収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第29話 「バグベア」

 使い魔に偵察させた時点では構造自体は奈良の遺跡に似ていると感じたが、実際に潜ってみるとかなり受ける印象が異なる。

 

 一番の違いは遺跡全体の傷み方だ。

 

 壁の石材は白い粉を吹いて風化が始まっており、表面はザラザラになっている。

 

 足元には天井や壁が一部崩れてきたものであろう大きめの落石などが転がっており、走って移動している麻沼さんがそれらに躓かないようにかなり苦戦している。

 

 セメントを流し込むなどして崩落してこないように応急補修しているようだが、公共工事でやるような土砂崩れ防止の工事とは比べ物にならない稚拙だ。

 もちろん、まともな工事業者が施工したもののではないだろう。

 近いうちに塗り付けたセメントごと剥がれて落ちてきそうだ。

 

 例の教団の連中が近所のホームセンターで買ってきたもので左官屋の真似事を頑張ったのかもしれないが、成果が上がっているとは思えない。

 無駄な努力ご苦労様である。

 

「やっぱり違和感がありますか?」

 

 俺が天井や壁などを見ていることに気付いたのか、小走りで遺跡を駆け抜けている麻沼さんが声をかけてきた。

 かなりの速度で走っているはずなのに話しても息が切れていないのは相当鍛えているからなのだろうか。

 

「この遺跡って経年劣化で崩壊が始まっていますよね。仕事でよくこんな感じの廃墟や洞窟に行くので分かります」

 

 やはり麻沼さんも同じことを考えていたようだ。

 

 そう話していると、天井から水滴がポタリと落ちて来た。

 見上げてみると、水滴が落ちて来た部分には黒い苔だかカビだかが覆われており、かなりの長期間、水が漏れ出し続けていたことが分かる。

 

 そう言えばこの旧校舎の真上には暗渠になっている川が流れているのだったか。

 

 既に水漏れしているということは、近いうちに天井が抜けて上の川から水が流れ込んできてもおかしくはない。

 

 何となく神父の目的が見えて来たかもしれない。

 

 神父は赤い宝石のエネルギー充電装置としてこの遺跡を使っていた。

 

 ところがこの遺跡の状況だと、いつ崩壊してもおかしくはない。

 崩壊すると赤い宝石の充電が一切出来なくなるわけだが、神父ならこの事態を解決するためにどう動く?

 

「麻沼さんはどう考えます?」

「次元の裂け目は動かせないのですから、学校側からの説明にあった通り、補強工事をやりたかったというのは本当の話でしょう。もちろん旧校舎ではなく、この地下遺跡全体の」

「でもこの広さの地下遺跡全体を工事をするには何億、何十億という予算が必要だと思いますよ。それは流石にたかだか県議会議員が動かせる予算ではない」

 

 その状況で出来ることは何だ?

 考えればあと少しで答えが出そうだ。

 

「カーターはどう思う?」

「赤い宝石の充電機の予備なんてドンキに売ってるわけもないし、ここを維持するしかないだろうな。最深部だけ耐震補強とか」

「途中の通路が崩れたら最深部だけ残っていても行けないんじゃ」

「そこはそれだ。なんかすごい魔術で移動する」

「なんかすごい魔術」

「多分オレの想像を超えたくらいすごい」

 

 予算が限られている以上はカーターの意見しかないとは思う。

「なんかすごい魔術」は俺達がたまたま知らないだけでテレポート系の何かがあるかもしれない。

 

 ただ、麻沼さんの意見は異なるようだ。

 

 俺達が気付いていない何かを知っているが、麻沼さんの方からは、その内容を外部の人間には言えない。

 それでも情報共有はしておかないと、後で困ったことが確実に発生するのは分かる。

 

 そんなジレンマに苛まれている、何かを隠しているような表情を見せている。

 

 逆に考えると、俺達の会話の中に麻沼さんがそれに気付くためのヒントがあったということだ。

 

「次元の裂け目は移動出来ない」はおそらく覆らない。

 そんな能力があるなら既に使用して、もっと便利な場所に移動しているはずだからだ。

 

 ならば隠しているのは「充電台の予備は他にない」か。

 

 次元の裂け目を使わなくとも、赤い宝石にチャージ出来る能力があれば、最悪ここは捨てていい。

 ……少し答えに近付けた気がする。

 

 では、その能力とは何か?

