巡洋艦に乗船していた艦長他の乗組員はなんとか無事だった。
艦の無茶苦茶な動きで振り回されていたものの、打ち身や切り傷擦り傷くらいで済んだようだ。
ただ艦のダメージはそうはいかない。
現状はただ沈んではいないというだけだ。
外装はボロボロ。
機関も正常とは思えない黒煙をモクモクと出すだけだ。
火災もあったことで、船を動かせるような推力を出せるとは思えない。
ドロシーちゃんに水を出してもらって消火済みではあるが、火災もあったことで、船を動かせるような推力を出せるとは思えない。
艦の整備士も応急修理については匙を投げたらしい。
さすがに廃艦だろう。
「無線で連絡を取ったところ、パナマ基地にいる輸送艦に迎えに来てもらうことになった」
「いつ頃到着予定なんですか?」
「海が荒れていなければ20日後には到着する手筈だ」
チェイニー艦長が現状を教えてくれた。
先ほどの戦闘による負傷はあったが、既に治療は済んでおり、今は傷は残っていない。
そして、艦を景気良く壊したというのに表情が妙に晴れやかだ。
仇は討てたからヨシと開き直ったのか、単なるヤケクソなのかまでは分からない。
……どちらかと言えばこれはヤケクソの方か。もうどうにでもなーれ!
「艦隊の基地はパナマに?」
「大西洋とメキシコ湾の基点だからな。他国との関係もあるので、あまり好き放題に動くというわけにはいかないが」
以前にパナマ北岸へ立ち寄った際にリプリィさんが軍の施設へ報告に行くと言っていた覚えがある。
大西洋側の起点として使うのにパナマは位置的に良いのだろう。
将来的に運河が開通すれば、太平洋と大西洋の移動も合わせて、もっと便利になるはずだ。
「次元の壁と世界の危機については司令官に別途伝えておこう。我が国だけではなく、他国とも協力して進めていく必要がありそうだ」
「ありがとうございます。お願いします」
次元の壁対策についても、これは大きな成果を得られたと言ってもいい。
個人レベルで細々とやるよりも、タウンティンに協力してもらえれば、より大きなことを行える。
伊原さんも動いてはいるようだが性格的に先延ばしにするタイプだ。
こちらから声をかけておいた方が早いだろう。
「そのパナマの司令官から連絡が入っている。あなたと船員の治療で多大な貢献をされたモーリス君を功労者としてパナマの基地に招きたいということだ」
「司令官……ですか。もしかして、母親は
「その通りだ。君たちの話は以前にも聞いており、今回の件やプライベートでも一度会いたいということなのだが」
微妙に断りにくい話が来てしまった。
もうすぐ日本に帰るというこの状況で、パナマへ逆戻りというのはさすがにお断りしたい。
それに、俺たちを呼んだ理由には功労者として表彰したいというのもあるだろうが、それ以外の考えも混じっていそうだ。
特にモリ君が名指しで呼ばれているあたりは完全に「娘を嫁にどうだね」だ。
医療活動が実績として評価されたという話はモリ君にとっては嬉しい話かもしれないが、それは良くない。
実に良くない。
全部終わった話なのだ。
もちろん、この話を俺の一存で勝手に蹴るわけにはいかない。
まずは仲間に報告させてもらうことにしよう。
「一度仲間に伝えてから返事ということでよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。司令官からはなるべく全員を呼んで欲しいとの連絡を受けている」
「ですが、ダゴンの件があります。それが片付かない限りは身動きが取れません」
「それは理解している。どのみち、輸送艦が到着するのは20日後だ。それまでに返事を考えてくれたらいい」
◆ ◆ ◆
野営地に戻ると、アムネジアさんたちや巡洋艦の乗組員の方々がささやかながら祝勝会を開いていた。
と言っても食料にそれほど余裕があるわけではないので豪華料理などが出て来るわけではない。
乗組員の方々には救援が来るまでの最低20日はかかるのだし、救援が来たところで基地に帰還するまではさらに何週間もかかる見込みだ。
なので、備蓄の食料を無駄に消費するわけにはいかないということだろう。
そもそも魚人問題も解決しておらず、ユッグの襲撃も続いていたために、町にそれほど余裕があるわけでもない。
祝勝会と言っても、現地調達した魚介類を焚火で焼いて食べるだけのシンプルな食事会だ。
