「みなさん、ご迷惑をおかけしました。本当にすみませんでした」
写真部の部室から救出した写真部部員の少女は意識を取り戻すや否や、僕たちに涙を流しながら頭を何度も下げて謝罪を始めた。
こちらが何を言おうとしても、その度にペコペコと頭を下げ続けるのでなんとも対応しがたい。
「私が至らないせいでアル君が暴れてしまい、皆さんに多大なご迷惑をおかけしました。すみません」
「アル君?」
それはもしや先程まで戦っていたあの赤い孔雀のことだろうか?
「確認したいんだけど暴れたって?」
「はい、ずみまぜん。私が悪いんでず」
ついには涙だけではなく鼻水まで流し始めた。
これは気まずい。
ポケットの中にポケットティッシュを入れていたことを思い出して少女に差し出す。
「優じぐじでぐれでありがどうございまず」
言葉の全てに濁点を付けながら、思春期の女子が出してはいけないような音を立てて鼻をかみ始めた。
「外は元に戻っているだろうし、小森は食堂にある自販機でお茶を買ってきて。ちょっと落ち着かせないと話もできない」
「そうみたいだけど大丈夫か? また暴走したら」
「だから小森に頼んでんの。異世界チートの俊足を生かして一瞬で買って戻ってきて。できるでしょ」
「買いには行くけど一瞬は無理だぞ。お茶は一本でいいんだな」
「全員分に決まってるでしょ。私は紅茶ね。無糖のやつ」
「お金は?」
「ゴチになります」
また綾乃が無理難題を言い始めた。
小森君と少し打ち解けられたと思った途端にこれだ。
綾乃は他人との距離の詰め方がおかしいんだよ。
「まあいいか。矢上君は何がいい?」
小森君も一言諦めたようにため息をついただけだった。
「僕もお茶で」
「お茶4本と」
「私は紅茶って言ったよね。どうせ異世界からお宝とか持ち帰って金持ちなんでしょ」
「あっちから持って帰ってきたのは装備品を除けば写真1枚だけだよ。他の持ち物は全部処分してきた」
「写真? 異世界なのに?」
「カメラがある世界だったんだよ。あと向こうは普通のファンタジー世界じゃなかったから」
それだけ言うと小森君は部室を飛び出していった。
戦闘時の常人を超えた速度ほどではないが、かなりの速さだ。
あれならばすぐに飲み物を買って戻ってくるだろう。
「カメラ? 写真!?」
少女が綾乃と小森君の話題に出た「カメラ」と「写真」のワードに食いついた。
座っていた椅子から立ち上がり、興味津々とばかりに目をキラキラとさせている。
いつの間にか涙も止まっていた。
「って、急に元気になったわね」
「すみません。私は写真が好きなので、そういう話題が出るとつい……」
少女が恥ずかしそうに椅子に座り直した。
「じゃあ、ちょっと落ち着いたところで。さて、アル君とか名前を付けてるくらいだから、召喚能力を持っていることは自覚しているんだろうけど」
綾乃は腕を組みながら少女の周囲をグルグルと回った後に、まるで刑事ドラマの尋問シーンのように机の上に片手を突いた。
少女がビクリと体を震わせる。
「私たちを攻撃したのは誰かに頼まれたから?」
女子にしては高身長の綾乃が机越しにゆっくりと身を乗り出した。
少女の顔に影を落とすようにして静かに言葉を投げかけた。
声もいつもより低くしており、より圧を強めている。
「アル君を使おうと思ったら、急に言うことを聞かなくなって、そうしたら私も意識がいつの間にかなくなって……」
「使おうと思ったということは能力が使えたのは初じゃないの? 能力が使えたのはいつ頃から?」
「金曜の夜からです」
少女は声を震わせながら怯えを隠さずに答えた。
「綾乃、やりすぎだよ」
「この娘が敵の可能性は消えたわけじゃないでしょ。それに、私たちが迷惑したのは事実なんだから、これだけはハッキリさせておかないと」
「ずみまぜん、私が全部悪がっだんでず」
「ループしてる! ループしてるよ! 綾乃はもう少し優しく。君も……名前はなんだっけ?」
さすがに話が進まなさすぎるので介入することにした。
ティッシュに加えてハンカチを少女に差し出す。
「優しいんですね。私の名前は
「友瀬さん、知ってることを教えてくれるかな」
「はい。じゃあ私とアル君のなれそめから聞いてください」
ようやく話を聞けそうだ。
◆ ◆ ◆
小森君が飲み物を買って戻ってきたので、友瀬さんから話を聞くことにする。
友瀬さんは話すのが少し苦手なのか、要領は悪かったが、それでも金曜に何があったのかを話してくれた。
学校近くから富士山と夕焼けの町が見えるので、写真を撮ろうとカメラを持って自宅を出たこと。
