収穫祭の魔女   作:れいてんし

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最終話(後)

 場面はフロリダから突然に熱帯雨林のジャングルへと変わった。

 

 そこに小さい小屋が建てられており、何やら様々な道具が積み上げられている。

 

 その画面に横から男が飛び込むように現れた。

 

『ウィリーだ。みんな元気にしてるか?』

 

 そこに現れたのはウィリーさんだった。

 

 横からガーネットちゃん……いや、大人の女性になったガーネットさんも現れた。

 

『ガーネットです。みなさんお元気ですか?』

 

 そして、横から次々と出てくる子供達が1、2の……5人。

 

『一番上の子が9歳。続いて7、5、4,3歳』

「うん?」

 

 指を折りながら数える。

 

 ガーネットちゃんは外の人はともかく、中の人はまだ中学生で、あれから10年しか経過していなくて……。

 

「うん? うん?」

『フロリダでみんなと一緒に町の発展のために頑張っていたんだが、去年に一年発起して、このメキシコにコーヒー農園を作ろうと思った』

「おいちょっと待て、ガーネットちゃんが最初に出産したのって」

『ウィリーと一緒に頑張ってます。このジャングルを切り開いて木を植えるのは大変だけど』

「待って、未成年淫行待って? もしもしポリスメン?」

『この世界の南米にはまだコーヒー農園がないんだ。だから、オレがパイオニアになって世界にコーヒーを広めるんだ』

「待って、大人になるまでは手を出さないって話したよね」

『子供達の育児も大変だが、両立させていきたいと思う。人生は冒険だぜ』

「誰がそんな冒険をしろと言った」

『私達は幸せです』

『お前たちも素敵な家族を作れよ!』

「家族計画もっと考えろ!」

 

――――――――――――――――――――

 

 ダメだった。

 

 ツッコミを入れている間にいつの間にか映像は終わっていた。

 

 あの2人が日本へ帰らず現地に残った理由はこういうことかと今更ながらに納得した。

 

 何やってんのあの2人は?

 

 10年しか経っていない時点で最初の子供が9歳というのは、完全にそういうことである。

 

 フォルテが言っていたメキシコでコーヒー農園を始めようとしている奴がいるというのはこういうことなのか。

 

 まあ、大変だろうが頑張って欲しい。

 

――――――――――――――――――――

 

『こちらでは10年経ったが、そちらはまだ1ヶ月か。君達に取ってはつい昨日のことのようだろう』

 

 打って変わって落ち着いた雰囲気で語り始めたのはアムネジアさんだった。

 元から大人びた人だったので見た目はほぼ変わらない。

 

『此方は順調だ。最近はモンスターや海賊も出ないので、のんびりと暮らしている。頼りなかったレットとロビンも立派に成長して結婚。今では漁師として頑張っている。ようやく肩の荷が降りたという感じだ』

 

 第4チームのあの2人は結婚したのか。

 

 こうやって見ると意外とチームメンバー内でくっつくことが多いのか。

 

 やはり年頃の男女が長期間近い距離にいることで受ける影響が大きいのだろう。

 うちの小森くんとエリちゃんも同じだが、それは信頼を積み上げた結果なので一過性の吊り橋効果とは違うと信じたい。

 

 まあ幸せそうで良かった。

 

『ドミニカでやるべきことも片付いたので、私はこれからフロリダのマイアミに渡ってクロウさんの学校を手伝おうと思っている。これからは教育者として、他の若い子を育成していきたい』

 

 それは良い話かもしれない。

 クロウさんと面倒見の良いアムネジアさんが手を組めば良い学校が出来るだろう。

 

 あの町も発展して良いことだと思う。

 

『私からは言うことはもうないと思っていたのだが、これだけは言っておこうと思った。小森裕和君。君はやっぱり医者になるべきだと思う』

 

 アムネジアさんが真剣な口調で、おそらくこの後に映像を見るであろう小森くんへ語り始めた。

 

『あの時はまだ将来について悩んでいる様子だったが、そろそろ進路は決まっただろうか? 医師でなくとも出来れば多くの人を助ける仕事に就いて欲しいと思う。もし心配なことがあれば上戸さんや赤土さんに頼ると良い。きっと2人とも力になってくれるはずだ』

 

 確かにその通りだ。

 俺は小森くんのためには出来るだけのことはしてやりたいと思っている。

 

