収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 20 「ナイアルラトホテップ」

 工場から伸びたエネルギーライン……金属製のパイプを辿る作業は比較的楽だった。

 

 適当な建物の屋根に陣取り、鳥の使い魔を放って行き先を辿っていく。

 パイプが完全に消えた場所が、推定動力炉がある場所だ。

 

 屋根はかなり傾斜しており、立つとバランスが悪いので座り込んだ状態で町の様子を観察している。

 

 工場が完全に直方体の無機質な豆腐形なのに対して、運営が作ったであろう建物は壁に施された唐草紋様の彫刻など、どこか芸術性が入っている。

 とても芸術文化を景気良く投げ捨てて、人間でデスゲームを始めるようになった連中が生み出したものとは思えない。

 

 どこかで何かおかしな技術や思想が混入したとしか思えない。

 まあ、運営の世界で何があったかなど俺たちが気にするようなことではない。

 

「どう、見つかった?」

「建物は発見した。セレファイスとの違いは、しっかり警備されているということだな」

 

 建物の周りには、例のぶよぶよした皮膚を持つ怪物。

 デクスターが言うところの月棲獣(ムーンビースト)とやらが徘徊している。

 

 坂下は人間の死体が動いているようなものだと言っていたが、元々は人間ベースだと聞かされると、さすがに問答無用で粉砕するのは躊躇われる。

 

「危ないっ!」

 

 エリちゃんが突然動いた。

 高速で死角から飛んできた矢を掴み取る。

 続いて3本の矢が飛んできたが、それらも含めてだ。

 

「ありがとう」

「どういたしまして。それでどうする?」

 

 気づくと、俺たちが身を隠していた建物の周りは、レン人に取り囲まれていた。

 

 既にターバンや靴、衣服は外しており、額の上から生えた角や山羊のような蹄など、人間からかけ離れた体を隠す様子はない。

 

 弓を持っている者はまあいい。

 問題は、長いはしごを担いで建物に近づいてきている者がいることだ。

 

 ただでさえ2メートル以上の身長を持つレン人がはしごを使えば、俺たちがいる屋根の上に一瞬で上ってくるだろう。

 取り囲まれると厄介だ。

 

「多少痛めつけるのは仕方ない。強行突破する」

 

 平和裏に話し合いでの解決がベストではあるが、世の中、綺麗ごとだけでは回らないことは分かっている。

 

 まずは鳥の使い魔を装甲車を停めている山の方向へ飛ばした。

 

 車は射程距離2キロより先に停めているので、届かないことは分かっている。

 それでも、近くまで飛ばせば察してくれると信じている。

 

「狙うところは?」

「城門を開ける」

 

 城門は、俺たちが陣取っている建物の屋根から見ると、動力炉とは反対側にある。

 

 ただ、俺たちが動力炉を優先すると、防備を固められて手間が増すだけだ。

 

 紐で箒を背中に括り付け、右手に白木の柄の短刀、左手にバルザイの偃月刀を構える。

 準備は万端だ。

 

「1、2、3でここから降りて、全力ダッシュ。俺を待たなくていい」

「信じたよ、ラビちゃん」

「OK。じゃあカウントダウンを始める。1、2の」

「3っ!」

 

 エリちゃんが3のカウントを叫びながら、一気に屋根から飛び降りた。

 空中で華麗に回転しながら建物から少し離れた場所に着地。

 そのまま土煙と共に駆け出した。

 

「3って言ってから降りるんじゃないのかよ! ああ、カウントダウン3ね」

 

 俺も傾斜した屋根を滑り台のように一気に滑り降りた。

 後は自由落下。

 

 飛んできた矢を短刀で空中で切り払う。

 

 着地寸前に「浮遊(フロート)」と唱えて、箒を一瞬だけ宙に浮かせる。

 落下の衝撃のみを殺す着地法だ。

 

 そこから背負ったままの箒をブースターのようにして加速。

 超低空飛行で、1人で孤立していたレン人に向けて突撃する。

 

 前にいるレン人はシミターのような曲刀を持っていた。

 巨体から剛腕で振るわれる曲刀は速くて重い。

 直撃すれば致命傷になるだろうし、一般人ならば避けるのも難しいかもしれない。

 

 だが、オウカちゃんから受け継いだ剣術。そしてランクアップで向上した身体能力が俺にはある。

 そして、ハセベさんからの指導もだ。

 

