翌日は日が昇る少し前に行動を開始した。
着替えもせず、酒瓶を片手に毛布もかけずに寝転がっているカーターの腕時計を見ると、時間はAM5時30分。
さすがに冬は日の出が遅いので、まだ辺りは暗い。
海岸の先、水平線の向こう側がうっすらと明るんでいるが、日の出はまだまだだ。
だが、これから起きてくる面々のための朝食の準備をしないといけない。
「本当に生活はちゃんとしてくれ。風邪をひかれても困るぞ」
とりあえずカーターに毛布を掛け直してテントから這い出る。
外に出ると、吐く息が若干白かった。
霜も若干降りている。
暗いのでまだ誰も起きていないだろう。
そう思った時、気迫の声と、空を切る音が聞こえてきた。
暗がりに目をこらすと、クリスさんが少し離れた場所で刀を無心で振り続けているようだった。
既に着替えは済ませており、ただひたすらに頭上に掲げた刀を真正面に振り下ろす兜割りの動きを反復している。
朝の挨拶をかけながらタオルを渡すと、受け取って汗を拭った。
「朝から精がでますね」
「昨日、ハセベさんにあんな技を見せられたからな。プレッシャーもかかるさ」
ハセベさんの技とは、サンドワームの首を一発で切断した3つのスキル重ね掛けのことだろう。
実際あの技はすごかった。
単純に射程が伸びるというよりも「攻撃対象を切断する」という概念的な攻撃のようでもあった。
「聞いちゃいないが、あんたも同じような必殺技があるんだろう。あの子供たちですら使えたくらいだ」
「そうですね。みんな経験を積んで、必要に応じた必殺技を獲得しています」
とりあえず例として鳥を喚び出してみる。
そのうち1羽を手元でドリルのように回転させて一気に放つ。
近くに生えていた木に激突した鳥は枝を容易にへし折って空の彼方へ消えた。
「今のところ出力不足で完全とは言い難いですが、単体だと威力不足だったので、それを補うべく考えて編み出した技です」
「つまり、僕に足りないのは経験か……」
クリスさんはそう言うと車を停めた高台から下にある集落に視線を移した。
昨日には分からなかったが、どうやらミシシッピ川の支流から水路に水を引き込み、何か作物を育てているようだ。
畑に植わっていた作物は既に刈り取られた後ではあるが、それらの枯草は束にしてまとめられている。
燃料か肥料にして再利用するのだろう。
「一面のトウモロコシ畑だ。地元とそっくりだよ、この光景は」
クリスさんが懐かしむように言った。
「地元ってどこだったんですか?」
「多分、北海道……だったんだと思う。おぼろげにしか思い出せない。そもそも、そんな記憶なんてないんだろうが、この景色はなんとなく懐かしく思える」
クリスさんも子供たちと同じで、複製された人間ではあるが、どことなくオリジナルの記憶があるのだろう。
その記憶のどこかに引っかかっているから、既視感があるのかもしれない。
「スキルの使用も実戦経験も……何より人生経験が足りない」
「焦らなくてもいいと思いますよ。人にはそれぞれのペースがあるんですから」
「なるほどな。じゃあ、その経験を積みに行くとするか」
「はい、そうですね。今日は実戦が待っているので、練習であまり体力を使わないようにしてくださいね」
「分かっている」
クリスさんはそう言うと刀を鞘に納めて、近くにあった大きめの石の上に座った。
「食事まで少し仮眠を取る。みんなが揃ったら起こしてくれ」
「はい、もちろんです」
まだ全員が起きてくるには時間がある。
朝食の準備を始めるべく、小麦粉に水を入れてこね始めた。
◆ ◆ ◆
モンスターの発生源潰しの作業が始まった。
やることは前回と同じで、装甲車の無線機能である程度の場所を調べ、レルム君の簡易レーダーで具体的な位置を絞り込むというものだ。
戦闘に関しては、これだけ人数がいればどうとでもなるという雑な考えではある。
信号は集落の近くから放出されているようだ。
やはりここに飛ばされたマサムネたちに対して設定された敵キャラなのではないかと想像はつく。
「やはり今回も海中かね?」
