収穫祭の魔女   作:れいてんし

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第35話 「放課後の情景」

 大城戸さんはこの学校で教団への勧誘をしているが、その方法が実に巧妙だ。

 

 学校内にいくつかネットワークを持っており、その情報網にかかった悩みを持つ生徒を見付けては人柄と外見の良さを表に出して近付いてくる。

 

 宗教の話は一切出さず「悩みを聞く」というシンプルな内容から話を始めるのは他のカルト団体と同じだが、決定的に異なるのは勧誘に使われる商材が能力のレンタルという点だ。

 

 大城戸さんからは悩みに合わせて「念動力」「身体能力の向上」「治癒」という特殊能力を1度だけ使うことが出来るチケットを与えられるらしい。

 超人的な能力を使えるという驚天動地の体験は違法薬物よりもはるかに蠱惑的で、対象となった人物は超常能力の魅力に抗えず抜け出せなくなる。

 

 木島君もバスケの県大会で成績が振るわず悩んでいた時に持ち掛けられた「身体能力の向上」に惹かれた……という話になっている。

 なお、大城戸さんが美人だったので「ちょっと話をしませんか」という言葉にホイホイ釣られただけというのは彼女さんには絶対に秘密であり、他言無用の話だ。

 

「――という話が木島君と弥寺さんからの聞き込みから得られた情報です」

 

 放課後、新聞部部室に集まった面々……小森くん、矢上君、柿原さん、友瀬さん。

 それにバスケのユニフォームを着た木島君に俺は一通りの情報共有をした。

 

 もちろん校長室のPCから入手したリストもタブレットに表示させて全員に見てもらっている。

 流石にもし教団や学校関係者にこのファイルを見られるとややこしいことになるので、配ることは出来ないが。

 

「大城戸さんにそんな秘密が……クラスの女子と話してる分にはごく普通って感じですけどね」

 

 校長室のPCから取得した能力者のリストに目を通しながら柿原さんが呟いた。

 

「大城戸さんの取り巻き女子はリストに載ってません。これは木島と同じ扱いなのかな?」

「名前だけを見ても誰がどのクラスの誰かってのはパッと思い浮かばないかな。1年や3年が混じってるのかも」

 

 新聞部の2人、矢上君と柿原さんにリストを見てもらったが、名前と顔は一致しないようだ。

 

「まあ、調べれば分かるかなと。卒業アルバムの編集はうちや写真部が手伝ってるので学校から顔写真付きの生徒一覧は貰ってるんですよ」

 

 柿原さんはそう言うと施錠出来るキャビネットの中から3冊のファイルを取り出した。

 

「来月には卒業していなくなる3年の分は再来週には学校に返却しろって言われていたのでギリセーフかなと」

「今時紙に印刷した資料って珍しいな」

「デジタルだと流出が怖いんでしょうね」

 

 おそらくファイルの外部流出に警戒するのは正しいのだろう。

 実際、あれだけセキュリティをガチガチに固めて秘匿していた能力者一覧のリストもデジタルデータで保管されていたために、あっさり流出して俺達の手元にあるのだから。

 

「じゃあ俺はもう行っていいか? 部員を待たせてるんだ」

 

 一通りの情報共有が終わったからか、木島君が新聞部の部室を退室しようとした。

 

「期末試験前に部活とか随分余裕ね」

「お前ら鏡って見たことある?」

「残念。こちらには小森大先生がいるのだ!」

「俺は柿原に教える気はないぞ。人に教えられるほど余裕があるわけじゃない」

 

 小森くんがあっさり言うと、柿原さんが小森くんの腰のあたりに「なんでよ」としがみついた。

 

 オイ、この距離感で付き合ってないとか嘘だろ。

 何なのこの2人のパーソナルスペースの壊れっぷりは。

 

「助けてよ! 成績が落ちると小遣いがピンチなのよ」

「俺じゃなくてラビさん……上戸さんに頼った方がいいよ」

「待って、こっちに話を振るの?」

 

