収穫祭の魔女   作:れいてんし

173 / 367
第三話 「黄泉比良坂」

 港に停泊していた豪華クルーザーの内部に鳥を侵入させる。

 その鳥に、キャビンに保管されていた船の登録書類を回収させた。

 

 書類は2枚。

 

「船の中に保管されていた船舶登録証と港湾利用の書類だ。これが無罪の外国人ならごめんなさいだが、見事に当たりみたいだ」

 

 書類に記載された情報を読む。

 

「船はペルー在住のナイアという人物が所有者ってことになってる。うまく言ったものだと思うよ。タウンティンは現在の地球ではペルーの位置にある国だから」

「そんなウソの登録で、よく船を買えましたね」

「邪神の化身だからな。人間社会に入り込んで騙すのは得意なんだろ」

「別の方の書類は? そっちは日本語みたいだけど」

 

 エリちゃんが俺が持っていたもう1枚の書類に興味があるようだったので渡す。

 

「こちらは港湾利用者証。日本で発行するものだな。こちらはアメリカ国籍サンディエゴ在住のミスラで登録している」

 

 ナイアは中村が異世界などで名乗っていた別名。

 ミスラはあの世界に召喚された時にカードに書かれていた名前だ。

 

「どちらも登録は2か月前。中村が日本に帰って来たのは推定3か月前。1か月の間に、クルーザーを買って、ここに運んできたんだと思う」

「なにそれ? 本当にやりたい放題じゃない」

「この名前をわざわざ使うあたり、あの世界に未練タラタラなんだと思う」

「同じ場所にずっと住んでいれば、誰でも愛着はつきますよ。半年向こうに滞在しただけの俺たちだってそうなんですから」

「それもそうだ。タウンティンもそうだし、ちょっと滞在したフロリダにも愛着あるからな」

 

 向こうの世界とは別だが、そのうち金を貯めてペルーに旅行へ行こうと思う。

 

 別に今の地球のペルーに行ったところで誰にも会えないのは分かっているが、それでもあえてだ。

 

 さて、ここからは探偵が推理を披露する場面だ。

 

「中村は世界中好きなところに住めるし、何なら次元を渡る力があるので、他の異世界にだって住める。なのに、わざわざ故郷へ帰ってきた理由は?」

「うーん、親に会いたかった?」

「何十年経っても故郷へ帰りたかった? ですかね」

「俺の考えに近いのはモリ君の方かな。船の登録内容なんてデタラメでいいのに、わざわざこんな情報を入れるあたり、中村は相当執着が強い。そのくせ、他次元で工作して、次元間を攻撃できるミサイルみたいなのを作ってあの世界を攻撃する。これについての人物像は?」

「こだわりが強い」

「そんな人物が、両親が亡くなったからといって、故郷からあっさり離れるかという話だ。だけど、自宅はあんな状態。なのに、影人間に守らせるほどのこだわりがある。逆に、こちらのクルーザーはザル警備だ。荒らされてもどうでもいいと思っている」

 

 そもそもなぜクルーザーが必要だったのか?

 単になんでもできるということを確認したかった?

 

 いや、違うな。

 

 中村が欲しかったのはクルーザーではない。

 

 高額のクルーザーを簡単に入手できる能力を誰かに讃えて欲しかった。褒めて欲しかった。

 だから、こんな田舎の小さな漁港に見合わないクルーザーを見せつけるように停泊させた。

 

 誰に見せたかったのか?

 

 見せつけられた人物たちは、何を考え、どんな反応をしたのか? 中村に何を言ったのか?

