収穫祭の魔女   作:れいてんし

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番外編 1 九州放浪記
第一話 「カーフェリー」


 年の瀬迫る12月27日。

 

 俺こと――上戸佑(うえとたすく)と友人たち。

 

 春日優紀(かすがゆき)とエリちゃんこと赤土恵理子(あかつちえりこ)の女子3人が乗る車は予定通り、大阪港に停泊中のカーフェリーへ乗船した。

 

 到着場所はよく志布志市(しぶしし)志布志町(しぶしちょう)志布志(しぶし)で話題になるあの鹿児島県の志布志だ。

 ここから約14時間の船旅である。

 

 時間は少し長く感じるが、以前にタウンティンからパナマまで1か月かかったことを考えると比べ物にならないくらい短い。

 飯を食って適当に寝ていれば気がついたら到着だ。

 

「コンビニは寄らなくても良かったのか?」

「フェリーの食堂と売店と自販機があるからそれで我慢しろ。阪神高速の渋滞で時間を使いすぎたし」

 

 時計を見ると出港手続き締め切りの30分前だった。

 予想以上に途中の道が混んで車が動かなかったことが原因だが、そもそもスケジュールがギリギリすぎるという理由もある。

 

 車を入れた後は予約していた船室へと荷物を運んだ。

 

 その後は3人でフェリー内のレストランに向かって食事だ。予約はしてある。

 

「ここのレストランって何が出るの?」

「パンフによると瀬戸内の海鮮だな。時期的には鯛とか鰤とか。牡蠣もか?」

「どうしても船の旅というと、あのイモピザの悪夢が」

 

 エリちゃんがパンフレットの見本写真を見ながら言った。

 

 その言葉で「噛む力が鍛えられそう」以外の感想が湧いてこなかったカッピカピのイモピザの悪夢がよみがえってくる。

 

 あの世界は楽しいことも辛いことも沢山あったが、その辛いことの筆頭がイモピザ祭りだ。

 

 日本に戻ってきてから既に2か月だというのに未だにジャガイモのニョッキなどに警戒してしまうのは、概ねあのイモ製マウスピースのせいだ。

 このトラウマは当分引きずることだろう。

 

 もちろん、今回出てきた料理は瀬戸内の旬の海鮮を使用した絶品料理の数々だった。

 何を食っても美味いのは、さすがである。

 

 それほど広いレストランではないので、他の客の邪魔にならないように食事を終えた後は速やかに部屋に戻る。

 

 そういえば女子3人同室のフェリー旅もあの時以来か。

 もちろんメンツはあの時と1人違ってはいるが。

 

「それで今回、小森君は呼ばなかったのか?」

 

 優紀が食後のコーヒーを飲みながら尋ねてきた。

 

「本当はそもそも一人で行くつもりだったんだよ。旅行のつもりはなかったからな」

 

 俺は優紀へそう答えた。

 

 何故このような状況になっているのかを一から説明する必要があるだろう。

 

 異世界で命を落としたオウカ……鹿島櫻子(かしまさくらこ)さんの「魂」……遺品的なものである日本刀を彼女の実家へと帰すためだ。

 

 彼女の魂は、今は刀に宿っている……という話である。

 

 今のところ俺たちには「魂」の概念がよく理解できていない。

 ただ、うちの神さんやその眷属である魔女(ユイ)は「魂」というものを理解している。

 

 実際、破損しているとはいえ、魂だけになった魔女(ユイ)が存在しているのだし、俺たちが召喚されたあの異世界で「魂」が存在していないと成立しない現象を何度も見ている。

 これはもう信じるしかない。

 

 その魔女が「俺の中には櫻子さんの魂が入っている。家に帰してやって欲しい」と言うのだから、そうするのが良いだろう。

 

 普段から俺の脳内でうるさい消える消える詐欺の魔女と違って、櫻子さんは何も話さないので詳細はよく分からないのだが。

 

 ただし、娘が行方不明になって悲しんでいる彼女の両親へ死亡通知を届けるようなものだ。

 それなりの覚悟は必要だ。

 

 なお、俺が住んでいる兵庫県から九州の鹿児島まではかなり距離もあるため、移動だけでも時間がかかってしまう。

 

 なので、まとまった休みとして来年の盆休みを考えていたのだが、今年は会社が年末休みに入るのが若干早かったので、この機を逃すまいと、彼女の自宅がある鹿児島県指宿市への強行軍を敢行したのだ――

 

 ――敢行したのだが、鹿児島県の指宿といえば人気の温泉である。

 

 この計画と、事前に小森くんに相談したのがまずかった。

 

