第一話 「横浜の遺跡」
新幹線の新横浜駅から電車を乗り継いで40分。
そこからバスに揺られること20分。
市街地から離れた場所にある墓地にようやく到着したものの、横浜市駅周辺でレンタカーを借りて車で来た方が早かったんじゃないか? と若干の後悔の念に駆られていた。
すぐ近くには自然公園があるらしく、冬だというのに野鳥のさえずる声も聞こえてくる。
新年早々に墓参りというのも何だが、どうせそのうち来ないといけなかったのだ。
ならば早い方が良い。
現地待ち合わせの小森くんと一緒に3人で墓を掃除した後に墓前へ仏花を供え、線香を焚いて祈りを捧げる。
「自分の墓参りって変な感じだな」
眼の前にある墓碑……
実際、骨などは骨壷に入れられてこの墓の中に入っているのだし、眠っていると言っても過言ではない。
死人は話さないし生きた人間を動かすことは出来ない。してはいけないのだ。
結依さんは本来ならば魂が破損してそのまま消滅するところ、うちの神さんがスキルのサポートのナビゲーター
その後は色々あって、俺……
死者は悼む。
残った
寝不足の時は書類の作成もしてくれる。計算を間違えるのが玉に
「でも、お墓をこんな離れた場所に作ったんだね。ここから横浜にある
「歩いて20分かな? バスに乗ってもいいけど」
小森くんが答えるとエリちゃんが怪訝な顔をした後にキョロキョロと周囲を見回して見つけた「鎌倉市」と書かれているマンホールの蓋を指差した。
「鎌倉って書いてある」
「市の境だとそういうこともある。バスに乗ったのも鎌倉の大船からだろ」
「うっそだ! 横浜って中華街とかビルとかベイブリッジなんかがある都会のことでしょ。ここは何県?」
「
「神奈川県に横浜はいっぱいあったりする?」
エリちゃんは俺達が現在居るところは横浜市だと信じられないようだ。
俺の中の認識でも横浜=ガンダム像があった場所だ。
実際、俺も魔女の記憶がなければ絶対に鎌倉市だと思っていただろう。
墓地を出て土地勘のある小森くんの先導で歩みを進める。
坂道を下って県道に出た後に住宅地が立ち並ぶ高台への上り坂を歩き始めた。
思っているよりもアップダウンが激しい。
坂道を下ったと思ったらまた上り坂が現れる。
遠くの景色を見ると小高い丘の斜面に張り付くようにしてカラフルな瓦の家が並んでいる光景は、世間一般的な「横浜」の持つきらびやかなイメージと全く違っていた。
「やはりここは神戸市北区の仲間なのでは」
「神戸市北区ってどんなところ?」
流石自称神戸市民であるエリちゃんも北区についてあまり知らないのか。
「有馬温泉があるのが北区。六甲山の北側……というか神戸市北部は全部北区と思っていい」
「六甲山を越えたら日本海って聞いたけど」
エリちゃんはどこのいんたーねっとでそんな怪しい情報を仕入れてくるのか?