幸いなことに、フロリダにいる仲間はここに揃っている。
先程、艦長から聞いた「表彰したいのでパナマ基地まで来て欲しい」という内容を全員に伝えた。
パナマの軍の司令官がリプリィパパである点も含めてだ。
「さて、みんなはどうしたい? 恐らくパナマに行けば、今度は本国に来てくれという流れになるだろうけど」
おそらくこれがタウンティンへ戻るための最後のチャンスになるだろう。
日本に帰るか、タウンティンへ引き返してこの世界で生きていくかという話を問われている。
「流れからしてパナマに向かえば英雄として迎えられるコースだ。この世界で生きている分には冒険者として命懸けで日銭を稼ぐよりも楽で安定した生活が出来る」
「俺としては戻る理由はないです。医者の真似事が実績として評価されたというのは嬉しいですけど」
「そうだね。私としても行く理由はないかな」
モリ君とエリちゃんは迷うことなく結論を述べた。
これはもう決まっていた話だ。
「タウンティンに戻る機会ならば前にもありましたけど、戻っていないのが答えですよ。俺たちはもう結論を出したんです。日本へ帰ろうって」
「そうそう。日本でうどんが待っているんだし、早く帰ろう」
うどんの話はともかくとして、モリ君の言う通りで、今更の話ではある。
「ラビさんは戻りたいんですか?」
「俺の答えは最初の部屋を出た時から変わってないよ。ただ、州知事の息子さんでリプリィさんの父親だろ。それにアンカス教授の義理の兄?」
「恩人ばかりですね」
「そういうことだよ。世話になった人の身内だから、邪険にするわけにはいかない。人の縁ってのは大切にしないと」
「司令官という人には会ったことがないので性格は分かりませんけど、リプリィさんや州知事はわかってくれると思います」
「俺もその2人は良いと思うんだけどリプリィパパがどんな性格の人物なのか分からないからな」
問題はここだ。
さすがに、俺たちが行かないことを理由に、次元の壁の修復作業の調査協力や、他の日本人への支援をやめたりはしないとは思う。
だからと言って、招かれているのに応じないというのは、それはそれで失礼な話ではある。
覚えが悪くなるのは、この世界に残る人たちのためにもよろしくない。
便箋や封筒はあるので、一筆したためるしかないだろう。
こういう時にハセベさんがいると頼もしかったのだが、ここにいない人を頼っても仕方ない。
「手紙を書こうと思うんだけど、カーターはこういう時にお詫びの文を書いたことは?」
「オレは役所務めだから定期的に書いてるぞ。添削くらいなら付き合ってやる」
珍しくカーターから頼もしい言葉が返ってきた。
本当に日々の生活態度以外は頼りになるやつだ。
「助かる。実際の清書は俺がなんとかするから、チェックだけでもしてくれると助かる」
「お前も成長したな。出会ってすぐの頃は、何でも自分一人でやりますという感じだったのに」
「そうか? 俺は最初からずっとこんな感じだけど。利用できるものはなんでも使って楽をするのが大好きだから」
「どこがだよ。お前もちゃんと成長してるぞ。体型以外は」
そういう余計な一言が多いところは全く成長していない。
最初の言葉だけならば良いのに、何故、最後に余計な言葉を足してしまうのか。
「モーリス君はやはり日本に帰って医者になるつもりなのか?」
アムネジアさんがモリ君の顔を見ながら尋ねた。
「日本に戻れば医師免許を取るところからスタートだ。医大に通うにしても、学費がとにかく高い」
「それはその通りです。どうやって学費のハードルを突破するか考えないといけないですね」
「その点、この世界に残れば、今の
アムネジアさんの性格は会ったばかりだがなんとなくわかる。
危なっかしい若者を見捨てられない、手元において見守ってやりたいという親心に似たものを持っている。
俺が最初に出会ったモリ君は、目の前にある現実ではなく、存在しない「ユイ」を捜している危なっかしい子供だった。
アムネジアさんも俺と同じくモリ君には保護しないと危ないという印象を受けたのだと思う。
最初の部屋でモリ君に接触して「後で合流しよう」と誘ったのもそういうことだろう。
モリ君はいつまで経っても最初の部屋から出てくることはなく、他の仲間のこともあり諦めて旅立った。
それでもずっと気に留めてくれてはいた。
そんなモリ君が立派に成長して自分の前に現れた。
