収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 11 「猟犬との死闘」

《ティンダロスの猟犬。名前の由来は捉えた獲物を追い続けることから付いた名前で犬ではない》

《あらゆる鋭角……部屋の隅から時空を越えて出現する。移動距離に制限はない。鈍角しかない場所からは出現出来ない》

《その姿は人間には認識出来ない。(つかいま)を通して視て》

 

 次々と魔女(ラヴィ)からの助言が飛んでくる。

 

「すぐに実行できそうなアイデアは『鳥の目で見ろ』か」

 

 瞼を閉じた後に1羽の鳥を肩に乗せて、使い魔の視点で「視る」

 すると、肉眼ではハッキリしなかった「ティンダロスの猟犬」の外観がハッキリと浮かび上がった。

 

 小学校の算数の時間で使うような巨大な三角定規が複数絡み合って空中に浮かんでいる。

 

 ただそれだけだ。

 生物かどうかすら怪しい。

 

 人間は別次元……四次元や五次元と言った高位次元を理解出来ないという話をSFではたまに聞くが、これもそういうことなのだろう。

 相手が異質すぎて人間の目や脳では理解出来ない。

 

 肉眼だと、人間の脳では完全に理解できないせいなのか若干ずれた場所に居るように見える。

 

 モリ君が攻撃を避け損なった理由はこれだろう。

 

 単純なスピードの速さよりも認識の外側からの攻撃が来るので、避けきれないのだ。

 

(シールド)形成。跳ね上げろ!」

 

 直感で盾を斜めに形成したと同時に跳ね上げを命令すると、何かが後方の空へ吹き飛んでいくのが見えた。

 

 猟犬の動きは全く視認できなかったが、こちらに向かって突撃してきたところに盾という発射台が急に出現したので避けきれず、自らの速度が仇となって勝手に吹き飛んでいってくれたようだ。

 

 何はともあれ少し時間を稼げた。

 

「モリ君、肩に捕まれ。一度車へ戻ろう」

「俺は大丈夫です」

「全然大丈夫そうじゃないぞ」

 

 モリ君から少しでも負荷を減らすために槍を奪い取って代わりに持つ。

 ズシリと重いが、流石に仕方がないので引きずって歩く。

 

回復能力(ヒール)は?」

「かけたんですけど、効かないんです。あいつに攻撃を受けた傷口に泥みたいなのが付いたので、これを洗い流さないと効果がないのかも」

 

 痛々しい傷跡を見ると、確かに傷口には青い泥のようなものが付いていた。

 

 近くの海水でも洗い流せなくはないだろうが、塩分を含む海水よりも真水の方が良いだろう。

 ドロシーちゃんと合流すれば……いや、ダメだ。

 この強敵の前に無防備なドロシーちゃんを出すことは出来ない。

 

 この施設内の水道が生きていれば真水は調達出来るが、ないならば、車に積んでいる水筒を回収する必要がある。

 

「レルム君はスキルの再使用はあとどれくらい?」

「あと30秒ほどです」

「ならば、しばらく重ね合わせは禁止だ。なるべくチャージの隙が出ないように、30秒間隔で使える電気ショックをこまめに当てていって欲しい」

 

 またも殺気を感じたので振り返ることなく、盾を後方へ展開させると、何かが高速移動したようで、落ち葉が風圧でざわめいた。

 

 先程、盾に弾き飛ばされたことを学習したのか、迂闊にこちらへ近づくことを躊躇しているようだ。

 

 だが、気配は完全に消えておらず、遠巻きにこちらの様子を窺っていることが察せられる。

 

 ここで、事務所方向へ向かわせた鳥が丁度車を降りて事務所に入ろうとしているカーターを見付けた。

 周囲をグルグルと旋回させる。

 

 音声は伝わらないが、流石に異常事態に気付いてくれたようだ。

 

 車に再度乗り込み、発進した。

 すぐに戻って来てくれるはずだ。

 

「レルム君、電気を使ってレーダー的なことは出来るかい?」

「レーダーですか?」

「そう。空気中の静電気を検知して動きを読むとか……」

 

 自分でも無茶苦茶を言っているのは分かる。

 だが、電気使いとなら、もしかしたらそういうことが出来るのではと期待してしまう。

 

