オレ――【ウィリー SR】こと
「基本的にはキューバに出たアメーバと同じ扱いでいいと思う」
アメーバは海から地上に上がると、すぐに表面の水分が乾いて行動不能になってしまう。
なので、水路や川を伝うなどして居住地内に潜入してくるのが定番だった。
そこで、アメーバが嫌う薬をあちこちに撒いておくことで、進行ルートに制限を掛けるという作戦だ。
使うのは融雪剤にも使われている塩化カルシウムだ。
塩でナメクジが溶けるように、アメーバは薬剤を浴びせるとあっさりと溶ける。
ユッグにどれだけの効果があるのかは分からないが、やれるだけのことはやっておくべきだろう。
ただ、移動ルートを制限するだけではなく、罠も仕掛けていく。
ユッグが入ってきそうな水路に糸を張り、それが切断されたら、瓶に入れた塩化カルシウムをぶちまけるというものだ。
竹のようにしなる植物とロープと糸を使って仕掛けをしていく。
地味な仕掛けではあるが、金もかからず現地に生えている植物で量産できるので、かなり効果的だ。
「ウィリーさんは、ずっとこんな感じで戦ってたんですか?」
罠を仕掛ける作業をしている最中に、マークが話しかけてきた。
「せっかくの異世界で、魔法のようなすごい能力があるのに、やっていることはこんな地味な活動なんて」
「おれも最初の遺跡を出てすぐの頃は同じことを考えていたよ」
すっかり慣れたもやい結びで手早く罠を作り上げて、手こずっているマークの手助けに向かう。
「漫画やアニメのように異世界を救う英雄として喚ばれたのかと思っていたのに、何の命令も使命も与えられず、よく分からない場所に放置されて終わり。しかも、最初の部屋を出た途端に、いきなり真っ暗な闇の中だ」
マークの目の前でロープの結び方を再度手ほどきする。
もう一度やらせてみると、今度はうまく結べたようだ。
最後に塩化カルシウムが入った瓶を備え付ければ完了だ。
ガーネットが瓶に詰めた塩化カルシウムを受け取り、軽く糸で縛り付ける。
手早く済ませて次の場所へ向かう。
何しろユッグとやらは海から這い上がってくる以外の情報がないのだ。
できるだけ備えておく必要がある。
「英雄なんてそう簡単にはなれないんですね」
「そこは物の考え方だ。次元の壁が壊れたせいで世界が崩壊するかもしれない事件を解決すれば、オレたちも英雄ってわけだ」
「だけど地味な仕事には変わらないと」
「世の中には一発逆転なんてないってことなんだろう。だから、こうやって地道に積み上げていく。それがそのうち大きな成果になって返ってくる」
話を聞いていたマークの動きが止まった。
うつむいて何かを考えているようだった。
「俺にはその積み上げている経験ってのがない……」
「それは今だけだろう。これから積み上げればいいじゃないか」
「必要なのは今なんです。俺はまだ実戦経験がほとんどないからか、戦いになる度に怖いんです。ウィリーさんはどう折り合いを付けたんですか?」
「折り合いなんて付けちゃいないさ」
マークはどうも勘違いをしているらしい。
オレはそんな大層な人間じゃない。
日本にいた頃は、どこか自分の生き方を決められず、何となくフリーターで漠然とした日々を生きていた。
漫画や映画の影響で、単身アメリカを旅したいと考えていたこともある。
まさか、それが叶って、こうやってサンディエゴからフロリダまでの旅行をすることになるとは思わなかったが、それはそれだ。
「正直、今の自分のポジションには納得していないし、オレの能力もまだ極めていけると思う。ハセベさんを見ただろう」
「あのサンドワームの首を一撃で落としましたよね」
「ハセベさんも、最初にオレと一緒に島に飛ばされた時はあそこまで強い能力を持っていなかったんだ。だけど、それを良しとせずに研鑽を続けて、あそこまでの能力を手に入れた」
すぐ近くでモーリスとエリス、高校生の2人が、オレたちと同じような罠を仕掛ける作業をしていた。
あちらのチームは、今はカナベラルに行っているラヴィも含めて仲が良さそうで羨ましい。
あまりに仲が良いので最初は同じ学校の同級生3人組かと思っていたが、学校が違うどころか、一人は会社員であり性別すら違っていた。
高校生の2人もお互いにここに来るまで一切面識はなかったらしい。
それでいてあれだけまとまったのか。
やはり能力の差なのか?
