入り口らしき場所は、以前に見つけた偽物の町と同じような構造だった。
金属製の扉のすぐ近くには液晶が付いた電子ロックのようなものが取り付けられている。
「またこれか。カーター、任せたぞ」
「はいはい。それにしてもあいつらのセキュリティってガバガバなんだな」
カーターが網膜チェックと指紋チェックを行うと、金属製の扉がスライドして開く。
ただ、扉の開く速度に勢いがない。
数センチ動いては止まり、また数センチ開いては止まりの繰り返し。
扉が完全に開くまで、5分ほどかかった。
中を覗き込むと、奥には長く伸びる通路が見え、天井の照明がうっすらと照らしている。
それはいいのだが、照明は明滅を繰り返しており、しかも点いている時もどこか薄暗い。
「運営が撤退してそろそろ一ヶ月だろう。補助動力で動いているといっても、それが限界なのかもしれない」
これでは天井照明だけを頼りには動けない。
一度車に戻り、荷物の中からランタンを取って戻ってきた。
オイルを入れ、カーターのライターで点火するとランタンの明かりがうっすらと通路を照らした。
「プロトコル333の期限って、エネルギー不足に起因するものかもな」
「ありそうだ。補助動力が限界で、何かのシステムが止まるから、それの対処を何とかしろという話か」
まずは鳥の使い魔を喚び出して、通路を先行させる。
天井部には防犯カメラのようなものが付いているが、今のところサイレンのようなものは鳴らない。
やはりこの基地も放棄されて既に無人なのだろう。
構造自体はエリア51にあった基地と酷似しているようだ。
記憶を頼りに通路を進むと、前方からガシャンガシャンと大きな金属音を立てて何かが歩いてくるのが見えた。
頭部は人間の頭蓋骨のようで、胴体は赤銅色の金属鎧のようなものを身に纏っている。
何度か戦った、低予算SF映画に出て来そうな自動人形だ。
数は2体。
戦闘になるかと思い身構えたが、そうはならなかった。
自動人形は、まるで電池切れのおもちゃのようにガタガタと震え、そのまま真正面に転倒して動きを止めた。
鳥の使い魔を上に乗せて反応を見るが、やはり微動たりともしない。
「補助動力の電池切れ説が有力になってきたな」
「だとすると、もしこの施設の制御室に行ったとして、何かできることがあるんだろうか?」
とりあえず危険はないと判断した。
全員で施設内に入った。
動かない自動人形は、タルタロスさんが軽々と掴んで入り口の自動ドアから施設の外に投げ出す。
床に勢いよく落下するも、やはり自動人形が動く気配はない。
さらに通路を進むと、やはり防衛用らしい自動人形が床に転がっていた。
こちらも状況は同じで何の反応も示さない。
進むのに邪魔なので、タルタロスさんが、近くの空き部屋に投げ込んだ。
少し歩いて、制御室らしき部屋にたどり着いた。
そこにも電子ロックがかかっていたが、今度は完全に電源が落ちているようだ。
センサー部分に近づいて手を振ったり叩いたりしても何の反応も示さない。
「レルム君、ここにちょっと電気を流してくれるかな?」
「どんな感じでしょう?」
「人が感電しない程度の微弱なやつを少しだけ」
レルム君がセンサー部分に触れると、一瞬青白い火花が散った。
その直後に、うっすらとセンサー部分に文字が浮かび上がる。
「カーター、今がチャンスだ」
「行けるのか、これ?」
すかさず網膜チェックと指紋チェックを済ませると、扉が解錠されるガチャリという音が鳴った。
だが、扉は開かない。
「今度はタルタロスさん、お願いします」
「分かった。ワシは扉を開けるが、中から敵が出てきた時は……」
「分かっています。敵が出たら対処します」
扉の前に中腰で身構える。
タルタロスさんが扉の端を掴み、力任せにスライドさせる。
ローラーが空回りするような音と、ゴムが擦れる嫌な臭いと共に、扉がゆっくりと開いていく。
中から何も飛び出てくることはなかった。
暗い室内は、監視ルームのような場所だった。
中央には大型のモニタが設置されており、壁際に何台ものコンソールが取り付けられている。
複数あるモニタのうち、一つだけが点灯していた。
そこにカウントダウンらしき時間表示が、赤色でデカデカと映し出されていた。
プロトコル333とやらのカウントダウンを示している可能性は高い。
「多分、このコンソールを操作すればリセットができると思うけど」
