収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 12 「賢者アタル」

 突如現れた坂下当馬(さかしたとうま)を名乗る老人は、俺たちの横を素通りして、市長室の扉に触れた。

 

 そして、俺がバルザイの偃月刀で破壊した結界の基点になっていた線をなぞる。

 

「ここには結界が張ってあったはずだが、誰が破った?」

「そこにいるラビ助だ。方法は秘密」

 

 カーターが淡々と応じると、坂下老人の視線が俺に向く。

 

「部屋の中にはティンダロスの猟犬を閉じ込めていたが……」

「それもラビ助が倒した」

 

 またもカーターが簡単に説明すると坂下が目を見開いた。

 

「あれは、普通に倒せるものなのか?」

 

 そう言いつつ、今もなお治療中のモリ君や、床に垂れている青い泥、レルム君の電撃で焼け焦げた室内へ視線を移す。

 それなりの戦いがあったことは納得してくれたようだ。

 

「やはり物理です。物理は全てを解決します」

 

 この坂下が完全に味方である保証はない。

 なるべく情報を出さないように、適当に誤魔化すことにした。

 手品の種は秘密だ。

 

「もしかして、お嬢さんは伊原の娘や孫だったりするのか?」

 

 さすがにそれは認識がおかしい。

 

 本人が聞けば怒るかもしれないが、伊原さんは俺とは違うマッドサイエンティスト系の変人だった。

 常識人である俺と同じにされては困る。

 

「別人ですよ」

「雰囲気がそっくりなんだが」

「やめてくださいよ」

 

 どうも、俺が心底嫌そうな顔をしているのを分かってもらえたようだ。

 坂下はそれ以上何も言ってこなかった。

 

「坂下さんは、50年ほど前に、日本に帰る方法を探しに行くと旅立ったきり、他の日本人とは連絡を断たれたと聞いています」

「好きで断っていたわけじゃない。ずっと帰還の方法を探しながら南北アメリカ大陸を彷徨い歩いていたんだ。各地にある遺跡の調査を兼ねてな」

 

 北部の遺跡という単語に興味を惹かれた。

 

 俺たちが目指しているのも、そのアメリカ北部、マサチューセッツ州のセンティネル丘陵とやらにある時空の神の遺跡だ。

 もしかすると、坂下さんから、その場所のヒントを聞けるかもしれない。

 

 ただ、それは後回しだ。

 

「もう少し坂下さんの旅や遺跡の調査の話を聞きたいところですが、後回しにします。今、重要なのは、何故この場に現れたかです」

「実務優先ということか。そういうところも伊原に似ている」

「やめてくださいよ」

 

 二度目だからなのか、それ以上の追及はなかった。

 

「既に知っているだろうが、この3年ほど、別の世界から町や人がこの世界に現れるようになった。最初はゲームの黒幕連中がまた何か悪だくみを始めたと思い、邪魔してやろうと思ったんだが」

「別口だったと」

「伊原に会ったということは中村のことも知っているな。あの3人……いや、2人は召喚直後から、ずっとコンビを組んでいたからな」

 

 坂下はそう言うと、鞄の中から書類の束を取り出した。

 

 その中には英語で書かれた書類が多数あった。

 おそらく、市長室から持ち出したものだろう。

 

 その中の一枚……写真が貼りつけられた資料を俺たちに見せた。

 

 写真には軍服姿の軍人や、白衣を着た科学者たちに混じって、1人だけあからさまに場違いな女が写っていた。

 

 白黒写真にも関わらず、その人物の色は鮮明に色付いて見えた。

 真紅のドレスに帽子を深々と被った妖艶な女性だ。

 

 マインガルの発電所で見つけたのとほぼ同じ。

 

 赤い女の正体はおそらく中村夕子……50年前にこの世界に召喚されて、ただ1人日本への帰還に成功した日本人だ。

 

 これが坂下が見せた書類だけならば、たまたま似た人間がいたというだけで流していたかもしれない。

 

 だが、この中村が異世界の町に関係しているのは、マインガルに次いで2件目だ。

 偶然で片付けるには無理がある。

 

「最初は何かの冗談だと思っていた。私と道を違えたやつが、実年齢よりもはるかに若い姿で別世界の町の資料に残っているなんてな」

 

