地下5階に侵入してきたクマのような怪物……バグベアの1体1体は強くない。
爪による攻撃の直撃を受ければ大怪我は間違いないが、カボチャ頭のパワーと速度ならば十分に防ぐことが出来る。
逆にこちらの攻撃をクリーンヒットさえ出来れば、ほぼ一撃で倒すことが出来る。
ただ、これが2体以上となると厄介だ。
5体のバグベアは明確な意図を持って仕掛けてきていた。
まず、僕達3人のうち、誰か1人がマークされる。
一度攻撃対象になると3体が執拗に食らいついてくる。
バグベア1体だけならば容易に倒せるだろうが、3体がヒット&アウェイで波状攻撃を仕掛けてくるとなるとそうはいかない。
僕も小森君も集団に対する攻撃を持っていない。
あくまでも1体1での戦闘方法だけだ。
1体に攻撃を仕掛けようとすると、他の1体がフォローに入った上で残る1体が反撃を仕掛けてくる。
更に厄介なのは、残りの敵2体だ。
そいつらは走る。
とにかく走り回る。
マークされた1人の援護に入ろうとすると、横から潰され、回り込もうとしても既に進路上に立って妨害してくる。
1体ならば倒してしまえば良いと思って攻撃を仕掛けると、ターゲット自体をあっさりと変更して、今度は仕掛けた方がマークされてしまう。
更に厄介なのが、バグベアが通りがかり様に地雷のような何かを埋めていくことだ。
地雷は一定時間が経つと爆発するようなので、僕達も一か所に留まることは出来ず、常に動き回らないと爆発に巻き込まれてしまう。
これはおそらく友瀬さんの能力で解析した「ペイントエリア」という能力だろう。
常に動き回って変幻自在の戦術を仕掛けてくる実に戦いにくい相手だ。
「相当に戦い慣れているな、こいつは」
小森君が狙われている中、ようやく和泉さんの近くに寄ることが出来た。
「うちのバスケ部の基本戦術ですよ、これ」
去年の年末、県大会8位入賞のバスケ部にインタビューをすることがあり、取材前に準々決勝の試合内容をビデオでチェックしたことがある。
僕達の通う公立高校は私立のスポーツに力を入れている強豪校と違って花形スター選手はいない。
地元民のバスケ好きが趣味で始めたレベルから抜け出せておらず、技術、選手の体格、選手層の全てで劣っている。
そんな弱者である僕達の高校が強豪校相手に勝つための基本戦術がこれだった。
とにかく足でかき回して相手の戦術を事前に潰して選手の動きを封じることに全力を注ぐ。
観客席からヤジが飛んでも気にせずそれを続ける。
そして、相手が苛立ちからミスをするのを待って、フォーメーションが崩壊した隙をついて点を入れる。
バスケにしては少ない点数で勝利をもぎ取る……一昨年の優勝校を含む強豪を大番狂わせでねじ伏せ、下剋上を果たした当時の部長曰く「持たぬ者の戦い」だ。
選手層の薄さから選手1人あたりの負荷が大きすぎて大会終盤まで体力が持たなかったが、あと何人か控えがいればもしやという結果もあったかもしれない。
その「選手のスタミナ不足」という弱点を好きなタイミングで出し放題の使い魔という方法で潰してきた。
「多分、こうやって持久戦に持ち込んで僕達が大きくミスるのを待っています」
「だろうな。使い魔なら実質スタミナ切れはないだろうが、私達は違う……おっと」
会話は乱入してきたバグベアによって会話は中断された。
今度は和泉さんがターゲットに選ばれたようで、3体が向かっていった。
連携攻撃を何とか避けているが、いつまで持つかは分からない。
そして僕達の方には和泉さんのフォローに入れないように2体が牽制にやってきた。
「矢上君、このままじゃ埒が明かない。まずは2人で1匹潰すぞ!」
「分かった!」
和泉さんには少し頑張ってもらおう。
フリーになった小森君と合図をして、遊撃のために走り回っている2体のうち、1体のバグベアに狙いを付けた。
「ジャッコ!