『じゃあ月並みだが、みんな元気で』

 

 これは、ほぼ決定のようなものだな。

 本当にあとは小森くんが首を縦に振るのを待つだけだ。

 

――――――――――――――――――――

 

 突然の銃声。

 場面はどこかの遺跡のようだった。

 

 物陰に潜んでいるのはランボーとコマンドーこと、サンクさんとサティンクさん。

 そして3人目。

 軍服の上にコンバットベストを身に着けたタイツマンがそこにいた。

 

『作戦任務中だ。後にしてもらおう』

『ああ、後でいい』

『なんでこのタイミングなんだ』

『このタイミングでしか捕まらなかったからな』

 

 画面を一瞬伊原の腕が通過したと思うと、途端に銃声が途切れた。

 

『コメントを』

『化け物め!』

 

 タイツマンが伊原さんに暴言を放ったと同時に、チョップがタイツマンの脳天に振り下ろされて静かになった。

 

『ラヴィ、モーリス、エリス、カーターへのコメントだな。本当に助かった。感謝している』

『オレ達じゃなく隊長……いや、そういうのは元隊長に任せる』

 

 サンクさんとサティンクさんは相変わらず無口だが、それでも俺達に対する気持ちは伝わってきた。

 これからも軍人としての仕事は大変そうだが、頑張ってもらいたい。

 

――――――――――――――――――――

 

 次は書類の山に埋もれている眼鏡マンが映った。

 

 映像を見る限りはそろばんを弾きながら、書類に記載されている数字をひたすら修正する作業を行っているようだ。

 

『なんで僕がこんなことを』

『あのクソ連中に手を貸して命があるだけありがたいと思え。それに、こういう書類整理は天職だろう』

『まあ確かに、僕の優秀さを発揮するのはこういう官僚としての仕事は最適だと思うが……おい、話の途中でどこかに行くな!』

『こいつのコメントは適当で良いだろう。カットするぞ』

『おい!』

 

 画面が問答無用で暗転して次の場面に切り替わった。

 さすが伊原さん。俺達の心理をよく理解している。

 

『ちなみにゲームマスターは今も独房の中だ。出来るだけ情報を得たいということで生かされているが、大した話は出てきていない。まあ、予想はついていたと思うが、こいつは本物のゲームマスターを殺害して、臨時の代行としてポジションを乗っ取っただけの小物だからだ。なので本体から重要な情報については何も知らされていない』

「俺達はそんな奴に振り回されていたのか……」

『さっきの眼鏡が恩赦されたのはこいつに対しての情報を全てまとめて提出したからだ。自分の保身のためならば何でもするのが便利なので、そのまま官僚という名の雑用係で頑張ってもらっている。肩書を用意しておけばそれだけで頑張ってくれる優れものだ』

「なんというか、変態も適材適所なんだな」

『そうそう、例のゲームを運営していた母体からは、君達やその仲間は全員ゲームを無茶苦茶にする危険人物としてブラックリストに入れられたようだ。だから、今後異世界に呼び付けられることはもうないと思う』

 

 それは良かった。

 俺達も、もうあんな連中と関わり合いになるなんて簡便だ。

 

『ただ、そのうち母体を潰さないといけないと思う。あいつらが存在している限りは、また日本から罪もない一般人が異世界に連れていかれて見世物にされるからな。その時は追って連絡をする』

 

 なるほど。

 確かにそれはそうだ。

 

 ただ、他のメンバーはみんな平和に暮らしている。

 呼ぶなら俺だけにしておいて欲しい。

 

――――――――――――――――――――

 

『おお、カメラだ。久々に見たよ。向こうの世界で見た以来だから10年以上前かな?』

 

 カメラに女性のドアップ映像が映し出された。

 エヴァニアだ。

 

 カメラが引くと横にはエプロンを付けたアデレイドとタウンティンの軍服を着たジュウベイが映っている。

 

『実はこの3人が集まるのも久々でーす!』

 

 エヴァニアは相変わらず陽気だし、ジュウベイは相変わらず無口だ。

 

『あれからしばらく世界を旅したんだけど、みんなで結局タウンティンへ来ることにしました! やっぱり電気でしょ』

『それでエヴァはさっさと現地の人と結婚して家庭に入っちゃって。そしてジュウベイ君も軍隊にスカウトされてこの通り。お嫁さんはアルパカ農場の娘さんだっけ?』

『ええまあ』

『アディちゃんは保母さんになったんだよね』

 

