Chapter 1 「国道1号線」
「しかし本当に人里がないな」
フロリダ半島を出て半日。
ジョージア州に入ったところで本日の野営となった。
今まではなんだかんだで異世界人だったり、メキシコ湾、カリブ海からの移住者、現地人のネイティブアメリカン達の痕跡があったのだが、ジョージア州に入ったあたりでそれが見事に消えてしまった。
補給が出来ないという問題はあるが、一番の問題は人が歩いていないので道が出来ていないということである。
今までは人が歩いた後は雑草が短かったり、そもそも生えていなかったりと車で走りやすい道が続いていたのだが、それがついに途切れて草をかき分けながら進まなくてはならなくなった。
そのため、思うように前へ進めず、移動距離も稼げない。
マイアミを出た初日の移動距離はわずか100kmに留まった。
「ウィリーさんがいなくなったので、当面は俺が食事係だな」
「ラビさん、いつもありがとうございます」
「私ももう少し料理が出来るようになれば」
「いや、エリちゃんの出番だけど」
俺は小麦粉と水と塩水を混ぜてある程度練って発酵させていた生地の塊を渡す。
「うどんをお願い」
「うどん!」
「うどんだって!」
モリくんとエリちゃんが異様な速度で「うどん」というワードに過剰に食いついた。
「昨日のカレーパーティーのカレーが残ってるから、そこでカレーうどんを作ろうかと。面倒ならカレーパスタにするけど?」
「うどんをこねるのなら私に任せて!」
「いや、俺がやります。俺にやらせてください」
「はいはい、2人で仲良くね」
これで麺については大丈夫だろう。
「カレーは薄めないと量が足りないので、トビウオでアゴだしを作って、それで割ろう。具はパンを油で揚げて薄揚げっぽいものを作って足す。あとは薬味にそこら辺に生えてる草」
「そこら辺に生えてる草好きだな」
「タダで手に入るからな。意外とそこらに自生してるんだよ、ミントとかパクチーとか。今回使うのはクローバー」
「それ食えるのか?」
「熱を通せば大丈夫らしい。貧乏大学生時代はたまに味噌汁の具にして食ったけど三つ葉っぽい味で結構いける」
出汁を作っているうちに麺の方は2人の愉快なバトルによって生地の方は仕上がったようだ。
一度寝かせて再発酵させたものを薄く伸ばして切って茹でれば麺は仕上がりだ。
あとはそれをカレーの出汁にさっとくぐらせればカレーうどんの完成。
「前回よりうどんの再現度が上がってますね。頑張った甲斐がありました」
「頑張ったのは私なんですけど」
「いや、俺の方が頑張った」
モリ君とエリちゃんが、うどんへの貢献度を競って謎の喧嘩を始めた。
なぜ2人はうどんのことになると、醜い争いを始めようとするのか。
「でも実際、前回のうどんより完成度は上がってるし良いんじゃないか。何より前回は醤油がなかったので、色々と無理があったが、今回はつゆがカレーなので日本料理の再現度としてはほぼ完璧だ」
「うむ、確かにこれはうまい。スープがカレーになったことで隙がなくなっている。麺もいける」
カーターとタルタロスさんからもお褒めの評価をいただいた。
「そうですよ美味しいです」
「美味しいよこれ」
子供達も喜んで食べている。これなら安心――
「待って、2人ともカレーうどんの汁が服に飛び散りまくってる」
「あ、本当だ」
「黄色い!」
そう言えば子供達にカレーうどんを食べると汁が飛び散るから気をつけるようにと言い忘れていたことに気づいた。
これは……また深夜までカレーの汚れを落とす洗濯コースか? 洗濯コースなのか?