 小森くんがそう言うと柿原さんは今度は俺の方にしがみついて涙ながらに訴えて来た。

 

「助けてください。成績がピンチなんです」

「まあ、確かにこんな事態に巻きこんで成績が下がるというのも理不尽だと思いますので何とかしますよ」

「ありがとう……本当にありがとう」

「あの、僕もいいですか?」

「私も」

「悪い、俺も頼みたい」

 

 矢上君と友瀬さん、そして部屋から退室しかけていた木島君も何故か戻って来ておそるおそる尋ねてきた。

 

 流石にこの状況で勉強を見るのは小森くんとエリちゃんだけで手一杯だとは言えない。

 他の調査しないといけないことは多々あるのだが、仕方ない。

 

「分かりました。全員分の試験勉強のフォローはしますよ。ただ、普段どんな授業をやっているのかが分からないので教科書とノートは出してください」

「それくらいなら」

 

 俺が了承を示すと恐ろしい勢いで部室の机に教科書とノートが山のように積まれた。

 ……これを全部俺が読むのか?

 

 全員のノートをパラパラとめくる。

 

 矢上君と友瀬さんのノートは綺麗に授業の板書が書き写されている模範的なノートだ。

 

 ただ、授業の進行度合いや範囲については分かりやすいのだが、教師の書いたことをいかに正確に丸写しするかに全神経が使われてしまっており、肝心の授業の内容を覚えることまで気が回っていない。

 数学の数式の中身を理解しているとは思えない。

 

 これは注意事項を付箋に書いて貼っておけば、来年以降は伸びそうだ。

 

 その点、小森くんのは俺が何か月か指導しただけあって、単に板書を書き写すのではなくて、備忘録と後で予習復習しやすいようにポイントのみを書くメモ形式だ。

 書くことに労力を使わない分だけ、自分で考える力が身に付く。

 分からなかったので辞書を引くと赤字で書いたところに、帰宅後にチェックしたであろう調査内容がメモしてあるところは満点をあげたい。

 

 英語のスペルミスなどのケアレスミスを減らせればもっと伸びて行けるだろう。

 

 柿原さんのは……アーカムで見たネクロノミコンが脳裏をよぎった。

 

 どうやら柿原さんは授業中に学校の勉強ではなくてヴォイニッチ手稿の写本でもやっていたようだ。

 ノートの隅で4コマ漫画の連載が始まるのもなかなかポイントが高い。

 

 ふざけんな。

 

「じゃあ私達はこのリストの人達を当たってきます。多分試験前だからみんな家で勉強してると思うし丁度良かったかも」

「1人目はこの新坂でいいか?」

「この住所なら小森の家の近くでしょ。そっちから駅の方へ下ってぐるっと回ると効率が良いはず」

 

 高校生チームが何やら打ち合わせをしている。

 他所の人間である俺には住所を見ても位置関係はさっぱりだが、地元民だとある程度把握できるのだろう。

 

「建前は新聞部の取材にしとく?」

「勿論。試験前の勉強についてのアンケートを取りたいのでランダムに選出しましたって建前で話を聞きに行く」

「前回のように戦闘が発生するかもしれませんので十分注意してください。何かあれば私か和泉さんまで。この学校周辺にはいますので」

 

 小森くん達は調査ということで良さそうだ。

 

「じゃあ俺は18時までは部活なので」

「分かりました。それまでは襲撃がないように見張っていますので」

 

 全員が退室したことで、俺だけが1人部室に取り残された。

 

「さて、試験用のカリキュラムでも作成しますか」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 使い魔で木島君の様子を定期的に確認しながら期末試験攻略のためのレジュメを作成していると日が暮れて来た。

 部室の窓から西日が差し込んでくる。

 

 窓から外を見ると「試験何するものぞ」とばかりに練習に励んでいる恐れ知らずの運動部が大勢見える。

 

 ただ時間を見るともうすぐ17時。

 18時で閉門らしいので、日が暮れると同時にみんな引き上げていくだろう。

 

 そうなれば最後は木島君が自宅に帰るまで追跡をして俺の一日が終わる。

 