キーボードに触れると、時間表示の上に、警告メッセージが書かれたウインドウがポップアップしてきた。
そこに記載されている文字は英語でも日本語でもない謎の文字だ。
読むことができないのでカーターに頼る。
「なんて書いてある?」
「『本当に解除して良いですか?』と聞いているみたいだな。何の解除かはわからん」
「一応保留だ。さすがにボタンを押した瞬間に、いきなり爆発したりすることはないだろうが」
警告ウインドウはそのままに、ランタンの明かりを照らして室内を一通り探してみる。
すると、プリンタで印刷した用紙を紐で束ねたような書類が見つかった。
書かれている文字は全く不明だがアラビア数字が使われているおかげで「333」の部分だけは読める。
プロトコル333のマニュアルと考えても良さそうだ。
ランタンの薄明りの下でページをめくっていく。
「カーター、読めるか?」
「無理だな。なんとなく似たような文字と単語は拾えるが、意味を取り違える可能性が高い」
「日米和親条約みたいなことになるのも困るな。画像だけを頼りに進めよう」
最初の方はどうでもいいと判断した。
この手の手順書に緊急時の対応が書かれているのは後半部分にあるのがセオリーだ。
後ろの方から見ていくと、現在表示されている警告メッセージと同じようなキャプチャ画像を見つけた。
その前後には、かなり詳しく手順が書かれている。
かなり親切な手順書で助かる。
「この手順通りに操作すれば解除はできるみたいだ」
「一応やってみるか?」
「今のところ、書かれている通りでやってみるしかない。字は読めないけど、キャプチャ画像があるからなんとかできそうだ」
マニュアルを片手に、載っているキャプチャ画像通りの操作を行っていく。
基本的にはカーソルを右に入れてエンター、左に入れてエンターの繰り返しだ。
しばらく操作を行うと、コンソール横にある、透明なカバーが付けられたボタンが点灯した。
透明なカバーを外して、ボタンの上に指を置く。
「最後にボタンを押せとなっている」
「そう書いているなら、押してみるしかないだろ」
「じゃあ押すぞ。ポチっとな」
ボタンを押すと、モニタに表示されていたカウントダウン表示と警告メッセージのウインドウが消えた。
それだけで、特に何が変わった気配はない。
画面をしばらく睨みつけていると、突然に天井の照明が明るく点灯して室内を照らし上げた。
今まで消灯していた周囲と正面にあるモニタが点灯して、何かのシステムの読み込み画面が表示される。
天井ダクトからは空調が動き始めたのか、温かい風が吹き出し始めた。
「なんだこれ、動力の回復か?」
「いや、今は補助動力で動いているんだろう。こんなに一気に動いたら補助動力が切れるのが早まるだけなんじゃないのか?」
カーターがそう言うも、止める方法が分からない。
マニュアルを頭から読み直すと、再起動らしい箇所を見つけた。
またもマニュアルを見ながら順番に実行していく。
その時、突然にサイレンのような大きな音が鳴り響いた。
「何だ? 侵入者がいると気付かれたのか?」
全員で身構えると、室内に突然にアナウンスの音声が鳴り響いた。
合成音声だが、はっきりとした日本語のメッセージだ。
『補助動力の稼働時間低下につき、本施設の機能が制限され、自動的にプロトコル333が発動されます。キャンセルする場合はあと10日以内に動力炉の再稼働を実施してください。繰り返します――』
アナウンスは全く同じ内容で3回流れた。
それが終わると同時に、目の前のモニタ上に、目立つ赤色で9日と23時間を示すカウントダウンが表示された。
そして、天井の照明や周辺のモニタも役目を終えたとばかりに消灯した。
空調も止まり、最初にこの部屋に来た時と同じ状況になった。
「これって、もしかして根本的な解決になっていないんじゃ」
「動力炉を動かさないと、何かが起こるってことか」
◆ ◆ ◆
作戦会議が始まった。
課題はもちろん、このプロトコル333が何なのかということだ。
「あれだけ大規模無線で警告して動力を動かせってことは、完全にエネルギーが尽きると何かが起こるんだと思う」
「動力炉が止まった原因は、どう考えても運営がこの世界から撤退したからだよな」
「それしかないだろう。逆に言えば、動力が持てば、プロトコル333の発動は遅らせることができるはずだ」
マニュアルを片手にコンソールを操作していくと、今度はパスワード入力画面が表示された。
