「待って、誰か近寄ってくる足音が聞こえる」
通路を進む途中、聴覚に優れたエリちゃんが突然に俺たちへ警告を発してきた。
頭を若干傾けて聞き耳を立てている。
「誰だ? 眼鏡マンたちか? それともそれ以外の誰かか?」
「分からない。足音だけで話し声なんかは聴こえないから。1人は革のブーツ、もう1人は靴かな?」
俺の耳には何も聞こえない。
ただ、モリ君とハセベさんも立ち止まって耳を澄ましている。
2人ともエリちゃんほどではないが、何かしらの音は聞こえているようだ。
こういう五感の鋭さは戦士職と魔法使い職との違いか。
「敵と味方の可能性は半々で考えようか?」
俺はクッキーを虚空から取り出しながら答えた。
「モリ君、例の水差しの水はどれくらい残っている?」
「俺たち4人が一口ずつくらいは」
俺が尋ねるとモリ君は例の倉庫で見つけた水差しを持ち上げた。
「たぷん」という音がしたので、それくらいの量はありそうだ。
「OK。なら、その水と俺のクッキーを交渉材料にしよう。友好的な相手ならば、対価なしで全部差し出していい」
「敵対的なら?」
「敵対的だとしても、さすがに問答無用で仕掛けてくることはないと思う。なので、交渉して味方に引き込む。戦力としても情報源としても仲間は多い方がいい」
「俺は賛成です。ハセベさんはどうですか?」
刀の鞘を左手で掴んだハセベさんは険しい目つきで通路の奥の方を凝視している。
未知の相手が攻撃を仕掛けてきたとしてもいつでも応戦できる……そんな雰囲気だ。
「再度確認するが、君たちはまだ、相手が友好的であると信じられるのか?」
「相手もおそらくは同じ日本人同士です。いきなり攻撃を仕掛けてこなければ、なるべく平和裏には収めたいです」
俺がそう言うとハセベさんは一度目をつむり、その後に大きく深呼吸をした。
「確かに私も少し気が立っていた。まずは交渉という方針に異論はない」
ハセベさんは鞘を掴んだままではあるが、それでもわずかだが険しさがなくなった。
方針は友好的に交渉ということで固まった。
ならば、やることは1つだ。
大声を出すために一度息を大きく吸い込んだ。
「日本人の方ですか? 私たちも同じ境遇です! 水と食料ならわずかですが持っています。できれば協力してくださーい!」
通路の先に向かってなるべく大声で叫ぶように言った。
「クッキーもありまーす! 少しパサパサしてるけどー!」
「俺は実は甘いの苦手でーす! でもお腹が減ってる時にはちょうど良いでーす」
モリ君とエリちゃんが俺に続いた。
大きな声で通路の奥に呼びかける。
「待って。俺のクッキーってそんなにパサパサしてる? それに甘すぎるの?」
返事はなかった。
モリ君もエリちゃんもなぜか俺に顔を合わせようとしない。
「そっちは何人いる?」
俺たちの呼びかけに対して、通路の奥から若い男の声が返ってきた。
どうする?
これは正直に応えるべきか?
「4人でーす! 男子2女子2でーす!」
逡巡している間にエリちゃんが声の主に答えた。
まあ良いか。
俺たちは友好的に行くと決めたのだから。
「高校生2人、中学生1人、大人が1人でーす」
「中学生は俺の妹でーす!」
「いや待って、それはさすがに嘘だろ。今の話に嘘しかなかったぞ」
さすがに無茶苦茶な話すぎるので思わずモリ君とエリちゃんの肩を掴んだ。
「誰が中学生で、しかもなんでモリ君の妹なんだよ」
「いや、今は話をシンプルにしようと」
モリ君から無茶苦茶な言い訳が返ってきた。
「まあ見た目は確かにそうなんだけど、それでも妹は嘘すぎるだろ」
「でも、ラビちゃんは確かに妹っぽいなと」
「そうですよ。たまに頼れますけど、だいたい妹みたいな感覚です」
「なん……だと……!?」
あれだけ散々「俺は23歳だ」「保護者だ」と言っているのに、2人には何も通じていなかった。
俺の言葉は通じていなかったのか?
俺は仲間に受け入れてもらえていないのか?
やはりこの世界は歪んでいる。
魔女はどこまでも孤独ということなのか。
「こちらは2人だ。成人の男1に中学生女子1。戦闘の意思はない。受け入れてほしい」
返事はすぐに返ってきた。
この言葉はさすがに信用して良いだろう。
返事の後に通路の奥から無抵抗だと示したいのか男女2人組が両手を真上へ挙げながら姿を現した。
1人はテンガロンハットにレザーベスト、背中にはライフル銃を背負ったカウボーイ姿の金髪の男。
かなりの長身だ。体格もかなりガッチリしている。
もう1人は魔法使い風の若草色のローブを着た少女。
年齢は高校生……にしては大人びて見える。大学生で成人してすぐくらいだろうか?