カボチャ頭が命令通りに火の玉を撃ちだす。
もちろん、こんな広い場所でフェイントもなしに放った攻撃が命中するなんて思っていない。
実際、火の玉は何もない床に着弾して炎の柱を上げた。
バグベアは強く石畳を蹴りつけたサイドステップで飛び退いており、掠りもしていない。
「恵理子得意の着地狙いを真似させてもらう!」
そのバグベアがサイドステップで避けた先には、一辺2mの正方形の光の壁を槍の先に浮かべた小森君が準備万端で待機していた。
着地したばかりのバグベアには連続ステップは行えず、避ける術がない。
「潰れろ!」
鋭く風を切る音と共に豪快に光の壁は振り下ろされ、まるでハエ叩きで叩かれたようにバグベアの1体が縦にへしゃげて、そのまま粒子と化して消えていった。
仲間がやられたことに動揺したのか、一瞬だが他4体のバグベアの動きが止まった。
その隙を見逃す手はない。
すかさずカボチャ頭に命じて遊撃部隊の残る1体に対して鋭い飛び蹴りを加える。
怯んだところに更に回し蹴り。
蹴りの反動で先程出した炎の柱の方向へ飛翔する。
「
炎の柱から鎌を取り出し、それを回し蹴りでバランスを崩したバグベアに投げつけた。
鎌はバグベアに突き刺さり、そのまま燃え上がった。
回収はしなくても良いだろう。
スキルの効果時間の短さを考えると、どうせすぐに消えてなくなる。
「これで3対3か」
「3対2だ」
バグベア達の隙に便乗したのは僕だけではなかったようだ。
和泉さんも襲ってきていたバグベアの脇にナイフを突き刺し、すかさず呪文を唱える。
使い魔の力を術者に還す術。
「ダメだな、力がうまく術者に還らない」
ナイフを刺されたバグベア1体は霧散消失した。
だが、残った2体は何事もなかったかのように立っている。
召喚者と使い魔が1対1だった真桑の時と違い、複数個体いるうちの1体の力を召喚者に返したところで大したダメージはならないのだろう。
友瀬さんの分析により、バグベアは5体以外にも交代要員がいるはずなので余計にだ。
「所詮は使い捨て要員。本体ではなく大気に還るだけか」
それでもこれで得意の連携攻撃は不可能になった。
戦局は僕達の有利に一気に傾いた。
「まあ、これで数の上では有利になったわけだし」
「そうでもないと思うぞ。バスケは何度でもチームメイトを交換出来るんだ」
階段の上の方からバタバタと足音が聞こえて来たかと思うと、3体の補充要員……バグベアが僕達の方に走ってくるのが見えた。
「サブスティチューション」という能力名で交代要員が出て来ることの予想は出来ていたが、実際に倒したばかりの敵が補充されるのを見ると徒労感が大きい。
召喚者である木島君の体力と僕達の体力、どちらが切れるのか先という勝負になってきた。
もちろん、他2人の能力者がいることは別に考えないといけない。
「本体を止めないと何度でも補充されるのか」
「なら、補充が追い付かないくらいに倒せば良いじゃない!」
高らかに響く声と共に、追加要員の3体のバグベア達が一条の炎によって薙ぎ払われた。
炎は一瞬でバグベア達を跡形もなく焼き尽くし、石畳を赤く赤熱させた。
それを見た生き残りの2体のバグベアは追撃が来ると警戒したのか、部屋の隅に散っていく。
当面の危機は去ったようだ。
熱線が発射された方向を見ると、背後にヤマンソを浮かべた綾乃が、両腕を腰に当てて不敵なポーズを取って立っていた。
「なんで上がって来たんだよ。まだ敵はいるんだぞ」
「友瀬さん、解説お願い」
綾乃が振り向いて呼びかけると、後ろに隠れていた友瀬さんがひょっこりと顔を出した。
「3体が一気にやられた途端に、向こう3人のうち1人が逃げ出しました」
そう言うと友瀬さんがコンソールを僕達の方に見せて来た。
右上にB4Fの表記があり、そこには動かない2つの光の点と、急速に離れていく1つの点が映っていた。
「逃げ出したのは誰? バグベアが残ってるから、木島君じゃないのは分かるけど」
「中年の男の人みたいですね。高校生2人はその場に残っています。表情までは分かりませんけど」
画面が切り替わると、女子の方が中年男に手を伸ばして呼び止めていた。
今にも走って追いかけそうな雰囲気だが、すぐ後ろにいる男子……木島君が肩を掴んでそれを阻止している。
「バグベアがやられたことで、運び屋のこいつが臆病風に吹かれて逃げ出したのか」
「でもまだ戦闘継続中なんじゃ。この部屋にもまだバグベアは残っているし、女子の方の能力も不明なんだし」
持久戦を覚悟していただけに拍子抜けだ。