 それは意外だった。

 

 あの巨大ガトリングを振り回していたアデレイドが保母になるとは。

 

『この国でも困っている子どもがたくさんいたみたいだから、何か出来ることをと考えるとね』

 

 アデレイドは照れながら言った。

 世界の全てを許せないという険しい表情でガトリングを撃っていた頃とは打って変わって優しい穏やかな顔をしている。

 

『この国は良いところだよ。日本ほど文明は進んでいなくても、みんな自然体で幸せに生きている。でも、こうやって暮らしてると、もしかしたら日本もそんな悪いところはなかったんじゃないかって考えられるようになった』

『確かにそうだね。今になって考えると、良い人もいたじゃんって思えるようになった。まあこっちに家庭があるし、もう戻ろうとは思ってないけどね』

 

 それは良かった。

 彼女達も年を経て割り切って考えられるようになったのだろう。

 

 いつまでも憎しみというマイナスの感情を抱えていてもろくなことはない。

 それが少しでも和らいだのならば喜ばしい限りだ。

 

 

『上戸さん達も元気でね。私達はこちらで幸せに暮らすからさ』

『そうそう、人生楽しんで生きなきゃ損だよ!』

 

 彼女達は日本にいた頃は色々有ったのだろうが、向こうの世界でようやく幸せを見つけられたらようで良かった。

 

――――――――――――――――――――

 

 画面には何故か日本風の墓地が映し出された。

 今度は誰も人間は映っていない。

 

度会瑞穂(わたらいみずほ)……前知事はこの動画を撮影する3年前に亡くなった。医療技術が発達していないこの世界では十分大往生になる』

 

 伊原さんのナレーションだけが流れ出す。

 映像には「度会家先祖代々の墓」と彫られた墓石が映し出された。

 

『国の発展に大貢献したということで盛大な国葬だったよ。あいつはもっと家族だけの地味な葬式を望んでいただろうが』

 

 伊原さんはその墓石の前に花と線香を立てた。

 

『骨は本人の希望もあり、繁と同じ墓に入れた。繁だけじゃない、私のかつての仲間49人は全員この墓地で眠っている』

「そうか……あの知事は亡くなったのか」

 

 あの豪快な笑い声が脳内で再生される。

 

 あの人がいなければ、俺達は日本へ帰る手段も分からず、ここに居ることは出来なかっただろう。

 

 そういう意味では大恩人だ。

 

 なのに、結局、あの後一度も会って礼を言うことは出来なかった。

 

 一度きちんと別れたとはいえ、それは無念といえば無念である。

 

『私達50人はあのクソ運営に無理矢理呼ばれただけの薄い繋がりだったが、それでも何だかんだで仲良くやれて楽しかった。だけど、時の流れには誰も勝てなかった。どいつもこいつも死んでしまって、ついには悪人の私だけが残っちまった』

 

 画面には伊原さんの手のひらが表示された。

 そこには大量のメダルと何十枚ものカードがあった。

 

『中村夕子は瑞穂の葬式へ参列した後に処刑した。今は瑞穂の隣に眠っている。瑞穂と繁……それに昔の仲間が見張っている場所ならば、あいつも悪さは出来ないだろう』

 

 カメラは墓碑銘のない小さい石を映し出していた。

 

 そこらの河原に行けば、すぐにでも拾えるような平凡な石塊だった。

 それが墓碑だというならば、あまりにも粗末すぎる。

 

『あいつは自分が殺されるって状況で最後は笑っていたんだぜ。しかも、末期の言葉がありがとう。なんなんだ? 邪神にそこまで精神を壊されていたってのか? わけがわからねぇ』

 

 八つ当たりなのか何かを蹴飛ばすような音がした。

 その音はしばらく続いた。

 

『そのうち、中村の家族の骨壷も日本から回収してきて、ここへ一緒に埋める。あいつは大悪人だから関係者がみんな死ぬ……あと100年はまともな墓を作れないので当分はこんな石しか置けないが、重要なのは形じゃないと思っている』

 

 カメラが墓地からぐるりと回転して反対側を向く。

 そこには太平洋の広い海が広がっていた。

 

