装甲車の機能でもトンネルの場所は分からなかった。
実際にこの町に長期滞在していたアデレイドに話を聞ければ何か分かるかもしれないが、今はどこにいるのかすら定かではない。
まだフロリダにいるのか? それとも船でどこか別の場所に旅だったのか。
どのみち、それだと時間がかかりすぎる。
現在進行形である紅玉の異変への対応が手遅れになる可能性が高い。
「どうします? 頑張っていかだでも作りましょうか?」
モリ君の提案は時間は掛かるが確実性はある。
タルタロスさんの怪力で大きめの木を運んできて、ロープで括り付ければいかだの完成だ。
大海に漕ぎだすのは無茶でも、1キロ以内の川を渡るくらいは簡単なはずだ。
「いや、いかだはどうしても行動に制限が出る。渡った後にいかだを破壊されるとどうしようもなくなる」
「向こう側は町で、いかだを作れそうな木なんて見当たらないですしね」
「最悪は連中が使っている船を分捕るという手もなくはないけど、それは後からでもできる。今は推理だ」
目を閉じて、久々に脳を全開で動かす。
ここの町の住人は外部との交流を持たない。
外へ探索や開拓に出た痕跡がない。
なのに、舗装された道はある。
ならば、この道は運営が用意したものだ。
何のためのものか?
自由の女神と同じようにただの雰囲気づくりの可能性はある。
だが、他に違和感はなかったか?
「そうだ、この舗装路は装甲車が走ることができたんだ」
「それがどうかしたんですか?」
「この車の図体は馬車よりもはるかに幅広くて長い。それが当然のように走れた。なぜだと思う?」
「最初から走るために作ったから?」
改めて川に残っている橋を構成していたであろうコンクリート塊を見る。
橋脚の一部だけは原型を留めているので、元の橋の大きさはだいたい分かる。
そこから推測できる幅は……装甲車だと車輪が外にギリギリ収まるか程度しかない。
健在でも通行できたかどうかは怪しい。
そして、橋は爆破された痕跡がある。
爆破は町の住民を出さないためと、外部から人を入れないためだとする。
だが、自分がもし運営の立場ならばどうする?
この施設が再度必要になった時、自分たちが使うための出入り口を残したいと考えないだろうか?
ガレー船を使った海路は別に使うとして、陸路も残しておきたい。
「カーター、自慢の建築学知識に水底トンネルについての知識はあるか?」
「専門分野じゃないから、昔に大学で学んださわり部分だけだ。しかも忘れつつある」
「それでも素人の生兵法よりは間違いない。ちょっと来てくれ」
カーターの手を取って川べりを歩き始めた。
適当なところで近くの地面に向かって手元で溜めた極光を放つ。
地面が抉れて小さいクレーター状の穴が開いた。
「こうやって、地質を調べていく。トンネルを作るのに良い地形があったら教えてくれ」
「なるほど。それならばいちいち破壊しなくていいぞ」
カーターはのんびりと川面を見ながら歩き始めた。
しばらく歩いたところで、対岸を指差す。
そこには煙突のような人工物があった。
「川の下を通すんだから、絶対どこかに空気穴は必要だ。多分あの換気塔からファンで空気を送り込んでいる」
「大阪府梅田のヨドバシ前から阪急方面に向かう途中に飛び出してるやつか」
「お前のたとえはたまにローカルすぎて分からんが、あれがあるってことは、近くには地下道がある証明だ。あとは……」
今度は川とは反対側、木々が多く生えた森の方に視線を向けた。
「川は結構深い。その下を通すんだから、かなり潜らないといけないが、川のすぐ近くから一気に地下までというわけにはいかない。とんでもない急斜面を下ることになる」
「離れた場所から少しずつ下らせる必要がある……ということか」
鳥を空に放って俯瞰で確認すると、森の木々が不自然なくらい一定間隔を開けて生えていないラインがあることに気づいた。
それはらせん状に回転しながら一点へ収束していく。
「もちろん、トンネルを見つけたところで、橋と同じように爆破して潰されている可能性はある」
「それでも一応は調べてみよう」
◆ ◆ ◆