 

「時系列を整理しよう。向こうの世界の時間で書くと、時差のせいで意味不明になるので日本時間だけでまとめる」

 

 集めた資料の裏にまとめていく。

 

 中村はあちらの世界で20年。日本の時間だと3か月ほど前に日本へ帰還した。

 

 日本に帰還して1か月ほどは大人しくしていた。

 

 2か月前、中村は何を思ったのかクルーザーを購入した。

 同時期に中村の両親は自殺をして、家を売ることになった。

 

 向こうの世界に突然攻撃が行われたのは、約12日前。まあ2週間前と考えていい。

 

 2か月前から2週間前の間に、中村が様々な世界で工作をしていたと考えていいだろう。

 

 こちらの世界だと俺たちが帰還した日の1日前。

 今日から数えると3日前に異世界から急に日本へ引き返す必要が生じた。

 

 俺の書き込みを見たモリ君とエリちゃんがほぼ同時にスマホで検索を始めた。

 2人とも俺が思ったよりも成長している。

 

「出雲市で高校生が事故で死亡……この集落だよね」

 

 最初にニュース記事を見つけたのはエリちゃんの方だった。

 内容はシンプルで、地元女子高校生が海で水死したというもの。

 

「地元新聞の有料サイトに登録するよう案内されたんですけど」

 

 モリ君の方はさらに事件を掘り下げたようだが「ここから先は有料です」に阻まれたようだ。

 高校生に有料サイト登録は厳しい。

 

「新聞社のサイトは俺が登録する」

 

 素早く新聞の有料サイトに登録。

 同時に島根県警の情報もチェックしておく。

 

「被害者は集落に住んでいた女子高生……名前は載っていないけど、おそらく中村の同級生だな」

「根拠は?」

「中村と被害者は、この住民数が100人切っているような過疎の集落に住んでいる同年代の女子高生という関係だ」

「なるほど。それで面識がないのは逆に不自然ですね」

「それが謎の水死体として発見されている。警察は事故と事件の両方で調査。これが3日前……おそらく、中村が慌てて日本に帰らなくてはならなかった理由」

「さっきの影に襲われた?」

「断定はできないが可能性は高い。中村の様子を見に来たかつての同級生に対して攻撃が行われた……誤爆ったんだ。影人間は、同級生を証拠隠滅のため、海に投げ込んだ。県警の情報を見ると、事件にウェイトを置いて調査をしているっぽい」

 

 異世界人が何人死んでも意にも介さなかった中村も、両親の死には耐えられなかった。

 友人の死に、それまで進めていた計画を投げ出すほどの衝撃を受けた。

 

 中村の人物像がようやく見えてきた。

 

 邪神から力を受けている化身と聞いた時はどんな化け物が出てくるかと思っていた。

 なのに、こうやって一つ一つ情報を読み解いていくと、驚くほど人間臭い。

 

 邪神ナイアルラトホテップ。

 人間社会に溶け込み、巧みな言葉で相手を騙すことで混乱を引き起こすことを得意とするトリックスター。

 

 そんな能力を持つ相手に付け入る隙があるとするならば、邪神ではなく、力を貸している人間の弱い部分を突くしかない。

 

「以上をまとめる。中村はこの近くに住んでいた。そして、友人が死んでまだ3日。遺体は警察が鑑識中で葬式もまだ先だ。参列までは、まだこの場所のどこかに残っているだろう。両親と友人の死が中村をこの地に縛り付けている」

 

 スマホで周辺の地図を表示させた。

 田舎なのでそこまで情報は詳しくは出てこないが、衛星写真くらいは表示できる。

 

「だけど、両親が自殺した家にはいない。なら、どこに住んでいると思う?」

「あの家に住めないなら、近くに家を建てるか、ホテルか賃貸かって話になりますよね」

「中村がこの世界に戻ってきたのは2か月から3か月の間だ。どんなに急いでも新築なんて基礎工事すら終わらない。だからと言ってこの元漁村には、宿はさっき見た潰れた漁師宿しかなかった。古い一軒家ばかりで賃貸物件は存在すら疑わしい。そうなると狙いどころは中古物件」

 

 現在位置の住所から検索サイトで中古住宅をスマホ検索。

 さらに売約済で絞り込むと1件ヒットした。

 

 売約が済んだのにサイトから消えていないのは、購入されたのがごく最近なので、広告サイトの更新が間に合っていない証拠だ。

 場所が分かったので、今度は3人がかりで住所で検索して出てきた情報を拾う。

 

 3人がかりで調べた情報をまとめるとこうだ。

 

