いよいよ作戦開始だ。
最小限の船員だけが乗り込んだ巡洋艦が港から出航する。
この艦に乗船しているのは船を動かす最低限のエンジン技師と操舵士、艦長と副長のみ。
それ以外の乗組員には船を降りてもらった。
「いのちをだいじに」というのもあるが、少しでも船体重量を軽くして、ゾス=オムモグの追跡から逃れるための船速を稼ぐためという目的もある。
あとは甲板の上で待機している俺とサーフボードを持ったアムネジアさんの2人だけだ。
アムネジアさんは別にふざけているのではなく、サーフボードに乗ることで、波に乗るように空中を飛行して移動出来るらしい。
もはやどういう原理で飛ぶのかについて考えるのは止めた。
ファンタジーはどこに消えたんだとツッコミどころしかないが、まあソシャゲといえばソシャゲらしい。
要するに空を飛べて、万が一には自力で逃走出来る2人が残ったという話だ。
「言い出しっぺが船に乗っていなければ、船員や艦長も良い気分はしないでしょう。よく分からない外部の人間が船を壊せと無責任なことを言って逃げたと」
「とんだ貧乏くじだね」
「でも、アムネジアさんまで乗らなくても良かったんですよ」
「私は復讐したいだけだよ。目の前で私達を助けてくれた人達が食われたんだ。一発くらい殴り返してやらないと気が済まない」
実に分かりやすい人だが、嫌いではない。
この人達と早いうちに合流出来ていたら、また違う冒険があっただろう。
「私もこのシャークトパスを目的地に誘い込むまでは船を護らないといけませんので」
「何なんだその呼び名は?」
「こいつに似た怪物が出て来るサメ映画があるんですよ。2作目の名ゼリフ『イケメンは死なない』は有名ですね」
鳥を洋上へと飛ばすと、早速流線型の黒い影が動き始めた。
話に聞いていた通り、サメの頭の後ろにクリオネがくっついたような怪物……ゾス=オムモグ。
バッカルコーンを閉じて真っ直ぐに船へ接近してくる様子はまるで魚雷だ。
この船の巡航速度はスペック上は27ノットらしい。
軽量化と後先考えずに機関部を最大出力でぶん回すことにより30ノットまでは出せるはずという想定ではあるが、それでもなお敵の方が速そうだ。
「イケメンは死なない。良い言葉じゃないか。それでそのイケメンはサメから生き残るのかい?」
「言った直後に超速で死亡フラグを回収して死にますよ。あとそのイケメンを殺害したのはサメではなくてプテラノドンとオニカマスの合体生物です」
「イケメン死ぬのかよ!」
そんなものだ。
ホラー映画は油断した奴、慢心した奴から先に死んでいく。
「では少し下がってください。まずは一発大きめのをぶちかまします」
「一発?」
アムネジアさんが距離を取ったのを確認して鳥3羽の「魔女の呪い」を放って船に伸びてきた触腕を全て焼き払う。
そのまま熱線を当てて胴体の半分くらいまで消し飛ばしたところで水の奥底へと逃げられた。
まあスキル一発当てた程度でどうにもならないことは巨人戦で体験済だ。
特に悔しがる必要もない。予測の範疇だ。
そして、こちらも予想通りというかなんというか、周囲に焼きイカの匂いが立ち込めた。
流石にこいつを食おうとは思わない。後日、イカを獲って炙って食べよう。
「とんでもない火力のスキルだね。そのまま倒せたんじゃないのかい?」
「いえ、巨人の時はこうやって全体の90%を焼き払いましたが、その状態から復活されたんですよ。一撃で倒せる保証がなければいくら撃っても無駄です」
「そこまでなのかい、奴の再生力ってのは」
「だからこそ軍の皆さんも苦戦しまくったんですよ。単独では倒せない。だから作戦を練った上での連携が大切なんです」
一度水中に没したゾス=オムモグは流石に一瞬で再生が出来ないのか、それとも熱線に対して警戒をしているのかなかなか浮上してこようとはしなかった。
ただ、諦めたわけではないのは分かる。
海に走る泡の筋……航跡を追うようにして近寄ってくる黒い影がたまにチラチラと海中に見えるからだ。
その影を振り切るように船は煙突から白煙を高く吹き出しながら外洋から湾へと入った。
左手にデラウェア州のデルマーバ半島。
右手に北アメリカ大陸が見えてきた。
ようやく入り口に到達したが、まだまだ距離はある。
