目を閉じて、全神経を鳥の使い魔から中継される映像に集中させる。
使い魔を飛ばした方向は東西南北の4方向。
東方向……集落近くの海に異常は見当たらず。
西方向……森があるが内部までは状態を確認できず。
南方向……同じく森の内部は不明。
北方向……ワシントンDCやボルチモア方向には特に何もなし。
同時に4方向、半径2キロの調査はさすがに負荷が高かったので、一度能力を解除する。
頭痛を堪えつつ深呼吸。
能力の使い方もかなり慣れてきた。
「北と東は異常なし。調べるなら西か南の森だな」
空からは集落の人から話を聞いた「蛾人間」の痕跡は見つけられなかった。
今のところは人的被害は出ていないようだが、農作物に多大なダメージが出ているというならば無視はできないだろう。
「それにしても蛾人間ってなんなんでしょうかね?」
「一応考察はある。おそらく正体は現代の地球、ウエストバージニア州で目撃例があるモスマンとか言われている
俺は適当な木の枝で地面に絵を描いていく。
大きな2つの目。
その周りに付いた巨大な羽、丸い胴体、そして鉤爪のような足。
「ラビさん、これって全然蛾の絵じゃないですよ。フクロウですよ」
「そうだよ、フクロウだよ」
チョイチョイと嘴などを描き足してフクロウの絵にする。
「メンフクロウというブサ可愛いフクロウがこの辺りに棲息してるんだけど、モスマンはこいつの見間違いだという説がある」
さらにもう一つメンフクロウの絵を追加する。
頭の形は同じだが、今度は獲物を狩るために脚を前に突き出した絵だ。
「同じくウエストバージニア州には、3メートルの宇宙人こと『フラットウッズ・モンスター』という謎のUMAの目撃例がある」
フクロウの絵にやはり大きな目が2つ。
それを覆う丸い頭、両手に爪を持った絵を描いた後に、やはり線を追加してフクロウの絵に変える。
「こいつもモスマンとほぼ同じシルエットなので、やはりメンフクロウの見間違いだと言われている」
「同じ絵じゃないですか」
「違うだろ、もっとよく見て」
モリ君が目を細めて絵を凝視する。
「違いはポーズだけじゃないですか」
「UFOブームの頃に目撃例があったのが3メートルの宇宙人。飽きられた頃に出てきたのがモスマン。多分同じ存在の話をしてるんだと思う」
「でも、この世界には実際に蛾人間がいるんですよね」
「それが気になるところなんだ」
靴底を擦りつけてフクロウの絵を消した。
「今まで出会ってきたモンスターは『異世界だからそんなのも居るだろ』で納得しようとしていたんだ。だけど、冷静に振り返って考えると、何かおかしいと思い始めてる。スカイフィッシュといい、このモスマンといい、見間違いUMAまで再現されてるのはおかしくないかって?」
俺はこの世界に来てからの現象を思い返していく。
「前に言っただろ。悪い夢みたいな世界……ドリームランドだって」
話半分で聞いていたカーターの話がここで一気に信ぴょう性を帯びてきた。
「ここは夢の世界だと?」
「夢そのものではないと思うけど、人のイメージが実体化するとか、イメージと似たような存在が異世界から引っ張り出されるとか、そんな類じゃないかなと……まあ、ただの仮説なんだけど」
「なら、今は現実の話をしましょう」
「そうだな。現実に被害を出しているモスマン対策を考えよう」
モリ君の言うとおり、証明もできない、ただの考察に時間をかけても仕方ない。
