あれから、住民たちは歓迎ムードで受け入れてくれた。
俺とカーターと坂下で夜通しで町の各動力炉を巡って、
「そういえば、システムが復旧しているんだよな。今なら、次の町のインガノクの情報が手に入らないか?」
「それが……インガノクの情報は載っていない」
キーボードを叩くカーターの表情は渋い。
モニター上には運営が作りあげてNPCを配置した人工の町の一覧が表示されている。
ウルタール、ダイラス=リーン、セレファイス。
トラボンやザカリオンという謎の町の名前も表示されているのだが、インガノクの名前がどこにもない。
「運営が管理している町なんだよな」
「実は違うかもな」
そこにはアメリカ東海岸の地図が表示されていた。
ウィルミントンがウルタール。
ワシントンD.C.がダイラス=リーン。
トラボンはノーフォーク。
セレファイスはここ、ニューヨーク。
ザカリオンという町はフィラデルフィアにあるはずなのだが、あの位置にあったのは1943年のフィラデルフィアだった。
やや、地図の信ぴょう性を疑ってしまう。
「なら、インガノクというのはどこから生えてきたんだ?」
「異世界の町なのかもな」
カーターがなおも検索を続けるが、それらしい情報がまるで出てこない。
「あの紅玉は、この世界から出てきたものとは思えない。町ごと全く別の世界からワープしてきたとしてもおかしくない」
「それで町の位置は?」
「だから、運営の記録にはないと言ってるだろ」
「それは分かっている。だけど、このセレファイスやダイラス=リーンにはインガノクからの船が来ていた。だから、ガレー船の航行記録を調べれば」
「位置くらいは分かるってわけだ」
俺の説明でカーターが再度キーボードを叩くと、答えは簡単に出てきた。
「町の位置は地球だとロードアイランド州プロビデンス」
「つまり、最終目的地、ボストンの手前か」
地図を見ると、プロビデンスとボストンとの距離は100キロ以下。
装甲車の速度ならば、2、3時間もあれば十分到着できる距離だ。
ニューヨークからプロビデンスは約300キロ。
途中に川越えがあるので、まあ2日と見ていいだろう。
改めて地図を見ると、ついにここまで来たのかと別の意味でこみ上げてくるものがある。
俺たちの冒険の終わりは近い。
だからこそ、この世界に遺恨を残しておきたくはない。
「ところで、なんでボストンを目指しているんだ? 一体そこに何があるんだ?」
「正しくはボストンではないです。マサチューセッツ州のセンティネル丘陵という場所を目指しています」
俺が説明すると、坂下は首を傾げた。
「何のために?」
「日本へ帰るためです。ボストン近郊にある遺跡には時間と空間の神の祭壇があると聞いています」
「ボストン近郊の遺跡?」
坂下は意味が分からないと、今度は逆方向に首を傾げた。
「ノースセイレムにあるミステリーヒルの遺跡ならば知っている。私が今の魔術を身に付けるに至った遺跡がある」
「セイレム……どこかで聞いたことがあるような」
「聞いたことがあるのは、魔女狩りが行われた村の話だろう。そこはボストンからやや北にある。遺跡があるのはさらに北にある場所だ」
「なんでそんなところに魔術の遺跡なんて……」
セイレムの魔女狩り事件もどこかで聞いた覚えがある。
今回の話には直接関係はないだろうが。
よりにもよって魔女狩りとは穏やかではない。
こちとらコスプレとはいえ魔女なのだから。
「セイレムの周囲には巨石を積んで作られた遺跡が多数あった。昔から魔術が信仰されてきた地域なのだろう」
「では、センティネル丘陵という名前について何かご存知ですか?」
「それは地球で呼ばれている名前だ。近くに現地人はいるが、彼らが
そう説明されると、その通りだと納得するしかない。
現地語だと全く別の名前がつくはずだ。
残念ながら、その情報は持っていない。
「周囲の遺跡のどれかを指しているのだろうか、さすがにそれだけでは絞りきれない。他にヒントはないか?」
「近くにアーカムという町があるはずだから、そこで聞けと聞いています」
「アーカム? バットマンでも住んでいるって言うのか?」
こちらも期待薄だ。
冷静に考えると、運営が作った人工の町か、異世界からやってきたかの二択だ。
まだ欧州から移民が来ていないこの時代に、町があるわけがない。
「そんな曖昧な情報だけを頼りにこんなアメリカの端まで来たって言うのか? 他に何かあるだろう、何か」
「そんなことを言われても……」
坂下は呆れ気味だが、俺たちはその僅かな糸を手繰ってここまでやってきたのだ。
だが、情報が足りていないというのは理解している。
ランディが他に何を言っていなかったか、一字一句を思い出そうとする。
それでも、他にヒントが出てこない。
日本へ帰るための遺跡。
関係しているのは、うちの神さんである七色球体。
ここまでは分かっている。あと一歩だ。
今までの冒険の中に本当にヒントはなかったのか?