目指すはこの海が切れたその先……ホワイトハウスだ。
「来たよ!」
アムネジアさんが突然サーフボードに飛び乗ったかと思うと、甲板を滑るように飛び周り、ボードのエッジで船の横から回り込んできた触手をまとめて数本切断した。
「こいつどこから?」
「船の死角に入ってそこから細い触手を伸ばしてきてる。さっきのラヴィさんの攻撃がよっぽど怖かったようだね」
アムネジアさんが一瞬だけ船の外へ飛び出した後、すぐに戻ってきた。
「ここの斜め下だね。本体は海のどこかに潜んで、触手だけを長く伸ばして攻撃しているようだ。どこに本体がいるのか分からないようにする作戦だね」
「では、本体を探しに行きましょう」
使い魔の一体を海中に沈めて直接目視で確認するようにする。
すると、船の死角にうまく隠れているのが分かった。
俺の最初の攻撃を受けた時点で、迂闊に真正面から攻撃を仕掛けるのは危険だと学習したのだろう。
「少し船から離れます」
箒に乗って少し浮上。
斜めの角度から直接本体を狙う。
だが、やはり今回も倒しきれなった。
熱線が身体の大半を焼き尽くす前に熱線が届かない深い海の底へ再生のために撤退していく。
強力な再生能力があるからこその戦法だ。
搦手を繰り返してこちらがミスするのを待ち構えているようだ。
実にやりにくい相手だ。
「持久戦になりそうですね」
「元々陸に誘い込む作戦なんだ。洋上で倒そうなんて思っちゃいないさ。気楽に行こう」
アムネジアさんの言う通りだ。
ここで焦っても仕方がない。
巡洋艦は順調に北上を続けている。
今の調子でこのまま進んでこう。
◆ ◆ ◆
それから5分に一度は襲撃があり、それを俺とアムネジアさんが攻撃して追い返すということが続いた。
どちらにしてもやりにくい相手ということに変わりはない。
現在はワシントンDCの湿地帯に向けてまっすぐ川を直進して上っている。
段々と川幅が狭くなってきており、ゴールは近いという感じだ。
だが、ここからどうやって奴を陸へ押し上げるつもりなのか?
ここの部分は艦長や副長に一任はしているが……。
そう考えていると、突然に船の右舷で大きな爆発が起こった。
もしかして、一発だけ残しておいた砲弾はこのためか?
船の右側で爆発が起こったことで船体は大きく傾き、結果として急速に左方向へ大きく傾き始めた。
甲板の上にいた俺達は当然この急な動きにまともに立っていられる状態ではなくなった。
慌てて箒に飛び乗って浮上する。
アムネジアさんも同様にサーフボードに乗って浮き上がった。
「一体何が起こったんだ? まさか自爆?」
「まさか、爆発で急速ブレーキをかけるつもりなのか?」
更に追加で爆発。
船体が耐えきれないのか船のあちこちから激しく金属が軋みを上げる悲鳴が聞こえる。
船はそのまま沈没するかのように大きく傾くが、何とか堪えて船体の半分近くを水中に沈めながら高速で左回転で急旋回を始めた。
ターンとかそういうレベルではない。
もはやスピンだ。
「ブレーキじゃない、これスピンターンだ」
理屈では分かるが半分自爆、下手すればそのまま沈没する可能性だってある無茶苦茶な動きだ。
だが、この意表を突く動きは、追跡中のゾス=オムモグにも予想外だったようだ。
全速力で真っ直ぐ艦へと向かっていたゾス=オムモグはこの急な旋回運動に対応出来ず、船尾を掠めてそのまま真っ直ぐ陸地方向へと突っ込んでいく。
そうやっているうちに船は360度のターンを果たして、逆にゾス=オムモグを後ろから突き上げる形になった。
「まさか、この船であのデカブツを押すつもりか!?」
そのまさかだった。
煙突から明らかに正常とは思えない真っ黒な黒煙を吐き出しながら、聞いたことのない爆音を上げて巡洋艦は前進を始めた。
ゾス=オムモグの方も何とか体勢を立て直してこちらに向きなおろうとするが、艦の動きの方が一歩早かった。
無防備な敵の横っ腹に急遽取り付けられた廃材製の衝角が突き刺さった。
ゾス=オムモグはサメの口と、クリオネの口、両方から苦悶の悲鳴を上げた。
もちろん巡洋艦はそれで止まらない。
オーバーロード気味のエンジンによる加速で勢いを付けた全力の体当たりを横っ腹に受けたゾス=オムモグはどんどんと押されていく。
