フェリーは予定通り志布志港に到着した。
そこから
「それでこれからどうするんだ?」
「既に鹿島さんの両親にはメールで連絡済みだよ。娘が行方不明になったとSNSに調査依頼を載せていたので実家の場所はすぐに見つかった」
俺はSNSとメール文面を印刷した紙を挟んだクリアファイルを取り出した。
「軽くは事情を説明してはいるが、櫻子さんの両親に直接会って話す必要がある。そして遺品……とも言うべき刀を渡す。長丁場になりそうなので、旅行気分なら現地に着いた時点で別行動してもらう」
そう言うと2人の友人に両側からほっぺたをつままれた。
「ふぇい」
「佑、そういうとこだぞ。なんでも1人で抱え込もうとするのがお前のダメなところだ」
「そうそうラビちゃん。私も当事者なんだから、1人で責任を感じなくていいんだよ」
「ふぁい」
「分からない」
「ふぁいふぁかりました。ふぁたしがふぁるぅごじゃいました」
「何言ってんだか分からない」
本当にこの2人の友人相手だとやりにくい。
特に優紀の方とは数年来の付き合いだ。
俺の性格も行動パターンも全て読まれており、先回りして対応してくるのが辛い。
「恵理ちゃんもこいつの奇行には困らされただろう。遅いだろうけど私から謝っておくよ」
「いえいえ、ラビちゃんには色々助けられたので」
俺の知らないところで友人同士2人が友情を育んでいた。
さすがの俺も、この2人のユウジョウパワーには勝てそうにない。
「分かりました。1人で無理な時は仲間に頼ることにします」
「ヨシ! 男に二言はないな」
「女ですけど」
「10月まで男だったやつが何を言ってるんだ。都合良く男と女を使い分けるな」
本当にやりにくい。
俺の得意パターンである勢いで相手を煙に巻く戦法が完全に読まれており一切通用しない。
いや、誤魔化すことがもうダメなのか。
「ご両親はきっと娘さんが無事に帰ってくるはずだと希望を持ち続けてる。そんな状況で、知らない人間が突然訃報を告げに来ても信用などするはずがない」
「それは分かっている。それでも伝える必要がある」
「なら、私も付き合おう。1人だけならイタズラだと思われるかもしれないが、何人かいれば状況は少しは変わるはずだ」
優紀がまた俺のほっぺたを引っ張りながら言った。
「ラビちゃんだけに背負わせない。私もオウカさんを弔えたんだから、最後まで一緒に」
エリちゃんも真摯に協力を申し出てくれた。
「分かった。2人に協力してもらいたい。本当に……ありがとう」
俺が謝辞を告げると、2人は力強く頷いた。
◆ ◆ ◆
「嘘をつくな!」
両手を強く握りしめ、全身を震わせている。
この反応について予想はしていた。
両親の前で青白く光る粒子で構成された鳥の使い魔を喚び出したり、箒で空を飛び回ったりした。
エリちゃんが庭で10メートル垂直ジャンプで能力を披露したことで、俺とエリちゃんが異世界帰りというところ「まで」は認めてくれた。
それでも櫻子さんの死については受け入れてくれない。
仕方ない。
突然やって来た得体の知れない連中が、遺体もなしに娘さんが亡くなったなどと唐突に告げてきたのだ。
信用しろと言うのは無理だし、バカにしていると思っても仕方がない。
認められるわけなどない。
「よくもうちの娘が死んだなんて言えたな……失礼なことを!」
怒声とともに、櫻子さんの父親が椅子を蹴るようにして立ち上がった。
「お前たちの話に、何の証拠がある!?」
「申し訳ありません。私にとっても、これは辛いことです。でも、これが事実なんです」
「事実だと……!?」
父親の顔が怒りに歪み、次の瞬間、俺の胸ぐらを掴んで引き上げた。
「仮に、お前たちの話が全部本当だったとしよう。……それでもだ! 何故お前たちだけが無事に戻ってこられた!?」
目の前にあるのは、絶望と怒りに塗れた男の顔だった。
今の俺なら、この腕を振りほどくのは簡単だ。
皮肉なことに、それが出来るのは――櫻子さん……オウカちゃんから受け継いだ侍の能力のおかげだ。
だが、そんなことをしても何の意味もない。
抵抗することが、この人の痛みを、和らげることになるのか?
