収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第14話 「死神の鎌」

 炎の花弁……ヤマンソの全身に無数の電気回路のような模様が浮きあがった。

 その複雑なパターンをなぞるように虹色の光が走り、大きく脈打った。

 

 次の瞬間、周囲を公転していた2つの光球のうち1つが爆ぜるように溶けて霧散した。

 

 直後に空気が焼ける音とともに眩い(まばゆい)閃光が走り、花弁の中心から黒い霧を切り裂いて一条の灼熱の線が放たれた。

 

「プロテクション!」

 

 咄嗟に小森君が作り出した光の壁が赤熱した熱線を僕たちの手前で食い止めた。

 

 焼けた空気が僕たちの方へと流れ込んできて、じりじりと熱が伝わってくる。

 

 熱線の周囲から飛び散った火の粉は床に落ちて石畳を赤熱させているのが見えた。

 こんなものをまともに食らえばただの火傷程度では済まないことは分かる。

 

 熱線を防いでいる壁も段々と僕たちの方へ押し戻されている。

 このままずっと攻撃を防ぎきることはできないだろう。

 

 壁が破られるか、押し切られるかすれば僕たちの負けだ。

 

「壁はあとどれくらい持ちそう?」

「あいつの燃料切れまでは何とか持つとは思う……このまま2発3発と来たら怪しいけど」

 

 どうやら小森君が余計なこと(死亡フラグ)を言ってしまったらしい。

 

 まだ最初に放たれた熱線が消えていないというのに、花弁の周囲を公転していたもう1つの光球も溶けて、2発目の熱線が照射された。

 光の壁へと突き刺さった2本の熱線は、DNAの二重螺旋のように複雑に絡まり合いながら、太い一本の熱線と化した。

 

 熱線の色は深い赤からどす黒い、乾いた血の色のように変化している。

 

 それを受け続けている光の壁の厚さが目に見えて薄くなっていった。

 

「もう持たない! 今の間に一時退避を!」

「友瀬さんはこっちに」

 

 僕は友瀬さんの腕を掴んで全力で走り始めた。

 少なくとも熱線の直線上からは離れないと。

 

 僕たちが離脱したのを確認して小森君も駆け出した。

 

 その直後に光の壁は破壊された。

 僕たちがさっきまで立っていた場所を2本が交わった螺旋状の熱線が薙ぎ払った。

 

 着弾地点の床に敷かれた石畳は一瞬で溶岩のように融解し、逃げる僕たちの背後に爆風が襲い掛かった。

 

「アル君、ガードを!」

 

 友瀬さんがアルゴスに命じると赤い孔雀は尾羽を大きく広げて僕と友瀬さんの2人を包み込んだ。

 

 かなりの熱風が吹き付けてきたが、赤い孔雀の羽に守られて、僕たちには届かない。

 

 別方向に逃げた小森君は、咄嗟に壁の石材を槍で壊し、即席の盾を作って熱風を防いでいた。

 

 追撃は……来ない。

 

 ヤマンソは現れた時と同じように不気味な拍動を繰り返しながら、周囲に火の粉を撒き散らしているが、再度熱線を撃ってくるようなことはなかった。

 周囲を回転していた光の玉も消えたまま復活していない。

 

 5秒……10秒経っても何もなし。連射はできないのか?

 

「今のうちに作戦を考えよう。迂闊に突っ込んでも、あの熱線を撃たれたらひとたまりもない」

 

 小森君も追撃がないと分かったのか合流してきた。

 防具がないので服のあちこちが焦げているが、傷自体はないようだ。

 

「矢上君、あの熱線を撃ってから、今までの時間を数えてないか?」

「時間?」

 

 意味が分からず小森君にオウム返しした。

 

 そうは言ってもカウントなどしていない。

 

 もししていたとしても、ストップウォッチを使っているわけではないので、そこまで正確な数字は出せない。

 

「俺も無茶を言ってるのは分かるけど、重要なことなんだ」

「最初に火を噴き出してから今まででだいたい1分だと思います」

 

 答えは予想外のところから来た。

 友瀬さんが自信ありげに呟いた。

 

「カメラは暗い場所で撮影する時に長時間露光をするんです。頻繁にやってるので、1分、3分みたいな区切りのいい時間は体感で覚えています」

「さすがは写真部」

 

