収穫祭の魔女   作:れいてんし

140 / 338
Chapter 8 「日本へ帰る理由」

 巡洋艦に乗船していた艦長他の乗組員はなんとか無事だった。

 

 艦の無茶苦茶な動きで振り回されていたものの、打ち身や切り傷擦り傷くらいで済んだようだ。

 

 ただ艦のダメージはそうはいかない。現状はただ沈んではいないというだけだ。

 

 外装はボロボロ。

 機関も正常とは思えない黒煙をモクモクと出すだけで船を動かせるような推力はもう出せていない。

 

 フレーム部分は無事なようなので廃艦するほどではないが、流石に艦の整備士も応急修理についてはあっさり匙を投げたらしい。

 造船ドックに送って全体的なオーバーホールをしないとどうしようもないとのことだ。

 

「無線で連絡を取ったところ、この後に友軍の輸送艦にパナマ基地まで牽引してもらうことになった。海が荒れていなければ10日後には迎えが来る手筈になっている」

 

 チェイニー艦長が現状を教えてくれた。

 

「パナマに基地が有ったんですね」

 

 そう言えば以前にパナマ北岸へ立ち寄った際にリプリィさんが軍関係の施設へ報告に行くと言っていた覚えがある。

 大西洋側の起点として使うのにパナマは位置的に丁度場所が良いのだろう。

 

 将来的に運河が開通すればもっと使いやすくなるはずだ。

 

「小規模な基地なのであくまでも本国に帰るための応急修理しか行えないが、まあなんとかなるだろう」

 

 それならば良かった。

 これでこの件も一段落だろう。

 

「そのパナマの司令官から連絡が入っている。貴女と船員の治療で多大な貢献をされたモーリス君に功労者としてパナマの基地に招きたいと」

 

 割と断りにくい話が来てしまった。

 今回は集落や巡洋艦の方々が困っているから協力しただけだ。

 

 もうすぐ日本に帰るというこの状況で報酬は不要。

 ここまで来てパナマへ逆戻りというのは流石にお断りしたい。

 

「ここだけの話だが、司令官の母親は度会(わたらい)知事だ。君達の話は以前にも聞いており、プライベートでも一度会いたいということなのだが」

 

 知事の息子?

 それはもしかして……そういうことなのだろうか?

 

「あの、もしかして娘さんはリプリィという名前では?」

「確かそういう名前だったと記憶しているが」

 

 ダメだった。

 

 俺達を呼んだ理由には功労者として表彰したいというのもあるだろうが、明らかにそれ以外の考えも混じっていそうだ。

 

 特にモリ君が名指しで呼ばれているあたりは完全に「娘を嫁にどうだね」だ。

 

 医療活動が実績として評価されたという話はモリ君にとっては嬉しい話かもしれないが、それは良くない。

 実に良くない。

 

 もちろん、この話を俺の一存で勝手に蹴るわけにはいかない。

 まずは仲間に報告させてもらうことにしよう。

 

「一度仲間に伝えてから返事ということでよろしいでしょうか?」

「もちろんだ。司令官からはなるべく全員を呼んで欲しいとの連絡を受けている」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 野営地に戻ると、アムネジアさん達や巡洋艦の乗組員の方々がささやかながら祝勝会を開いていた。

 

 と言っても食料にそれほど余裕があるわけではないので豪華料理などが出て来るわけではない。

 

 乗組員の方々には救援が来るまでの最低10日はかかるのだし、救援が来たところで基地に帰還するまでは更に何週間もかかる見込みだ。

 なので、備蓄の食料を無駄に消費するわけにはいかないということだろう。

 

 集落に食料の提供を頼もうにも、例のモスマン騒ぎで集落にも備蓄食料がそれほどあるわけではない。

 なので、現地調達した魚などを焚火で焼いて食べるだけのシンプルな食事会だ。

 

 幸いなことに、俺達の仲間はここに全員揃っていたので、先程艦長から聞いた「表彰したいのでパナマ基地まで来て欲しい」という内容を全員に伝えた。

 

 パナマの軍の司令官がリプリィパパである点も含めてだ。

 

「さて、みんなどうしたい? 恐らくパナマに行けば、今度は本国に来てくれという流れになるだろうけど」

 

 おそらくこれがタウンティンへ戻るための最後のチャンスになるだろう。

 