「すぐ近くに企業が保養所として保有していた豪華物件がある。リーマンショック時に売却されたものだ。不便すぎる上に個人で持つには広すぎる土地。しかも高額なので誰も買い手がつかず放置されていた。それが最近になって売れた。誰が購入した?」

 

 俺は南にある山へ顔を向ける。

 山の上には元保養所がある。中村が購入した物件だ。

 

「さて、制服からいつもの装備に着替えるか」

「修学旅行気分は終わりってことですかね?」

「終わりじゃない。これからは班行動の時間。自由時間は後でたっぷり取っていますので、今は先生についてきてください」

「先生、おやつは何円までですか?」

「これが終わったら豪遊しようぜ! うなぎでもうどんでも何でも好きなのを食べよう!」

 

「修学旅行」の言葉を出した時に気付いた。

 危険だから来るななんて言わずに、あいつも連れてくれば良かったか……。

 

    ◆ ◆ ◆

 

 中村の現在拠点と推測される元保養所へ向かって、ひたすら山道を登っていく。

 私有地につき立ち入り禁止の看板はあえて無視した。

 

 綺麗な舗装はされているものの、山道はそれなりに険しい。

 

「なんでこんな不便な場所に保養所なんて建てたのやら」

「どこの会社が建てたとか分からなかったんですか?」

「それについてはさっぱり。ただ、無計画に買って、不景気になった瞬間に売却なんて、日本に限らず世界レベルでよくある話だ」

 

 山の上の施設へ向かう道は、まるで舗装したてのようで綺麗なものだ。

 ろくに使われなかったので摩耗していないのだろう。

 

 ただ、人間嫌いなひねくれ者の拠点としては最適なのかもしれない。

 

「危ない、何か来る!」

「プロテクション! みんな後ろに隠れて!」

 

 エリちゃんが突然叫んだのと同時にモリ君が青白く光る壁を展開した。

 

 俺たちはその壁の後ろへ身を隠すと、銃声と共に何か小さい塊が当たって弾けるのが見えた。

 

「いきなり警告なしに銃撃とは物騒な」

「ただの銃弾じゃないですね。何かの魔法的な攻撃だと思います」

「根拠は?」

「実弾ならこの壁の手前で潰れた弾丸が落ちます。だけど、この攻撃は壁の手前で黒い光みたいなのが飛び散るだけです」

 

 モリ君の言葉を頭に入れて様子を観察する。

 霧の向こう側から次々と高速で「何か」が飛来している。

 

 だが、壁に当たるも貫通できず、粒子と化して飛び散っている。

 実弾ではこのような動きにはならない。

 

 俺たちから離れた場所に着弾した「何か」は、アスファルトが削れたり、道路脇に生えている木の枝を吹き飛ばしたりしている。

 攻撃力は実際の銃とほぼ変わらないか、むしろ強いだろう。

 

 俺たちは謎の力で防御力は上がっているので死にはしないだろうが、無傷では済まない。

 

「壁の強度は大丈夫?」

「今の攻撃ならビクともしませんが、効果時間は無制限ってわけじゃないので、もうすぐ壁が消えますね」

「なら持久戦に持ち込むのはジリ貧か。敵の正体を突き止めて反撃する必要があるな」

 

 使い魔を銃弾が飛んでくる周辺に向けて飛行させる。

 

 霧でハッキリとした姿を見ることができないが、アサルトジャケットやゴーグルを付けた兵士のような形状の真っ黒い影が5体いた。

 人型をしている黒い魔法生物だ。

 

 腕と一体化した機関銃のような形状の何かから自らの体の一部を射出しているようだ。

 

「敵は家を守っていたのと同じタイプの影人間が5体。全員が銃で武装している」

「ラビさん、まとめて仕留められますか?」

「この状況だと4体までかな。なるべく全部仕留めたいけど」

「それでも十分です」

「分かった。増幅射矢(ブーストアロー)!」

 

 3羽で魔法陣を形成した後に1羽の鳥を高速で射出。

 

