収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 5 「海を駆ける龍神」

 集落に戻った頃にはすっかり陽は落ちて夜になっていた。

 

「今日の夕ご飯は私が作ったよ」

 

 エリちゃんが頭に三角巾を巻いて、張り切って夕飯の準備を進めている。

 この時点でもう夕飯のメニューは特に聞かなくても把握は出来るが、一応は確認しよう。

 

「もしかして、うどん?」

「もしかしなくても、うどんだけど」

 

 さも当然のように答えると、エリちゃんは温かいだしのうどんを俺とモリ君の前へ運んできた。

 

 一切期待を裏切らず、何の捻りもなくド直球のうどんだ。

 

 以前ウィリーさんに監修してもらったのが利いているのか、見た目は前回よりも更に良くなっている。

 ただ、問題は味だ。

 

「この出汁は?」

「ラビちゃんが作った鯖のだし汁が残ってたから、それを使ったよ。薬味はそこら辺に生えてる草」

「付け合せは?」

「ないよ。うどんがあれば十分でしょう」

 

 相変わらずのうどんとだしで具材はなしという超シンプルな四国(ストロング)スタイルだ。

 

 エリちゃんは前に自称神戸市民と言っていたが、神戸出身を自称しているだけで絶対に住んでいるのは違う場所だよなと思いつつも、うどんをすする。

 

「おお……」

 

 思わず声が出た。

 以前よりも更にうどんの完成度が増しており、素人のうどんから、スーパーの特売39円で売っているレベルにまで、うどんのレベルが上がっている。

 これはもうプロのうどんと言っても差し支えはないだろう。

 

 鯖のだし汁にミントを加えて作った麺つゆも、なかなかマッチしている。

 

「この短期間でここまでレベルを上げてきたか」

「確かに、これはエリスが作ったとは思えない旨さ」

「私はまだまだ成長するよ。目指せ香川!」

 

 なんと力強いフレーズなのだろう。

 目指せ香川!

 

「そうだな……あと一息で香川だ。早くみんなで讃岐へ帰ろう。うどんが待ってる」

「うん。みんなで香川へ」

「俺達は讃岐うどんを食べるためにここまで旅を続けてきたんだ」

「オーイ、目的地が無茶苦茶限定的な地域になってるぞ。なんで香川限定なんだよ」

 

 空気を読めないカーターがツッコミを入れてきた。

 

「確かに大阪や博多の柔らかいうどんも好きではあるが」

「埼玉のうどんは?」

「埼玉県民はそこら辺に生えてる草だけ食べていれば良いんじゃない?」

「そこら辺に生えてる草を食べ続けてここまで来たのは俺達の方だよ……」

 

 結局この日はうどんの話題だけで1日が締められた。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 蛾人間も倒したので後は出発するだけと思った時に、それはやってきた。

 

 蒸気機関特有の汽笛を鳴らしながら、一隻の巨大な鋼鉄艦が集落近くの港に近付いてきた。

 

 この世界のこの時代に汽笛を鳴らす船なんて十中八九、タウンティンの蒸気船に決まっている。

 

 ただ、明らかに様子がおかしい。

 船体のあちこちからは何かが燃えたような煙が上がっている。

 

 艦橋はピサの斜塔のように若干斜めに傾いており、船体の外装は傷だらけの上に穴だらけだ。

 

 中でも一番ダメージが分かりやすいのは舳先だ。

 

 外装が甲板ごと大きく抉られており、骨組みであろう鉄骨や内部構造が一部露出している。

 

 よくもまあ、その半壊した状態で航海を続けられたものだと逆に感心する。

 普通の木造帆船ならばとっくにバラバラになって沈んでいただろう。

 

 甲板の上には砲門や機関砲などの構造物が設置されていることから、民間船ではなく軍の船だとは予想出来る。

 意外と大きいので巡洋艦クラスか。

 

 蒸気船は海底の岩などを避けているのか洋上で何度も細かく進路を切り返しながら、集落の小さい港へ無理矢理その大きな船体を押し込んだ。

 

 その際に船体の一部を岩壁に擦るか何かしたようで、轟音と振動が周囲に轟いた。

 穴が開く程ではないが、一部凹んで塗装が剥げて地の金属色が出ている。

 

 集落の住民達も異常事態に気付いたのか、次々と港が見える高台に集まってきて、入港してきた巨大な船の様子を見守っている。

 

「ただの事故ではあんな壊れ方はしないだろう。明らかに『何か』と戦闘した後だ。無理矢理この小さい港に船を押し込むようなおかしな行動も気になる」

「乗っている人達は大丈夫でしょうか?」

「一応装甲車で何か無線通信を行っていないか傍受してみるか。何かの信号を発信しているかもしれない」

 

