階段の出口は別の金属の扉で閉ざされていた。
ただし、内部から開ける場合は先ほどのように外から開ける場合とは違う。
扉の継ぎ目が見えているので、今度はタルタロスさんに力任せに開けてもらった。
扉を抜けた先の地上部は、それはまた奇妙な建物だった。
外観はあちこちに赤みがかかった水晶のような素材が埋め込まれており、煌びやかに輝いている……のはいいのだが、さすがに光を反射しすぎて目に厳しい。
初見はいいかもしれないが、だんだんと鬱陶しくなってくる。
これを作ったやつは足利義満か豊臣秀吉晩年なみのキラキラ好きなのだろう。
建物全体がキラキラなのは金閣寺だけで間に合っている。
ただ、内部はそれとは逆の思想で作られている。
機能的というか、実用的というか、質実剛健な感じだ。
風や光が適度に入る構造になっており、建物内は快適な温度と湿度に保たれている。
数え切れないほど石柱が支えているのは耐久性を考えてのことだろう。
床材もビッシリと大理石が敷き詰められており、歩きやすさ、掃除のしやすさなど配慮されている。
足音がうるさいことは忘れよう。
床は綺麗に磨かれてはいるものの、あちこちに傷跡が残っているのが歴史を物語っている。
「一応、ここを何百年か使ってきたということか」
俺たちの地球よりも百倍近い速度で時間が流れるこの世界で運営が拠点として設定された場所だ。
ここは敵の施設と考えると少し微妙な気分ではある。
それでも一応は史跡と呼ばれるに相応しい建造物でもある。
高い壁の向こう側には、途中の舗装路と同じようにコンクリ路面に
「お前たちが捕まったのはこの場所か?」
坂下がアルフとティナの2人に尋ねた。
「いや、もっと町の中にある詰め所みたいな場所だ」
「ならば、荷物の回収はそちらか。まずは、この建物の中から調べるか」
建物内を歩き回っていくうちに、庭らしき場所に出た。
様々な花が植えられているのだが、大半は枯れていたり、そうでなくとも元気がなかったりする。
放置されているからか、少し残念な感じだ。
少しくすんだペルシャ風絨毯が敷かれた広い部屋があったので覗き込むと、そこには石造りの玉座が鎮座していた。
「一応はここが中心部のはずだけど」
「こんなところで制御なんてやるか? 管理人室はまた別にあると思うぞ」
チェックしようとした俺をカーターがあっさりと否定した。
「初代ドラクエの時代から隠し階段は玉座の裏にあるのが定番だろ」
「建物の構造をもう少し考えろ。ここの下には何がある?」
建築屋のカーターらしい考え方だ。
俺たちが立っている場所のすぐ下には、あの天井がやたら高くて広い駐車場がある。
そこの空間に何かを作る余地はない。
その上で、階段とエレベーターがある。
階段はあくまでも非常用で普段は使われない。
常用されていたのはエレベーターだと考えてみると、必然と答えは出てくる。
「地下施設があるとしても、移動にはエレベーターを使っていた」
「そういうことだ」
カーターが「ようやく気づいたか」とばかりのドヤ顔をしているが、この面倒くさがりがそれを黙って歩き続けていたとは思えない。
こいつもたった今気づいたばかりなのだろう。
それを証拠に顔を合わせようとしない。
階段の位置から逆算して、エレベーターが地上に着くであろう場所を推測。
そこには無数に立っている石の柱に偽装されていたが、明らかにスライドドアらしい切れ目が入っている。
再度タルタロスさんにこじ開けてもらうと、そこにはエレベーターのゴンドラがあった。
内部は1Fの他にB1、B2の表記がある。
ボタンを押してみるが、当然ながら動くことはない。
「下のフロアに行きたいんだけど」
「今は音を出しても大丈夫なんだっけ?」
俺が説明すると、エリちゃんはエレベーターの中に入り、床をタップダンスのようにリズム良くブーツの踵で踏み始めた。
「爆音でなければ、足音とか話し声くらいならば壁の向こうには聞こえないと思う」
「分かった。じゃあこんな感じかな」
エリちゃんはそう言うと右手にスキルの青白い光を灯し始めた。
「くれぐれも静かにね」
「大丈夫。静かにぶち抜くから」
「みんな、エリちゃんの邪魔にならないように下がるぞ」
「はい!」