 僕が褒めると友瀬さんが照れ臭そうに「えへへ」と笑った。

 

「じゃあ引き続いて1分30秒まで数えてくれないか。90秒だ」

「はい」

 

 それを聞いて僕も30秒のカウントを始める。

 

 だいたい27秒ほど数えたあたりで宙に浮かぶ花弁……ヤマンソの周辺を回転する光の玉が復活した。

 それなのに、すぐに熱線は発射して来ない。

 

「やっぱりそうだ。使い魔も俺たちの使うスキルと同じクールタイムがある」

「それって連続で使えないってこと?」

「すぐに熱線を放って追撃してこないのが証拠だ。スキル1が30秒。スキル2が90秒。スキル3は180秒経たないと連続して使えない」

 

 小森君の推測が正しければ、光の玉を出すのは90秒。熱線は180秒だ。

 まだ1分ほどゆとりがあると考えられる。

 

 だけど、その間も綾乃は高熱でダメージを受け続けている。

 体力のことを考えるとあまり時間をかけたくないというのは事実だ。

 

「光の玉を補充するのがスキル2で熱線がスキル3ってこと?」

「状況から考えてほぼ間違いない。実際、熱線を連射してこない。その上でスキル3はスキル2で出す光の玉を消費しないと使うことができないんだと思う。使用条件が厳しい代わりに威力が普通のスキルより強いタイプだ」

「そんな制限があるんだ」

「ラビ……上戸さんも同じタイプだよ。フルパワーで放つにはコストを払う必要がある。あのヤマンソとかいう火の玉も同じ傾向だろう」

「もしかして僕の3番目の能力もそうかな? 死神の鎌(グリムリーパー)。さっきから出そうとしているのに出ないんだ」

 

 確認のためにカボチャ頭の顔を見るが反応がない。

 能力を使うように命じても死神の鎌を出せないからには、何か条件があると考えて良さそうだ。

 

 僕の場合は前提条件が何かと考えると、2番目の能力、炎柱(フレイムピラー)しかないだろう。

 

「今からテスト……している時間はないな。俺が熱線を防ぐから、その間にチャレンジしてみてくれ。もし出たらアタッカーは任せる」

「ありがとう。もし出なければ僕が小森君のサポートに回る」

 

 口では「出なければ」と言ったが、もちろんミスをするつもりはない。

 綾乃が苦しんでいるのに、何もできないなんて自分を許せない。

 何としても成功させる。

 

 ……小森君には負けない。

 

「じゃあ時間もないしまとめよう。このあとすぐに熱線が来るだろうけど、今度こそ全力で防ぎ切る」

「さっきは途中までしか持たなかったけど何か作戦が?」

「咄嗟に単なる『壁』で出したから持たなかっただけだ。あの悪趣味な花の攻撃範囲と持続時間は把握できたから、それに合わせて最適化させる」

 

 小森君が自信満々に言った。

 

 僕は小森君が壁を斧の形に変化させたのを実際に見ている。

 

 あのように壁の形を自由に変化できるならば、より効率的に変化させるんだろう。

 

 小森君を信じよう。

 

「ただ防御に徹するので俺は攻撃に参加できない。だから矢上君が決めてくれ」

「分かった。任せてほしい」

「柿原の体力を考えると次の攻撃が最初で最後のチャンスだ。任せたぞ!」

 

 小森君が右手を前に突き出した。

 僕はその上に手を重ねる。

 更に友瀬さんが手を重ねた。

 

「行こう。再攻撃だ!」

 

 簡単に打ち合わせを終えた僕たちはヤマンソに向かって一斉に駆け出した。

 火の粉が僕たちの迎撃のためなのか塊になって飛んできたが、小森君が光をまとった槍を何度か払って全て叩き落とした。

 

「足を止めるな! 攻撃は全部俺が叩き落とす!」

 

 もちろん止める気はない。

 僕は小森君の「防ぐ」という言葉を信じた。

 

「友瀬さん、時間は?」

「あと10秒」

「頃合いか……ジャッコ、炎柱(フレイムピラー)!」

 

 命令通りにカボチャ頭は目の前の空間に向かって火の玉を放つ。

 床に着弾した火の玉は炎の柱を高く立ち昇らせた。

 

