収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 2 「ハロウィンです。クッキーをどうぞ」

「おーい、誰かいるのか?」

 

 意を決して足音と声がする方に呼びかけてみると、暗がりの奥から人影が2つ、俺の方へゆっくりと近づいてきた。

 

 今までは暗がりにいたので定かではなかったが、高校生くらいの、男女の2人組のようだ。

 

 少年の方は田舎で素朴に育ったような地味さがあるが、人柄が顔に出ているのだろうか、特に悪い印象はない。

 一応は爽やかイケメンの部類に含めても良いだろう。

 

 少女は美人か可愛いかという話ならば可愛い寄り。

 目つきは若干吊り目気味だが、あまり性格が悪そうな感じはない。

 

 薄い茶色の長い髪をお下げにしてまとめている。

 スポーツウェアのような薄手のシャツとホットパンツの上に白のパーカージャケットで、都会の繁華街にいてもおかしくない服装だ。

 

 ただ、少年の方は何かがおかしい。

 

 青いシャツにグレーのパンツは分かるのだが、アウトドア用品にありそうな茶色いポンチョの隙間から金属の鎧が覗いている。

 コスプレ以外に、説明のしようがない。

 

 いや、少し考えると、コスプレなのは今の俺も同じだった。

 もしかすると、俺と同じようにいつの間にか姿を変えられた仲間なのかもしれない。

 

 ただ、2人からは俺に危害を加えようとしているような悪意は感じられない。

 ひとまず、肩の力を抜いた。

 まずは情報収集から始めたい。

 

「あの……少し良いですか? ここは――」

 

 俺が言葉を最後まで言う前に、少年に手を取られた。

 そのままぶんぶんと俺の手を握ったまま、少年が力強く腕を振ったので、なすすべもなく全身が振り回された。

 

 近くで見ると、体調が悪いのか、顔色は良くないが、力だけは強い。

 

 少年の背は高い。俺より頭ひとつ分は大きかった。

 

 ……いや、逆だ。俺の背が縮んでいる。

 少女の身体になったぶん、俺が小さくなっているのだろう。

 

「良かった……本当に、良かった……」

 

 少年の目には、うっすらと涙まで浮かんでいた。意味が分からない。

 

「えっと……何かな?」

「来てくれて、ありがとう……」

 

 俺の方は特に何かをした覚えなどないが、この感謝はいったいどういうことなのだろう。

 

「本当に、助かった……」

 

 少女の方も、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしていた。

 やはり顔色は悪く、お世辞にも健康だとは思えない。

 

 放っておくわけにもいかず、ポケットからハンカチを取り出して、差し出した。

 

「汚れているものですけど、良ければ使って」

「ありがとう……」

 

 少女はハンカチを受け取ったものの、しげしげと眺めると、突然に真顔になった。

 

「本当に汚れていますね……お気持ちだけで十分です」

 

 そう言って、ハンカチを使うことなく突き返してきた。

 涙は、いつのまにか止まっていた。

 

「アッハイ」

 正直でよろしい。女は怖い。

 

「私は赤土恵理子(あかつちえりこ)です」

「俺は小森裕和(こもりひろかず)です」

 

 それぞれ自己紹介をしてくれた。

 

「小森……?」

 

 名前を口にした途端、頭の奥がずきりと痛んで、手で頭を押さえた。

 何か大事なことを、忘れている気がする。

 

 さっき、メモに書かれていた謎の文字を見た時と同じような記憶の混乱――俺は、一体何を忘れている?

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 どうやら、俺はよほど辛そうな表情を見せていたらしい。

 小森くんが、そんな俺を心配して声をかけてきてくれた。

 

「いや、寝起きで少しぼうっとしてるだけだ。俺は上戸佑(うえとたすく)。よろしく」

 

 痛みは、すぐに引いた。

 

 気になることは山ほどあるが、今は棚上げにするしかない。

 疑問はひとつずつ解消していくしかない。

 

「それで、ここはどこなんだ?」

「……眠っている間に、夢を見ませんでしたか」

 

 小森くんが、妙なことを聞いてきた。

 

「ソシャゲのガチャ演出みたいな映像の後に、魔法陣から白いボサボサ髪の魔女みたいな子が出てきませんでした? 中学生くらいの」

 

 そう言われて、昨晩の記憶がよみがえる。

 

 深夜に友人からメールが届いたが、眠いのと翌朝早いので無理矢理ベッドに潜り込んだのが昨晩の話だ。

 

 その後に、夢を見た。

 たった今、小森くんが言った通りの映像が展開されたのだ。

 

 ポケットからカードを取り出して、改めてイラストを見る。

 夢の中のガチャ演出で出てきた少女とイラスト……そして、今の俺の姿は一致している。

 

「俺たちも同じです。あの映像の後、そのキャラの姿に変えられて、ここへ放り出されました。顔とかは、まあ似たような感じなんですけど」

 

 小森くんと赤土さん、2人がカードを取り出して見せた。

 槍を構える少年のイラストは、本人と瓜二つだ。

 赤土さんのカードも、やはり本人そのままだった。

 

 俺の場合とそこらの事情は変わらないらしい

 

 無意識に、両手を胸へ当てる。

 ゴワゴワしたローブの生地に阻まれて頼りないが、それでもかすかに柔らかさが返ってくる。

 

 認めるしかない。

 俺は本当に、このラヴィという魔女の少女になってしまったようだ。

 

 23歳のおっさんが、ガワだけ少女。

 いったい誰が得をするというのか。

 

 心の中で憤ってみるものの、それで目の前の現実が変わるわけでもない。

 

