収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 6 「ダイラス=リーン」

 モスマンの巣を潰しながら北上すること3日。

 海沿いの道の先に、何やら黒い影が見えてきた。

 

 比喩ではなく、文字通り黒い何かだ。

 

「なんだありゃ?」

「全然見えないんだけど」

 

 エリちゃんが目を凝らすが、見えないのは当然だ。

 装甲車のモニターだと、視力の善し悪しは関係ない。

 車体前方に捉えたカメラの映像が全てだからだ。

 

「カーター、ちょっと運転頼む」

「偵察か? モスマンのこともあるし気をつけろよ」

「分かってるよ。俺が出るわけじゃない。鳥に先行させる」

 

 ドアを開いて、そこから使い魔の鳥を放った。

 

 一度上空まで昇らせてから、俯瞰で先にあるものを確認する。

 

 位置的にはワシントンD.C.が存在しているはずの地点に別の町がある。

 

 玄武岩で作られたらしい黒くて角ばった細い塔が立ち並ぶ町だ。

 町から少し離れた場所には切り立った険しい岩壁があり、そこにはやはり時代を間違っているとしか思えない、黒い船体のガレー船が何隻も停泊している。

 

「異世界の町が存在していることは想定の範囲内だが」

「いや、少しおかしい。交易船が何隻も停まっているのがちょっと気になる」

「何がおかしいんだ?」

「少し前までいた集落の人はもちろん、フロリダ、マイアミの住民もこの町のことを把握していなかった」

 

 町に停泊している船は明らかに外洋に出るためのものだ。

 ここから北にあるのはフィラデルフィア、ニューヨーク、そして俺たちの目的地であるマサチューセッツ州のボストン。

 

 否、それらの町があるというのは、あくまでも地球の話だ。

 この世界に町があるという保証はない。

 

 そもそも、そこに町があったとしても、南方向に移動をしていないのだろうか?

 

 今のところこの世界だとメキシコ湾に大きな町が集中して存在している。

 それらの町と交易しているならば、フロリダのマイアミを寄港地としていないのは少し気になる。

 

「この世界に飛ばされてきて間もないということだろうか?」

「運営が作ったコピー失敗の町かもしれない。住民が友好的だと信じたいけど、一応警戒して進もう」

「そうなると、車で直接町に乗り込まない方がいいですよね」

 

 モリ君がモニターを見ながら言った。

 

 幸いにも町までにはかなり距離がある。

 安易に装甲車という警戒心しか生まない乗り物で乗り付けない方が安心だろう。

 

「少し手前に林がある。そこに車を隠していこう」

「モスマンが湧いたりしてないでしょうか?」

「一応チェックはしておこう。なければ、そこに停めておけばいいと思う」

 

 木々の間に車を停め、各員荷物を持って外に出た。

 町までは2キロほどだろう。

 

「エリちゃん、町の様子はどんな感じ?」

「アラブっぽいかな? ターバンを被った人が大勢いるよ。人形じゃなくて、一応人みたい」

「アメリカはどこに消えたんだよ」

 

 明らかに文化圏が異なる。

 ほぼ間違いなく異世界からやってきた町と考えても良さそうだ。

 

「何度も言うけど」

「分かってますよ。十分注意して進みましょう」

 

 念のためにタルタロスさんにレルム君を守ってもらうことにする。

 ドロシーちゃんはモリ君とエリちゃんに任せる。

 

 あぶれた俺はカーターと組んで情報収集にあたる。

 

「何か危険を感じたら、この車のところに戻るようにしましょう」

 

 モリ君が最後に締めた。

 俺たちは町に向けて歩き出した。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 町の中は異様な雰囲気に包まれていた。

 

 あちこちに建つ尖塔だけでなく、建物も石を積んで作られているのだが、その大半が黒っぽい石だ。

 道の舗装に使われている石畳も黒い。

 メイン通りには丸石が使われているのだが、それも黒っぽい。

 

 町も黒ければ、港に停泊しているガレー船まで黒い。

 黒で統一された町だ。

 

 ただ、町全体のイメージが黒一色かというとそうでもない。

 その理由は、町の至る所にある露店や商店で売られている紅玉(ルビー)に似た赤い宝石だ。

 

