両腕を失ったダゴンがここで意識を取り戻したのか、大きく吠えた!
耳を塞ぐわけにはいかない。
代わりに帽子を耳が隠れるくらい深く被る。
「両腕を失ったのに、まだ戦意は衰えないのか」
「全員ダゴンが動き出す前に退避だ! 踏み潰されるぞ!」
クロウさんが近接攻撃チームに叫ぶと、マークさんの盾の陰に隠れるようにして、各自が散っていく。
それぞれバラバラの方向に移動したので全滅はないが、誰か1人は狙われる可能性が高い。
「ヘイ、こっちだ!」
その時、ウィリーさんがダゴンの右目を狙って両手に構えた拳銃からスキルで生み出したエネルギー弾の連射を始めた。
スキル単体だと致命傷にはなりえない。
それでも、ウィリーさんが戦いの経験で練り上げたスキルなだけあって、無視はできない威力だ。
ダゴンの注意がウィリーさんの方に向いた。
それでもウィリーさんは動かない。
仲間が避難する時間を稼ぐため、同じ場所に留まり続けて、エネルギー弾の連射を続ける。
「ウィリーさんが引き付けている間に、一時撤退するぞ!」
近接組は体勢を立て直すために一時撤退していく。
「ウィリーさん!」
「来るな! 他の連中を守ることに徹しろ! オレにはちゃんと考えがある!」
マークさんが盾を持ってウィリーさんの方へ駆け出そうとした瞬間、ウィリーさんがそれを制止した。
「ド派手な火力はないがな、オレにだってできることはあるんだよ! 全身全霊を込めたチャージショットだ。渾身の一発を食らえ!」
ウィリーさんが二丁拳銃をホルスターに戻し、背負っていたライフルを構えた。
ライフルの先端に大きな光が集まった後に、白煙と共に勢いよくエネルギー弾が発射された。
ウィリーさんの体が大きくのけぞるほどの反動と共に放たれた光の弾丸は正確にダゴンの右目を射抜いた。
「やることはやってやったぜ!」
ダゴンは呻き声をあげる。
右目からは緑と紫が混じったような不気味な色の液体を垂れ流している。
致命傷ではないが、かなりの大ダメージだ。
ただ、その攻撃で激高したのか、勢いを増してウィリーさんとの距離を詰めていく。
「ガーニー!」
「わかりましたウィリーさん!」
突然にウィリーさんの身体が風に乗って空高く舞い上げられた。
ガーネットちゃんが風の能力で竜巻を起こして、ウィリーさんを高く飛ばしたのだろう。
だが、それは一時的にただ上に吹き飛ばされただけだ。
ウィリーさんに飛行能力はないので、そのまま自由落下するしかない。
ダゴンは落下地点で待ち構えているだけでいいという寸法だ。
「黙ってやられるオレじゃないぜ!」
ウィリーさんはまだ諦めていない。
ライフルを投げ捨てると、頭から地面に落下しながらも、二丁拳銃で懸命にダゴンへ攻撃を加える。
すごい、落ちながら戦ってるよあの人。
「捕まって、ウィリーさん!」
俺はウィリーさんの方へ箒を飛ばして、腕を限界まで伸ばした。
大人1人を捕まえられる筋力は俺にはないので、ウィリーさんに掴まってもらうしかない。
「サンキュー、ラヴィ!」
ウィリーさんがなんとか空中で俺にしがみついてくれた。
さすがに重量オーバーでバランスが悪くてフラフラしてまともに飛行できないが、今はその状態で逃げるしかない。
「とりあえずダゴンの射程距離外へ逃げます! しっかり掴まっていて!」
「そりゃ掴まるさ。この高さから落ちたら死ぬのはオレだし」
ウィリーさんがしがみついているのを確認すると、一気に200メートルほどの高さへ上昇する。
必死の逃走だったが、ふと気づくとサーフボードに乗ったアムネジアさんが俺のすぐ近くを並走するように飛行していた。
「よくやった。私が代わろう」
「定員は大丈夫なんですか?」
「君の箒よりも私のサーフボードの方が安定感はあるさ。とりあえず安全圏へ避難させる」
「まさか空中でこんな綱渡りをすることになるとはね」
