収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第12話 「番犬」

 約束していた時間……22時が近付いてきた。

 両親に気付かれないようにこっそり自宅を抜け出して綾乃と一緒に学校の裏手の空き地で待つ。

 

 うちの学校は半分山にめりこんだような形で立っているので街の灯りはほぼ入ってくることはなく、光といえば街灯と月明かりだけだ。

 しばらく待つと、自転車に乗った友瀬さんと小森君がやってきた。

 5分前行動を徹底しているあたり、2人も真面目だ。

 

 友瀬さんは動きやすい服装と説明したからか学校の体育の授業で使うジャージを着ていた。

 

 小森君の方はというと、茶色の色のポンチョに無地のシャツとロングパンツ。

 

 見た目は地味だけど、かなり丈夫そうではある。

 何かのアウトドアブランドだろうか?

 

 手には例の伸び縮みする槍だ。

 今は金属製のバトンくらいの長さだが、戦闘時にはかなり長い槍になるはずだ。

 

 僕と綾乃はアウトドア用のジャケットとジャージ。

 これらは新聞部の活動で屋外に出ることもあり、近くのホームセンターで安く買ったものだ。

 

 主に近所の登山用なので、ダンジョンという未知の探検にどこまで使えるかは未知数なところがあるが、まあ、ぶっつけ本番でやってみよう。

 

「動きやすい服装はみんなクリアね。ライトの方は?」

「私は自転車に付けてるやつを使います」

 

 友瀬さんは自転車に付けている懐中電灯を取り外した。

 ペンライトであまり明るくはないが、ないよりはマシだろう。

 

 自転車は流石に学校の駐輪場ではなくてこの場に路駐していくようだ。

 

 夜間で人気のない場所なので窃盗や駐車違反で持っていかれるということもないだろう。

 

「俺は夜釣り用に買ったのを持って来た」

 

 小森君が頭に巻くタイプのライトとLEDの懐中電灯、キャンプ用のランタンを鞄の中から取り出して見せてくれた。

 

「異世界だとオイルトーチを使ってたんだけど、かなり暗かったので、明るい照明を使えるのは助かるよ」

「小森は夜釣りなんてするの?」

「週末に会う予定の片倉さんがいるだろ。あの人に連れて行ってもらったことがあるんだ。矢上君も一緒にどうだ?」

「釣りの用具って高かったりしない?」

「入門用の980円の竿と100均の釣り針でも十分楽しめるよ。5cmくらいの豆アジがたくさん釣れる」

「5cmって小さくない?」

 

 横で聞いていた綾乃が親指と人差し指でCの字を作って見せた。

 

「もっと大物は狙わないの?」

「入門用の釣竿じゃあな……やっぱり高性能の竿とリールが欲しい」

「買えばいいじゃない」

 

 それを聞いた小森君は無言で親指と人指し指とくっ付けて0の字を作った。

 綾乃への意趣返しだろう。

 要するにお金などないと言っている。

 

「こんな庶民的な異世界帰りって初めて見た」

「まるで異世界帰りを頻繁に見ているような」

「深夜にアニメをやってるでしょ。真剣には見てないけど学校新聞の編集をしている時はBGM替わりに流してるから何となく知ってる。強くなる度にアゴが尖っていくやつとか」

 

 そんな雑談をしている間にスマホの時計を見ると22時……決行の時間になった。

 

「じゃあ私はダンジョン攻略には参加しないけど、旧校舎までの案内はさせてもらうから」

 

 戦闘能力がない綾乃は旧校舎入口までの案内となっている。

 流石に無茶はさせられない。

 これについては綾乃も納得済だ。

 

「柿原、危ないと思ったら途中で帰ってもいいぞ。途中まで案内してくれたらそれで大丈夫だから」

「大丈夫。旧校舎の入口までならちゃんと送り届けるわよ」

「本当に無理しないでね、綾乃」

 

 念には念を入れておく。

 もちろん変な敵が攻めてきたならば全力で護るつもりだ。

 それは小森君も同じだろう。

 

「じゃあまずは学校へ侵入するわ。私に付いてきて」

 

