プロトコル333の発動日。
俺たちは全ての準備を整えて、ボスキャラの出現をただ待っていた。
この決戦のためにあらゆる準備を行った。
元小学校教師というクロウさんからのレルム君、ドロシーちゃんへの教育。
特にドロシーちゃんへは情操教育をしてもらった。
そして料理レシピの検討。
カリブ海から入ってくる新鮮な食材の数々は新しいレシピの考案の助けになってくれた。
長いようで短い2週間だった。
この経験を使って、俺たちは必ず勝つ!
俺とモリ君、エリちゃん、カーターの4人。
16チームのレルム君、ドロシーちゃん、タルタロスさん。
13チームのウィリーさん、ガーネットちゃん、マークさん。
2チームのクロウさん、レオナさん、マリアさん。
4チームのアムネジアさん、レットさん、ロビンさん。
ニューオーリンズの町で生活をしていたマサムネさん夫妻、そしてハセベさんとクリスさんも呼んでいる。
ここにフラニスにまだ残っていた第1チームのアデレイド、エヴァニア、ジュウベイの3人を加えたメンバーだ。
日本人23人。
ニチアサの映画並みの能力者の多さだ。
これで、この場に出現しなければ、さすがに嘘である。
「ボスと戦うのは初めてだけど、勝てるの?」
アデレイドが不安そうに尋ねてきた。
アタッカーとしては圧倒的な火力を持つアデレイドには俺と共に最前線で待機してもらっているが、敵の強さが未知数だけに不安に思うのも当然だ。
「勝つさ」
不敵な笑みと共にクロウさんが自信満々に言った。
味方を鼓舞するという意味もあるのだろうが、そのセリフは実によろしくない。
「クロウさん、やめてください。なんか負けそうです」
「不安に思うのは仕方がないが、戦う前から弱気になっても仕方がない。ポジティブに行こう」
「いえ、そうじゃなくてですね」
敵が突然覚醒して世界を断つ斬撃とか急に飛ばしてきそうだ。
本当にやめてほしい。
「あなたが第2チームのリーダー?」
アデレイドが値踏みをするようにクロウさんの全身を見た。
ファー付きのレザーコートにシルバーのアクセサリーをジャラジャラと吊るし、しかも特撮番組のおもちゃのような武器を持ったクロウさんは確かに面白い恰好をしている。
気になるのは仕方ない。
「そういう君が第1チームのリーダーか」
「好きで望んだポジションじゃないけど、伊達に1番じゃないよ。役には立てると思う」
「経緯はどうであれ力は力だ。お互い有効活用していこう」
「その考えには同意だよ。否定しても力がなくなるわけじゃない。なら、せめて誰かのために使いたい」
クロウさんが握手を求め、アデレイドがそれに応じた。
「そもそもダゴンが魚の……水の神というならば、絶対にこの場所ではまともに戦える力はない。そのための準備を今までコツコツ積み上げて来たじゃないか」
「準備……準備ねぇ」
「では、そろそろ戦いの準備に入りましょうか。時間ですよ」
俺も鳥を召喚して戦闘準備を行う。
先ほどから30秒ごとに5羽ずつ喚びだして、既に限界である20羽をストックさせている。
攻撃に使っても良し、いざという時は防御にも使える鳥は数を揃えておいても損はない。
「今にも邪悪な儀式でもやるみたいになってるんだけど」
エヴァニアが周囲を飛び交う鳥の使い魔たちを見ながら呆れたように漏らした。
「姉ちゃん、やっぱり本当に邪神の巫女だったわけ?」
「そうですよ。私は邪神の巫女であり、邪悪な魔女です」
「これから日本に帰るっていうけど、そんな力を持っていて大丈夫なわけ?」
そう言われると若干悩むところだ。
日本へ帰る前には元の体に戻るつもりではあるが、この力が消えてくれるかどうかは不明だ。
すっかり使い慣れてしまったので、この力がない元の生活に戻るのは大変そうだ。
「ラヴィ君、魔女の呪いで仕留めるというのはなしなんだな」
ハセベさんが最後の確認とばかりに聞いてきた。