この分だとバグベアに混じって他2人の使い魔が一緒になって攻めてくるということはないだろう。
この部屋の隅に残ったバグベア2体も対応を決めかねているのかじっとこちらの様子を伺っているだけだ。
「情勢が変わった今がチャンスかもしれない。俺が木島と話してみます」
小森君が部屋の隅にいるバグベアを警戒しながら近寄ってきた。
「私達をおびき寄せるための罠なのかもしれないぞ」
「でも、本当にこの中年男に裏切られて不利だと分かる今の状況こそが話し合う機会だと思います」
和泉さんは男が逃げ出したことを罠だと考えているようだ。
流石に逃げ出すタイミングが少し早すぎるからだ。
それでもだ。
状況を変えるのは今動くしかない。
「どの道、ここで持久戦をやっていても、スタミナ切れで不利になるのは僕達の方です。状況を変えるのは今がチャンスという小森君の意見に僕は賛成です」
「お願いします!」
小森君と一緒に頭を下げて頼み込むと、和泉さんは両手を広げて意外とすぐに折れた。
「状況を動かすチャンスなことに間違いはない。ただし、奇襲に備えて全員揃った状態で行動だ」
「分かりました」
◆ ◆ ◆
部屋の隅で警戒を続けているバグベアから目線を外さないようにして階段を上がり、レーダーを頼りに歩いていくと、高校生の男女の姿があった。
木島君ともう1人初見の女子高生だ。
僕達の姿を見るや女子高生が庇うように前に飛び出したが、それを木島君自身が手で制した。
「話し合って仲良くしよう……そんな、おめでたい話に付き合うつもりはないぞ」
「違う。これは降伏勧告だ。俺達の能力と人数の差を考えろ。お前達にもう勝ち目なんてない」
小森君が槍の先に光を灯しながら木島君に言った。
言葉は鋭いけれど、耳に残るのは優しい響きだった。
相手が憎くて言った言葉ではない。
本当は戦いたくないという気持ちがあるからこその降伏勧告だ。
「無駄で無益な戦いはこれで終わりだ」
「無駄と決めつけるな。バスケはチーム戦だ。たとえ個人の能力で負けていても戦いようはある」
「これはバスケじゃない。もっと酷い最低の何かだ。お前は大好きなバスケとケンカを同じにするのか? 一生懸命勝ち取ったレギュラー枠が意思を持たない獣で埋まっている現状が満足か?」
「限界なんだよ!」
木島君は両腕の拳を自らの太腿を強く叩きつけた。
鈍い音が響く。
「練習をサボりがちで覇気のない部員! 結果を出したのに理解のない学校と顧問のせいで増えない部費! 俺1人が頑張ってどうにかなる問題じゃない!」
「結果だけが全てじゃないだろう」
「全てなんだよ!」
木島君の慟哭が空気を震わせる。
「スポーツの世界は常に結果を出し続けなきゃ次に繋がらない……一度でも止まれば、俺が小学生から抱いてきた夢はそこで終わりだ。人生は無駄に終わる。そうなったら俺はどう生きたらいい?」
それに返す言葉を僕は持っていない。
スポーツの世界は本当に止まれば終わりだ。
まず選ばれた数人に入らなければならないし、その後も次々と新顔が登場しての生き残り戦が始まり、負ければどんどん入れ替わっていく。
「そこでこの能力だ。この力が……フィジカルがあれば優勝校のあいつらも……お前も全部力でねじ伏せられる。技量の差なんて簡単に埋められる」
「技量に差があることについては認めるのか? 努力が足りないだけじゃないのか?」
「凡人は天才と違うんだよ。あいつら1の努力で俺達の100の努力を上回ってくる。技術でも努力でも負けるならばその差を埋めるのはフィジカルだ」
木島君が不敵な笑みを浮かべながら小森君に近付いていく。
「最近ガリ勉になったお前もそうだろ。いくら勉強しても東大に合格出来るような天才には叶わない。医大志望らしいが、お前にそんな学力はなかっただろ」
「そんなことは分かっている。だけど諦めるつもりはない。足掻けるだけ足掻いて見せる」
「結果の出ない努力は無意味だ」
「結果は出すさ。まだ一年も時間がある。親に迷惑を掛けるかもしれないが浪人したっていい。夢を諦めるつもりはない」
「諦めろ。凡人には正攻法じゃ届かない壁ってのがあるんだよ!」
「そうか、お前は夢を諦めたのか」
小森君に「諦めた」と言われた木島君が露骨に顔を歪めた。
「前に『バスケなんてどうでもいい』と言ってのを聞いた時に違和感が有ったんだ。バスケに専念していた奴がそんなこと言うわけないって。理由が分かった。お前は限界にぶつかって諦めたんだ。コートから逃げ出してやることが町のチンピラの使いっパシリでいいのか?」