 剣の形状が違っていると言っても、一度振り回したら、日本刀と基本的には同じだ。

 袈裟切りにすらなっていない。

 素人にありがちな、真っすぐなんだか斜めなんだか定まらない、ブレた剣筋だ。

 

 ギリギリで避けて、逆にバルザイの偃月刀でカウンター気味に切りつける。

 狙い目は剣を持っている利き手の手首だ。

 

 この儀式刀に殺傷能力はほぼない。

 魔法陣を描くためのものなので、うっすらと傷を付けるだけだ。

 

 だが、今の状況ならばそれが逆の意味で頼もしい。

 うっかり殺したり、手首を切断することもなく、剣を数日は握れない程度の傷を負わせることができる。

 

 素早く切りつけた後に、相手の脇の下をすり抜けつつ、体を捻って今度はアキレス腱を切る。

 完全に切断はしていないのですぐに治るだろうが、それでも2、3日はまともに歩けないはずだ。

 

 レン人の男が転倒すると同時に、箒を加速させて全速力でその場から退避した。

 

 レン人たちは建物を包囲することに人数を集めすぎたからなのか、他の場所の警護がスカスカになっている。

 

 これもデクスターの情報通りだ。

 

 最初は何らかの指示があって、その通りに動いていたのだろう。

 しかし、今は指示を出す人間が不在のために、指揮系統が完全に麻痺しているようだ。

 

 2本ほど矢が飛んできたが、これは白木の柄の短刀で先ほどと同じように切り払う。

 

 そして、顔に巻いていた、煙を防ぐためのタオルをずらした。

 あまりの臭いにむせるが、今は我慢した。

 

「私はセレファイスのクラネス王からの使者だ! 偽りの支配者に怯える日々は終わった。我らはこの町を奪い返す!」

 

 今のところ反応はない。

 だが、構わず続ける。

 

「今朝、少しだけ太陽の光がこの町を照らしたはずだ! 町を震わす号砲も聞こえただろう! 天を貫く気炎の狼煙も見えただろう! 太陽のごとく、刃のごとく、光のごとく!」

 

 ガタリとあちこちの建物から音が鳴った。

 

 堂々と味方をしたりしてくれる者はいない。

 窓を大きく開ける者もいない。

 

 それでも、カーテンを少し開ける、窓から少しだけ顔を出すなどの反応はあった。

 

 この町も完全に支配はされていない。

 ただ、力と恐怖によって動きを取れなかっただけだ。

 

 大きく息を吸い込み、肺のすべてを絞り出すように声を張り上げた。

 

「見よ! 今より閉ざされていた門は開く。そこから王の軍勢がこの町の解放に訪れるだろう!」

 

 タイミング良く、先行していたエリちゃんがやってくれたようだ。

 閉ざされていた城門が、少しずつではあるが開いていく。

 

 町に籠っていた工場排煙が入り混じった霧が外へ流れていく。

 

 それと同時に、一条のまばゆい光が城門の外から真っすぐ伸びて、霧の町を照らした。

 建物に埋め込まれた縞瑪瑙が赤く反射し、工場から伸びた無骨な金属パイプを照らす。

 

 装甲車の前照灯、そしてフォグランプの光だ。

 

 運営の撤退後は失われていた文明の光。

 

 そして、運営がかつて使用した戦闘車両の突入。

 

 住民たちへのアピールとしては最高だろう。

 一台だけなのが画竜点睛を欠くかもしれないが、一応これが精一杯なので我慢してほしい。

 

 ただ、ここまでくれば、もう時間を稼ぐ必要はない。

 背負っていた箒の紐を緩めて、またがった。

 鐙(あぶみ)を踏み、空へと舞い上がる。

 

 一瞬だけ、窓から俺の方を見ていたデクスターと目が合った。

 何者なのかは分からないが、今は後回しだ。

 

 装甲車の屋根の上に着地すると、セレファイスでそうしたように腕組みをして陣取った。

 

 装甲車の側面ドアが開いて、モリ君が顔を出した。

 

「ナイスタイミング!」

「帰りが遅いので近くまで来ていました。今の状況を教えてください」

「動力炉を発見した。そこを解放すれば俺たちの勝ちだ! ルートは案内する」

「ということです。聞こえましたか、カーターさん!」

「あいよ!」

 

 車内からカーターの声が聞こえた。

 

 それと同時にモリ君とレルム君が屋根の上に登って来た。

 