 レジュメの方はほぼ目途がたった。

 

 入試試験と違って公立高校の学年末テストは単に習熟度のチェックだけだ。

 

 一年の総まとめという性質を考えると、捻った問題などはまず出て来ないだろうし、試験範囲もあくまで教科書の範囲に収まるはずだ。

 

 ならばポイントを絞って基礎部分を確実に取れるようにすれば、柿原さん以外は平均点くらいは何とか取ってくれるだろう。

 

 そして重大なことに気付いた。

 

「鍵を預かってないんだけど、俺は最後どうやって帰ったらいいの?」

 

 まあ教科書とノートを置いたままなのでみんな一度は戻ってくるのだろうと安易に考える。

 多分大丈夫。

 

「せっかくだし学校の探検でもするか。流石にこの時間で誰か結依さんを知ってるやつとバッタリとかないだろう」

 

 部室を出て、宛てもなく薄暗い廊下を歩いていく。

 

 試験前の期間だけあって校内に残っている生徒はほとんどおらず静かなものだ。

 

 隣が歴史研究会、更に隣が写真部。

 少し離れた場所にある音楽室らしき場所からはポペーと気の抜けるような音の後に、ブラスバンド部の演奏が聞こえてきた。

 微妙に音を外しているのが、いかにも高校のブラバンの練習らしい。

 

 曲は聞いた覚えがあるのだが、タイトルが出てこない。

 ただ「フンフンフーン」と鼻歌を歌えるので間違いなく知っている曲のはずだ。

 

 そのうち思い出せるかもしれないので「フンフフーン」と鼻歌を歌いながら階段を降りる。

 

「高校生活ってこんな感じだったよな」と、何年かぶりの学校に懐かしさを覚えつつ、学食前の自販機コーナーで見たことがないパッケージのコーラを購入した。

 普段住んでいない地域に来ると、こういう地方ローカル独自のものを購入するのが地味に楽しい。

 

 さて、どこの県のジュースが入っているんだ?

 神奈川か? 静岡か? それとも千葉か?

 パッケージを裏返して製造会社と工場を確認すると見慣れたメーカー名と県名が書かれていた。

 

「サンガリアじゃねぇか! 関西ローカルじゃなかったのかこのメーカー。しかも関西工場製だ」

 

 完全に同郷だった。

 

「立ち飲み禁止」「ドリンクは決められたエリア内でのみ飲むこと」「空き缶は所定の場所へ」

 学校からの張り紙が張ってあったので、それを遵守。

 

 ベンチに腰かけてコーラのプルタブを開けるとプシュと乾いた音がした。

 一口含むと、完全に飲んだことのある味で未知の体験ではなかったが、それはそれだ。

 

 もう一口飲もうとしたそのとき、不意に視界の上方が塞がれた。

 

 見上げると、制服姿の女生徒がこちらを覗き込んでいた。

 顔には見覚えがある。

 朝に俺の顔を見て結依さんだと騒ぎ立てて逃げ出していった女生徒だ。

 

 まだ校内に残っていたのか?

 

 部外者がいると騒がれたら面倒なことになる。

 どう対応すべきか考えたところ、彼女の方から声をかけてきた。

 

「品田さん……じゃない?」

 

 一応、認識阻害魔法は効果を発揮して、俺はこの高校の生徒だと誤認させることに成功はしているようだ。

 ただし、バグなのか俺を特定個人……品田結依さんとイメージを被らせしまっているようである。

 

「生きている人ですよね」

 

 かなり失礼な問いかけが来た。

 ただ、そんなことで怒る理由は特にない。

 あくまでも冷静に対応することにする。

 

「誰とお間違えですか? 別人ですよ」

「そ……そうですよね……」

 

 声が若干震えているのは死人が化けて出てきたという思い込みからの恐怖のためだろう。

 それをなんとか取り繕うとしているのか、口角を無理矢理気味に上げて笑顔の形を取ろうとしている。

 

 ただ、どうも恐怖だけではなく、目が泳いでおり、俺と決して視線を合わせようとしないあたり、何か他の感情を隠しているように思える。

 

