収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第四話 「さよなら魔女」

 気が付くと俺が住んでいるマンションの一室に戻っていた。

 

 ただ、常識的に考えてこの光景は現実であるはずがない。

 

 俺たちは中村の拠点から階段……黄泉比良坂を降りて、地獄へと進んだはずだ。

 ケルベロスや初見のミノタウロスなどを倒してどんどんと階を降りて行き、最下層である地獄の第九圏(コキュートス)に到達したことまでは覚えている。

 

 ただ、そこまでの記憶と今見えている部屋が繋がらない。

 

「そうなると、これは幻覚か? それとも何か白昼夢のようなものを見せられているのか?」

 

 部屋の中を見回すと、椅子に俺……否、魔女(ラヴィ)が座っていた。

 

「やあ、お疲れ」

「お前が実体化しているということは、やっぱり夢か何かか?」

 

 俺は椅子に座る魔女に語りかけた。

 

 あまり鏡で自分を見る機会はなかったが、こうやって改めて見るとクソガキ感がすごい。

 

 特徴だけを見るとダウナー系少女のはずなのだが、無駄な自信に溢れた表情がその印象を変えている。

 

 あと全体的に細いし薄い。

 もう少しボリュームが欲しいところなんですが、何とかなりませんか?

 

「俺さんこそお疲れ。まさかこうやって、対面して語り合えるなんて思いもよらなかったよ」

 

 魔女は冷蔵庫の方へ歩いていくと、ペットボトルのコーラを取り出し、グルグルと手首の回転で振り回しながら戻ってきた。

 そして、ゲーミングチェアにもたれかけながら、蓋を開けた。

 

「うわぁぁ」

 

 案の定、炭酸が吹き出してコーラがどんどんペットボトルから溢れていく。

 

「早く蓋を閉めろ。どんどん中身が吹き出すぞ」

 

 慌てて洗面所に雑巾を取りに行き、水で濡らして拭き取っていく。

 

「服にはかかってないか?」

「それはなんとか大丈夫」

 

 一通り拭き取ったところで雑巾を洗う。

 

「コーラの蓋は様子を見ながら少しだけ回すんだ。吹き出しそうならすぐに閉じる」

「なるほど……」

 

 魔女は俺のアドバイス通りにキャップを少しだけ回した。

 プシュという音が鳴った後にシューッと炭酸が少しずつ抜ける音がした。

 

 もう大丈夫だろう。

 

「もう開けて飲んでいいぞ」

「ありがとう」

 

 魔女はそう言ってペットボトルのコーラをラッパ飲みし始めた。

 

「いやぁ美味しいね。こんな飲み物があるなんて思いもしなかったよ。俺さんもどうだい?」

「ヨモツヘグイって知ってるだろ。地獄で飲み食いをしようとは思わん」

「そういうところは俺さんだね」

 

 魔女はそのままペットボトルのコーラ500ml一本を一気に飲みきった。

 

「さてもう1本と」

「コーラは1日1本まで! あと一気飲みはよろしくない。血糖値が急上昇して体に厳しいぞ」

 

 俺が強く言うと、魔女は「ちぇ」と椅子に座り直した。

 

「それよりも、色々と聞きたいんだが」

「ここがどこで、今の状況が何かって話だよね」

 

 さすが夢と言っても俺の相棒だ。話が早い。

 

「ここは、ナイアルラトホテップが作り出した地獄……いや、精神世界の中だ。俺さんと小森くん、エリちゃんの3人はこんな感じの精神世界に囚われて拷問を受けている。たまたま俺さんには僕という存在がいたから全く影響を受けていないわけなんだけど」

「ならば、ここからの脱出方法を教えて欲しい」

 

 俺がそう言うと、魔女の顔が真剣なものになった。

 俺の目をじっと見つめてくる。

 

「物理的にも拘束されているので、今のままだと脱出は不可能。人間なら誰もが隠し持っている負の感情、闇の部分を見せ続けることで精神を弱らせてから人間を操るんだ」

「でも、俺は別になんともないぞ」

「俺さんの精神は強すぎる異常個体なんだよ。常人なら狂うほどの『死』を見ても……我が神の全貌を見てさえ、翌日にはケロっとしてるんだもの。こんなのありえない」

「そうなのか?」

「だからこそ、俺さんが僕の器として選ばれたんだと思う。神を召喚しても耐えられる器だって。普通は発狂して戻ってこられないんだ」

「なんだ、俺はてっきりクソ運営がくじ引きで決めたものだと」

 

 意外とまともな理由で喚ばれていたことに感心する。

 

 いや、それはさておき、何故女子なのか?

