一通り片付けて集落に戻ってきた。
カーターたちも集落に敵が攻めてくることを警戒していたが、結局何も来なかったようだ。
襲撃は杞憂で済んで、実際には何もなかったのは良いことだ。
「これでもうモンスターが集落を襲撃してくることはないんですよね」
「新規発生は止まったとは思います。ただ、既に出現済みのモンスターがどこかで巣を作っている場合は、まだ当分の間、襲撃が続く可能性は高いです」
ここで嘘を言っても誰も得はしないので、事実のみをマサムネに告げた。
「まだ続くんですか……」
「もし可能ならば、ここにもうしばらく残って、敵が一段落するまで掃討を手伝いたいところなんですが……」
「それは仕方ないです。急ぎの旅なんですよね」
「はい。申し訳ありませんが」
リーダーであるモリ君とハセベさんの顔を見た。
もちろん、方針の確認のためだ。
「出現ポイントは潰してはいるが、マサムネ君たち2人だけでは負荷が大きいのは確かだ」
「一応、ここに何人か残ってもらい、その他のメンバーで旅立つということはできると思います」
「そうなると、誰を残すかという話になりますが」
残るとしても全員は無理だ。
クロウさんたちはフロリダ半島にある集落でモンスターが出現したと聞いて援軍に向かったはずだ。
クロウさんの実力を疑うわけではないが、俺たちのスキルは数で攻めてくる相手には有効に働かない。
なので、苦戦している可能性はあるし、何よりもプロトコル333の期限の話もある。
この集落にあまり長居はできないというのが本音だ。
既に拠点は潰している。
あまり大人数はもう必要ないだろう。
ただ、少なすぎても問題だ。
人数が少なくて回らないという、マサムネたちがこの3か月間直面してきた問題が何も改善されない。
もちろん、残る面子についても本人の同意を取りたいところだ。
そう考えている最中、突然にクリスさんが挙手した。
「昨日から考えていたことだが、僕がここに残るのがいいと思う」
冗談や軽い気持ちで言った雰囲気ではない。
何か重大な決心めいたものを感じる顔つきだ。
「理由を聞いてもいいですか?」
「一番の理由はさっきの戦闘だ」
クリスさんが腰に吊るした刀の柄を握った。
「短い間だけど、マサムネさんと一緒に剣を振るっていて、少しだけ何か掴めるものがあった気がするんだ」
「それはこの先に待っている戦闘では得られないものですか?」
「フラニスでは君と一緒に戦ったが、その時とは少し違う感覚だった。まだ、それが何なのか分からないが、僕が成長する上で重要な話だと確信している」
「それは戦闘経験を積みたいという話でしょうか?」
もし、ここで訓練をしたいだけという理由ならば残すことはできない。
訓練が必要なほど未熟な人間を残していくのは、自分たちの居場所を守るために戦っているマサムネたちの邪魔にしかならないからだ。
もちろん、本音はそれとは違うだろう。
朝練をやってたクリスさんを見た時と同じで、言葉とは何か違う答えがあるように思える。
返答があるまで待つ。
「僕には何もない。剣を振るっているのも、それが正しいと信じているだけで、何かやりたいことがあるわけじゃない。手段と目的が入れ替わっているんだ」
「求道も目的と言えなくもないですか?」
「そこまでの情熱もない。だけど、ここの景色を見ていて思ったんだ。どこか懐かしいこの風景を守るために戦うのも悪くないと」
そういうことならば反対する理由は何一つなかった。
何にせよ誰かが残らねばならなかったのだ。
モリ君も俺と同じ意見のようで、無言で頷いた。
「そういうことならば、私も残るのが良いだろう」
クリスさんの話を聞いていたハセベさんもすっと立ち上がった。
「この足場の悪い地形だと動けるメンツは限られている。それを考えるならば、先の戦闘でマサムネ君とも共闘していた私が残るのが一番だろう」
「やめてくれ。あんたは僕の保護者じゃないだろう」
「もちろん違う。私はマサムネ君やこの集落の人々を守るために残るんだ。君もそうだろう」
ハセベさんがやや強い口調で言うと、クリスさんはそれ以上何も言わなかった。
「そういうわけだ。私たち2人で残党狩りをやろう。集落の皆さんには迷惑をかけることになるが、そこの橋渡しを頼みたい」
「ありがとうございます。知っている人が残ってくれると心強いです」
