収穫祭の魔女   作:れいてんし

162 / 367
Chapter 19 「噴煙の町インガノク」

 俺が放った狼煙の影響が早くも町に出ているようだ。

 

 インガノクの町に到着した時は、城壁の門は固く閉ざされていた。

 

 ただ、道の真ん中で処刑されていた犠牲者や、この動きからして分かることがある。

 この町は完全にレン人に乗っ取られたと思っていたが、そうではない。

 

 レン人には反抗的な住民たちも中には大勢いる。

 ただ力で負けているので従わされているだけだということだ。

 

 ならば、内部の反抗勢力になんとか接触できれば勝ち目はある。

 

 幸いなことに、門の隙間からは噴き出すほどの濃い煙が漏れ出してきている。

 煙と水蒸気が入り混じり、霧のようになって町の路地を覆っているようだ。

 

 この霧に乗じれば、姿を隠したまま内部に潜入できるかもしれない。

 

「城門は閉じている。壁を無理矢理壊すのはダメ。トンネルはおそらくない。海路は開いているだろうが、さてどうする?」

 

 カーターの質問に対して俺は人差し指を天に向けた。

 

「とりあえずエリちゃんだけならば箒の後ろに乗せて中に入れると思う。中で侵入ルートも含めて先行偵察してくる」

「女子2人だけで大丈夫か?」

「そっくりそのまま返すけど、その場合はカーターと坂下さん2人だけでここに残すことになる。大丈夫か?」

「私ならそれなりに立ち回れんことはない。今まで積み上げてきた経験があるからな」

「オレだって、そこそこは戦える」

 

 カーターと坂下がほぼ同時に返してきた。

 

 敵戦力を把握しきったわけではない。

 先ほどの首無し騎士みたいな謎の敵が出てくる可能性はあるので「大丈夫だ」と即答はできない。

 だけど、今は2人を信じるしかない。

 

「2人とも、一度車に戻ってもらえないですか? もしかしたらセレファイスの時と同じように、装甲車で町に来た方が、住民へのアピールができるかもしれないので」

「なるほど、町の情報を仕入れてから、改めてエーテルリアクターを操作というわけか」

「そういうことです」

 

 坂下は納得してくれたようだ。

 カーターは渋ったが、坂下の護衛ということで聞いてくれた。

 

「一通り終わったら、鳥を送ってくれ。それを合図に車で迎えに行く」

「分かった。車を停めている場所は射程距離外だから、一度町を離れるだろうけどな」

 

 カーターが坂下を連れて去って行ったのを確認して作戦を開始する。

 

「エリちゃんと一緒に飛ぶのは初めてだっけ?」

「そう言われたらそうだね。よろしく」

 

 鳥の使い魔を放ち、なるべく連中の目がない場所を探すところからスタートだ。

 

「空を飛ぶのは初めてだけど凄いねこれ。私もこんなスキル欲しかったな」

「実はキャラの固有能力で飛べたりしない?」

「残念ながら。夜中にこっそりとラビちゃんの箒を借りて試してはみたんだけどね。やっぱりジャンプしか出来なくて」

 

 それは初耳だ。

 エリちゃんもやはり魔法少女への憧れがあったのだろうか?

 

「意外って顔してない?」

「うんまあ。格闘家がエリちゃんの適職だとは思ってたし」

「こう見えて日本にいる頃は文学少女だったんだよ。運動なんてやったのはこの世界に来てから初めて」

 

 エリちゃんがここに来て意外な話をしてくれた。

 てっきり、日本にいる頃から元気いっぱいのスポーツ少女だと思っていたが違ったのか。

 

「子供の頃に見たアニメに出てきた、パンチやキックで悪い敵を倒す正義の戦士に憧れてなかったといえば嘘だけどね」

「エリちゃんも見てたんだニチアサは」

「小学校までだけどね」

 

 なるほど、普通ニチアサは小学生までなのか。

 

 なるほど。

 なるほど。

 なるほど。

 

「ドロシーちゃんもやっぱり魔法少女をやりたかったみたいで、レルム君と一緒に必殺技の練習をしてたよ。なんか手からビームを出したかったみたいで」

「ドロシーちゃんが?」

 