 増幅魔法陣を通過した青白く光る鳥は高速回転を行いながらドリルのような回転音を立てて霧の中へ突き進む。

 銃を構えた影のうち、一番外側に立っていた1体に突き刺さる。

 

「穿(うが)て!」

 

 以前のままだとそこで効果は終了して鳥は消滅していた。

 

 だが増幅魔法陣で強化された鳥は一体を貫いても勢いは衰えない。

 

 あっという間に貫通して、直線状に並んでいた他の3体の影を貫いた。

 

 人型の影は粉々の破片になって飛び散り、鳥が作り出した渦巻に巻かれて虚空に消えていった。

 

「すまん、1体残った」

「いえ、それなら大丈夫!」

 

 モリ君が光る壁に手を付けて押しながら前進していく。

 

 その間に何度も銃弾が壁に直撃するが、その攻撃は貫通することなく、全て壁の手前で叩き落とされていく。

 

「うおおおおっ!」

 

 叫びと共に壁を影に無理矢理叩きつけた。そのまま壁を押す勢いを止めない。

 

「今だ、やれ!」

「分かってる!」

 

 エリちゃんが壁を飛び越えて跳躍。

 

 陸上の高飛びのように胸をそらしながら壁を飛び越え、影の後ろに着地。

 間髪入れず、影の背に超高速の肘打ちを打ち込むと、影人間はバラバラに飛び散り、消滅した。

 

「はい裕和(ひろかず)、ラビちゃん」

 

 エリちゃんが両手のひらを見せて立っているので、その手のひら目掛けてモリ君と一緒にハイタッチをする。

 最後に俺とモリくんでハイタッチだ。

 

「機関銃で武装した影が出たということは、スナイパーライフルを持った影が狙撃してくるかもしれない。注意をしながら進もう」

「狙撃に対してどう備えれば良いんでしょう?」

「エリちゃんの直感に頼るしかないかな。でも、念のために即死を避けられるよう、頭だけは守って進もう」

 

 俺は箒。

 モリ君は槍。

 エリちゃんはそこら辺に落ちていた木の枝で頭を守るようにして坂道を進む。

 

「今のと同じ状況をネットのネタ画像で見た記憶が」

「やめんか、それにはわけがあるんじゃ」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 幸いにも狙撃手は現れることなく、中村の拠点と思われる建物に到着した。

 

 その代わりに屋内から「何だと殺す」とばかりにドカドカと影人間の集団が現れた。

 増幅極光(ブーストオーロラ)を使って秒殺しておく。

 

「ここまで堂々と敵が出てくるとか、拠点だということを隠す気なしだな」

「強行突入で良いですよね」

「ああ、正当防衛だ。ここまでやってくる相手が中村と無関係とかないだろう」

 

 正直に言うと、一切の抵抗なしで出迎えられた後に

 

「もしもしポリスメン」

「弁護士召喚!」

 

 をされるとこちらは一切打つ手がなかった。

 なので、こういうストレートな暴力は、こちらも暴力で返せば済むのでむしろ歓迎するところである。

 

 施設は先程影人間が出てきたばかりなので施錠されていないことは分かっている。

 

 入口のドアを開けて中に入ると、施設内は豪邸というよりもホテルのような構造だった。

 

「ラビちゃん、あれってプールじゃない?」

 

 エリちゃんが指差す先には水が張られていないプールがあった。

 夏場なら気持ち良いだろうが、既に11月となると、見ても肌寒さしか感じない。

 

 プールは整備しないとすぐにゴミと泥と水垢で汚くなるはずだ。

 保養所内も埃もカビもなく快適なことからして、かなり手入れはされているようだ。

 

「プール以外にも温泉があるみたいですよ」

 

 モリ君は入口にある案内図を確認している。

 

 現在俺たちがいるのはエントランス。

 1階には他に調理場と食堂、温泉にプール用の更衣室、トイレがあることが分かる。

 