 

 そういう特殊能力を持つ使い魔が出て来ることを祈って赤い宝石の力で能力者覚醒ガチャを回し続けている?

 ……流石に不確定要素が高すぎてあり得ない。どんなギャンブラーだよ。

 

 カーターの持つ魔力結晶に赤い宝石から充電出来ることの逆パターンで、赤い宝石に充電することが出来る?

 ……こちらの方が可能性は高そうだ。

 

 ならば、そのアイテムはどうやって手に入れる?

 赤い宝石で能力者を増やすことと何か関係ある?

 

 能力者が増えるとアイテムも増える?

 

「おい、前を見ろよ!」

「うわっ、危ない!」

 

 つい考えに集中しすぎて遺跡の壁に衝突事故を起こすところだった。

 慌ててブレーキをかける。

 

 流石に慣性は殺しきれずに後ろに座っていたカーターが全力で俺の上に圧し掛かってきた。

 箒の上に座っているとはいえ、身長180cm近い大柄のカーターに押し潰されてはひとたまりもない。

 

「重い重い! 潰れる潰れる! 解除(リリース)解除(リリース)解除(リリース)!」

 

 とりあえず圧し掛かられたままだと重くて何も出来ないので、一度箒を完全に停止させて着地する。

 

「だから注意しろよ。考え事は一度停まってから。こんなところで自損事故は困るぞ」

「自損事故?」

 

 自損事故……自爆?

 

「お手柄だカーター」

「何がお手柄だよ。巻き込まれたオレの立場を考えろ」

「ごめん」

 

 ここは素直に謝る。

 何かを考えこみながらの運転はよろしくないと交通安全協会も免許更新の講習で言っている。

 

 赤い宝石に貯め込んだエネルギーを使ってもなお能力者を増やし続けているのは、それ以上のリターンが期待出来るからだろう。

 それはもしかして、能力者がそれなりの確率で自爆……死ぬことが前提になっているのではないだろか?

 

 実際、友瀬さんは使い魔が暴走して自爆しかけた。

 小森くんや矢上君がフォローに入って助けることが出来たが、もし助けるのに失敗したらどうなっていたのか?

 

 今は教団に協力しているという男と高校生2人が襲撃に来ているようだが、その3人と小森くん達がぶつかって誰か死亡するような事態になったらどうなる?

 

「神父に能力を与えられた能力者が死ぬことで『何か』エネルギーを秘めたアイテムが出て来る?」

 

 俺が推論を出すと麻沼さんの表情が僅かだが変化した。

 薄氷の上に成り立っている推論ではあるが、どうやら答えに掠ったようだ。

 

「『何か』で赤い宝石にエネルギーをチャージ出来るならば、この充電器は最悪なくなっても困らないのでは? もちろん使えるに越したことはないのだから、可能な限りは護ろうとするだろうが」

「死んだら何かが出て来るって、メダルでも出るってのか?」

 

 それだ!

 

 異世界ではモンスターや俺達のようなガチャ人間が死ぬとメダルが排出された。

 それと同じ現象が日本でも能力者を対象に起こっているということならば、話は完全に繋がる。

 

「そういえばカーターは聞いていなかったのか。小森くん達はここの地下5階で中ボス的な奴を倒したんだが、その時に銀のメダルが排出されたらしい」

 

 そう説明するとカーターが訝し気な顔をした。

 

「死んだらメダルが出て来るのはあのゲームの運営オリジナルだろ。神父はどこでそのシステムを手に入れたんだよ」

「あちらの世界を攻撃して運営を撤退させた奴がいるじゃないか。そいつならば、運営が召喚システムを持っていることも、撤退することも事前に把握している」

「無貌の神……ナイアルラトホテップか」

 

 カーターの言う通り、犯人としてはそいつしかいないだろう。

 

 もちろん神父=ナイアルラトホテップはまだ確定していない。

 

 何しろ神父は明治時代からずっと活動していたのだから、昨年に中村と取り憑いて一緒に日本にやってきた奴とは別の存在でないと色々とおかしい。

 考察のためには追加の情報が必要だ。

 

「中村に憑いてた奴が運営からシステムを奪って、また何か別の悪事を企んでいたところに俺達が乱入してそれを阻止した」

「中村は死んだが、そのシステムだけが神父に流れて来たと」

「もちろん、これは手元にある少ない情報から仮定に仮定を重ねて出した穴だらけの推論だ。中村と神父の関係からして謎だし、合っている保証なんて何もない」

 