「ええ。この場所で使えば、ダゴンをおびき出すために集まってもらった皆さんを巻き込みます。周りに人がいる場所には向いていないんですよ」
「使うほど孤独になる能力か……」
「雑談は終わりだ。そろそろタイマーをセットした時間だぞ」
カーターが腕時計を見ながらカウントダウンを始めた。
全員が予め決めたポジションに移動していく。
その間もカーターのカウントダウンは続く。
10、9、8、7……0になったが何も起こらない。
だが慌てない。
カナベラル基地とは若干の時差があるはずなので数秒は誤差みたいなものだ。
微動だにせず余裕の表情で待つ。
カウントダウンから待つこと30秒。
俺たちから100メートルほど離れた場所に巨大な魔法陣が出現した。
その魔法陣全体が輝いたかと思うと、中心から巨大な何かがせり上がるように現れ始めた。
オニカマスのような尖った口と尖った背びれを持つ巨大な魚。
胸ヒレの位置からは巨人のような太い腕、尻尾の付け根あたりからは巨大な足が生えており、歪なヒトガタとなっている。
青白い皮膚は分厚い鱗で覆われ、あちこちにはフジツボやイソギンチャクが付着していた。
さらに腹の周辺からはイカのような触手が何本も生えてウネウネと動いている。
全長は
あまりの巨体であるため、一目では視界に収まらない。
これが魚人の神……ダゴン。
俺は生唾を飲み込む。
深海魚系なので、アンモニアが湧いてあまり美味そうではない。
食べるとしたら身を磨り潰してかまぼこが精一杯か。
臭み消しにショウガも欲しい。
それはともあれ、イカゲソの部分は醤油があれば普通にイケると思う。醤油が欲しかった。
脳内で「怖いか人間よ、己の非力を嘆くがいい」というセリフが再生されると、恐怖心は全て消え去っていた。
そんなくだらないことを考えていると、ダゴンはキョロキョロと眼球を動かして周囲にいる俺たちの姿を確認して――
――周囲の景色を見て、そのまま硬直した。
絶句という言葉が適切だろう。
ダゴンが困惑しているようなので、俺から解説を行うことにする。
「ここはテキサス州のど真ん中の砂漠地帯です。年間降水量は200ミリ以下。半径50キロ内に一切の水源はございません! 現在の湿度は10パーセント以下。季節は夏ではないため26度に留まっていますが、夏場は40度近くに達します。今の状況についてのお気持ちは如何でしょうか?」
今の煽りを聞いていたわけではないだろう。
単に、目の前でやたらまくしたてる無防備そうな魔女を標的に定めただけの可能性が高い。
死んだ魚のような白っぽく濁った虚ろな2つの目が俺と合った。
次の瞬間、ダゴンは足を大きく踏み出し――砂に取られて派手に転倒した。
地震のような衝撃と爆音が周囲に轟く。
衝撃で砂が宙に舞い上がり、小石が辺りに飛び散る。
俺の顔にも小石が当たってきたが、想定されていた事態だ。
冷静に対応する。
身体の大きさからして、重量もかなりのものだと推測できる。
だが、海中、もしくは海辺の町に最適化されたそのボディは、この砂だらけの不毛の大地ではデメリットでしかない。
ダゴンの足は膝までが完全に砂に埋もれている。
この状態ではただの的だ。
「俺たちの仲間の日本人が飛ばされた先は軒並み海沿いだったので思ったんだよ。こいつって海沿いの町に現れること前提にしてるなって」
ダゴンは恨めしそうな顔で砂から足を無理矢理抜こうとする。
しかし、逆に両足がさらに深く沈み込んだだけだった。
状況が悪化しただけである。
ダゴンがもがけばもがくほど、その巨体は砂の中へ埋もれていく。
「なので、あらかじめ、集まったみんなで周辺の砂漠を耕したんだ。そのおかげですっかり柔らかくなった砂場は、一度埋もれると簡単には抜け出せない蟻地獄と化している」
身体が水に浸かると回復したり、水を操って水流を発射したり津波を起こす?