「多分、何か大きなシステムの書き換えを行うために、管理者パスワードの入力が必要らしい」
「パスワードか……何かヒントはないのか?」
「雑なセキュリティの会社なんかだとモニタに付箋でパスワードが貼ってあったりはあるんだが」
「それってこれですか?」
レルム君が床に落ちていた靴跡の付いている付箋を拾い上げた。
そこにはパスワードらしき文字列が記載されている。
「まさか、そんな安直な……」
「でも、一応は試してみよう」
付箋に記載されていたパスワードを入力するが、認証は通らなかった。さすがにそれほど甘くはない。
「いや待ってくれ。パスワードって定期的に変更するものだろ」
カーターが突然によく分からないことを言い始めた。
「セキュリティがしっかりしているところだと、当然そうなるな」
「オレもそうなんだけど、職場だと定期的にパスワードを変えろと言われた時、面倒なので最後の一文字だけ変えるんだ。こんな感じに」
カーターが席に割り込んでパスワードを入力し始めた。
途中までは付箋に書かれている通りだ。
だが、最後の一文字が「7」で終わっていたところを「8」に変える。
それでもやはり解除されないので、今度は最後の一文字を「9」に変えて再入力する。
すると、パスワードが解除されて、何かの管理画面が表示された。
おそらく補助動力の用途だ。
「世の中ズボラが一番だぞ!」
「あ、ああ……確かにズボラが一番だ。ズボラに感謝!」
なんとも反応に困るが、これはカーターの成果だ。
いくら文明が発達しても、それを使う人間はそこまで変わらないということだろう。
褒めていいのか? いや、褒めておこう。
とりあえず、プロトコル333と書かれている項目以外を軒並みオフに切り替えていく。
うっすらと灯っていた通路の照明が完全にオフになった。
通路を照らしていた緑色の非常灯の明かりすら消える。
「これ、出入り口のエレベーターも止まって車を出せなくなるんじゃないか?」
「そもそも文字を読めないのでどれがどれなのか分からないし、一度全部止める」
とにかく目ぼしいものは全て停止していく。
一度車を出す時にエレベーターをオンにして、その後にまたオフにすればいい。
その後に、再度先ほどのプロトコル333リセット手順を行うと、またも天井の照明が点灯して、アナウンスが鳴り響く。
ここまでは同じだ。
『――キャンセルする場合はあと14日以内に動力炉の再稼働を実施してください。繰り返します――』
それが終わると同時に、目の前のモニタ上に、デカデカと目立つ赤い文字で13日と21時間を示すカウントダウンが表示された。
「動力問題が解決しないことにはこの繰り返しか。とりあえず猶予は4日延びたわけだが」
「何の解決にもなっていないな。何かマニュアルはないのか?」
「全然読めないからな。前に運営の施設でやった時の言語設定変更はできないか?」
「やってみるか」
カーターに任せて言語設定変更を試してもらおう。
その後で、アクセスできるファイルに、マニュアルらしきものがないかのチェックを行う。
ランタンのオイルが少なくなり、室内はすっかり暗くなった。
モニタからの明かりを頼りにカーターがひたすら操作を続ける。
「それらしい文書ファイルを見つけた。英文みたいなので、一緒にチェックしてもらえるか?」
「俺の英語知識は受験で終わっているが」
「オレも似たようなもんだ。だからこそのダブルチェックだ」
レルム君とタルタロスさんは不参加。
ある程度は英文を読める俺とカーターの2人でチェックをしていく。
マニュアルに書かれていた内容は、なんというか実に運営らしいものである。
俺たちやこの世界の人間のことなど何も考えていない、いつもの酷いやつだ。
「要するに、俺たちが強制参加させられているこのデスゲームのラスボスキャラを、施設の地下に封印しているってことだな。ゲームの攻略が進んだ段階で解き放つと」
「その拘束は、施設の動力でまかなっているので、補助動力が切れると同時に解き放たれる……酷い話だ」
どうやらマイアミの町が瞬時に吹き飛ぶといった類の現象ではないようだが、色々と判断に困る内容ではある。
「今のところ選択は二つ。このゲームの想定通りに、一番プレイヤーが多く集まっている場所にラスボスを転送する」
「もしくは、ここの補助動力切れと同時に、ラスボスがこの場で復活する」
どちらにしてもラスボスは解き放たれる。
