収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第13話 「ヤマンソ」

 僕達は旧校舎の1階部分に降りて来た。

 

 途中の廊下には教室の周りと同じく変な虫やヘドロのような謎の物体が這いまわっているが、こちらに襲い掛かってこないものについては無視することにした。

 おそらく地下の根本原因を解決しなければ無限湧きする可能性があり、キリがないからだ。

 

 現実世界に経験値があればレベルを上げるチャンス!

 と考えることも出来たが、そんなものはないので単に体力と時間の無駄遣いにしかならない。

 

「虫は無視の方針で」

 

 綾乃が変なことを言ったような気もしたけど、多分気のせいだ。

 

「場を和ませようとしただけじゃない。無視しないでよ」

「はいはい面白い面白い」

 

 綾乃とは流石に長い付き合いだ。

 何か適当に相手をしないとスネることくらいは分かっている。

 

「単純な言葉遊びではなくて今の状況の指針にもなって良いんじゃないかなうん面白いよかなり面白い」

 

 小森君が何の感情も込めずに綾乃の顔を一切見ることなく一息で言った。

 

 綾乃はそれ以上冗談を続けようとはしなかった。

 雑な返しをされたからではない。

 

 1階から存在しないはずの地下へと降りていく階段の前に到着したからだ。

 

 綾乃も油断すると何があるか分からない状況で、延々とつまらない冗談にこだわるような空気の読めないタイプではない。

 緊張からか表情もかなり固く先程までの余裕がなくなっている。

 

 階段の底からは黒い霧がもうもうと立ち上ってきており、高照度のLEDライトでも先を照らしきれない。

 その先へ本当に進んで良いのかという不安が湧き上がってくる。

 

 ただ、それでも前回とは決定的に違う点がある。

 

 ライトなどの暗い遺跡を進むための装備については事前に準備してきたこと。

 たとえ遺跡の中が迷宮のような構造になっていたとしても、ある程度なら構造を把握することが出来るレーダー能力を持つ友瀬さんがいること。

 

 何より決定的に異なるのは、この先に進んで虫やヘドロのような謎の存在を湧き出している「何か」を解決しないと、僕達の学校や自宅が危ないという危機感と使命感だ。

 

 ここまで来たら退くという選択肢はない。

 

 ――もう一つだけ前回と異なる点があった。

 

 以前には訪れた時は、下り階段の手前に「STOP KEEPOUT」と書かれたオレンジ色の紙テープが張られていた。

 今はそのテープが雑に千切られ、床の上に丸めて捨てられていた。

 

「俺達より先に誰か地下に降りて行っているみたいだな」

「誰かって誰が?」

「そりゃ『神父』の仲間だろう。鳥飼先生もいるのかな? さっきの犬頭を操っていた本体も同行していそうだ」

 

 小森君は下り階段の踊り場にしゃがみ込み、手を扇のように振って足元近くを漂う黒い霧を散らしながら床の状態の確認をしていた。

 何か手掛かりが見つかったのだろうか?

 

「もしかして足跡なんかが残ってたりする?」

「そう思ってみたんだけど、手で払ったところで霧を払いきれないし何もわからない」

「煙に巻かれた……いや、霧に巻かれたのか」

 

 僕はライトを階段の下へ向けた。

 かなり暗い山道をも照らせる高性能ライトのはずだが、相当濃い霧だからなのか、階段の下に何が有るのかを見通すことが出来ない。

 

「こういう状況だと松明の方が良いのかもな。霧は水蒸気だから熱である程度は散ってくれるから」

「ないものは仕方ない。降りていこう」

 

 綾乃がライトで足元を照らしながら先行しようとしたところ、小森君がその肩を掴んで止めた。

 

「待った待った。敵が現れても戦えない柿原が先頭に立っても仕方がないだろう」

「えっ? ああ、そういえばそうね。ごめん」

「何かしていないと落ち着かない。はやる気持ちも有るのだろうけど、ここは役割分担をしよう。俺の能力は攻撃には向いてないけど護るのには自信が有るんだ。だから、今は俺を信じて頼って欲しい」

「またそういうことを真顔で言う。そう言って異世界チートを使って何人も女の子を泣かせてきたんでしょう」

「泣かせたことは否定出来ない。俺はそんな人付き合いがうまい方じゃないから」

 

 綾乃の軽口に小森君が真顔で答えた。

 

「あんた、本当に生真面目ね。冗談なんだからもう少し軽く答えてくれたらいいのに」

「ごめん。俺は仕切るのはそんなに得意じゃないんだ。だからここは柿原がリーダーとして仕切ってくれ。部長として」

「私が?」

 