 綾乃は学校とは反対側の道の脇にあるフェンスで囲まれた空き地を小さく指を差した。

 フェンスには「キケン」「関係者以外立入禁止」と赤字で書かれた警告が書かれたプレートが貼り付けられており、簡易的な扉は鎖と南京錠でしっかりと施錠されていた。

 

 中には何枚かのトタン板を組み合わせて作ったような簡易的な小屋が見える。

 

「そんなところに何が?」

「用水路。そこの道路や学校の地下は暗渠になっていて、ここを通れば体育館のすぐ脇まで出られるの」

 

 綾乃がダイヤル式の南京錠を手際よく回すと、カチリと小気味よい音を立てて錠が外れ、扉が開いた。

 

 小屋のトタン板をずらすと、中には地下へと下っていく小さい階段が隠されていた。

 

 階段を降りきったところには細い川が流れており、学校側にある排水管から反対方向の排水管へと流れている。

 学校側へ伸びる排水管には幅もあり、足元も比較的しっかりしているメンテナンス用らしき通路がある。

 

「閉所恐怖症とか暗所恐怖症の人はいない? いないわね。じゃあ、ついてきて!」

 

 誰の返事を待つこともなく、綾乃は当然のように先頭に立ち、学校側へ続く排水管へと足を踏み入れた。

 

「おい柿原。1人じゃ危ないぞ」

「大丈夫。何度か通っているし平気平気」

「学校内に変な虫やヘドロみたいな奴が溢れてるって忘れてるだろ。すぐ行くから待ってろ。先頭は俺に任せておけ」

「私が先頭だってば!」

「俺が先頭の方が良いって言ってるだろ」

 

 小森君が慌てて綾乃を追いかけていった。

 暗くて分からないが、どうやら排水管の中で2人が言い合いをしながら先頭を取り合って進んでいるようだった。

 

「もう仕方ないな、綾乃は」

 

 僕も小森君に続いて排水管へ向かおうとしたところ、服の裾を友瀬さんに捕まれた。

 

「せ、先輩……置いていかないでください」

「友瀬さん、暗いところは大丈夫って」

「そ、そんなわけないですよ。こんな暗いところに1人にしないでくださいって」

 

 友瀬さんが本当に泣きそうな顔になっていた。

 

 流石に友瀬さん1人を置いてはいけない。

 僕は意を決して友瀬さんの手を取って排水管へ向かって歩き始めた。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 排水管を抜けると綾乃が言う通り、そこは体育館の裏側だった。

 前からフェンスに囲まれた地帯があるのは知っていたが、この用水路の存在は知らなかった。

 

 よくもまあこんな通路が有ったものだ。

 更衣室、部室棟、植木に隠れるようにして旧校舎横へと移動する。

 

「やっぱり真正面からは行かないほうが良いんだよね」

「当然。正面玄関は本校舎からも丸見えだし警備員の巡回ルートにも入ってる。だから、旧校舎横の非常階段を3階まで上る。鉄の階段だから無茶苦茶足音が響くので気を付けて」

 

 綾乃はたった今自分で言ったばかりの発言をもう忘れたのか、カンカンとタップを踏むように足音を響かせながら階段を駆け上がっていった。

 静かにした方が良いのか、それとも音は気にしなくて良いのか少し悩む。

 

「柿原はなんというか凄いな。矢上君はこんな感じで面倒を見ていたのか」

「大変だったよ。昔からずっとこんな感じで暴走するから」

「それは分かる。ラビさんもだいたいこんな感じだよ。手のかかる妹って感じで」

「ラビさんって?」

「上戸さんのことだよ。異世界だとずっとその名前で呼んでいたから未だに出るんだ」

 

 僕と小森君はなるべく音を立てないように慎重に上がることにした。

 しばらく上がると、3階の踊り場で綾乃が腕組みして仁王立ちで待っていた。

 

「ここも鍵がかかっているんだろう。どうやって中に入るんだ?」

「実は鍵なんてかかっていない」

 

 綾乃がノブを回しながら体重を込めて後ろに引くと、外開きのドアが軋みながらゆっくりと開いた。

 

「どうもかなり前からドアノブが壊れていて鍵がかからないみたい。まあドアが歪んでるのか錆びてるのか、動きが悪いからみんな鍵がかかっていると思い込むみたいなんだけど」