トンネルの入り口と予想される地点には小さな岩山があった。
そこに向かって圧縮して威力を高めた極光を当てると、妙な金属音が鳴り響いた。
「タルタロスさん、お願いします」
「ああ、任せろ」
タルタロスさんが腕から筋力強化スキルの青い光を放つ。
どう見ても岩にしか見えない「扉」の端を掴み、力任せに横へスライドさせると、真っ暗な地下へと潜っていくスロープが現れた。
明かりは点いていない上に、やたら湿気臭いし、かび臭い。
閉ざされていた入り口が開いたからか、一斉に多数の地を這う虫たちが太陽の下に飛び出してきて、そのまま森の方へ走って行った。
「森へお帰り」
本来は照明も空気を換気させるためのファンが動いており、ここまで酷い環境ではなかったのだろう。
だが、運営が撤退したためにエネルギー切れで動いていないのだろう。
「調査に向かうか?」
「恒例だけど、まずは鳥に先行させる」
鳥の使い魔を5羽喚び出して、3羽をトンネル内へ向かわせた。
鳥たちは夜目が利く。
その上で自ら発光しているおかげで、明かりがなくともある程度は飛行することができる。
長くて暗いらせん状の通路を抜けると、今度は真っすぐな道が現れた。
そこをさらに突き進むと、若干だが上方向から光が差し込むポイントを見つけた。
1羽を光が見える方向へ浮上させると、さきほど対岸に見つけた換気のための塔の先から勢いよく飛び出した。
トンネルはさらに続いている。
マンハッタンに通じていることは明白だ。
換気塔近くに、ターンするスペースがあることを確認した上で、車に乗り込む。
Uターンができれば、何か問題があった場合もすぐに逃げ出せる。
「安全は確認済みだ。車を進めてくれ」
「アイアイサー!」
カーターがノリのいいセリフと共にアクセルを踏み込む。
装甲車は勢いよく暗いトンネルに踏み込んだ。
入った直後にいきなりの急カーブ。
そのまま直進にはならず、車は螺旋を描きながら、地の底へ深く深く潜っていく。
「さあ、これでどれだけ潜った?」
「車の車高は約3メートル。天井までの余裕が2メートル。そこの上に強度を確保するための1メートルの天井兼床がある」
「ということは、だいたい5周回ったので」
「最低地下30メートル!」
ハドソン川の水深や、その圧力に耐えられる壁の強度にどれだけの厚みが必要なのかは分からないが、確実に下を抜けているのは分かる。
いつの間にか進路は直進ルートに変わっていた。
メーター上に大気成分不良、酸素濃度低下の警告が出ているが、車から出なければ特に関係はない。
唯一の明かりはヘッドライトと、案内のために車の少し先を飛ばしている鳥の使い魔のみ。
急に強い光に照らされて驚いたのか。
道の先にいた虫だかネズミだかが一斉に逃げ出していく。
それ以外には漏水や天井構造物の剥離などの障害になるものはない。
走行中にいきなりトンネルが崩れて生き埋めになることもなさそうだ。
マンハッタンの換気塔の下を通過し、車はさらに先、ロングアイランド島に突入する。
地下なので正確な位置は分からないが、多分合っている。
2度目の換気塔も通過。
ヘッドライトは暗いトンネルを照らしながら、どんどん先へ進む。
そのうちに、地下駐車場であろう、鉄骨がむき出しの無骨な空間が姿を現した。
天井はかなり高いし、広い。
地面に引かれたラインに案内されるように進むと、白線で区切られた駐車スペースが姿を現した。
メーターに表示された酸素濃度は……健全とは言い難いが、すぐに呼吸障害を起こすような数字ではない。
派手な運動をしなければ大丈夫だろう。
「ファンが止まっても、ここには風が少し入って来ているのか?」
「出入り口が近いみたいだし、そうなんだろうな」
カーターが指差す先には、非常灯らしいものが上に付いた金属製の扉があった。
電子ロックの解除装置らしき機械もドアの横に備え付けられていたが、既に動作していない。
今は車のヘッドライトのおかげで明るいが、エンジンを停止させれば再び暗黒の空間に戻るだろう。
「それで、ここは町のどこなんだ?」
坂下がモニターを覗き込んだ。
