収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 12 「ナイアルラトホテップ」

 ふと眼を覚ますと病院のベッドだった。

 

 痛みを堪えながら起き上がると、ベッドの脇ではエリちゃんが心配そうに俺の顔を見ていた。

 

「ラビちゃん、もう大丈夫?」

「ああ、大丈夫……と言いたいところだけど、まだ痛むな」

「あのてぃんだろす? から受けた傷にはヒールの効きが悪いみたいで……出血は止まったんだけど、傷は完治とはいかなくて」

 

 胸の傷を見ると、傷口部分には下手ながらも包帯がグルグル巻にされていた。

 

 レルム君のスキルによる感電で受けたダメージはどうなったかと右手を見ると、こちらは完治していた。

 ティンダロスから直接受けた傷でなければ回復能力(ヒール)は効くようだ。

 

「それでここは? あれから何日経った?」

「まだ2時間。ここは町の病院で、薬や包帯がそのまま残ってたから使わせてもらってる」

「なるほど、そういうことか」

 

 周囲の様子を見回すと、確かに病院の個室のようだ。

 

 ベッドのシーツは若干ホコリ臭いが、取り立てて騒ぐほどのことではない。

 ただ、あたりに入院患者用のガウンがそのまま床に投げ捨てられているのが気になる。

 

 もしかしたら、何かの事件が起こって、ここの入院患者が色々と放置したまま逃げ出したのかもしれない。

 

 まあ、無人の施設ならば使わせてもらっても良いだろう。

 

「それで、モリ君の方は?」

「やっぱり傷が痛むってことで無理矢理寝かせてる」

 

 モリ君の方が重傷のようだったが、命に別状がないようで良かった。

 

 よく考えると、モリ君が重傷ならば俺も回復能力(ヒール)で治療されることはないはずだ。

 つまりモリ君の状態はそれほど悪くないと確認出来るとも言える。

 

「あれから敵が出たりとかは?」

「敵はいないと思うけど、あのマインガル? の町みたいに夜になったら敵が出てくるかもしれないから、今晩はみんなこの部屋で寝泊まりしようと思ってる」

 

 空を見るともうすぐ日が暮れるという時間だった。

 

 以前に似たような町、マインガルでは日が暮れてから謎のモンスターが周囲を徘徊を始めたことを考えると、この町も夜になると似たような現象が発生するかもしれない。

 

「エリちゃん、診ていてくれてありがとう。いつも心配をかけてすまない」

「すまないと思ってるなら、そろそろ無茶をするのを止めて欲しいんだけど」

 

 口では厳しいことを言っているが、表情は本気で心配してくれていることが分かる。

 

「それはごめん。日本へ帰るまでは、まだもう少しだけ無茶をすると思う」

「分かってる上で、あえて言ってるんだけど」

「俺も自分の命は惜しいので、なるべくは自重するよ」

 

 自分でも損な性格をしているという自覚はあるが、ここは絶対に曲がらないだろう。

 

「それで他のみんなは?」

「今はカーターさん達が食べ物を探しに行ってるところで、すぐに戻ってくると思う」

 

 噂をするとなんとやら。病院の窓の外で車がミシミシと石畳を踏む音が聞こえてきた。

 窓から外を覗くと、装甲車が病院の駐車場へ駐車しているところだった。

 

「それじゃあ、早めのご飯にしましょうか」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 探索から戻ってきたというカーターは深刻な顔をしていた。

 

「どうした、町で何かあったのか?」

「いや、そっちはうまく行ったんだが、別の問題が発生した。今すぐに全員を集めてくれ」

 

 カーターはふざけることも茶化すこともなく珍しく真剣な表情だった。

 余程の何かがあると思い、モリ君にも声をかけて病院のロビーに集まった。

 

「おそらく手遅れ……今更何をやっても無駄だろうが、結論から話すぞ」

 

 カーターはそう言うと、スーツのポケットから風雨に晒されてボロボロになったであろう女性用の下着らしきものを取り出してテーブルの上に置いた。

 

「アホなの?」

「最後まで話を聞け! これがどこに有ったと思う?」

「探索に向かった店の中?」

「違う。路地の奥に他の大量の服と一緒に放置されていた」

 

 同じように別の下着を取り出す。合計3枚。

 何故か全て女性用の下着だ。

 意味がわからない。

 