現実の対策を進めていくべきだろう。
「モスマンの拠点を見つけたいところだけど、森が広すぎるせいで、どうしようもない。集落の人は狩りには慣れているだろうけど、それでも蛾人間の拠点を発見できていないくらいだ。狩りの知識も土地勘もない俺たちが足で稼いだところで……」
「まあ無理ですよね」
「なので他の対策を考える。何か案はない?」
1人で考えても煮詰まるだけなので、ここはみんなの協力を仰ぎたい。
「蛾なら光に寄ってくるんじゃない?」
珍しくエリちゃんから効果が高そうな案が出てきた。
集落の人もモスマンも人工の光を見ることなどないだろう。
罠と気づかずに寄ってくる可能性はある。
「それで行きましょう。装甲車のヘッドライトで照らして、集まってきたところを一網打尽にすればいい」
「試してみる価値はありそうだ。手間もかからないし採用で」
案が出るとこちらも動きやすくて助かる。
「蛾はそれで全部駆除できるでしょうか?」
「さすがに無理だろう。だから、蛾人間はあえて適度に傷めつけた後に逃がして、巣の場所を突き止める」
「そして巣穴を見付けてそこへ攻撃と」
作戦としてはそれが良さそうだ。
作戦方針は決まった。
後は夜を待つだけだ。
◆ ◆ ◆
18時を過ぎて日が暮れてきたのでモスマンの撃退作戦を開始する。
まずはタルタロスさんに大きめの岩を運んでもらい、エリちゃんに真っ二つにしてもらう。
岩の断面は綺麗な平面なので簡易スクリーンとして機能するはずだ。
光だけでも十分だとは思うが、念には念を入れる。
まずは自生していたオレンジを岩に擦り付けて果汁で匂いを付ける。
原種に近く、栄養も足りていないのか、種は大きく甘みも少ない上に酸味が強い。
それでも、強烈なオレンジの香りがする。
虫を呼ぶには最適だろう。
さらにそこへ装甲車のヘッドライトを照射することで、匂いと光による相乗効果で蛾を集める作戦だ。
外で待っている最中、蛾に襲われるのは嫌なので、全員車内で待機することになった。
いざ敵が襲来すれば、車から飛び出して攻撃を開始する手はずだ。
ライトを点灯すると、早くも小さい羽虫などが灯りに誘われて集まってきている。
あとは本命を待つだけだ。
「今日は何時くらいまで待ちます?」
「子供たちは夜の9時まで。俺たちは日が変わるあたりまで続けよう」
「でも、動きがなくて退屈じゃない?」
「こればっかりは時間との戦いだからな。あと何時間か辛抱だ」
ひたすら敵の動きがあるのを待つ。
作戦開始から3時間後の21時。
集落の明かりが消え始め、光源は月や星のわずかな灯りと装甲車のヘッドライトだけ。
その状況で異変は起こった。
周囲からブブブブと不愉快な虫の羽音が聞こえ始めた。
その羽音は音量を上げながら段々と車へと近付いてくる。
「みんな、起きてるか! 本命が来たぞ!」
外部のスピーカーからは絶え間なく羽音が鳴り続けている。
そろそろ外に出て迎え撃つ準備をと思った直後に突然にモニターの表示が消えて真っ暗な画面になった。
――否。
「これってもしかして、無数の蛾がカメラの周りを覆い尽くしているから、真っ暗なのか?」
「そうみたいです。よく見たら真っ暗じゃなくて、たまにドアップの蛾が映っているのが見えるので」
モリ君が青い顔をしながらモニターから目を逸らしている。
虫が怖いのに、モニター全面に映し出された蛾を見てしまったのだろうか?