俺たちは距離を取って様子を見守る。
エリちゃんが「よいしょ」という掛け声と共に拳をゴンドラの床へ叩きつける。
普通ならばゴンドラが大きく揺れそうなものだが、パンチがヒットした周辺だけが綺麗に円形に撃ち抜かれた。
空手家のビール瓶割りのようなものか。
力任せに破壊するだけだと、ゴンドラを吊っているワイヤーロープが耐えきれずに千切れて落下。
中にいた人も転落して大怪我をすることになるだろうが、うまくやってくれた。
「地下への入り口が見えるけどどうする? 私一人なら行けるけど」
「一度地下に行って、適当な場所の天井をぶち抜いてくれるかな? 明かり代わりにこいつを付ける」
俺は鳥の使い魔1羽をエリちゃんの肩の上へ乗せた。
ある程度光を放つので、照明代わりになる。
「天井だね、分かったよ」
エリちゃんはアクロバット競技のように、ゴンドラに開いた穴を飛び降りていった。
待っていると、俺たちから少し離れた場所でコンコンとノックするような音が聞こえた。
その後に、床が四角く切り取られて高く跳ね上がった。
落下すると大きな音を立てるだろう。
「おっと、こういうことなら任せてくれ」
空中に舞い上がった「蓋」をタルタロスさんがキャッチして、静かに床の上へ降ろした。
床に空いた穴の中から最初に手が突き出してきて、その後にフードと埃を被ったエリちゃんの顔がぬっと出てきた。
「二段天井になっていたから、そこから開けてみたよ。地下からの出入り口は少し離れたところにある」
「グッジョブ。多分そこは点検口だ」
メンテナンス用の点検口はどこかにあるとは考えていたが、意外と近くにあったようだ。
「地下通路はあるけど、意外と狭いから、人数は絞った方がいいんじゃないかな?」
「じゃあカーターと……坂下さんいいですか?」
「さすがに飛んだり跳ねたりは年齢的に厳しいぞ」
坂下はそう言いながらも自主的にエリちゃんが開けた点検口から中へ入って行く。
「オレもか?」
「カーターがいないと始まらない。タルタロスさん、子供たちとアルフさんたちの護衛をお願いします」
「ああ、任されよ」
子供たちはスペース的には大丈夫なので、地下の状況次第で来てもらうことになるかもしれない。
とりあえず少人数で調査を続行だ。
◆ ◆ ◆
地下の構造は偽物の町やダイラス=リーンとほぼ同じだった。
運営の施設は全て共通構造説を裏付けるものだ。
薄暗い通路を進んでいくと、やはり電子ロックで閉ざされた部屋があったが、これはエリちゃんに粉砕してもらって無事に解決だ。
管理室の中もコンソールやモニターが並んでいるという構造自体はほぼ同じ。
部屋の隅に補助動力装置らしきものが置かれているところまでもだ。
「ここもバッテリー残量は少ないかもしれない。手早くやろう」
「ああ、任せろ」
カーターが指をポキポキと鳴らした後にコンソールの前に座る。
UPSのボタンを押すと、モニターに明かりが灯り、システムが起動する画面が表示された。
ログイン手順も確立しているからか、カーターは手早くシステムを掌握して、情報を拾い始めた。
「他の町で見た資料は全部飛ばすぞ。どうせ内容は同じだ」
「とりあえず町の住民とガレー船の情報について」
「あいよ」
カーターがピアノを弾くように高速でキーボードを叩く。
資料を開いては閉じ、開いては閉じの繰り返し。
そのうちに、一つの資料を開いたところで動きを止めた。
どれどれと俺と坂下が同時に画面を覗き込む。
テキストは親切にも謎文字ではなく英文なので助かる。
坂下は老眼が入っているからか、何度か画面の前を行ったり来たりしたが、まあそれはいいだろう。
「まず、町の住民だ。自動修復する魔術式を体内に埋め込んだクローン人間を作って労働者として働かせていた」
「やっぱり不老不死なのか?」
「老化はしないってだけだ。物理的には普通に死ぬ。それを不老不死というならば、まあそうなんだろう」
「なら、もし欠員が出たらどうするんだ?」
「その時は同じタイプの人造人間を再生産して入れ替え……ひでぇ話だ」
運営らしい酷いエピソードが次々に出てくる。
人間を人間として扱わない連中だとは知っていたが、それでも気分が悪くなってくる。