 今の推論だと、能力者が死ななければメダルは排出されず、エネルギーはマイナスになるだけだ。

 能力者が死んでも、排出されるメダルから得られるエネルギー量が少なければ、やはりマイナスの方が大きい。

 

 ただ、確実な点は1つだけならばある。

 

「でも、大筋は合っていると思うんだ。特に能力者が死ぬとメダルが排出されるという事象を確認した人がいるはずです。そこのところどうですか、麻沼さん」

 

 ここで麻沼さんに話を振る。

 職業柄、言えないことは複数有るだろう。

 

 ただ「探偵」はメダルのシステムや異世界での出来事、無貌の神については何も情報を持っていないはずだ。

 俺達からの情報提供を餌に情報交換を持ち掛けることは十分可能だと思う。

 

 守秘義務的なものがあるとは言え、こちらから振った話にYes/Noで答えることくらいならば出来るだろう。

 

「……私達は3枚のコインを回収しています。Rと書かれた銅色のコインのみですけど、他にも種類があるんですね」

 

 麻沼さんは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら答えた。

 

 「探偵」は正体不明のメダルをコインと判断したのか。

 

 まあ伝われば良いのでそこの名称に拘る気はない。

 

「私の知る限りはSSRと書かれた金、SRと書かれた銀のメダルがあります。銀のメダルは柿原さんが持っているはずです」

「諸事情により、私の口からこれ以上を語ることは出来ませんが、出動した先で正体不明のコインを拾うことがありました」

 

 認めたということは、麻沼さんも能力者、もしくは神父に何かされたであろう人間が死ぬとメダルを排出するという事象については確認済ということだ。

 

 そして、メダルが3枚あるということは、最低でも3人は犠牲になっているということだ。

 

 もちろん神父の方も排出された全てのメダルを奪われるような失態はしていないと思われるので、犠牲者の数はそれ以上だ。

 

「和泉さんから矢上君に学校で欠席者がいないかについて確認されたそうですが、もしやそれも何か関係が?」

「ノーコメントでお願いします」

 

 麻沼さんの立場ではそう答えざるを得ないだろう。

 おそらく他に犠牲者がいないかを知りたかったのだと思う。

 

「この地下遺跡の件が片付いたら、一度『上司』との対談の場を設けてもらえないですか? お互い情報不足なために、何か大きなことを見落としていそうです」

「それはこちらからもお願いします。情報不足で正しい分析が出来ないのはこちらも同じですので」

 

 ようやく上司との対談の機会を得られそうだ。

 それは八頭(やず)さんか蘆名(あしな)さんかは不明ではあるが、和泉さんや麻沼さんでは話せない内容も多々あるだろう。

 

「今の推論が合っているならば、オレ達も急いだ方が良いんじゃないのか? この遺跡に送られてきた3人ってメダルを排出させるために無謀な特攻をさせた捨て駒ってことになるぞ」

 

 カーターが指を上方向に向けながら言った。

 

「小森や他の高校生に殺害する意思なんてなくても、不可抗力ってのもがあるし、別途トドメを刺すためだけの援軍がやってきてメダル回収をする可能性は十分あり得る」

 

 考えたくもない恐ろしい話だが、絶対にないとは言いきれない。

 

「赤い宝石を回収さえすれば、上の3人の能力は消せる。最初に真桑ってやつの能力を消せという和泉との約束はチャラになるが」

「そこは臨機応変でいいだろう。確実に3人の安全が確保出来るのならば能力を消さずにさっさと撤退でも良いんだし」

 

 カーターの話を聞いた麻沼さんはその場で膝伸ばしの屈伸と軽くジャンプを始めた。

 

「上戸さん、もう少し速度を上げられますか? 私は大丈夫です」

「では、私の方も少しだけ加速します。カーターは振り落とされるなよ」

「お前は自爆事故に気を付けろよ」

「もちろんだ!」

 

 俺達3人は遺跡最深部への移動を再開した。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 地下5階。

 

「敵の数が一気に増えました」

 

 みんなで友瀬さんのコンソールを覗き込むと、今まで表示されている標は今までは3つだったのが、突然8体に増加した。

 