「ごめんなさい、わかりません」

「いや、無理を言ったこちらが悪かった」

 

 3人でなるべく広い場所に出る。

 猟犬はあらゆる角から出現するというならば、角など一切ない平地の方が奇襲を警戒しなくて良い分だけ、まだ戦いやすい。

 

「ラビさん、レルム君、背中合わせで立って周囲を警戒してください」

「とは言っても、相手はあの速度だぞ」

「俺ならギリギリ視認できました。速いと言っても新幹線が走っているのは見えるでしょう。広い場所なら見えてから対処するまでの時間は稼げます」

「なるほど」

 

 俺はモリ君へ槍を返した後に追加で鳥を喚び出して上空へ待機させる。

 盾にするなり、攻撃するなり、どちらにしても鳥の残数は重要になる。

 

「師匠、わかりましたよ」

 

 レルム君が手から電気を放ちながら俺に声をかけてきた。

 

「レーダーをどうやれば出来るのかは分からないけど、こういうことなら出来そうです」

 

 周辺の地面にバチバチと電気が広がっていくのが見える。

 

「この海水で湿った道の上に薄く電気を走らせました。この上を何か電気が通りやすい物質が通ればそこへ電気が自動で流れてるので、その変化で自動的にその場所が分かる仕組みです」

「つまり静電気式のタッチパネル……接触センサーか」

 

 更にレルム君は頭上にバチバチと放電を繰り返すテニスボールくらいの光る玉を頭上へ浮かべた。

 

「電気が通る何かが触れたら、自動的にこのエレキボールが攻撃を仕掛けるよう仕込みました。こうすれば、相手がどんなに素早くても、僕が直接攻撃するより早く反撃できます」

「完璧じゃないか。いつの間にこんな技を?」

「レーダーと聞いて何か出来そうな戦法を考えたら、この方法が浮かびました。多分、昔にマンガで電気使いのキャラが似たような技を使っていたのを読んだんだと思います」

「昔? マンガ?」

 

 レルム君の発言は気になるが、今は猟犬の対策に集中しよう。

 

 30秒経過。特に動きはない。

 鳥を追加で呼び出す。

 

 1分が経過。まだ動きはない。

 鳥を更に追加したところで、モリ君が俺とレルム君に体重を預けてきた。

 

 モリ君が苦しそうな呻き声を上げている。先程猟犬に受けた傷が痛むのだろうか。

 

「モリ君大丈夫か?」

「すみません、大丈夫です。少しよろけただけです」

 

 モリ君の方を向いた直後に、視界の隅に何かの影が横切るのが見えた。

 影は俺達の周りを3周ほど凄まじい速度で横切り――

 

 この世のものとは思えないモスキート音のような不快な高音のノイズ音を鳴らしながら、猟犬が姿を現した。

 

 猟犬は完全に動きを止めて、苦しんでいるようだ。

 

 今のノイズ音はこいつの悲鳴か?

 よく見ると全身からバチバチと火花が散っている。

 

 モリ君を付け狙い、弱ったところをトドメにやってきてレルム君の仕掛けた電撃の罠にかかったようだ。

 

「捕まえました!」

「よくやった!」

 

 ここで隙を見せれば、また超スピードで逃げられてしまう。

 そうなる前に、速攻で決める必要がある。

 俺は腰から抜いた白木の柄の短刀を猟犬の腹……三角定規が重なったポイントへ全身の力を込めて突き立てた。

 

「ぐうう……」

 

 高圧電流が流れて続けている猟犬に刃を突き立てたことで、当然俺に方へも電気が流れてくる。

 短刀を持った右手が痙攣して、皮膚がチリチリと焼かれる痛みが伝わってくる。

 

 だが、この機を逃しては次にいつ攻撃のチャンスがやってくるか分からない。

 

「極光!」

 

 刃で突き立てた傷から猟犬の体内目掛けて熱と圧力を持った閃光を流し込んだ。

 

 この三角定規を組み合わせた形状のどこにエネルギーが流れているのかは不明だが、猟犬から放たれる高音のノイズ音が更に大きくなった。

 

 それなりには効果はある。だが、これだけでは奴への致命傷にはならないのも理解できる。

 