「建物も同じだな。破損しても自動的に修復するようになっている」
「エネルギー源はどうなっている? 人工の人間を作った上に無限に修復させるなど並みの魔力ではできないはずだ」
坂下が何度も顔を動かした後に、画面に指を当てた。
「普通に考えると紅玉だと思うが、そのことには一切触れられていない」
「エネルギーについては別の資料だな」
カーターが別の資料を探し始めると、画面がなんとなく暗くなってきた。
UPSに先ほどまではなかった赤いランプが点灯している。
電池切れが近いのかもしれない。
急がないといけない。
「エネルギーはエーテルリアクターで作って無線で各端末に補充と書いてある」
「ガレー船は?」
「各町の連絡用。それ以外の交通機関を断つことで、住民が町の外に出ることを制限したかったんだろう」
「ならば、あの
「資料にはない」
「ないことはないだろう。何かしら記録が残っているはずだ」
「運営と別口なんだろう。なら資料がなくともおかしくない」
「まだ全く別の案件だと決まったわけではない」
カーターと坂下が問答を始めた。
資料を調べる手が完全に止まってしまっている。
このままだと時間切れになってしまう。
急いで助け舟を出すことにした。
「カーター、最優先で、現在進行形のエラーログを出してくれ!」
「わ、わかった」
強引に2人の間に割って入ると、カーターが操作を再開した。
すぐに、大量のエラーが画面いっぱいに表示された。
内容は細かくチェックしていられない。
全体をざっと見て、なんとなく数が多いように見えた管理IDを指差した。
「エネルギー切れにつき供給停止の後に、エネルギー供給再開、不明なエネルギーとある。このIDの古いログはどうなっている?」
「ちょっと待ってくれよ」
古いログの方には、リアクター番号03番からエネルギー供給とあった。
どうやらこの町には何基か動力炉があり、それらのどれかからエネルギーを受け取る仕組みになっているようだ。
現在はそこが「不明なエネルギー」となっている。
つまり、このシステムの管理外にある動力源からエネルギーを受け取っているということになる。
「不明なエネルギーって紅玉のことか」
「その後のログはどうなっている?」
カーターが引き続きIDの検索を行うと、一週間ほど前から昨日までのログが表示された。
内容は「修復異常からの破損を確認。交換を推奨」
一週間前には破損はしているはずなのに、以降もずっと元気にエラーが発生し続けている。
「この場合の破損ってのはどう判断すればいい?」
「ハンザラさんが言っていた住民の怪物化という解釈でいいんじゃないかと」
「つまり、紅玉をなんとかしないことには、怪物化は止まらないのか」
今のところ運営のシステムではどうしようもない。
管轄外から不明なエネルギー供給をされているのだから、停止信号も出しようがない。
「坂下さん、こういう状況を解決する魔術みたいなのはないんですか?」
「人造人間にエネルギーを受け取る仕組みがあるならば、正規の動力炉を復活させれば非正規の紅玉からの力など受け取らなくなるはずだが」
運営のシステムのエネルギーは枯渇。
代わりに溢れている紅玉の力を住民たちが受け取るせいで、苦しむだけではなく、怪物化までしてしまっている。
だが、リアクターを再始動させる方法が分からない。
「そもそもエーテルリアクターとはなんだ?」
「周囲のエーテルを集めて電力ベースのエネルギーに変える機関らしい。この町にも4基あるようだ」
坂下の質問に対してカーターがコンソールを叩いて資料を画面に表示させた。
「エーテルは分かる。世界に溢れている魔力の呼称だ。だが、どうやって集めているんだ? 空気から物質を作るようなものだぞ」
「原理は分からん。だけど、リアクターにはエネルギーを集めるための機能がある」
資料は絵入りなので分かりやすい。
大気中に溢れている魔力を集めて、触媒を使って濃縮させる。
原理としては空気中の窒素を固定させてアンモニアを作るハーバーボッシュ法に近いようだ。
無限に魔力がが湧き出すわけではなく、別の燃料を消費して魔力を生産しているわけだ。
永久機関ではないので、運営が撤退して燃料の供給が止まると、リアクターも止まる。
あれ?
