セレファイスに向けて出発した翌日。
ようやく救出した魔術師2人が目を覚ました。
「アルフレッドだ。火の魔術師をやっている。長いのでアルフでいい」
「私はティナ。風の魔術師」
「どうも、一応リーダーをやっている
モリ君が改めて自己紹介をすると、2人はなんとも微妙そうな表情を見せた。
「日本時代の名前っている?」
「でも……」
「俺たちは日本にはもう何の未練もないんだ。この世界で楽しくやっていく方がいいだろ」
それを聞いた俺たちは思わず顔を見合わせる。
今は日本に帰る旅の途中だと説明しても、これだと微妙な反応しか返ってこないだろう。
その上でも、さすがに黙っているわけにはいかないので、これまでの事情について簡単に説明した。
「損な生き方だな。せっかくこんな能力があるんだから、有効活用すりゃいいのに」
「考え方の違いですよ。俺たちは日本に残してきたものが、この世界で得たものよりも大きいんです」
「それで、俺たちにも日本へ帰ろうと説得しようというわけか?」
「いえ、それぞれの考え方次第なので強要はしません」
「この事件が片付いたら、日本人が多く集まっているフロリダのマイアミまで送りますよ」
俺が補足すると、2人はお互いに顔を見合わせて、罰の悪そうな顔をした。
「どこかの町に送ってくれるのは助かる。だけど、マイアミだけは勘弁してくれ」
「なぜですか? 年中温かくていいところですよ」
しばしの沈黙の後に、アルフの方が観念したのか口を開いた。
「少し前まではそこにいたんだよ。だけど、敵が次々に襲ってきて、状況は悪くなるばっかり。ついには仲間の一人が死んで」
「逃げ出したと」
2人は俺たちから顔を逸らした。
基本的にメキシコ湾周辺に集められているはずの日本人が、なぜこんなところにいるのか理由がなんとなく分かった。
最初はマイアミに送り込まれたが、マサムネさんたちと同じように数の不利で追い込まれたからだ。
その結果、町を守り切れずに救助を求めたところ、比較的近くにいたクロウさんたちが応援に駆けつけたというわけだ。
「命あってのものだねだ。悪いとは思っていない」
「もちろんです。悪いのは人を勝手に召喚して、無茶ぶりをしてきた運営なので」
責めるつもりはない。
ピンチになったら逃げるのは仕方がない話だ。
マサムネさんたちのように、限界ギリギリまで戦う方が珍しい。
むしろ、自分の命と引き換えに見知らぬ人たちを守れと言われて即実行できるのは変人の部類だ。
「フロリダからはかなり距離があるはずですが、どうやってここまで?」
「少し北に行ったところに、猫がやたら住んでる港町があったんだよ。そこから船に乗った」
改めて地図を見る。
おそらく、道の状態が悪かったので、海沿いを離れて内陸部に入ったが、そのせいで見逃したのだろう。
現地人の集落では、そのような町の話は一切出なかったので、ウィルミントンまでは行っていない。
地球で言うところのサバンナかチャールストンあたりかもしれない。
「分かりました。全部片付いたら、その猫の町までは送り届けます。そこからはお任せします」
「本当に日本に帰る気なのか?」
「もちろん」
それまでは、この2人とも仲間だ。
同じ日本人なのだし、助け合いの方針で行きたいところだ。
◆ ◆ ◆
そして翌々日。
デラウェア川に沿って北上中、そろそろセレファイスに到着するだろうというタイミングで、視界の先にかなり大きな大都市が見えてきた。
近代的なビルと、古めかしいレンガ造りの建物が立ち並ぶ巨大な都市だ。
「なんか町が見えてきたけど、あれがセレファイスか?」
「いや、町の形が全然違う」
アルフが運転をしているカーターに答えた。
「でも、位置的にはそろそろニューヨークだろ」
「いや、その前に一つ大きな町がある」
すぐ横を流れている川の形状からある程度その都市の名前は判別できる。
まさかこの世界にあるとは思わなかった。
何しろ、この町の一部はネバダ州の砂漠に飛ばされており、大半は元の世界に残っているはずだからだ。
「位置的には間違いない。フィラデルフィアだ」
「でも、フィラデルフィアは……」
モリ君が言いたいことは分かる。
フィラデルフィアの一部。軍港を中心とした数キロの距離は円形に切り取られてこの世界に転移してきた。