ならば、水など一切ない場所へ誘い込んでやれば万事解決。
あまりにも簡単かつ効果的な帰結だ。
「では、ここでスペシャルゲストの登場です。ご紹介しましょう、地元出身の元気なサンドワームさん(仮)です」
ダゴンが砂に埋もれて動けなくなったことを知ったのか、地中を移動する巨大な長虫、サンドワーム(仮)が地上に飛び出した。
こいつは音を聞き分けて地中を掘り進み、突如地上へ飛び出して敵に襲い掛かる性質を持っている。
ダゴンの戦力を削ぎ、かつ奴をこの場所へ転送させるために集まってもらった人たちが逃げるための時間を稼ぐために用意したゲストだ。
フラニス近くの砂漠地帯から装甲車で誘導してこの場所へ連れてくるのには苦労した。
だが、その甲斐はあったようだ。
サンドワームが身動きが取れないダゴンの左腕に食らいついた。
以前に俺たちが戦ったサンドワームに比べると小振りではある。
それでもダゴンの巨体に負けず劣らずの大きさだ。
ダゴンはサンドワームを振り払おうとするが、虫の方も負けていない。
何とかダゴンの腕を食いちぎろうと必死に食らいついている。
巨大生物同士の頂上決戦「勝手に戦え」が始まった。
「サンドワームが戦ってくれている間に非戦闘員は退避だ!」
クロウさんの号令で、マサムネ夫妻やこの戦いでは逆に相手の力になってしまうドロシーちゃんがタルタロスさんに連れられて装甲車へ乗り込んでいく。
「本当に酷いことを考えるね」
アデレイドが呆れたような顔で俺を見た。
「ありがとう、最高の誉め言葉だ」
「褒めてないんだけど」
「相手の立場に立って、人の嫌がることをやるというのは人生を生きる上で大切なことですよ」
ダゴンと長虫が戦っている間に、こちらは戦闘準備を整える。
「じゃあ、戦闘開始だね。これが事前に約束していた特注品だよ」
エヴァニアの前には大きめの木製の樽が置かれている。
錬金術のスキルで作ってもらった特別製の品だ。
まだ開封していないにもかかわらず、既に酷い悪臭が漂っている。
「まあ、時間的に用意できたのは樽が5個分だけどね」
「十分!」
「じゃあ、あとはアディラヴィに任せたよ」
エヴァニアも直接戦闘には参加しない。
ここで他の非戦闘要員と一緒に避難してもらう。
「じゃあ、カーター、運転は任せたぞ」
「ああ、全員安全なところに送り届ける」
カーターはそう言うと、装甲車に乗り込み、非戦闘員を連れて走り去っていった。
「では、見せてやろうか、事前準備の恐ろしさを」
◆ ◆ ◆
「渦巻く旋風!」
ガーネットちゃんのスキルでつむじ風が巻き起こり、5つの樽が宙に舞い上げられる。
「ウィリーさん!」
「ああ、任せろ!」
ウィリーさんがライフルを構えてダゴンの頭上に浮き上がった樽を正確に破壊する。
樽に詰められた引火性の油がダゴンの身体に降りかかった。
推定60メートルの巨体に対して樽5つは明らかに油の量が少ない。
それでも顔だけならば何とかカバーできる。
本当は石油があれば良かったのだが、さすがに油田を探して掘って精製して……という工程が間に合うはずはない。
エヴァニアの錬金術でも、石油までは精製できない。
そもそも油田があれば、そこに呼び出した後に引火させて秒でBANG! だったのだが、ここでないものをねだっても仕方がない。
「エレクトロビーム!」
油がかかったダゴンの頭部めがけて、レルム君が電撃ビームを放った。
高電圧の電撃はダゴンの左目に直撃し、一瞬で眼球を白化させた後に、バチバチと音と火花を飛ばしながら油に引火した。
激しく燃える炎は、カマスのように尖った顔の左半分を黒く焼いていく。
ダゴンは身体をガクンと弛緩させて動きを止めた。
電撃のダメージが脳か脳幹に達して、意識を奪ったのだろう。
もちろんこれだけで倒せるとは思えない。
すぐに意識を取り戻すはずだ。
ダゴンにも
再生する前に連続して攻撃を畳みかけなければいけない。
これは文字通り、今から始まる総攻撃の口火に過ぎないのだから。
――最初に動いたのは長虫だった。
ダゴンが抵抗を止めたのに気付いたのか、食いついたままの左腕に巻き付き、そのまま腕を食いちぎろうとしている。
どちらが勝っても人類の敵になる。
力に分があるのはダゴンだ。
左腕に食いついた長虫を、自らの肉が削げるのも臆せずに力任せに引き剝がし、地面に叩きつけた。
下が柔らかい砂地でなければそれで決まっていただろう。
砂がクッションになって衝撃が緩和されたためか、長虫はのたうち回りながらも、まだ生きている。
「ラヴィ、仕掛けるよ!」
「分かっています。私たち2人で近接部隊が近づける隙を作ります!」
アデレイドが背負っていた巨大なガトリングガンを両手で構えた。