何とか水に戻ろうと身体を捻って暴れるものの、急造の衝角が胴体のど真ん中に突き刺さっているので逃れることは出来ず、逆に衝角によって身体が引き裂かれていく。
そうしていると、周囲に空気を震わせるような轟音が轟いた。
巡洋艦が浅瀬に近づきすぎて船底を岩礁にぶつけたようだ。
その勢いで急造の衝角はポッキリと根本から折れて巡洋艦とゾス=オムモグとの距離が開いた。
ただ、巡洋艦の特攻により、ゾス=オムモグの巨体は完全に水中から引き出されて、湿地帯の上にその身を投げ出した。
「やってくれたよ艦長は!」
いよいよここからは俺達の戦いだ。
◆ ◆ ◆
巡洋艦はノロノロと後退していく。
煙突からは相変わらず黒煙を吐き出しているが、速度は全く出ていない。
自沈でもするつもりなのかという砲弾の爆発を使った無理のある旋回、機関へ過剰な負荷をかけた特攻まがいの体当たりなどのダメージ蓄積で船体がもう限界なのだろう。
乗組員が負傷していないかは気になるが、それは後回し。
まずは奴の撃滅が優先だ。
火蓋を切ったのは、事前に運び込んでいた機関砲からの攻撃だ。
これはかつて巡洋艦に装備されていたものを取り外し、この作戦地点に再設置したものだ。
残弾数は少なく、20秒ほどで全弾撃ち尽くした後はもう何も出来なくはなるが、それでも手持ちのライフル銃とは桁違いの威力がある。
衝角による突撃で大きく抉られた傷が再生しようとしていたところ、その傷口を更に抉って広げていく。
続いて第二撃。
「もう少し陸の方へ移動してもらうぞ!」
タルタロスさんの全身がスキルによる青い光に包まれた。
シンプルだが、それ故に強くて応用範囲が大きい筋力強化のスキル。
その怪力で巡洋艦の主砲で使用されていた砲弾を素手で掴み、そのまま勢い良く投擲した。
流石に主砲による砲撃とまではいかないが、それでも相当な速度で飛んだ砲弾はゾス=オムモグの巨体に突き刺さり、爆発、炎上した。
更に2発目、3発目と投擲され、奴の巨体は更に水から離されていく。
続いて巡洋艦の乗組員達によるライフル銃での銃撃。
致命傷には程遠いが、それでも機関砲と砲弾で与えた傷を抉り、足止め……そして乗組員達の復讐心を満たすには十分だ。
攻撃が続いている限りは奴は再生をすることが出来ない。
その間にこちらは出来ることが増える。
「邪神相手はまず俺がやらないと始まらないな」
銃弾の合間を縫って箒で突撃。
奴の巨体の上へ飛び乗り、素早くバルザイの偃月刀で
そのままその場に残っていると、まだ続いている味方の銃撃に誤射されかねないので速やかに退避。
旧神の印を入れる前と比べると、明らかにライフルによる銃撃によるダメージが大きくなっており、再生速度も落ちている。
これで少しはやられっぱなしの乗組員たちの
やはりこいつにも旧神の印の効果は大きい。
可能ならばまず旧神の印を入れてから巡洋艦に突撃してもらえばそれだけで倒せたかもしれないが、水中に潜んでいる相手に俺が旧神の印を刻み込む方法を思い付けないので仕方ない。
「追撃頼む! 目標はこいつに刺さったままの衝角! ウィークポイントから叩くぞ!」
「任された!」
「任されました!」
すかさずモリ君とエリちゃんが駆け出してきた。
特に示し合わさなくてもタイミングバッチリなのは俺達の凄いところだ。
2人はアクロバット競技のようにゾス=オムモグの巨体の上を軽やかに飛び跳ねながら、一気に胴体部分へと移動した。
「ダゴンの時のやつでいい?」
「それで! 多分それが一番強い攻撃だ!」
モリ君がプロテクションで作り出した斧をゾス=オムモグの中心……サメとクリオネの部分を繋ぐ中間地点から突き刺さったままの衝角目掛けてまるで薪割でもするかのように激しく刃を食い込ませた。
更にその上にエリちゃんがスキルで強化した飛び蹴りを撃ち込む。
だが浅い。
ダゴン戦ではクロウさんとレオナさんによる同時攻撃やハセベさんとの連携があったが、やはり2人だけでは100m級の相手には攻撃力不足だ。
「もちろん私も参加させてもらうよ!」
ここでアムネジアさんが来た。
サーフボードを巧みに操って飛行。
勢いを付けてモリ君が作り出した斧の上へ攻撃を入れた。