だからといって、それ以外の部分がこの世界に来ていないとは誰も言っていない。
実際に、視界の先に広がる都市の一部には巨大な円形の湖ができていた。
おそらく、デラウェア川に面した部分が切り取られて別の場所に転移したため、それでできた大穴に川の水が流れ込んだのだ。
「運営が用意した町ではなく、本当にこの世界に転移してきた異世界の町だろう」
「どうする? 無視するか?」
「人は住んでいるんでしょうか?」
「赤外線センサーはこの距離だと使えんが、人が住んでいるようには見えない」
カーターが装甲車のメニューを操作するが、さすがにまだ数キロの地点からでは何も分からないようだ。
ただ、センサーを使わなくとも分かる。
フィラデルフィアの町には人の営みが全く見えず、町は完全に静まり返っている。
かなり大きな町なので、人が住んでいるならば、何かしらの生活音が聞こえるなどの生活の痕跡が見えるはずだ。
それが一切見当たらない。
「さて決断だ。今のところセレファイスに急ぎたいが、まだ距離が相当ある。それに、一応は町なので野宿よりはましな寝床が確保できる」
「デメリットは?」
「今までのパターンだと謎の敵が出現する可能性が高い。そして、今回は誰かに何かを頼まれているわけでもない」
「食料は足りているのか?」
「食料の備蓄には問題ない。カーターとタルタロスさんが晩酌で飲んでいる缶ビールの残量は足りないかもしれないけど」
「危険と引き換えに欲しいかと聞かれると悩むところだな」
今のところ、無視して先へ進みたいところだ。
「フィラデルフィア実験が行われた軍港も、旧市庁舎も大半はネバダ州にある。もしかしたら異変なんて何もないかもしれない」
「念のためにみんなの意見を聞きたい。町を調べるか、無視して先へ急ぐか」
モリ君が多数決を取った。
「私はモリ君に賛成。ここまで来てるのに、無視して通り過ぎるってのはないと思う」
「子供たちの安全を考えると通り過ぎたいところだが、後で後悔はしたくないというのが本音だ」
エリちゃんとタルタロスさんは賛成のようだ。
「僕も賛成です」
「うちも」
子供たちも賛成派。
多数決で決めるならば、これで決定だ。
「久々の町なんだ。危険は承知の上でゆっくりしたい」
「全員で戦えばなんとかなるっしょ」
アルフとティナも賛成の方向らしい。
「ならば、俺からは一つ条件を出したいと思う。調査はするけど、強力な敵が出現したら、その時点で調査を打ち切ってすぐに撤退すること。異論があればコメントが欲しい」
「強力な敵の定義は?」
「俺たちのスキルを使っても一撃で倒せない相手とする。いくら世界のため、みんなのためとは言え、こんなところで無理な戦闘をして怪我人を出したくはない」
意見を待つが、反論は特になかった。
「俺も命を賭けるほどではないと思うのでその条件で良いと思います。なので、安全に攻略する作戦を考えましょう」
◆ ◆ ◆
石畳の上を装甲車が走ると、流石に重量オーバーなのかメキメキと悲鳴を上げている。
道幅も馬車が前提の道なのか、装甲車は若干サイズオーバーだ。
だが、何か有った時のことを考えると、さすがに車を降りて歩きたくはないというのが心情だ。
ギリギリの場所へ車を横付けしたい。
車で走りながら案内板に書かれた文字を読む。
「ここがベンジャミン・フランクリン・パークウェイか」
「何かあるんですか?」
「遺体を奪われたジョニィたちが失意のまま到着した第7ステージのゴール。多分そこらの角から大統領とかウェカピポが出て来る」
「ラビさんってたまに意味不明なこと言いますね」
町の中は無人で静まり返っていた。
無人の自動車が停まっているのは気になるが、だからといって車から降りて詳しく調べてみようという気にはなれない。
何の罠が仕掛けられているか不明だからだ。
赤外線センサーで周囲の検知をしてみたが、野生動物以外の生物の反応はない。
民家や商店などのガラスは割れておらず、荒らされた形跡は全く無いようだ。
もちろん、道端に人間や動物の死体が倒れているということもない。
野生の鹿やネズミ、野鳥などはいるようだが、これは人間がいなくなったから町中に入ってきただけだろう。