「なんで女性向けの下着なんだ?」

「男向けのパンツを拾いたいか?」

「なるほど事態は把握した。それは仕方ない」

 

 確かにそれは仕方ない。

 誰だってそうする。

 俺だってそうする。

 

「道のど真ん中に下着を含む衣服一式を置き忘れるとんでもないドジっ子がいる確率はどんなものだと思う?」

「常識的に考えるならば、クリーニング店行く途中で衣服を落とした、もしくはクリーニング店の車が荷物を落とした。ただ、魔法あり超常現象ありで考えると……」

「衣服を残して、肉体だけ消滅した」

 

 想像をしただけで背筋に悪寒が走った。

 

 もしその推論が正しければ、この町1つ……数万人の住民全てが消滅させられたということになる。

 

「道のど真ん中になかったのは、風か何かで飛ばされたんだと思う。だから、路地の片隅に何人分もの服が固まって落ちていた」

「ということは、この病室に落ちている服も、おそらくは」

「ああ、身体だけが消えて服だけが残ったんだろう」

「それなら、早くここを出ないと!」

 

 エリちゃんが荷物を掴んで部屋を出ようとするところを、タルタロスさんがその肩を掴んだ。

 

「慌てる気持ちも分かるが、少し話を聞いてくれんか。ワシらも説明されたが、今すぐにどうにかなる話ではない」

「……わかりました」

 

 エリちゃんは荷物を置いて椅子に座る。

 

「おそらくは。肉体だけを消滅させる攻撃……今は攻撃と呼ぶが、これが起こったのは今から3年前だと思う。例のフィラデルフィア実験が起こったタイミング」

「根拠は?」

「根拠はない。ただ、町が完全に無人なことを考えると、攻撃はそのタイミングで起こったと考えるのが自然だ」

 

 確かに整合性を考えるとおそらく発生はそのタイミングしかないだろう。

 

 今はまだこの海軍造船所の事務所を見ただけではあるが、町の中でも同様の現象が発生した可能性は十分あり得る。

 

 他の理由も考えられなくもないが、現在の状況と情報から推測するに、ただの逆張りでしかない。

 

「この攻撃が現在進行形で続いている可能性は?」

「ない。現時点でオレ達の身体は消えていないことと、後はあの天井に居る蜘蛛だ」

 

 カーターが天井の隅を指差すと、そこには大きな蜘蛛が蜘蛛の巣を張っていた。

 

「ターゲットが人間だけという可能性もあるが、対象が全生物だと仮定すると、あの蜘蛛はここにいるわけないし、巣も張ることが出来ない。先に消えてしまうからだ」

「なるほど。常時攻撃が続いているならば、蜘蛛の巣なんてあるわけがないと」

「あとは外で鳴いている鳥か。攻撃が継続しているならば鳥なんているはずもない」

 

 現在進行系で攻撃が行われていないという事実に胸をなでおろす。

 

「でも、どういう攻撃が行われたら、人間の肉体だけを消したり出来るんでしょう」

「そこにほぼ答えみたいなのがいるだろ」

 

 カーターは俺を指差した。

 それでだいたい察することが出来た。

 

「『魔女の呪い』を使った時に発生する生命体の分解……」

 

 俺を中心とした半径10mから最大150mまでの生命体を分解して黒い霧へ変えて、うちの虹色球体様を喚び出すための燃料にする能力。

 これと同じ現象が起こったということならば衣服だけが残るというのも理解できる。

 

「ラビ助の能力で服を着た人間を分解したことはあるか?」

「ホンジュラスの遺跡で寄生体と戦っただろう。あの時も寄生体は消滅したが衣服だけが残った。食材を鞄に入れたまま使ったこともあるが、それらは何故か無事だった。理由は分からない」

「その能力でこの町……半径5km程の住民数万人を消しされるか?」

「それは無理だ。半径150mまでなら消せても、それ以上の広い範囲はどうしたら良いのか分からない」

「ならば、お前や同様の能力者の犯行という線は消えた」

 

 どうやら、俺はいつの間にか容疑者にされて、そして、いつの間にか疑いは晴れたらしい。

 