必死で情報を絞り出そうとした時、脳裏に映像が浮かんだ。
まるで実際に現地を見たかのような強烈な
「……川を遡り、渓谷と峡谷に囲まれた岩山地帯。周囲を森に囲まれたひときわ高い山の上。
これは誰の記憶か?
環状列石の部分を忘れるならば、日本にも似たような場所はあるが、そことは似ても似つかない風景だった。
俺の記憶でないのならば、答えは一つだ。
合っているならば、何かコメントをくれと脳内に呼びかける。
《正解だよ。ゴールは近い。あと一息だ》
久々に魔女からの声が聞こえた。
曖昧な回答ではあるが、これではっきりした。
今の映像の出どころは魔女のものだ。
だが、そんな映像を何故唐突に見せる?
本当にゴールが近いのか? それとも何か思惑があるのか?
《詳しくは使者に聞きなよ。条件が整えば教えてくれるはずだよ》
使者というのは?
魔女からの返事はない。
こいつは俺の都合など構わずに話しかけてきたり、逆に急に黙ったりと好き放題すぎて色々と困る。
仕方ないので、自分で使者とは何かを考えるしかない。
坂下ではないだろう。
怪しくはあるが、元日本人の魔法使いであるという素性は分かっている。
ならば、使者というのはもう一人の方……カーターだ。
「カーターは祭壇について何か知っているのか?」
「言えない」
すぐに答えは帰って来た。
つまり、カーターが「使者」だ。
「言えないの意味は?」
「そのままだ。前にも話したが、理由を言うことは答えを言うことに繋がるから言えない」
「つまり、条件はまだ揃っていないということか」
あっさり引き下がると、カーターは拍子抜けしたような顔をしていた。
軽く額を指で突く。
「今更、お前が俺たちを罠にかけるとは思っちゃいないよ。条件が整ったら全部教えてくれ」
こいつは悪い奴ではない。
俺たちを騙すようなことはしないし、もしも騙しているとしても、何か理由があるのだろう。
俺はこいつを信頼することにしたのだから、もし裏切られたとしても、それは俺の問題だ。
対策は、本当に裏切られたその時に考えればいい。
「なんだか分からんが、一つだけ忠告をしておく。その場所はやめておけ」
その一方で、坂下は俺……俺たちの言動に不信感を覚えたようだ。
無理もない。
俺の発言は、明らかに何かに取りつかれたような電波発言だったのだから。
実際、魔女というよく分からない存在からの関与があったことは事実なので否定はしない。
「やめなければならない理由を教えてください」
「時間と空間の神というワードと、今の説明の条件に当てはまる場所が一か所だけあるのは知っている。ただし、それはとんでもない邪悪な場所だ」
坂下の表情は俺たちを罠にかけようとしているものではない。
俺たちを心配しての忠言のようなものだった。
俺たちが怪しげな情報に騙されて、何か失敗をやらかそうとしていることに対して心配しての発言だったのだろう。
「残念ですけど、前にも言ったでしょう。魔女はただのコスプレだと。私は邪神……時間と空間の神の巫女らしいです」
「邪神の……巫女」
「うちの神さんは、世間的には邪神と言われているかもしれないですけど、そんなのでも、ずっと助けてくれたんです」
魔女の呪いで現れる虹色の球体は今まで俺たちを助けてきてくれた。
そのおかげで倒せた強敵の数は数え切れない。
なぜ、俺たちを助けてくれるのかの理由は分からない。
怪しいと言えば怪しい。
そもそも、周囲の生命体を分解して灰にして吸収したりと、傍から見れば邪悪そのものである存在でしかないのは理解している。
それでも、俺たちにとっては、何も分からない異世界で何度も助けてくれた神としか言いようがない。
「たとえ周りからどう思われようと、今は信じたいと思います。もし、裏切られても、その時はその時で、リカバリする方法を考えればいいんです」
「そのことで、深い挫折と後悔を味わうことになるかもしれない」
「未来に進むための反省は重要です。でも、後悔をする暇があるならば、少しでも前に進みたいです」
過去にこだわって立ち止まるのはダメだ。
だけど、失敗も過去も否定はしたくない。
今の状態を正確に把握するため、そして糧にするためには必要だからだ。
過去の経験を踏まえて先に……未来へ進む。