 一度装甲車に戻り、無線機能を有効にして船の電波を拾うようにする。

 

 周波数をオート検知させるとすぐに船が流しているであろうトン、ツーとというモールス信号が聞こえてきた。

 定期間隔で送信されているので、何かの信号をどこかへ送っていることは分かる。

 

「なんと言ってるのか分かります? 俺にはモールス信号なんて分からないんですけど」

「俺もモールス信号なんてSOSしか知らん」

 

 気まずい沈黙。

 

 装甲車は間違いなく高性能なのだが、残念なことに使う人間の性能が全く追いついていない。

 これではせっかく無線信号を傍受したところで何の意味もないため、仕方なく無線を切った。

 

 状況を確認するために別方向のベクトルから調査を再開しよう。

 

 まずは車を港の近くに寄せた。

 

 続いて船体に対して各種センサーでスキャンをかけることにする。

 

「船内の温度とCO2濃度は若干高めだけど、極端に高温の箇所はないので消火は済んでいそうだな。煙は燻っているだけで火災はもう発生していない」

 

 救助に一分一秒を争うということはなさそうだ。

 ひとまず胸をなで下ろす。

 

「でも、鋼鉄の頑丈そうな装甲がここまで壊されるって何が有ったんだ」

 

 連想されたのはエリア51の地下で見た映像に出てきた「戦艦と戦う巨大タコ」だが、戦艦はタコの触腕の攻撃程度では大したダメージを受けていなかった。

 

 この船は戦艦よりは一回り小さく見えるが、それでもタコの攻撃でここまでは破損はしないということは分かる。

 

 つまり、この船にダメージを与えたのは巨大タコ以上の戦闘能力を持った敵ということになる。

 

 生体センサーを信じるならば艦内に存在している人間の数は83名。

 

 この規模の割には若干、乗組員の数が少ない気がする。

 

 現代のハイテク艦と違って、この時代は人間が走り回って各種機器を操作しないと動かないはずなので、それなりの人数が必要なはずだ。

 

 それを考えるとこのサイズの船で乗組員が100名を切っているというのは不自然だ。

 

 仮に300人で動かしていたとして、半分以上はどこに消えたのか……あまり考えたくはない。

 この生体センサーで検知出来るのは「生きている」人間だけなので、船内には300人が揃っているかもしれない。

 

「流石に無視出来ないし呼びかけてみよう。何か俺達に手伝えることが有るかもしれない」

 

 おそらく救命艇を積んでいたであろう場所の周辺の外装が大きく凹み、茶色に汚れているのは見ないことにした。

 何が起こったのかを深く考えると精神衛生上は実によろしくない。

 

「モリ君には負荷をかけるだろうけど、治療の手伝いが必要かもしれない」

「覚悟は出来ています。やりましょう」

  

   ◆ ◆ ◆

 

 船のクレーンがまだ生きていたので、それを使って医療スタッフや医薬品を降ろすことになった。

 

 流石訓練された軍人だけあって、船から必要な資材を降ろすと、あっという間に港から少し離れた空き地に臨時の野戦病院を一瞬で設営した。

 

 俺の役目はそこへやはり船から降ろした負傷者達を装甲車に乗せて野戦病院へ搬送する仕事だ。

 

 誘導はタルタロスさんとカーターに頼んでいる。

 

 モリ君とエリちゃんは船の軍医達と一緒に治療活動だ。

 

 治療に必要である清潔な水はドロシーちゃんに貯めてもらっているので足りないということはない。

 

 消毒用のアルコールや包帯などは艦の資材だけでは足りないかもしれないが、そこはモリ君の回復能力(ヒール)で治してしまえば必要なくなる。

 

 レルム君は待機。

 電気使いである彼の出番はこの後に来るはずだ。

 

 負傷者30人を搬送した時点で一区切り。

 

 負傷者の大半は骨折や擦過傷。

 これならばモリ君の回復能力(ヒール)一発で全快出来るだろう。

 

 もちろん傷が治るだけで体力が回復するわけではないので、しばらくはベッドで眠っていてもらうが。

 

 遺体のことはあえて聞かないことにした。

 

 勝手に降ろして、全く知らない土地に埋められるのも違うだろうとは思う。

 

「モリ君はちょっと大変だけど頑張って欲しい」

「大丈夫ですよ。もう野戦病院でのお医者さんごっこは何度目だって話なので」

 

 ここは流石に場慣れしているモリ君とサポートのエリちゃん。

 水を出すドロシーちゃんだけで野戦病院の方は何とかなりそうだ。

 