外の情報を確認しようとしているのだろうが、車以外に明かりがないので、何も見えない状態だ。
「駐車場やトンネルは運営用であること、クラネス王と名乗る人物が関係者の可能性が高いことからして、ここは町の中心部でしょう」
「いきなり敵の真っただ中か。もう少し静かに調査をしたかったのだが」
「時間を掛けても仕方ないでしょう。電撃作戦が一番ですよ」
まずは先行させていた鳥の使い魔に周辺を探らせるが、非常口以外の出入り口はないようだ。
仕方なく装甲車のドアを開ける。
かなり埃っぽく、空気が悪い。
防御スキルを使えるモリ君は完調ではないので車で待機していてもらうことにする。
その代わりに俺が先頭で外に出る。
俺が周囲の安全を確保した後で、モリ君以外のメンバーも車から降りた。
「ラビさん、俺は?」
「モリ君は負傷しているのでここで待機。車の番をしていてほしい」
「俺だって動けますよ」
「いや、今のところ車の照明がないと真っ暗で身動きが取れないから、誰かが残って明かりをキープしていて欲しい」
「……分かりました」
不服そうではあるが、ティンダロスに受けた傷が完治していない。
町では何があるか分からないので、今は安静にしていてほしい。
車の番には運転ができるカーターに残ってもらいたかったのだが、今回はそれはできない。
ここは元々運営の施設だ。
なので、まだゲームマスターとして認識されているはずのカーターの存在はもちろん、知識、技術が必須だからだ。
足早に非常口に近づいて、扉の状態をチェックする。
扉は施錠されている上に、ロック解除装置はエネルギー切れで起動しない。
もちろん押しても引いても頑丈そうな金属の扉はビクともしない。
ハセベさんがいれば、扉のロックされている部分だけを刀で一刀両断できたのだろうが、ここにいない人間の話をしても仕方がない。
「どうした? 扉を開けられないのか?」
ランタンを持った坂下さんが近づいてきて扉を照らした。
「力任せならばいけますよ。エリちゃんかタルタロスさんに頼んで、壊してもらえばいいので」
「私ってそういうキャラじゃないんですけど」
エリちゃんが不満そうに言った。
本人がどう思っていようと、時と場合によっては頼りたいところだが、今回の場合はそうはいかない。
「でも、無理に扉を壊すと派手に音が鳴るでしょう。それは避けたいんです」
「なるほど。では、力を使わない賢者の技というのを見せてやろう」
坂下はそう言うと、おもむろに金属の扉へ近づいていく。
懐から黒い刀身の短剣を取り出すと、金属の扉にガリガリと複雑な図形を描き始めた。
なんとなく俺が使っているバルザイの偃月刀に形状が似ている気がする。
「これは見えるか?」
突然、坂下が横で見ていた俺に短剣の刃を見せつけてきた。
もしかすると、その短剣の先に何か魔力的なものが出ているのかもしれない。
だが、魔力など見えない俺には、バトルマンガの雑魚キャラがナイフを見せつけてくるシーンにしか見えなかった。
「何がですか?」
正直に答えると、坂下がため息をついた。
「まがりなりにも魔法使いなのだろう」
「残念ながら魔女はただのコスプレなんですよ」
坂下はまたもわざとらしく息を吐いて、作業を再開した。
何かを教えたかったのか、それともカーターと同じように魔術理論を語りたかったのか。それは分からない。
坂下はかなり複雑な幾何学模様を追加で描いた後に、短剣をケースに収める。
その後に、まるで密教僧のように、両手の指を複雑に組み始めた。
そして気合の入った声を上げると、閉ざされていた金属の扉がまるで自動ドアのようにスライドして開いていく。
どういう原理なのかは全く分からないが、すごい技だ。
「これが賢者の秘術だ。魔法陣を使って術の威力を増幅させる」
今の説明で原理についてはなんとなくわかった。
つまるところ、破邪の秘法で強化したアバカムだ。
バーンパレスの扉だって開けられるやつだ。
「どんな技でも増幅できるんですか? そんなに便利なものなら教えてもらいたいです」
そんなに便利なものならば活用したいと思い紙と鉛筆を鞄から取り出す。