「マズいな、これほどの数がいるというのは想定外だった」
当初の想定ではある程度の数の蛾が岩で作ったスクリーンに集まってたところに、車から飛び出して迎撃予定だった。
だが、車を覆いつくすほどの数がやってくるとなると、車から出るどころではない。
「仕方ない。車内から迎撃する」
「車内から? どうやって?」
「俺たちのスキルはある程度遠隔で発動できるだろ。それの応用でこの車を体の一部と見立てて、車両先端からスキルを発動させる」
「できるんですか?」
「やるんだよ」
ハンドルに手を置いて目を瞑り、意識を集中させる。
これは箒……車体は自分の身体の延長……箒の先から出せるのだから、当然車からも出せる。
スキルはこちらが思っている以上に自由度が高い。
イメージの拡大解釈次第ではいくらでも能力の拡張が可能だ。
要は、やれて当然と思えば、必ず実現できる。
「極光!」
意図通り、極彩色の閃光は車体外側から放出された。
そのまま光線を360度回転させて、周囲にいた蛾を焼き払っていく。
極光自体は等身大のモンスターを相手にするには若干火力不足ではある。
それでも、少し大きな蛾くらいならば簡単に焼き払えるくらいの火力は備えている。
車を中心に放射された光線は、軌跡上にいた蛾を次々と焼き払っていく。
真っ黒で何も表示されていなかったモニターに映像が戻ってきた。
モニターにはまだ周辺には無数の蛾が飛び交う姿が映し出されていたが、それでも数は一気に減らせた。
「群鳥! 鳥を5羽召喚!」
車体の周辺に5羽の青白く光る鳥を召喚した。
「鳥よ! そこらの蛾を全部喰ってまわれ!」
コントロールを放棄して、スキルで喚びだした鳥を自由に飛び回らせる。
以前に蛙の神が喚びだした眷属の蛙を駆除するために使用した手だ。
鳥は「蛙は食べるが虫は食べない」などと言う偏食ではないので、この手段も使えるはずだ。
「師匠、あとは僕にやらせてください!」
レルム君が自信あり気に前に出てきた。
「よし任せた。この車の周りに飛び交っている蛾に電撃を食らわせてやれ!」
「任せてください!」
お互い手を出し、ハイタッチで手を鳴らして攻撃担当を交代する。
「でんきショック!」
レルム君が無駄に洗練された無駄だらけの動きでケープを翻して杖を振ると、装甲車の表面から放電が行われた。
まるで誘蛾灯に飛び込んだように、周辺を飛び交っていた蛾の大半が青白い電撃に焼き焦がされ、灰になって地面へ落下していく。
「次はうちが行く!」
「ドロシーちゃん、任せた!」
今度はドロシーちゃんの攻撃だ。
「みずでっぽう!」
車体から水流が放出され、周辺を僅かに飛んでいた蛾が軒並み地面へと落ちていく。
攻撃力で撃ち落としたというよりも、水で羽根が濡れてまともに飛行できなくなったようだ。
俺たち3人の連続攻撃により、モニターを見る限り、普通サイズの蛾はほぼ残っていない。
目立つのは体長2メートルから3メートル。
巨大な人型のシルエット……おそらくモスマンだ。
「エリス! タルタロスさん! 近接攻撃チームの出番だ!」
「任せて!」
「蛾人間を適当に痛めつければ良いのだな」
モリ君の指示でエリちゃんとタルタロスさんの2人がポキポキと指を鳴らす。
「殺さないでくださいね。適度に痛めつけて、巣に逃げ帰らせる必要があるので」
「羽根をもぐのはなし?」
「なしなし、飛んで帰れなくなるので!」
「足くらいは折っても良いのだな」
「……うん、まあそれくらいは。判断は任せます」
3人がドアを開けて飛び出していく。
俺も箒を掴んでそれに続く。
「オレは行かなくてOK?」
「カーターは子供たちと留守番。そもそも戦うのは近接チームだけで十分だ」
「ならラビ助は何しに行くんだ?」
「追跡だよ。鳥は2キロまでしか追跡できないから、それ以上の距離は、直接飛んで追いかけるしかない」
「そうか、気を付けろよ」
「もちろん!」
近接チームとモスマンとの戦闘は早くも始まっていた。