 綾乃は少しだけ困惑していたが、大きく咳払いをすると、少しだけ明るいいつもの表情が戻ってきた。

 リーダーとしての役割を振られたことで少しだけいつものペースを取り戻せたようだ。

 

「そうね。じゃあ部長として仕切らせてもらうわ」

「じゃあまずは隊列を決めたいと思う。階段を降りたらいつ敵が襲ってくるか分からない」

「そうね。小学校の遠足でも手段行動の時は並ぶ順番を決めるんだし。じゃあ迷宮経験者で防御能力でみんなを護れる小森が先頭ね」

「引き受けた。では俺からも提案だけど、最後尾を矢上君にお願いしたい。さっきの犬頭みたいな背後から奇襲してきた場合の対策だ」

「僕が最後尾?」

 

 小森君の言う通り、背後からの奇襲への備えは必要だ。

 

 それにカボチャ頭の速度ならば、最後尾からでもすぐに戦闘に参加出来る。

 僕が後ろに回ることについてはメリットしかない。

 

「僕も異論なし。レーダー役の友瀬さんと戦闘が出来ない綾乃の2人を間で挟んで護る1、2、1の隊列かな?」

「狭い階段で2人並ぶのは厳しくない? 縦4人直列の方が良いと思うけど」

「わ、私はどちらでも大丈夫です」

「じゃあ、私が前に出て小森と友瀬さんに護ってもらう形で。よろしくね、友瀬さん」

「は、はい。よろしく。柿原先輩」

 

 綾乃と友瀬さんがお互いに頭を下げ合った後に小森君の先導で階段を降りていくことにした。

 階段は思っていたよりも長かった。

 

 5mほど下ったが、まだ底が見えない。

 

「学校の立地を考えると5mくらい潜るのは現実的におかしくない範囲だと思う。さっき校内に潜入する前に通った水路も道路からかなり下ってたでしょ」

 

 綾乃の言う通り、水路は道路の高さから3mほど下った位置に有った。

 川が隠れるくらい土を盛った場所に校舎を建てたのならば、5m下ってもまだ先程の川と同じくらいの位置にいるということだ。

 

「そういえば暗渠だったな。なんで川に蓋をしたんだろう」

「うちの学校って山を切り崩して建ててるから、高さを調整するために削ったところと盛ったところがあるんだと思う。さっきの川は盛ったところ」

「川を完全に塞いで潰す発想はなかったんだろうか?」

「下手に水の流れを変えると変なところで増水して土砂崩れが起きるからじゃないかな? まあ土木のプロの偉い人が考えた結果だと思うよ」

 

 小森君と綾乃が階段を降りながら会話するのを聞いてふと思った。

 

「そう言えば、学校を建てる時に遺跡が見つかったんだよね」

「遺跡というか古墳が見つかったんだ。学校史や学校の周りの案内板にもあるけど、古墳時代のたたら炉がどうのとか」

「小森はどこでそんなの調べて来るの?」

「去年のうちの文化祭の出し物が町の歴史だったんだよ」

「ああ、あの地味な奴」

「柿原のところは何やってたっけ? 全然覚えてないんだけど」

「屋上でビオトープ。まあ、展示よりも普段は施錠して入れない屋上に行けるってことの方が人気だったけどね。晴れた日は富士山やベイブリッジまで見えるとか。でも鍵を開けていたせいで自殺者が……あっ」

 

 綾乃は慌てて口を塞いだ。

 

 屋上からの飛び降り自殺者というのは小森君の幼馴染だ。

 それが気にならないわけがない。

 

「ごめん」

「いや、気にしてないと言えば嘘だけど、もう大丈夫だよ」

「それでもごめん……」

 

 小森君はそう言って笑顔を見せたが、それでも気にしてないというのは嘘にしか思えなかった。

 

 それは僕達も同じだ。

 何しろユイちゃんは僕達にとっても幼馴染なのだから。

 つまり、ユイちゃんの友達であるカズくん……小森君も僕達の幼馴染だということになる。

 

 ということは、あのバレンタインの事件も。

 綾乃の気持ちはまだあの時のままなのだろうか。

 

「矢上君、遺跡について何か気付いたことがあるのか?」

 

 過去のことを考えていた時に小森君に不意に声をかけられて我に返った。

 そうだ。今は遺跡の方だ。

 

「学校を建てるための基礎工事を始めた時に古墳が出てきたんだよね。でも、それだけ掘ったのにこの遺跡は見つからなかった?」

「そうだよな。学校の地下に遺跡なんて埋まっていたらその時に確実に気付くよな。ここは半分次元が歪んで異世界みたいになってるんだろうけど」

「でも気付かないフリをして上に校舎を建てた……うちの高校は建って何年だっけ?」

「高度成長期の頃に建てられたからだいたい40年。そのあと、15年くらい前に別の高校と合併して新しい校舎を建てて今の形になったはず」

「ということは、古墳は40年以上前からあることは知られていたのに誰も動かなかった?」

 