 日本に帰るか、タウンティンへ引き返してこの世界で生きていくかという話を問われている。

 

「流れからしてパナマに行けば英雄として迎えられるコースだ。この世界で生きている分には冒険者として命懸けて日銭を稼ぐよりも確実に楽な生活が出来る」

「俺としては戻る理由はないです。医者の真似事が実績として評価されたというのは嬉しいですけど」

「そうだね。私としても行く理由はないかな」

 

 モリ君とエリちゃんは迷うことなく結論を述べた。

 

「タウンティンに戻る機会ならば前にもありましたけど、戻っていないのが答えですよ。俺達はもう結論を出したんです。日本へ帰ろうって」

「そうそう。日本でうどんが待っているんだし、早く帰ろう」

 

 まあ今更の話ではある。

 

「ラビさんは戻りたいんですか?」

「いや、知事の息子さんでリプリィさんの父親だろ。色々世話になった人の身内だから、どう断るのが良いかを考えると頭が痛くて」

「司令官という人には会ったことがないので性格は分かりませんけど、リプリィさんや知事はわかってくれると思います」

「俺もその2人は良いと思うんだけどリプリィパパがどんな人物なのか分からないからな」

 

 問題はそこだ。

 船には便箋や封筒はあるらしいので、失礼のないように一筆したためるしかないだろう。

 

 こういう時にハセベさんがいると頼もしかったのだが、ここにいない人を頼っても仕方ない。

 

「カーターはそういうお詫びの手紙を書いたことは?」

「オレは役所務めだから定期的に書いてるぞ。添削くらいなら付き合ってやる」

 

 珍しくカーターから頼もしい言葉が返ってきた。

 

「助かる。文面を考えるのと、実際の清書は俺がなんとかするから」

「お前も成長したな。出会ってすぐの頃は何でも自分でやりますという感じだったのに」

「そうか? 俺は最初からずっとこんな感じだけど」

「いや、成長してるぞ。体型以外」

 

 こいつはそういう一言多いところは全く成長していないな。

 

 最初の言葉だけならば良いのに、何故最後に余計な一言を足してしまうのか。

 

「モーリス君はやはり日本に帰って医者になるつもりなのか?」

 

 アムネジアさんがモリ君の顔を見ながら尋ねた。

 

「日本に戻れば医師免許を取るところからスタートだ。その点この世界ならば今の回復能力(ヒール)ですぐに現役の医師として始められる。多くの人を助けられる」

「俺はまだ高校生ですよ。それにまだ医者になるかどうかの踏ん切りは付いていません」

「なら、この世界で」

 

 アムネジアさんの性格は会ったばかりだがなんとなくわかる。

 

 危なっかしい若者を見捨てられない、手元において見守ってやりたいという親心に似たものを持っている。

 

 俺が最初に出会ったモリ君は、眼の前にある現実ではなく、存在しない「ユイ」を捜している危なっかしい子供だった。

 アムネジアさんも俺と同じくモリ君には保護しないと危ないという印象を受けたのだと思う。

 

 最初の部屋でモリ君に接触して「後で合流しよう」と誘ったのもそういうことだろう。

 

 だが、モリ君はいつまで経っても最初の部屋から出てくることはなく、他の仲間のこともあり諦めて旅立った。

 それでもずっと気に留めてくれてはいた。

 

 そんなモリ君が立派に成長して自分の前に現れた。

 

 なので、その成長を見届けるためにも、モリ君自身が見付けた答えを聞きたいと思っている。

 今までの旅で何を思い、何を見付けてどう選択したのかを。

 

 モリ君がこの問いに対してどんな答えを返そうとも止めはしないだろう。

 

 ただ、その上で自分が納得する答えが返ってくることを期待している。

 そんな感じだ。

 

「俺は日本ではずっと物事を深く考えることなく、その日楽しければいい。辛いことからは逃げればいい。そんな感じで生きてきました。でも、その結果、大切なものをなくしてしまいました」

 

 アムネジアさん……そしてエリちゃんもモリ君の語りを黙って聞いている。

 

 その目は真剣だ。

 茶化そうという雰囲気は全くない。

 