絶対に違う。
「私たちが発見した時点で、彼女はすでに亡くなっていました。どうすることも……できなかったんです」
言った瞬間、視界が揺れた。
頬に鋭い衝撃。
殴られたのだと気づいた時、エリちゃんが立ち上がったが、俺は右手を軽く上げ、制止する。
ダメージ自体はない。
ランクアップと限界超越。
二度のパワーアップが地球人類には有り得ない耐久性を与えているからだろう。
むしろ、拳を握りしめたまま震えるこの人の方が、肉体的にも……そして精神的にもずっと傷ついている。
無抵抗で拳を受け続けているうちに、父親は手を止めて、膝から崩れ落ちるように座り込んだ。
「なんで……なんで櫻子だけが……」
母親は父親の背中に手を置き、その泣き声だけが室内で音を立てていた。
櫻子さんのご両親もある程度察しはついていたのだろう。
彼女が既に亡くなっていることに。
だけど、その事実は認められない。
「櫻子さんだけではありません。日本全国で45人が未帰還です」
「45人だけではありません。この5年ほど、毎年100名近くが異世界へ召喚されてそのまま未帰還になっております」
優紀が俺の説明を補完してくれた。
「5年ほどなら既に500人がいなくなっているはずだが、そのうち帰還したのは?」
「8人」
俺、小森くん、エリちゃん、カーター、レルム君、ドロシーちゃん、タルタロスさん。
それに中村を加えた8人だけだ。
ちょっとコンビニに行く感覚で往復する伊原さんを除けば日本へ帰ることができたのはそれだけしかいない。
しかも俺とカーターは50人の召喚者とは別枠だ。
レルム君たちは現地で本人は命を落としており、日本に帰還したのはコピーだ。
中村は向こうに戻って処刑された。
純粋な意味で、日本に帰って来られたのは小森くんとエリちゃんの2人だけだ。
自分の意思で現地に残った人も一応いるが、櫻子さんのように無念のまま命を落とした人も大勢いる。
10分ほど無言の時が過ぎた。
さすがに怒りを維持し続けることは難しいようで、部屋の空気が少しずつ変わっていくのを感じた。
「すみません……手を上げてしまって」
父親が疲れ切った声で言った。
これに対して「気持ちは分かる」などと安易に答えることは口が裂けても言えない。
俺には子供がいないし、家族が命を落としたわけでもない。
本当の親の気持ちなど分からないからだ。
ただ、俺にできるのは、起こった事実をありのまま伝えるのみだ。
そこに余計な装飾を加える必要はない。
あとは遺品を渡せば俺のミッションとしては完了だ。
「これが日本へ持ち帰ることが出来た唯一の彼女の遺品です」
俺は一振りの日本刀を差し出した。
限界超越時点で急に生えてきた日本刀なので厳密には遺品とは少し違うのだが、彼女の魂が具現化したものである。
実質は彼女本人と言っても良いだろう。
「文字通りこれには彼女の魂が入っています。大切にしてあげてください」
これ以上の言葉に意味はない。
俺にはこの両親の悲しみを和らげることはできない。
父親は無表情のままその刀を受け取った。
まだ櫻子さんの死には納得はしていないが、俺たちの気持ちくらいは受け取ろうという雰囲気だった。
その時、特に何も大きな動きなどしていないというのに、刀の鍔がひとりでにキンと鳴った。
それと同時に櫻子さんの両親は突然に顔をしわくちゃにして、大粒の涙をこぼし、声を出して号泣を始めた。
傍から見ていると何が起こったのかは分からない。
ただ、鍔鳴りがしたあたりで急に身体も軽くなった気がするので、感覚として理解できた。
彼女の魂は俺から抜け出して、刀と一緒に父親のところに移動した。
元の身体はなくなってしまったが、それでも魂だけは長い旅を終えてようやく自分の家へ帰ることが出来たのだと。
そして、この両親も俺と同じように娘の魂が帰ってきたことが、理屈ではなく心で理解できたのだと。
ようやく肩の荷が下りた。
実際、今まで3人で1つの身体を動かしていたところ、2人になった分だけ軽くなったのかもしれない。
櫻子さん。今まで協力してくれてありがとう。