 俺が温泉旅行を計画しているらしい、事前に小森くんと連絡を取り合っていたらしい。

 これらが色々と誤解されて友人2人に伝わり、自分たちも連れて行けとなった結果がご覧の有様である。

 

 目的だけを済ませてすぐに帰るはずが、まるで小旅行のようになってしまった。

 

「そうは言っても、私もオウカ……鹿島さんを救えなかったのは同じだし。あの時の墓はなくなっちゃったけど、今度こそ墓にちゃんと花をそえたいし」

 

 エリちゃんにそう言われると俺は返す言葉がない。

 

 異世界で亡くなったオウカちゃんの遺体を埋葬して花を添えた。

 それを「魔女の呪い」の試射のためだけに黒い霧へと変えてしまったのは俺の失態だ。

 

 償いの意味もあるし、彼女のために出来るだけのことはしたい。

 ただの自己満足に過ぎないのかもしれないが、彼女の魂はせめて実家へ帰してやらないと俺の気が済まない。

 

「それに説明しただろ。小森くんはしばらく受験対策の勉強漬けだよ」

 

 小森くんは再来年の受験に向けて無理のない勉強プランを組んでいた。

 

 ところが、状況はクリスマスの晩に突然にかかってきた電話で一変した。

 

 まさか小森くんとエリちゃんがクリスマス離婚か?

 俺はどうしたら良いの?

 

 と焦っていたら、突然に「医学部の奨学金を勝ち取るための協力をお願いします」である。

 

 なんでも、高い医学部の学費を支払うための奨学金の受給条件に、高校3年春時点の最低限の成績の目安があるらしい。

 要するに2年の学年末テストで優秀な成績を取っておく必要があるわけだ。

 

 そのため、慌てて通販サイトで参考書や過去の大学入試問題を取り寄せて出題の傾向を分析。

 

 急遽、学習プランと冬休みの宿題を作って投げつけたのだ。

 今頃は、俺がこっそり東大理三試験で出た超難問を混入させた仮想試験の問題相手に四苦八苦していることだろう。

 

「クリスマスまでは色々これからの予定の話をしていたんだけどね。急に張り切り始めちゃって」

 

 エリちゃんも小森くんの突然の心変わりには残念に思っているようだ。

 

「でもなんで急に奨学金の話なんて」

「女だな」

 

 優紀が意味深に余計なことを言い始めた。

 

 よりにもよって現彼女のエリちゃんの前で止めろ。

 

「これは体験談だが、男が急に行動を変えるのは女の影響だ」

「待て待て待て待て、お前って語れる程に恋愛経験は豊富か?」

「今期も睡眠時間を削ってアニメを12本見ている」

 

 ダメだった。

 まるで話にならなかった。

 

 俺以外の男性と交際経験がないやつの発言は新聞紙より薄く、羽毛よりも軽い。

 しかも俺が女になってしまったので実質ゼロである。虚無を語るな。

 

「女ってたとえば」

 

 そんなダメ人間の話にエリちゃんが乗ってきた。

 何なの? なんの嫌がらせなの?

 

「通っている高校で、ついうっかり異世界チート能力を発揮してモテ始めたと見た。同じネタのアニメを見たから分かる。強くなる度に何故か主人公のアゴが尖っていくんだ」

「そうだね……私もついうっかり体育の授業でつい100メートルを5秒フラットで走っちゃって。まあストップウォッチが壊れたってことにして走り直したんだけど」

「待って、それは大丈夫なのか?」

「なんとかなったよ」

 

 コブラ並みの記録は気のせいでなるものなのか?

 

 ……いや、まあなんとかなったんだろう。

 すごいな認識阻害魔法のジャミング効果って。

 

「でも、やっぱりやるんだ、力の制御の失敗って」

「裕和も体育の授業で、知り合いのバスケ部部員からついボールを取っちゃったって言ってたよ。相手が棒立ちに見えたって」

「それって全然棒立ちじゃなかったんだろうな……」

 

 2人とも11月頭からこの2か月でしっかりやらかしたのか。

 

 別に異世界バレを禁止しているわけではないが、なるべく目立つのは避けて欲しいところだ。

 

 少しくらいなら認識阻害魔法と「ただの気のせい」で誤魔化せるだろうが、俺たちが謎の能力者ということがバレると、平穏な人生とはかけ離れたものになるだろう。

 

「ラビちゃんは何か失敗してない?」

「俺は自分の力の制御ミスについてはしてないよ」

 

 まあそこは戦士系と魔法使い系の違いはある。

 

 素の身体能力が常人離れした戦士系は意識して押さえる必要があるだろうが、魔法使い系は意図してスキルを使用しなければ常人と変わらない。

 