オレにもビームを出したり、飛行できるような能力があれば、ここでこうしてマークとの間にわだかまりを感じることもなかったのだろうか?
今のままだとオレの人生は中途半端なままだ。
マークもそれは同じだろう。
これからどうやって生きるかを見つけないと、ここから先には進めない。
「オレもまだまだだ。だから、一緒に強くなろう。この世界に風穴を開けてやるんだ」
「風穴を……」
「そういうことだ。まずは、この町の人たちを守るための活動からだ」
◆ ◆ ◆
「ユッグが出たぞ!」
一緒に町の巡回を続けていた巡洋艦の乗組員の声が聞こえてきた。
声は船が停泊している波止場の方から聞こえた。
急いで駆けつけると、海から不気味な粘液をまとう蛆虫が這いあがってきたところだった。
今のところ数は一匹だけだが、海中には数匹が泳いでいるのが見える。
「塩化カルシウムは?」
「効いているようだ。どういうわけか、あのラインを超えてこちらには近づいてこない」
ユッグは全身を震わせながらセメントで固められた波止場の上を這いまわっている。
ただ、その上に撒かれた白い粉を乗り越えて移動して来ようとはしない。
オレたちにやや遅れてモーリスとエリスの2人も駆けつけてきた。
「気をつけてください。こいつらジャンプしますよ」
「ジャンプ?」
モーリスがそう言った矢先、ユッグがその体を大きく丸めた後に、一気に伸ばすことで高く飛び上がった。
狙いは明白だ。
塩化カルシウムを嫌って、それを避けるために飛び越えるつもりだ。
「プロテクション!」
モーリスが間髪入れずに空中に光る粒子で構成された壁を作り出すと、ユッグはそこに激突して粘液を周囲にぶちまけながら落下した。
「気をつけてください。飛び散った粘液も毒性は強いままです。皮膚に触れると酸みたいに焼けただれます」
「そこはアメーバよりも悪質だな。じゃあ、こういうのはどうだ?」
ガーネットに目配せした後に、すかさず塩化カルシウムが入った瓶を掴んで、中身を宙に撒いた。
「渦巻く旋風!」
塩化カルシウムを強風でユッグの方へ送りこむ。
風の向きはガーネットが調整できるので、粉がかかるのはユッグだけだ。
白い粉は、ユッグや、飛び散った粘液に触れるとジュウと音を立てて白い煙を上げた。
想定以上の効果があるようだ。
「移動できないように追い込むならば、俺に任せてくださいよ」
ここでマークが大盾を持って前に出た。
「見てください、俺のプロテクション!」
マークの盾を中心に半透明のエネルギーで構成された円形の力場が出現した。
海中から這い上がり、飛び上がったユッグたちもその力場を突破できず、次々と波止場のコンクリート路面へ落下していく。
マークは盾を両手で構えて、その力場を維持。
ユッグたちを一歩も町がある方向へ近づけさせない。
「今更だけど、これが本物のプロテクションなのか」
「モリ君のは一体何なんだろう」
「分からない……俺は感覚でプロテクションを使っている」
「その言い方、ラビちゃんに似てきてない?」
「やめてくれよ、俺だって気にしてるんだよ」
モーリスが心底嫌そうな顔をしながら言った。
本当にモーリスが使っている自称プロテクションは一体何なんだろう?
