長かったアメリカ大陸横断も一区切り。
ニューオーリンズを抜けてからは特に大きな問題は発生しなかった。
そのおかげで、フロリダ半島に入ったのは、プロトコル333の期限までは残り4日のタイミングだった。
「どうする? カナベラルに向かうならば、海沿いの道を通るんじゃなくて、このまま直進した方が早いが」
運転中のカーターがこれからの進路について尋ねてきた。
半島に沿って半周するよりも、一度大西洋側までフロリダ半島を横断。
その後に南下するルートだ。
「分かった。どのみち、半島を半周するよりも一度大西洋に出た方が早いなら、それで頼む」
「じゃあ、このまま突っ切るぞ。川は避けるからオーランド周辺を通る感じか」
今までずっと右手に見えていたメキシコ湾から離れて車を東方向へ直進させる。
世界的に有名なテーマパークのあるオーランド周辺を通過。
一気に大西洋まで出る。
今まで無言だった後部座席に座っていた面々が、左モニタに映し出されている大西洋の海を見て、やいやいと騒ぎ始めた。
どうやら大西洋の海が新鮮なようだ。
「おいおい、これからアーカムまでずっと大西洋を見ることになるんだぞ」
「でもすごく綺麗ですよ。いかにも南の海って感じで」
「メキシコ湾と変わらんと思うけど」
「椰子の木も生えているし、いかにもリゾート地って感じで」
気温を見ると1月だというのに26度。
さすがアメリカのリゾート地として有名なだけのことはある。
海の先に見える島のようなもののどこかに、カナベラル基地があるはずだ。
まだかなり距離があるというのに、既にエリア51と同じようにコンクリートで固められた人工の基地がチラチラと見えている。
時代にそぐわない規模の施設だ。
どこかに運営が投棄した拠点があるのは間違いなさそうだ。
「どうします? 先にカナベラルの方を調査しますか?」
大西洋の海ではなく、島の方を見ていた俺にモリ君が声を掛けてきた。
どうやら、俺はかなり渋い顔をしていたようだ。
「いや、先にクロウさんたちと合流しよう。マイアミの町の方がモンスターに襲撃されて困っているかもしれない」
「戦力的にも情報的にもですね」
モリ君の言うとおりだ。
時間にそこまで余裕はないのは確かだが、今すぐに調査を始めないといけないほどギリギリではない。
まずはマイアミの町を目指すことにした。
◆ ◆ ◆
翌日、マイアミの町が見える場所までやってきた。
途中までデコボコしていた路面は、舗装こそされていないものの、ある程度踏み固められた土の道になっていた。
雑草も生えておらず、邪魔になる大きな石などは道の脇に除けられている。
ところどころに荷車らしきものの轍が残っていることから、町からはそれなりに人の出入りがあるのだろう。
木とレンガを併用した建物がいくつも見える。
近代的なビルなどはないが、3階建ての木造建築や、ひと際高い鐘楼などもあり、それなりに文明が発展していることは分かる。
海に面した場所にはセメントで固められた大きな港があり、帆船などが着けられていた。
「どうする? 道幅は広いからこのまま町中へ車で入っていけそうだが」
「車は町の外の方がいいかもしれない。道幅は広いといっても、馬車が往来できる幅ってことだろう」
「一台で道幅を埋め尽くす車はNGか」
しかも、町の通りは石畳で舗装をしているようだった。
馬車の重量ならば耐えられるだろうが、数トンの装甲車が乗り上げて石畳が無事かどうかは不明だ。
「どこか町の近くに駐車スペースを探して、そこから歩いていこう」
「いや、待ってくれ」
カーターがメニューを操作して前面モニタの一部を拡大表示させた。
モニタには町の端にある港が映し出されている。
帆船などが停泊しているのはいいのだが、そこに一隻の巨大な黒塗りの鋼鉄艦が入港しようとしていた。
鋼鉄艦が鳴らしているであろう汽笛の音は、少し離れた場所にいる装甲車にも聞こえてきた。
この世界で汽笛を鳴らす船なんて十中八九、タウンティンの蒸気船に決まっている。
しかし、どう見ても正常な状態には見えない。
船体のあちこちからは何かが燃えたような黒煙が立ち上っており、船の動きもギクシャクしていておかしい。
艦橋はピサの斜塔のように若干斜めに傾いており、船体の外装は傷だらけの上に穴だらけだ。
中でも一番ダメージが分かりやすいのは舳先だ。
外装が甲板ごと大きく抉られており、骨組みであろう内部構造が一部露出している。
よくもまあ、その半壊した状態で航海を続けられたものだと逆に感心する。
普通の木造帆船ならばとっくにバラバラになって沈んでいただろう。
甲板の上には砲塔や機関砲などの構造物が設置されていることから、民間船ではなく軍の船だとは予想できる。
サイズはかなり大きいので巡洋艦クラスだろうか。
蒸気船は海底の岩などを避けているのか洋上で何度も細かく進路を切り返しながら、町の小さい港へ無理矢理その大きな船体を押し込んだ。
