夜の帳が下りた頃、闇に紛れて動く影が3つ。
箒で飛ぶ俺。
ブーツにタオルを巻きつけて足音が鳴りにくいように気を遣ったモリ君とエリちゃんだ。
普段身に着けている金属鎧は音を立てるので脱いでおり、マントも外している。
事前に使い魔で偵察した船の構造は既に全員に共有済みだ。
なるべく最短ルートで囚われている2人のところへ向かい、最低限の話を聞く。
状況によっては2人を脱獄させて一緒に逃げ出す。
町の外まで逃げれば、あとは装甲車に乗って走り去ればいい。
車は時速80キロほどで走行できるので、人間が走って追いかけるのはまず不可能だ。
「ラビさん、どうでもいいけど目立ってます」
いざ乗り込みというタイミングでモリ君からストップがかかった。
「なんで? ちゃんと足音が立たないように箒に乗って移動してるんだけど」
「ラビさんの箒は飛ぶと後ろに虹色に光が噴き出すんです」
「えっ?」
「変な音も鳴ってるよね」
「えっ?」
箒で飛ぶ時に後方に虹色の軌跡が残るのはなんとなく知っていたが、そこまで目立つとは思わなかった。
微々たるものではあるが、こういった潜入任務では使えそうにない。
音については初耳だ。
完全に無音で飛べていると思ったが、扇風機のような空気をかき回す音が鳴っているようだ。
単に箒の穂の部分が風を切っているだけのような気もするが、それはそれで問題だ。
「だからと言って、俺の足では2人についていけないし、故に箒で飛ぶしかない。ここまでがワンセンテンスだ。よろしいか」
「よろしくないです」
「はい」
箒を降りた。
「鳥もダメですよ。光って目立ちます」
「鳥と箒を封じられると俺の特技がクッキーだけになるんだけど」
「ラビさんはその分、頭を使ってください」
なるほど適材適所だ。
ローブの裾や袖がバタつかないように端を紐で縛り、帽子は丸めて背中に紐で括り付けた。
代わりにローブに付いているフードを被る。
全然使っていなかったので、フードの隙間から砂粒が出てきて顔にかかったが気にしたら負けだ。
エリちゃんも同じようにパーカーのフードを被る。
モリ君だけが顔丸出しだが、気にはしていないようだ。
「敵の動きはエリスの耳を頼りにします」
「まあ任せてよ。足音も聞き分けられるから」
「会話も禁止です。声を出さずにハンドサインで連絡し合いましょう」
モリ君が早速両方の手のひらを見せた。
止まれ、直進、その場で待機。
あとは聞いている、見ている、隠れろ、敵に見つかった。
これだけ分かれば十分だろう。
戦闘になったら、もう音がどうのとかいう次元ではなくなるので声で合図を送ればいい。
鳥の使い魔は波止場近くに待機させておく。
モリ君とエリちゃんは常人を超えたジャンプ力で一気にガレー船の甲板に飛び乗った。
さすがに俺はそこまでの運動能力はないので、船の陰に隠れるように箒に捕まって忍び込む。
3人で甲板に降り立った。
船室の一つから明かりが漏れている。
エリちゃんほどの聴覚がなくとも、そこから数人の話し声が聞こえてくる。
その部屋には近づかない方がいいだろう。
入ってみて気づいたが、とんでもない悪臭が漂っている。
湿度が籠ったカビや汗のにおいとはまた異なる……あえて言うならば腐敗臭、いわば死の臭いだ。
あまりの臭さにむせそうになるが、なんとか堪えた。
抜き足、差し足、忍び足。
船員に気づかれないように気を付けながら歩みを進める。
まずは甲板から階段を下りて船内へ。
船は四層構造になっており、一層目から三層目までは漕ぎ手のためのスペースになっている。
荷物は最下層の四層目に積むようになっているのだろう。
牢があるのは第三層。
最下層に近く、侵入も脱出も難しい場所だ。
足元に気をつけろとモリ君からハンドサインが来る。
漕ぎ手が掴むであろうオールが足元にいくつも並んでいるからだ。
明るければ避けるのはどうということはないのだろうが、今は隠密活動中のために照明を持っていない。
換気口らしき小さい窓からわずかに差し込む月明かりだけが頼りだ。
転倒だけではなく、迂闊にオールを蹴飛ばしたりすると、大きな音が鳴るのは明白だ。
慎重に歩みを進める。
しばらく進むとエリちゃんが壁の方を指差した。
壁際に身を潜めろという合図だ。
隠れろと言ってもどこに?