 何故男ではダメだったのか?

 

「実は我が神は君を、運営のシステムを利用して、普段から小間使いにしているランドルフ=カーターとして呼ぼうと思ったんだ」

「カーターの扱い酷いな」

「だけど出てきたのは僕だった。多分カーターは運営用のキャラとして最初から何をどうしても出ないようにしていたんだと思う」

 

 頭の中でカーターになった俺がモリ君とエリちゃんと一緒に冒険している様を想像するが、何をどうしても巨人(イソグサ)で詰む未来しか見えない。

 それに、俺の知っているカーターが別人として同行してくれないと、それはそれで詰む場面はかなり多い。

 

 女子の身体に変えられたのは遺憾ではあるが、みんなを助けることが出来たのはラヴィの能力とサポートがあったからだ。

 

 それに、俺も魔女のことが嫌いなわけではない。

 

「なので次の候補として僕が選ばれた」

「それは聞きたいんだけど、お前はゲームのキャラなのか? それとも異世界人なのか?」

「それは前にも言ったとおり、僕はただの制御装置だよ。でも、それだと人間との相互理解ができないので、我が神が漂っていた壊れた魂の残骸を取り込んで俺さんと対話するための『僕』を作り上げた」

 

 これでようやく魔女の正体が分かった。

 結局、別人の魂が俺の中に入っていたということか。

 

「魂ってそこらに落ちているものなのか?」

「さあね。ただ、魂ってあまりに酷い目に遭うと壊れちゃうんだよ。誰か近くで自殺でもしたんじゃない?」

 

 まあ、その正体についてのおおよそ見当は付いている。

 

 俺はモリ君とエリちゃんの望みと願いである――

 

「最初の部屋から出たい」

「日本へ帰りたい」

 

 ――を叶えるために喚ばれたと予想している。

 

 その望みの中にはもう1つ……モリ君からの強い願いがあったはずだ。

 

「死んでしまった結依にもう一度会いたい」

 

 そう考えると答えは1つしかない。

 魔女の素材として使われた魂とは……。

 

「僕たちは平気だけど、地獄に囚われたままだと友達……小森くんとエリちゃんの精神が危ない」

「どうやって助ければいい?」

「俺さんはもう答えは知っているだろう……限界超越。強化の時に強制的に僕たちに掛かっている状態不良は全て解除される」

 

 その時に部屋の呼び鈴が鳴った。

 

 こんな世界に誰が訪問するんだと思いながらも玄関の扉を開けてみると、金髪の剣士、オウカちゃんが立っていた。

 

「ようこそ」

 

 声をかけるが、オウカちゃんは無言のままだ。

 

 脇目も振らずに部屋の中に入ってきて、来客用のソファーに腰掛けた。

 

「なんで喋らないんだろう」

「君はこのオウカって娘のことを死体の状態でしか知らないからだよ。知らないことは想像できないんだ。死人は話さない」

「ああ、そういうことか」

 

 俺が今見ているこの光景はあくまで俺の脳内にしか存在しないただの白昼夢でしかない。

 

 なので、いくら夢の中とはいえ、俺の知らないことは分からない。

 

 逆に言うと他のことは全部知っていた……今までの旅で得られたヒントから理解していたのだ。

 

「でも、この娘の力と魂は君が引き継いでいる」

「能力は分かるが魂まで?」

「君があの遺跡から連れてきたんだよ。あの3人もそうだけど、僕たちは囚われた魂を連れて帰ることができるみたいだ」

 

 あの3人とはレルム君、ドロシーちゃん、タルタロスさんのことだろう。

 

 コピーでしかない3人がオリジナルの記憶を不完全ながら思い出すことが出来たのはそういうことか。

 

 クリスさんやマークさんにしてもそうだ。

 俺があの暗い地下施設から連れ帰ったのだ。

 

「彼女は死んで肉体はなくなってしまったけど、魂だけでも家へ……両親の元へ帰してあげて欲しい。彼女の家は九州の指宿(いぶすき)市だ」

 