その際に船体の一部を岸壁に擦るか何かしたようで、轟音と振動が周囲に轟いた。
穴が開くほどではないが、一部凹んで塗装が剥げて地の金属色が出ている。
町の住民たちも異常事態に気付いたのか、次々と港が見える高台に集まってきて、入港してきた巨大な船の様子を見守っている。
「ただの事故ではあんな壊れ方はしないだろう。明らかに『何か』と戦闘した後だ。無理矢理この小さい港に船を押し込むようなおかしな行動も気になる」
「乗っている人たちは大丈夫でしょうか?」
「緊急事態だ。こいつで波止場近くまで入るぞ。それでいいな」
これには俺もモリ君も止めるつもりはなかった。
鋼鉄艦は明らかに正常な状態ではない。
迷惑は承知の上で、町の通りを走り抜けて、一気に波止場まで出た。
「無線機能を有効にしてくれ」
「ああ、分かっている。何かしら無線通信をしていないか拾うんだな」
電波をオート検知するとすぐに船が流しているであろう周波数にトン、ツーというモールス信号が聞こえてきた。
何かの信号をどこかへ送っていることは分かる。
「なんと言ってるのか分かるか? 俺にはモールス信号なんて分からないんだけど」
「オレもモールス信号なんてSOSしか知らん」
気まずい沈黙。
装甲車は間違いなく高性能なのだが、残念なことに使う人間の性能が全く追いついていない。
これではせっかく無線信号を傍受したところで何の意味もないため、仕方なく無線を切った。
状況を確認するために別方向のベクトルから調査を再開しよう。
続いて船体に対して各種センサーでスキャンをかけることにする。
「船内の温度と周辺のCO2濃度は若干高めだけど、極端に高温の箇所はないので消火は済んでいそうだな。煙は燻っているだけで火災はもう発生していない」
とりあえず一分一秒を争う状況ではなさそうだ。
ひとまず胸をなで下ろす。
「でも、鋼鉄の頑丈そうな装甲がここまで壊されるって何があったんだ」
連想されたのはエリア51の地下で見た映像に出てきた「戦艦と戦う巨大タコ」だ。
しかし、戦艦はタコの触腕の攻撃程度では大したダメージを受けていなかった。
この船は、その映像に登場した戦艦よりは一回り小さく見えるが、それでもタコの攻撃でここまで破損するとは思えない。
逆に言うと、この船にダメージを与えたのは巨大タコ以上の戦闘能力を持つ敵ということになる。
熱感知センサーによる生体情報を信じるならば艦内に存在している人間の数は80名弱。
この規模の割には若干、乗組員の数が少ない気がする。
現代のハイテク艦と違って、この時代は人間が走り回って各種機器を操作しないと動かないはずなので、それなりの人数が必要なはずだ。
それを考えるとこのサイズの船で乗組員が100名を切っているというのは不自然だ。
仮に300名で動かしていたとして、半分以上はどこに消えたのか……あまり考えたくはない。
この生体センサーで検知できるのは「生きている」人間だけで、艦内には300人分が揃っているのかもしれない。
「さすがに無視できないし呼びかけてみよう。何か俺たちに手伝えることがあるかもしれない」
救命艇を積んでいたであろう場所の周辺の外装が大きく凹み、茶色に汚れているのは見ないことにした。
何が起こったのかを深く考えると精神衛生上は実によろしくない。
「モリ君には負荷をかけるだろうけど、治療の手伝いが必要かもしれない」
「覚悟はできています。やりましょう」
◆ ◆ ◆
「えっと……これはどういう状況なんだ?」
俺たちが装甲車で乗りつけて少し経った頃に、クロウさんたちが港にやってきた。
あからさまに怪しいSFチックな装甲車。
港に停泊した武装した鋼鉄の蒸気船。
そして、サンディエゴにいるはずの俺たち。
突然に色々なことが起こりすぎて何がなんだか分からないという様だったが、それでも、やらないといけないことを理解してくれたようだ。
「すみません、おそらくそこの船はいきなり爆発などはしないと思いますが」
「ああ、分かっている。住民たちの避難はこちらで請け負おう。それと、テントを用意した方がいいか?」
「お願いします」
町の住民たちにとっては、俺たちも、この鋼鉄艦も、突然に現れた闖入者という点では同じだ。
既に町の人たちとの信頼関係ができているであろうクロウさんたちに任せた方が良さそうだ。
「ラビさん、俺たちは何をやればいいですか?」
「モリ君はここで待機。この後に、怪我人治療のために山ほど仕事があるので、今はマリアちゃんと一緒に体を休めておくように」
すぐ近くにはマリアちゃんが待機していた。
目が合ったので、とりあえず帽子を脱いで挨拶をする。
相変わらず空気を読まない水着姿ではあるが、このフロリダの気候と海に近いというシチュエーションを考えるとそこまで不自然さは……やっぱり不自然だ。
なんでこの人は年中水着なの?