展望台に向かう途中、アフリカ系と思われる神父に会ったこと。
神父が突然に赤い宝石を掲げて祈りを捧げ始めたので、何かの宗教の勧誘かと思って慌てて逃げ出したことなどだ。
冬場は空気が澄んでいるので富士山が綺麗に見える時があり、よく撮影にチャレンジしている。
今回のこととは全く関係がない話についてのみは、とても饒舌だったと追加しておきたい。
「神父が『君が3人目だ』と言っていたのが気持ち悪くて」
友瀬さんは自分で言っていて
「神父に会った場所は?」
「学校の前の坂を下ってすぐのところに神社があるでしょう。そこへ行く途中です」
「ホムセンの裏か。なるほど、ありがとう。怖いことを思い出させちゃったね」
綾乃が優しく声を掛けると、ようやく先程の刑事ドラマごっこで怯えていた友瀬さんも安心したようだ。
「神父の話だと私と恵太が1人目と2人目。それで友瀬さんが3人目か」
「違うよ綾乃。僕達が神父に会ったのは土曜日なんだから、僕たちは4人目と5人目だよ」
綾乃の言葉を訂正する。
「矢上君、柿原さんが神父に会うまでは半日以上空いているので、間には何人か挟まるかもしれない。だから、最低5人だ」
小森君がさらに補足してくれた。
そう考えると例の熊は1人目か2人目の能力だと考えられる。
「アル君が出てきたのはそれから家に帰って寝る直前でした。頭の中に名前とかできることがどんどん入り込んできて」
「それは僕と同じだ。実際に見てもらうのが早いかな。ジャック・オー・ランタン!」
これで3度目、少し慣れてきた。
なるべく必要がない時以外は喚ぶなと言われているが、さすがに今の状況は必要だと思うので勘弁してもらいたい。
僕が念じて約20秒。
カボチャ頭の怪人、ジャック・オー・ランタンが姿を現した。
それを友瀬さんは口を開けてポカンと見つめていた。
納得してもらえたようなのでカボチャ頭には帰ってもらう。
カボチャ頭は何の命令もこなさず帰るのは不本意とばかりに僕の方へ訴えるように顔を向けてきたが、それでも大人しく帰ってくれた。
カボチャ頭は何の感情も持たない人形ではなく、明らかに何かの意思を持って動いているようだ。
暴走の危険があるというのはこういうことだろう。
僕の命令に不満を溜め込みすぎれば、いずれ話を聞いてくれなくなるかもしれない。
確かに喚ぶのは必要最低限にした方が良さそうだ。
「私と同じような人がいたんですね。これからも相談に乗ってもらっていいですか?」
「それはまあ」
僕が適当に答えると、友瀬さんが僕の手を握って「よろしくお願いします」と笑顔で微笑みかけてきた。
柔らかい――あまりに、柔らかい。
今では兄妹としか感じられない綾乃とは受ける印象が全く違う。
単純と馬鹿にされるかもしれないけど、僕だって男だ。
男というのはそういうものなんだ。
鼻水が付いたのは気にしないことにした。
さりげなくティッシュで拭き取っておく。
「それで使い魔が出てから何があったの?」
「アル君の消し方が分からなくて、一昨日の晩は抱いて寝て、昨日と今日はみんなに見つからないように鞄に詰め込んできました」
「詰め込めるってことは普段は小さいの?」
「肩に乗るくらいです。なので最初は孔雀じゃなくて文鳥の仲間かと思ってました」
「あのレーザーをバラ撒くやつが文鳥?」
綾乃は思うことがあったのか目を閉じて目頭を摘んで何やら思いにふけり始めた。
「それで、誰もいない休みの学校なら迷惑がかからないから、何ができるのか試そうとして……」
「暴走したと」
僕にもなんとなく暴走原因が見えてきた。
金曜の夜から使い魔を喚び出したままで、命令はペットとしてのもののみ。
その状態でストレスをかけ続けた結果、ついに友瀬さんも使い魔も限界に達したのだろう。
「うん、まあそれは仕方ない。幸い被害も出てないので無罪! 恵太と小森もそれでいいよね!」
綾乃は友瀬さんに心配をかけさせないためか、明るく振る舞ったようだ。
「まあ敵対意思がないなら」
「今後もちゃんと使ってもらえるなら、僕たちの仲間になってもらってもいいんじゃないかな? この使い魔を消すって目的は同じわけだし」
小森君も僕も反対するつもりはない。
むしろ友瀬さんも神父がやったおかしな儀式の被害者だ。
同じ境遇の仲間として放置はできない。
「一応次の土曜日に魔法? について詳しい人が来てくれることになってるんだ。それまではこれを暴走させないよう協力しよう」
「はい!」
そして綾乃と映子は握手をした。