マサムネがハセベさんとクリスさん2人に頭を下げた。
「では、ハセベさんとクリスさん、こちらの集落はお願いします」
モリ君が代表して2人に声をかけた。
「プロトコル333の件を片付けたらすぐに戻ってきますので」
「ああ、そちらの方は頼む。次元の壁うんぬんの話については、私の方で話しておく」
ハセベさんもそこらの事情はよく知っている。
俺たちからあえて話さなくとも、代わりにマサムネたちに伝えてくれるだろう。
「名残惜しいですが、そろそろ出発しようと思います」
「待ってください。せめて、ささやかな祝勝会でも」
「本当に申し訳ありません。時間に余裕があれば参加したかったのですが、あまり長居はしていられない事情がありますので」
できるならば祝勝会くらいでもとは思うが、予定がかなり遅れそうだ。
少しでも進めるうちは進んでおきたいところだ。
「そうそう、東の方へ進むのでしたね。それならば川を渡る良い方法があります」
「方法? どこかに橋があるとかそういうことですか?」
「いえ、そうではなくて、海のギリギリの場所まで行ってください。川幅が広くなった代わりに浅くなっている場所があります。そこならば車も渡れるはずです」
「地盤が悪いとかそういうことはありますか?」
「湿地帯なのであまり足場は良くないですが、荷車は運べます。気になる点といえばワニがいるくらいですか」
「ワニなら大丈夫です。こちらは車なので」
最後に良い情報を聞くことができた。
どうやってミシシッピ川を渡河するべきかは課題だった。
最悪アーカンソー州かミズーリ州くらいまで北上して浅瀬を渡すことを考えていただけに、短縮ルートを通れるのは朗報だ。
最後に帽子を取って、深く礼をした後に振り返らずに車へ戻る。
「ラビさん、こういう時は本当に淡白ですね」
「俺はもう現地民にはあまり深く関わらないと決めたからな。あまり関わると別れが辛くなる」
「現地民じゃなくて日本人ですけど」
「この世界に残ると決めたらしいから、マサムネさんとレイナさん、2人も現地民だよ」
この世界で生きていくというのは彼らの選択だ。
それに対して外部の人間である俺たちがどうこう言っても仕方がない話だ。
俺たちは所詮は通りすがりでしかない。
このまま通りすがっていこう。
「クリスさんもな。良い生き方を見つけてくれるといいんだけど」
「大丈夫ですよ。ハセベさんの昔の仲間だったんですし」
「そうだよな。あんまり話したことはないけど、しっかりした人だし、変な選択はしないと思う」
車のエンジンを起動させて周辺地図を表示させる。
堆積物が作り出した複雑な地形が表示される。
一見すると渡河はできそうにない。
だが、よく見ると、マサムネの言うとおりで完全に海に出てしまった後は、中州を走り繋いで川の反対側に回り込めそうだ。
「行けそうか?」
「鳥の使い魔を放って、空から実際の様子を確認してみる。渡れそうなところを探しながら進んでいく形になると思う」
同じように地図を見ていたカーターの質問に答えた。
「そうだよな、ここってミシシッピの下流なんだよな」
「何か気づいたことがあるのか?」
「別に直接は関係ないんだけどな。使い魔を出すついでにちょっと外に出てくる。運転は任せた」
◆ ◆ ◆
「ラヴィ君はいつもあんな感じだから悪く思わないでくれ。彼女は見た目の通りで、しっかりしているようで、まだまだ子供なんだ」
「いえ、急ぎの旅ということは分かっていますので。何か時間制限があるんですよね」
「ああ、実は一時離脱して別の場所で戦っている仲間がピンチかもしれないんだ」
ハセベの「仲間」という言葉にマサムネが反応した。
「私たちは最初の部屋を出てから、ずっと3人だけで戦ってきました。それが2人になり……それでも誰も助けに来てはくれませんでした。なので、昨日、ハセベさんと再会できてどれだけ嬉しかったか」
マサムネがうなだれたところをハセベが肩を掴んだ。
「短い間とはいえ、お二方がここに残っていただけると分かって、正直嬉しかったです」
「いや、僕はもう少し長く付き合うつもりだ」
クリスが集落の畑の方を見ながら言った。
「正直、日本に帰ると言われても、全くピンと来なかった。だから、守りたい景色が見つかるまではここで頑張ろうと思う」