 どこにでも置かれている赤い宝石は、太陽の光を受けて赤く輝いている。

 少数ならばその地域の伝統だろうで流すところだ。

 それが、まるで住居表示のように大小さまざまな紅玉が、ほぼ全ての建物に飾られているのは異様な光景としか言いようがない。

 

「ラビさん、そこらの露店で売っているやつってアレですよね」

 

 モリ君が小声でささやいてきた。

 まさかと思いながらもカーターを呼びよせて確認する。

 

「もしかして、モスマンに埋まっていた宝石の仲間か?」

「ほぼ間違いない。この町に入ってから妙な魔力が渦巻いている。そこらで売ってる宝石のせいだ」

 

 カーターはそれらの宝石から視界を逸らしていた。

 モスマンに埋まっていたものや、造船所で見つけた破片は小さかったが、ここに置かれているサイズはその比ではない。

 

「よろしくない感じか?」

「かなり悪いな。なんでこいつら平然としてるんだレベルでおかしい」

「一応、さりげなく聞き込みをしてみるか」

 

 住民の大半は、アラブ系の人たちばかりだ。

 アメリカ大陸にどうやってやってきたのという疑問は棚に置いておく。

 その中に妙な人間? が混じっている。

 

 頭にターバンのような布を巻いているのだが、まるで角でも隠しているのかと思うばかりに額の部分が尖っている。

 つま先が太くて平べったい妙な靴を履いているのはともかく、常人よりも明らかに高身長だ。

 

 タルタロスさんは身長2メートル近く大柄だが、大差ないか、むしろ大きいほどだ。

 額に角を持っていて巨大となると、もしかすると鬼か何かかもしれない。

 

 そして、住民たちはそんな彼らを見慣れているのか何の反応も示さない。

 俺たちもたいがい奇妙奇天烈なコスプレ集団ではあるが、それに対しても反応がほぼないあたり、色々な人種が普段から出入りしているのだろうが。

 

 さすがに、謎の鬼っぽい人にいきなり話をしたくはない。

 ワンクッションを置くために、まずは常人に見える方からアプローチをかけたい。

 

 露店を見ていると、パンの中に野菜を炒めたものを詰めるという、ホットドッグ的な料理を売っている店があった。

 

 スープなどは原材料が不明なので少し怖いが、ホットドッグならば原材料は明白。

 怪しいものが混入する可能性は低そうだ。

 

 財布代わりの袋から銀貨を1枚取り出して露店の主に声を掛けた。

 タウンティンで使われている銀貨だが、どこまで使えるのかも確認しておきたい。

 

「この銀貨は使える?」

 

 露店の主は銀貨を受け取ると、人差し指と親指の間で何度か擦った後に、吊るしているザルの中に投げ込んだ。

 OKらしい。

 

「何人前だい?」

「2人前」

 

 店主はパンに切れ目を入れて野菜炒めを挟み、俺とカーターの2人に渡してきた。

 その後にザルの中に置かれている硬貨の山の中から、銅貨5枚を雑に掴み取って返してきた。

 

 お釣りのようだが、相場が分からないせいで、高いのか安いのかすら分からない。

 

「私たちは南の方から旅してきたんですけど、ここに町があるなんて初めて知りました」

「南に町なんてあったのかい?」

「この町はなんというんですか?」

「ダイラス=リーン」

「港にある船はどこまで行っているんですか?」

「北にあるセレファイスやインガノクまで」

 

 謎の固有名詞が次々と飛び交う。

 

 セレファイスの名前は前に聞いた覚えがあるが、地球だとどの位置にあるのかまるで想像がつかない。

 インガノクに至ってはもはや町なのか地域なのかすら分からないレベルだ。

 

「南方向は?」

「ウルタールまで」

「フロリダ……マイアミ方面は?」

「聞いたこともない。南はウルタールまで」

 

 店主は当然のように言った。

 フロリダ方面とは一切交流がないようだ。

 

「町を歩いている鬼みたいな人はどこから来たかご存知ですか?」

「黒いガレー船でやってきた商人だよ。紅玉と交換に色々なものを買っていく」

 

 紅玉の出所は分かった。

 あのターバンの連中がこの町に持ち込んだものだ。

 

 店主から得られる情報としては十分だ。

 

 ホットドッグは一応食えた。

 パッサパサのパンに、妙に酸味と辛みが強い味付けではあったが、まあそういうものと納得すれば大丈夫だった。

 