 そのうち5体が今までの倍以上の速度で地下5階を目指して走ってくる。

 この分だと到達まで3分もかからないだろう。

 

「何が起こっているの、これ?」

「多分、使い魔で数を出せる能力を3人のうち誰かが持っているんだ。友瀬さん、分析を!」

「もちろんです」

 

 コンソール上には向かってくる5体の敵の情報が映像付きで表示された。

 

 黒いクマのような長い毛を持つ生物。

 手には鋭い爪。

 

 以前に僕達を襲ってきて……ジャック・オー・ランタン召喚のきっかけになった熊の怪物だ。

 

「名前はバグベア。分類は使い魔。能力はファストブレイク、ペイントエリア、サブスティチューションです」

「って何この名前? どういう意味?」

「わ、わかりません。ただこの名前だけが表示されているので」

 

 友瀬さんも表示されている能力の名前が理解できなくて眉をハの字にして困惑していた。

 そんな中、小森君だけが冷静にコンソールの文字を指差して言った。

 

「こいつは木島の能力だ。間違いなく」

「なんで分かるの?」

「これは全部バスケの用語だ。ファストブレイクは速攻、ペイントエリアは同じ場所にとどまることを禁止している場所、サブスティチューションはチームメンバーの交代」

「つまり、自分の能力をバスケの攻撃になぞらえていると」

「多分、そういうことだ。バスケはコート内に味方が5人。このサブスティチューションって能力でその5体を控えと入れ替えて戦えるんだと思う」

 

 そう説明されると何となく理解出来る。

 ファストブレイクは攻撃系。

 こちらの準備が整う前に攻撃を仕掛ける能力。

 

 ペイントエリアだけは分からないけど、同じ場所に僕達をいさせないために何かを起こすのだろう。

 後衛の綾乃や友瀬さんが狙われる可能性が高い。

 

「このバグベアに残り2人の能力が同時に来るのか」

「残り2人の能力が分からない以上は臨機応変に戦う以外の方法がない」

 

 和泉の低く落ち着いた声が静寂を切り裂いた。

「……相手の能力が不明な以上、確実に、確実に一体ずつ仕留めていくしかない。いいな?」

 

 その言葉に、僕は無言でうなずいた。正論だ。迷っている暇はない。

 小森君がすっと槍を構え、階段の上に視線を向ける。

 

「学生の君たちを巻き込むのは本意ではないが、今回は私に力を貸して欲しい」

 

 和泉は振り返り、僕たちに静かに目を向けた。

 

「分かっています」

 

 小森君が一歩前に出た。

 目の奥には覚悟が宿っていた。

 

「どのみち……木島の相手は、俺の役目ですから」

 

 その言葉に、和泉が小さくうなずく。

 階段の上から、かすかな気配が近づいていた。

 あと1分もすれば、ここに到達するだろう。

 

「多分、乱戦になる」

 

 僕は下り階段の方を指差しながら、柿原さんと友瀬さんに向き直る。

 

「だから……綾乃、友瀬さん。一度、地下6階の階段に移動してくれる?」

 

「……私も戦えるんだけど」

 

 柿原さんが眉を寄せた。

 感情を抑えようとしても、わずかに揺れた声に本心が滲んでいた。

 

「分かってる。やるなって意味じゃない。ただ、今は僕たち3人でまず敵の動きと能力を見たい。向こうの出方が見えたら、後方から援護を頼みたい」

 

 僕は落ち着いた声を保ちながら答えた。

 無理はさせたくない。でも綾乃と友瀬さんの力も必要だ。

 

「……分かりました」

 

 友瀬さんが一歩前に出て、綾乃の肩に手を添えた。

 

「私がアル君の能力で状況はチェックしてます。だから、任せてください。今というタイミングで助けに入りますから」

 

 友瀬さんに促され、柿原さんは不承不承ながらも階段を降り始めた。

 その背中を見送る間もなく、上から荒々しい足音が迫ってきた。

 

 和泉さんが片手を上げ、短く告げる。

 

「来たな……小森君、矢上君、敵は5体。お互い、背中を預け合え。包囲されるな」

 

「了解です」

 

 僕は深く息を吸った。手のひらが汗ばんでいる。

 小森君は、すでに槍の穂先を敵の来る方向へ向けていた。その背に、わずかな気負いもない。

 

 ここからが本番……初の対人戦だ。

 

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