モスマンは人間の下半身に巨大な翼を持ったフクロウの上半身が生えた不気味な形状の怪人だった。
そこだけを見るとフクロウ怪人なのだが、頭部には巨大な2つの複眼が月光を受けて赤くギラリと光っている。
口の位置にあるのは嘴ではなく、蝶や蛾のような口吻が生えている。
翼に生えているのは鳥のような羽毛ではなく細かい産毛だ。
そこにはギラギラと光る鱗粉が付いており、装甲車のライトに反射してキラキラと輝いている。
これらの特徴を含めて蛾人間なのだろう。
そのモスマン2体が息も付かせぬ連係攻撃で近接チーム3人へ迫っていた。
主な攻撃手段は足によるキック中心のようだ。
低空高速飛行からの飛び蹴りや、細いが長い足を生かした回し蹴りなど、巧みな攻撃を次々と放ってきている。
足の先は鋭いかぎ爪のようになっており、直撃すれば切り裂かれるというわけだ。
身長は3メートル近く、両方の翼を広げた状態だと横幅は5メートル近い。
タルタロスさんの身長が2メートルだが、それよりも大きく、ヒグマのような威圧感がある。
俺1人ならばそれなりに苦戦を強いられたかもしれない。
だが、戦闘慣れしたモリ君、エリちゃん、タルタロスさんを圧倒するほどではない。
3人は危うげなところもなく連続攻撃を軽くいなし、逆に反撃でモスマンを追い込んでいく。
「一体は倒してしまおう」
「了解!」
エリちゃんが大振りの攻撃をあえて外して隙を誘う。
モスマンは見事にそれに引っかかり、安易に反撃をしようと飛び蹴りを繰り出す。
その足を、タルタロスさんが横からガッチリと右手で掴んだ。
タルタロスさんはモスマンの足を掴んだままグルグルと頭上で何回転か振り回した後に、力任せに地面へ叩き付けた。
ベチャリという音と共にモスマンはバラバラになった。
胴体の残骸の中に卵らしきものが混じっている。
卵を産みつけに来たという話は本当のようだ。
孵化しないよう、極光で残骸もろとも一片も残さず焼き払っておく。
仲間がやられて不利だと判断したのか、もう1体のモスマンが大きく羽を広げた。
鱗粉をまき散らしながらゆったりと空へ舞い上がる。
「くそにげるつもりだぞ」
「うわーとてもあいつにはおいつけません」
モリ君とエリちゃんが酷い大根寸劇を始めて空へ逃げようとしているモスマンに向かって走るフリをする。
学芸会かな?
それでもモスマンには、俺たちが空に逃げた敵に対して対処方法がないと認識したようだ。
空高く飛び立った。
僅かに残った蛾も、モスマンに続いて空の彼方へと消えていった。
俺は鳥を召喚して、箒に跨がる。
「じゃあ拠点を確かめてくる」
「早く戻ってきてね」
手を振りながらまずは鳥を空へ放つ。
やや遅れて俺も飛び立ち、モスマンたちに気付かれないように後を追う。
俺と鳥との距離が2キロ以内ならば能力は自動解除されずに継続使用ができる。
追跡としては楽な部類だ。
モスマンは南西方向の森の上空でぐっと高度を落とし、そのまま他の蛾と共に森の中へ入っていった。
釣られて森の中には入らない。
今回はあくまで偵察任務だと割り切って上空から様子を確かめると、森の中に一部木々が立ち枯れして広場のようになっている場所がある。
木や草はモスマンと蛾に食い荒らされた。
巣はその周辺にあると考えていいだろう。
「魔女の呪いを撃ち込めば壊滅できそうだけど、今回は止めておくか。みんな心配してるもんな」
ただ、気になる点が1つだけある。
暗くてよく見えないのだが、同じように立ち枯れした場所は北方向に点々と存在しているようだった。
「モスマンは元々北東方向に住んでいたのが移動してきたってことか」
ワシントンD.C.やボルチモアがある北東はどのみちこれから向かう方向だ。
モスマンがどこからやって来たのかは、行きがけの駄賃で調べられる。
ともかく、モスマン発生源は突き止めたので、この日はすぐに引き返すことにした。
モスマンは夜行性のようだ。
朝一番、明るくなったら全部片づけてしまおう。