「ラビさんは神戸市でしたっけ?」
「うちは加古川市。神奈川だと……平塚市ってポジションかな?」
「なるほど。じゃあ恵理子が住んでる町を神奈川で喩えるとどこですか? 箱根?」
難しい質問だ。
脳内に兵庫県と神奈川県の地図を思い浮かべて、比較した後に首を傾げながら答えた。
「道志村?」
「それ山梨ですけど」
「だって兵庫県じゃないからね」
そんなたわいない話をしているうちに小森くんの足が止まった。
ごくごく普通の住宅地。
大きくもなく小さくもなく、日本全国どこでも見かける大手ハウスメーカーによる標準的な建売住宅。
それが小森くんの自宅だった。
異世界召喚なんて出来事がなければ、郊外に住むごく平均的な男子高校生でしかなかった。
結依さんの件は避けられなかったかもしれないが、それでも幼い頃に遊んだアヤちゃんとやらと再会して付き合ったり、腐れ縁の木島君と毎日馬鹿をやって楽しんでいたかもしれない。
そして、やはり平均的な日本人らしく文系の大学に進学し、東京近郊の会社に就職してサラリーマンになるという人生を歩んでいただろう。
もちろん西日本在住の俺やエリちゃんとの接点はなく、医学部を志すこともなかったはずだ。
異世界召喚で失ったものもあるが、得られたものは大きかった。
本当に人生は何があるか分からない。
その小森くんの隣の家にある全く同じ構造の、まるで双子のような家が結依さんの自宅。
否、かつて結依さんの自宅だった場所だ。
門扉には「売物件」と書かれたプレートが針金で雑にくくりつけられていた。
全ての雨戸が締め切りになったままの窓がここにはもう誰も住んでいないと証明している。
思い出が残る庭木なども全て抜かれて表札も取り外されている。
幼い頃に両親と植えた杏の木も、カズくんと一緒に庭の隅に作った金魚の墓も全て消えてしまった。
がらんとしたガレージや庭が全て終わってしまったのだと伝えてきて虚無感を加速させる。
「お……」
言葉が継げない。
喉の奥が焼けるように熱い。
それでも何とか言葉を紡ぎ出す。
「お父……品田さん一家はどこへ?」
お父さんと言いかけて訂正した。
それは結依さんの記憶だ。
かつての自宅に来たことで記憶が刺激されたのか、普段は控えめに控えている結依さんが大きく前に出てきていた。
今日はそれを邪魔するつもりはない。
身体の支配権を全て明け渡す。
「年末に引っ越していきました。この家……街は思い出が多過ぎると」
「そう」
品田さんは結依の関係者であって俺とは無関係だ。
別に会っても仕方ないと思っていたし、新しい人生を歩んでいくというなら良い話でしかない。
結依さんが自殺してからこの家で両親が何を思い、どう暮らしていたのだろうか?
大切な思い出も重すぎると人を傷付けるのか?
小森くんが異世界召喚で大きく人生を変えたように、品田さん一家も結依さんの自死により大きく人生が変わってしまった。
何故こんなことになってしまったのか。
年末は九州ではなく横浜に来るべきだったのでは?
そうすればギリギリ両親の引っ越し前には間に合ったかもしれない。
いくら後悔しても過去は戻らない。
どうして人は間違えるんだろう。
どうして間違いを正してくれる人はその時いなかったんだろう?
「おじさん達の転居先は聞いているけど……どうする
「我慢しないで言った方がいいと思う」
(会いに行きたいなら今から行くけどどうする?)
みんなに言われて少し冷静になれた。
今は僕のことを心配してくれる人達がいる。
……いや、話せばわかってくれる人は前にもすぐ近くにいたんだ。
そこにいる小森くんもそう。
もう会えない両親もそう。
学校の……クラスのみんなも話せばわかり合えたかもしれない。
視野が狭くなって、それに気づかなかっただけで。
でもそんな簡単なことに気付くのが遅かった。
安易に死という逃げに頼った結果がこれなのだと割り切っている。
だからもう求めたりはしない。
品田結依という、とっくに終わってしまった人間の縁を今更追っても仕方ないのだから。
「僕は自分の意思で選んで全てを捨てたんだ……だからこの話はこれで終わりだよ」
割り切ったつもりだった。
ただ、それでも流れ出した涙は止まらなかった。
◆ ◆ ◆
「それはそれとしてだ。夜は中華街でメシとして、それまでどこで時間を潰すかだ」
「無茶苦茶切り替え早いですね」
「早いというか別人だからね」
俺と結依さんはタイムラグなしで感情や記憶が流れ込んでくるのでゴチャゴチャになるが、基本的に別人だ。
片方が泣き疲れて眠ってしまえば当然こちらはフリーになる。
「ランドとシーは?」
「それは明日の朝から行こう。もう前売りチケットは買ってある」
カバンからチケットを取り出してエリちゃんに渡した。
あそこは昼から時間を気にしながら行くような場所ではない。
朝から晩までたっぷり楽しまないと意味がない。
「せっかくだから裕和が通ってる学校とか見たいかな」
エリちゃんの希望は観光地ではなく、この日本全国どこにでもある平凡な町を見て回ることのようだった。
「見てどうするんだよ。普通の高校だぞ」
「私達って違う学校だし、大学も一緒に通うなんて出来ないからせめて気分だけでもって」
エリちゃんが照れながら言うと、小森くんも同じく露骨に照れながら答えた。
それを真顔で見ている俺はどうリアクションするのが正解なのだろうか?