少し辺りを見回した後に、オールとオールの隙間に隠れることにした。
フードを深々と被り、三角座りでなるべく体を丸める。
手も黒いローブの袖の中に入れて隠した。
エリちゃんは器用に天井に張り付き、モリ君は柱の陰に身を潜めた。
息を潜めて、ただひたすらに待つ。
下の階から何者かの足音が響いてきた。
足音はモリ君が隠れている柱の横を通り過ぎ、俺が体を丸めているすぐ近くで止まった。
臭いを嗅ぐように鼻を鳴らす音がすぐ近くで聞こえた。
気づかないでくれと祈りながら呼吸も完全に止めてただひたすら堪える。
至近距離から攻撃を仕掛ければ楽に倒せるだろうが、それは何の解決にもならない。
しばらく堪えていると、足音は俺から遠ざかっていった。
フードの隅から顔を少し出してみると、例の高身長の商人2人が低い天井の船内を狭そうに屈んで歩いていた。
そのわずか数十センチ上をエリちゃんが忍者のように天井に張り付いているというのに、無理に屈んでいる姿勢だからか、それに気づいていない。
お前らはザル警備に定評があるゲノム兵か。
2人の商人が階の上に消えたのを確認して、 ようやく息を吐いた後に、3人とも姿を現した。
モリ君が下を指差した。
調査続行だ。
◆ ◆ ◆
三層に下りてすぐの場所で、明かり取りの窓に鳥を配置することにした。
そこならば、発光する鳥も月明かりやダイラス=リーンの町の灯にまぎれて目立ちにくいからだ。
先ほどのザル警備を見たので、これならば気づかれることはないだろうという目算もある。
あくまでも身を隠したままで檻に近づいて、中に声を掛ける。
「起きろ」
正体が分からないので、まずは日本語で呼びかけて反応があるかを確認だ。
反応はない。
「起きろ」
再度呼びかけると、2人の魔術師のうち、男の方が目を開いた。
「日本人か?」
「お前は誰だ?」
かすれた切れ切れの声で誰だと返してきた。
質問に対して質問で返すなと小学生の頃に習わなかったのだろうか。
だが、声の主が不明な状態では、この回答も仕方がない。
商人たちが先ほどまで下層階にいたことを考えると、この2人に何かしらの尋問を行っていたのかもしれない。
だから、別の知らない奴がまた質問に来たのだと思ったのだろう。
再度繰り返す。
「日本人の能力者か?」
「それはもう答えただろう。これ以上何を聞きたいんだ」
「正直に答えれば解放しよう。なぜあんなことをした」
どうとでも解釈できる言葉で尋ねてみる。
これに対してどういう回答が返ってくるか次第で、なぜここに捕まっているのかが分かる。
「何度も言っただろう。セレファイスに宝があると聞いて忍び込んだだけだ。第1チームの連中もそこにいたんだろう」
セレファイス。
アデレイドたちが最初の部屋を出てすぐに送り込まれたという町だ。
今のところそれ以上の情報は何も知らないが、こいつらは俺が別に聞いていないのに「第1チーム」という名称を出した。
どこからか、セレファイスはアデレイドたちや運営がいる町があるという情報を入手して、何らかの理由で忍び込んだのだろう。
「セレファイスに住んでいるのは人間じゃなかった。あいつら夜になると本性を現して怪物になったから攻撃しただけだ。正当防衛だ」
一度モリ君と相談をする。
「セレファイスの住民が夜になると怪物化したという話はエネルギー切れで暴走という情報とも一致する。本当のことを言っている可能性は高い」
「じゃあ、なんでこの船に捕まっているんでしょう?」
「このガレー船はセレファイスや他の……なんだっけ、イングヴェイみたいな名前の町を回ると言っていた。怪物じみた外観の商人がセレファイスにいる怪物の仲間だとすれば、説明はつく」
もしかすると、見た目が怪物なだけで、商人やセレファイスの住民は無害であり、囚われているこいつらの方が悪人という可能性はゼロではない。
だが、前に聞いていた運営が作り出したコピーの住民は、エネルギー切れになると飢餓感から暴走するという話はあった。
その暴走に巻き込まれたというならば、この2人は犠牲者である可能性は高い。
何よりも、一応は日本人の仲間だ。