『この海のはるか先には日本がある。ここは異世界なので、こいつらが帰郷を望んだ日本とは別物ではあるが、それでも墓は日本が見える海沿いに作りたかった。この49人分の墓は私がずっと守っていく』

 

――――――――――――――――――――

 

 場面はどこかの執務室のようだった。

 そこにはスーツを着た銀髪褐色の女性が立っていた。

 

 大人になったリプリィさんだ。

 

『ヒロカズさん、ラヴィさん、エリスさん……お久しぶりです。リプリィです』

 

 リプリィさんが頭を下げたので、俺も画面越しに頭を下げる。

 カーターの名前は出なかったが、まあ別に良いだろう。

 

『祖母の意思を継ぐべく、あれから軍を辞めて代議士になりました。どうですか、似合っていますか?』

 

 リプリィさんが両手を広げてくるりとその場で回った。

 その時、一瞬だが左手の薬指に指輪が付いていることに気付いた。

 

 まあ10年も経てば色々とあるだろう。

 

 小森くんはショックを受けるだろうか?

 

 まあ色々と乗り切った彼ならば、この件も乗り越えてくれるだろう。

 

『ヒロカズさんからの『幸せに』というメッセージはちゃんと受け取りました。なので、私も精一杯幸せになるため頑張っています。ヒロカズさんは? 皆さんは幸せですか?』

「ああ、元気だ。みんな幸せにやっている」

 

 伝わらないとは分かっているが、答えざるを得なかった。

 

『あれから日本人の方を何人か助けました。ヒロカズさん達の仲間で今はこの国で働いてもらっています。日本の文化が多く残る国のことを好きになってくれると良いのですが』

「大丈夫。あの国ならみんな好きになってくれるよ」

『そうそう、あれからついに国産の飛行機が完成しました。実際に視察したのですけど凄かったですよ。まだ飛行距離は全然ですが、これからどんどんと距離を伸ばして行けると思います。えっ? そのカメラを飛行機に付けて飛ばせ? はい、まあ、それはこちらで話を付けてみますが』

 

 どうやら伊原が何か余計なことをやらせようとしているらしい。

 何故リプリィさんに迷惑をかけるようなことをするのか?

 

『ダメですね。話したいことが多すぎて、時間がいくら有っても足りない。こんなのじゃ代議士として失格ですね。もっと短くスピーチをまとめられるように努力します。そして20年後……いや、10年後には祖母と同じく知事になれるように努力していきたいと思います』

「大丈夫。リプリィさんなら、きっと良い国を作れる」

『最後に。前は結局、涙でお別れしか出来ませんでした。だから、今度は笑顔でお別れをしたいと思います。みなさんお元気で。私も元気で生きていきます。そして、幸福な人生を!』

 

 リプリィさんは最高の笑顔を浮かべてくれた。

 

 そうだ、あの時に俺が最後に見たのはリプリィさんが泣き崩れる姿だった。

 

 あの時に笑顔で別れることが出来なかったことだけが、俺があの世界に残した最後の無念だった。

 

 その記憶が今の笑顔で更新された。

 これで、もうあの世界に未練はない。

 

 涙で画面が見えなくなったので、動画を一時停止させた。

 

「ダメだな、俺もちゃんと笑顔で見送らないと……リプリィさん、本当にありがとう。住んでる世界は違っていてもあなたは俺の……俺達の友達だ」

 

――――――――――――――――――――

 

 場面は何やら飛行機の発着場のような場所に移動していた。

 一瞬映った工廠には、以前、お世話になった技師達の姿も見える。

 

 やがてエンジンが回転する音が鳴り響き、飛行機は滑走して空へと飛び上がった。

 

 眼下には俺が飛んだ時に見たのと同じ、タウンティンの町並みが広がっている。

 飛行機はしばらく飛行すると、草がほとんど生えていない荒野へとやってきた。

 

 何故そんな場所に?