 魔女がそういうと、オウカちゃんは頭をペコリと下げた。

 

 指宿市というと、九州の薩摩半島の一番南端。

 移動距離と移動時間について考える。

 

 だが、いずれ必ず行かなければいけないだろう。

 

 そして、たとえ頭がおかしな奴だと思われても、彼女(オウカちゃん)の両親には全て話さないといけない。

 この娘も両親のところ……故郷へ帰さないといけない。

 

「それじゃあ、そろそろ時間だね。君は早く目覚めて友達の2人を助けないといけない」

「でも、限界超越を使えば……」

「今までは俺さんと僕との間でロスがあった。だけど、その壁を取っ払ってダイレクトに通信させることで、100%の力を発揮出来る。僕たちは1人の人間に生まれ変わる」

「その結果、俺の人格はどうなる?」

「どうにもならない。僕は生前の記憶も人格もほとんど消えてしまったただの残骸……壊れた魂なんだ。だから僕は君に何の影響も与えることなく、一方的に取り込まれるだけだ」

「他に手はないのか?」

「ない」

 

 魔女にはっきり言い切られた。

 

 否、分かっていたのだ。

 

 魔女との関係を整理するためにも、いずれは1人の人間になる必要があると。

 

「これでお前ともお別れか」

「勘違いしないで欲しい。融合しても僕が消えるわけじゃない。僕は君の寿命が尽きる最期の瞬間までずっと一緒だ。ただ声が聞こえないだけで……別人として会話することが出来なくなるだけで……僕はずっと一緒にいる」

「寂しくなるな」

「だから、たまに呼びかけて欲しい。僕の存在を忘れないで欲しい。僕はゴミじゃないって。ここにいてもいいんだって」

「ああ、分かっている。俺たちはずっと相棒だ」

「ありがとう」

 

 俺と魔女が握手をした手の上にオウカちゃんがそっと手を被せてきた。

 

「この3人で一緒に行こう。あの邪神に一泡吹かせてやろう!」

「だから、エリちゃんと……カズくんを守ってあげてね」

 

 俺は右手を伸ばして、魔女の絵の描かれたカードを握り潰し、オウカちゃんが使っていた白木の短刀の柄を強く握った。

 

「限界……超越」

 

 服装が変化していく。

 

 被っていた三角帽の色は黒から白へ。

 タウンティンで買ってずっと付けているリボンはそのまま。

 

 服は着物とローブとコートが無茶苦茶に混じり合ったようなものに白い外套。

 

 袴風の赤いスカート。

 

 背中には紐で吊るされた日本刀。

 

 白木の短刀は桜の花びらの形が意匠に盛り込まれた鍔が付いた日本刀に生まれ変わった。

 バルザイの偃月刀は今まで通り、腰のベルトに吊るされている。

 

 右手には使い慣れた箒。

 

 首には謎の勾玉のような形のネックレスがぶら下がっている。

 紐は100均で売っているような安っぽいものだが、そこは気にしたら負けなのだろう。

 

 魔女と侍と他の何かが混じり合ったカオスなデザインの衣装を身にまとった俺は、氷に覆われた空間……地獄の最下層、第九圏に降り立った。

 俺たちを縛る壁はもう存在しない。

 

 何のスキルも使わなくとも力が溢れているのは分かる。

 体がやたら軽い。

 

 そして、魔女からの返事はもうない。

 一人の人間として再構成されたからだ。

 

 ぶら下げた日本刀の鍔が何もしていないのにキンと甲高い音を立てて独りでに鳴った。

 

 魔女の魂は俺と一つになったが、オウカちゃんの魂はこちらにあるということか。

 文字通り、侍の魂は刀にあるのだ。

 

 辺りを見回して状況確認をする。

 

 地獄の最下層は何もない巨大な空間。

 広大すぎて天井や壁がどこにあるのかは見通せない。

 

 足元はスケートリンクのような平らな氷が広がっており、うかつに歩くと滑って転びそうだ。

 

 すぐ近くには謎の透明な球体の中に小森くんとエリちゃんが目を閉じたまま浮かんでいた。

 

 まるで眠っているように見えるが、たまにその顔が苦痛に歪んでいる。

 

「2人とも限界超越だ! それを使えばその球体を破って自由になれる!」

 