 何かやろうと思えば40年の間、いつでも出来たはずだ。

 逆に言うと、40年放置していたここを急に動かさないといけない理由が出来たということだ。

 

 そこに何かこの遺跡や神父の目的のヒントがあるのかもしれない。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 色々なことを考えながら5分ほど階段を降り続けると、それまでコンクリむき出しだった壁の雰囲気が変わってきた。

 切り出した石を積み上げられて作られた壁になっており、その表面は触っても少しザラ付く程度に平らに磨き上げられている。

 

 階段を降りた先に有ったのは先週末に旧校舎の奥……足の生えた蛇がいた場所に似た広大な立方体の形の空間だった。

 

 あまりの広さに高照度のライトでも照らしきれない。

 ただ、その分だけ霧は拡散して少し薄まっていて視界がある程度通る。

 

 連想されたのはTV番組で見たピラミッドの内部だ。

 古代遺跡にそれほど興味があるわけではないが、それでも圧巻の光景には言葉が続かない。

 

 学校の地下にこのようなものが埋まっているとは思わなかった。

 

 綾乃や友瀬さんも同じ感想を持ったようで、口をポカンと開けたまま固まっている。

 

「すごい……こんなのが視られるならカメラを持ってくれば良かった。矢上先輩もそう思いますよね」

 

 突然に声をかけられた僕も思わず頷いてスマホを取り出してカメラを起動した。

 

 だが、カメラには「被写体から離れてください」のメッセージ以外は何も映らなかった。

 目には見えないが、スマホの前に黒いもやのようなものが映っており、それがカメラの機能を阻害しているようだった。

 

 以前に埴輪の兵士に追い回された時と全く同じ状況だ。

 

「カメラは使えないみたいだけどね」

「残念です。こんなに写真映えしそうな光景なのに。あっでもこれだけ暗いとやっぱりフラッシュもいるか。スローシャッターだと三脚も必要だよね。でもそれならやっぱりレンズも……」

 

 友瀬さんが両手の指で四角を作ってカメラで撮ったらどうなるのかのイメージをしながら高速で呟いている横で、小森君だけは顔をしかめて壁の構造を見ていた。

 

「何か気付いたことが?」

「前に冒険した遺跡と構造がそっくりなんだ……良い思い出も悲しい思い出もある印象深い場所だ」

「冒険したって……まさか異世界の話?」

「その異世界だよ」

「そう言えば上戸さんが電話で言っていたよね。異世界の邪神の像が和歌山で見付かったとか。それと何か関係があるのかな?」

「多分……というか間違いなく関係あるんだろうな。これは地球の歴史と同じだと思えないだろ。ムー大陸人? が作ったものなんだと思う」

 

 灯りが届かないのではっきりとは見えないが、周辺の壁にも何やら壁画のようなものが描かれているようだ。

 前に蛇がいた場所と同じならば、バッタや鳥などが描かれているはずだ。

 

 もしかしたら、あの蛇がいた部屋は、この部屋を再現していたのかもしれない。

 

「ここが地下1階でいいのかな? それとも知らないうちに更に下に抜けたとか?」

「1階ですね。B1って出てます」

 

 友瀬さんがアルゴスの能力でコンソールを表示させて現在位置の確認をした。

 

「アル君の能力で簡単ですけど地図も出せますね。まっすぐ進めば地下2階への階段があるみたいです」

「敵がいるかどうかも分かったりしない?」

「虫がいっぱいいるのは分かりますけど、それ以外はいないみたいですね」

 

 本当に便利だ。

 友瀬さんが仲間になってくれて助かる。

 

「特に敵も何もいないみたいだし下に降りよう。目的地はまだまだ先、地下5階だ」

 

 僕達は警戒しながら更に下る階段を目指して歩き始める。

 

 何歩か歩みを進めたところで、綾乃が下を向いたまま動こうとせず、その場に留まったままであることに気付いた。

 

「どうしたの綾乃? 疲れた?」

「何か聞こえる……誰かが来いって」

「いきなり何を言ってるんだよ」

「嫌だ……置いていかれるのは嫌だ」

 

 綾乃の顔面は蒼白だった。

 言っていることも意味不明だ。

 

 何かが起こっていることに間違いはない。

 

 ともかく綾乃を落ち着かせようと近寄ろうと足を踏み出すと、突如として眼前に炎の壁が立ちはだかった。

 咄嗟に身を引いたが、靴先が炎の壁に触れたのかゴムが焼ける悪臭が立ち込め、チリチリと黒煙が上がる。

 