 もちろんこれは攻撃のためではない。

 3番目の能力に繋ぐための手順の1つだ。

 

 予想が正しければ、これで能力は発動できる。

 

「死神の鎌(グリムリーパー)!」

 

 命令を受けたカボチャ頭は燃え盛る炎の柱の中へ躊躇なく腕を突き入れ、その中から一本の黒い棒のようなものを引き出した。

 棒の先端に吹き上がる炎が絡みついていき、炎の柱は、三日月型の紅い刃へと変化した。

 

 完成したその形状はまさに死神が持つ鎌そのものだった。

 

 2番目の能力を消費することで初めて発動できる必殺技……スキル2つを同時使用するという条件はヤマンソの熱線と同じ。

 条件が同じならば負ける気はしない。

 

 カボチャ頭は鎌を頭上で器用にクルクルと回転させた後に、腰だめに構えた。

 

「さあ、かかって来い!」

 

 僕の挑発を受けての反応かどうかは分からないが、炎の花弁が大きく拍動した。

 

 周囲を回転している光の玉が回転速度を上げた後に消滅する。

 熱線発射の前兆だ。

 

「今度は防ぎ切ってみせる。プロテクション! モードチェンジ! 『三角錐(テトラ)』!」

 

 ヤマンソが再度熱線を放ったとほぼ同時に小森君が光の壁を形成した。

 

 決定的に違うのはその形状だ。

 

 先程は相手がどんな攻撃をするか定かではなかったので、シンプルな直方体の壁で、その一面だけで熱線を受けていた。

 

 ただ、今回は相手の熱線の攻撃範囲を把握した上での三角錐だ。

 

 縦に細長い三角錐の頂点で熱線を受け止めて、面に沿って受け流すようにしている。

 

 これならば、三角錐の頂点から底面までの奥行きも直方体とは比べ物にならない。

 

 角度が付いているおかげで、受け流した熱線も僕たちに当たることはない。

 

 実際、三角錐は頂点から少しずつ削られてはいるが、厚みも安定感も「壁」で受けていた時とは全く違う。

 

 熱線の本数が先ほどと同じく2本が絡み合う状態になっても、三角錐はビクともせず、逆にヤマンソが根負けした。

 だんだんと熱線は細く、弱くなり、そして放射が止まった。

 

「お客さん、お釣りをどうぞ!」

 

 小森君が指と手首を使って器用に手に持った槍を180度回転。

 柄尻で三角錐の底面を強く打ち付けた。

 

 底面に強い力を受けた三角錐は、勢いよくヤマンソへ向かって飛んでいく。

 

 三角錐はヤマンソ本体に激突するとそのままガラスのように粉々に砕け散って消滅した。

 

「アルゴス! ホーミングレーザー!」

 

 そのタイミングで、友瀬さんのアルゴスが尾羽を広げた。

 その先端に付いた目玉から一斉に何本ものレーザー光線が放たれる。

 

 レーザー光は熱線を放った直後で無防備なヤマンソの胴体へ命中する。

 レーザーが直撃した地点には、いくつもの黒い穴が穿たれた。

 

 炎の花弁相手に熱攻撃がどれほどの効果があるのか分からなかったが、それなりに効いている。

 

「アタッカーは任せる!」

「行ってください、先輩!」

 

 小森君と友瀬さんが作ってくれた隙に、カボチャ頭をヤマンソに向かって跳躍させた。

 

「綾乃を解放してもらう!」

 

 鎌を大きく振りかぶった後に渾身の力を込めて刃を食い込ませる。

 若干の抵抗はあったが、それでも刃はヤマンソ本体に深く突き刺さり、大きく切り裂いた。

 

 花のような形状のヤマンソには声帯などないのか叫び声こそ上げなかったものの、切り口から赤熱した溶岩のような液体を流してのたうち回り始めた。

 硫黄のような悪臭の液体は床に落ちる度に石畳を黒く焦がした。

 

 一撃では屠ることはできなかったが、間違いなく効いている。

 

 ただし、カボチャ頭が持った鎌の刃も、今の一撃でかなり小さくなっていた。

 どうやら攻撃の度に刃は削れていくらしい。

 あまり長時間は使用できない。

 

 だけど、こいつにとどめを刺すまでは持ってくれたらそれで十分だ!