ウィリーさんは被っているテンガロンハットが落ちないよう押さえながら、アムネジアさんのサーフボードに移動した。
「本当に気をつけてくださいよ。安全に勝てるように配慮した作戦なんですから、無謀な戦いを仕掛ける必要はないんです」
「分かっているさ。それでも、男には本気でやらなきゃいけない瞬間があるってもんだ。みんながフォローしてくれるって分かっていたしな」
眼下では、モリ君、クロウさん、ハセベさんの3人が先ほど腕に仕掛けた連携攻撃を、今度は足に対して仕掛けていた。
エリちゃん、タルタロスさん、クリスさん、ジュウベイの4人がその後ろから隙を見てヒットアンドアウェイで攻撃を仕掛けている。
今度は全員で集中攻撃を足に加えて、相手を転倒させることが目的のようだ。
「そろそろ決まりそうだね」
「ええ。アムネジアさんはウィリーさんを安全圏に避難させてください」
ここはアムネジアさんに任せていいだろう。
俺は最前線に戻る。
◆ ◆ ◆
レルム君が2度目のエレクトロビームを放った。
初回と同じようにダゴンの頭部を焼いていくが、今度は動きを止めるまでには至らなかった。
「早く逃げろ。今度はお前が狙われるぞ!」
「あ、ありがとうございます」
レオナさんがレルム君を小脇に抱えて走り出す。
そこに向けて、ダゴンの鋭い口の先端から高圧の水流が発射された。
「くっ」
レオナさんが左手に付けていた盾を構えると、青白い光の壁が周囲に展開された。
マークさんと同じタイプの防御スキルだ。
水流は光の壁に阻止されてレルム君たちに当たることはないが、レオナさんが盾を構えたままじりじりと押されだす。
「ヘルプだ! 私だけでは止められん!」
「任せてください! 防御なら誰にも負けられない!」
マークさんがダゴンとレオナさんの間に入って、大盾から展開した光の壁で水流を受け止めた。
「今のうちに避難を!」
「分かっている。任せた!」
その隙にレオナさんはレルム君を連れて駆けだす。
次のスキル使用まで3分間はレルム君は何もできない。
一時離脱してもらう方が安心だ。
「ガーネット君も一時退避だ。今の君が狙われても護衛に回せる手数が足りない」
「は、はい」
ハセベさんの指示を受けて、ガーネットちゃんも自主的に戦線を離脱していく。
そうしている間にも、ダゴンは首を動かしながら四方八方へ水流を放った。
マークさんが作り出した光の壁でも全員は守り切れない。
負傷した人から速やかに戦場を離脱していく。
周りを見回すと、残っている人数はかなり減っていた。
「みんなの傷は大丈夫なんですか?」
「マリア君を筆頭にレットさんがサポートに入って治療をしている。心配はいらない」
今この場に残っているのはモリ君、エリちゃん、ハセベさん、クロウさん、アデレイド。
そして俺の6人だ。
攻撃の直撃こそ受けてはいないものの、巨体が動いた時の飛び石などで軽傷は負っている。
体力もそれなりに消耗している。
なるべく早く戦闘を終わらせたいところだ。
ダゴンの方はというと水流を発射した後は、何をするでもなく、天を仰いで荒い息を吐いている。
何もないところからの水流攻撃は相当無理をしたのだろう。
その反動で、体力を消耗し尽くしたようだ。
いたちの最後っ屁というやつか。
周囲に水分が一切ない砂漠の環境はダゴンに相当ダメージを与えているようだ。
まさに陸に上がった魚だ。
「奴が弱っている今がとどめを刺せるチャンスだ。全員協力して欲しい」
ハセベさんが刀を鞘に収めた。
これは戦闘を終えるということではなく、スキルを使用するための準備だ。
次の攻勢で終わらせるつもりなのだろう。
「あいつの身体が普通の魚と同じ構造ならば、エラに沿って切り込みを入れると、首を落とせるはずです」
「そうなると、背中側から刃を入れた方が良いのか」
「ならばオレが前面から奴を引きつけよう。アデレイドさんも援護を頼めるか?」