「なんですか、この煙。無茶苦茶臭いですね」

「公害だよ。地球に厳しいし、さっさと払って町に光を取り戻そう」

「師匠、僕にも手伝わせてください」

「分かった。レルム君には、もう大人しくしていろとは言わない。一人前の戦士として協力してもらう」

 

 モリ君とレルム君が手を開いたので、そこに手を打ち合わせる。

 

「車の前に立ちはだかったレン人に対しては、ドロシーちゃんの水攻撃で怯ませる。月棲獣は撃退するしかない。レルム君、出来るか?」

「任せてください」

 

 頼りになる言葉だ。

 

「では、全員で突破するぞ!」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 基本的にセレファイスの時の再放送だ。

 

 邪魔するレン人を放水とエリちゃんとタルタロスさんによる近接攻撃で無力化していく。

 

 月棲獣はさすがに割り切った。

 俺とレルム君、そしてアルフの火魔法、ティナの風魔法で確実に仕留めていく。

 

 動力施設に踏み入り、エーテルリアクターを坂下とカーターの術で紅玉の力を吸うように書き換える。

 その上で、工場へのラインをモリ君がプロテクションで作った斧で粉砕する。

 

 結果として、煙突から常時噴き出していた工場排煙は止まった。

 

 最後は、俺が「魔女の呪い」で上空に漂っていた灰色の雲を全て焼き払って終了だ。

 有害物質のようなので、跡形も残らないくらい焼いてしまうのが確実だ。

 

 町に太陽の光が戻って来たところで、レン人たちは武器を捨てた。

 

 運営が使っていた戦闘車両に工場の停止。

 そして一瞬で黒雲を焼き払う能力者の存在。

 

 抵抗しても勝ち目などないと判断したのだろう。

 

 彼らの命まで取るつもりはない。

 彼らも訳も分からずこの世界に飛ばされてきた被害者だ。

 

 住民たちが許せば共存の道もあるだろう。

 

 サルナスのボクラグたちですら、何とかうまく住みわけができる光明はあったのだ。

 より人間に近い姿をしている彼らが共存できないわけがない。

 

 もしも、この町で一緒に暮らせないとしても、別に住める場所を探してほしいと思う。

 

 住民たちも、レン人や怪物に怯えることがなくなったことに気づいたのか、一人、また一人と民家から外に出てきた。

 ただ、セレファイスの時の歓迎ムードはない。

 

 レン人による支配期間がそれなりに長かったからだろう。

 どこか生きる気力というものが欠けているようにも感じる。

 

「後は、工場を完全に壊してしまおう。設備が残っていたら、何度でも同じことが繰り返される」

「問題は、中で何が行われていたかだな。ただエーテルリアクターが生み出すエネルギーを使うだけじゃ、あんな排煙は出ないはずだ」

 

 カーターは工場の方を睨みつけるように見た。

 

「ラビさん、俺たちはどうしましょう?」

「レン人たちが暴れないように見張っていてほしい。工場内は俺とカーター、それに坂下さんで調査した後に、製造機能を潰してくる」

「分かりました。気をつけて」

 

 子供たちやタルタロスさんは工場には近付けない方がいいだろう。

 なにしろ、あの紅玉の製造現場だ。

 何か悪影響があるかもしれないからだ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 工場内は、整然としていた。

 ほぼ無人で全ての工程を行えるように自動化されているらしく、作業員が働いていた形跡はない。

 

 無数の金属パイプが建物の中を縦横無尽に走り回り、用途不明の機械類が設置されているだけだ。

 

 俺の見る限りはそこに魔術らしい雰囲気などまるでない。

 どこからどう見ても、近代的なオートメーションの工場だ。

 

 入り口付近には赤い宝石が入ったコンテナが置かれていた。

 数は両手の指で数えられる程度しかない。

 

 既に出荷済みなのか、それとも別の場所に倉庫があるのかは分からない。

 

 ただ、この工場でも、一日の生産量は数個単位ということは考え得る。

 

「どこを目指します?」

「魔術のことなら分かるが、こうも機械的だと何から手を付けたらいいのやら」

「とりあえず、煙突があるんだから、何かを燃やすか溶かすかしている炉と、制御室があるはずだ」

 

 カーターが壁に書かれた数字を見ながら言った。

 壁には横向きの矢印と「7」の数字がある。

 

「これが工程の番号を表わしているならば、『7』は完成して出荷準備OKってことを意味しているんだろう」

「じゃあ、より少ない数字の場所を探していけばいいってことか」

「そういうこと。多分『1』が原材料置き場で、『2』はその分別、『3』か『4』に炉がありそうだ」

「とりあえず矢印とは反対側に歩くか」

 