「無駄に豪華な建物だな。そりゃこんなの企業も管理を放棄するよ。維持するだけで、どれだけ金がかかることか」

「中村がいるとしたら2階だと思います。10部屋客室があるみたいです」

「なるほど。じゃあここでクイズだ。中村の心理を考えると、使いたくなる部屋は?」

「海沿いで、一番見晴らしが良い部屋。真ん中か一番端の角部屋でしょうか?」

「なら真ん中だな」

「何故です?」

「自分が支配者気取りで意外と見栄っ張りだから」

 

 モリ君とエリちゃんが「なるほど」と感心しながら俺に付いてくる。

 どのみち全部調べるつもりだったので、外れた時は、適当に誤魔化そう。

 

 階段を登って2階へ。

 

 そして中央の一番広い部屋の前に立つと、そこには金属のプレートが取り付けられていた。

 

「Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate……ここに入るもの一切の望みを棄てよ。またこれか。ワンパターンだな」

「ダンテの神曲の一節でしたっけ?」

「既視感がすごい」

 

 プレートを無視して扉をバンバンと雑に音を鳴らして叩く。

 

「開けろ! デトロイト市警だ!」

「そう言えば、パナマでも似たようなことをやりましたよね」

「あの時も赤い女だったよな……前回はミイラで今回は元日本人なんだけど」

 

 何度ノックしても部屋からの反応はない。

 

 意を決して扉を勢いよく開くと、そこはいきなり下る階段がある意味不明なレイアウトをしていた。

 

 ホテルの構造上、2階にある部屋に下り階段があるのはおかしいのだが、これは次元が歪んでいるのだろうか?

 俺たちに降りてこいということらしい。

 

 そんな罠には釣られないと無視して扉を閉めた。

 

 次は隣にある部屋の扉を開けた。

 

 オーシャンビューの良い眺めの部屋になっていたが、残念なことに窓の外は深い霧で何も見えない。

 

「そこからバルコニーに出られるみたいですね」

 

 モリ君が窓際のガラス戸を開いた。

 

 窓を開けた場所はバルコニーになっており、そこには小さいテーブルと椅子が置かれている。

 海を眺めながら飲食を楽しんだりくつろげる作りになっているようだ。

 

 霧が晴れたならば、美しい日本海の風景を満喫できるのだろう。

 

「この隣の部屋から、さっきの中央の部屋に入ってみよう」

 

 仕切り板を外して、バルコニー経由で中央の部屋に移動する。

 ガラス戸から見える室内は極めて普通の洋室だ。

 下る階段などない。

 

「ザルすぎる。敵が裏口から入ってくることを想定していないのか」

「こんなことを考えるのってラビさんくらいですよ」

「ありがとう、最高の誉め言葉だ」

 

 鍵はかかっていたが、エリちゃんが力任せに引っ張ると、ロックらしき金属製の部品がカランと音を立てて床に落ちた。

 

 ガラス戸を開けて中に入る。

 

 屋内は小さいテーブルとベッドが置かれている以外は何もない殺風景な部屋だった。

 

 テーブルの上には写真立てが飾られている。

 

 地味な高校生らしい女子と中年の夫婦の写真。

 中村の家族の写真だろうか?

 

 その横には以前に伊原から見せられたものと同じ、少女時代の中村、伊原さん、度会(わたらい)州知事の3人が写った写真が置かれている。

 

 さらにその横は、学校の同級生と撮影したらしき写真だ。

 同年代の少女たちが写っている。

 

「もっと冷徹な復讐鬼みたいなやつかと思ったら、こいつ未練を残しすぎだろう」

「未練があったからこうなったんじゃないですか?」

「それはそう」

 

 モリ君の意見ももっともだ。

 

「可哀想な人なんだね。全然同情はできないけど」

「もしかしたら邪神に操られているだけなのかもしれないけどな」

 

 インガノクで会ったデクスターが完全にそれだった。

 

 上から目線で、人間がもがき苦しむのを近くで観察して楽しんでいる。

 

 哲学書を読んで人間を理解したフリなのを見せているが、実際は本に書いてある言葉を読み上げるだけの薄っぺらなものだった。

 言葉を記憶できても、本当の意味で人間の心を理解できていない。

 なので、哲学なんて大学の基礎教育で触りを学んだ程度の俺に論理の破綻をツッコまれる。

 