このままここに拘束されて弱っているのを見て見ぬふりはできない。
「もっと詳しい説明を聞きたい。まずは車に連れて行こう」
「つまり脱獄ですね」
「そういうことだ」
俺たちは物陰から檻の前に姿を現した。
もう隠密活動をする必要はない。
「エリちゃん、よろしく」
「私ってこんな役割ばっかりなんだけど」
エリちゃんは不満そうに言いながら、鉄の檻を掴んだ。
直後、両手からまばゆい光が放たれる。
スキルによる筋力強化だ。
エリちゃんは力任せに鉄格子をねじ切った後に、2人を拘束していた鎖もなんなく引きちぎる。
相変わらず、レベルを上げて物理で解決する方法だが、これが一番早いと思います。
「私たちも日本人です。第17チームというところでしょうか」
「助けて……くれるのか?」
「日本人同士なら助け合いでしょう」
解放した2人にまずは持っていた水筒の水を渡した。
男の魔術師はゴクゴクと勢いよく飲み込んだ後に、弱っていた女の魔術師にも水筒を渡して、それを飲ませた。
「
「回復能力は傷だけで体力までは戻せないんだろう。とりあえず今は脱出を優先しよう」
「掴まってください。運びます」
「じゃあ、こっちの人は私が」
囚われていた2人は自力で走る体力は残っていなさそうだったので、モリ君とエリちゃんがそれぞれ2人の魔術師を背負ってもらう。
この状態だと、もう潜伏も何もあったものではない。
最短ルートで脱出をする。
「荷物などはありますか?」
「捕まった時に没収された。多分、この船にはない。セレファイスに置かれたままだろう」
「分かりました。では、脱出を優先しましょう」
俺は箒にまたがり、モリ君とエリちゃんが全力ダッシュをした後ろから付いていく。
先ほど通気口に待機させていた鳥の使い魔を、町はずれで待たせている装甲車の方へ向かわせる。
カーターならば、俺が使い魔を飛ばした時点で意図を察して車を動かしてくれるだろう。
俺たちが立てた物音に反応して、上層階から商人たちが豪快な足音を鳴らして階下に降りてくるようだったが、いちいち相手などしていられない。
「明かり取りの窓から脱出するぞ!」
「狭いですよ!」
「広げればいい!」
手元で19秒溜めた極光を通気口へと放った。
爆音と閃光と共に、圧力に耐えきれずに窓枠が景気良く外側へ吹き飛んだ。
その幅は、人間1人が通過するには十分なスペースがある。
「って、外は海だけど、どうするの?」
「いぜん問題なし」
モリ君が空中に光の壁を作り出して、窓から身を躍らせた。
「プロテクション!」
空中に作り出された壁を足場に波止場まで一気に跳躍する。
エリちゃんも同じく続き、最後に俺は空へと飛び出した。
すかさず空中で反転して、鳥を召喚。
そして3羽を開けたばかりの大穴に向けて放つ。
「
穴を塞ぐように光の盾を形成した。
商人たちが穴から顔を出そうとするのを阻止する。
その上でもう一手だ。
「反射っ!」
盾から発生した斥力が商人を後方へ吹き飛ばす。
俺たちに対して追手が出るかもしれないが、それは目撃者であるこの2人が動いてからの話だ。
なので、ここで押さえておけば、逃走する時間は十分稼げる。
「これからどっちに向かいます?」
「カーターが車を回してくるはずだから、まずは車が通れそうな大通りに向かうんだ」
「分かりました!」
俺は2人を案内すべく、そのまま空高く飛び上がり……この町の夜の異常な姿を目の当たりにすることになった。
町の至る所から赤い光が、まるでパチンコ屋の新装開店かロックバンドのコンサートかとばかりに立ち上っている。
民家、商店……そして、俺たちが先ほどまでいたガレー船など、無数に上がっている。
その赤い色は、町の至るところで見かけた紅玉を連想させた。
「もしかして、紅玉自体が何かの罠か?」
ただの善意や商機ではないだろう。
紅玉を通して、誰かが何かをやろうとしている。
「とりあえず助けた2人から話を聞けることを期待するしかないか」
町の大通りには、早くも土煙を上げてうちの愛車が近づいてきていた。
モリ君とエリちゃんを案内して車に向かった。