暫定ボスのダゴンは倒れた。
十分な事前準備の甲斐もあってか死者、重傷者、ともにゼロ。
さすがに擦り傷や打ち身などのダメージはあったが、マリアちゃんを筆頭とした回復チームに頑張ってもらったおかげで全員が回復できている。
完全勝利と言って良いだろう。
協力していただいたマサムネさん夫妻を自宅へ送り届けた後に、残り全員でマイアミの町へ戻ってきた。
ささやかながら、祝勝会をやりたいところだ。
とは言っても、ゾス=オムモグ討伐直後と状況は変わっていないので、潤沢に使える金も資源もあるわけではない。
賞味期限が近い食材で何か作っていきたい。
そこで作るとなれば……
そう、日本人ならみんな大好きなカレーだ。
今までコツコツ集めてきた食材が火を吹く時がやってきた。
「クミンはなかったのでトウガラシで雰囲気を出す。コリアンダー、パプリカパウダー、ミント、塩とペッパー類。そして現地で手に入る香辛料その他諸々をこうやって混ぜ合わせると、はいカレー粉の完成」
現代だと市販のカレー粉を買ってくるだけで済むが、この異世界だと香辛料を集めるだけでも大変だった。
それらを惜しげもなく使い、祭りの題材とする。
日本人がこれだけ集まるのは、おそらくこれが最初で最後の機会だ。
ならば、躊躇する必要など一切ない。
全てを出し切る。
これほど贅沢な料理はないだろう。
多分。知らんけど。
香辛料を鍋の中でゴリゴリと混ぜ合わせると早くもカレーの香りが漂ってきた。
味を確認しながらペッパー類を足して調整していく。
納得できる味になったので、満足だ。
「これなら誰が見てもカレー」
「確かにカレーっぽいですね」
様子を見に来たモリ君に出来たばかりのカレー粉を見せた。
やはり偉大なのはテロスの町で手に入れたターメリックだ。
これが入るだけでなんとなくカレーっぽい雰囲気にはなる。
「素人がうろ覚えの知識で作るのだから、とりあえず雰囲気があっていれば良しということで勘弁してもらいたい」
そもそも材料が不足しているので、微妙に味が違うのは勘弁してほしい。
もちろん、食品メーカーが多額の開発費をかけて作った商品のようにもならない。
むしろ素人の適当調合で専門店のカレーと同じ味になったらビックリだ。
「メインの具材は調達のしやすさを考えて鯖を使う。肉なんてないしな」
「キャンプ料理だとたまに聞きますね。鯖缶で作る鯖カレー」
「そのつもりで採用したんだよ。まずタマネギをキツネ色になるまで炒めた上で、事前に血抜きして臭みを抜いた鯖、ジャガイモ、人参を投入。水を張ってしっかりと煮込む」
煮込み始めると、料理の匂いに釣られたのかギャラリーが増えてきた。
「カレー粉とトマトを軽く炒った後に水で溶いた小麦粉と混ぜてとろみを付ける。これを具材の鍋に少しずつ溶かすことで、カレーの完成……と言いたいところだが、今回はお子様も食されるため、辛さがまろやかになるよう、ココナッツミルクをたっぷり入れる」
「珍しいですね、ココナッツミルク入りは」
「食材と手に入った香辛料の関係でタイカレーに寄せてるから合うと思うよ」
この時点でほぼカレーの完成だ。
「すするぜ、これを」
スープの味見をすると概ねカレーだった。
インドカレーとは異なり、タイやベトナムの雰囲気が漂っているが、食えない味ではないので良しとする。
「オレにも味見良いか?」
ここで料理には一日の長があるウィリーさんがやってきた。
小皿にスープを少し取って渡した。
ウィリーさんは目を閉じ、舌の上で転がして味のチェックをする。
「コクがちょっと足りないな。赤ワインのアルコールを飛ばしたやつを少し足してみよう。それに、鯖ベースにするならば、もっとシーフード感が欲しい」
「手に入れやすさだと貝ですかね?」
「エビの頭なら捨てる部分だから安く分けて貰えるし、それでビスクスープを作って足そう。今からちょっと市場で買ってくる」
さすが料理経験者が居ると色々と捗る。