「俺が開けるよ。柿原よりは力があるし」

 

 綾乃に代わって小森君がドアを開け始めた。

 完全に開いたので、小森君、僕、友瀬さんの順番で入っていく。

 

「じゃあ私の案内はここまでね。ここからは危険なんでしょ」

 

 綾乃が旧校舎内に入った僕達に手を振りながら言った。

 

「助かったよ綾乃」

「後のことは任せろ。柿原も気を付けて帰れよ。学校の敷地内はまだ変な虫がウロウロしてるみたいだから」

「分かってるって。じゃあドアを閉めるね。帰る時は戸締まりを忘れないで」

 

 綾乃がドアを閉めようとノブに手をやり、体重をかけて押し込もうとした刹那……何か黒い影が視界の隅に映った。

 

 直感で判断した。

 何かが綾乃の後方に出現して攻撃を加えようとしていると。

 

 すぐに対処しなければ綾乃が危ない。

 

 僕とほぼ同時に小森君も動き始めた。

 

「矢上君!」

 

 小森君が綾乃の方へ走りながらポケットからオイルライターを僕に投げて寄越した。

 

 僕はそれを空中でキャッチして左腕にフリントダイヤルを擦りつけて回し、勢い良く点火する。

 ライターから噴き出した炎の筋は右手の動きに合わせて横一文字に走り、その炎が収束し、そこからカボチャ頭の怪人が現れた。

 

 自分でも分かる。過去最高タイムでの高速召喚だ。

 

「ジャック・オー・ランタン!」

 

 カボチャ頭の怪人は僕の命令を受けて前方へ跳躍。

 黒い影が綾乃に向けて放った攻撃を受け止めて防いだ。

 

 攻撃を仕掛けてきたのは尖った鼻と頭頂部に立った耳を持った、全身が灰色の毛で覆われた犬頭の怪人だった。

 

 首元には「古代エジプト」と聞けばすぐに連想されるようなビーズの首飾り……ウェスクが飾られている。

 両手首には金色の腕輪。細かい刺繍が施された腰布など、エジプトの壁画に登場する神の姿にそっくりだ。

 

 右手には先に突起の付いた長い棒を持っており、カボチャ頭がすかさずカバーに入らなければ、その一撃は綾乃の後頭部に直撃していただろう。

 

「柿原はこっちだ!」

 

 カボチャ頭が攻撃を止めている間に小森君が綾乃の手を取って校舎内へ引き寄せた。

 そのまま腕を回して抱きとめるようにして綾乃のカバーに立った。

 

「無事か?」

「あ……わ……私は大丈夫だけど……」

 

 流石の綾乃も一瞬の間に起こった様々な事象に思考が追いつかないようだ。

 ただ、怪我なく救出出来たことが何よりだ。

 

「先輩、こっちにもライターを! 私もサポートします」

「やっぱり1つじゃ足りないよ。もう1つ買おう!」

 

 僕は友瀬さんに点火したままのライターを投げて渡した。

 友瀬さんはライターをキャッチしつつ蓋を閉じて一度消火。更に再点火。

 

 元々特殊能力などない既製品のライターなので当然だが、点火と消火は人が変われば別カウントらしくて、僕が喚び出したカボチャ頭の使い魔が消えることはなかった。

 

「アルゴス!」

 

 友瀬さんの召喚に応じて赤い孔雀が出現した。

 普段の文鳥サイズではなく2mほどのサイズで友瀬さんのすぐ背後に尾羽を広げた状態で浮遊している。

 

 同時に友瀬さんの頭の上にパラボラアンテナのような物体とコンソールが複数出現。

 コンソール上には高速で様々な情報が表示された。

 

「分析完了。名前はウプウアウト。使い魔。能力はハンマーと弓矢みたいです」

「ウプウアウトって……何? アヌビスなら知ってるけど」

「エジプト神話の犬頭の神だ。なんかのゲームで見た」

「ようするに、こいつは番犬代わりってわけだ!」

 