世界制服ならぬ世界水着とか考えているの?
という、どうでもいい考えが脳裏をよぎったが、気にしたら負けだ。
そんなどうでもいいことを考えている余裕などない。
モリ君はこれから負傷者の治療で忙しくなること確定なので、代わりに俺が色々と仕切らなくてはならない。
「ドロシーちゃんは真水を出して貯めておいて。水はいくらでも必要になるはずだ。レルム君もドロシーちゃんとここで待機」
「分かった」
「手伝えることがあればいつでも言ってください」
こちらで段取りをしているうちに、艦の側面のタラップが開いて、中から傷だらけの船員が降りてきた。
船員が身に着けている軍服の国旗には見覚えがある。
間違いなくタウンティンのものだ。
「カーター以外のメンバーは俺と一緒に艦内に入ってもらえますか? 多分、手伝えることがあると思います」
「おい、オレはなんで居残りなんだ?」
「装甲車の中で各種計器類のチェックを頼む。火災が発生しそうとか、そういうのがあればチェックを頼む」
役割としてはこれでいいだろう。
まずは、開いたタラップから降りてきた船員の中で一番階級が高そうな人に声を掛けるところから始めることにする。
艦内は暗く、電気系統が完全に止まっているようだった。
重油の臭いに混じって焦げ臭い淀んだ空気が流れ出してくる。
「すみません、私は日本人……神の戦士であり、
一応は、俺たちは重要な軍事作戦に参加した経験がある。
この船に乗っている人物が何者なのかは分からない。
だが、縁もゆかりもない人物よりも、かつて国のために戦った仲間だという話が伝われば、ある程度は信用してもらえるはずだ。
話しかけた船員は下っ端のようだったが、俺の経歴をすぐに理解してくれたようで、グループのリーダーらしき人物に話をしてくれた。
グループのリーダーが慌てて飛んできて敬礼をしたので、俺も同じように脱帽して敬礼で返す。
「御覧のとおりです。艦内の火災は食い止めましたが、怪我人の治療と救助が必要です」
「私たちの仲間には傷を治せる能力を使える者がおります。それに、荷物を運び出せる力自慢もいます」
「助かります。まずは臨時の野戦病院を設営しますので、手伝いをお願いします」
リーダーらしき人物がテントらしき資材を台車に乗せて運ぼうとしていた兵士たちを指差した。
「タルタロスさんとエリちゃんは手伝いをお願い」
「ああ、任せてほしい」
「どんどん運び出すよ」
力自慢の2人が動いてくれると助かる。
兵士数人がなんとか運ぼうとしている重い荷物を2人はそれぞれ軽々と持ち上げて、船外へと運んでいく。
「ガーネットちゃんは風の操作で換気を。ただし、船全域には送らないように。火災が再発するかもしれないから」
「換気扇ですね。分かりました」
ガーネットちゃんが風を操作して船から淀んだ空気を排出させる。
ただし、積極的に風を取り込んだりはしない。
タラップを全開にしている時点で、そこまで気にするほどではないかもしれない。
だが、もしもどこかでくすぶっている炎があれば、それで勢いよく燃え広がる可能性があるからだ。
「ウィリーさんとマークさんは、軽めの資材搬出の手伝いをお願いします」
「ああ、任された」
「なんとかやってみせます」
そうやってまずは野戦病院を作るところから始めていると、奥から口髭をたくわえた精悍な中年の軍人が握手を求めてきた。
胸には階級章や勲章がぶら下がっており、着ている軍服も他の船員たちとは全く違う。
おそらくは目の前にいる人物がこの艦で一番偉い人物……艦長なのだろう。
「この巡洋艦の艦長、チェイニーと申します」
「ラヴィと申します」
「司令より話は伺っております。白銀の彗星と称えられるほどの戦いだったと」
チェイニーさんから謎の肩書で呼ばれた。
なんだよその恥ずかしい名前は?
どこから湧いてきたんだよ。
「あの、その肩書きはどこから?」
「白銀の服をまとい、白銀の飛行機を使って彗星のように空を駆け抜けて巨人と戦った魔女がいたと我々の中では有名です。救国の英雄が現れたと」
今の説明で概ね把握できた。
あの時は、塗装されていない飛行機と消防服を流用した航空服で飛びまわったが、そのせいで変な肩書を付けられたのか。
だが、その肩書だけは本当に止めて欲しい。
中二病ネームは恥ずかしすぎるだろ。
インパルス加速して飛んだら宇宙の彼方ひろがるプラズマみたいな名前はどうにかならなかったのか?