 金属製の扉を開けて奥の部屋に進む。

 悪臭が立ち込めている隣の区画には『6』の数字があった。

 

 壁を拳で軽くノックするように叩く。

 

「カーター説が正しそうだ。『3』を探しに行こう」

「『3』は見つけるだな。『6』は向き合う」

 

 反応はなかった。

 またも矢印とは反対側に歩き、金属製の扉を開く。

 

 次の区画に入ってすぐの場所に男がいた。

 

 スーツ姿の浅黒い肌を持つ長身痩躯のその姿は、町に入って出会ったばかりの、アンブローズ・デクスターを名乗った男だ。

 

 デクスターは、工場内に置かれていた何かの機械を積み上げて、その上に腰かけて、例のニーチェの著書を読んでいた。

 タイトルは「善悪の彼岸」

 

「随分と早かったな」

 

 男がそう言ったと同時にカーターがライフルを構えた。

 

「ラビ助、知り合いか?」

「この町に入ってすぐに少し話した相手だ」

「なるほど、こいつが黒幕ってことか。それで全部納得がいった」

 

 カーターはこの男の正体を知っているようだ。

 見ると、坂下の方も何やら身構えている。

 

「落ち着け。私は暴力を好まない。怪物と戦う者は、その過程で自分自身が怪物にならないよう心してほしい」

「何者なんだ、教えてくれ?」

「無貌の神、ナイアルラトホテップだ」

「こいつが?」

 

 名前はもちろん知っている。

 説明も以前にカーターに聞いた。

 

 50年前の日本人、中村夕子に力を貸しているという話も以前に伊原から聞いた。

 

 だが、何故そんなやつが、ここにいるのか?

 何をしているというのか?

 

「君が雲を晴らすところは見たよ。『大地裂け、売れ動く人の街の上には、狂気の極光うねらん』だったか」

「この工場や紅玉はお前の仕業か?」

「私は何もしない。ただ諭すだけだ。人間を動かすのは、あくまでも人間でなくてはならない」

 

 カーターの問いに対してデクスターは表情を変えずに淡々と語った。

 

「その割に自主的に動いているようですけど」

「貸していたものを回収しにきたのだよ。これを人間に渡すわけにはいかない」

 

 デクスターは左手で本を持ちながら、右手で紐の付いた赤い宝石を持ち上げてみせた。

 

 一見すると球のようだが、よく見ると複雑なカットが入っている多面体だ。

 

 ホンジュラスの赤い女が付けていた宝石や、寄生体とは全くカットの緻密さが異なる。

 

 そして、ただの赤色ではない。

 

 ベースは黒い石のようだが、面の部分に無数に赤い筋が走っており、それらが作るスリットのせいで赤い宝石のように見えるようだ。

 

 俺はその宝石を見たことがある。

 直接的ではない。

 異世界の町で見つけた各種資料にあった、中村夕子が首から下げていた宝石がこれだ。

 

 実際、ナイアルラトホテップが中村夕子に力を貸しているということは、宝石は同一のものなのだろう。

 

「そこらの美術館で展示されるものではない。これを機会によく見ておくといいだろう。これこそが本物の輝く偏方二十四面体(シャイニング・トラペゾヘドロン)だ」

 

 その時、近くで爆音が響いた。

 

 カーターがデクスターに向けてライフルを放ったのだ。

 だが、その弾丸はデクスターの手前で、まるで見えない壁でもあるかのように止まり、弾丸は溶けて、鉛の雫と化して床に零れ落ちた。

 

 二射、三射と続くが、やはり同様に床に落ちる。

 

「攻撃とは、自分の力の及ぶ範囲を確認すること、あるいは自らを正当化することだと先人も言っている。まずは言葉を交わそうではないか」

「こいつの言うとおりだ。まずは話を聞くところから始めよう」

 

 カーターと坂下を止める。

 

 見た通り、こいつの戦闘能力はかなり高い。

 真正面から戦うよりも、まずは話をするところから始めるべきだ。

 

「その通り。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているものなのだから」

「比喩じゃない深淵そのものというか、ニーチェBOT(ボット)もこう言っているし、合意も得られたってことでいいんだよな」

 

 BOT扱いすると、こいつは一瞬不満そうな表情を見せた。

 悪口ではなく、事実を告げたまでだ。

 

「こいつとまともな話ができると思っているのか?」

 

 カーターはまだ納得していないようだったので、近づいて小声で囁いた。

 