 俺は2人が囚われている球体に向かって呼びかけるが、何の反応もない。

 

「まさか、ただの人間があの結界を突破できるはずが……」

 

 俺の背後から声がかかった。

 

 そこにいたのは真紅のドレス、赤い帽子を深々と被った妙齢の女性。

 

「赤い女」

 

 ……いや違う、こいつが中村夕子だ。

 

 パッと見た瞬間だけは、以前にパナマで出会った赤い女と同一に見える。

 明確な違いは、帽子の下に隠されている顔が見えることだ。

 

 眉間に皺を寄せて、怪訝な顔をしている目付き。

 

 以前の赤い女は口以外には目も鼻もない無貌の怪人だったが、この中村は普通の顔があるただの人間。

 

 中年の中二病こじらせオバサンが痛いコスプレをしているだけでしかない。

 そう考えると、急に恐怖も何もなくなってきた。

 

「貴方は何者なの?」

 

 中村は俺と目線が合ったことを気にしているのか、帽子を深く被り直した後に言った。

 余程人付き合いが苦手なのだろう。

 

 帽子を深く被って視線を合わせないようにしないとろくに他人と会話も出来ない。

 

「あの影を……そしてモンスターを容易く倒せるほどの力。あの世界に召喚された私たちと同じような能力を使うのに、私には貴方たちはまるで見覚えがない」

「俺たちはお前の後輩だ。あの世界に召喚されて……帰ってきた日本人だ」

 

 俺は横目で小森くんとエリちゃんが入っている球体を見ながら答える。

 2人が出てくるまで、しばらく時間を稼ぐ必要がありそうだ。

 

「そう……向こうの世界ではもう50年が経過したの」

 

 女は俯いてボソリと呟いた。

 

「そういう意味では貴方たちと私は仲間ということね」

「勝手に仲間にするな。俺はお前を止めるためにここへやってきた」

「貴方たちも、あのゲームの運営の被害者でしょう。ならば、どうして私と敵対する必要があるの?」

「もちろんそうだ。あの運営には恨みや憎しみ、怒りもある。だが、異世界に行って好き放題やって暴れても許されるって話じゃない」

「私が何をしたか知っているとでも?」

「フィラデルフィア実験」

 

 俺が具体的なワードを出すと、またも帽子の下の眉毛がピクリと動くのが見えた。

 

「他にもあるな。最低9つの世界にまたがって転移事件を発生させた。それは全てあの世界でゲームをやっている運営に大打撃を与えるため」

「それをどこで知った?」

「自分たちで見つけたのもあるし、伊原さんや坂下さんから聞いた話もある」

 

 伊原さんの名前を出すと、中村は急に地団駄を踏み始めた。

 

「伊原!? あの女め……そこまでして私を止めたいのか!」

 

 中村は感情を昂ぶらせて大声を上げた。

 坂下に対してはノーコメントだった。悲しい。

 

「貴様らもあいつに騙されたのか? 知っているのか、あいつの正体を!」

 

 今までは貴方たちと呼んでいたのが、急に貴様になった。

 伊原さんの名前を出すことがそこまで地雷なのか?

 

「夢の魔女イートラー。邪神だよな。それは聞いているし知っている。実際色々と邪悪だった」

「知っているなら、何故日本に戻ってきた? あの集団無意識が実体化した世界……夢の世界(ドリームランド)へ喚ばれるのは、居場所がない、この世界に居ることを拒否した人間だけだぞ。せっかく、こんな汚い日本を離れて、異世界で暮らせるチャンスを手に入れられたというのに」

「えっ」

 

 完全に初耳の話が出てきた。

 

 それについては伊原さんはもちろん、カーターや運営からも一言も聞いてない。

 

「なんだ、知らなかったのか? それも説明しないとは、さすが邪神の手先だ」

「どういうことなんだ? 俺たちが日本に居ることを拒否したって」

「覚えがないのか? あるだろう、この世界には自分の居場所がない……どこか救われる場所に行きたいって」

 

 思い当たる節を考えてみる。

 

「毎日残業で辛い」

「給料上げろ」

「旅行に行きたい」

 

 とは確かに思っていた。

 今でもそれは強く思っている。労働基準法どうなってんの?