「俺は諦めていない! この能力を使ってライバル校の連中もお前も倒す!」
木島君の叫びで新たな3体のバグベアが出現した。
「それを諦めたって言ってるんだ。本当に夢を諦めていないならバトルじゃなくてバスケをやれバカ!」
だけど、そうやって出現したバグベアのうち1体が会話中もずっと槍の穂先に光を溜め続けていた小森君が槍の一閃で霧散消失した。
「オーラウエポン×7ってところだ」
木島君はその場で目を丸くして立ち尽くし、一撃で粉砕されたバグベアをただ見つめていた。
「試合じゃなくて場外乱闘で勝とうとするなバカ!」
2体目が消し飛ばされる。
「こんなことをしている時間があるならドリブルの練習でもしてろバカ! 3つ併せてトリプルバカ!」
3体目のバグベアが小森君の語彙と共に消滅していった。
一瞬で補充した使い魔が倒されたことからか、木島くんの目に絶望が浮かんだ。
「なんだよ……なんなんだよお前は……なんで俺から全部奪っていくんだよ」
「俺は半年近く生死をかけて敵と戦ってきた。でもお前は相手選手に触れると反則になるバスケの世界にしかいなかった。殴り合いで俺に勝てるわけないんだよ……」
「ならどうしろって言うんだ!」
木島君が小森くんの服の胸倉を掴んだ。
小森君はそれを余裕で避けられただろう。
でも避けなかった。
小森君も木島君の服の胸倉を掴み返す。
「得意のバスケでも負けて、ならば異世界チートに対抗出来る力をって……何でも出来る力を手に入れたのに……俺に何が足りないって言うんだ!」
「だからバスケでまともに勝負なんてしてないだろ。俺のやったことは体育の授業で隙をついてボールを取っただけだ。どうせ体育の授業なんてナメてたんだろ」
「バスケで改めて勝負しろってことか?」
「だからそれだけの話だろ。こうやって超能力で暴れることとバスケに何の関係があるんだよ」
木島君の手の力が緩んだ。
「放課後にバスケの練習くらい付き合ってやるよ。俺に勝てたら県大会でも通用するってことでいいだろ」
「抜けるわけないだろ。異世界チートの運動能力はおかしいだろ」
「フィジカルの差を埋めるのが技術だろ。素人の俺なんてあっさり負かせてみせろよ! それともお前の小学生からの努力ってのはそんなものか?」
「ああ、やってやるよ! 何も知らない素人との違いってやつを教えてやるよ!」
そしてお互い突き飛ばすようにして服を放して距離を取った。
「降参だ降参。確かに、このまま戦っても勝ち目なんてない。
「もちろんだよ。あんなおかしな連中の言うことを聞いてた今までがおかしかっただけで」
景と呼ばれた女子高生も両手を上に挙げて降伏の意思を示した。
一応だけど小森くんと木島君との間で和解は成立した。
これで戦いは終わりだ。
「立場上、2人の身柄はしばらく拘束させてもらう。もちろん、これは教団からの報復から身を護るという意味もある。受けてもらえるかな?」
和泉さんがアタッシュケースから手錠を取り出した。
ただ、木島君はバグベアを喚び出せること。
横に居る彼女も同様に使い魔を出せるとなると、手錠くらいにそこまでの拘束力なんてないだろう。
それでも2人は抵抗することなくそれを受け入れた。
「この後に家族が狙われるとかないだろうな?」
「自宅住所と家族構成を教えてもらえれば対処はする。警察には顔が利くんでね」
これで一応は解決と言って良いに違いない。
「そう言えば逃げ出した男は?」
「地下2階です。もうすぐ地下1階ですね」
友瀬さんに確認すると、コンソールを表示してくれた。
もし学校の外に出たとしても車に乗らなければ追跡は出来そうだが。
「今から追いかけて間に合うかどうかかな?」
「どの道、2人を一度地上に連れて行かないといけない。全員で地上に向かおう」
「地下に向かった上戸さん達はどうします?」
綾乃が和泉さんに尋ねた。
「確かに、麻沼達が地下5階に戻ってきた時に誰も残っていないと無駄が発生するな」
和泉さんの視線に気づいたのか友瀬さんが首を横に振った。
「同時には1か所を映すのが精一杯です。逃げた人を追跡したら地下は映せません」
「地下だとスマホの電波も通じないしどうしたものか」
こうなったら誰かが直接向かった方が早そうだ。
今いるメンツの中で相応しいのは……。
和泉さん、小森君は木島君の相手で必要。
友瀬さんはレーダー役としてやはり必要。
綾乃を1人でこんなところに置いてはおけない。
答えは半分決まったようなものだ。
「僕が今の状況を伝えに行ってきます。みんなは先に地上へ向かってください」