 

「覚悟はいいな。刃が燃え尽きる前に決めさせてもらう……アサルトラッシュ!」

 

 普段ならば拳の連打で行う連続攻撃を、死神の鎌で行う。

 

 視認できない程の速さで何度も鎌が振り下ろされ、その度にヤマンソの本体に無数の傷が付いた。

 

「これで終わりだっ!」

 

 炎の刃はほぼ消えている。

 カボチャ頭は両手で鎌の端を握り、槍のようにヤマンソの本体へ深く突き刺した。

 

 死神の鎌に本体を貫かれたヤマンソは拍動を完全に停止。

 赤かった体表は完全燃焼した炭のように白くなり……そして、ちりじりの灰になって消滅していった。

 僕たちの勝利だ。

 

「柿原!」

 

 勝利の余韻にひたる間もなく、小森君がまだ床に残り火があるにも関わらず綾乃の元へ駆け出して抱き上げた。

 

「待ってろ。回復能力(ヒール)でこんな火傷くらい、痕も残さず消してやる」

 

 小森君の両腕から柔らかく温かい光が発せられた。

 その光は綾乃の全身を優しく包み込み、火傷を癒していく。

 

「綾乃、大丈夫?」

「先輩、怪我はないですか?」

 

 僕と友瀬さんも綾乃に駆け寄って様子を確認する。

 服のあちこちが熱で破れてはいるが、傷は小森君が使った回復能力で癒えたようだ。

 ひとまず安心だ。

 

「俺のヒールじゃ傷は治せても体力までは戻せない。とりあえず水分を」

 

 小森君が鞄からペットボトルのスポーツドリンクを取り出した。

 

「まだ未開封だから安心して飲んでくれ。ただ一気はダメだぞ。一口ずつ口に含んで飲み込むんだ」

「私……みんなに迷惑を……」

 

 綾乃が弱々しく言った。

 

「柿原のせいじゃないだろ。悪いのはわけの分からない能力をバラ撒いた『神父』だ」

「そうだよ。だからもう少し頑張ろう。さすがに今日のところはもう帰った方がいいかもしれないけど」

「そうだな……一時引き上げたほうがいいだろう」

 

 小森君が突然に下に降りる階段の方へ視線を向けた。

 

「下の方から何人かが階段を上がってきている音が聞こえる。かなり距離はあるみたいだけど」

「それだけ距離が離れていて分かるものなの?」

「五感は良い方なんだよ。視力も聴力も常人の何倍かはある」

 

 確認のために友瀬さんの方を見ると、頷いてコンソールに円形のレーダーディスプレイのようなものを表示させた。

 

 そこには3つの光る点とB3の表記があった。

 

「誰かがこの地下1階へ移動してきているのは間違いありません。多分、このヤマンソとの戦闘でかなり騒がしかったので慌てて飛んできたものかと」

「こんな時に黒幕の関係者が……逃げるの?」

「一度地上……旧校舎内の空き教室に身を隠そう。連中の正体を確認しなくちゃいけないし、どのみち、今の俺たちには休憩が必要だ。未知の相手と連戦は無理がある」

 

 僕は綾乃の顔を見る。

 

 小森君の回復能力で怪我は治ったようだが、かなり疲労しているのは分かる。

 ただ、この場でゆっくり休憩というわけにはいかないので移動は必要だ。

 

「分かった。一度上へ移動しよう。綾乃もそれでいいね」

「もちろん……私のためだけに諦めて欲しくはない……それこそ『神父』の思惑通りとか納得できない」

 

 自分の体調よりも解決というのが綾乃らしい。

 家に帰って休んでほしいというのは本音だけど、綾乃の性格上はそれを望まないということも分かる。

 

「でも隠れるとしてもどこに?」

「階段を上がってすぐの場所に倉庫があったでしょ。そこなら隠れられるはず」

「でも鍵は? 確か鍵がかかっているよね」

 

 僕がそう言うと綾乃が胸元から紐に吊るされた鍵を取り出して見せた。

 

「スペアキー。何年も前の部長が作ったものらしいけど、これがまだ使えるなら」

「新聞部って一体なんだろう。表のダイヤルの件といい、防犯カメラの件といい、先代が無茶苦茶やってたみたいなんだけど」

「なんだろうね」

 

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