残念、洗濯コースでした。
◆ ◆ ◆
「それで、また夜中まで洗濯をしてるのか?」
「まあ、気分転換にもなるし良いかなと」
もはや日課なので洗濯をすること自体に問題はない。
やりがいもあるのでストレス甲斐性にはなる。
「でも、さすがに辛いので明日の運転は頼むわ」
「それくらいなら引き受けるが……それよりも、この先のルートは大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が?」
「今日はいくらなんでも雑草と沼地だらけで進まなさすぎたんだが、この海沿いルートのままでいいのか?」
「確かにそれはあるな」
装甲車の悪路走破性能はそれなりには高いが、さすがに道の状態が悪すぎるとなかなか速度も上げられないし迂回ルートばかりで距離も稼げない。
一応は一週間半から二週間を予定して食料などを用意しているが、今の状況が続くならば、食料が尽きても到着しないという可能性もあり得る。
「ルートを少し内陸に修正するか。湿地帯よりまだ砂漠地帯の方が走りやすい」
「その場合はどう修正するんだ?」
「現代地球のアメリカでハイウェイが走っているルートかな。ある程度平野部に作っているだろうから、湿地帯のガタガタの道よりはまだ走りやすいはずだ」
洗濯を一時中断して、カーターと2人で装甲車の中に入り、白地図を表示させる。
「今は海沿いのルートを海岸線沿いに走っているけど、これを国道1号線沿いのルートに変える」
海岸線沿いよりはやや内陸より。
現代の地球だとオーガスタ、リッチモンド、ワシントンD.C.、フィラデルフィア、ニューヨークと大都市を経由してボストンに至るルートだ。
国道自体はカナダまで伸びているが、そこまで行くつもりはないのでボストンまでのルートが確認できればそれで良い。
「これが良いんじゃないか? なんで最初からこのルートを通らなかったんだ?」
「海沿いは食料が調達しやすいし、民家や集落があるのも海の近くの可能性が高いからだよ」
「集落なら国道沿いの町の方があるんじゃないのか?」
「だから国道があるのは現代の地球の話であって、この時代には道なんて何もないただの荒野なんだ。あと、この装甲車のGPS機能は死んでるから、海岸線を離れるともうどこを走ってるんだかわからなくなる」
今もナビではなくただの地図を表示させているのもそういうことだ。
ここで迷うとどこに走っていくか分からなくなる。
「これはオレ達だけで決められることじゃないな。明日朝になったら他のメンツとも相談するか」
「そうだな。とりあえず今は洗濯を終わらせるわ」
「あまり夜ふかしするなよ」
アメリカの片田舎で古いガソリンスタンドに立ち寄って、併設されている店で物を買って……というシーンは洋画などでよく見るし、体験もしてみたが、この時代にそんなガソリンスタンドはないのだ。
中世のアメリカにそんなものがあるはずがない。
◆ ◆ ◆
2日目。
俺達はあちこち錆びてボロボロになっているガソリンスタンドへ車を停車させた。
荒野のど真ん中にあるのはガソリンスタンドと風車、どこに繋がっているわけでもない電柱。そして防災用と思われるサイレンが付いた鉄塔のみ。
地平線の彼方まで見回しても町も人も何も見えず、ただただアメリカの乾いた赤い岩肌が広がっている。
崩壊世界を描いた洋画などに登場する光景を、まさか肉眼で見られるとは思わなかった。
「なんでこの世界にこんなのがあるんだよ?」
「この世界って俺達が思っている以上におかしくなってるんじゃないでしょうかね」
モリ君がモニターに映る映像を見ながらボソリと呟いた。
「これに関しては伊原さん頑張ってとしか言いようがないしな。俺達が少々頑張ったところで今日明日で修復出来るようなものではなさそうだし」
「そりゃ運営もこの世界を見捨てるよな。いつ崩壊するかわかったもんじゃない」
カーターが不吉なことを言い出した。
ハセベさん達がこの世界に残ると言ったばかりなのだから、いきなり崩壊などされたら困る。
「それで、なんでこんなところに車を停めたんだ?」
「ガソリンスタンドに併設してる雑貨店があるだろ。一応確認しておこうと思って。あと、ガソリンが生きているなら確保しておきたい。あらゆることで役に立つ」
「まあ休憩にもちょうど良いかな。ずっと車の中に閉じこもったままでも疲れるだろう」
車のドアを開けて全員で外に出る。
やはりガソリンスタンド以外の建物は周囲には何もない。
「中を見てくるー」
「待って、僕も」
「いや危ない危ない。まだ中の安全確認が済んでいないから」
子供達が併設された商店の中へ駆け出していったので、俺とエリちゃん、タルタロスさんの3人で慌てて追いかける。
幸いにも杞憂に終わった。
商店の中は薄暗く、かなりホコリ臭かったが、荒らされた様子もなくモンスターの気配もない綺麗なものだった。
「チョコ見つけた!」
「キャンディもありましたよ!」
子供達が早くも店の棚からいかにもアメリカンな青や赤のサイケデリックなカラーリングのお菓子を見つけて俺達に見せつけてくる。
店内に設置された棚には、他にもシリアルやお菓子類など日持ちする乾物を中心にそのまま残っていた。
その中から器用にお菓子だけを見つけ出してきたようだ。
ガソリンスタンドの劣化具合からして、相当長期間放置されていたと考えられるが、店内の食料品は果たして食べても大丈夫なものなのだろうか?