 坂下はそう言うと、鞄の中から次々と資料を取り出す。

 別の文字、別の場所、別の集団。

 

 全て場所は違うはずだが、どれも同じような機械の前で撮影された集合写真だ。

 そして、その全てに赤い女が写っていた。

 

「この異常が始まった3年ほど前から、調査の方向性を変えた。異世界から転移されてきた物を調べることに重点を置くようになった。そのうち5か所で見つけたのがこの写真だ」

 

 坂下だけで証拠を5か所見つけたということだ。

 

 伊原さんは以前に、エリア51にある運営の基地近くでは最低9の世界がぶつかったと言っていた。

 

 俺たちが見つけたマインガルの件を含めると6か所が発見済みということだ。

 

「断言していいだろう。中村は、異世界で何かを行い、この世界にぶつけてきている」

「でも、個人でそんなことができるんでしょうか?」

「中村のバックに強力な存在がいるとしか考えられない。それを調査するうちに見つけたのがこれだ」

 

 坂下が次に取り出したのは、拳サイズの巨大な赤い宝石だった。

 ダイラス=リーンの町で見かけた紅玉と同じものに見える。

 

 だが、何かが違う。

 

 坂下の手袋の上に乗っている紅玉は、町で見かけたものとは異なり、どこか燻ったような濁り方をしている。

 

「こいつは、私が今住んでいる町、ウルタールにやってきたレン人の商人が持ち込んだものだ。もちろん、危険な要素は封印してある」

「それは高エネルギー体の結晶だと聞きましたが、封印なんてできるものなんですか?」

「やはり魔術だ。魔術は全てを解決する」

 

 今のセリフは明らかに俺が言った言葉の意趣返しだ。

 

 信頼関係が確立されるまではお互い全てを明かすつもりはないということだろう。

 

「何十年も各地を放浪していたから分かる。こいつは、天然自然の中から生まれるものではない。何者かの手によって作られた人造物だ」

「運営が作り出したものということですか?」

「運営とも別ルートだ。使われている技術体系が全く異なる」

「あんたもそう思うか」

 

 ここで今まで無言だったカーターが会話に入ってきた。

 

「オレの予想だと、次元エネルギーを結晶化したものだと思う。トラペゾヘドロンと同じユゴスの技術が使われていると見た」

「それは同じ考えだ。おそらくこの紅玉はユゴス産である可能性がある」

 

 坂下の態度は俺の時と少し違っていた。

 カーターが持ち出した魔術方面からの考察に、自らの魔術の知識で応えた形だ。

 

 オタク同士が相まみえた際に、お互い何かを感じ取り、讃え合うようなものだろう。

 

「あなたの名前は?」

「ランドルフ・カーター」

 

 ただ、カーターも坂下を警戒してか、本名は名乗らなかった。

 あくまでも偽名のみだ。

 

「紅玉を、何者かが不明な目的でばら撒いている。なので、オレたちはセレファイス、そしてその北にあるインガノクという町を目指して旅をしている」

「紅玉の出どころはセレファイスではないだろう。そこの2人に話を持ち掛けて調査をしてもらったが、今のところ有力な情報は何も出てきていない」

 

 坂下はアルフとティナの2人の方を見た。

 

「爺さん、まさか俺たちを騙してセレファイスに送り込んだのか?」

「日本人の能力者だろう。レン人の商人相手でも、そう遅れを取ることはないと思っていた」

「前衛なしの魔術師2人だけでどうにかなるわけないだろう!」

「お前たちが捕まったと知ったから、こうして私が自らセレファイスに救出に向かっている最中なわけだ。放置するのは目覚めが悪いからな」

 

 今の話を聞く限り、坂下も完全に善人というわけではなさそうだ。

 

 自分の足で調査をするのは危険だと考え、たまたま出会ったアルフとティナの2人を偵察目的の鉄砲玉としてセレファイスに送り込んだというわけだ。

 

 結果、2人は調査に失敗して捕縛された。

 だが、坂下老人の今の口ぶりだと、セレファイスについては別の方向から何かしらの情報を入手しているようだ。

 

 もちろん、その内容を俺たちに教えてもらえることはなさそうだ。

 