「シールドバッシュ!」
マークが盾を持つ腕に力を込めると、盾を中心に広がっていた力場が中心に向かって収束し、そこから衝撃波となって放たれた。
ユッグがまとっていた粘液もろとも吹き散らされる。
粘液がなければオレたちの攻撃を防ぐことはできない。
背負っていたライフルを構えてユッグに放つと、ドブのような悪臭だけを残して、あっさりと炸裂した。
「残り任せた!」
「任されました!」
モーリスはプロテクション?を槍の穂先にまとわせて斧の形を作った。
それを豪快に振り回して、ユッグ数体をまとめて薙ぎ払った。
2体ほど逃れたが、それもエリスがスキルの青白く光る粒子でカバーした拳で粉砕していく。
さすが手慣れている。
「とりあえず、撃退成功か」
「でも、ゾス=オムモグを倒すまでは、多分これが毎日続きますよ」
「町の住民も漁どころじゃないし、毎日これじゃあ、こっちの体力も持たない。早く根本的な対策を考えないと」
◆ ◆ ◆
カナベラル基地から戻った俺たちは、まず情報の共有と状況の整理を行った。
ダゴンとゾス=オムモグ両方同時を相手にすることはできない。
倒すならば、まずここの海上封鎖を行っているゾス=オムモグの方だ。
まず、巡洋艦の艦長と、クロウさんに町で一番高い鐘楼から洋上の様子を確認してもらった。
「そこからまっすぐ東の方向を見てください。たまに海面に黒い影みたいなものが浮き上がっているのが見えると思います」
「あれがゾス=オムモグか」
鳥の使い魔を放って、その姿は確認している。
ゾス=オムモグはマイアミの港から数キロの位置を巡回しているようだった。
たまにクジラのように潮を噴き上げたり、触手を洋上に出しているのが見える。
触手を除いた本体だけでも推定体長は100メートルを超える。
イカのように伸びた触手を含めると200メートル以上はあるだろう。
そして、巨体の割りに、意外と動きが素早い。
一瞬で数百メートルを移動するし、あっという間に全身を深い海の底まで沈めていく。
俺が上空から魔女の呪いを放っても、さすがに深海まで攻撃は届かない。
漁船に乗って戦うのは無理だ。
奴の本体が何もしなくとも、高い波を起こされるだけでまともに戦えなくなる。
「だが、なんで港に近づいてこない?」
「多分、近くにある島やサンゴ礁のおかげです。湿地帯の近くは海が浅いので、あいつの図体だと座礁する可能性が高くて、それを嫌っているのではないかと」
マイアミの町の近くには湿地帯やサンゴ礁だらけで意外と海が浅い。
巡洋艦が港に入るのに苦労していた理由の一つが浅瀬に乗り上げる危険だろうし、近くの洋上をウロウロしているゾス=オムモグが未だに町に直接攻撃を仕掛けてこない理由でもあるのだろう。
「だけど、諦めることはしない」
「狙われているのは町ではなく巡洋艦ではないかと。まだこの船が動けることを知っていて、洋上に出てくるのを待っている」
「このままだとにらみ合いが続くだけか」
正直いたちごっこだと困る。
これからダゴンとの戦いに備えなくてはならないのに、あまりこちらに時間を掛けていられないというのが本音だ。
「巡洋艦の修理の方は?」
「武装の類はダメだ。機関の出力は80パーセントというところ。穴は塞いだのでなんとか動くことはできるが」
一応、極論として倒す方法は何パターンかはあるのだが、周辺環境に厳しかったり、俺自身によろしくなかったりと問題が山積みだったりする。
やはり陸に誘い込んでやるのが一番だ。
ただ、問題はここからだ。
この作戦が成功するかどうかは、艦長の許可が出るかどうかにかかっている。
「それ以上話を進めなくとも理解できる……奴を引き付けるために艦を囮にしろと言っているのだな」
「大変申し訳ないのですが、その通りです。巡洋艦を囮にして、奴を洋上から陸へ誘い込んでいただきたいです」
「これ以上船体にダメージを受けたら、さすがにこの艦の修復は不可能……それどころかその場で沈没も在り得る」
「ですが、他に奴を引き付けられそうな存在はありません。倒すには、奴を洋上から浅瀬におびき出すしかありません」
ここから先は艦長の決断に全てがかかっている。
艦を壊すのはなしだとするならば、また別のプランを1から考えるだけだ。
ただ、今以上のプランはないと思っている。
少なくともゾス=オムモグの逃げ道を塞ぐには一度浅瀬へ誘い出すしかない。
「確かに洋上で戦っても勝ち目はない。だが、艦を潰すような作戦は私の一存では決められない。艦隊司令に連絡を取ってからになる」
「そこはお願いします」
「その役目を私にやれと」
「大変心苦しいのですが、それだけは部外者である私にはできません」
他に有効な作戦があれば良い。
だが、他にない以上は大変心苦しくはあるが艦長に任せるしかない。
しばらくの沈黙。
様々な葛藤があったのだろう。
チェイニー艦長が口を開いた。
「この船を壊すつもりはないが、囮は引き受けよう」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「だが、誘い出す浅瀬というのは?」