 冷静に今の状況を考える。

 

 認識阻害魔法がバグっているということは、この女生徒が生前の結依さんと何らかの付き合いがあった可能性が高い。

 

 結依さんの記憶はかなり吹き飛んでいて詳細は定かではないのだが、生前は孤立しており、友人などはいなかったようだ。

 

 そして、結依さんはいじめを苦に自殺した。

 この学校でいじめが発生していたということだ。

 

 そしてのこの女生徒の不審な動き。

 

 もしかして、この女生徒が結依さんをいじめていた主犯、もしくは仲間ではないだろうか?

 

 ただ、友人という可能性も否定出来ない。

 俺はまだこの高校にしばらく潜伏して、ここを起点に調査を行うつもりなので、騒がれても困る。

 

 友人になるまではいかなくとも、ある程度親しくなっておいた方が動きやすいというところはある。

 

 もし、結依さん本人が自分を自殺に追い込んだ奴許すまじと怒りに燃えているようならば、対応を考えなくもないが、現在ではただのオモシロキャラであり、前の人生の禍根などは一切残っていない。

 ……多分。知らんけど。

 

 俺もしょうもない復讐劇に付き合うつもりもないので、何とかうまくこちらのペースに巻き込みたいところだ。

 

 こちらとしては、潜伏中は騒がずにいてくれたらそれで良いのだ。

 

「……似てるんです。雰囲気とか、座ってる感じとか」

 

 女生徒がぽつりと言った。

 

「なので化け……何か私に伝えたいことがあるのかと思って」

「何度も言いますけど私は別人ですよ」

「そ、そうですよね」

 

 腕を差し出して握手を求める。

 

「私は短期の間ですけどアラスカからこの高校に転入してきました転入生の加古川稲美(かこがわいなみ)と申します。分からないことは多々ありますが、色々と教えていただけたらと思います」

 

 兵庫県民ならばツッコミどころ満載の偽名だが、まあ良いだろう。

 

「私は数寄屋麻衣(すきやまい)です」

「数寄屋さんですね。校内で度々見かけることがあると思いますが、その際にはよろしくお願いします」

 

 彼女も握手に応じてくれたので、これで問題は1つ解決だ。

 

 彼女と別れて新聞部の部室に戻るが、まだ誰も帰ってこない。

 

 これからどうしたものかと悩んでいると一本の電話がかかってきた。

 小森くんからだ。

 

「どうした、何があった?」

『リストの1番。新坂隼人という生徒の家を訪問したんですが』

「待って、まだ1人目なの!?」

 

 小森くん達が出発したのは1時間30分ほど前の話だ。

 そろそろ学校も閉門となるので、流石に全員は無理だとしても4人くらいの家は回っているものだと思っていたのだが……。

 

『和泉さんと一緒に新坂君の自宅前に来てもらえますか? 大変なことが起こっていることが分かりました』

「大変って?」

『暴走です。使い魔の暴走で、新坂君宅が異界……ダンジョンと化しているんです』

 

 思っていた以上にとんでもない事態になっていた。

 流石にそれだと俺も向かった方が良さそうだ。

 

「木島君を家まで護衛したらすぐに合流するよ」

『それなら、和泉さんだけでも先に来られないですか? あと、あと出来れば教科書を……』

 

 時間を見ると確かに学校の閉門時間が近付いている。

 部室に教科書やノートを取りに戻っている時間はなさそうだ。

 

「そっちに柿原さんもいるだろ。新聞部の部室に鍵をかけて出たいから、スペアキーの場所があれば教えて欲しい」

 

 そう言うとやや待たされた後に返事があった。

 

『部長の机の一番上の引き出しのところに入ってるらしいです』

「不用心すぎない?」

 

 確かに引き出しを開けると鍵が入っていたので回収する。

 

 それから和泉さんに電話をかけて俺より先に新坂君の自宅へ向かってもらう。

 

「使い魔の暴走……一体何が起こっているって言うんだ」

 

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