「いえ、前回は海中からだったので電波が弱々しかったですが、今回少し電波の強度が強いです。発信源は地上かもしれません」
そうは言ってみたものの、地上の方が難易度は高いかもしれない。
ビーコンの信号が検知されているミシシッピ川の汽水域は、長期間川から流れ出た砂が作り出した複雑な形状の湿地帯が広がっている。
水草が生えているからと安心して歩いていると、突然に川だか海だか分からない場所にドボンだ。
もちろん、こんな場所に重量級の装甲車は踏み込めない。
あまり大勢で向かっても足場を確保できないとまともに戦えない可能性が高い。
「以上のことから、今回対応してもらうのは、足場の悪い湿地帯を身軽に動き回れるフットワークが軽いメンバーということになります」
「そうなると、行けるメンツは限られてくるな。遠距離攻撃組はどうしても不利になる」
ハセベさんはメンバーを見回した。
ガーネットちゃんやドロシーちゃんはどう考えても立ち回りには向いていない。
タルタロスさんも体格の割りに身軽ではあるが、身長2メートル近くで体重100キロ超えの巨漢だ。
どうしても体が大きい分だけ不利ではある。
大盾持ちのマークさんも細かい動きには対応できない。
そうなるとメンバーは限定される。
「ウィリーさんが遠距離攻撃の要だ。大丈夫だな」
「オレってウエスタンのガンマンスタイルだからな。こういうアメリカっぽい場所での戦闘なら任せてくれよ」
ウィリーさんが素早く拳銃を抜いてガンスピンをした後にまたホルスターに戻した。
「俺とエリスも行きますよ。ランクアップしている分だけ身体能力では有利です」
「あとはハセベさん?」
モリ君とエリちゃんも確定だ。
エリちゃんは普通に格闘能力と運動能力で外れてもらうのは困る。
モリ君も運動能力は当然のことで、プロテクションやヒールなどのサポートにも期待したい。
「あとは私とクリス君の5名だ。電波探知で具体的な位置の特定はやってくれると思っていいのだな」
「はい、私がレルム君を連れて、空から先導しますので大丈夫です。ただ、遠距離支援は難しいと考えてください」
「そこはなんとかするさ」
面子は今のところこの7人で大丈夫だろう。
敵がどのような相手かは分からないが、特に遅れを取るということはないはずだ。
「必要なら、集落の仲間に声をかけて、小舟を借りることもできますけど」
マサムネが申し訳なさそうに言った。
今はレイナと共に武装して出てきているものの、今回は集落の防衛を中心に行ってもらうつもりだ。
「舟の上ではバランスが悪い。発生源が海中ならばその時は借りようと思う」
「そう言っていただけると助かります。集落で持っていた舟もかなり潰されて余裕はない状態ですので」
そう言われると、なおさら借りるわけにはいかない。
色々とないないづくしではあるが、そこは各々の能力と経験でカバーしていきたい。
「他のメンバーは車に残って、集落の防衛を頼みたい」
「ということだ。責任重大だぞ、カーター」
「なんでオレなんだよ」
カーターが文句を言ってきたが、もちろん取り付く島などない。
「残ったメンバーの中で一番戦闘経験が豊富でかつ装甲車も動かせるんだぞ。お前が旗振りをしなくてどうする」
「まあ、それはそうなんだが……」
残ったメンツはタルタロスさんにガーネットちゃん、ドロシーちゃんにマークさん。
それに、マサムネの奥さんであり、魔法使いのレイナだ。
この面子でリーダーシップを取って動けるとなると、カーターに任せるのが安心ではある。
「こちらでも集落の方に敵が向かわないようには配慮するから、それほど危険はないと思う」
「分かったよ。やればいいんだろ、やれば」
「頼むぞ」
念押しにもう一度だけ言っておく。
文句を言いつつも、与えられた役割はちゃんと果たしてくれるのがこいつのいいところだ。
「この辺りの地形についてはマサムネ君に一日の長があるだろう。道案内は任せていいだろうか?」
「はい、そこは任せてください」
チーム分けは完了したので、俺たちはモンスターの発生源を潰すべく湿地帯に向かった。
◆ ◆ ◆