なので、その成長を見届けるためにも、モリ君自身が見付けた答えを聞きたいと思っている。
今までの旅で何を思い、何を見付けてどう選択したのかを。
モリ君は少しだけ目を閉じた。
方針について悩んでいるわけではなさそうだ。
ただ、アムネジアさんに伝えるにはどんな言葉が良いのかを選んでいるようだ。
1分ほどして目を開いた。
もう迷いはないようだった。
「俺は日本ではずっと物事を深く考えることなく、その日楽しければいい。辛いことからは逃げればいい。そんな感じで生きてきました。でも、その結果、大切なものをなくしてしまいました」
アムネジアさん……そしてエリちゃんもモリ君の語りを黙って聞いている。
自分の思いを真摯に答えようとしているのが伝わってくる。
「この世界なら、なくしたものを取り戻せるかもって思ったこともありました。でも気付いたんです。なくしたものはもう戻らないって」
「では、代わりを見付けると?」
「いえ、なくしたものは捨てちゃダメなんです。だから、失った場所……日本に帰って、もう一度向き合わないといけないんです。別の世界で1からリセットじゃなくて、あの日止まった人生の続きを歩き出すつもりです」
「なるほど」
「その上で先に進みたいと思います。うまく言葉に出来ない抽象的な話ですけど伝わったでしょうか?」
「ああ、君の気持ちは伝わったよ。それだとこの世界で1からスタートってのは違うだろうね」
アムネジアさんはそう言うと俺に向きなおった。
「この子はまだ若いので、また道を見失うかもしれない。だから迷った時には導いてやって欲しい」
そう言うと、見た目中学生の俺に頭を下げた。
俺が実は23歳のサラリーマンだと一言も説明していないにもかかわらずだ。
「私は誰かを導けるほど立派な大人ではないですよ。つまづいた時に立ち上がるためのアドバイスくらいはしたいと思っていますが」
「それで十分だよ。あと、そちらの君」
「私ですか?」
今度はエリちゃんの方へ頭を下げた。
「お互いに支え、支えられて生きて欲しい。それが私の望みだ」
「もちろんです。モリ君は大切な仲間なので」
エリちゃんは自信を持って即答した。
「私が少年の導き役になれたらと思っていたが、ずっと一緒に旅してきた君たちの方が適任のようだ。それに、うちにも導いてやらないといけない頼りないのがいるからね」
そう言うとアムネジアさんの仲間のレットさん、ロビンさんの方を見た。
「私たちも、軍人さんと一度ドミニカの方へ『帰る』つもりだ。向こうが中途半端な状態に終わっているからな。何を動くにしても、それからだ」
つまりはそういうことだ。
第4チームのみんなは日本には帰らない。
アムネジアさんたちが帰る場所は、もう別の場所だ。
「モーリス君も探し物が見つかれば良いな」
「俺の名前は
「ああ、分かったよ。日本人の小森くん、それに上戸さんと……」
「赤土です。
エリちゃんもアムネジアさんに自己紹介を始めた。
「オレは
「ああ、だらしないオッサンと力強いおじさんと子供たち。みんな覚えたよ」
「だらしないオッサン……」
カーターがだらしないオッサンという事実を突きつけられて、何やらショックを受けているがまあ無視だ。
「その前に、最後の大きな仕事に協力いただいていいですか?」
「ああ、プロトコル333……ダゴンの件だね」
「そうです。ボスキャラが出てくる時間は分かっている。しかも人数が多い場所に出現が確定となれば、罠を張った場所に呼び放題ということです」
「でも、町の近くで戦闘すると住民の人たちが危険ですよね」
「もちろん。だから町から少し……いや、かなり離れた場所で戦おうと思う。そこならば、住民や環境への被害を一切考えずに全力で戦える」
俺は詳しい作戦の概要を伝えていく。
みんなの顔は笑顔になったり真顔になったりドン引きしたり。
表情が百面相で目まぐるしい。
現時点ではまだ草案でただの思い付きの域を出ていない。
残りの日で、これをいかに現実的な作戦に持っていけるかに全てがかかっている。
ダゴンを呼び出す過程で非戦闘員も含めて同じ場所に揃う必要があるので、どうしても危険が発生する。
そのリスクをいかに減らすか。
そして、いかに味方に被害が出ないよう速やかに倒せるか。
だが、焦る必要はない。
運営はプロトコル333とやらの準備期間として2週間「も」猶予をくれたのだから。