ウィリーさんは有言実行で買い出しに向かったので、その間に他の準備を進めたい。
「米は結局手に入らなかったので、小麦粉を使って作った米っぽい形状のパスタ、クスクスを使う。付け合わせは手頃なものがなかったのでチャツネを作る」
「チャツネってなんだよ?」
何もしていないカーターが聞いてきた。
「インド料理のペーストみたいなものだ。今回はココナッツミルクを取った後の余りのココナッツの実でフルーツチャツネを作る。詳細なレシピは番組公式サイトへアクセス!」
「何の番組なんだよ! 公式サイトはどこだよ?」
◆ ◆ ◆
かくしてダゴン討伐を祝した祝勝会が始まった。
「いや本当にカレーなんて何ヶ月ぶりだ」
「1年以上かな。日本にいたときもあまり食べた記憶がない」
「そんな日本人いるのかよ!」
カレーは概ね好評のようだ。
さすがに日本の一般家庭で出てくるカレーや、その家独自の味と違うところもあるだろう。
その違いも「それはそれ」個性として埋められる懐の広さがカレーの良いところだ。
「カレーは最初に混ぜるのが基本だろ」
「それどこの風習なの?」
モリ君とエリちゃんがカレーを巡って何やらもめている。
どうせ犬も食わない話だろうなと思いつつも耳を傾けることにする。
「ラビさん聞いてくださいよ、こいつって白ご飯を先に食べてから後でカレーだけ味わうって言って」
「食べる前にご飯とカレーを全部グチャグチャに混ぜる方がおかしいと思うんだけど、それってどう思う?」
「カレーくらい好きに食え」
限りなくどうでもいい話だった。
カレーの食べ方は千差万別。
人それぞれの個性を受け入れてくれるのがカレーだ。
気になっていたのは子供たちとタルタロスさんたちだ。
「どうですか、カレーは?」
「ああ、なんだか懐かしい味がするよ。何かは思い出せないが、過去に何か食べた記憶だけは蘇ってくる」
「ドロシーちゃんは?」
「うちのカレーはレトルトばっかりで外で食べることはなかったから、こういうカレーも好き」
「レルム君はどうだい?」
「こうやってみんなでカレーを食べた記憶はあります。いつどこでかは分かりませんが、楽しかった」
「そうか。本当に作って良かった……」
完全に記憶が蘇るとは思っていない。
ただ、そういう大切な思い出があったことに気付いてもらえるなら、それで十分だ。
◆ ◆ ◆
カレーパーティーは無事に終わった。
戦いでは運転手のみだったカーターが後片付けに参加してくれることになった。
2人で淡々と全員分の食器を洗っていく。
「少しカレーが残ったな」
「足りないと思って多めに作ったので、まあ予定通りと言えば予定通りだ。明日はこれにうどんを足してカレーうどんにして食べよう」
「カレーうどん……ありだな」
「カレーの翌日はカレーうどんに決まってるだろ」
ドロシーちゃんの出した水で食器を洗っていると、ハセベさん、クロウさん、レオナさん、マリアさんの4人がやってきた。
「どうしましたか皆さん?」
「片付けを手伝ってくれるとか?」
手伝ってくれるのならばありがたいが、全員の顔色を見る限りはそんな雰囲気ではない。
「今まで言いそびれていたが、伝えるチャンスは今しかないと思ったので聞いて欲しい」
嫌な予感を感じた。
この先に嫌な話を聞く羽目になると。
だが、逃げることは許されない。
それははっきりと分かる。
「私とクロウさんたちは日本へは帰らない。この世界に留まろうと思っている」
やはりそうか。
サンディエゴでハセベさんを誘って最初に断られた時に、いつかこんな時が来るのではとは心の底では覚悟していた。
「理由を聞かせていただいても?」
「一番の理由は、この世界にはまだまだ未知の敵に脅かされている人が大勢いるということだ。それに次元の壁問題も何も片づいていない」
それはもちろん分かっている。
気軽にゾス=オムモグのような敵がポップアップしてきたり、野生のサンドワームがいたりとこの世界は物騒だ。