 力を与えられたはずの化身の中村も、ただの道化だったという可能性もあり得る。

 

 ただし、たとえ邪神に操られていたとしても、中村がやらかしたことは、決して許されるレベルではない。

 

 伊原さんの無責任っぷりにも腹が立つが、だからと言って散々やらかした上に、これから八つ当たりで犯罪を繰り返しかねない中村を無罪放免には出来ない。

 

「それで、この中村はどこにいると思う?」

「さっきの階段を降りたところで待っているんじゃないんですか? 大切な写真を見られていても、何の反応もないあたり」

「まあ、そういうことだよな」

 

 3枚の写真は手がかりとして持ち帰ることにする。

 頭をかきながらバルコニー経由で元の通路に戻る。

 

「それじゃあ行きましょうか、地獄へ」

 

 モリ君が明るく扉を開こうとしたので、それを制した。

 

「実は、調べた資料の中に中村が中学校時代に黄泉比良坂(よもつひらさか)の民俗学の研究をして表彰されたというのがある」

「よもつひらさか?」

「日本の伝承に残るあの世への道のことだよ。国作りの神であるイザナギは、死んでしまったイザナミを蘇らせるために黄泉の国へ向かう。だけどイザナミは醜悪な姿になっていた。イザナギは地上へ逃げ帰るが、イザナミは復讐鬼と化す。この道が黄泉比良坂。古事記にも書いてある」

「平安時代の哲学者ミヤモト・マサシもそう言っていたというやつ?」

「いや、これは本当に古事記にそう書いてあるんだって」

 

 古事記について悪いミームが広まりすぎている。

 ガチャと同じで悪い文明だ。滅ぼさないといけない。

 

「つまり、何を言いたいんですか? 誰かが死んであの世に行きたかった?」

「この先には自分だけが不幸だと思いこんでいる悲劇のヒロイン気取りの67歳の痛いババアが中二病を爆発させているってことだよ」

「ええ……」

 

 モリ君が若干引きつった顔をしている。

 

 他にあの世について調べていた理由はあるのだろうが、状況だけを見て歯に衣着せずに端的に説明するとそういうことになってしまう。

 

 そもそも死んだ人間は生き返らない。

 それを覆すことなど不可能だ。

 

「いや、中村は向こうの世界で20年の時点で日本へ帰ってきているから、まだ37歳くらいなのか」

「どの道、痛いですよそれ」

「このように絶賛中二病が爆発しているババアなので、階段を下りた先は、ダンテの神曲の地獄が完全再現されている可能性は高い。要するにボスキャラオンパレードだ」

「また、あのケルベロスとか出てくるの?」

「ダンテの設定どおりだと他にも色々出るはず。戦闘も必然的に増えるだろう。だから覚悟して地獄のデスロードを進んで欲しい。イザナギとかオルフェウスとか鳴上悠の気持ちで」

「最後は誰なんですか!?」

 

 俺はポケットに入れた限界超越用のアイテムを握りしめた。

 モリ君も同じ行動を取っている。

 

 もしも戦闘能力が足りなければ使わざるを得ないだろう。

 

「では行くぞ。中村を倒して今日の昼飯は宍道湖(しんじこ)のうな丼だ!」

「うな丼は上でもいいですか?」

「上? うん、まあ今回くらいはいいよ」

 

 財布を取り出して、中身と相談をする。

 

 うむ、大丈夫だ。

 上うな丼の値段を調べてないが多分、大丈夫だ。知らんけど。

 

「その後に出雲大社の観光もいいですか?」

「フォーゲルパークでペンギンのさんぽを見るのもセットにしよう。ハシビロコウもいるみたいだぞ。しかも餌やり体験もできる」

「やる気が出てきた!」

 

 2人とも単純なものだ。

 

 もちろん、ここまで来たら逃げるという選択肢はない。

 必ず勝って戻ろう。

 

 宍道湖の上うな丼が俺たちを待っている。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。