収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第九話 「叶えたい願い」

「それにしても来るってどこから……」

「今は塞がっているが、そこの壁の辺りが次元の境界になっていたので、門を開けるとしたらその辺りからかな」

 

 トナカイが首で指し示した方向を見ると、そこに突然巨大な金属の扉が出現した。

 

 扉は蝶番が油切れしたような重苦しく軋む音を鳴らしながらゆっくりと開き始めた。

 

 扉の向こう側から現れたのはクリスマスイブ以来の伊原さんだった。

 

「久しぶり……と言うには、こちらじゃそれほど時間は空いていないのか。日本だと何日開いた?」

「4日ぶりですね」

「時差は早いうちに解消させる必要があるな。こちらで数時間のやり取りをしてる間に向こうでは何日も経つんだから」

「計算が正しければこちらの14分24秒が向こうの1日ですね」

「流石にシャレになってない。こうやっている間にも向こうでは数時間経過とか。私は忙しいんだぞ」

「本当にお疲れ様です」

 

 カーターといい年末年始に忙しい人間が多すぎる。

 日本人はもっと休むべきだと思う。

 

 伊原さんは俺と横にいるトナカイへ交互に視線を向けた後に俺へ話しかけてきた。

 

「こいつって一応は普通の人間だと見ただけで精神に変調をきたすタイプなんだが何ともないか? いやないんだろうな」

「トナカイなんてあまりそこらでは観られないので普通喜ぶのでは?」

「こいつの名前くらい知っているだろ。ビッグネームだぞ」

「勿論知っていますよ。サンタのバディで世界中の子供達にプレゼントを配っていることくらいは。多分マッハ10くらいで走る」

「常時これで困ってたんだよ」

 

 俺がまともに相手をしないのが余程不服だったのかトナカイが伊原さんに対して訴えるように声を漏らした。

 

「お前も分かったか。こいつの鬱陶しさを」

「こいつ言うな」

「それでこの黒山羊とどんなやり取りをしたんだ? 何か願ったりしていないだろうな」

「JTB旅行券やコーラを出せないか聞いてみたところ断られました」

「金で買えるものは自分で買え」

 

 伊原さんから正論がストレートで飛んできた。

 

「私もそんな俗っぽい願いをされたのは初めてだよ。他に何かあるだろう。永遠の命とか永遠の愛とか真理に近づく方法とか」

「そういうのを希望したいならもっと勿体ぶった神様みたいな対応でお願いしますよ」

「何が望みだニンゲン」

「初めて人と触れあったモンスターみたいな言いまわしは止めてください。あと人間じゃなくて間人(たいざ)のタグ付きズワイガニが出て来る旅館宿泊券が望みだって言いましたよね。漢字が前後逆です」

 

 そもそも、そういう内容は少なくとも神様……最低でもサンタに頼む内容だろう。

 サンタのバディであるフランク=トナカイに頼むのは更に違う。

 

「じゃあこいつは本人の希望もあるしうちで引き取るよ」

「引き取るとはどういうことかい? 家畜のような扱いはやめてくれ。私を誰だと思っているんだ」

 

 角を掴んだ伊原さんに対してトナカイが不満げに訴えた。

 

「元々いた場所へ連れて行くだけだ。そこから世界をウロウロするのは自由だ」

「大丈夫なんですか? こんなのを野放しにして」

「こんなのとは酷い言い草じゃあないか。私は慈悲の心を持って多くの人の幸せを望んでいるだけだよ」

「聞いての通り本人に悪意はないし、むしろ人間との共存を望んでいるんだ。こんなのでも地母神と崇め祀られている存在なんだよ」

「だからこんなの呼ばわりはやめてくれ」

 

 このトナカイが地母神?