クロウさんが武器の形態を斧から銃に切り替えながら言った。
「私の攻撃は他人を巻き込みやすいからね。まずは最初に仕掛けさせてもらう!」
「なら俺とラビさんは盾役ですね。またダゴンが水流を発射してきた時は任せてください。2人で防ぎます」
「私は?」
「エリスさんは遊撃部隊だ。素早く動き回ってダゴンの動きをかき回してくれ」
「分かりました」
作戦方針は決まった。
俺以外の5人がダゴンに向かって駆け出していく。
俺はというと、自分の足で走るとどう考えても間に合わないどころか、おそらくコケる気がする。
なので、箒に乗って、速度を調整しながら他のメンツを追いかける。
ダゴンは口の先から勢いよく水流を発射したので、すかさず盾を形成。
真正面から受けると耐えきれそうにない。
なので、こうして斜めの角度で受け流す。
水流のさばき方については、ドロシーちゃんのスキルの練習で学習済みだ。
「俺の盾は売り切れだ。次の盾役はモリ君に任せる」
「任されました!」
盾の役目は終わった。
スキルが再使用可能になるまでできることはない。
みんなの邪魔にならないように箒で飛び上がって一時離脱。
戦いの結末を上空から見守る。
クロウさんとアデレイドが至近距離から銃撃でダゴンの注意をひきつける。
隙を見つけてエリちゃんが足に光をまとわせて飛び蹴りを入れるという戦法で的確にダメージを重ねていく。
蹴りが入ることに重苦しい音と共に、ダゴンの全身が震える。
いつもの「すごいパンチ」ならぬ「すごいキック」だ。
「プロテクション!」
2発目の水流はモリ君の盾が防ぎ切った。
だが、真正面から水流を受け止めたからか、光の粒子の壁は一瞬で削り落とされ、消滅してしまう。
「俺の盾も売り切れです。あとはなんとか避けて!」
「いや、これでなんとかなる……なった!」
ハセベさんがいつの間にかダゴンの背中側に回り込んでいた。
スキルのまばゆい光を放つ鞘から刀を抜き放った。
鞘をそのまま投げ捨て、刀の切っ先をダゴンの背中側の首筋に突き立てた。
そのまま刀を引き抜くことなく、気勢の雄叫びと共にダゴンの巨体の上を駆けずり始めた。
刀は刃こぼれすることもなく、ダゴンの全身にはっきりとした線を刻み込んでいく。
切っ先が刺さっているのはせいぜい数センチだ。
なのに、その攻撃でダゴンは終わったという奇妙な確信があった。
ハセベさんは勢いを止めず、一気に駆け抜け、ダゴンの細く尖った顔の前に着地した。
懐紙を取り出して刃を拭うと、ハセベさんがダゴンの体に刻み付けた線が一気に深くなり、そのまま首が切断される。
もはや居合でもなんでもない謎の攻撃ではあるが、サンドワームの首を切り落とした時と同じだ。
攻撃範囲が明らかに刃よりも長いが、多分気にしたら負けだ。
騙されたような気がするが、長かった戦いはこれで終わりだ。
◆ ◆ ◆
ダゴンを倒したが、特に何が起こるということもなかった。
一応はラスボスだというのに、ファンファーレが鳴り響くとか、謎のメッセージが表示されるとかそういうことは全くなし。
運営が撤退したのもあるだろうが、別に運営がこの世界にいても、今までの雑さからして、何もなかった可能性は高い。
「おい、エンディングだぞ、泣けよ」
カーターがつまらなさそうに言った。
「別にエンディングでもなんでもないだろう。敵を倒しただけだ」
「それでどうする? 首を切り落としたわけだが」
「カーターはみんなを連れて、とりあえず近くの町まで戻ってくれ。俺はやらなきゃいけない仕事がある」
「それはお前でないとできないことか?」
「ああ、俺一人でやらなきゃいけない仕事だ」
カーターは目を閉じて両手を広げて首を横に振った。
「お前1人で背負う必要はないんだぞ」
「それでも、これは俺にしかできない仕事だ」
「分かった。じゃあ、運営が仕掛けたこのゲームを終わらせて来い」