 今のところ腹は痛くなっていない。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 それから町のあちこちを歩き回った。

 

 港町らしい潮の香り漂う狭い路地を抜け、苔だらけの黒い岩の階段を上った先には町を見下ろせる展望台のような高台があった。

 場所によってはちょっとした観光地になり得る眺望の良さではあるが、今のところ周囲に人の姿はない。

 

 少し先にはやはり黒い岩を削って作られた灯台が立っている。

 灯台といえば白というイメージがあるだけに、黒い灯台は変な感じだ。

 

 違和感はそれだけではない。

 一通り歩いてみたのだが、港町の割には周辺との交流が感じられず、妙な引っかかりがずっと残る。

 

「やっぱりおかしいですよね」

 

 モリ君も気づいたようだ。

 

「マサトランとかフラニスとか、この旅で色々と大きな港町は見てきましたけど、何か違うんですよ」

「どういうことなの? なんで2人だけ分かってるの?」

 

 俺とモリ君だけが分かっているのにエリちゃんが納得していないようだ。

 

「生活臭だよ。交易で成り立っているはずなのに、荷物を保存する倉庫がない。町からは街道が伸びていない。港にはあれだけ大きな船が停泊しているのに船員や港湾労働者が町に一人もいない……キリがないな」

 

 高台から見下ろせる港町に生産施設らしきものが見当たらない。

 余所から運ばれてきた船荷をここで積み込み直すだけのハブ港の可能性もゼロではないが、それだとしても倉庫は必要なはずだ。

 

「単に異世界から来た町というのも違和感があります」

「だとしたら、ここは幻の町か、それとも……」

「偽物の町か」

 

 モリ君が持っていた槍を手元で回転させて、穂先を地面に向けた。

 

「オーラウエポン!」

 

 槍の穂先が青白い光を放つ。

 両手で槍を握り直し、勢い良く地面に突き刺した。

 

 石が割れる音を予想していたが、槍の穂先は音もなく石畳に吸い込まれるように突き刺さった。

 

 モリ君のスキルで強化された槍が鋭いだけでは説明がつかない。

 おそらく素材が石ではないのだ。

 

 モリ君が槍を持ち上げると、その断面は白い樹脂のような材質だった。

 

「石みたいなのは表面の塗装だけですね。中は発泡スチロールのような素材です」

「やっぱりそうだ。前に複製された不完全な偽物の町があっただろ。ここはおそらく完成形の町だ」

「じゃあ、やっぱり運営関係なの、この町って?」

「ただ、そこの事情がちょっと違うんじゃないかと思うんだ。確か、偽物の町で見た資料だと、NPCとして作られた人間は、エネルギー切れを起こすと飢餓感から暴走するってあった」

「暴走している感じはないですね」

 

 今のところ町の住民たちは平穏そのもの……に見える。

 

 運営は撤退し、大規模なカナベラル基地の補助動力も俺たちがたどり着いた時点でほぼ尽きかけていた。

 ダゴン出現時には、その補助動力も完全に切れたと考えていいだろう。

 

 この町も同様に、エネルギー切れになっていてもおかしくはない。

 なのに住民は暴走していない。

 

 偽物の町の情報が間違っていたか、それとも別のエネルギー供給がなされているかのどちらかだ。

 

「あと気になるのは、あちらのガレー船だ」

 

 俺は港から出ていく1隻の黒いガレー船を指差した。

 特に何かを下ろしたり、何かを積み込んだ形跡はないが、どこに向かうつもりなのだろう。

 

 港にはまだ4隻のガレー船が停泊している。

 

「あのガレー船に乗っているという船員は明らかに人間離れしていた。一般人に成り済ますために作ったNPCの外観を人離れさせる理屈が分からない」

「別口ということですか?」

「しかも、そいつらが紅玉を持ってきたという。じゃあ、その紅玉はどこから湧いてきたんだと」

「とりあえず一つ買ってみます?」

「軍資金も少ないし、無駄遣いはもったいない。直接、港に停めてある船を調べた方が手っ取り早い」

「早いってどうするんですか?」

「こうする」

 

 鳥の使い魔を喚び出して、停泊しているガレー船に向けて放った。

 射程距離は2キロ。

 十分に範囲内に収まる。

 