 俺はもちろんとして、子供たちやカーターも同じだ。

 

 タルタロスさんも戦士系だが、そこらは弁えているようだ。

 運送業で重い荷物を運ぶ機会が多いが、それが楽で助かるというくらいだ。

 

 俺の場合は2段階パワーアップをしているのと、剣の達人の技術が身に付いているので、常人よりちょっとだけ運動能力が高かったりするが、まあわきまえている。

 

「男性用公衆トイレに入ろうとしたり、男の時に履いていた靴で出かけようとして玄関でコケたりは失敗に含まれないのか?」

 

 優紀が突然に俺の恥ずかしい秘密の暴露を始めた。

 正直止めて欲しい。

 

「仕方ないだろ。こちとら、にわか女子なんだよ!」

「わざわざオーダーで作ったスーツがどう見ても中学校の制服だった事件とか」

「だって、頼んだらこれが出来たんだから仕方ないだろ!」

「待って、その服って出雲の時に着てきた制服じゃなかったの?」

 

 エリちゃんが俺の服装を見て驚きの声をあげた。

 

 俺が今着ているのは、濃紺のジャケットにスカートというフルオーダーの女性向けビジネススーツである。

 

 一見すると中学校の制服に見えるかもしれないだろうが、これは老舗洋服店にオーダーメイドで仕立ててもらった正真正銘のビジネススーツだ。

 

 男だった時に着ていたスーツは全てサイズが合わなくなったので、仕方なく「ピッタリのスーツ」を注文したのだが、完成したのは何故かコレである。

 

 どうやら「ピッタリ」という言葉が、オーダーから完成までの間に伝言ゲームを起こしてこうなってしまったらしい。

 

 物自体は老舗の達人(マイスター)の仕立てだけあって、生地や縫製、着心地、着た時のスタイルの崩れの少なさなど完璧なのだ。

 ケチのつけようがない。

 

 なのにデザインが……デザインだけが……。

 

「他のスーツはないの?」

「オーダーでこれと同じのを着替えも含めて3着作ったから、多分5年くらいはこの服を着ると思う……」

「だからそこらの量販店で吊るしのスーツを買えと……」

「量販店のスーツは身長に合わせたら、それこそ大きめの制服を着せられた中学生みたいだったんだよ!」

 

 お前達には分かるまい。

 そのうち大きくなるからという雑な感覚で、ブカブカの制服を親に着せられ、入学式に送り込まれた哀れな新入生が姿見に映っていた時の衝撃を。

 

「まあそういうわけで、俺は今のところ大きなミスはしていない」

「うん……頑張って強く生きて……」

 

 エリちゃんから同情するような声が飛んだ。

 

 そうだな……俺は生きるぞ、この残酷で厳しい世界で。

 

「でも、小森君が異世界チートバレしてるとなると、やっぱりどこかで女子とフラグを立てていると思うんだ」

 

 優紀はそう言うとスマホで小森くんが通う高校のホームページや公式SNSを調べ始めた。

 すぐに高校の公式ブログが見つかった。

 バスケやらアメフトやら、スポーツの県大会で健闘した選手達へのインタビューが掲載されているようだ。

 

「この木島って前に言っていた裕和の友達じゃない?」

 

 どれどれと覗き込むと、バスケ部の県大会ベスト8入りという何とも微妙な成績を出した男子生徒が新聞部からのインタビューを受けていた。

 

 いや、神奈川は人口が多いし、バスケはスラムダンクとか有名だし、それらの競合と戦ってのベスト8入りならそれなりの成績なのか?

 知らんけど。

 

 そこには夏に引退した3年生からキャプテンを引き継いだ、2年の木島とやらが代表してコメントをしている。

 

「そういや出雲に行った時には木島という友人にアリバイ作りに協力してもらったとか言っていたな。そいつからボールを取ったのか」

「県大会ベスト8のキャプテンを素人がねじ伏せるのはさすがに悪目立ちするんじゃないかな」

 

 趣味でバスケをやっている平部員ではなくキャプテンだ。

 しかも友人であり、それをねじ伏せたとなると想定している以上にややこしい事態になる。

 友人関係が微妙なことになっていないと良いのだが。

 

「後で面倒な問題にならなきゃいいけど」

「そうだね。かなり面倒な問題が起こっていそうだ」

 

 優紀はそう言うとバスケ部の木島君ではなく、手前にいた新聞部の腕章を付けた少女を指して言った。

 

「このポニテの子はキャプテンと付き合っていたけど、突然現れた謎の異世界チートキャラに惚れてヒロイン化するんだ。アニメで見たから知ってる」

 