「食べるのは待ってね。それでこれはどこから見つけたの?」
「ここから」
ドロシーちゃんが指し示す棚を見ると、まだ他に数個のお菓子が陳列されていた。
「オイオイ、もっと安全を確保してから慎重に行こうぜ。何があるかわからないんだから」
カーターが遅れて店内に入ってきた。
珍しく慎重じゃないか。
そんなカーターは店内を一通り見回すと、店の隅に置かれていたガラスのドア付きの陳列棚の中から何かを取り出した。
「この缶ビールっていけると思う?」
「お前は子供と同レベルか。慎重の意味を辞書で調べ直して出直してこい」
「さすがに飲みやしないさ」
「分かっているなら良いが」
「ビールは冷たい方が美味いからな」
何も分かっていなかった。
どこからか見つけてきた買い物カゴの中へどんどんと缶ビールを詰め込んでいく。
そこのカゴの中へレルム君とドロシーちゃんが次々に見つけたお菓子を投げ込んでいく地獄絵図が始まった。
「かなり長い間放置されていたと思うんだけど、食べても大丈夫なのかな?」
「お菓子は消費期限ってのはないらしいけど、食べて大丈夫かどうかは別の話かな。腹を壊しても仕方ないし、ここは慎重に行こう」
機械式のレジを開けると、中にはドル札と硬貨が何枚か入ったままだった。
「なんか勝手に持っていくのも抵抗があるし、持ち出すものは一応カウントしてくれ。代金はこのレジの中に入れておくので」
「無人で放置されているんだから、タダで持ち出していいだろ」
「こういうのは自分の良心との戦いなんだよ」
価値はよくわからないので1万円分の銀貨を入れておく。
さすがに少しなら持ち出しても、この金額を上回るということはないだろう。
「しかし温いビールはマズいな。だけど炭酸も抜けてないし味はまあまあイケるから、後で冷やして飲もう」
「なんで小学生以下のモラルなんだよ! お前、今日はもう絶対運転するなよ!」
カーターが早くも缶ビールを開けて飲み始めていた。
一方でドロシーちゃんが口の周りをチョコでベタベタにしながらエリちゃんに追い回されている。
一瞬隙を見せただけでこれとかもう無茶苦茶だ。
ハセベさんが抜けた影響がこれほど大きかったとは。
「ラビさん、タオルとかも持っていって良いんですかね?」
「タオルはいくらあっても困らないから良いかな」
モリ君が日用品のコーナーを色々と物色している。
周りが無茶苦茶な状態で今のところ頼りになるのはモリ君だけだ。
本当にモリ君が真面目で助かる。
「液体石鹸は水分が揮発して正体不明のスライムが入ってるだけになってるし、普通の固形石鹸だけもらっておくか」
「ちょっとした売店だから大したものはないですね」
「長距離移動ドライバーが旅行に必要なものをちょっと買い足すくらいの店だろうしな」
そうやって探していると、棚の中から生理用品を見つけたのでタオルや石鹸と一緒にカゴに詰める。
これもいくらあっても困るものではない。
「ペットボトルのミネラルウォーターの中身はちょっと怪しいけど、入れ物は使えるな。水筒代わりに一人一本持つようにしよう」
「脱脂粉乳もありましたけど」
「それはありだ。牛乳を使ったメニューを作れるようになる」
こうやってみるとかなりの宝の山だ。
残金は乏しいが、追加で金をレジに入れることは検討しておこう。
「それでモリ君は食べ物は要らないのかい? 好きなものを持ってきていいんだぞ」
「甘いお菓子ってあんまり好きじゃないので」
そうか、甘いお菓子は好きじゃないのか……
「クッキーは? 俺のクッキーを実は嫌々食べていたのか? 何が気に入らなかったんだ? 好きじゃないのに食べていた?」
突然の暴言に俺はつい激昂してモリ君に詰め寄る。
今まで散々クッキーを食べてきたというのに、何故今になってそういうことを言うのか。これは絶対に許されない。