通じるかは分からないが、心の中で呼び掛けた。
「ありがとう……本当にありがとう」
最初に訪れた時の不愛想な態度とは打って変わって謝辞を伝えられた。
やはり、そのうち結依の実家にも行くべきだろう。
彼女の場合は実質転生みたいなもので、かつ俺と完全に一体化しているので分離させて実家へ帰すということはできない。
それでも、家族の顔や生まれ育った懐かしい景色を見るくらいは許されるだろう。
《いやいいよ》
遠慮するな。
この鹿島家でやるべきことは全て終えた。
「それではこれにて失礼いたします」
俺に続いて優紀とエリちゃんが立ち上がると、父親から呼び止められた。
「あの、もしかして異世界が実在するということは、高千穂の先生の話は本当だったのでしょうか?」
「えっ?」
俺は突然脈絡のない話をされたので振り返った。
「すみません、その高千穂の先生とは何者ですか?」
本当に誰の話なのかさっぱり分からないので父親に尋ねた。
「あなた達のような異能力を持った先生に娘の居場所について聞きにいったことがあります」
「異能力?」
父親は神妙な顔をして「異能力」と言った。
九州に知り合いはいないはずだ。
それに、この両親が仲間の誰かのところへ相談に来たならば、俺たちの中で既にその情報が共有されているはずだ。
魔法もスキルもダンジョンも存在しない科学世界の日本で……異能力?
似非霊能力者の騙りである可能性は高いだろうが、一応は半信半疑で話を聞くことにした。
「それで、その高千穂の先生は何だと?」
「それが、娘は……なんだったか、カタカナが並ぶ名前」
「待ってください、メモしてるので」
母親がそう言うとスマホを取り出して何やら操作を始めた。
どうやらアプリに保存したメモをチェックしているようだ。
「娘はタウンティン・スウユという場所の地母神の遺跡にいると。何のことかは意味不明だったので帰ってきたのですが」
「タウンティン……」
「地母神の遺跡……」
それを聞いて俺とエリちゃんは目を見開いた。
似非霊能力者が何かの偶然で「異世界」というワードを言い当てたとしても、そこに古代インカ帝国の正式名称を絡めようとは思わないだろう。
それに加えて俺たちが最初に投げ込まれた「地母神の遺跡」である。
俺たちくらいしか知らない名称をピタリと言い当てている。
偶然で出てくるワードにしては一致度が高すぎる。
「もしかして、先生とあなたたちは、その異世界とやらで仲間だったのでしょうか? 8人の帰還者のうちの誰かとか?」
「念のために、その先生とやらの名前を聞かせていただけないでしょうか?」
俺は父親に尋ねた。
「知り合いから紹介されたのですが、八千代……とだけしか分かりません」
「八千代……」
◆ ◆ ◆
鹿島さんの家を出て車に戻った俺は鞄からタブレットと社給のスマホを取り出した。
仕事以外には使うなとは言われているが普通の検索くらいならば問題ないだろう。
社給スマホと個人用スマホを合わせた3台のモバイル端末を鳥に咥えさせて空中で保持。
別の鳥にタッチさせることで、並行作業での高速情報収集を始めた。
もちろん調べるのは「八千代」を名乗る高千穂の霊能力者の件だ。
「悪いな優紀。指宿温泉はお預けだ」
「それはちょっと残念だけど、2人とも急にどうしたんだ? まさか異世界絡みか?」
「タウンティンの地母神の遺跡ってのは俺たちが異世界に呼ばれて最初に投げ込まれた場所だ。実際にオウカちゃん……鹿島櫻子さんが亡くなった場所でもあるんだ」
俺は優紀に簡単に状況を説明した。
俺とエリちゃんにとっては人生のターニングポイントの場所だ。
忘れられるはずもない。
そして、その名称をピッタリと当てたその八千代先生とやらが何者なのかが気になる。
インカの正式名称に加えて地母神の遺跡という組み合わせは偶然や勘だけではまず出てこない。
明らかに何かを知っているとしか思えない。
異世界帰りなのか、それとも超能力的なものなのかは現時点では不明だ。
「佑たちの仲間である可能性があるのか?」