何が中学生なのかは分からないが、俺と同じで見た目と中身が一致していないパターンだろうか?
「こちらに敵対する意思はない。食事と水を分けてもらえると助かる」
◆ ◆ ◆
カウボーイ姿の[ウィリー SR]と魔法使いの少女[ガーネット R]にクッキーと水を提供すると、勢いよく食べ始めた。
予想通りサバイバル用のスキルがない上に、補給物資が手に入らないルートへ行ってしまったようだ。
体力がかなり限界に近かったのだろう。
「クッキーはスキルでいくらでも出せますので遠慮せず食べてください」
「すまない。こんなに色々貰っても、こちらから対価として差し出せるものは何もないんだが」
「いえいえ、困った時はお互い様なので」
俺がそう言うとウィリーさんとガーネットさんは頭を下げながらひたすらクッキーを食べ続けた。
腹が満たされて気分も少し落ち着いたのだろう。
ようやく今までの経緯を話してもらえた。
ウィリーさんとガーネットさん、そしてマークという男の3人は第13チームだ。
最初の部屋を出てすぐに光が全くない闇の中……地下の洞窟に迷い込んでしまったらしい。
幸いにもウィリーさんが
「西部劇のガンマンならこれくらい持っているだろう」
という
そのため、灯りを確保することで何も分からないまま全滅という事態だけは避けられた。
だが、ずっとまっ暗闇で出口も分からず、食事も水も手に入らないという状況が続いた。
そして、ついに仲間の1人、マークが巨大蝙蝠の群れに襲われて命を落とすことになった。
ただ、蝙蝠が出てきて助かったこともある。
巨大な蝙蝠が真っ暗な地下に住んでいるような小動物だけを捕食して生き続けることなどできるはずがない。
きっとどこかで外に出て食料を調達しているはずだ。
蝙蝠が飛んできた方向へ歩き続ければきっと地上へ出られるはず。
そう信じて三日三晩歩き続けて、ようやく日の光が入る地上部分……ここにたどり着いて俺たちと出会ったというわけである。
俺たちが最初の部屋を出たときには分岐は2方向しかなかった上に、登り道はずっと一直線だった。
あのスタート地点に分岐を調整するための壁を移動させる仕組みが有ったのだろうか?
真っ先に第1チームが部屋から抜け出していったという話を聞いたが、もしサクラのような存在がいるならば、彼らとその他参加者を同じルートに放つとは思えない。
第4チームとの合流の話もそうだ。
最初の部屋だけ3人で抜けても、部屋を出てすぐの場所で待ち合わせができたら、わざわざ3人でチームを組ませる意味がない。
それを回避するために、部屋を出た直後にルートを何らかの方法で切り替える仕組みがあってもおかしくはない。
無理矢理な解釈ではあるが、歩いていたルートがそもそも違ったのなら、出会わなかった理由にはなる。
「つまり、あんたたちが山頂から見た山を降りた先……森の入口が遺跡の出口である可能性が高いって話か」
「ウィリーさんは地下から上がってきた。ラヴィ君たちは山頂から降りてきた。ということは、遺跡の出口はどちらも未探索の地上にあるというのは十分考えられる」
「なるほど、理屈は通ってる」
ウィリーさんがハセベさんに手を差し伸べた。
握手をしようということだろう。
「私はハセベだ。よろしく頼む」
「あんたがそちらのチームのリーダーか?」
「いや、私は違う。リーダーはそちらの――」
「なるほど、こちらか」
ウィリーさんはそう言ってモリ君と握手を交わした。
「君がリーダーか」
「いえ、俺じゃなくてこちらのラビさんです」
「どうも、暫定リーダーです」
モリ君の紹介を受けて俺が手を挙げるとウィリーさんが、あからさまに納得がいかないという顔をした。
「なんで!?」
「23歳ですけど」
「23!? ああ、ガーニーの逆パターンか」
ウィリーさんはそう言って「うんうん」と何度か首を縦に振った。
どうやら納得していただけたようだ。
「しかし大変だな。突然に大人の女性から中学生に変えられるなんて」
「あっ、いえ……元は男なんですけど」
俺がそう答えるとウィリーさんがまた硬直した。
「えっ、男?」
「はい?」
「何かのギャグ?」
「残念ながら今の体は完全に女子中学生です」
ウィリーさんが頭を抱え始めた。
俺は悪くない。運営が勝手に。
その話を聞いていたガーネットさんが控え目に手を挙げた。
「どうも、15歳です。来年から高校生です」
「本物の中学生が来ちゃったよ」
