それならば、昨日食事の時に話をしました。もうすぐに伊原さんから連絡が入るだろうから、その時は話を聞いてくれって」
モリ君が説明をしてくれた。
どうやら俺がいないところで、話を付けてくれていたらしい。
それならば、俺から何か付け加える必要はないだろう。
報酬ややるべきことは、伊原さんの方から詳しい説明があるはずだ。
「今度こそお別れだね。もしかしたらまた会えるかもしれないけど、それは期待しない」
「人の縁なんてどこで繋がってるか分からないですからね。もしも会えたらその時は、またよろしくお願いします」
アデレイドとも再度握手をした。
俺たちの状況が違っていれば……彼らの住んでいる世界が違えば、もっと一緒に冒険を楽しむ未来もあったかもしれない。
だが、残念なことに俺たちとは文字通り住む世界が違う。
彼らはこの世界で冒険を続ける。
俺たちは日本へ帰る。
この道が交わることはもうない。
「短い間だったけど楽しかったよ。君たちも頑張って」
「ああ、フォルテたちも元気で」
最後にモリ君とフォルテが握手を交わした。
「そうだ、伝え忘れていたことがあるんだ」
俺は伊原さんから預かった書類をフォルテに渡した。
そこには例のゾス=オムモグの像のスケッチ画が描かれている。
「こういう形の神像があって、これを高く買い取りたいと言っている人物がいます」
「それは次元の異常の調査を依頼したいという伊原さんですか?」
「はい、そうです」
「奇妙な像ですね。邪神か悪魔か……かなり禍々しいものを感じます」
レフティがその絵を見ながら正直な感想を漏らした。
「当たりです。これは邪悪な儀式に使われる可能性が高いので世間に出回っているなら回収したい。高く買い取りたいと」
「なるほど、今回のような事態が再発するかもしれないのですね」
「分かった。僕たちも気をつけるようにするが、他の冒険者にも声を掛けるようにする」
フォルテはその書類を丁寧に畳んで鞄に入れた。
こちらも後で伊原さんから、具体的な買取り金額を含めて、詳しい説明があるだろう。
最後にスーリアが俺に握手を求めてきた。
「ラヴィも、誰か良い相手を見つけられるといいね」
「良い相手ねぇ……」
「根は真面目だけど、生活がだらしなくて、守らないと死んじゃいそうな友人さんによろしく」
スーリアの目はなぜかカーターに向いていた。
いや、こいつは違うぞ。
カーターは根は真面目かもしれないが、生活がだらしなすぎて、放置すると死んでしまいそうだ。
そんな手がかかる友人ではあるが、友人ではない。
……あれ?
「うん、まあ、そうするよ」
サルナスに次いでの二度目の別れだ。
振り向きはしない。
彼らは異世界人なので、これからいろいろな問題に直面するだろうが、この判断力と行動力があるならば、強く生きていけそうだ。
「ではそろそろ出発しましょう。明るいうちにアメリカに戻りたいですね」
「今日中にヒューストンまでは行きたいと思う。到着はだいたい20時くらいかな」
「なら明日は?」
「ルイジアナ州ニューオーリンズまで約500キロ……朝から晩まで車に乗りっぱなしで疲れるだろうけど大丈夫?」
「昨日散々海岸を歩いたんですけど、多分そっちに比べれば軽いものです」
そう言ってもらえるのは頼もしい。
全員が車に乗り込んだのを確認して、フラニスの町を後にする。
さようなら異世界の冒険者たち。
「では、旅を再開しようか」