「ここから南にキーズ諸島という細長い列島があります。その大陸側にも湿地帯が広がっています。深い海から奴の巨体を陸に上げるには最適な場所です」
狙うのはキーズ諸島の中でも一番大きいキーラーゴ島だ。
島に俺たち陸戦部隊を結集させ、近くの湿地に乗り上げさせたゾス=オムモグに対して集中攻撃をかける。
人員や資材だけならば陸路と漁船のような小さいボートで十分行える。
「この浅瀬に奴を追いやれば、逃げ道を断った上で、こちらは陸戦で攻撃を仕掛けることができます」
「だが、奴には異常な再生能力があるぞ」
「それについては作戦があります。
「つまり逃げられないように追い込んだ後に再生速度を上回る攻撃を与えれば倒せると」
「だからこそ陸に上げることは絶対条件です。深い海の底へ潜られると私たちの攻撃はほぼ届かなくなるのでその間に回復されてしまいます」
海では無敵の存在だとしても、陸に上げてさえしまえば、いくらでも対処方法はある。
概ねの方針は決まった。
後は実際に船員……タウンティンの軍人たちへの命令権を持つ艦長に細かいプランを詰めてもらおう。
作戦準備に8時間。
作戦決行は18時間後だ。
◆ ◆ ◆
まず、艦長の指示で亡くなった方の遺体を巻き添えにならないように全て降ろした。
続いて船員の私物、不要な予備資材、追加装甲部分。
壊れて役にたたない砲塔や甲板上の構造物など、外せるものは全部外していく。
少しでも船の速度を稼ぐためと、残り少ない燃料でやりくりするための軽量化だ。
どのくらい効果があるのかは分からないが、何もやらないよりはマシなはずだ。
たとえ1ノットでも速度を上げられた方が作戦の成功率は増す。
ついでに俺が「魔女の呪い」を発動させて、船底などに張り付いているフジツボなども全て消し去っておく。
これもバカにならない余計な重量であり、船を動かすスクリューの効率にも関係してくる。
「この機関砲用の弾丸はどうする?」
「機関砲本体と一緒に車へ積んで作戦地点に運んでください。分解と再組み立ては砲手を務めている方がやってくださるとのことです」
艦内に有った武装の類も全て外して、タルタロスさんに装甲車まで運んでもらう。
残弾は残り少ないので、船に積んでいても効果的な攻撃は期待できない。重いだけだ。
クレーンも重機も不要で機関砲をひょいと担いで運べるタルタロスさんの怪力がありがたい。
「車に乗るかの?」
「うちの装甲車は下手なトラックよりサイズもパワーも大きいので大丈夫でしょう」
「なるほど」
それでも機関砲と銃弾を載せると、流石に装甲車の車高が大きく沈み込むくらいには重かった。
ただ、この機関砲にも担ってもらう役割が有る。
手間ではあるが作戦場所まで運んでもらうことにする。
「残ってる砲弾はどうする?」
「艦長の話だと3発だけは艦内に残せとのことです。なので、これも有効活用しましょう」
全てを乗せるとさすがにチート装甲車も積載過多で悲鳴を上げ始めたが、この世界には過積載取り締まりなど来ない。
なんとか作戦地点までの輸送を頑張って欲しい。
車の運転はカーターに任せて、タルタロスさんと現地に向かってもらうことにした。
「運転は任せたぞ。機関砲は現地に着いたら、その後は艦の砲手が設置と組み立てをする予定だ」
「オレは運ぶだけだぞ。こんな銃器の取り扱い知識なんてないぞ」
「運転だけで十分だよ。ただ、現地で荷物を降ろしたら、今度は乗組員の皆さんを運ぶので戻って来てくれ。何回かピストン運転することになると思う」
「全く……直接戦闘には参加しないからな」
「ああ、大丈夫だ」
続いて船員の皆さんにも作戦場所まで移動してもらう。
相手がイソグサ級ならば少しでも火力は欲しい。
ライフル銃での援護射撃でもダメージソースになるので攻撃支援に入っていただけるのはありがたい。
さらに、作戦に使用するということで、廃材を利用して急造された衝角が船の舳先に取り付けられた。
これを奴に体当たりして突き刺すということだろうか?
明らかにバランスが悪く強度もたいしたことはなさそうだが、決戦の間だけ持てば良いという考えだろう。
「沖合2キロの地点に敵……ゾス=オムモグを確認!」
そうやって準備を進めていると、船の上から双眼鏡で海の方を監視していた船員から報告が届いた。
やはり敵もこの巡洋艦を仕留めることを諦めていないようだ。
だが、この港がある浅瀬部分には入ってくることを躊躇しており、こちらが痺れを切らして出て来るのを待ち構えているようである。
逆にこちらがいつまで経っても出ていかないと諦めて戻っていく可能性は高いだろう。
一度外洋に出られるともう奴がいつどのタイミングで襲ってくるか分からなくなる。
そうなれば誘い込み作戦は失敗だ。
その前に作戦を開始する必要がある。
「作戦決行まであと何時間でしょうか?」
「3時間……この間に全ての準備を整えるぞ」