 付き合いが長い気の置けない友人はマニアックなキャラを好んでいる。

 だが、その友人ですら、見た目が少女でも、中身が俺だと知ったら、さすがにどん引きして終わりだろう。

 

 どんなセリフを言うのかだって容易に想像できる。

 

『もう女の子が可愛ければ、ジャンル問わず愛でることにしている』

 

 友人による聖人(モーセ)のような妄言が脳内で再生されたが気にしたら負けだ。

 

 やるせない怒り、悲しみ……様々な感情がこみ上げてくるが、それを解消する方法はない。

 

「……あの、上戸さん。ひとつ確認なんですけど」

 

 赤土さんが、胸に手を当てたままの俺を、じっとりと見ていた。

 

「間違えてたらごめんなさい。中身も、女の子でいいんですよね?」

「男ですけど」

「……中学生?」

「23歳」

「変態だーっ!」

 

 赤土さんが突然に大声で叫んだ。

 

 心外である。俺は一切何もおかしなことはしていない。いいがかりだ。

 そう弁解したかったが、少女の胸に手を当てた23歳の男など、客観的には変態以外の何物でもない。

 

「ただちに影響はありません。無害です」

「近寄るなこの変態!」

「ごめん」

 

 どうやら、初対面で盛大に嫌われたらしい。

 

 赤土さんは小森くんの後ろに隠れて、目から上だけを出しながら次々と豊富なボキャブラリを駆使して俺に罵倒の言葉を飛ばしてくる。

 やはり思春期の女の子の扱いは難しいものである。

 

 ただ、声は細々としており、あまり元気がないことが気になる。

 

「まあ待てって。この人が悪いわけじゃないだろ。被害者なんだよ。俺たちも最初はそうだっただろ」

 

 小森くんが割って入ってくれた。

 素朴な顔に似合わず、なかなか面倒見がいい。

 

 赤土さんは、まだ何か言いたいことがあるのか、しばらく口をぱくぱくさせていたが、やがて大きく息を吐いた。

 

「カードにある通り、エリスと呼んでください。よろしく」

 

 赤土さんはまだ納得してくれていない顔だが、それでも俺に歩み寄ってくれるようだった。

 もちろん拒否する理由などない。差し出された手を、握り返す。

 

「こっちこそ、変な真似してごめん。仲良くしてくれると助かる」

 

 思春期の子と接するのだ。

 せめて年齢相応の、まともな大人として対応していきたい。

 

「それで上戸さん。何か食べ物を持ってませんか?」

「食べ物?」

 

 突然の話題転換に、さすがに驚いた。

 

 初対面の相手に、いきなり食料を求めるなど、よほどの事情がなければすることではない。

 逆に言うと、それほど切羽詰まった事情がある、ということだ。

 

 俺のそんな怪訝な表情を見てか、小森くんが説明を始めた。

 

「実は俺たち、この部屋に閉じ込められて3日、何も食べてないんです」

「3日!?」

 

 水はそこの岩の亀裂から染み出す分でしのいでいる、と小森くんが壁を指した。

 

 言われてみれば、2人とも顔色が悪く、どことなくやつれており、元気がない。

 赤土さん……もとい、エリスさんがさっきから苛立ち気味なのも、空腹のせいかもしれない。

 

 嘘をついているようには見えない。

 閉じ込められていた理由については不明だが、まずは食べ物を調達することが必要そうだ。

 

 非常食などを持っていれば良かったのだが、残念ながら今の俺の所持品は箒とローブのポケットに入っていたゴミばかりだ。

 

 ――ただ、そこで、閃いた。

 

 「ハロウィンです。クッキーをどうぞ」という、カードのあのセリフ。

 2番目のアイコンは、ハート型のクッキー。

 

 コスプレじみた服装に、まるでソシャゲのステータス画面のようなカード。

 変化は見た目だけではなく、ゲームじみた超能力まで使えるようになっているとすれば?

 

 まさか、とは思うが、聞いてみるだけ、試してみるだけならばタダだ。

 

 俺はカードを小森くんに見せながら、聞いてみた。

 

「小森くん。このカードにあるアイコンの能力の使い方ってわかる?」

「俺たちはスキルって呼んでます。『使おう』って念じれば、それだけで発動しますよ」

「意外とシンプルだな」

 

 さも当然のように、能力の使い方が返ってきた。

 やはり、カードに書かれている超能力は使えるようだ。

 

 動作原理については今は気にしない。

 超能力など存在しないという常識も今だけは投げ捨てる。

 

 ダメ元でも、試す価値はある。

 出来ることからコツコツと、が俺のモットーだ。

 

「能力ぅー! 発動ーっ!」

 

 がに股で中腰になり、両手を前に突き出し、眉間に力を込めて叫ぶ。

 

「出ろー! 出ろーっ!」

「声に出さなくても使えますって。というか、何ですかそのかけ声」

 

 しばらく唸っていると、右手の指先に、ほんのりと温かくて、硬いものを摘まんでいる感触が生まれた。

 目で見ても、実際には何も存在していない。

 だが、イメージを強めるほどに、その感触は現実味を増していく。

 

 目を閉じた。

 指先の感覚だけを頼りに、それを引っ張り出すイメージを描く。

 

 すると、親指と人差し指の間に、硬いものが挟まった。

 

「まさかと思ったが……本当に出たよ」

 

 摘まみ上げたのは、ハート型のクッキーだった。

 それを、小森くんへ差し出す。

 

「ハロウィンです。クッキーをどうぞ」

 

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