 

 ただ、俺の望みと中村が言っていることは微妙にニュアンスが違う気がする。

 ストレス解消するための旅行に行きたいのと、精神的に救われる場所に行きたいのは多分意味が異なる。

 

 そこまで考えた時に気付いた。

 

 俺は運営ではなく、うちの神様ことヨグ=ソトースに小森くんとエリちゃんの2人を助けられる可能性が高いという適性で喚ばれたのだ。

 

 要するに、中村が想定している運営の犠牲者とは完全に別口なのだ。

 

 ただ、そういう人間の弱いところをついて洗脳、もしくは壊していくのがナイアルラトホテップの手口なのだろう。

 

 普通の人間ならばこうやってアメとムチで口車に乗せられてしまうのかもしれない。

 

 だが、俺はもちろん、小森くんもエリちゃんも日本へ帰る理由については、とっくに結論を出している。

 

 別に誰かに騙されたとか、何も考えずについてきたとかではなく、自分の考えで日本へ帰ってきている。

 

 そんなペラペラの浅い言葉に引っかかるほど、甘くはないし、心が弱いわけでもない。

 

「ならば、自分自身はどうなんだ? お前も心が弱くて召喚されたんだろう。なんで日本に帰ってくることになったんだ?」

「それは伊原に騙されて……」

「本当にそうか? お前が望んだので、伊原が何とか日本へ帰る方法を探したんじゃないか? そうじゃないなら2人ともタウンティンにずっと住んでいたはずだ」

「いや違う。私はあの時、繁(しげる)を瑞穂(みずほ)に取られたのが悔しくて、こんな世界なんて出ていってやる、日本へ帰るって……」

 

 かなり酷い動機が中村の口から漏れた。

 

 これは気まずい。

 俺はどう反応するのが正解なのだろう。

 

 いくつもの次元を揺るがす大事件の犯人である中村の動機が好きな男を友人に取られた悔しさがスタート……もう何と言って良いのやら。

 

 語るに落ちるというやつだ。

 

 小森くんやエリちゃんは色々と悩み、考えたというのに、こいつの薄っぺらさは何だろう。

 

「伊原に騙された要素が皆無なんだが」

「そうだ、私は日本に帰ってきたかったんだ。運営を攻撃するためにな。だから戻る必要はないと追い返した」

「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

 言っていることが支離滅裂すぎる。

 これはもしや完全に精神が崩壊しているのでは?

 

 ある程度は予想はしていた。

 

 中村は無貌の神にとっくに精神を壊されているのではないかと。

 

 両親の自殺も怪しい。

 それこそが、無貌の神が中村を壊して操るための最初の一歩なのではないかと。

 

 そして、友人の事故死はおそらく無貌の神とは全く関係ない、中村本人が引き起こした事故だ。

 だからこそ、中村は計画を投げ出して、勝手に異世界から帰ってきてしまった。

 

 中村は完全に正気を失い、帽子の上から頭をかきむしりながら「そんなことはない」と連呼を続ける。

 

 その腕の激しい動きのせいで、被っていた帽子が脱げ落ちた。

 腕をだらりと弛緩させて、まるで丸まるように極端な猫背の体勢を取る。

 

「どうしようこれ……このまま戦闘不能になるまで痛めつけておとなしくさせた方が良いのか?」

 

 対応に困っていると、突然に「うううううう」と低いサイレンのような不気味な音が鳴り始めた。

 

 音の発生源は、中村の口だった。

 

 人間にそんな音声を発生できるのかと思うくらいに不気味な音を発している。

 

「もういいか。このまま仕留めてしまおう……群鳥!」

 

 鳥を召喚して攻撃を仕掛けようとした時、中村がゆっくりと顔を上げた。

 

 その顔……いや、頭部からは髪も、目も、鼻も消えていた。

 

 ただ真紅の口紅が塗られた口だけがニヤリと不気味な笑みをたたえている。

 

「どうも初めまして。ナイアと申します。短い付き合いになると思いますが、よろしくお見知りおきを」

 

 それは、ホンジュラスの遺跡で見た「赤い女」と瓜二つの存在だった。

 

 先程まで居た中二病コスプレオバサンはただの前座。

 

 ここからが、ようやく本当の戦いのスタートということなのだろう。

 

「それでは、始めましょうか。楽しい舞踏会を」

 

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