「逆に言うと、邪神でも焼き払えるような熱線以上のエネルギーが必要になったので、この町の住民全てが生贄に捧げられたってことだ」

「そんな膨大な出力で何をするんだ? 世界でも滅ぼすつもりか?」

 

 ここまで言った段階で、自分の言葉で気付いた。

 

「世界どころか次元1つを滅ぼすつもりだったのか」

 

 俺達は答えを知っている。

 次元を破壊するための膨大なエネルギーが必要だったので複数……最低9つの次元からこの世界に向けて攻撃を仕掛けてきた。

 

 直接大爆発というわけにはいかなかったが、それでも次元の壁の破壊には成功した。

 その結果、この世界は何の手も打たなければ近いうちに滅ぶという状況だ。

 

 そして、それは追加の攻撃が来ないという前提の話だ。

 

 次元の存在が不安定になって異世界から町だの人だのが紛れ込んでくる、限りなく次元が不安定な状態で追加攻撃がやってきたらもう滅ぶしかない。

 

「まずは俺達がやるべきことを考えよう。もし事件の犯人が分かったとして、俺達は何をすれば良い?」

「何も出来ない。もし犯人と手口が分かったとしても事件発生は3年前の異世界の話だ。追跡しようがない」

 

 確かにこの事件は既に起こってから時間が経ちすぎている。

 

 犯人が律儀に待ってくれているわけもなく、もし犯人を見付けて倒したとしても、消滅した町の人が全員復活するようなことはない。

 

「でも、犯人を見付けて手口を明らかにすれば、再発防止は出来る」

「それもそうだ。こんな町1つを消すような災害を連発されたらたまらん」

 

 少なくともこの情報はなるべく多くの人に共有しておきたい。

 

「もう一度海軍の基地に行くぞ。そこにこの町で具体的に何が起こったかの手がかりがあるはずだ」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 まずは事務所内から資料の捜索を始めることにした。

 

 扉を開けるとカビと磯の臭いの入り混じったなんとも言えない悪臭が漂っている。

 あまり環境はよろしくないようだ。

 

 壁に張られた何かの告知の張り紙や標語が書かれた紙も湿気を吸ってしわくちゃになっている。

 

「これは保存状態に期待してはダメか」

「海沿いの施設だからな。ダメならダメで調査をさっさと切り上げよう」

 

 俺はしわくちゃになった張り紙の一枚を剥がして手で伸ばしてみた。

 

 そして、そこに書かれていた文章を読んで眉をひそめた。

 

「我が神を讃えよ」「終末は近い」

 

 以前の発電所にあった文言とほぼ同じだ。

 発電所にこんな怪しい張り紙があるのも問題だったが、今度は軍の施設だ。なお酷い。

 

「ここって海軍の施設だろ。そこに所属している連中が堂々と得体の知れない神を堂々と讃えるってどういう状況なんだ」

「それだけ内部に何者かが入り込んでいたということだろう。明らかにこのフィラデルフィアでも何かが行われているぞ」

 

 入った直後だというのにもうろくな予感がしない。

 

 ただ、ここまで真っ黒だと途中で帰るわけにはいかない。

 この町で何が起こったのかくらい確認したい。

 

 事務室に入ってまず目に付いたのは机の上に無造作に置かれたままになっている書類の山。

 

 そして、椅子に腰掛けるようにかけられた軍服だった。

 

「この中もやられているか」

 

 モリ君が槍の先でジャケットを持ち上げると、その内側にはシャツが重ねられているようだった。

 

 軍服のズボンの内側には丁寧にパンツが入っていた。

 

 やはり人間が分解されたということに間違いはなさそうだ。

 

「それにしても、この膨大な資料の中からどうやって調べるんだよ」

「膨大じゃない。おそらく実験の直前まではこの資料を見ながら打ち合わせが行われていたはずなんだから、机の上やその周辺に残っている最も新しい書類が実験の資料だ」

 

 調べるのはフィラデルフィア実験についての資料。

 

 都市伝説では、フィラデルフィア実験というのは、駆逐艦をレーダーに引っかからないように微妙な電磁波をまとわせて、それによって敵のレーダー波を打ち消す実験中に事故が発生したということだった。

 

 もちろん、現実にはそんな実験は行われなかったのだが、もし実際に行われた別次元があったとしたら?