「ハイデガーでしたっけ? 昔のえらい人も言っていました。未来の可能性のために、過去を引き受け、現在を生きる。それが時間だと」
「時間について語れるからこその時間の巫女というわけか」
「ただのコスプレ魔女ですけどね」
「しかもゲーミングカラーで七色に光る」
余計な茶々を入れてきたカーターを小突く。
今の話で納得してもらえたのか、坂下はただ頷いた。
「ボストンを北上してセイレムに着いたら、ミスカトニック川を遡上しろ。そこに答えがあるはずだ」
「どういうことです?」
「私は止めたからな。あとは自分の目で確かめるといいだろう」
坂下からすると最大の譲歩だろう。
一応止めたという形で、最大限の情報を教えてくれた。
「ありがとうございます」
「お前らならば大丈夫だろう。もし失敗しても、何度でもやり直す。そんな顔だ」
「もちろん。立ち直りが早いことだけが特技なので」
「それは特技でいいのか?」
もちろん特技だ。
辛いこと、悲しいことがあっても、ぐっすり寝て、美味しいものを食べれば立ち直れる。
明日も美味しいものを食べようと思うだけで頑張ることができる。
人間とはそういうものだ。
「勝負ってのはね、最後まで立っていた者の勝ちなんですよ。だから、倒れてもテンカウント前に立ち上がればいいんです」
◆ ◆ ◆
「やっと荷物を取り返せたぜ。本当に困るところだった」
モリ君と一緒に詰め所に向かったアルフとティナが戻ってきた。
鞄の中に入れてある金や着替えやらなど、不足がないかを必死で確認している。
「連中、俺たちの荷物を取り上げてそのままだった。金も荷物もカードも全部残っていた」
「本当にあって良かったよ」
アルフはそう言いながら、鞄の中から2枚のカードと銅色のメダルを取り出していた。
俺たちは基本的に3人でチームを組んでいる。
なのに、アルフとティナは2人だけで行動していた。
なぜアルフたちが自分の荷物に執着していたのかが少し分かった気がする。
つまり、そういうことだ。
「助かったぜ。それじゃあ、手伝いはこの町までの約束だったよな」
「はい。それではお元気で」
アルフに別れの挨拶を言うが、どうも反応が微妙だ。
「あっさりすぎないか? 今からあの鬼みたいな連中のところに殴り込むんだろう」
「はい。なので、ここからさらに危険が増します。可能ならば安全圏に避難するのがいいと思います」
「だからな……」
「私たちは決して強要はしません。誘いもしません。それでも手伝っていただけるということならば」
「だから、そういう面倒なのはいいんだよ!」
アルフは大きな声を出すと、取り戻した荷物を装甲車の中に投げ込んだ。
ティナは装甲車の床に転がっているアルフの荷物を拾い、自分のものと合わせて荷台に置いた。
「乗りかかった船だ。この問題が片付くまでは手伝ってやるって言ってるんだよ」
「そういうことなら、歓迎です」
「本当に面倒くさいやつだな」
それはお互い様だ。
アルフとティナの2人と握手をする。
短い間かもしれないが、新たな旅の仲間として歓迎したい。
「ラビさん、この町で買い物ができるみたいですけどどうします?」
モリ君が聞いてきたが、今のところ旅の終わりまでの食料は十分残っている。
今更買い物は不要だろう。
「必要ないだろう。それよりも、俺たちが運営の関係者じゃないとバレる前に町から逃げ出すぞ」
今のセレファイスの復活は、あくまでも紅玉からエネルギーを吸い取り切るまでの時限式だ。
このネタがバレると、今のところは好意的な住民から袋叩きにされる未来しか見えない。
俺たちは一か所に留まるよりも、こうやって通りすがりの旅をやっている方が向いているのだ。
「あと、一つ気づいたことがあるんですけど、いいですか?」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
「ハンザラさんって今はどうしましたっけ? 川に引き上げたところまでは覚えているんですが」
「……あっ」
そう言えば、川から引き上げて、その後はどうやって川を渡るかという話になり、そのまま車に乗ってトンネルに突入したのだ。
記憶に残っているのは、話の途中で置き去りにしたところまでだ。
鏡を見るまでもなく、顔色が悪くなってくるのが分かる。
「まだあの川のところにいるかな?」