 

 そう思っていると、カメラの先に映し出された先……荒野のど真ん中に白い石を詰んで描かれた巨大な鳥の地上絵が映し出された。

 

 タウンティンに滞在中も機会がなくて結局見ることが出来なかったナスカの地上絵。

 

 その地上絵の中でも最も知名度が高くで有名なハチドリ……翼を広げた鳥の絵だ。

 

 人が作り上げた叡智の塊である飛行機で空を飛んでからハッキリと全体像が見えるようになった、広い地上に描かれた空を飛ぶ鳥の絵。

 

 これをわざわざ映したというのは、人間が鳥より高い位置に飛び出した。

 空の世界をも支配したというメッセージなのだろう。

 

 彼等にはもう魔術だのスキルだのおかしな力は必要ない。

 自分達が努力で得た科学の力で鳥の力を越えたのだから。

 

 飛行機はしばらく飛行して、元の発着場に戻ってきた。

 そこでカメラが暗転して、映像は終了した。

 

――――――――――――――――――――

 

 そう思ったが、まだ再生時間がある。

 しばらく待ってみると、椅子に座った伊原さんが画面に映った。

 

『これはだいたい10年前の話だ。ここから色々と人生が変わったやつもいる。死んだやつもいる。10年という年月は人を変えるからな。もし、どうしてもこの先の話を聞きたいのなら、私に連絡をしてこい』

「いや、その必要はない。俺達とみんなの人生がもう交差することはないんだ。だから、このままでいい」

『私は次元の壁の修復に成功した。もうこの世界にクソ運営を一歩たりとも入れるつもりはない。そして、これからまた10年かけて、今度は日本との時間差も解消させる。100倍ものスピードが流れるっておかしいだろ』

「確かにそれはそうだ」

『この世界は外部から干渉されないよう完全に封鎖する。私もそちらの世界に行くのは自重する。だから、お前達も私達の世界になるべく来るな。そもそも違う世界同士が交差すること自体おかしいんだ』

「ちょっとコンビニ感覚で日本に来るやつが言うな」

『じゃあな後輩』

「ありがとう先輩。最高のクリスマスプレゼントだよ」

 

――――――――――――――――――――

 

 映像はそこで止まった。

 

 自動的に削除されることはないというのが本当だと確認するためにもう一度クリックしたが、特に問題なく再生された。

 

 せっかくなのでリプリィさんの笑顔の部分を静止画で切り出してスマホに転送して壁紙にする。

 

「PCを持っていない人でも再生できるように、再エンコしてブルーレイにでも焼くか」

 

 床に落ちていたゴミを片付けて、未開封のまま放置されていた異世界のペルーのワインを拾い上げる。

 

「大統領夫人から貰ったと言っていたけど……」

 

 瓶の裏側に貼ってある製造者のラベルにメッセージが書かれていることに気づいた。

 

 「楽しかった」「ありがとう」「幸せに」

 

 署名がなくとも誰から送られた物なのかすぐに分かった。

 

 このワインはしばらく保管しておこう。

 異世界の友達から2人の門出への祝杯として相応しい時期に開けるべきだ。

 

 医学部は6年だから……まあ8年後くらいか。

 

 その時、来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 

 時間は11時。

 こんな時間から誰だろうと思い、モニターを確認しようとした矢先に、先に玄関のドアが勢い良く開いた。

 

「メリークリスマァース!」

 

 やたらテンションが高い女性の声が響き渡る。

 

 伊原が戻ってきたのかと思って玄関に行くと、そこに立っていたのはサンタ服を身にまとった友人だった。

 

 手に持った紙袋からはシャンパンの瓶が2本はみ出している。

 

 可愛いアルパカならぬトナカイのイラストが描かれている。

 今度は流石にカタカナでペルーの文字は入っていない。

 

「近所迷惑を考えろバカ」

「それよりもケーキ出来た?」

「まだ全然手つかず」

 

 作業に取り掛かろうとしたところに伊原さんが乱入してきたのだから仕方がない。不可抗力だ。

 

「今から仕込むよ」

「なあ、佑。何か泣いてた? 目が真っ赤だぞ」

「だから、今の俺は目が赤いの。分かる?」

「それとこれとは話が別だ」

 

 友人はそれだけ言うと俺を抱き抱えた。

 

「こんなに小さくなっちゃって。これじゃあどっちが守ってやってるのか分からなくなるな」

「俺はお前に守ってもらいたいわけじゃない。俺がお前を守りたかった。だけど、それはもう無理だ」

「ならお互いに助け合えばいいだろう。私とお前は性別とかそういうのじゃない。もっと心の底で通じ合ってる関係だ。だからお前と離れる気なんてないぞ」

 

 俺は両手で友人を押し出して、拘束から逃れた。

 