 ヒールでは回復しきれない重傷者が多ければ一週間かけてでもフロリダへ往復してマリアさんを連れてくることも考えたが、今のところその必要はなさそうだ。

 

 流石に場慣れしたおかげなのか、モリ君も白衣が似合うようになってきた。

 

 手際よく問診と治療をしていく姿を見ていると、日本に帰った後は本当に医者を目指した方が良いのではと思えてくる。

 

 モリ君は学費を気にしているようだが、ネックになるのが金の問題だけならば是非とも踏み出して欲しい。

 

 どうしても医師になりたいと言ってもらえれば、俺が銀行に駆け込んで学資ローンを組み、20年くらいかけて出世払いで返してもらうという手も取れる。

 

 学力が足りないというのならば……うん、それは仕方ない。頑張って勉強して欲しい。

 

「協力感謝いたします」

 

 そんなことを考えていると、口髭をたくわえた精悍な中年の軍人が握手を求めてきた。

 

 胸には階級章や勲章がぶら下がっており、着ている軍服も他の船員達とは全く違う。

 おそらくは眼の前にいる人物が艦長なのだろう。

 

「この巡洋艦の艦長のチェイニーと申します」

「ラヴィと申します。私達はあなた方の言うところの神の戦士……日本人です」

 

 タウンティンの人間ならば「神の戦士」と名乗れば、ある程度どういう立場なのかは通じるはずだと信じて、簡潔に俺達の立場を伝えた。

 

「以前に本国の方で度会(わたらい)知事にはお世話になりましたので、その恩を返したいと考えております。もしも私達に出来ることが有れば協力させてください」

 

 知事の名前も使わせて貰う。

 これならば流石に協力を拒否はされないだろう。

 

 あとはダメ押しでこれだ。

 

「私は本国に現れた巨人(イソグサ)とも戦った経験がありますので十分戦力にはなれます」

「もしかして、貴女が白銀の彗星でしょうか?」

 

 チェイニーさんから謎の肩書で呼ばれた。

 

 なんだよその恥ずかしい名前は?

 どこから湧いてきたんだよ。

 

「あの、その肩書きはどこから?」

「白銀の服をまとい、白銀の飛行機を使って彗星のように空を駆け抜けて巨人と戦った魔女がいたと我々の中では有名です。救国の英雄が現れたと」

 

 今の説明で概ね把握できた。

 

 あの時は使った塗装されていない飛行機と消防服を流用した航空服で飛びまわったが、そのせいで変な肩書を付けられたのか。

 

 だが、その肩書だけは本当に止めて欲しい。

 中二病ネームは恥ずかしすぎるだろ。

 

 インパルス加速して飛んだら宇宙の彼方ひろがるプラズマみたいな名前はどうにかならなかったのか?

 

「カッコ良い呼び名が付いて良かったな赤い彗星」

 

 この恥ずかしい肩書をカーターが茶化してきた。

 

「赤じゃねえよ白銀だよ」

「彗星の魔女」

「無理矢理ガンダムに寄せるの止めろ」

 

 話がどんどん逸れていくのでチェイニーさんとの会話に戻す。

 

「見たところ、余程の敵に遭遇されたようですが」

「不明瞭なものしかありませんが撮影した写真があります」

 

 チェイニーさんはそう言うと写真を差し出してきた。

 

 被写体の速度が相当速いためなのかブレまくっていたが、巡洋艦と同じくらいの大きさをした流線型の生物が洋上を飛ぶように泳いでいるのが確認できた。

 

 進行方向とは逆方向に付いている胴体が四分割しており、その間からイソギンチャクのような細い触手が延びている。

 クリオネが捕食の時に開くバッカルコーンのようなものか。

 

 ただし、クリオネは口部分を前に泳ぐのだが、この正体不明の敵は頭が先頭で足が後ろというイカに近い泳ぎ方をしている。

 

 イカのような形状に収斂(しゅうれん)進化をした巨大クリオネというべきか。

 

 もちろん、この形状から連想されるのはサンディエゴの研究施設にあった龍の下半身がヒトデになったような邪神像……ゾス=オムモグだ。

 

 フロリダ半島の集落が妖蛆(ユッグ)に襲撃を受けていた時点でどこかに召喚されているという予想はしていたが、こういう形で遭遇することになるとは。

 

「こいつの頭部はもしかして爬虫類のような形状だったのでしょうか?」

「爬虫類というよりも私の目にはサメやクジラのように見えました」

「サメ!?」

 

 サメやクジラのように見えるとは、首のない流線型のボディに直接巨大な口を持つ頭部がくっ付いているということだろう。

 

 頭がサメで下半身が触手という全体像を脳内で想像すると、どうしても愉快なサメ映画のタイトルしか浮かんでこない。

 この世界にはB級映画モンスターしかいないというのか。

 

