収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第19話 「芳香剤」

 遺跡を脱出して車を停めている道の駅に戻ったのはAM1時だった。

 

 11時スタートなので全攻略まで約2時間。

 かなり順調だったと言える。

 

 ご先祖様が頑張ってくれたことも大きかったし、手加減なし全力で常に出現した敵に先攻出来たのもスピード解決の要因とも言えよう。

 

 窓ガラスから車内を覗くと、優紀は後部座席で寝袋に包まって眠っているようだった。

 

 こういう時は冷暖房が効かない趣味のクラシックカーなのは悪いと思う。

 趣味カーを諦めて高速長距離移動に適した最新の車に買い替えた方が良いだろうか?

 流石に車2台を維持する余裕はない。

 

 コンコンと音を高く鳴らしてノックすると寝袋の中からもぞもぞと這い出してきた。

 

「おっと、起こしてすまない。寝てたか?」

「いや、寝袋に包まって今日配信のアニメを見てた。朝までかかると思ったのに早かったな」

 

 優紀がタブレット端末を見せながら俺の方を向いて……目を見開いて身をすくませていた。

 

 いつも見慣れた優紀の表情ではない。

 無言で俺の姿を見つめ、ただ怯えていた。

 

 車のドア1枚の距離しかないというのに、途方もない距離を感じる。

 

 優紀は一応ドアを開けて寒い車外に出て来てくれたが、それでも俺の方へは決して近付いてこようとはしない。

 若干震えているのは寒さのためだけではないだろう。

 

「……佑がゲーミング魔女になってるんだけど。パーメットスコアを上げ過ぎじゃない?」

 

 冗談交じりにいつもの調子で喋って入るのだが、どこかおどおどとしている。

 

「そういえば優紀にこの状態を見せるのは初めてか。必殺技を使うとしばらくこうやって虹色に光るんだよ。マンガみたいだろ」

 

 俺の全身は魔女の呪い使用の副作用で全身に光る紋様が浮かび上がっている状態だ。

 

 車のバックミラーに目を向けると、自動販売機くらいしか光源のない深夜の道の駅の駐車場に赤く光る瞳がただ目立つ。

 

 全身の紋様から放たれ、炎のように揺らめく淡い光に包まれた怪人はSFやホラー映画に登場するクリーチャーそのものだ。

 

 誰が見てもそう思うだろう。

 俺自身もそう感じる。

 

「……怖いか?」

 

 優紀からの返事はない。

 やや長い沈黙が続いた。

 

「……怖いし、もう見たくない」

 

 優紀が少し唇を震わせながら答えた。

 相変わらず正直なやつだ。

 

 ただ、区切りには丁度良い機会かもしれない。

 

「残念ながらこの化け物の姿が俺の本性だ。別れるなら今がチャンスだぞ。今後もこんな変なトラブルが舞い込んでくるだろうし……早い方がいい」

「24歳にもなって『フフ怖いか』みたいな話をされても困るぞ。今の見た目は正直怖いから、変わらないように改善して欲しい」

「改善?」

「私には佑の能力のことは分からないけど、前に薔薇の芳香剤の匂いは苦手だと言ったら違うのに変えてくれただろ。それと同じで見た目が変わるような頑張りすぎはダメってことだ。いつ元に戻るの?」

 

 優紀は俺の方に顔こそ向けなかったが、淡々と主張を訴えてきた。

 

 そうだな。こいつはそういうやつだった。

 

「姿が変わっても中身は同じだから怖くない」などと心にもないことは決して言わない。

 

 見たまま、感じたままの言葉を歯に衣着せず伝えてくる。

 その上で、俺が光るのはトイレの芳香剤の臭いが気に入らないのと大差ない問題だ……そんな程度で嫌うわけがないとも言ってくれている。

 

 ちなみに芳香剤は滋賀観光大使が宣伝してる製品のラベンダーを用意して「あの感動をもう一度」とサインペンで書き込んだら納得してくれた。

 

 今回も同じように優紀のために改善案について提示するしかないだろう。

 

「光るのは半日くらい……朝にはもう元に戻ってると思う」

「意外に早いな。じゃあ特に味覚がダメになったりもしてない? 特製ラーメンはちゃんと作れる?」

「味覚も大丈夫だし、ラーメンも作れるし、秩父山中に行く必要もない」

「じゃあ佑が変なバイザーを付けて火星の遺産争奪戦を始める前に帰ろう」

「まあ火星の遺産みたいなのは見つけたけどな」

 

 俺はレジ袋に入ったままの赤い宝石を優紀に見せる。

 