 そのままだと発火しそうな雰囲気だったのでつま先を床に擦り付けて消火した。

 幸いなことに火傷やそれ以上の靴の損壊はないようだ。

 

「柿原!」

 

 小森君が槍を振り回して炎の壁を払おうとするが、それでも消える気配はない。

 

「置いていかないで……私を無視しないで……」

 

 綾乃は突然に拒絶の叫びをあげた後に頭に手を当てて首を激しく振り始めた。

 

「苦しい……助けて……」

 

 炎の壁は揺らめきながら綾乃から一定の距離を保ったまま、輪郭を引くようにして円を描きながら猛然と回転を始めた。

 その動きは音もなく、しかし猛烈な熱気が伝わってきた。

 

 その中心に立つ綾乃の足元から、まるで目に見えぬ筆で描かれるかのように、幾筋もの炎の線が放射状に奔り出した。

 それらは意思を持つ生き物のように蠢きながら床に触れ、やがて回転する炎と同調するようにして、古代の言語を思わせる幾何学的な紋様を刻んでいく。

 

「まさか魔法陣か? 柿原の能力は使えないんじゃなかったのか?」

「使えないじゃなくて『いつ使えるようになるか分からないけど、その時は暴走させるな』だよ。だから、綾乃は土曜まで危険に近付けたくなかったんだ」

「無理にでも家へ帰した方が良かったのか……」

「学校があんな状態だったから時間の問題だったとは思うけど、よりにもよってこのタイミングで」

 

 炎によって魔法陣が描かれたその瞬間、綾乃の頭上……数メートルほど上の空間がまるでひび割れるように歪んだ。

 

 その空間の裂け目から滲み出すようにして、花弁のような形をした炎の塊がゆっくりと姿を現した。

 

 だがそれは単なる炎ではなかった。

 

 花弁の輪郭は脈打ち、まるで巨大な心臓のように鼓動している。

 そのたびに色彩は赤から橙へと目まぐるしく変わり、赤、青、橙……様々な火の粉を鱗粉のように撒き散らしている。

 

 更にその周囲には、光を放つ2つの球体が、奇妙な軌道を描きながら回転していた。

 

 規則的である動きは、一見すると原子核と電子の模型のようにも恒星と惑星の天体模型のようにも見えた。

 

 綾乃は魔法陣の中心に立ってはいるがその表情は虚ろだ。

 

 顔や足などは高温のためか赤く腫れあがっている。

 軽い火傷になっているかもしれない。

 

 ただ、身体の大半は無事なようだ。

 小森君から借りて羽織っていたポンチョが熱をある程度は遮断しているようだった。

 

 ポンチョはこれだけの高熱や飛来する火の粉を受けているというのに一切焦げることなく綾乃の身体を護り続けていた。

 

「柿原にあれを着せておいたのは不幸中の幸いか」

「どうすればいい? このままだと綾乃が!」

「友瀬さん、あいつの正体は?」

 

 小森君が尋ねると同時に友瀬さんがコンソールの操作を始めた。

 分析結果はすぐに表示された。

 

「ヤマンソという名前らしいです……使い魔です」

「やっぱりこれが柿原の使い魔か。また個性が強い奴を呼び出したな」

「早く綾乃を助けないと!」

「それは分かっている。だけどこのまま飛び込んで解決するものか……」

 

 小森君は頭上に浮かぶ炎の花弁を見上げた。

 

「少なくともあいつを無力化させる必要があるだろう」

「使い魔って倒しても大丈夫?」

「使い魔を倒しても召喚者が負傷することはない。それは友瀬さんが証明している」

「は、はい。私もアル君が倒されましたけど今は元気でやってます」

 

 問題は攻撃手段だ。

 

 カボチャ頭があの燃える火の塊に殴りかかったところで逆にダメージを受けるだけだろう。

 火柱(フレイムピラー)での攻撃も、炎の塊に対してどれだけダメージが入るか不明。

 

 これは友瀬さんも同じ。

 主な攻撃手段はレーザー光線だが、あの火の塊にはダメージが入るかどうか分からない。

 

 いや、まだ1つ手はある。

 

「僕が最初にジャッコを喚び出した時に説明が有ったんだ。能力は3つだって。ラッシュ攻撃、炎の柱……そして死神の鎌(グリムリーパー)

「その3番目に起死回生の能力があると?」

「そこまでじゃないとは思う。単純に武器を出せるってだけだから。でも武器があれば素手で殴りかかるよりは勝算が有ると思う」

「今はそれでいい。俺もこの槍で殴りかかるしか手がないからどうしようって思っていたところだ」

 

 小森君はそう言うと槍の先に青白く光を灯らせながら炎の花弁を見据えた。

 

「2人で協力だ。柿原を助けるぞ」

 

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