「それに……不謹慎かもしれないが、楽しかったというのがある。未知の世界の冒険、強敵との戦い。鍛えるほどに強くなる能力。日本で会社勤めをしていては得られない体験がこの世界には多くあった」
「気持ちは分からなくはないです。でも、この力は……」
「分かっている。これは地に足が着いていない、突然与えられただけの歪な能力だと。それでも力は力だ」
気持ちは分かる。
俺も手に入れた力で色々と楽しんだことを否定するつもりはない。
経緯は何であれ、使えるものをどう使うのかは個人の自由。
問われているのはそれをどう使っていくか。
どう向き合うかだ。
「なので、私とクロウさんたちはこの世界の人たちを護るため、ここに残ることを決めた。今までに何度も伝えるチャンスはあったのに、結局今の今まで言いそびれてしまった。本当にすまない」
ハセベさんはそう言うと申し訳なさそうな顔をして頭を深く下げた。
「私こそすみません。ハセベさんのそんな気持ちも知らずに今まで無理に連れ回したりしてしまって」
「いや、いいんだ。私も短い間だったが色々と楽しかった。それに、無理に連れ回されたなんて思っていないさ。マサムネさんという同郷の知り合いにも会えたし」
ハセベさんも、それなりに迷っていたんだとは思う。
この決断を出すには相当の葛藤があったに違いない。
だが、この世界に残ると決断したのならば、俺にはそれを止める権利はないし、言えることもない。
「オレたちもハセベさんと同じだ。できるだけ多くの人を助けたい。そのための能力だと思っている。まずは、その一歩として、このマイアミの町からコツコツと始めたい」
「まあ、この人はこういう人だから」
クロウさんが強い口調で言った。
それに対してレオナさんはいつもより若干口調が柔らかだ。
「手始めに学校を作ろうと考えている」
「クロウさんは元々小学校の先生でしたっけ?」
「そうだよ。子供たちを守るためにも、学校は必要だと思う」
「私もやっぱりクロウさんの助けになりたいなと」
マリアちゃんがそう言うと、レオナさんが突っかかった。
「いや、あんたは日本に帰っていいんだけど?」
「何を言ってるんですかレオナさん。私はクロウさんのサポートをまだまだ続けますよ」
「未成年は帰りなさいって!」
「レオナさんこそ同期の人たちに若い身体を見せつけるんじゃないんですか?」
レオナさんとマリアちゃんが何やら取っ組み合いを始めた。
この期に及んで何なのこの人たち?
「そういうわけだ。ちゃんとしたお別れの挨拶は明日にみんなが居る時に改めてやろうと思う。モーリス君とエリス君とも長い付き合いだし、今から挨拶に行ってくる」
「はい。それではまた明日」
「ああ」
ハセベさんとクロウさんは軽く挨拶をした後に去っていった。
それを見て何やら喧嘩をしていたレオナさんとマリアちゃんがクロウさんの後を追う。
この3人の三角関係は、これからも当分は大変そうだ。
「それでお前は大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が?」
「だってお前、さっきから泣いてるぞ」
そんなバカなと目を拭うと確かに涙が浮かんでいた。
ローブの袖でそれを拭うが、次々と吹き出てくる。
「なんで? えっ、なんで?」
「1人にした方がいいか? それならばオレは消えるが」
「いや、それはそれだ。食事の片付けはちゃんと最後までやってもらう」
まだ食器の片付けは済んでいないので、途中でいなくなられては後が大変だ。
それに、こんな時に一人にされたら……困る。
「分かったよ。片付けついでに愚痴くらいなら聞いてやるよ。ハセベさんは最初からの仲間だったんだろう」
「ああ……ハセベさんは最初に地母神の遺跡で会って、それから……」
俺たちは翌朝にはマイアミを発ち、日本へ戻る旅を再開することになるだろう。
なので、ハセベさんたちとはここで永遠の別れになる。
今度こそ後悔が残らないようにしないといけない。
涙は今の間に全部済ませてしまおう。
別れる時は、笑顔だ。