僕と小森君も自己紹介をしながら握手を交わす。
「これで一件落着かな? 状況は上戸さんや片倉さんに報告しておくよ」
小森君がメールを送信すると、すぐに返事が返ってきたようだ。
「何か分かったことはあった?」
「片倉さんからだけど、みんなの両親ってタバコを吸う? オイルライターを用意しろって言ってるんだけど」
◆ ◆ ◆
僕たちの両親はみんなタバコを吸わず、家にはライターがない。
なので、仕方なく小森君が近所のホームセンターでオイルライターを1つ買ってきた。
小森君が「これで来月まで小遣いなしなんだけど」とぼやいていたけど、本当に悪いことをしたと思う。
綾乃は「今度埋め合わせをするから」と言っているが、綾乃が何かを返してくれたことなど一度もないのは幼馴染の僕が一番知っている。
その癖、お返しがないと、自分の好意がないがしろにされたと怒るのだ。
昔にバレンタインのチョコを……いや、これはもう終わったことなのでいいや。
小森くんが説明書を読みながらオイルを注油。
ライターの端に付いている金属製のフリントダイヤルを回して点火する。
「でも、ライターで火を点けることで何が変わるの?」
「片倉さんの話だと、召喚能力をうまく扱えないのは心の中にオン・オフのスイッチがないからじゃないかって」
「スイッチ?」
「人間は常識から外れた能力をどう扱えばいいのかなんて知らない。だから、自分たちが分かる形での制御装置を頭の中に作っちゃえってことらしい」
それは分かる。
僕もイマイチイメージが掴めないので、旧校舎で見た上戸さんが鳥を喚び出すイメージを重ねて再生しているだけだ。
他にわかりやすいイメージがあれば、そちらに置き換えた方が効率が良いのは分かる。
「矢上君のカボチャ頭は火の印象が強いから、ライターが良いだろうと説明されたよ。火が点くと召喚。消えると送還というイメージで脳内にスイッチを作ればいいって」
「イメージか」
小森君からライターを受け取り、ダイヤルを回しながらカボチャ頭を喚んでみる。
「来い、ジャッコ!」
ライターに火が点いた途端にその炎は瞬時に高く上り、一瞬にしてカボチャ頭の怪人が姿を現した。
先程、出てくるように呼びかけてから実際に出てくるまで20秒近くかかっていたのが嘘のような早さだ。
「蓋を閉じると消火」
言われた通りにライターの蓋を閉じるとカボチャ頭の怪人は宙に溶けて姿を消した。
カボチャ頭が不満を訴える暇を与えず消すことができる。
これならば暴走を阻止する目的でも使えそうだ。
「今度は友瀬さん」
「や……やってみます」
友瀬さんにライターを渡す。
ただ、友瀬さんは力がないのか、なかなか指の力だけではダイヤルを回せないようだった。
「ダイヤルを擦り付けるようにしてみればいいのでは」
「なるほど、それで行ってみます」
友瀬さんは右手で持ったライターの端にあるダイヤルを左手に擦り付けるように動かした。
すると今度は一瞬で火が灯った。
その上でライターの蓋を閉じると、肩の上に乗っていたアル君……赤い孔雀が音もなく姿を消した。
「すごい。すぐに消えた」
「これがオンオフをはっきりさせるってことか」
「なんかすごいね。私もやってみていい?」
「綾乃はダメ。何か出てきたら困るだろ」
僕が強く言うと「確かに出てきたら困るしね」と下がっていった。
「今日のところはこれで解散しよう。また変なやつがちょっかいをかけてくるか分からないし」
「そうだね。じゃあ小森君、また明日部室で」
「そうそう、色々聞きたい話もあるし」
これで一段落だ。
あとは無事に土曜日が来ることを祈って僕たちは帰路についた。
◆ ◆ ◆
「裕和の方はどうだって?」
「一応は一段落ついたって」
どうやら別の召喚能力者を仲間にして一件落着らしい。
もしも未解決ならば俺たちも横浜へ向かう必要があったかもしれないが、その必要はなさそうだ。
「高いオイルライターを買わされて財布がピンチって書いてあったんだけどどういう意味なんだろう」
「カーターさんから変な話を聞かされたとか?」
それはありそうだ。
あいつはそれなりの知識はあるのは間違いないのだが、どこか抜けているところがある。
「まあ、詳しい話は後で聞こう」
俺、
これから新幹線で自宅に帰るつもりではあるが、その前に東京でやっておかないといけないことがいくつかあるからだ。
そのやるべきことの1つを達成するためにやって来たのが今いる場所。
東京は神田神保町にある古本屋街だ。
ここは多くの古書店が立ち並ぶ通りとして全国的に有名な場所だ。