 

 そう言われてみると、タウンティンの地母神の遺跡の水場にあった像も山羊が混じったような女神像だった。

 

 おそらく古代に願いを聞き入れて、それを叶えるという、こいつが言うところの神様ごっこを行い、実際に神として信仰されるようなったのだろう。

 本当にその願いが叶えられたのかどうかはともかくとして。

 

「では、私はこいつを連れて帰るが、他に何か用事があったりするか?」

 

 せっかく伊原さんが来てくれたのだ。

 これだけは伝えておいた方が良いだろう。

 

「以前、300年前に向こうの世界から日本へ帰還された人達がいたらしいと仰られていましたよね」

 

 300年前の帰還者の話を出した途、伊原さんが露骨に反応した。

 

「もしかして私の先輩達が見つかったのか?」

「まだ当人に会ったわけではありませんが、痕跡を見つけました。この水源の先……下流の川でその方達が所持していたであろうカードを見付けました」

「なんだ、カードだけか。もう少し詳しい情報が分かったら教えてくれ」

 

 その報告を聞いた伊原は残念そうに言った。

 ただカードが見つかったということは、本人達も日本へ帰ってきたことに間違いはない。

 

 カードゲームアニメじゃあるまいし、何もないところから突然カードなど生えてこないのだ。

 

「続報あればまたメールで報告します」

「頼む。メールはいつでも受けられるようにしておく。私も大先輩には一度会ってみたい」

 

 やはり伊原さんも先輩方の消息については気になるのだろう。

 もちろん、帰還者を見つけることが出来たら伊原さんはもちろん俺達の仲間にも伝えるつもりだ。

 

「それはもしかして3年ほど前、ここに現れた男女2人組のことかね?」

 

 俺と伊原さんの会話を聞いていたトナカイが会話に入ってきた。

 

「ご存じなのですか?」

「ご存知も何も、向こうの世界から2人をここへ連れてきたのは私だよ」

 

 トナカイの口からとんでもない事実が暴露された。

 

「あなたがここへ先輩達を?」

「だから言ったじゃないか。望みがあればそれを叶えてあげるって」

 

 これは驚きだ。

 まさか旅行券20万円分どころかコーラすら出せないトナカイにそんな芸が出来るとは思わなかった。

 

「あの2人が儀式を執り行って望みを伝えてきたんだよ。だからそれを叶えた」

「でも、どうせろくでもない誓約を被せたんだろう」

「とんでもない。望みが複数あったから2択をしただけだよ。死んだ仲間を生き返らせるのか、それとも帰還を望むのか。本当に叶えたい願いはどちらだって」

 

 それは酷い2択だ。

 大切な仲間が蘇るというならば、もし俺でも悪魔のささやきだと分かっていても乗ってしまうかもしれない。

 

 ただ、これだけは確認しておきたい。

 

「死者蘇生なんて本当に出来るのですが?」

「それ自体は簡単だよ。でも人間はそういうのに対応してないから、魂は同じでも別の生き物になってしまうんだよ。悲しいね」

 

 どういうことだと少し考えて……こいつの正体と合わせて気付いた。

 

「死後に蘇生して新しい体で蘇生出来るのはベニクラゲのような生物であってヒトではない。そういうことですか?」

「ナザレのイエスじゃあるまいし、ヒトは死後に蘇生するなんて出来ないだろう。だから願いを叶えるためには当然ヒトを辞めてもらわないといけない。魂はサービスで元のものを回収して入れてあげるけど」

 

 なんとなくカラクリが見えた。

 

 おそらくこのトナカイに「人知を越えた力が欲しい」「永遠の命が欲しい」などを願ったのならば、おそらく人外の化け物へと姿を変えられるのだろう。

 何故ならば、人知を越えた力や永遠の命を持つ存在は、もはやヒトと呼べないから。

 

 推測通りならばこのトナカイの眷属……大樹の根のような植物とも動物とも判別出来ないような黒い塊に手足や目や口などが生えた謎生物――黒い仔山羊に変えられるはずだ。

 

 そして、トナカイはそれを決して悪いこととは考えていない。

 むしろ本人の希望を叶えているのだから善行だと思っていそうだ。

 

 逆に俺が頼んだ旅行チケットやコーラなどは出てこない。

 望みではなく頼みであって心の底から願ってもいないし、人間の手作りではなく工場で機械がオートメーションで作る工業製品だから、トナカイの力を使えるポイントが一切ない。

 

 それを踏まえて考えると……人外の力を持ってスキルという超常現象を何の対価も払わず使い放題の俺達は本当にヒトなのか?