「見たところ、よほどの敵に遭遇されたようですが」
「不明瞭なものしかありませんが撮影した写真があります」
チェイニーさんはそう言うと写真を差し出してきた。
被写体の速度が相当速いためなのかブレまくり。
性能の低い白黒の銀塩写真なので細かなディテールは不明だが、巡洋艦と同じくらいの大きさをした流線型の生物が泳いでいるのが確認できた。
流線形の胴体後方が四分割に開いており、その間からイソギンチャクのような細い触手が無数に生えているのが分かる。
クリオネが捕食時に開くバッカルコーンのようなものか。
ただし、クリオネは口部分を前に泳ぐのだが、この正体不明の敵は頭が先頭で足が後ろというイカに近い泳ぎ方をしている。
イカのような形状に
この形状から連想されるのはサンディエゴの研究施設にあった龍の下半身がヒトデになったような邪神像……ゾス=オムモグだ。
「こいつの頭部はもしかして爬虫類のような形状だったのでしょうか?」
「爬虫類というよりも私の目にはサメやクジラのように見えました」
「サメ!?」
サメやクジラのようというのは、首のない流線型のボディの先端に巨大な口が付いているということだろう。
頭がサメで下半身が触手という全体像を脳内で想像すると、どうしても雑なCGと愉快なサメ映画のタイトルしか浮かんでこない。
この世界にはB級映画モンスターしかいないというのか。
「アンノウンは我々の艦隊を挑発するように何度も近くを横切った後に攻撃を仕掛けてきました」
「機関砲などでの反撃は?」
「当艦を含む4隻からの集中攻撃を受けてアンノウンは半分以上身体を失う傷を負ったはずですが、すぐに再生しておりました。巨人の時と同じ状況です」
「超再生能力持ちは変わらずと……」
戦艦や巡洋艦から砲撃を受けても即再生となると、接近して中途半端な攻撃を入れても簡単には倒せないだろう。
巨人の時はダム建設予定地に誘い込んで爆殺からの霧化で倒すことができたが、この広い海では同じ手は使えそうにない。
何をどうしても海水が邪魔になる。
罠を仕掛けないことには、何をどうして倒せば良いのか見当が付かない。
「当艦はアンノウンから他の艦を護るために囮となってここまで引きつけて来た次第です」
「ということは、奴はまだ、この近くにいると」
「ええ……港の周辺は浅瀬なので、奴の巨体ではうかつに近くに入ってくることはなさそうですが」
沖を見ると、確かにチェイニーさんの言う通りで海面から岩などがいくつも突き出ている複雑な地形をしている。
緻密なコントロールをしたからこそ、港に入ってくることができただけで、何も考えず突っ込めば岩礁か何か乗り上げ、まともに動けなくなるだろう。
これより大型の船体を持つ戦艦や巨大な交易船。
鯨サイズの生き物は入ってくることができないだろう。
いや、それはそれとしてだ。
「奴がこの艦を追ってきたら、この町の方々も危険になるのでは」
「しかし、艦が入港できる港があるのはここしかなく」
そう説明されると俺は唸り声をあげるしかできなくなった。
トロッコ問題のような不自由な二択、その場で沈没するのを待つか、マイアミの港に避難するかの選択になり、仕方なくこの港に来たということか。
ここの町の人たちの生活を犠牲にして良い理屈はない。
ないのだが、そのまま洋上にいればゾス=オムモグの追撃を受けて巡洋艦自体が沈められた可能性は高いので、来るなとも言えない。
何にせよ悪いのはゾス=オムモグだ。
この怒りはゾス=オムモグとやらにぶつけよう。
この町の人々に迷惑がかからないように迎撃するしかない。
何にせよクロウさんたちや、この町の方も交えて一度、対策会議が必要だろう。
それに、この艦の乗組員たちが当分住むところと食料の問題も解決しないと、マインガルの町のように軍人と地元民との間で諍いが発生する可能性は高い。
そんな酷い結果は誰も望まない。
「あと1つよろしいでしょうか? 実は、南のドミニカで、あなたたちの仲間であろう神の戦士を3人救助しているのですが」
「もしかしてそれは……女性が2人で男性1人のチームでしょうか?」
「はい。その通りです」
まず間違いない。
運営の地下で見せられた映像に出てきた第4チームの面々だ。
「まずは負傷者の治療優先です。落ち着いてから一度改めて話をさせてください」
プロトコル333の件もあるというのに、とんでもない事件が割り込んできた。
だが、これを何とかしないことには先には進めそうにない。
順番に片付けていこう。