「アンノウンは我々の艦隊を挑発するように何度も近くを横切った後に攻撃を仕掛けてきました」

「機関砲などでの反撃は?」

「当艦を含む4艇からの集中攻撃を受けてアンノウンは半分以上身体を失う傷を負ったはずですが、一度水中に潜り、浮上してきた後は完全に再生しておりました。巨人の時と同じ状況です」

「超再生能力持ちは変わらずと……」

 

 戦艦や巡洋艦から砲撃を受けても即再生となると、接近して中途半端な攻撃を入れても簡単には倒せないだろう。

 

 巨人の時はダム建設予定地に誘い込んで爆殺からの霧化で倒すことが出来たが、この広い海では同じ手は使えそうにない。

 

 ただ、罠を仕掛けないことには、何をどうして倒せば良いのか見当が付かない。

 

「アンノウンは当艦へ集中して攻撃を仕掛けてきたので、他の艦を護るために当艦が囮となってここまで引き付けて来た次第です」

「ということは、奴はまだ、この近くにいると」

「おそらくは。港の周辺は浅瀬なので、奴の巨体では迂闊に近くに入ってくることはなさそうですが」

 

 沖を見ると、確かにチェイニーさんの言う通りで海面から岩などがいくつも突き出ている複雑な地形をしている。

 

 緻密なコントロールをしたからこそ、港に入ってくることが出来ただけで、何も考えず突っ込めば岩礁か何か乗り上げてまともに動けないだろう。

 

 これより大型の船体を持つ戦艦や巨大な交易船。

 鯨サイズの生き物は入ってくることが出来ないだろう。

 

 いや、それはそれとしてだ。

 

「奴がこの艦を追ってきたら、この集落の方々も危険になるのでは」

「しかし、艦が入港できる港があり、かつ人口の少ない地域はここしかなく」

 

 そう説明されると俺は唸り声をあげるしか出来なくなった。

 

 トロッコ問題と同じ不自由な二択ということか。

 

 マイアミの港に行くかこの集落に行くかの二択になり、人口の多いマイアミは避けたと。

 

 マイアミの町にはハセベさんやクロウさん達もいる。

 俺達も顔見知りになった多くの人も住んでいる。

 

 確かにそちらに行けとは言えないが、だからと言ってここの集落の人達の生活を犠牲にして良い理屈はない。

 

 ないのだが、そのまま洋上にいればゾス=オムモグの追撃を受けて巡洋艦自体が沈められたら可能性は高いので、来るなとも言えない。

 

 何にせよ悪いのはゾス=オムモグだ。

 

 この集落の人々に迷惑がかからないように迎撃するしかない。

 

「この巡洋艦の武装は現在何が使用可能ですか?」

「主砲は既に破損して使用不可。機関砲は一機だけ残っているものの残弾が残り少なく、20秒以下で撃ち尽くすかと」

 

 つまるところ、この船の武装はほぼ0。

 壁か囮くらいにしか使えないということだろう。

 

「一応白兵戦用のライフルは乗組員全員分は備えてあるものの……」

「手持ち火器で100m級の敵と戦闘は流石に……」

 

 ないよりはマシだろうが、もしゾス=オムモグがイソグサと同じような存在ならば、人間の手持ち火器での攻撃など焼け石に水だろう。

 

「それで本国や他の艦船への連絡は?」

「既に行っているものの、他の艦も無傷ではないし、奴と戦うためには弾薬や燃料の補充が必須なために一度基地に引き返している。ここへ到着するまで最低でも5日はかかるかと」

 

 つまり、援軍は期待出来ない。

 

 何にせよ一度、この集落の方も交えて会議が必要だろう。

 

 それに、この艦の乗組員達が当分住むところと食料の問題も解決しないと、マインガルの町のように軍人と地元民との間で諍いが発生する可能性は高い。

 

 そんな酷い結果は誰も望まない。

 

「あと1つよろしいでしょうか? 実は、南のドミニカで貴方達の仲間であろう神の戦士を3人救助しているのですが」

「もしかしてそれは……女性が2人で男性1のチームでしょうか?」

「はい。その通りです」

 

 まず間違いない。

 運営の地下で見せられた、タウンティンの軍に救出された第4チームの面々だ。

 

「彼女達はどこに?」

「他の負傷者と一緒に野戦病院へ行ってもらっています」

 

 これは朗報だ。

 

 まさかの場所で、もしかしたら俺達の仲間になって一緒に旅をするかもしれなかった人達と会うことが出来た。

 

 ゾス=オムモグへの対応は重要ではあるが、それを考える前に一度挨拶をしておこう。

 

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