両足を踏ん張り、低い姿勢でダゴンに対して狙いを付けると、スキルの力で作り出された光の弾倉帯がガトリングから伸びる。
こちらも負けてはいられない。
15羽の鳥を操り、ダゴンの周囲に5枚の
「19秒チャージからの圧縮極光!」
手元で19秒を溜めた極光を盾に向けて一気に解き放った。
11秒の圧縮された光線は5枚の盾で複雑な反射を繰り返し、宙に五芒星を描く。
「もういっちょオマケだ!」
空中にバルザイの偃月刀を投げて、それを一羽の鳥に空中でキャッチさせた。
高速で回転させながら、最速でダゴンの鼻先を掠めるように突撃させる。
光の五芒星とバルザイの偃月刀による傷でダゴンに
ホンジュラスで
旧神の印が決まれば、それなりの弱体効果が期待できるはずだ。
「アデレイドさん!」
「分かってる! まずは派手な火花を打ち上げる!」
アデレイドが構えたガトリングガンの銃口が文字通り火を噴いた。
超高速で発射される弾丸の雨が一瞬のうちに地上に出ているダゴンの腹から顔面にかけて、無数の弾痕を刻み込む。
わずか10秒でスキルが生み出したエネルギー弾すべてを撃ち尽くしたが、それでも個人が与えるダメージとしては圧倒的だ。
「やるね、さすが第1チーム筆頭」
「そんなに褒められるものじゃない」
「なら、2チームの筆頭としての意地も見てもらおうか」
クロウさんが目の高さまで上げた剣のダイヤルを回転させる。
それと同時に特撮番組のおもちゃのようなBGMとSEが鳴り響く。
「近接部隊、総員オレに続け!」
クロウさんが剣を銃の形に変形させながら、先陣を切って飛び出した。
剣先……否、銃の先からエネルギー弾を連射しながらダゴンへと突き進む。
その横をレオナさんが左腕に付けた円形の小型盾を構え、クロウさんを守るように並走する。
モリ君がやや遅れて槍を片手に駆け出した。
エリちゃんは全身から光を放ちながら、両腕を後ろに伸ばし、大回りで駆け出す。
その後ろからハセベさん、クリスさん、ジュウベイたち3人の侍が、それぞれの型を取りながら付いていく。
最後にマークさんが大盾を構えながらダゴンへと向かう。
「モーリス君、ゾス=オムモグ戦の時のあれをやるぞ!」
「斧ですね、分かります!」
「狙いはやつの右腕だ。まずは攻撃の起点を潰す!」
特撮玩具のような音声が響き、クロウさんが武器を斧の形状へ変化させた。
モリ君も進行方向に青白く光る壁、プロテクションを形成。
走りながら光る壁に槍を突き立てて、巨大な光る斧を作り出した。
モリ君とクロウさんの2人が勢いよく飛び上がり、ダゴンの右腕目掛けて斧を振り下ろす。
ゾス=オムモグ戦で効果があった連携攻撃だ。
先に試したおかげか、前回よりも2人の連携がうまく行っている。
一撃で切断とはならなかったが、斧は右腕に半分以上は食い込み、骨のあたりで止まった。
「エリス!」
「レオナ!」
モリ君たちが叫ぶと、エリちゃんとレオナさんがそれぞれ高く飛び上がった。
そのまま空中で体操競技のように華麗に宙返りを繰り返した後に蹴りの体勢に入る。
「タイミング遅れるんじゃないわよ」
「わかってますよ、おばさん」
「オバ……!」
2人が足の底を青白く光らせながら、それぞれの相方の武器に向かって飛び蹴りを放つ。
骨に食い込んだところで止まっていた斧が、蹴りの勢いを受けて大きく動いた。
斧は破砕音と共に骨に食い込み始め、一気にダゴンの右腕を切断した。
クロウさんはレオナさんをお姫様抱っこして着地。
モリ君も同じように受け止めようとするも、微妙に着地に失敗してエリちゃんの尻の下に敷かれているところが実にらしい。
そういうところだぞ。
「カバーは任せてください!」
マークさんが大盾の中心から巨大な円形の力場を生み出した。
モリ君たちがダゴンに反撃されないようにスキルで守るつもりだろう。
「ならば私たちは左側の腕を狙う!」
アムネジアさんがあえてサーフボードでダゴンの顔の前を飛び回った。
かく乱のつもりだろう。
その隙に、ロビンさんがダゴンの左腕に光の矢をぶつけ、クリスさんが左腕に刀を食い込ませた。
「ハセベさん、ここだ!」
「ああ、分かっている。斬るぞ!」
ハセベさんがクリスさんと入れ替わる形でダゴンの左腕に飛び掛かった。
刀を鞘から抜刀しながら大きく振るった。
着地と共に刀の汚れを懐紙で拭って納刀。
鍔鳴りの音と共に、ダゴンの左腕が切断された。
以前に長虫の時と同じで、やはり刀身よりも広い距離が切断されている。
何度見ても物理を超えていておかしい。
先ほど砂地に叩きつけられてもがいていた長虫は、切断されたダゴンの左腕を咥えたまま、どこかへ逃げ去ろうとしている。
「あれはあれで別途処理する必要があるだろうけど、まあ今は後回しだ」
今のところは順調に戦えている。
後はこのまま削り落とすだけだ。