「ともかく、連中に取られた俺たちの荷物を取り返すのは協力してもらうからな!」

「そうよそうよ、あんたのいい加減な情報のせいで、私たちがどれだけひどい目にあったことか」

「だが、お前たちは怪しいと思いつつも、私の話に乗るしかなかった。金と仕事が欲しかったのだからな」

「その通りだよ! 足元見やがって!」

「はいそこまで。アルフさんもティナさんも坂下さんも、冷静に対応しましょう」

 

 さすがに険悪な雰囲気になりそうなので仲裁に入る。

 このままでは話が進まない。

 

「今の話の通り、私たちはセレファイスに向かっています。紅玉の謎と、アルフさんとティナさんの荷物を取り戻すための2つの目的のためです」

「つまり、私も旅に同行しろということか?」

「はい。少なくともここで別れて行動するのは効率が悪いだけです」

「だが、私は既にセレファイスの情報を――」

「――まだ持っていないんですよね。なので、どうやって町に入るかを考えていた」

 

 俺が指摘すると、図星だったのか坂下は黙った。

 

「セレファイスは元は運営の拠点です。ダイラス=リーンも同じ。あなたは運営との直接対決を避けるために、最近までその2つの町は避けていた」

「その通りだ。私一人だと真正面から立ち向かえば負ける。運営が撤退した今こそがチャンスと考えたが、今度は別の何かに乗っ取られていた」

 

 坂下は俺と同タイプの人間なのかもしれない。

 

 敵か味方が分からない状況では自分の情報は弱みに繋がるのであまり出したくない。

 だが、情報を提供して協力関係を組んだ方が効率が良いと分かれば、必要な分だけ開示を行う。

 

「やっぱりお嬢ちゃんは伊原の娘か孫じゃないのか? やり口がそっくりだ」

「残念ですが、私は地球だと男だったんですよ」

「うっそだろ!」

 

 おおよそ賢者を名乗る人物からは出ないようなフランクな物言いが飛び出した。

 

「23歳ですけど。サラリーマンですけど」

「えっ、ギャグ?」

「ギャグじゃないです」

「他の面子も年齢と性別が無茶苦茶だったりするのか?」

「私以外はみんな大きな変化はないですよ」

 

 坂下だけではなく、隣で聞いていたアルフとティナも目を丸くして口をパクパクさせていた。

 そういえば説明していなかったが、まあ今更の話だ。

 

「少なくとも、セレファイスの調査を終えるまでは協力しましょう」

「……ああ、分かった。少なくとも、ここで手を組まないという選択肢はないようだ」

 

 坂下が握手を求めてきたので、それに応じる。

 傷が癒えていないので、まだ肩のあたりがズキズキと痛むが、そこは気力で堪える。

 

「ラビさん、交渉はどうですか?」

 

 一通りの治療を終えたモリ君が戻ってきた。

 ただ、やはり傷は痛むようだ。

 

「ティンダロスにやられたのか。その傷はスキルでは治らないぞ」

「どうすれば治療できますか?」

「自然治癒だ。傷口の泥を落として消毒すれば、あとは体力が戻るにつれて治っていく」

 

 それを聞いて安心だ。

 

 かなり酷い怪我だったが、治らないとなれば他の方法を考える必要があったからだ。

 ランクアップを使うか、より強力な回復能力を持っているマリアちゃんを頼ってフロリダに戻るかの二択だ。

 

 地味に重要なのは、坂下の今の話だ。

 

 一応は協力関係を結ぶということで、ある程度の情報共有をしてくれるということだろう。

 

 仲間でいるうちに、センティネル丘陵の遺跡などの情報は一通り入手しておきたい。

 

「改めてよろしくお願いします。リーダーの小森裕和(こもりひろかず)ことモーリスです」

「そして、私が上戸佑(うえとたすく)でラヴィです」

 

 改めて坂下を仲間に迎え入れることにした。

 

 向かうはフィラデルフィアの先にあるニューヨーク……もとい、セレファイスだ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 結局フィラデルフィアには一泊することにした。

 

 夜間に何か起こるという可能性は否定できない。

 だが、市役所の調査で遅くなったので夜に出歩きたくないという理由もある。

 

 それにティンダロスの猟犬にやられた傷をなるべく治癒してから出たいというのはある。

 