「いや……それは……ラビさんのクッキーは嫌いじゃないです」
「もっとハッキリ」
「ラビさんは好きです。いくらでも食べていたいです」
「はいよろしい」
分かればよろしい。
モリ君へのわからせも完了したので、そろそろ撤収したいと考えていると、カーターが肩に手をかけてきた。
「なんで急に面倒くさい女みたいな発言してるんだよ」
「だって、モリ君が急に甘いお菓子は好きじゃないって」
「それは個人の好みだから良いだろ。それよりもガソリンはどうするんだ?」
「そうだった、忘れていた」
「携行缶を見つけてきたぞ」
タルタロスさんが店の奥からホコリを被ったガソリンの携行缶を見つけてきてくれた。
「このガソリンタンクって電動で出すみたいなんだが、出るのか?」
「そこはレルム君がいるので」
「……? 僕ですか?」
◆ ◆ ◆
レルム君の力で電力供給が為されて、ガソリンスタンドのポンプが動作を始める。
すると、ギュルギュルとうなりを上げて、ホースの先から茶色の液体が吹き出した。
普通のガソリンの刺激臭だけではなく、水が腐ったドブのような臭いがする。
「腐ってるなこのガソリン」
「タンク内に浸水したんだな。もうまともに使えないな。こちらは失敗か」
ガソリンは武器としても燃料としても有用なので手に入るのならば欲しかったが、流石にこれでは仕方ない。
「レルム君、タルタロスさん、ありがとうございます。ガソリンはちょっと手に入らないのでもう止めてもらって大丈夫です」
「なら、この携行缶は元の場所に戻しておくぞ」
「助かります」
ガソリンは手に入らなかったが、お菓子や日用品などが手に入ったのはありがたい。
今のペースだとお菓子は子供達が3日も経たずに食べきりそうではあるが。
「それじゃあ撤収するぞ。今日中にオーガスタまでたどり着いておきたい」
「オーガスタってどんな町なんですか?」
「知らん……多分ギャプランとかいるんだと思う」
商店から持ち出した品を車に積み込んでいる最中に、カーターが小さな小箱をモリ君に渡している光景が目に飛び込んできた。
「それタバコじゃないだろうな? モリ君は未成年なんだからタバコはダメだぞ」
「あ、いえ、これはタバコじゃなくて」
「そうだ。これは男のロマンなんだから未成年女子はすっこんでろ」
「男なんですけど。23歳なんですけど」
俺はモリ君から小箱を奪い取って呆然となった。
「……これは避妊具だよね」
「違います。キャンディです」
「コンドームと書いてあるが、そういう名前のキャンディなのかね?」
モリ君とカーターは明後日の方向を向いて、俺と目を合わせようとしない。
「2人とも、これを何に使うつもりなのかな?」
「いや……もしかしたら……いや、別に使おうかそういうのじゃなくて……でも……もしかしたら使う可能性も0ではないので……なんとなく持っておいた方が良いかなって?」
よくわからないふわっとした回答が返ってきた。
発言からは何とか誤魔化そうとする意志が伝わってくる。
「それでこのキャンディは誰が使うの?」
「オレが」
「何の用途で?」
「お前が口で咥える光景を見せてもらえると色々と捗る」
まずはカーターに蹴りを入れる。
「モリ君も悪い大人に影響されない」
「でも、もしかしたら俺も使うかもしれない……いや使わないんですけど、使うかもしれないので」
「誰に?」
「そりゃもちろんエリ……ラビさんです!」
何か俺に対して配慮をしようとしたのだろうということはわかる。
だが、そこで名前を出すのは全く配慮になっていないどころか、もはや嫌がらせでしかないので、モリ君にも全力で回し蹴りを叩き込んだ。
モリ君はビクともせず、俺の方が転倒して尻餅を付いたが、考えたら負けだ。
「さて、旅を続けようか」