 やはりドロシーちゃんもオリジナルの記憶をそれなりに取り戻しているようだ。

 そうでなければアニメの必殺技を使おうとは思わないだろう。

 

「杖も、光って音が鳴るやつが欲しかったって言ってた」

「そりゃ、レルム君が杖を買った店では、お気に召すものがなかったはずだ」

 

 俺だけだと、こういう細かいところで取りこぼしが発生する。

 

 やはり、人には向き不向きというものがあるのだろう。

 俺には子供に寄り添った目線で見るということができていない。

 

「エリちゃんも将来はそういう方向で進路を考えてみては? 子供の相手をする仕事」

「というと先生とか?」

「学校の先生は、身内にいるだけに、無茶苦茶大変なのをいつも見てるからな」

「彼女さんがそうだっけ?」

「友人な。他には小児科の看護師とか良いんじゃないかな。モリ君がもし医療の道に進むなら一緒に」

「看護師……それもありかな」

 

 俺もありだと思う。

 今までの旅で子供たちの世話をするなど、エリちゃんが誰かを助けるところは何度も見て来た。

 野戦病院でも、モリ君のサポートに付いて、負傷者を案内したり励ましたりもしていた。

 

 本人の意思も有るだろうが、適性はありそうだし、選択肢の一つとして考えるのも良いと思う。

 

「まあ、学力がねぇ」

「まだ高2だろう。1年頑張れば大丈夫だ。俺も力を貸すよ」

「貸してくれると助かるよ」

 

 ここで、なかなか良い潜入場所を見つけた。

 壁を越えた先の町側には尖塔の頂上が顔を覗かせている。

 

 壁の外には背の高い木があるので、それらの陰に潜めば目立ちにくい。

 壁を乗り越えて、尖塔の陰に隠れるように移動していけば、うまく立ち回れそうだ。

 

 ただ、城壁を乗り越えてくることは、中にいるレン人も想定済みだろうし、慎重に動くことには変わりない。

 

 まずエリちゃんにしがみついてもらう。

 

 その状態で箒にまたがり、鐙(あぶみ)に足を掛ける。

 人間2人分の体重を乗せて飛ぶのは重量オーバーではあるが、まあ、どうとでもなる。

 

「浮遊(フロート)」

 

 箒はゆっくりと浮かび上がった。

 

「しっかり掴まって、揺れるから」

「私ならバランスを取れるから大丈夫だよ」

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 ふらりと若干曲芸飛行気味に急上昇した。

 

 エリちゃんは初めての飛行だと言うのに堂々としたものだ。

 余裕の表情で眼下を流れていく町の風景を眺めている。

 

 壁を這うように移動した後に、素早く尖塔の屋根の陰に入り込む。

 そこから雨どいを伝って、地上に降りた。

 

 分かってはいたが、工場の排煙のせいでかなり煙たくて臭い。

 鞄からタオルを2枚取り出して、1枚をエリちゃんに渡した。

 2人でマスクがわりに顔に巻いて歩き始める。

 

 今の俺は魔女の呪いを使った反動で全身から光を放っており、何をしても目立つのだが、それでも、なるべく目立たないよう動きたい。

 

 レン人の追っ手の動きを見ながら、複雑な町を歩いていると、一軒の民家の扉が少しだけ開いた。

 そこから褐色の手がぬっと伸びてきて、俺たちに向けて手招きをしている。

 

「果たして罠か、それとも協力者か……」

「一応信じてみようよ。ダメだったら力づくでも脱出できるし」

 

 エリちゃんから力こそパワーな解決方法が提示されたが、悪くない選択肢だ。

 手が招く方に進んで、民家の中に入った。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 俺たちを屋敷の中に招き入れたのは、長身痩躯の浅黒い肌を持つ男だった。

 セレファイスもそうだが、運営が作った人造人間は中東系が多いのだろう。

 

 目の前の男もその例から漏れず、エジプト系のようだった。

 

 室内は落ち着いた雰囲気だ。

 質のいい家具や調度品が並び、壁には専門書らしき分厚い本が収められている。

 