普通の町から人間だけがある日突然消滅してしまったような、不気味さを感じる。
「この町に何が有ったんでしょう?」
「怪物が暴れまわった……にしては、町が綺麗すぎるし、人間同士で争いがあったというわけでもない。それでいて、この町の住民が逃げ出したとか、家に引きこもっているとかそんな気配もなし」
「人間だけが消えた?」
「もしくは非生物だけがこの世界へ転送されてきて、人間は元の世界に置き去りになっているか」
何かヒントがあれば良いのだがと思いながら、装甲車を走らせて、市庁舎前に到着した。
ネバダ州にあったのは旧市庁舎だが、こちらに残っているのは新市庁舎だ。
町の中枢部なので、何かあるかもしれれない。
ただ、入口は金属製のゲートで閉ざされており、そのままだと入ることが出来ない。
「エリちゃん、タルタロスさん、このゲートを開けられる?」
「多分……鍵は壊しても良いんだよね」
「まあ、壊さないと開かないと思うから。ただ、いつ敵の攻撃があるかもしれないから、それだけは十分注意して」
「分かった。注意する」
エリちゃん、タルタロスさんの2人がドアを開けて車外へ出た。
俺も一緒に車外へ出てから空の様子を見る。
マインガルの町では口だけモンスターが登場する直前は雲が湧き上がって急に大雨が降ってきたが、今回はそれはなく晴れ間が広がっている。
雲ひとつないというわけではないが、少なくとも今すぐに雨が降り出してくる様子はない。
まずは市庁舎内の捜索を始めることにした。
◆ ◆ ◆
扉を開けると次元転移の影響で作られた湖の湿気の影響でカビが発生しているようだ。
屋内は悪臭が漂っている。
あまり保存状態はよろしくないようだ。
壁に張られた何かの告知の張り紙や標語が書かれた紙も湿気を吸ってしわくちゃになっている。
「ここを宿代わりにするのも不可能だな」
「湖のほとりの建物だからな。ダメならダメで調査をさっさと切り上げよう」
それよりも問題なのは、建物内のあちこちに、大量に服が散らばっていることだ。
男女問わず、服や靴、装飾品などが至るところに散らばっている。
「これ、金のネックレスだろ。指輪もある。高く売れるぞ」
「もらってもいいのかな?」
アルフとティナが意地汚くそれらの装飾品をあさり始めたが、止めはしない。
そこまで金には執着していないからだ。
「むっ、これは」
その時、カーターは、転がっている衣服の一つに近寄り、そこにあった物を摘まみ上げた。
「危険があるかもしれないぞ。迂闊に素手で触るな」
「そんなことよりも、これを見てくれ」
カーターが持ち上げたのは、湿気を吸って痛んでいたが、女性用の下着だった。
「アホなの?」
「最後まで話を聞け! これがどういう意味だと思う?」
同じように、近くにあった服の中から下着を取り出す。合計3枚。
何故か全て女性用の下着だ。
意味がわからない。
「なんで女性向けの下着なんだ?」
「男向けのパンツを拾いたいか?」
「なるほど事態は把握した。それは仕方ない」
確かにそれは仕方ない。
誰だってそうする。
俺だってそうする。
「通路のど真ん中に下着を含む衣服一式を置き忘れるとんでもないドジっ子がいる確率はどんなものだと思う?」
「常識的に考えるならば、クリーニング店に行く途中で衣服を落としたという可能性か。そうじゃないならば――」
「――衣服を残して、肉体だけ消滅した」
カーターの言葉は予想していたが、口にはしたくなかった内容だ。
実際に発生した考えると恐ろしすぎるからだ。
その時の状況を想像しただけで、背筋に悪寒が走った。
もしその推論が正しければ、この町1つ……数万人の住民全てが消滅させられたということになる。
「そんなことが起こっているなら、早くこの建物を出ないと!」
エリちゃんが荷物を掴んで部屋を出ようとするところを、タルタロスさんがその肩を掴んだ。
「慌てる気持ちも分かるが、少し話を聞いてくれんか。ワシらも説明されたが、今すぐにどうにかなる話ではない」
「……わかりました」
エリちゃんは荷物を置いて椅子に座る。
「肉体だけを消滅させる攻撃……今は攻撃と呼ぶが、これが起こったのは今から3年前だと思う。例のフィラデルフィア実験が起こったタイミング」
「根拠は?」