「電波の発信源を見つけました」
俺とレルム君が先行偵察から戻った。
30分ほどの偵察ですぐに見つかったので、比較的時間のロスは少ない。
俺が指差した先にあるのは、地上から数メートルほど飛び出した大きな岩だ。
表面は真っ黒でゴツゴツしており、川の上流から水に流されてきたようには見えない。
ミシシッピ川が運んできた砂が
「このミシシッピ下流は川砂が堆積して作られた地形なので、大きな岩山みたいなものは少ないんです」
「ミシシッピ・デルタとかそんな名前だったな」
「もちろん自然が作る地形なので皆無ってわけじゃないですが、少ないだけにかなり目立ちますよね」
距離はここから300メートルほど。
フラニスの時の実績からすると、50メートル以内に近寄れば、防衛のためのモンスターを吐き出し始めるはずだ。
「電波信号はあの岩から出ているようです」
「集落からは遠いですが……」
マサムネが振り返って集落のある方を見た。
集落からの距離は5キロほどだ。
遠いようで近い。
だからと言って集落の防衛だけに専念していると気づかない程度には距離がある。
目立つ岩といい、ゲームとしてギリギリ攻略できる難易度に設定されているのかもしれない。
モリ君が槍の柄を砂浜から海に突き刺すように立てた後に押し込んだ。
下は砂地のようで、槍は押せば押すほど深く沈みこんでいく。
「なるべく陸を走りたいところです。半分海に浸かりながらだと動きにかなり制限が出ますよ」
「アスレチックみたいに足場をポーンポーンと伝って飛んでいくしかないかな」
エリちゃんはあっさり言うが、それなりの運動能力がないとできない芸当だし、戦闘中に同じムーブができるか分からない。
俺も自分の足でそんなアクロバティックな動きは絶対に取れない。
「後方サポートでいいですか?」
「ラビさんは後ろで待機していてください。いざとなれば支援をお願いします」
モリ君を筆頭に、俺とレルム君以外の全員が武器を構えた。
そして一斉に電波の発信源がある岩山へと駆け出していく。
「師匠、僕たちはどうしましょう?」
「後方で待機。何かあった時は駆け付けるので準備だけはしておくように」
そう言うと、レルム君も杖を片手に身構えた。
とはいえ、レルム君の攻撃は全て電撃系だ。
水場付近で放つと、海水を伝わって味方に誤爆する可能性が高い。
モリ君たちが岩場に近づくと、海中から半透明の粘液に包まれた坊主頭が姿を現した。
一見するとクラゲのようでもあるが、それにしては海上に出ても崩れることなくしっかりと形を保っている。
「ウィリーさん、いつものアメーバだ!」
「なるほど、いつもの連中か。それなら何匹来ようと楽勝だ!」
ハセベさんとウィリーさんがそれぞれ武器を構える。
話しぶりからして、どうやらキューバで何度か戦った相手のようだ。
既に戦闘経験があるというのは強い。
「さあ、射的ゲームの始まりだ」
◆ ◆ ◆
ウィリーさんの二丁拳銃が火を噴くと、次々にアメーバが四散していく。
身体の中心に浮かんだ球体が本体で、それが破壊されると周りの半透明の粘液部分は制御を失って崩れるようだ。
ウィリーさんはそれらを的確に射抜いていくことで効率良くアメーバを破壊しているようだった。
同様の敵を相当な数倒した経験が活きているのだろう。
「先制攻撃は終わりだ。残りは近接組に任せるぜ」
「敵の撃退はお願いします。俺とエリスの2人で本体の岩を砕きにいきます」
「任せろ!」
ウィリーさんが下がると同時に、モリ君とエリちゃんが飛び出した。
足元が悪い砂地だというのに、まるで海面を走っているかのようにリズム良く水音を立てながら一足飛びで発生源である岩へと駆けていく。
2人に反応しようとしたアメーバ軍団をハセベさんとクリスさんが前に出て攻撃を仕掛けた。
やや遅れてマサムネも刀を携えてアメーバに切りつける。
ハセベさんはウィリーさんと同じくアメーバ戦に慣れているからなのか一太刀で確実に仕留めていく。
マサムネも、ほぼ毎日戦い続けていたという話通りに、堅実に戦えている。
やや遅れているのはクリスさんだ。