 高速で飛翔した鳥はガレー船の側面に開けられた換気用? の窓から船内に侵入する。

 停泊しているという理由もあるのだろうが、船内には人影が全くない。

 

 鳥の使い魔で共有できるのは視界だけなので音については不明だが、それでもシンと静まり返っている空気は分かる。

 暗い船内には何も動くものが見当たらない。

 

 船室には誰もおらず、船底には積み荷の類がない。

 

 船体からは大きなオールがいくつも飛び出している三段式のガレー船だ。

 

 上部、中部、下部にそれぞれ漕ぎ手を配置して、オールを漕がせる方式の船だが、船内にはそれらの漕ぎ手も船員の姿も見当たらない。

 

「船もダミーなんでしょうか?」

「それはあるかもしれないな。意外と船底には謎動力のエンジンが積まれているかもしれない」

 

 鳥を船底に向かわせようとした時、視界の隅に何かが映った。

 

 船の片隅に鉄の檻のようなものがあり、そこに何者かが囚われていた。

 

 檻の中にいたのは人間だった。

 

 年齢は20代の男女2人。

 どちらも魔術師のローブのような服を身にまとっているが、あちこち破けており、服の隙間からは痛々しい傷跡が見える。

 

「人か? なんでこんなところに」

 

 今のところ捕まえられている理由などは不明だ。

 単に悪人が拘束されているだけの可能性もあるし、俺たちが動かなくてはいけないという根拠には乏しい。

 

 鳥を別方向に向かわせようとした時、何かが振り下ろされるのが見えた。

 

「避けろ!」

 

 鳥に命令を出して回避させる。

 サトシかマリュー艦長並みの雑な命令にもかかわらず鳥が素早く回避行動を取った。

 

 暗がりから姿を現したのは、町の中を歩いていた商人だった。

 ただ、頭に巻いていたターバンや服を脱いでおり、半裸の状態だ。

 

 頭部からは異形の二本の角が生えており、服で隠されていた肌は獣のように毛むくじゃら。

 靴で隠されていたつま先は山羊や羊の蹄のような形状だ。

 

 町中ではターバンと衣服で人間に見えるようにカモフラージュをしていたが、これが本来の姿なのだろう。

 

「一応調査も終えたし、痕跡を追えないように消すか」

 

 解除(リリース)と唱えて使い魔の召喚を解除する。

 

 敵に潜入されたという情報はバレたが、それを誰が放ったかまでは追えないはずだ。

 

「さて、これが今のところ分かっている情報だが」

「囚われている2人に話を聞きたいところですね」

「まあ、そうなるよな。助けるかどうかはともかく、その2人は何か情報を持っているはずだ」

 

 今のところ商人は人間ではないということと、モスマンに埋め込まれていたのと同じ紅玉をこの町に流しているという情報だけだ。

 それでも、ここで先を急ぐからと何も調査せずに見逃すと、後で後悔することになるかもしれない。

 

「作戦をまとめよう。船の中に忍び込んで2人に接触する。ただし、既に潜入がバレているので、あまり時間的な猶予はない」

「だからといって白昼堂々はおかしいですよ」

「それは分かっている。この高台で船に出入りする人間の数を見ながら陽が落ちるのを待つ」

 

 いっそのこと洋上に出てくれる方がありがたいかもしれない。

 俺だけならば空から船に侵入できる。

 

「少人数がいいでしょうね。俺とエリス、それにラビさんの3人でどうでしょう?」

「オレは参加しなくてもいいのか? ヤバい魔術ならば、オレの知識が必要だろう」

 

 珍しくカーターが協力的だ。

 それはありがたいのだが、カーターには別の役割がある。

 

「今回は捕らえられている2人に話を聞くだけの方針だ。ただ、内容次第では大暴れすることになる。カーターはこの町からいつでも逃走できるよう、車で待機していてくれ」

「では、ワシは子供たちの番をしていよう。潜伏には向かんからな」

 

 タルタロスさんと子供たちは車で留守番でいいだろう。

 

 レルム君は表情からして作戦に参加したいようではあるが、今日のところは留守番をしていて欲しい。

 

 いざとなれば空に逃げられる俺や、卓越した運動能力で人間離れした動きをできるモリ君やエリちゃんのような逃走はできないのだから。

 

「決まりですね。今晩、日が暮れたら3人でその船に忍び込みましょう」

 

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