「もしかしたらこの世界なら、なくしたものを取り戻せるかもって思ったこともありました。でも気付いたんです。なくしたものはもう戻らないって」

「では代わりを見付けると?」

「いえ、なくしたものは捨てちゃダメなんです。だから、失った場所……日本に帰って、もう一度向き直らないといけないんです。この別の世界で1からリセットじゃなくて、あの日止まってしまった人生の続きを歩き出さないとダメなんです」

「なるほど」

「うまく言葉に出来ない抽象的な話ですけど伝わったでしょうか?」

「ああ、君の気持は伝わったよ。確かにそれだとこの世界で1からスタートってのは違うだろうね」

 

 アムネジアさんはそう言うと俺に向きなおった。

 

「この子はまだ若いので、また道を見失うかもしれない。だから迷った時には導いてやって欲しい」

 

 そう言うと、見た目中学生の俺に頭を下げた。

 

 俺が23歳のサラリーマンだとは、まだ一言も説明していないにもかかわらずだ。

 

「私は導けるほど立派な大人ではないですが、それでもモリ君が道に迷って立ち止まったのを見付けたら人生の先輩としてアドバイスくらいはしたいと思っています」

「頼みます。あとそちらの君」

「私ですか?」

 

 今度はエリちゃんの方へ頭を下げた。

 

「お互いに支え、支えられて生きて欲しい。それが私の望みだ」

「もちろんです。モリ君は大切な仲間なので」

 

 エリちゃんは自信を持って即答した。

 

「私が少年の導き役になれたらと思っていたが、ずっと一緒に旅してきた君達の方が適任のようだ。それに、うちにも導いてやらないといけない頼りないのがいるからね」

 

 そう言うとアムネジアさんの仲間のレットさん、ロビンさんの方を見た。

 

「私達は軍人さんと一緒にドミニカの方へ『帰る』つもりだ。あの島には私達の帰りを待っている人が大勢いるんだ」

「もし、機会があれば、そのうちで良いので、フロリダの方にも行ってみてください。私達の仲間がそこにいますので」

「なるほど、後で名前を教えてもらえないか? 君達の仲間ならば私達にとっても仲間だ」

 

 確かに同じ日本人の所在は教えておくべきだろう。

 

 フロリダにいるハセベさん達。

 ニューオーリンズにるマサムネさん達。

 メキシコ湾周辺を冒険しているはずのアデレイド達。

 

 他にもまだ出会っていない日本人がどこかにいるかもしれない。

 

 なるべく多くの人と出会って、みんな仲良くなってもらえればそれほど嬉しいことはない。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 結局、巡洋艦の乗組員達の救助を待たずして俺達は出発することにした。

 

 パナマに行かないことが決まった以上は迎えの船が来るのを待つ理由はない。

 

 パナマの司令官ことリプリィパパには手紙を書いて艦長に託したので、まあ失礼にはならないだろう。

 

「では皆さんお元気で」

「モーリス君も探し物が見つかれば良いな」

「俺の名前は小森裕和(こもりひろかず)です。良ければ覚えておいてください」

「ああ、分かったよ。日本人の小森くん、そして上戸さん、あと……」

「赤土です。赤土恵理子(あかつちえりこ)

 

 エリちゃんもアムネジアさんに自己紹介を始めた。

 

「で、オレは片倉(かたくら)でこちらはオッサンとキッズ達だ」

「ああ、だらしないオッサンと力強いおじさんと子供達。みんな覚えたよ」

「だらしないオッサン……」

 

 カーターがだらしないオッサンという事実を突きつけられて、何やらショックを受けているがまあ無視だ。

 

「色々と助かった。特に何の礼も出来ずに済まない」

「いえ、こちらも大したことはやっていませんので」

 

 こちらはポウハッタン集落の方々である。

 

 事情があったとはいえ、大人数で押しかけてしまい大変ご迷惑をおかけした。

 

 あれからモスマンの方は出ていないが、なるべく注意はして欲しい。

 

「せめて、これは気持ちだ。持っていってくれ。さっき、集落の若いものが獲ってきた」

 

 言葉が分かる中年男性が大きな魚を手渡してきた。

 

 魚の種類は分からないが、50cm近く。20kgほどはある。

 ブダイの仲間だろうか?