 見ているところが俺たちと全然違う上に言ってることが酷すぎた。

 木島君にも新聞部の娘に対しても失礼すぎる。

 

「小森くんが変わったのは例のビデオレターに影響されてだぞ」

 

 俺は2人に小森くんから聞いた事情を伝えた。

 

 こういう話は本人の承諾が必要な気もするが、話がどんどん明後日の方向に行っているので、その軌道修正のためには仕方がない。

 

「医学部受験にどこまで取り組むべきか悩んでいたところ、あのビデオレターを見て火が付いたんだ。みんな向こうで頑張って生きてるのに、自分は甘い考えでいいのかって」

「あのビデオレターは私も見たけど、そう思う気持ちは分かる。私も頑張らないとダメだなって思ったくらいだし」

 

 エリちゃんもしみじみと答えた。

 

 あのビデオレターはエリちゃんにも少なからず良い影響を与えたようだ。

 確かにあの激励を見ると、俺ですら頑張らないとという気持ちが湧き上がって来るくらいだ。

 

「小森君は真面目だね。さすがは佑の推しの子だけのことはある」

「推しの子言うな」

「でも、青春を投げ捨てて年末年始まで勉強漬けとか、その選択は絶対に勧めないぞ」

 

 優紀の言葉には重い実感がこもっていた。

 

 自身も勉強一筋の毎日で、高校での青春を棒に振った苦い過去があるからだろう。

 

「私は佑からの又聞きでしか小森君について知らないが、年末年始を捨てて勉強しないとダメなくらい成績は足りないのか?」

「英語がねぇ」

 

 俺は目をつむり、額に指を当てた。

 

 英語以外の科目については俺が得点を取るためのテクニックを教えたら、すぐにモノにしてくれた。

 だが、英語や歴史のような、ひたすら覚える科目については、今まであまり勉強していなかった地力の低さが弱点として浮き上がって来ている。

 

 共通テストの過去問をいくつか解かせてみたが、英語だけはハードルをクリアできない。

 

 コツを覚えれば解ける数学や物理と違って、これだけは小手先の点数を取るためのテクニックではどうにもならない。

 時間をかけて積み重ねてもらうしかない。

 

「絶望的にダメってわけじゃないんだ。ゴールテープは見えていて、あと一息で手が届くってところだからモチベーションが一番高まっている今の状況に水を差したくはない」

「なら仕方がないか。それは一番学力が伸びる時期だ。私にも経験がある」

 

 まあそういう話だ。

 

 なので小森くんにはしばらくは死ぬ気で頑張って学年末テストで成果を上げてもらう。

 

 奨学金が取れたら、次は受験対策だ。

 大学入試模試でB判定が出たら、あとはそれを維持し続けることが出来れば合格には到れるだろう。

 夏休みにはどこかの予備校の夏期講習に投げ込むのも良いかもしれない。

 

 医師免許さえ取ってしまえば、あとは回復能力(ヒール)という反則技があるので、現場で困ることは一切ないはずだ。

 

「というわけだ。だから、小森くんは今回の旅には来ない。連絡も勉強の邪魔になるから一切取らない。OK?」

「OK!」

 

 優紀もエリちゃんも納得してくれたようだ。

 

「それはそれとして、幼なじみのアヤちゃんとやらの存在はチェックしておこう。やっぱりこの新聞部の子か」

「こっちの茶道部の子かもしれない」

《僕はエリちゃんと同じ意見だ。新聞部のこの子だと予想する》

 

 女子どもがやっていることがあまりに酷い。

 

「男は分からんよ。いつどこで浮気をしているか分からない」

 

 全然納得していないかもしれない。

 

「いつ誰が浮気をしたんだよ」

「結依ちゃんとかいう女子高校生を小森君から寝取った上に合体とか。この未成年淫行の浮気者め」

「待て、結依さんは実質俺と同一人物なんだけど、それは未成年淫行なのか? 浮気に含まれるのか?」

 

 そこら辺どうなんですか魔女さん?

 

 心の中に問いかけると魔女からの指摘がすぐに返ってきたが、それに対しての不服はなかった。

 大方その通りであると認識していた。

 

「申し訳ございません。浮気で淫行でした。自分自身とはいえ未成年女子に対して合体という許されざる行為をいたしました」

「分かればよろしい」

 

 辛い。

 何故友人たちの前でこのような羞恥プレイをさせられるのか。

 

 船はそうやっている間も九州へ進み続ける。

 明日には鹿島さんとの両親と会う約束をしている。

 

 シミュレーションはしたが、そううまくいくのだろうか?

 俺には子を失った親の気持ちなど分からない。

 それでも行くしかない。

 

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