それならば、ここの電池切れを待つよりは、どこか任意の場所に転送した方が戦いやすいのは間違いない。
強制転送方法はマニュアルを見れば分かるようだ。
タイマー設定をしておけば、わざわざこの施設にいなくとも、時間になったら自動的に発動できる。
「一番プレイヤーが多い場所ってどこだ?」
「数えなくとも分かる。マイアミだ」
ハセベさんとクリスさんはニューオーリンズに残してきたが、それでも俺たちだけで10人いる。
カーターは正式なプレイヤーではないので除外するとしても9人。
そこに第2チームの3人と第4チームの3人がプラスされると15人。
今はここにいる4人が外れているが、おれでも11人だ。
「マイアミには15人、ニューオーリンズに4人、フラニスに3人。サンディエゴにいるのは眼鏡マンとその他復活者だけど、ここは10人に満たない」
「50人中の半分が行方知れずか。そうなるとスタート地点のタウンティンに固まってるんじゃないのか?」
「タウンティンに飛ばれても困るな。そうなると、居場所が分かっている全員を一か所に集めてボスをおびき寄せた方がいいのか」
色々と面倒なことになった。
同じ場所に集まっていると、そこ目掛けてボスが送り込まれてくる。
最初の50人が全員が仲良しにしていることを許さないという運営からのメッセージも含まれていそうだ。
だからといって散らばってしまうと、この世界のどこにボスが出てくるかは分からない。
もし町中で平和にランチを摂っている最中に出現などされたら、どれだけの被害が出るのか分からない。
もちろん、時間切れはダメだ。
この場所はマイアミの町に比較的近い。
下手をするとゾス=オムモグと両方から攻撃を受けることになる。
「今のところどこに出ることになっている? プレイヤーの数は表示されているのか?」
「どこに誰が何人いるとは出てこないが、転送場所の地図は見えるな。この半島の形は特徴的だからマイアミで間違いないだろう」
操作をしているうちに地図が表示された。
今のところ俺たち4人がここにいるというのに、表示されている候補地はマイアミだ。
ならば、より人数を集めれば他の場所に行くことはないだろう。
もしかすれば、発生場所をこちらで強制変更できるかもしれないと試してみたが、それはできないようだった。
位置を指定できるならば、活火山の火口にでも投げ込んでやればそれで即終了だったというのに。
残念だ。
「それで、ここに出現するはずのボスは一体何なんだ? それが分かればある程度対策は取れるが」
「用意されているボスはこいつだな。魚人の神ダゴン。運営が召喚したんじゃなく、元からこの場所にいたようだ」
「養殖ものじゃなくて天然ものか」
ドキュメントの最後に小さい写真が添えられていた。
巨大な魚に手足が生えたようなデザイン。
全長60メートル。
海水を操って津波を起こす、水流を操って超水圧で打ち出す、身体の半分が水に浸かっていると能力が強化される上に傷などが癒える。
これらの特徴が紹介されている。
大気中の水分を集めて雨を降らせる能力まであるようだ。
これは、よほどの乾燥地帯でなければ、必ず水による強化を得られるということだ。
おそらく真正面からバカ正直に戦えばイソグサと同程度の強さの可能性があるだろう。
水があれば傷が癒されるという特徴は、海辺の町に出現すると脅威になるだろう。
この基地にいる間に俺が全力の魔女の呪いで吹き飛ばすにしても、水に浸かっていると回復スキルが厄介だ。
連射が効かない分だけ、一発撃ったらインターバルの間に全回復される可能性が高い。
いたちごっこになれば、最終的に競り負けるのは体力のない俺の方だ。
それに、規模にもよるが、ここで津波が起こると、マイアミの町にも被害が出る可能性はある。
それは看過できない。
逆に考えれば良い。
人数が一番多く集まっている場所に現れるというならば、予め罠を用意した場所へ誘い込めるというわけだ。
出現時間と場所が分かっているボスを倒すなど、こんなに楽な話はない。
海辺の町に出て脅威になる水棲生物が出現するならば、そいつが一番困ることをしてやれば良いのだ。
しかも準備期間はまだ余裕がある。
場所を選べるのであれば、既に撃破するためのプランは見えた。
「倒せそうか?」
「ラストバトルにしては盛り上がらない展開になりそうだけど……どう罠を仕掛けるか、楽しくなってきた」