「前の世代……伊原さんたちの仲間50人は全て所在が分かっているので、あるとしたら1年以上前に喚ばれた召喚者か、俺たちとは別ルートで帰還した同期である可能性がある」
同期だとすると、考えられるのは第3チームだ。
他のチームについては、ある程度居場所の見当がついているのに、この第3チームだけが全く足跡を残していない。
ショップという機能を独自で見つけていたという未確認情報だけはあるが、それだけだ。
「昔から日本にいる能力者の可能性は?」
「それも含めて調査だ。もし俺たちの同期か先輩ならば、一度会って話を聞いてみたり、困っていることがあれば、お互い助け合えたらと思う」
「それはまた今後でいいんじゃないか?」
「とは言え九州は遠いからな。こういう機会でないと、いつ来られるか分からないし」
俺たちと同じ異世界帰りかその関係者ならば一度話をしておいた方が良いと思う。
同じ境遇の仲間ならば通じ合えるものがあるかもしれない。
無関係の野生の能力者ならば、まあそれはそれ。
それも縁のうちだ。
回り回って、将来的に何か良いことに繋がるかもしれない。
八千代なる人物はネット上でもほぼ無名で情報はなかなか出てこなかったが、それでもしばらく検索して、ようやく尻尾を掴むことが出来た。
やはりSNSによる口コミは偉大だ。
「やたら的中率が高い占いをする霊能力者だ。宗教法人ではない。完全に口コミで噂が広がっているのみなので、ネット上にはほぼ情報が上がっていない。ネット上で最初に名前が出たのは2年前。知名度が低いので心霊系Youtuberなんかの食いつきは悪い」
それらの情報により、どこに行けば良いのか、どうやって連絡を取れば良いのかは分かった。
宮崎県の山の中だ。
高千穂でも観光地からは少し離れた場所だ。
県道からずれて、かなり細い林道を登っていった先にその邸宅があるようだ。
公式ホームページらしいものを発見したので、そこに記載されていたメールアドレスに対してメールを送信しておくことにする。
果たして、これは鬼が出るか蛇が出るか。
それは行ってみてのお楽しみだ。
「宮崎の山中というとマウンテンバイクの話を思い出すな」
八千代の住んでいるという場所の地図を見ていると、何となく古いネット怪談を思い出した。
「何そのマウンテンバイクって?」
「昔にネット掲示板のオカルト板で話題になった話だよ。マウンテンバイクで山道を走っていたスレ主が宮崎県の山中で着物が散らばった集落を見つける。そこの集落の奥には世捨て人のような人たちが住んでいて怖かったというだけの話。その話を参考に色々盛って作られたのが
単体だとオチも弱く、他のネット発の怪談……「区らしきの蓋」などに比べればインパクトもないが、不思議と妙なリアリティだけはある話だ。
「久々に聞いたなその名前……私もオチはよく知らないんだけど」
「オチもなく本当にそれだけ。住民にいたずらで来るなと怒られたという常識的な対応をされ、スレの住民たちも確かにその通りだとクールダウンして終わり。心霊や怪奇現象が起こったわけでもないだけに、逆に作り話感がないという」
「でも、それの何か怖いの? 山の中に人が住んでいただけなんでしょ。よくある話じゃない?」
エリちゃんもまた一発で台無しにした。
気持ちは分かる。
エリちゃんの自宅は岡山の山間部で親戚は四国在住。
山間部に集落があるのは当然の環境で過ごしてきたので、山奥に民家や集落があるのは日常の風景だ。
だからどうしたという感想しか出てこないだろう。
実際、俺も大学時代にはあちこちを旅行していたので、日本の山地部には意外と大きな集落があちこちにあるというのは知っている。
林業が盛んだった時代の名残なので、そこに何の不思議もない。
「まあ、そういう都市伝説があったというだけだよ」
「普通の能力者が住んでいるだけならば、さすがに都市伝説は関係ないだろう」
「だから思い出しただけだよ。俺も関係ないことを祈る」
何にせよ行ってみないことには始まらない。
地図で経路情報を調べると、本日中に高千穂までたどり着くのは無理そうだ。
到着は明日の昼くらいになるだろう。