「料理担当が怪我をしてるから、今日はシンプルな料理で我慢してくれ」

 

 今日の調理担当は珍しくカーターだ。

 

 町で調達してきたというチキンの缶詰と豆の水煮缶の中身を、小麦粉を練って焼いた生地に適当に包んでいくだけのシンプルな料理だ。

 

「なかなか美味そうだろこのタコス。5分で作れる」

「ブリトー」

 

 念のために訂正をしておく。

 

「トウモロコシ粉で作った生地で包んだのがタコス。小麦粉の皮で包んだのはブリトー。これはチキンを挟んでいるからチキンブリトー」

 

 傷を負っていなくて元気ならばこれを掴んで「ブリトーだぞ!」と海軍の基地まで走っていきたいところだ。

 

「タコスとブリトーは味の違いだと思ってた」

「味の違いで見分けるってのもありだと思う。結局現地で入手しやすい材料と調味料を使った料理なので」

「教えてくれた物知りさんにはお礼にパイン缶を開けてやろう」

 

 カーターはそう言うと、俺の前に置かれた皿の上へ輪切りのパインを置いた。

 

「俺は別に……」

「いいから栄養取って早く怪我を治せ」

「あ、ありがとう」

 

 一応、心配はしてくれているのだろう。

 素直に礼は言っておく。

 

「4切れあるから、あとは怪我人のモーリスにも1枚。残りはちびっ子にやろう」

「わーい」

「やったー」

 

 モリ君と子供たちの皿の上にも輪切りのパインが置かれた。

 

「そして、残ったシロップはオレがもらう」

「汁だけを何に使うんだ?」

「取って置きのウイスキーをこのシロップで割るんだ。美味いぞ」

「ウイスキーって前に運営の拠点から持ってきたやつだろ。まだ残ってたのか」

「もう底溜まりしかないが、捨てるのも勿体ないので、瓶に水とシロップを流し込んだ後に水で割って最後まで美味しくいただく」

「本人が納得してるなら別にそれで良いんだが」

 

 缶詰のパインはいかにもアメリカンな激安シロップ漬けなので胃もたれしそうな味ではあった。

 

 だが、その分糖分とカロリーは高そうなので失った体力の回復にはちょうど良さそうだ。

 

 タンパク質が豊富な鶏……チキンもありがたいし、片手で食べられるので怪我した手でも食べやすいブリトーを作ってもらえたのは助かる。

 

 細かい配慮に感謝したい。

 

「それで明日のルートはどうする?」

「ここからセレファイスまでは車で2時間、150キロってところだ。ただ、ニューヨーク……というかマンハッタン島にわたるには、ハドソン川を渡る必要があるわけだが」

 

 一応は情報を持っていそうな坂下とアルフとティナに一同の視線が集まる。

 

「ゲームの黒幕は、人造人間が勝手に町に出ない、もしくは現地人が接触できないようにマンハッタン島には橋をかけていなかった」

 

 坂下がブリトーをかじりながら地面に足で簡単な地図を描き始めた。

 

「なので、基本的にはセレファイスへの出入りはダイラス=リーンやウルタールからの船便を使う」

「俺たちもセレファイスには船で入ったので陸路は知らない」

 

 坂下やアルフたちからの情報は特にないようだ。

 

「他に気をつける点は?」

「町にデカいカエルみたいなモンスターがいた。町の住民たちはそいつに支配されてるみたいだった」

 

 アルフはそう言うと眉をひそめた。

 嫌な思い出があるのだろう。

 

「倒せたんですか?」

「俺とティナの集中攻撃で1体だけは。ただ、例の鬼みたいな連中……」

「レン人」

「そう、そのレン人も町の中に大勢いて、そいつらが襲ってくるし、数の差で負けるぜ」

 

 話を聞く限りはかなり侵入への難易度が高い。

 侵入してからも、悠長に探索というのも難しそうだ。

 

「まずは現地を見て考えましょう。きっと何かいい策は思いつくはずです」

 

 この日の打ち合わせはモリ君が締めた。

 実際その通りだろう。

 自分の目で見て情報を得たら、また何か変わるかもしれない。

 

 翌日は日の出と共に出発するため、この日は早めに睡眠を取った。

 いよいよセレファイスの調査が始まる。

 

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