そうやって話していると、突然にラヴィが車から飛び出して、ペタペタと駆け寄ってきた。
本人としては精一杯急いでいて、しかも精一杯走っているつもりなのだろうが、全く速くないのが微笑ましい。
「忘れてました。この集落ってできたのは最近ですよね」
「えっ? ああ。集落は去年の秋に近くの島から渡ってきた人たちが作ったらしい。私たちは3か月目なので後から来た形にはなりますが」
それを聞いたラヴィは「やっぱり」と言って人差し指を立てた。
「このニューオーリンズってアメリカの中で一番ハリケーン……台風の被害が大きいところなんです。だから、今のこの集落の家だと台風に耐えきれずに下手すると全滅します。なので、夏までに必ず家の壁を補強してください。防風壁を立てるのも良いかもしれません」
「……えっ?」
あまりの急な話にマサムネが面食らっている。
「家の前に台風対策に壊れてもいい別の壁を作って家を守るんです。台風が過ぎ去ったら壁ごと交換。島とか日本海だとよくやっているのを見ます」
「壁を補強しろってのは分かった」
「川もです。大変だと思いますけど堤防も夏までに補強してください。ミシシッピ川が氾濫すると酷いことになるのは地球の歴史が証明しているので」
「分かった。注意する」
マサムネが答えると、それで満足したのか、また車まで駆けだしていき……途中で急に振り返った。
「夏までですよ」
それだけ言うとまたトコトコと靴の音を鳴らしながら車の中へ戻っていった。
「見ての通り、変人だけど悪い人間ではないんだ」
「確かにオウカさんとは別人だな。似ても似つかない。気配だけはそっくりなのに」
「不思議なこともあるものだ」
◆ ◆ ◆
ミシシッピ川はマサムネから教えてもらったルートでなんとか渡河できそうだ。
現代だとモールパ湖と呼ばれている湾? 湖? をぐるりと回り込むように車を走らせる。
装甲車の上空を飛行させている鳥の目から、改めて現在位置をチェックする。
既にミシシッピ川の本流は西側にある。
川は完全に渡りきった状態だ。
進路上に細い支流などはいくつかあるようだが、そこまで川幅の広い場所はないので、装甲車の走破能力とルートの迂回でなんとか回避できる。
「それで現在位置は?」
「全体行程だと三分の二は消化した。残るは1400キロほど。1日300キロであと5日かな」
俺は地図を表示させてカーターに答える。
「日数的にはゆとりがあるのか?」
「途中でクロウさんたちを拾わないといけないし、フロリダの状況次第ではそこに誰かを残さないといけない。舗装された現代の道を走るんじゃなくて荒野を走るのでどこかで300キロ移動できない日もあれば余裕は0だな」
なるべく海の近くの平野部を走るつもりだが、未開拓のこの北米では何があるか分からない。
余裕を持たせておくに越したことはない。
「ところでクロウさんたちはフロリダのどの辺りにいるかご存知ですか?」
こちらは事情を知っていそうなウィリーさんに確認する。
「キューバ島から北上してすぐの場所なので、多分今のマイアミ周辺だな」
「マイアミってフロリダのどこなんですか?」
モリ君から疑問の声が飛んできた。
周辺の地図を表示させた上で説明をする。
「フロリダでも南東側。紀伊半島に喩えると太地か那智勝浦あたり」
「いやいや待て待て。紀伊半島に喩えられても分からん。関東で喩えてくれ」
今度はカーターからややこしい注文が入った。
「房総だと鴨川。伊豆だと下田。三浦だとペリーが来たあたり」
「カイコクシテクダサーイ」
分かったのか分からないのかなんとも判断に困るコメントだ。
「カナベラルはそこから少し海沿いに北へ行った方に小さい島がいっぱいあるだろう。そのあたりだ」
「三浦半島だと日産の工場があるあたりか」
「八景島とかそこらですね」
関東でも横浜在住のモリ君とウィリーさんは今の説明で納得してくれたようだ。
「クロウさんたちならマイアミの発生源も見つけて破壊済なんじゃないか」
「陸にあるならともかく、海中に発生源がある場合は短期間で探すのは難しいと思います。俺たちがサクサク探知できたのは無線信号を拾えたからなので」
「確かに、そればっかりは戦闘力や洞察力でどうにかなる話じゃないか」
ウィリーさんも納得したようだ。
「ここから先は特に引っかかるところもないですし、なるべく急いで行きましょう」