真正面から気勢と共に切りかかるも、アメーバの粘液に刀を絡み取られて核の部分まで攻撃が命中していない。
「なんで僕だけ」
「落ち着くんだ。冷静になれば倒せない敵ではない」
「分かっている!」
クリスさんが力任せに刀を抜き取ると、再度振り下ろした。
今度は核を正確に断ち切り、アメーバにとどめを刺した。
「できた!」
「いや、まだだ」
「ここは俺がフォローに入ります」
マサムネが刀を斜めに振り下ろしてクリスさんのサポートに入る。
刀を正面に構えてからの鋭い打ち込み。
ハセベさんが小技でフェイントをかけて大技を狙うカウンター型。
クリスさんが示現流系統の攻撃型ならば、マサムネはバランス型、正統派剣術の構えだ。
今のところボスキャラらしき相手は出ていない。
アメーバの数は多いが、3人の剣士とウィリーさんのサポートだけでどうにかなっている。
そうやって3人がアメーバを蹴散らしている間に、モリ君とエリちゃんが目標の岩に到達した。
「岩を砕くには?」
「くさび?」
「なるほど、じゃあそのように作る! プロテクション!」
モリ君が光る粒子で構成された壁を形成。
それを瞬時に細長いくさび型に変形させた。
それを槍の穂先に取り付け、細く尖った面を大岩目掛けて大振りで殴りつけた。
太鼓のように低く響く音の後に岩に亀裂が入るが、それでもまだ砕けない。
「くさびの底を打て!」
「分かってる!」
エリちゃんが両肘を腰に当てて構えると、エネルギーを収束させる高周波のような甲高い音と共に全身から光を放ち始めた。
攻撃力強化2種と脚力強化、3種のスキルの同時発動だ。
そこから左手を前に半身に構えて腰を落とす。
体から発した全ての光は徐々に右拳に収束し、まばゆい光を放ち始めた。
そこから弓を引くように全身を引き絞った。
「すごーいパーンチ!」
腰を回転、右足を前に大きく踏み込むと同時に極端な前傾姿勢で右拳を繰り出した。
最悪なネーミングセンスとは裏腹に猛烈な攻撃力を生み出したパンチは、光るくさびの底面に命中。
その底面を破壊しながらも、岩の奥へと深々とめり込ませる。
プロテクションによるくさびを打ち込まれた岩は、そこから亀裂を大きく広げ、反対側に砕けながら倒れていった。
岩が破壊された瞬間、凄まじい爆砕音が響き渡った。
猛烈なエネルギーがぶつかったことによる衝撃と、岩が落下する震動が300メートルほど離れた場所にいる俺にもビリビリと伝わってくる。
「レルム君、ちょっとここで待っていてくれ。最後の仕上げをしてくる」
「はい、分かりました師匠」
箒に乗って、モリ君とエリちゃんが共同で破壊したばかりの岩へと近づいていく。
破壊された岩の中は空洞になっており、その底面には光る魔法陣が浮かんでいた。
岩が破壊された衝撃でも健在だということは、魔法陣は物理的な影響を受けにくいのかもしれない。
バルザイの偃月刀を抜いて、その魔法陣を無茶苦茶に引っ掻くと、魔法陣の光が消えた。
「もう終わりましたか?」
モリ君が周囲を警戒しながら近づいてきた。
「中ボスも大ボスも出現しなくて呆気ないけど多分終わり……だと思う」
俺は魔法陣の近くに落ちていた銅色のメダルを拾い上げた。
裏には「R」の刻印がある。
カーターの説が正しければ、最初に作られた敵がどういうわけかここで死んで、メダルを残したのだろう。
とりあえず貰っておこう。
後方には、まだ雑魚敵は残っているが、3人の剣士たちとウィリーさんが頑張ってくれているので直に終わるだろう。
これならば、昼までには全部片付けて、午後からは旅を再開できるはずだ。
「こんなに楽で良かったんですかね?」
「マサムネさん達が地道に3ヶ月間敵を倒しまくったのが効いてたんじゃないかな。電池切れ寸前で増援を出す余裕がなかったのかもしれない」
物事はポジティブに考えた方がお得だ。
その方がマサムネたちの努力が無駄ではなかった証明にもなる。
「俺たちも戦いに参加しよう。全員で当たればすぐに終わるはずだ」
「はい、やりましょう」
戦闘はすぐに片付いた。
これで旅を再開できる。