「レルム君、エレクトロビームで追撃!」

「でもこの状況で撃てば師匠にも当たる!」

「構わん! こいつを取り逃すほうがはるかに危険だ! 撃て!」

「……わかり……ました!」

 

 短剣を引き抜いている暇はない。

 

 短剣を奴の体に突き刺したまま手を放したのと、レルム君が放ったビームが直撃したのは同時だった。

 

 落雷のような大きな音と衝撃が鳴り響き、俺の体は後方へ弾き飛ばされる。

 

 だが、まだ戦闘は終わっていない。

 小学生の体操の授業レベルの下手な後ろ転がりから無理矢理体を引き起こした。

 

 やや感電しているのか、体のあちこちがビクビクと痙攣している。

 右手の感覚も全くないが、無理矢理気力で体を動かす。

 

「まだ足りません! 反撃が来ます!」

 

 猟犬は高電圧のビームに体を半ば焼かれながらもなお立ち上がり、こちら目掛けて突進をしようと姿勢を低くしていた。

 ビームの照射はまだ続いているというのに、なおも反撃をしようとしている。

 

「確かにこいつは強い。こちらも覚悟を決める必要がある」

 

 鳥を追加で喚び出す。これで残弾は15発。

 

 レルム君は全てのスキルを使用しており、再使用までの最低30秒間は何も出来ない。

 モリ君も負傷でダウン。

 他の仲間はどんなに急いでもまだ到着まで少し時間がかかる。

 

 使い魔の目で視ると、三角定規の一部にヒビが入って綻んでいるのが見えた。

 狙うならばそこ……猟犬の腹の部分だ。

 

 15羽の鳥、全てを周囲に集める。戦闘準備は整った。

 

 猟犬の方も、こちらへの攻撃の意思を固めたようだ。

 

 レルム君の電撃により、まだ全身から火花が飛ぶ感電状態が続いているというのに、そのダメージを無視してこちらへ迎撃のために近づいてきた。

 

 敵の攻撃を完全に回避するのは難しいだろう。

 ならば、一発程度の被弾は覚悟するしかない。

 

 奴の爪が俺の肩口を目掛けて振り下ろされるのが見えた。

 

 これを避ける運動能力は俺にはない。一撃では死なないと信じて、あえて受けた上でカウンターを入れる。

 

 痛みを覚悟の上で突き進んだ時に、猟犬の爪が俺の体を少し掠めたところで止まった。

 若干は切られたようで、肩から胸に掛けて切り傷が入り、血が吹き出したが、それでも致命傷にはほど遠い。

 

 猟犬の攻撃を止めたのは、俺と猟犬との間に出現した小さい青白く光る壁……モリ君のプロテクションだった。

 

「サンキューモリ君」

「今の俺に出来る精一杯のサポートです……勝利を」

「ああ!」

 

 まずはカウンター気味に三角定規のヒビに向けて鳥を1撃。

 

 更にプロテクションとの壁で挟み込むようにして奴の腕? を粉砕するために2撃。

 

 俺へ向かってきた舌の迎撃に1撃。頭に1撃。

 

 更にヒビへ向けて3撃叩き込むと、三角定規を結合させていた接合部が崩壊し、奴の胴体がグラリと崩れた。

 

「残り7羽で完全に決める!」

 

 猟犬を指差しながら前進し、残り7羽を猟犬の弱そうな部分……三角定規が重なり合った接合部目掛けて叩き込んでいく。

 他の接合部は極光とレルム君の電撃でかなりダメージが入っていたのか、鳥を直撃させる度に次々猟犬の体は崩壊していく。

 

「残り7羽だと言ったな。あれは嘘だ」

 

 肩に乗せていた使い魔を解除した後に、最後の残弾として突撃させて猟犬の頭部を吹き飛ばした。

 

 全身ボロボロになった猟犬は道の真ん中に投げ出され――

 そこに走ってきた装甲車に踏み潰され、死体も残さずに塵になって消えていった。

 

   ◆ ◆ ◆

 

裕和(ひろかず)! ラビちゃん、大丈夫?」

 

 エリちゃんが勢い良く車から飛び出してきた。

 

「俺は大丈夫だ。それよりもモリ君が重傷だから、早く手当を」

「ラビちゃんも全然大丈夫じゃないでしょ。早く車に」

「いや待て。2人ともまずはこれを」

 