「バカの相手を真正面からするな」

「聞こえているぞ」

「いえ、すみません。内輪の話です」

 

 一応話を継続するために元の位置に戻る。

 

「えっと、ニャル子さんとしては、運営が作った人造人間たちに慈悲を与えるつもりだったという解釈で、よろしいでしょうか?」

「その認識で問題ない。この世界には神はいない。なのに、神の愛を受けられぬ魂を持たぬ者がいる。ならば、せめて私だけでも救いの手を差し伸べなくては」

「間に合ってます。帰ってもらっていいですか?」

「だが、魂――」

「――あなたが読んでいる本の著者も言っていますね。神は死んだ。人間は自分の意思で生きていくんです」

「私としても――」

「――最初におっしゃっていたじゃないですか。人間を動かすのは人間でなくてはならない……と」

 

 これが交渉というものだ。

 

 いかに自分の意見を相手に押し付けられるかが正しい交渉だ。

 

 威圧や脅迫は無駄だろう。

 力が強いのは無貌の神の方なのだから。

 

 金銭などの物で釣るのも価値観が違いすぎて無理そうだ。

 

 ならば勝利条件とは何か?

 

 おそらく、こいつが求めているのは「納得」だ。

 

 人間を観察して、操るのを好むトリックスターならば、より楽しくなるはずの展開を望むはずだ。

 それを推理して導き出し、望むものを提供する。

 

 まずは、俺がチップを賭けるに相応しい、面白さを提供できるやつだということをアピールする。

 見事食いつきましたらご喝采。

 

「推測ですけど、あなたは協力者である中村さんに頼まれたので、仕方なく動いていると見ました。ただし、それは本意ではない」

 

 デクスターからの反論はなかった。

 

「その通りだ。鳥の娘よ」

「三歩歩いたらすべて忘れそうな鳥頭みたいな言い方は止めてもらっていいですか?」

「すまんが私は真正面から相手をできないバカなのでな」

 

 意外と根に持つタイプだ。面倒くさい。

 

「では、お前をなんと呼べばいい?」

「魔女……収穫祭(ハロウィン)の魔女ラヴィ」

 

 しっくりくるのはこれだ。

 余計な修飾語がなくシンプルでいい。

 

「私は神や異次元から来た運営の手ではなく、ここに住む人の手で世界を作っていくべきだと考えています」

 

 厳密にはイモリ人間もいるし、レン人みたいなのもいる。

 アルパカもカピバラもいる。

 サンドワームのようにわけのわからない怪物もいる。

 

 それらも含めてのこの世界だ。

 

「私にこの世界から撤退しろ。そう言いたいのかね?」

「もちろん、タダでとは言いません」

「この世界への攻撃は協力者の意向だ。それさえ止めることができれば、私はこの世界から去ろう」

 

 具体的な譲歩案が向こうから出てきた。

 これは実質こちらの勝ちだ。

 

「二言はありませんね」

「もちろんだ。ただし、協力者はこの世界にはいない。次元の移動が必要だが、その方法までは私は関知しない」

「彼女はこの世界での活動を途中で切り上げ、日本に帰った」

 

 俺はそこで言葉を切った。

 デクスターと目が合うが、決して目は逸らさない。

 

 しばらく待った後に、デクスターが頷いた。

 その後に首を横に向けた。

 

 意味はすぐに理解ができた。

 俺たちがこれから目指すボストンがある方向だ。

 

「この世界へ次元を超えた攻撃を続けている、中村夕子を止めます」

「いいだろう。君の意思と決意に期待しよう」

 

 デクスターは座っていた機械の上から立ち上がった。

 

 ニーチェの著書を左手に。

 赤い宝石を右手にぶら下げ、金属の扉を開けて外へ出ていく。

 

「この工場はもう動くことはない。空の黒雲もやがて晴れよう」

「ありがとうございます」

「礼を言うのはまだ早い。君たちが協力者を止められなければ、私はすぐに戻ってきて、計画を再開する」

 

 デクスターはそれだけ言い残すと姿を消した。

 扉を開けても、デクスターがいた痕跡はどこにも残っていなかった。

 

 カーターと坂下がようやく俺に駆け寄ってきた。

 

「邪神と約束なんてしたら、後で何を要求されるか分からない。本当に大丈夫か?」

「問題ない。俺たちは日本に帰る。そして、中村夕子と決着をつけて、計画を止めてこの世界を救う。それこそが俺たちのラストミッションだ」

 

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