 

 かなり大きなサイズなので、一尾あれば、7人全員で分けて食べられるだろう。

 

「せっかくですのでこの魚は頂戴します。ありがとうございました」

 

 魚を受け取り……どうしようこれ。

 それなりの重さがあるために、俺の腕力では保持できないので、とりあえずカーターに渡して持ってもらう。

 

「いや待って、重いんだけど? スーツが魚臭くなるんだけど?」

「そういうのは後で言って」

「いや、でもなぁ」

 

 カーターが右往左往していると、タルタロスさんがカーターの持っていた魚をヒョイと掴んで持ち上げた。

 

「ならワシが持っておこう」

「助かった。サンキュー助かったよタルさん」

「いやいや、力が必要なことならワシに任せてくれ」

 

 カーターとタルタロスさんはいつの間にか仲良くなっていたようだ。

 最近は一緒に酒を飲んでいることが多かったので打ち解けたのだろう。

 

「では私達はこれにて」

「ありがとうございました」

 

 俺達は全員で別れの挨拶を告げた後に装甲車に乗り込む。

 別れる時は笑顔だ。

 

 車が走り出すと、手を降るアムネジアさん達、集落の人々、巡洋艦の乗組員たち……それらはあっという間に消えていった。

 

「それで次の目的地は?」

「ワシントンDC……あのゾス=オムモグを倒したあたり。湿地になっていただろ。あそこで結構時間を食われるから、その手前で一泊する。問題はその先だ」

「その先?」

「フィラデルフィアだよ……例の軍艦を砂漠のど真ん中へ飛ばした実験をやっていた場所」

 

 アリゾナの砂漠のド真ん中、マインガルの近くに駆逐艦を飛ばしてたのは、おそらく異世界のフィラデルフィアで行われた実験が由来だ。

 

 あくまで異世界のフィラデルフィアの話であって、この世界では何の関係もないはずではあるが、もしもこの世界にその異世界のフィラデルフィアがやってきていたら事態は相当ややこしいことになる。

 

「もしかしたら、この世界のフィラデルフィアの場所に町なんてないかもしれないし、全く関係ない異世界の町にすり替わっている可能性だってある。ただ問題は、あの駆逐艦を飛ばした異世界のフィラデルフィアがあった場合について」

「次元の壁関係の何かがあれば潰しておいた方が良いですよね、この世界のためには」

 

 モリ君の言う通りだ。

 

 もし次元の壁に影響を与えていそうな物が有るならば、可能な限り排除しておきたい。

 

「まあ、実際にフィラデルフィアに着いてから考えよう。何もわからない状況で無理に結論を出す必要はない。町がない可能性だって高いんだし」

 

 すると、モリ君が急に運転席のシートにもたれてきた。

 そのまま、さり気なく俺に耳打ちをしてくる。

 

 モリ君は急に声のトーンを下げて、後部座席でドロシーちゃんの相手をしているエリちゃんの方をチラリと見る。

 

「ところで……運転を俺に代わってもらっても良いですか?」

「良いけどなんで?」

「ラビさんが1日運転手をやると、それを理由にエリスがまた食事当番に立候補するでしょう。そうすると今晩の夕飯もまたうどんが出て来ますよ」

「確かにそれはまずい。いや、うどんはまずくないがまずい」

 

 うどんは嫌いではないが、流石に微妙な出来のうどんが毎日続くとなると飽きてくる。

 退屈な車の移動が長時間続くので、食事時間くらいは楽しみを持ちたいところだ。

 

「それで、食事のメニューのご希望は?」

「何でも良いですよ」

「出た、何でも良い! それだとメニューを考えるのが難しいんだけど」

「なんでそんな主婦みたいな会話してるんだ?」

 

 飯の話をしていると気付いたのかカーターが寄ってきた。

 

「日本にいた頃は友人にこんな感じで夕飯を用意していたんだけど、流石にレパートリーが尽きるので聞くんだよ。何を食べたいかって。そうしたらなんでもいいって」

「やっぱり主婦だろお前」

「主婦ではない。未婚だ」

「異性と半同棲状態で暮らしてる未婚はいねえよ」

「いやいるだろう。新時代のなんとかいうやつ。それで夕飯の御要望は?」

「貰った魚が有っただろ。あれで何か」

「モリ君よりはマシってくらいで相変わらず分からんな。まあ何か考えるよ」

 

 俺は集落の人から貰った、ブダイらしき魚の調理方法について俺は頭を悩ませるのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。