 カーターが桶を抱えて車から降りてきた。

 

「出たのはティンダロスの猟犬だな」

「ああ、そうだ」

「なら真水で傷口を洗い流せ。奴に受けた傷口をそのままにしていると、奴の膿に汚染されて精神を壊されるぞ」

「この泥ってそういうことかよ。それなら、先にモリ君を。俺よりも受けた傷が酷いし時間も経っている」

「ああ、分かった」

 

 カーターは水の入った桶をモリ君の方へと持って走っていった。

 

 レルム君の電撃で右手は感電による火傷のダメージはあるが、猟犬から受けたのは肩からの傷くらいだ。

 

「ドロシー、こっちに来い。お前も一応回復スキルは使えるだろう。オレが傷口を水で洗い流したら、その後に回復だ」

「うん、分かった」

 

 カーターは手早くモリ君の鎧を外して服を脱がせた後に傷口を水で洗い流していく。

 

 水をかけると、泥だか膿だか分からないものが溶け出して流れていく。

 

「この汚水はそこらの海に流しても大丈夫なのか?」

「知らん。だけど、この暑さなら海に流れていく前に勝手に蒸発するだろ」

「それもそうか」

 

 まずはモリ君を回復させる。

 

 そうすればヒールが使えるモリ君が俺を治すことが出来る。

 順番としては何も間違っていない。

 

 待っている間の時間が無駄なので、その間に鳥を再召喚して船渠内の再調査を行う。

 

 例の機械は跡形もなく消滅。

 

 他のティンダロスの猟犬が再出現(リポップ)して徘徊しているということはなさそうだ。

 事態は一通り収拾がついたと考えて良いだろう。

 

 車の下から短刀を拾い上げて回収すると、こちらにも青い泥だか膿だかがベッタリと付着していた。

 

 無理矢理に突き立てたからか、刀身の先の方にヒビが入って欠けてしまったが、さすがにこれは仕方がない。

 折れなかっただけでもセーフだ。

 

「レルム君は怪我はない?」

「まあなんとか僕は。それよりも大丈夫ですか? なんか血が滲んできているような」

「レルム君が無事なら安心だ。俺は慣れているから大丈夫」

 

 俺もローブを脱ぎ捨てて傷の状態を見ると、相変わらず酷い。

 

 傷口の状態を確認するために下に着ていた道着も脱ぎ捨てた。

 服は縫い目からバッサリと千切られたようにズタズタになっているので、流石に縫い合わせるのはもう無理そうだ。

 

 傷口はというと、肩口から胸の中ほどまでバッサリと深い傷が入っており、血が今も滲み出している。

 

 その傷口には青い泥のようなものが詰まっており、それが血と混じり合ってグジュグジュと音を立てている。

 

 この世界に来てから何度も酷い傷は受けているが、今回はなかなかのものだ。

 

「あの、師匠……服は着てください」

「そうは言ってもこの傷だと治療するまではこのままの方が」

 

 レルム君が俺の裸身を見てやたら恥ずかしがっているので、こちらまで恥ずかしくなってくる。

 

「そろそろこっちにも綺麗な水をくれ。泥のダメージが出てきてるから、早めに流しておきたい」

「はいはい……ってお前、なんて格好してるんだよ」

「だってもろにダメージを受けたんだから仕方ないだろ。早く水をかけて洗い流してくれ」

「……いや、オレには無理だから、自分で水をかけてくれ」

 

 カーターはそれだけ言うと、水が入った桶だけを置いてモリ君の方へ向かっていった。

 全く無責任なやつだ。

 

 仕方ないので自分で傷口に詰まった泥を洗い流すと、どうやら泥が傷口に詰まっていたことで止血されていたのか、景気よく傷口から血が吹き出した。

 手で抑えるが、止まる気配はない。

 

「あっ、これダメなやつだわ」

 

 だが、まだ中途半端に泥が残った状態だったので、残らず掻き出したところで、意識が朦朧としてきた。

 疲労と出血による体力の低下は思っていた以上だったようだ。

 

「そういうわけだから、回復が終わったら起こして欲しい。俺はもう寝る」

 

 こうやって戦闘後に倒れるのも久々だなと思いながら、俺はコンクリート舗装の道路の上へ横たわった。

 

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