しかし、坂下さんは苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「形だけ真似ても無駄だ。この図形一つ一つが数式のようなものだ。全ての意味を理解した上で、繋がっていなければならない」
「つまり、理屈が分かっていれば魔法陣は書けると」
「もちろん、ただ図形を描いてもダメだ。魔力を注がないといけない。嬢ちゃん……じゃなかった、ラヴィには魔力がないのだろう。見えもしないのだから、スタートラインにすら立てていない」
そう言われるとそうである。
俺にできるのは魔法陣を意味も分からずに潰すことだけだ。
「元々使えるカーター以外だと、素養がありそうなのは、そっちの2人か」
「俺か?」
坂下が指差したのはアルフとティナの2人だった。
「鍛えればそれなりの魔術師にはなれるだろう。もちろん、勉強も必要だが」
「スキルのおかげで一応は魔術師なんだがな」
「それは拾った力だろう。誰にも教えられず広げられない個人専用の能力なので体系として発展性がない。私もそれに気づくまで20年ほど無駄にした」
後悔するような表情の坂下を見てアルフは少し首を捻った。
「まあ、考えとくよ。どうせなら色々な能力を使えた方が便利そうだ」
「考えといてくれ。弟子を取るのも悪くない」
「つまるところ、正しい図形を書いて、そこに魔力を流せば魔法陣を作れるんですね」
「魔力がないのにどうするんだ?」
「この鳥です」
俺は明かり代わりに使っていた鳥の使い魔を見せた。
「異世界から来た魔法使いに聞いたのですが、この鳥は魔力の塊らしいです。なので、応用してどうにかできないですか?」
「応用してって……何羽かの鳥で図形を描く方法があれば別だが」
「なるほど」
図形を描く方法はある。
盾は3羽の鳥を正三角形になるよう配置すると、光の障壁が生まれて攻撃を跳ね返せるというものだ。
応用することで、瞬時に空中へ魔法陣を描けるかもしれない。
もちろん、魔法陣の構造も把握する必要があるだろうし、そもそもの問題として、複雑な図形を描くには3羽では足りないだろう。
使うためには何か考えないといけない。
閑話休題。
すぐに脱線するのが俺たちの悪いところだ。
扉を開けてすぐの場所には、上に続く階段とエレベーターがあった。
エレベーターのボタンを押してみるも、何も動かない。
階段を地道に上がっていく必要があるだろう。
「タルタロスさん、すみません。このエレベーターの扉を開けてもらえないでしょうか?」
「ああ、これならば音もそれほど立てずに開けられる」
タルタロスさんに頼むと、すぐにエレベーターの隙間に指を差し入れ、そのまま力任せにスライド式の扉を開けてくれた。
中にはゴンドラはないのだが、上層階へ続く通路はちゃんと存在している。
使い魔の鳥を上層へと放ち、様子を確認させる。
推定地上部分は中東風の宮殿のような建物だった。
宮殿の外側には警護などはなし。
内部は意外と複雑で全て回り切ることは出来ないが、今のところ哨戒している兵などは不在。
運営が撤退した後は、この建物そのものが放棄されているようだ。
庭は雑草が生え放題。
風や雨が入ってくる部分については自然に荒らされ放題になっている。
だが、人がいないというのは幸いだ。
邪魔が入らないうちに一気に調査を進めてしまおう。
今の状況を全員に説明した。
「レルム君、念のために信号が出ていないか確認して欲しい」
レルム君がバケツを構えると、そこに一瞬電気の火花が散った。
だが、そのバケツからは音が鳴ることはない。
何かしらの電波が放出されているならば、反応があるはずだ。
なのにないとなると、完全にエネルギー切れのようだ。
「ダイラス=リーンの時はUPSみたいなのがあったよな」
「ここにもあるかもしれない。一瞬でもシステムを起動できれば分かることはあるはずだ」
地上までは約30メートル。
階段だと結構な段数だ。
大変だと思うが、みんなには頑張ってもらいたい。
「では行きましょう。地上部までは少し手間ですが」