 外から見えないようにするためか窓はカーテンで覆われていたが、部屋の隅にあるオイルランタンが室内を明るく照らしていた。

 ジリジリとオイルが焦げる音と臭いが室内に広がる。

 

 机の上には男が読んでいたであろう一冊の本が置かれていた。

 

 タイトルは英語だったので俺にも内容は分かる。

 フリードリヒ・ニーチェ。

 深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいている。神は死んだなどの有名な名言を残した哲学者が書いた本だ。

 

「助けていただきありがとうございます」

「いや、確認したいことがあった。君たちはこの町の支配者の関係者かね?」

 

 どう答えるべきか判断に悩んだが、説明方針を手早く脳内でまとめた。

 

「この町の支配者については寡聞につき存じ上げません。私たちは南にあるセレファイスのクラネス王の関係者です」

「つまり、ガレー船で逃げ帰ってきたレン人を追ってきたというわけかね」

 

 男の鋭い目線が俺に突き刺さる。

 

 もちろん、さらりと受け流す。

 こんなものは威圧にも含まれない。

 昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない平穏なものだ。

 

「この町に来たのは紅玉の件です。この町で精製され、各地にばら撒かれているようですので」

「それは見ての通り。3か月ほど前に突然現れた工場が人工の宝石を作るようになった」

 

 男が窓にかけられたカーテンを少しだけ開けた。

 

 外にはターバンを被った大柄な男たち……レン人が走り回っているが、俺たちの姿を完全に見失ったことで、右往左往している。

 ここから出た途端に、連中と追いかけっこが始まることだろう。

 

「連中は工場で作られた宝石の力を使って、住民を洗脳しようとした。だが、実験は失敗したようだ。紅玉の影響を受けすぎると、姿が怪物に変わる」

「あなたは無事なのでしょうか?」

「私は無事だ。独自の研究をしているからね」

 

 そう言うと男はカーテンを閉めて、椅子を手で引き寄せて座った。

 そのままジェスチャーで俺たちにも座れと促してきたので、遠慮せずに座らせていただく。

 

「魂を持たない人造人間は月棲獣(ムーンビースト)に上書きされる。月に住んでいる別世界の魔物だ」

「なぜ、そんなことご存じなんですか?」

「研究者なんだよ。昔から、色々と観察するのが趣味なんだ」

 

 男は表情を変えずに言った。

 

 口調も表情も一定しているが、こいつは確実に嘘をついている。

 

 普通ならば判別する方法はないだろう。

 嘘発見器などを使っても突破するに違いない。

 

 だが、それでも、こいつが嘘つきだということは理解できる。

 

 なぜなら、俺自身が嘘つきだからだ。

 同類は匂いで分かる。

 

 そして、余計な情報を垂れ流すあたり、こいつが意外と自己顕示欲が高いというのも分かる。

 そこを突けば、色々話してくれそうだ。

 

「レン人もダメだな。指示をする存在が消えた途端に単純な行動しか取れなくなった。一時的にはフィジカルの差で有利を取れても、時間差で押されるだろう」

「指示をする存在というのは?」

「レン人を率いていたミスラという女性がいた。赤いドレス、赤い帽子を被った美女だ」

「ミスラ……」

 

 状況からして、赤い女……中村夕子の可能性は高い。

 あちこちの異世界で工作をしていたのは知っていたが、この世界でも何かをやっていたようだ。

 

「ミスラとやらはどこに?」

「突然ここから消えた。理由は分からない」

「なるほど、ありがとうございます。参考になります」

「それほどでもない」

 

 お前はブロントさんか。

 

「ついでなんですけど、この町の動力炉がどこにあるかご存知ですか? エネルギーを生み出しているところが基点になるはずです」

「動力炉? いや、何のことか分からないな」

「工場の話ですよ。何を焚いてモクモク煙を出しているか知りたかったんですけど、やっぱり分からないですよね」

「ああ、工場の話か。そっちは分からない」

「ありがとうございます」

 

 一度頭を下げた上で椅子から立ち上がった。

 

「『そっちは分からない』ということはつまり、別の動力炉の場所なら分かるんですね」

 

 男がほんの一瞬だが下唇を噛んだ。

 すぐに無表情を取り戻したが、その一瞬の隙を見逃すわけなどない。

 