「今回は厄介な敵みたいだから、能力を使わないという約束や保証は出来ない。ただ、早期解決をするつもりではある」

「佑が1人で頑張らないとダメなのか? 誰とも協力出来ないのか?」

「流石に今日くらいだ。今は全国に散らばった仲間がそれぞれ調べているからこうなっているだけで、戦うべき敵が分かれば全員で力を合わせる。俺だけが無理をしたりしない」

「本当か?」

「何人もから俺は自爆型の性格だと言われてるんだよ。流石に一気には難しいので、少しずつ改善していくつもりだ」

「仕方ないか、佑は子供だもんな。大人になるまで付き合ってやるよ」

「頼むよ。俺も帰る場所がなくなるのは困る」

 

 今の説明で優紀も納得してくれたようだ。

 やはり怖いのか顔を見ることはなかったが、手を俺に差し出してきたので、その手を取って後部座席に座らせた。

 

 とりあえず光が消えるまではそちらだ。

 

 その代わりに宝石は助手席のシートの上に転がしておくことにした。

 こちらはなるべく目の届く範囲……何かあれば車窓から外へ投げ出せる距離に置いておきたい。

 

 安全が確保されているであろう儀式刀の方は後部座席に座っている優紀に渡してシート下に隠してもらう。

 

 万が一警察の検問にでも引っかかると、見た目がどこかの民俗資料館か美術館から盗んだものにしか見えないから確実に出所の説明で紛糾するだろうし、銃刀法がどうのという問題も出そうだ。

 見つからないに越したことはない。

 

「さて、他のメンツはどうなった? カーターがまだ起きていると良いんだけど」

 

 スマホを取り出してSNSのグループチャットを確認してみる。

 

 カーターと小森くんどちらにも何か動きがあれば書き込んでくれとは伝えてあるが、小森くんはオフラインのままだ。

 おそらくまだ電波の届かない横浜のダンジョンを攻略中なのだろう。

 

 ただ、電波が繋がる場所に戻ってきたならば何かしらの状況報告は貰えるだろう。

 

 カーターの方はオンラインだ。

 俺から送ったメールや写真も読んでくれているようなので、まだ起きている可能性は高い。

 

 追加で現状報告のメールを送信するとすぐに架電してきたので、電話を取る。

 

『夜分遅くに失礼いたします。上戸様の携帯で間違いないでしょうか?』

 

 開口一番、いつぞやの意趣返しが来た。

 ならばこちらも相応の返しをしておこう。

 

「はい、上戸の携帯で間違いございません。片倉様にはいつもお世話になっております」

『こちらからの要望でございますが、9時か10時にホームセンターが開店するはずですので、鉛の板を購入して赤い宝石を包んでください』

「鉛の板?」

『鉛にはそういう魔力的なものを遮断する効果があるんだよ。それで包んだらオレのところへ送ってこい。普通の郵便でいい。いいか、鉛だぞ。アルミホイルでおむすびみたいに包んで送ってきたら怒るぞ』

 

 面倒になったのかカーターがいつもの口調に戻った。

 やっと安心して会話出来る。

 

「まだ実物を見ていないから確証はないだろうけど、赤い宝石は一体何だと思う?」

『出雲でナイアルラトホテップが使うのを見たことあるだろ。輝く(シャイニング)トラペゾヘドロンだ』

「あれか」

 

 流石にそれは記憶に新しい。

 

 出雲で中村が首からぶら下げており、それを翳すことで出来損ないのスフィンクスのような戦闘形態に移行したのだ。

 

「これって変身アイテムか何かか?」

『正確には別の次元と接続するためのゲートだ。出雲の場合は無貌の神が別の次元に保存していた戦闘形態を喚び出すのに使ったんだ』

「次元接続のゲート……」

『中村が日本からあちこちの異世界へどうやって移動していたのか気にはならなかったか?』

 

 そう言われるとそうだ。

 向こうの世界から日本へは伊原さんに協力して貰って移動したが、その後にどうやってホイホイ移動を始めたのかはずっと謎だった。

 

 先程冗談で火星の遺産と言ったが、どうやらだいたい合ってたようだ。

 

 中村が次元移動をしていたのは「ナイアルラトホテップが力を貸してくれた」程度の認識だったが、赤い宝石に次元を渡る力があるというならば納得である。

 

『赤い宝石は別の世界で作られていたものを、太古の昔に「(いにしえ)のもの」という連中がいくつか地球に持ち込んだ……とうちのスポンサーが言ってた』

「ウムルさんが言ってたならほぼ間違いないか」

 

 ウムルさんは、うちの神さん……ヨグ=ソトースの化身みたいなものだ。

 