「待たせているなら、今すぐに迎えに行った方がいいですよ。俺も一緒に謝ります」
「……本当に悪い。一緒に謝ってくれると助かる。今から全力で迎えに行ってくる」
箒に乗って大陸側に全力で引き返した。
すると、ハンザラは例の仮面を被ったまま、俺たちが放置した場所で川を見ながら座り込んでいた。
「ごめんなさい、待たせました」
さすがに忘れていましたとは言えない。
「あの、それで町は……」
「一応は元に戻りました。自動修復も町の明かりも復旧しています」
簡単に説明すると、放置していたにもかかわらず、歓喜に震えて、ひたすら礼を言ってくれた。
さすがに気まずすぎて、復活に時間制限があるという説明は、ここではできなかった。
とりあえず、インガノクに行って紅玉問題が解決したらなんとかしよう。
町の住民に頼んでボートを出してもらい、ハンザラさんは町に回収してもらった。
◆ ◆ ◆
さすがにニューヨーク近くで野営をする気にはなれず、北東に進んだ先にあるコネチカット川を渡河したところで夜を明かした。
いよいよプロビデンスの町は近い。
大西洋に面したアメリカ東海岸の端だけあって、朝になると美しい朝日が昇ってくる。
さすがに春が近いだけあって、もうそれほど冷え込まなくなってきた。
陽光を受けながら柔軟体操をしていると、モリ君が声をかけてきた。
「ラビさん、こっちに来てください。ヒールを試します」
「ああ、頼む」
モリ君に
その代わりに痒みがやってきた。
ティンダロスに受けた傷はほぼ完治。
あとは回復能力で治るところまで来たのだろう。
「ありがとう。この分だと明日には治ると思う」
「俺はあと2日ってところですかね」
「モリ君も無事に治りそうで安心したよ。では、リハビリがてら朝食でも作ろうか」
用意するのは近くの岸壁で獲ったスズキ。
こいつに塩とそこら辺に生えている草を擦り込んで臭みを抜いて、小麦粉をまぶしてコーティング。
そこに脱脂粉乳、オリーブオイルを投入してソテーする。
ほうれん草缶を開けて中身を取り出す。
ほうれん草はこの時代の缶詰らしくて茹ですぎているのか食感がなくてフニャフニャだ。
なので、そこら辺に生えていた草の茎を混ぜて、魚を焼いた後の残りの脂でソテー。
クルミを練り込んだ小麦粉の生地で丸いパン……ピタパンを焼いて魚を挟み込めばピタサンドの完成。
これを人数分揃える。
ハセベさんたちが抜けて人数が減ったものの、また10人旅に戻った。
なので色々と準備が大変だ。
「デザートは野生で甘みがイマイチのオレンジ。飲み物はコーヒーならぬ濃く濃く淹れた麦茶。ヒイイオシャレーなんかアメリカーン」
「何ですか、その不思議な料理は」
「フィッシュサンドだよ。新鮮な魚で作ったから美味いぞ」
「変な工程が挟まった気がしたんですが」
「気のせいだよ」
量は多めに作って昼食も簡単に食べられるようにしておく。
これで、一食分楽が出来る。
朝食の準備が終わったあたりでみんなが起き出してきた。
「おはよう。朝食は出来てるよ」
「ラビちゃんもう怪我は大丈夫なの?」
エリちゃんが心配そうに聞いてきた。
「もう1日安静にしていたら治るかな。モリ君はまだ2日ってところ」
「そうなの。2人とも体は大事にしてね」
「まあ、今日は単に早起きしただけだから」
まずは朝食を全員で摂る。
そして、着替えなどの準備を済ませて出発だ。
俺は北東方向にある、暗い雲に覆われた空に視線を向けた。
これから向かうプロビデンス方向だ。
こちらは朝日でまぶしいくらいだというのに、その一帯は黒く沈んでいる。
「インガノクでやることは、レン人と紅玉がどこから来たのかの調査です」
「問題は、セレファイスと同じ手段を取れないことですね」
「そういうこと。運営の施設でない以上は、エーテルリアクターにエネルギーを吸収させるという手が取れない。何か別の解決策を考えるしかない」
今のところ何の情報もない。
まずは町に近づいて調査。
それから、具体的な解決策を考えるということだ。
昔の俺たちならば力任せの突破しかなかっただろうが、今は豊富な魔術の知識を持つ坂下がいる。
カーターも積極的に頭も手も貸してくれている。
これならば、何があっても対処できる……はずだ。多分。
「では行こう、インガノクの町へ!」