とりあえず脳裏に浮かんだ言葉は「爆発して欲しい」だ。
結依さんも少し元気になったのか、一緒になって「そうだ爆発しろ」と連呼している。
「それで学校はどこにあるの?」
「ここの住宅地の坂を下って」
「うん」
「坂を上って」
「うん?」
雲行きが怪しくなってきた。
「坂を下って」
「なんで上ったのにまた下るの?」
「多分昔は渓谷か何かだったんじゃないかな。ともかくそこから坂を上ったところだよ」
「坂多くない?」
「本当にここ横浜?」
◆ ◆ ◆
小森くんに案内された高校は……その大半が黒いドームのようなものに包まれていた。
地方の高校にしてはやたら近代芸術めいた挑戦的なデザインだと思っていたが、小森くんの困惑した表情を見るとどうも違うようだ。
そして明らかに俺達以外の通行人などはドームの存在に気付いていないようで、さも当然のように通り過ぎている。
明らかに異常事態が発生している。
「またこのパターン?」
エリちゃんが呆れたように呟いた。
気持ちは分かる。
九州の高千穂に続いて二度目。
ここが異世界なら分からなくもないが、現代日本に戻って来てから結界に隔離されるのが二度目というのは流石に頻度がおかしい。
「高千穂や出雲ならともかく、横浜なんて鎌倉幕府が作られるまで何もなかった場所だろう。古代遺跡なんてあるわけもなく」
「それなんですが」
小森くんが申し訳なさそうに言った。
「去年の文化祭の出し物で町の歴史を調べたことがあるんですが……有るんですよ、学校の下に遺跡が」
「遺跡って何時代? 鎌倉?」
「縄文時代から奈良時代にかけてです。高校を建てる時に見つかったとか。歴史教師のお墨付きです」
本当かどうか確認するために鞄からスマホを取り出してネット検索をしてみると、確かに古代のたたら場が見つかったという文章が多数見つかった。
「このガラスのペンダントはその時代の発掘品レプリカのつもりだったのか」
胸元に飾っていたペンダントを持ち上げてまじまじと見る。
限界超越時に生えて来たものであるが、これは結依さんの
「翡翠なんかじゃなくて割れたビール瓶の欠片ですけどね。今のいたち川で拾えるものなんてそんなもんですよ」
「それでいいんだよ。大切なのは想いなんだから」
ここで重要なのは、この横浜の外れ……というか鎌倉にも古代の遺跡があったという事実だ。
ただの古墳ならば問題はなかったのだが、状況から考えてここにも次元の境界があり、それを制御するための制御装置として遺跡が用意されていると考えた方が良さそうだ。
それがこのタイミングで起動したということは……うちの神さんの加護にまた刺激されたのか。
「どうします、ラビさん? この黒いドームを破壊出来ますか? 例のバルザイの偃月刀で」
「申し訳ないが出来ない。今日は完全に遊びに来たつもりだから手ぶらなんだ」
「なんで?」
なんでも何も今日は完全に遊びに来たのだ。
武器や防具は持って来ておらず、所持品も小さなバッグに財布などが少し入っているだけ。
平和な日本に武器なんてもう要らないだろうと日本国憲法九条を信じて武装解除した結果がこれである。
もちろん魔女の呪いで無理矢理破壊しようと思えば出来なくはない。
ただ、その場合はこの学校ごと消し飛んで小森くんが高校中退(学校消滅により)になってしまうだろう。
俺の火力に中間という言葉はない。
常に全力全開、機界戦隊である。
「武器がないのはともかく、なんで動く気なさそうなオシャレさんなの?」
「オシャレさんはエリちゃんもだろう」
今日の俺は膝まで丈があるダッフルコートに白い髪を隠すための帽子。動く気などなしである。
コートの下はパンツルックなのでまだ動けるが、このクソ寒い中でコートを脱ぐ気などない。
エリちゃんはふんわりとボリューム感のあるピンクのダウンジャケットにロングパンツにニット帽。
俺よりはまだ動きやすい服装ではあるが、やはりオシャレより。
いつまでも世界中で制服を着る世界制服計画などしていられないのだ。
「私はまあデートだし」
「ねえ、俺もいるんだけど」
「女子2人は役立たずと」
「役立たずかどうかは、これからの働きぶりを見てから判断してもらおう!」