 

「なら、何故そんなことを尋ねたのですか?」

「後で別の願いを頼んでおけば良かったと後悔されても困るだろう。私が叶えられる願いに制限なんてないけど、享受する側は違う。納得が必要なんだ」

「納得……」

「仲間の死を……過去は決して覆らないと理解した上で受け入れて未来へ進む意思。彼らがそれを心の底で認めて、決断したからこそ、願いを受け入れてここへ連れてきた」

 

 トナカイは思っていたよりまともに人間のことを考えてくれていたようだ。

 そういうところだけ見ると、地母神として信仰されるに違わない資格があるのだろう。

 

 ひも理論的にズレているとしても、立ち位置自体は聖なる存在……神であって悪魔ではないということか。

 ならあのメフィストフェレスごっこは何だったのか。

 

「まあ、そうやって連れてきた2人なんだけど、何故かここに着いて私の姿を見るなり、礼も言わず恐ろしい勢いで逃げて行ってね。本当に失礼なやつだよ」

「いや、それが邪神を目視した常人の正常な反応だ。こいつが普通じゃないんだ」

 

 伊原さんが俺を指差しながら言った。

 

「こいつ言うな」

「ほら、普通じゃないだろ」

「ああ、確かに普通じゃない。どこでこんな逸材見つけてきたんだい? うちの眷属に欲しいよ」

「もうお手付きだから無理だよ。ヨグ=ソトースの加護なんて突破出来ないだろ」

「あいつ、呼ばれたらどこでもホイホイ出向いて加護やら子種やらを与えすぎなんだよ。何人他所で作った子供がいるんだよ」

 

 そう言うと伊原さんとトナカイが一斉に笑い出した。

 

 カードを含む荷物が回収されず放置されたままなのはそういう理由もあったと得心した。

 

 トナカイを見た時に自分達を助けてくれた地母神だとは思わず、何か得体のしれない怪物だと思い込んで逃げ出したのか。

 そして、襲われる危険を考えて泣く泣く荷物を諦めたと。

 

 気持ちは分かる。

 

 せっかく苦労して帰国したというのに、正体不明のモンスターに襲われて重傷だの死亡だののリスクは冒したくない。

 

「ただ、目撃証言があったということは、この世界に帰還者が居るというのは間違いないようです」

「そのようだな。私はあまり向こうを空けられないからもう帰るが、先輩達の調査やこの世界のトラブル解決なんかは任せたぞ」

「はい、出来る限りは何とかやってみます。伊原さんもお元気で」

 

 伊原は無言で手を上げた。

 

「旅行チケットとコーラの件はサンタに任せるよ。どこかで会えたら伝えておく」

 

 トナカイともこれでお別れだ。

 廃棄物垂れ流しは許されないが、先輩を助けてくれたことには感謝しかない。

 

「靴下を用意して待ってますよ」

「魔女が靴下を振り回したところで来るのはサンタでも竜巻でもなく魔女狩りだよ」

 

 最後まで軽口が消えなかったトナカイも扉の向こうへ消えていった。

 

 口うるさいトナカイがいなくなったことで洞窟内に静寂が戻ってきた。

 

 足元のヘドロを一通り極光で凪払った後に冷たい岩の上にペタンとへたり込んだ。

 大きくため息まじりの深呼吸をして、鞄の中に入っていたペットボトルのお茶を飲み干す。

 

「やっと終わってくれた……流石に頭も神経も使いすぎたんだけど」

 

 本当にやりにくい相手だった。

 すんなり帰ってくれたので本当に助かった。

 