「確認なんだが、リアクターを動かすために魔力以外のエネルギーを理由は、生産量よりも消費量の方が大きいからだな」
「そういうことだな。だから、リアクターを動かすのに魔力が使えないわけじゃない」
「つまりはシステム上は可能だし、うまく使えば周囲のエーテルを枯渇させられる。そういうことだな」
俺の考えが伝わったのか、カーターがポンと手を打った。
「リアクターを紅玉の力で動かして、紅玉のエネルギーを吸い取らせるのか。そのうち消費の方が勝って、紅玉も動力炉も止まる」
「そういうことだ。人造人間が紅玉から放出されているエネルギーを誤って吸収するなら、同じ理屈でリアクターもエーテルの代わりに紅玉のエネルギーを誤って集めることも起こりうる」
「なるほど、それならば紅玉の力を無効化させられるかもしれん」
俺たちの話を聞いていた坂下も理解したようだ。
袋の中から鈍い色に変化した紅玉を取り出した。
「私が使うのは、アメリカの古代遺跡から掘り起こした技術ベースの変容の魔術だ。霧で世界と人の認識を騙す。要するに性質を変化させられるんだ」
「ケルトのドルイドマジックみたいなもんか。なんでアメリカにあるのか知らんけど」
カーターだけが何か理解した雰囲気で語った。
もちろん俺が分かるわけもない。
「独学なので詳しい魔術体系までは知らんがね。ともかく、認識を騙すことで、誤動作を引き起こすというものだ。入り口の扉も見事に騙されただろう」
「鍵を開ける呪文じゃなかったんですね」
「世界に扉は開いていると認識させると、辻褄合わせに扉は開く。ただ、無機物には効果が薄いので、魔法陣でそれを増幅させた」
ただ、坂下の魔術でできることは理解した。
物の性質を変える。
それは、たった今俺たちが話していた与太話を現実的な作戦に持っていけるものだ。
「同じように、紅玉から放出されるエネルギーをエーテルだと誤認させると?」
「逆だ。町中にばら撒かれている紅玉全てに魔術なんてかけてられないので、動力炉とやらの方を誤認させる」
「そんなことができるんですか?」
「私を誰だと思っている。伊達に賢者を名乗ってはいない」
言葉とは裏腹に自信はややなさげだが、それでも坂下は言い切った。
できるかどうかは知らない。
だが、やってみる価値は十分ある。
後は坂下の術に全てがかかっている。
「できますか?」
「できるできないじゃない。やるしかないだろう」
坂下は大きなため息をついた。
大変そうではあるが、理屈の上では可能ということだろう。
「気になる点は、私が動力炉の性質を理解していないことだ。なので、想定されているものと異なるエネルギーを吸ったそれがどうなるかは予想できない」
「壊れるでしょうね。おそらく住民が怪物化したように、何かしらの異常が起こるでしょう」
「元々ゲームの黒幕のものなど壊れてもどうもでよかったが、最悪の場合、紅玉のエネルギーが一か所に集まるのだから、大爆発を起こすだろう」
「その前に住民の避難が必須ですね」
一応は希望の道は繋がった。
試してみる価値はありそうだ。
「この町の動力炉はどこにある?」
「一番デカイやつならば、マンハッタンにある」
カーターが資料を表示させた。
4つある動力炉のうち最大のものは、地球で言うところのエンパイアステートビルの位置にあるようだ。
「まずはそこの動力炉で試して、うまくいけば他の3つでも同じことをする」
「問題は、トンネルはマンハッタンに出口がなかったことだ。なので、いきなり地下から直行というわけにはいかない」
「敵の真っただ中。しかも、なるべく住民に怪我をさせないように町を突っ切って動力炉に突入か」
やることはシンプルだが、難易度は高い。
それでもやる必要はあるだろう。
この町で成功すれば、ダイラス=リーンでも同じようにできるはずだ。
「まずは仲間と相談しましょう。全員で考えれば、いい作戦が出てくるはずです」