エリちゃんが不躾に言った。
すまない。
こちとら偽物の女子中学生で本当にすまない。
俺はガーネットさん……改めガーネットちゃんの姿を見る。
身長は俺やエリちゃんよりもなお低い……150cmくらいだろうか。
だが、顔立ちや体型は完全に大人の女性だ。
外見の年齢だけだと19から21……女子大生くらいに見える。
大人びているので元の俺よりも年上である25歳くらいの可能性もありうると考えていたが、実は年下だったのか。
茶色の長髪で髪飾りを付けている。
服装は若草色の魔法使い風のゆったりしたローブ。
作画に優しい装飾なしで黒一色の丈夫なだけの貫頭衣の俺とは異なり、ベルトやポケットが付いていたり、各部に刺繍や飾り布などが縫い込まれるなど装飾なども凝っている。
生地の質や縫製も良く、かなりのお高い服だと一目見れば分かる。
そして、その高そうなローブを更に高級に見せる品の良さ。
先程からクッキーを食べたり水を飲んだりする仕草は躾が行き届いたお嬢様そのものだ。
よほどええところの家で育ったのだろう。
「芦屋などにお住まいで?」
貧相な俺の頭ではお嬢様=芦屋というイメージしか連想できなかったが、一応聞いてみることにした。
「家は東京ですけど」
「俺は横浜だから近くかな」
モリ君も会話に入ってきた。
「オレも横浜だぜ。川崎に近い場所だけど、そっちは?」
何気なく始まった出身地談義にウィリーさんも入ってきた。
「俺は根岸線の方。完全に南北ですね」
「ああ、鎌倉に近いあたりか。南の方は全然行かないからよく知らないな」
「私も今は東京の会社に務めているので、都内のマンション在住だ。出身自体は東北だがな」
今度はハセベさんも出身地談義に入ってきた。
こうなって見ると関東圏が多いな。
「そう言えば聞いたことなかったけどエリちゃんは?」
「うちは……西の方。えっと、神戸とか」
「なんだ、エリちゃんは近所だったのか。俺は加古川」
「えっと、加古川ってどこだっけ?」
エリちゃんが真顔で聞いてきた。信じられない。
「神戸市民っていつもそうですよね。加古川のことなんだと思ってるんです?」
「えっ、何の話? だから加古川ってどこなの?」
「もしかして明石の横は姫路で六甲山を越えたらすぐに日本海だと思ってる? これだから神戸市民は」
「だから何の話?」
おのれ神戸市民め。
兵庫には神戸と姫路と北のカニエリアしかないと思ってるだろう。
「しかし、三人娘で見事に大中小だな」
ウィリーさんが俺、エリちゃん、ガーネットちゃんの3人を指して言った。
確かに俺はここにいる女子の中では一番身長が高い。続いてエリちゃん、ガーネットちゃんの順番だ。
この身体にされる前の日本にいた時の年齢もその並びだ。
大中小と称されるのはわかる。
「この並びだと小大中では?」
ハセベさんも会話に入ってきた。
「いやいや、小中大だよ。ゆったりしたデザインの服で分かりにくいだろうが、3日間一緒にいたオレだから分かる。そちらは比較対照が小さいので相対的に大きく錯覚しただけじゃないか」
「いや、比較などしなくとも見れば一目瞭然だろう」
「つまり小大大」
「そ・れ・だ」
ハセベさんとウィリーさんの二人が突然握手をして握りこぶしでお互いに肩をポンポンと叩き合い始めた。
会話の意味はさっぱり分からないが、仲良くやっていけそうなのでよろしい。
「ここからは俺たち6人でゴールを目指すということでよろしいでしょうか?」
念の為に方針を確認する。
「ああ、オレたちも脱出して、こんな意味不明な世界から元の世界へ戻りたいのは同じだ。協力は惜しまないぜ」
「さすがに相当降りてきているので、出口は近いと思うんです。協力して進みましょう」
ウィリーさんとガーネットちゃんに提供した分で水のストックも尽きた。
食料だけは俺のクッキー無限生産能力でどうにでもなるが、モリ君はもちろん、ハセベさんやウィリーさんたちの顔色は相当悪い。
元気なのは、俺とランクアップで完全回復したエリちゃんだけだ。
4日間のサバイバルで、全員、体力的にもそろそろ限界なのだろう。
体が動くのは今のうちだけだ。
明日以降は休息と十分な食事がなければ、さらなる体力の低下があるだろう。
まともに体が動く今日中に脱出したい。
もしゴールが遠いとしても、せめて水の補給地点まではたどり着きたい。
6人になった俺たちはゴールを目指して進むのだった。