 うちの神さんは素だと人間と会話出来ないので、意思疎通をするには通訳兼秘書なウムルさんを通す必要がある。

 

 そのウムルさんが言っているということは、うちの神さんが「宇宙人が地球に持ち込むの見たよ」と言ってるのと同意義だ。

 信じざるを得ない。

 

「ということは、もしかして……」

『ラビ助が見付けたものは割れてるので、もう機能しないと思うが、横浜の地下には壊れていない完全状態のトラペゾヘドロンが残っているという可能性だ』

「でも、あの学校を建てる時の50年前には遺跡がもう見つかっていたはずだろ。なんで今更動き始めたんだ?」

『それを小森が調べている最中だから報告を待て。まあ、何となく想像はつくが』

「勿体ぶらずに教えてくれ」

『オレの推論だが、おそらく電池切れ。装置としては生きてるけど、動作させるためのエネルギーがなかった。だから、何らかの方法でリチャージを行っていた』

 

 それはかなり説得力のある推論だ。

 

 遺跡の地下にはリチャージ機能が有って充電していた。

 それが50年経って充電完了したので回収に来たと考えると……

 

「俺達よりも先行している『神父』がまだ回収出来ない理由ってなんだ?」

『そこらも含めてまだ情報不足で結論を出せる段階にない。だからまずはその宝石を送ってくれ。小森の調査結果と合わせれば何か分かるはずだ』

 

 現状だとそれしか手はないだろう。

 

 カーターの家が近くにあればこのまま持っていきたいところではあるが、流石に遠すぎる。

 どこかで郵送するしかない。

 

「でも、こんなの普通に郵送して大丈夫か? 途中で爆発とかしないだろうな」

『鉛はある程度の魔術の干渉を防ぐことが出来るんだ。だから、鉛で巻いておけば、古い寺や神社に仕込まれてる結界的な何かの影響で誤動作したり、野良の魔術師に見つかったりはしないはずだ』

「逆に言うと鉛の板を買う朝までが危険ってことか」

『それはあるな。まあ、この世界の魔術師の絶対数を考えたら、魔術師に遭遇するより古い神社の結界に影響する可能性の方が高いだろうが』

 

 フラグのようなセリフは止めて欲しい。

 それは偶然に魔術師的な存在にかち合うと言っているようなものだ。

 

『ともかく鉛の板を買うまでは古い神社や寺の近くを通るのは避けた方が良い。適当に迂回ルートを通れ』

「古いってのは何年から?」

『江戸時代以前だから400年くらいじゃないかな。まあ400年以上の神社なんてそんなあちこちにないだろ』

 

 カーターから無茶振りが来た。

 現在位置をどこだと思っているのか。

 

「そうは言ってもここって奈良だぞ。400年どころか3倍の1200年がゴロゴロしてるぞ」

『土地勘がないので分からないんだが、今いるのはどの辺りだ? 大仏の近く?』

「大きなホムセンがある町に出るため道をまっすぐ進むと長谷寺、三輪山、大神大社(おおみわたいしゃ)、大和三山に橿原神宮の横を通過と説明すると分かるか?」

『長谷寺は鎌倉の寺だろ』

「奈良にもあるんだよ」

『どっちが元祖?』

「名前が同じなだけで全然関係ない上にどっちも建ってから1200年越えてる」

 

 簡単に現在位置と町に出るルートを説明すると電話の向こうで「アチャー」という呆れ声が聞こえた。

 

『他に別ルートはないのか?』

「ここらで大きな町ならば山道を抜けて名張(なばり)か伊賀かってとことか。店の数だと伊賀かな」

『伊賀ってニンジャの? そういや前にそんな話をしたな。甲賀が滋賀で伊賀の隣町なんだっけか。何となく位置関係が見えて来た』

 

 あれは確か馬の名前を決める時に栗東の話から草津の名前が出て滋賀か群馬かでもめたんだっけか。

 今となっては全てが懐かしい。

 

「朝まで相当時間があるし、青山高原経由で伊賀まで回っていく予定だ。荷物を送ったら電話する」

『日中は仕事だ。だからメールで連絡をくれ。じゃあ明日も早いから切るぞ』

「助かったよ。じゃあお休み」

 

 カーターには色々と助けられている。

 結局ほうとうパーティーも出来ていないし、今回の件が片付いたら会いに行きたいところだ。

 

 電話を切ったが、流石に山道を経由しても、伊賀まではは2時間もあれば到着する。

 どうやって時間を潰すかは悩むところだが、それは走り出してから考えるとしよう。

 

「それじゃあ出発するぞ」

 

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