俺がここを訪れたのは、ネット検索でここの書店に目当ての書籍があると知ったからだ。
通販もできるのだが、せっかく東京近郊にいるのだから実店舗に足を運んだ方が早いという理由がある。
メールの情報を頼りに古本屋だらけの通りを歩いていき、事前に調べて連絡をしておいた書店を見つけた。
店内に足を踏み入れた瞬間、埃と古い紙の臭いが鼻をくすぐる。
店内は狭く、天井まで届くほどに積み上げられた本の山が、壁という壁を覆い隠していた。
この中から目当ての一冊を見つけるのは困難だろう。
事前に連絡をしていて本当に良かった。
「すみません、事前連絡していた上戸と申しますが」
店の奥にいた店主らしき老人へ呼びかけると、奥から出迎えてくれた。
「ああ、上戸さん……聞いてるよ。まさかこんなに若いお嬢さんだったとは」
「こう見えても私たちは大学生なんです。今度レポートで必要な資料がありまして」
「なるほどね。奥に取り置きしてあるので、ちょっとお待ちを」
店主はそう言うと店の奥の方へ入っていった。
店主も本の山の中から目当ての書籍を探して、すぐに取り出せるように別の場所に保管してくれていたのだろう。
細かな配慮に感謝したい。
「ラビちゃん、大学生って?」
「そう説明するのがややこしくなくて良いだろう。見た目通りだと中学生だし、これで社会人ですと名乗っても嘘をついてるだろうと思われるだろうし」
「苦労してるんだね」
「本当に苦労してるんだよ」
店主が戻ってくるまでの間、店の中に積まれている本の山へ目を向けた。
かなりの本の数だ。
おそらく今入っていた店の奥にも、まだまだ希少な本が眠っているのだろう。
「ラビちゃん、ここに来た理由は?」
「矢上君が調べてくれただろう。折戸って人の書いた本がネットオークションに出品されてるって。ただ矢上君は1冊しか見つけられなかったけど、調べてみたら教授は本を3冊出していた」
「もしかして、その残り2冊がここにある?」
「その通り。今日が日曜じゃなきゃ国会図書館まで行って調べても良かったんだけど」
「ふーん」
エリちゃんはそれで興味をなくしたようで、視線を店内の本へ移した。
「ちょっとここの本屋にある本は私には難しいかな。本を読むこと自体は好きな方なんだけど」
「こういう本屋はタイトルを眺めているだけでも面白いよ。『なんだこれ?』というタイトルの本があって読んでみたら意外と面白いってことも多いし。例えば……」
適当に眺めていると「大正の洋食屋」というタイトルに目を惹かれた。
本棚から抜き出してパラパラとめくってみる。
戦前、戦中の料理について、洋食店を経営していたシェフが書いたレシピ本のようだ。
発行は戦後すぐの昭和中期。
物資不足の時代ということもあり、紹介されている料理も使われている素材も、素朴なものばかりではある。
それでも美味しく仕上げようとシェフが苦労した体験談などが色々と載っている。
「料理本?」
「レシピも載ってるけど、どちらかと言えば体験談が中心かな? 物が手に入らない時代に、どうやったら客を満足させられるかという心意気が書いてある。闇市の食材の質に納得できなくて東京から山梨まで歩いて買い出しに行った話とか」
「なにそれ、面白そう」
「だろ。こういう予想外の出会いがあるから古本屋はたまらないんだ」
裏表紙に挟まれている値札を見る。
思わず「うっ」と唸ってしまうほどのお値段ではあるが、内容には金を出す価値がある。
これは人生への投資と思って諦める。
「上戸、相変わらず変な本に手を出しているんだな」
店の外に視線をやると、1人の青年が手を振っていた。
ダウンジャケットにスエードのパンツ。
気取らない服装で、いかにも気だるい日曜日に近所へふらりと散歩に来た。
そんな飄々とした立ち姿の青年は高校時代からの友人、
成人式という早すぎる同窓会の時に再会し、そこから今も薄く親交が続いている友人だ。
唯野は笑いながら店の中まで小走りで来ると、俺が持っている本を覗き込んだ。
「どちら様? ラビちゃんの知り合い?」
「こいつは唯野。俺の高校時代の知り合い。そして、今は文科省勤めの新人官僚だよ」
この古書店街にやって来たのは、折戸教授の著書を入手する目的もあった。
だが、それだけではない。
もう一つの目的は、中央官庁の情報を入手するために、昔の縁を頼ることだった。
守秘義務で話せないことも多数あるだろうが、俺にとっては政府筋の情報を入手できる唯一の手段だ。
まずは、ここでネットだけでは分からない動きを確認する。