「お前に言われるまでもない」
全員が装甲車にすし詰めになって去って行ったので、最後の後片付けを行うことにする。
目の前には切り落とされたダゴンの首があった。
今のところ動く気配はない。
水が一切ない砂漠のど真ん中では肩書きにあった超再生能力も働かないようだ。
だからといって、この死体を放置していれば、何かの弾みで復活する可能性は残っている。
箒を片手で持ち、天に向かって掲げる。
「お前も思えばかわいそうなやつだ。普通に暮らしていたのに運営に見つかったばかりに、囚われてラスボス扱いで集団リンチとか」
今のところ、こいつは町に被害を出してはいない。
もしかすると、町に大きな損害を与えたかもしれないが、仮定の話であり、実際は何も行われていない。
そう考えると、このダゴンは被害者だ。
悔やむつもりはないが、少しくらい憐れむのは悪いことではないだろう。
「せめて安らかに……鳥を8羽
黒い球体ではなく、最初から虹色の球体が出現した。
俺は箒の先に浮かぶ虹色の球体を見る。
「あなたが虹色神様……時空の神ですか?」
当然、返事はない。
「近いうちに貴方を完全な形で呼び出して、頼みたいことがあります。その時はよろしくお願いします」
俺の声に応えるように、獣のような咆哮が轟いた。
それと同時にダゴンの体が分解されて黒い霧と化し、虹色の球体へと集まっていく。
「熱線は要らないんだけどキャンセル出来るのか?」
《止めた方がいい。行き場をなくした力が全部自分に返ってくる》
久々に
「なら止めておこう」
どの方向に向けても何かを巻き込みそうなので、いつものように空に向けて熱線を放つ。
熱線の放出は30秒ほど続いた。
ダゴンがいた場所には金、銀、銅、3枚のメダルが落ちていたが、もはやどうでも良かった。
「これで終わりとか運営はもう少しバランスを考えろよ」
熱線が止まり、周囲に暗闇が戻ってきたところで砂漠に背を預けて大の字になって寝転んで空を見る。
「まあ
《自分から首を突っ込んでいるんだから自業自得だよ。見ず知らずの人なんだから無視すれば良かったのに》
「ただの骨だと割り切るつもりだったんだよ。だけど、実際に見たら無視できなかった。なんだろう、怒りというか哀しみというか」
《そういうところが好きだよ》
「自分に告白されるのも何だけど俺もお前のことは嫌いじゃないよ」
魔女は急に言葉を止めた。
あの地母神の遺跡でこうして仰向けになって夜空を見た日を思い出す。
思えば遠くに来たものだ。
南半球から北半球に来たので見える星座も違っている。
《もし》
「なんなんだよ急に」
《どうしても勝てない敵に遭ったら……限界を超える必要があるなら、僕を取り込んで欲しい。その時は1つになって戦おう……》
「限界を超えるって……」
その時、魔女が何を言おうとしているかは分かった。
俺と魔女。
2つの魂の間で生じているロスをカットすればどうなるのかという話だ。
おそらく2人分のパワーがロスなく最大出力で発揮されれば、今よりも強力な……それこそランクアップ以上のパワーを出せるだろう。
「限界超越」
もう方法はだいたい分かっている。
2人を分けている象徴的なものを破壊すれば良いのだ。
「お前が俺の体を乗っ取りたいだけじゃないのか?」
《信じてもらえないかもしれないけど、もうその気持ちはないよ》
「『もう』ということは、以前はあったんだな」
返事はない。
都合が悪くなるとすぐに黙るのはこいつの悪い癖だ。
「必要ないよ。俺には仲間がいるんだ。みんなで力を合わせればどんな敵を相手にしても十分戦える」
《魔女の力は孤独なものなのに?》
「前にも言ったはずだ。もし俺の力を恐れて周りに誰もいなくなったとしても、お前だけは残る。だから一人じゃない」
全部片付いた。
みんなと合流しよう。
俺たちは孤独じゃない。