 カボチャ頭に追加で命令を出して何とか犬頭の攻撃を押し返そうとするが、パワー負けしているのか、カボチャ頭はジリジリと押されてきている。

 速度はこちらの方が上だが、純粋なパワー勝負では細身のカボチャ頭では分が悪いようだ。

 

「矢上君、一瞬相手と距離を開けられるか?」

「なんとかやってみる。ジャッコ! ローキックだ!」

 

 足の踏ん張りを一時捨てることになるが仕方ない。

 カボチャ頭が身体を捻って相手の脛目掛けて鋭い蹴りを放った。

 

 両手に神経を集中していた犬頭にとっては予想外の一撃だったのだろう。

 大したダメージではなかったようだが、余程油断が有ったのか、犬頭が怯んでカボチャ頭と僅かだが距離が開いた。

 

「プロテクション!」

 

 その僅かに空いた空間に突如として青白く光る粒子で構成された壁が出現した。

 

 壁に押し退けられてカボチャ頭と犬頭は共に後方へ弾き飛ばされた。

 ただ、カボチャ頭は校舎の内側。犬頭はドアの向こう側、校舎の外側だ。

 

「綾乃は今のうちに奥へ!」

「その前にこれを羽織るんだ」

 

 小森君が着ていたポンチョを脱いで綾乃に手渡した。

 

「これは何? 防具なの?」

「限界超越……俺がパワーアップしてきた時に出てきた装備品だ。ライフル銃の直撃くらいなら余裕で弾き返す」

「こんな普通の布がそんなに!?」

「いいから早く!」

 

 綾乃はとまどいながらもポンチョを羽織って友瀬さんと一緒に後方へ下がった。

 

 犬頭の方は、小森君が出現させた光る壁を破ろうと手に持った鈍器で殴打を続けていたが、壁は全く破損する気配もない。

 

「今から壁を解除させる。トドメは矢上君に任せていいか?」

「もちろん」

「1、2、3で合わせるぞ。ジャストタイミングで攻撃を頼む」

 

 僕は頷いた。

 

「1、2、3!」

「アサルトラッシュ!」

 

 犬頭が勢い良く鈍器を振り回した直後に壁が解除された。

 

 当てるはずの目標が突如としてなくなったことで大振りの攻撃は空振りし、犬頭は大きくバランスを崩した。

 この隙を逃す手はない。

 

 カボチャ頭が加速して勢いを付けて放ったストレートパンチが犬頭の顎に直撃した。

 

 のけぞったところへドラムロールのような超高速のパンチの連打を浴びせていく。

 後はトドメを刺すだけ!

 

 身動きが止まったところでクマを倒した時と同じく炎柱(フレイムピラー)を当てて焼き尽くす。

 犬頭の怪人は炎に包まれて霧散、消滅。

 

 旧校舎内に静寂が戻ってきた。

 

「倒せたのか? 随分あっさりだけど」

「使い魔ということだから、どこかにこいつを操っていた本体がいるんだろうけど、構っていられないしな」

 

 そう言うと小森君が突然片手を上げた。

 

「矢上君、ハイタッチだ」

「ハイタッチ?」

 

 わけもわからず同じように片手を上げると、小森君が僕の手のひらに手を当てて音を鳴らした。

 

「俺達は敵に勝ったら仲間内でよくこれをやっていたんだ」

「なるほど、チームで勝ったって感じだもんね」

「チームで勝ったというなら、私達も参加しても良いよね」

 

 今後は綾乃が手を叩きつけてきた。

 最後に控えめに友瀬さんがハイタッチ。

 

「まだ旧校舎に入ったばかりで先は長いけど、このチームで頑張っていこう」

「それで、私はどうすればいい? なんか今更戻るのも危険が大きそうなんだけど」

 

 綾乃が困った様子で僕達の顔を見てきた。

 

「このまま1人で返してもまた今の犬頭みたいなやつに襲われる可能性があるしね……」

「仕方ない。柿原、俺達と一緒に付いてきてくれ。ただし、戦闘が始まったら必ず俺か矢上君のカバー範囲内にいること」

「うん、私も命は惜しいしそうするようにする。ちゃんと護ってね」

「ああ、君は俺が何があっても守り抜くさ」

「小森、そういうセリフは彼女に取っておきなさい」

 

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