 まあ、これでトナカイが垂れ流していた廃棄物問題はひとまず解決された。

 

 放置されていた、しめ縄だの紙垂だのも処理したし、通りすがりの日帰り旅行者が出来る精一杯のことはこなした。

 

 おそらくこの高千穂にはまだ同様に未発見の異世界に繋がる門だの何なのがあり、まだ知らない謎が眠っているのだろう。

 

 だが、自宅から遠く離れたこの場所でそれらをいちいち調査などやっていられない。

 俺の職業はせんべい屋でも民俗学者でも謎の霊能力者でもない。

 

 ただの通りすがりの魔女なのだから。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「あとは先輩達の所在だけど……どうやって捜せば良いのやら」

 

 異世界から帰ってきた2人がこの山岳地帯を抜け出したとすると、まずは人里……町の方向へ向かうのではないだろうか?

 

「この広い日本の中で2人のよく知らない人間を捜し出すのってほぼ不可能だよな」

 

 箒で飛行しながら思案を巡らせる。

 

 鳥の使い魔を飛ばしたところで単に空から眺めているだけに過ぎないので、根本的な解決には何もならない。

 

 適当にインターネットで探しても「私です」と名乗り出ているわけもなく、簡単に見つかるわけもない。

 果たしてどうしたら良いものやら。

 

 考えがまとまる前に2人の友人が待つ八千代さんのところへ帰ってきてしまった。

 

 遮蔽物がない空を移動するというのはやはり思っている以上に楽な上に早い。

 もうこのまま自宅まで飛んで帰りたいところだ。

 

 出迎えてくれた2人に事のあらましを伝えて、持ち帰ったお宝が入った袋を渡す。

 

 売れば相当の金額になるというのに2人の反応は淡白だ。

 

「なるほど、人捜しねえ」

「そうは言っても手掛かりがなさすぎるからな。何が方法を思いつかないか?」

「それこそインターネットで……って無理か」

 

 流石に異世界から帰った2人が「私は異世界帰りです」と主張しているとは思えない。

 それに、今のところ分かるのはカードに記載されている情報だけだ。

 

 2人の本名も出身地も外見も何も知らない。

 

「いや、外見は分かるのか。カードのイラスト通りゲームのキャラの見た目になっているんだから」

「それってもしかして、せっかく日本に帰って来ても本人と認識されない?」

「確かにそうだな。俺達は伊原さんに認識阻害魔法をかけてもらっているから本人扱いしてもらえているだけで」

 

 そうなると、帰還者2人は今どうやって暮らしているか。

 実家に帰ることも出来ない身元不明の男女2人組はどこに行けばいい?

 

 ここに何か大きなヒントがある気がする。

 

「田舎で自炊とか?」

「いくら日本でも勝手に田舎に住み着いたら即通報だろう。300年前に自力で旅をして日本まで帰還してるくらいだから現代日本だと余裕で生きていけるバイタリティは身に付いているだろうけど」

 

 何にせよ手掛かりがないことは同じだ。

 俺達の仲間に人を捜すような能力者がいれば良かったのだが……あれ?

 

 何かが引っかかる。

 

「人を捜す能力者」

 

 ごく最近に聞いたような気がするのだが。

 

「もう八千代さんに聞けば良いんじゃないかな。分かるんだよね、何かの能力で人の居場所を捜すって」

 

 エリちゃんがさも当然のように言ったのを聞いて思わず手を打った。

 

「それだ!」

 

 八千代さんはどういう原理なのは分からないが、異世界にいるオウカちゃんの居場所を見つけ出すことが出来る能力を持っているのだ。

 それならば、この世界のどこかにいるであろう異世界帰りの2人の居場所くらい見つけることくらい容易いだろう。

 

 少なくともヒントくらい聞き出すことができればこれからの行動の指針になる。

 

「でも、タダってわけにはいかないんじゃないかな?」

「値段の話も含めて聞いてみよう。流石にズワイガニより高いってことはないだろう」

 

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