斧はかなり食い込み、衝角が抉りだした傷を更に広げて大きく引き裂いた。だが、真っ二つというにはまだ浅い。
第4チームの2人。
レットの魔法攻撃とロビンの弓攻撃が追撃で入るが、まだ足りない。
「全員、この場から退避! トドメは子供達とタルタロスさんに任せる」
「そういうことですか。分かりました」
モリ君達が退避したのを確認して、タルタロスさんへ手信号で合図を送る。
「ドロシー! レルム! お前達2人の番だ!」
「ハイドロキャノン!」
「エレクトロビーム!」
ドロシーちゃんの超水圧による水流はモリ君達の連携による傷を更に広げた。更に衝角に向けてにレルム君のエレクトロビームが飛んだ。
ビームは廃材製の衝角へ避雷針に落ちた稲妻のように吸い込まれる。
そこからダメージが広がり全身から煙が立ち上ぼり始めた。
「タロさん、トドメを!」
「あいわかった!」
タルタロスさんが最後に残った砲弾を持ち上げ、全員の連携攻撃で大きく広がった傷口へと投げつけた。
傷口から奴の内臓へと深く砲弾が食い込むとそのまま大爆発が起こり、ようやく奴の巨体が大きく真っ二つに引き千切られた。
船の乗組員達から一斉に大歓声が上がった。
「じゃあ最後の片づけは俺の仕事だな。あいつが二度と再生できないようにトドメを刺してくる」
「気を付けて。手負いの獣が一番危険だ」
アムネジアさんへ頭を下げた後に鳥を召喚しながら箒で近付いていく。
「まずは鳥を5羽
一気に10羽分を召喚するとキャパオーバーで俺にもダメージは入るので、こうやって5羽ずつ処理していくことにする。
まずはスキルの力で出現した黒い球体を上半身……サメの頭部分へと叩きつけて分解して黒い霧へと変えていく。
流石に半分になっても50m級の巨体を全て霧化させるのは不可能だ。
「収穫」の効果が終了した時点で熱線を下半身に向けて照射。
間髪開けずに魔女の呪い2回目の発動。
出現した黒い球体に食わせることでようやく上半身全てが霧化して消滅した。
2回目の熱線で残っていた下半身を全て焼き尽くす。
ダメ押しで3度目の発動。
焼け残った下半身部分を霧化、消滅させた。
あとは周囲に爆発による破片が散らばっているが、これは人海戦術で処理していこう。
作業完了ともう安全であるという合図のために箒を頭上に掲げて大きく振り回すと、巡洋艦に乗っていた乗組員達がバケツを片手にやってきた。
バケツの中に入っているのは可燃性の油。巡洋艦の予備の燃料として積まれていたものだ。
これをゾス=オムモグの破片へとかけて、念入りに火で焼いていく。
大部分は霧化で消滅させたので、流石にこの破片から修復することはないとは思うが、念には念をだ。
また、今の状況で巨人の時と同じように追い打ちでユッグが現れても、こうやって油と火を用意しておけば容易に対処できるという理由もある。
「ラビさん、俺達も手伝った方が良いですか?」
「いや、モリ君とエリちゃんは艦の方を見に行って欲しい。巡洋艦であんなアクロバティックな動きをして怪我人0は流石にないと思う」
「分かりました。行ってきます」
モリ君とエリちゃんは器用に海面から出ている岩にピョンピョンと飛び乗りながら艦へと走っていった。
「私達も参加した方が良いのかね?」
入れ替わりに第4チームの3人がやってきた。
「そうですね。人海戦術なので協力していただけると助かります」
「じゃあ油を借りてこよう」
「姐さん、おれが行ってきますよ」
レットさんが1人で走っていった。
「しかし、こいつって魚か何かの仲間だと思っていたけど、こうやってバラバラになった破片を見るとウミウシに見えるな」
確かに破片を見ると意外と柔らかくて、その上、微妙に透けている。
サメのような頭に騙されていたが、魚やイカよりも更に原始的な軟体動物に近いのかもしれない。
そう考えるとユッグの親玉というのも分かる。
あれは虫というよりもナメクジやアメフラシの特徴に近かった。
破片も一応は再生をしようとプルプル動いてはいるが、やはりこの状態から完全再生は出来ないのだろう。
肉塊が動いているだけだ。
ただ、放置していて良いものではないので駆除してしまいたい。
それから3時間ほど……日没前には何とか全ての破片を焼いて駆除することが出来た。