「根拠はない。ただ、町が完全に無人なことや、この建物の荒れ方を考えると、攻撃はそのタイミングで起こったと考えるのが自然だ」
整合性を考えるとおそらく発生はそのタイミングしかないだろう。
今はまだこの市庁舎の中を見ただけではあるが、他の場所でも同様の現象が発生している可能性は十分あり得る。
他の理由も考えられなくもないが、現在の状況と情報から推測するに、ただの逆張りでしかない。
「この攻撃が現在進行形で続いている可能性は?」
「ない。現時点でオレたちの身体は消えていないことと、天井に居る蜘蛛だ」
カーターが天井の隅を指差すと、そこには大きな蜘蛛が巣を張っていた。
いくつも巣を作っているようで、あちこちに黒く丸まった巣の残骸がぶら下がっている。
「ターゲットが人間だけという可能性もあるが、対象が全生物だと仮定すると、あの蜘蛛はここにいるわけない。先に消えてしまうからだ」
「なるほど。常時攻撃が続いているならば、蜘蛛の巣なんてあるわけがないと」
「あとは外で鳴いている鳥か。攻撃が継続しているならば鳥なんているはずもない」
現在進行形で攻撃が行われていないという事実に胸をなでおろす。
「でも、どういう攻撃が行われたら、人間の肉体だけを消したり出来るんでしょう」
「そこにほぼ答えみたいなのがいるだろ」
カーターは俺を指差した。
それでだいたい察することが出来た。
「『魔女の呪い』を使った時に発生する生命体の分解……」
俺を中心とした半径10メートルから、最大150メートルまでの生命体を分解して黒い霧へ変える。
うちの虹色球体様を喚び出すための燃料にする能力。
これと同じ現象が起こったということならば衣服だけが残るというのも理解できる。
「ラビ助の能力で服を着た人間を分解したことはあるか?」
「ホンジュラスの遺跡で寄生体と戦った時は、衣服だけが残った。食材を鞄に入れたまま発動したことはあるが、それらは何故か無事だった。理由は分からない」
「その能力でこの町……半径5キロほどの住民数万人を消しされるか?」
「それは無理だ。半径150メートルまでは消せるが、それ以上の広い範囲はどうしたら良いのか分からない」
「ならば、お前や同様の能力者の犯行という線は消えた」
どうやら、俺はいつの間にか容疑者にされて、いつの間にか疑いは晴れたらしい。
「逆に言うと、邪神でも焼き払えるような熱線以上の大出力が必要になって、この町の住民全てが生贄に捧げられたってことだ」
「そんな膨大な出力で何をするんだ? 世界でも滅ぼすつもりか?」
ここまで言った段階で、自分の言葉で気付いた。
「世界どころか次元1つを滅ぼすつもりだったのか」
俺たちは答えを知っている。
次元を破壊するための膨大なエネルギーが必要だったので複数……最低9つの次元からこの世界に向けて攻撃を仕掛けてきた。
直接大爆発というわけにはいかなかったが、それでも次元の壁の破壊には成功した。
その結果、この世界は何の手も打たなければ近いうちに滅ぶという状況だ。
そして、それは追加の攻撃が来ないという前提の話だ。
次元の存在が不安定になって異世界から町だの人だのが紛れ込んでくる、限りなく次元が不安定な状態で追加攻撃がやってきたらもう滅ぶしかない。
「まずは俺たちがやるべきことを考えよう。もし事件の犯人が分かったとして、俺たちは何をすれば良い?」
「何も出来ない。もし犯人と手口が分かったとしても事件発生は3年前の異世界の話だ。追跡しようがない」
確かにこの事件は既に起こってから時間が経ちすぎている。
犯人が律儀に待ってくれているわけもなく、もし犯人を見付けて倒したとしても、消滅した町の人が全員復活するようなことはない。
「ただ、犯人と手口を明らかにすれば、再発防止は出来る」
「それもそうだ。こんな町1つを消すような災害を連発されたらたまらん」
そして、この情報はなるべく多くの人に共有しておきたい。
それこそ、次元の壁の修復を続けている伊原さんにコンタクトを取る必要があるだろう。
直接来てもらって、調査をしてもらうのもありかもしれない。
「今のところ、全部仮説で、実際に起こったことは違うかもしれない。もう少しこの建物を調べてみよう。事件発生時の状況が分かるかもしれない」