「こんな俺と付き合っているともう結婚は出来ないぞ」

「誰がそんなことをしたいと言った? 私はお前とずっと過ごせたらそれでいいぞ」

「子供も出来ない」

「養子でも取ればいい」

「両親が泣くぞ」

「泣かせておけばいいだろ、あんなクソ親」

「でも、前に植木鉢を置く棚を作りに行った時は良い親だったぞ。寿司も出してくれたし」

「それはそれだ。お前がいない時はクソ親なんだよ」

「えっちなことも出来ないぞ」

「確かに同性同士は私も抵抗しかないが……別に良いんじゃないか。肉体関係だけが、人の繋がりってわけじゃないんだろ」

 

 こちらが何を言ってもすぐに返してくる。

 

 本当に昔から頭の回転だけは早いやつだ。

 

 なんでそんな頭の良い奴が俺と付き合うなんて効率の悪いことをしているのやら。

 

 本当はやっぱりバカなのかもしれない。

 

「それに、放置するとお前はすぐに自爆しようとするだろ」

「自爆か……でも、それを言うならお前も餓死するだろ」

「だからお互い様なんだよ。お互い欠けてるものだらけの不完全なダメ人間同士が補って支え合っていけるのは丁度良い」

 

 このまま口論を続けても何も話は進展しそうにない。

 

 まあ良いだろう。

 俺と友人は昔からこういう関係だった。

 その関係がしばらく続くだけだ。

 

 仕方無く台所に行ってエプロンと三角巾を付ける。

 

 他に良い男が見つかって、そちらへ嫁に行くと言うならそれで良し。

 

 特に誰もいないのであれば、このまま俺が一生かけて養っていくしかないだろう。

 

「俺は朝までにクリスマスケーキを作るから」

「じゃあ、私はここで寝てるから。完成したら起こして」

「全く仕方がないやつだな。ケーキを作るから暖房は入れないぞ。風邪を引かないように毛布くらいは被ってろ」

「はーい」

 

 材料をこね回してスポンジを焼いていく。

 

 ケーキのスポンジ部分だけ買ってきて盛り付けだけをすれば早いのだが、1から作るところがこだわりだ。

 

 1から自作すると、他所にはない個性を出せる。

 

 たまには失敗する時もあるが、それもまた面白い。

 成功ばかりではなく失敗する時もあるが、それも含めて楽しむ。

 

 人生とはそういうものだ。

 

「ところでなんでクリスマスって祝うんだっけ」

「元々はキリストと関係ない冬至のお祭りなんだよ。ハロウィンと同じで収穫祭。ハロウィンの翌日が万聖祭……聖人を祝う祭りなのと同じで、明日が聖人祭。教師ならそれくらい知っておけ」

「はい、サンタの誕生日って教えます」

 

 本当にいい加減なやつだ。

 

 こんなのが教師で日本の教育は大丈夫なのだろうか?

 クロウさんの爪の垢でも煎じて飲ませたいところだ。

 

「佑はハロウィンの魔女なんだっけ?」

「そうだよ。ハロウィンです。クッキーをどうぞ」

 

 手元にクッキーを出して近付いていくと、両手でバツを作って拒否を示された。

 クッキーの何が悪いと言うのか?

 

「今だけクリスマスの魔女ってことにならない?」

「ならない。ただ、収穫祭の魔女ならセーフだな。クリスマスでもギリギリ拾える」

「じゃあ収穫祭の魔女さん、私にクリスマスプレゼントをください」

「今日も仕事が忙しかったので、何も買っていないぞ」

「それでもください、クリスマスプレゼント」

「仕方がないな」

 

 ソファーの上に寝転がっている友人の口に軽くキスをする。

 

「シンデレラに魔女からのプレゼントだ。12時までの魔法だよ」

「もっと欲しい」

「なら、クリスマスケーキの完成を待ちなさい。ハロウィンの魔女がとっておきのカボチャの馬車を用意してやるから」

「カボチャケーキなのか?」

「ただの喩えだよ」

 

 友人の口にクッキーを無理矢理ねじ込んで、スポンジケーキの作成に戻る。

 もうしばらくはこの関係をダラダラ続けていくのも良いだろう。

 

「さて、まだまだやることが山ほど有るが、1つずつ片付けていくか」

 

 慌てる必要はない。

 何故なら俺達の未来はまだまだ続くのだから、今すぐに結論を出す必要はない。

 

 最後に幸せを掴めば勝ちなのだから。

 

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