まずは鳥の使い魔を喚び出して学校に向けて放つ。
目指すは黒いドームの中心部。おそらくそこに発生源があるだろう。
それさえ叩いてしまえばこの結界も消える……かもしれない。
黒いドーム内には簡単に侵入することが出来た。
恐らく来るものは拒まないのだろう。
もちろん、出る時はどうかについては定かではない。
そのドームの中心部には古びた校舎があった。
あちこち壁面はボロボロになっており、全体的に薄汚れている。
窓ガラスから中を覗き込むが、机や椅子、照明などなどからは昭和感が漂ってきて、相当長期放置されているのが分かる。
「ドームはなんか立ち入り禁止の札とかかかってる古い校舎を中心に発生しているんだけど……」
「旧校舎ですね。俺が入学するよりもずっと前から建っていて今は倉庫としてしか使われていません。年末からずっと何か工事をやっているみたいですが」
「建物に対しての工事はやっていないみたいだけど?」
使い魔の目で視た映像を小森くんに伝える。
旧校舎の周りを一回り飛ばして外から確認してみたが、校舎の周りに三角コーンと進入禁止バーが置かれている以外は重機や工事用の機材などもない。
傍目には何もやっていないようにしか見えない。
「今から校舎の中に鳥を潜入させてみる。何か分かるかもしれない」
旧校舎の換気口を見つけたので、そこから内部へ侵入させてみる。
だが、いきなり使い魔からの連絡が途絶えた。
「ダメだな。使い魔が解除された」
「倒されたんですか?」
「いや、射程距離外に飛び出たので使い魔の効果が自動的に解除されたという感じだ。もちろんこの正門前から旧校舎までの距離は2Kmもない」
「じゃあ……」
「旧校舎の中は異空間……次元が違うので電波が届かないと考えるのが自然か」
遠隔操作では中の様子まで見せてくれはしないようだ。
直接出向く必要がある。
ただ、突入前に調べられることは調べてしまおう。
スマホで神奈川県の教育委員会のホームページと横浜市の教育のページを起動させる。
確認するのは学校に関する情報。
「県の予算案からこの学校で行われている工事予算の報告書がPDFで公開されていたのでダウンロードしてみた。この学校で年末から行われているのは『学術調査』だ」
「学術調査?」
「書類上はこの学校の地下にある遺跡の再調査ということになっている……だけどどこを掘っているんだ?」
公立高校の敷地内での話だ。
当然学校関係者や県議会、教育委員会などは把握済みのはずだ。
誰が県議会まで動かして予算を確保したのか?
何故学校関係者は敷地内で行われている謎の活動について疑問を持たないのか?
謎はいくらでも湧いてくる。
「とりあえずカーターにメールで状況報告だけはしておこう」
「電話は良いんですか?」
「架けたけど出ないんだ。多分祝日の午前中は酒を飲んで寝てるんじゃないかな」
「まあカーターさんだし仕方ないか」
この信用のなさは流石である。
「メールに気付いたら連絡くれるだろう。まずは目の前で起こっている問題を解決しよう」
2人に念のために確認を取ることにする。
この事件は自分達で直接解決する必要がある。
危険は伴うだろうし、おそらく戦闘も発生する。その上で報酬などは何もない。
それでもやるかどうかだ。
「見ての通り俺の服はデパートで買ったばかりのオサレ服だ。なるべく汚したくないし、明日はランドとシーにも行きたい。出来れば全部見なかったことにしたい」
「俺には現実問題です。逃げられませんし、それに逃げるつもりもありません」
小森くんに関しては自分の通っている学校であり、近所の出来事だけあって生活に直接関係する問題だ。
無視は出来ないだろう。
「私も困っている人がいるなら解決はしたいよ。服は汚したくないけど」
2人の意思は確認できた。
「ならば方針は、なるべく服を汚さないようスキルを駆使して捜査。よからぬ悪を一気にスピード解決」
「鞄とか荷物は置いておきたいかな?」
「手荷物は俺の学校のロッカーがあるので、そこに投げ込んどきましょう」
「それなら大丈夫だな」
3人で校門を抜けて校内へと歩みを進める。
「俺達の戦いはこれからだ!」