「あるんですね」

 

 口調はそのまま。ただ、声にほんの少しだけ圧を込めて男に尋ねた。

 

「ご存知ですよね、エーテルリアクター」

 

 再度語気を少しだけ強めると、男は観念したのか窓の外へ視線を向けた。

 

「連中の残した動力炉からエネルギーを拝借しているのが、ここの工場だ。工場から繋がるエネルギーラインを伝っていけばいい」

「ありがとうございます」

 

 それだけ聞ければ十分だ。

 椅子の背もたれを軽く叩くとエリちゃんも意図を察してくれたのか立ち上がった。

 

 つまるところ、エーテルリアクターで集めて作ったエネルギーで紅玉を精製しているのだ。

 そして、今度は俺たちが紅玉から放出されたエネルギーをリアクターに吸わせようとしている。

 

 ……無限ループって怖いな。

 

「工場を止めます。その後に霧が晴れると思います。それがこの町に自由が戻るための始めの一歩です」

 

 エリちゃんと2人で扉の前に移動する。

 

 まずはカーターたちと合流。

 そして、仲間と共に工場を解放する。

 

 その時、男が俺たちの背中に声を掛けてきた。

 

「この町の住民は、ずっと他人に依存することで生き続けてきた。セレファイスにしてもダイラス=リーンにしてもそうだ」

「もちろん知っています」

 

 振り返らずに答える。

 

「依存先がレン人に変わっただけだ。マイナスではない。なのに、それを奪ってゼロにすることが本当に幸せに繋がると?」

「依存するのは必ずしも悪いことではないとは思いますが、それは本人が自分の意思で選択してこそ成立する話です」

「昼の光に、夜の闇の深さが分かるものか。それは恵まれた人間の考え方だ」

「だからと言って、命を盾に強要するのは、依存ではない。ただの隷属です」

「それに喜ぶ者がいるとしても? 永遠とは、同じ瞬間を愛し続ける力だ」

「主語が大きすぎます。一部のマゾの意見を総意みたいに語るのは止めた方がいいですよ」

「人間はそれほど大きな苦しみには耐えられない」

「生きる理由を持つ者は、どんな苦難にも耐えうる……ニーチェの言葉です」

 

 最後に振り返り、一度だけ頭を下げた。

 

「匿っていただき、ありがとうございます。私たちはこれにて退散いたします」

 

 相手がどうであれ、礼儀を欠くのは失礼だ。

 古事記にもそう書いてある。

 

 男の視線は俺ではなく、机の上に置かれているニーチェの本に向いていた。

 能面のように見える男の口角が僅かだが上がっていた。

 

 ドアノブに手を掛けると、またも男から声が掛かった。

 

「重力の魔から解き放たれた鳥よ。君の名前を聞いておきたい」

「ギー。インガノクを解放する人物の名前です。あなたは?」

 

 エリちゃんが誰だよそれという顔で俺を見ているが、ここで本名を名乗っても仕方がない。

 

 偽名はたった今決めた。

 多分1時間後くらいにはこの名乗りも多分忘れてる。

 

「アンブローズ・デクスター」

 

 男はそう返してきた。

 

 あまりにも棒読みだった。

 偽名にもほどがある。

 

「ありがとうございます、デクスターさん」

 

 こいつが俺たちを招き入れたのは、何らかのミスリードをするつもりだったのだろう。

 そうでなければ、全身がゲーミングカラーに光っているあからさまに怪しい奴を屋敷の中に招き入れるわけがない。

 

 だが、それが全くうまくいかないどころか、一方的に情報を与えた形だ。

 

 見た目が女子2人なので、口車に乗せてなんとか誘導できると思っていたのかもしれない。

 もしかすると、こんな町どうとでもなーれ! という気持ちだったのかもしれないが、それはそれだ。

 

 あからさまに怪しい人物ではあるが、ここで暴れても外にいるレン人や怪物が次々にやってくるだけだ。

 今はまだ戦う必要はない。

 

 あくまでも「今は」だが。

 

「まずはデクスターに教えてもらった通り、工場のラインを伝って、リアクターの位置を調べる。それが済めば全員で攻略開始だ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。