 

 手がかりは、あの発電所にあったものと同じテスラコイルを使用した装置。

 

 偉い人からの指令書や実験の数値データなどは全部飛ばす。

 重要なのは人物の情報。

 

「ラビさん、これじゃないですか? 多分、あの装置が寄贈された時の写真です」

 

 モリ君が1枚の白黒写真を手渡してきた。

 

 その中には、軍服姿の軍人や、白衣を着た科学者に間違って、1人だけあからさまに場違いな女が1人居た。

 

 白黒写真にも関わらず、その人物の色は鮮明に色付いて見えた。

 その写真に写っていたのは、帽子を深々と被ったドレス姿の女性。

 

 白黒写真だというのに、その服と帽子の色ははっきりと分かる。

 

 真紅のドレスに帽子。

 

 パナマで出会った赤い女……いや、違う。

 こいつは中村夕子……50年前にこの世界に召喚されて、ただ1人日本への帰還に成功した日本人。

 

 これ一件だけならばたまたま似た人間がいたというだけで流していたかもしれない。

 

 だが、この中村が事件にかかわっているのはマインガルに次いで2件目だ。

 これで無関係と言われても流石に無理がある。

 

「伊原の話によると、この中村ってやつもオレやラビ助、伊原と同じように邪神の力の一部を与えられたはずなんだよな」

「確かそうだ。でも何か分かるのか?」

 

 カーターに尋ねると、机の上から無造作に一枚の書類を取り出して俺に見せた。

 そこには寄付者として「ナイア」という名前が記載されていた。

 

「無貌の神。ナイアルラトホテップ」

「ナイアルラトホテップって……」

 

 それは流石に俺でも聞いたことがある。

 

 様々なマンガやアニメ、ゲームにも登場する人々を幻惑して破滅させるトリックスターだ。

 無数の化身を持ち、千の姿を見せるという説があり、その正体は諸説あるが明らかになっていない。

 

「あのマインガルの町では役所の人間や発電所の人間を魅了して仲間に引き込んだ。そしてこの町では海軍の施設丸ごと乗っ取った。そんな器用なことが出来る邪神なんてそいつしかいない」

「人間の脳を操る能力でもあるのか?」

「こいつは人間の妬み、怒り……そんな負の感情を言葉で煽った上で、欲に対して餌を与えて釣って操るんだ。下手な魔法的な能力よりもはるかに厄介だ」

「もしかして、それって本人は自覚なく操られているというやつか?」

「ああ。多分本人は自分は自然に行動していると思っているはずだし、悪いことをしているという自覚すらないだろう」

 

 それは途轍もなく面倒な相手だ。

 いっそ魔術的な洗脳をしていて、倒したら解除とかやってくれる方がありがたい。

 

「それでどうします? この事件はもう3年前に終わってるんですよね」

「決まっている。もう発生した事件はどうしようもないけど、追加攻撃は阻止しないといけない」

「阻止ってどこに行くんですか? その中村さんはあちこちの次元を移動しているんでしょう。しかもこの事件は3年前ですよ」

 

 モリ君が当然の疑問の声を上げた。

 

「この世界の50年は地球だと半年。つまり約100倍の速度で時間が流れているんだ。なので、この世界の3年というのは地球だとまだ約11日だ」

「ということは、まだ2週間に満たない……」

「工作にどれだけ時間がかかるのかは分からないが、流石に2週間では何も出来ないだろう」

「つまり、今から追いかければ間に合うと」

「ああ。これ以上の追加攻撃はさせない」

 

 俺達のこれからの目的は決まった。

 更なる追加攻撃が始まる前に中村を止める。

 

「でも中村さんは一体どこに?」

「中村がいるとしたら、その場所は一つだ。この世界から全てを捨ててでも帰りたかった場所。伊原さんに送り届けられた場所……日本だ」

「日本……」

「決まっているだろう。俺達は日本へ帰る。その上で中村の居場所を探し出して凶行を止める」

 

 俺が力強く答えたので逆にカーターの方が驚いている。

 

「色々な異世界に迷惑をかけた上に、ついにはこの世界まで滅ぼしかけた邪神の使徒は俺達が住んでいた日本にいるんだろう。ならば、こいつを倒すのが俺達が日本へ帰ってからの仕事だ。日本のどこかに潜んでいるこいつを倒す。それが俺達の最終目標だ」

 

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