道の駅針
「そろそろ出発するか」
俺……
1月の寒風が厳しい。
タイヤはスタッドレスタイヤを付けてはいるが、これから向かう場所の路面状態次第ではタイヤチェーンも必要かもしれない。
念のために温かいお茶を自販機で購入して車に戻った。
ドリンクホルダーにお茶のペットボトルを差して、シートベルトを付ける。
寒くなるとなかなかかかってくれないエンジンをなだめながら始動させる。
「佑はやっぱり小森君が心配か?」
助手席に座る俺の友人、
小森くんたちは22時から高校の旧校舎へ突入すると聞いている。
小森くんだけは場慣れしているとはいえ、情報不足による不利は否めない。
しかも、仲間は原理も由来も不明な謎の敵に能力を与えられて暴走経験もある能力者たちばかりだ。
無事に解決できるだろうか?
……豪快にブーメランを投げた気がする。
謎の存在に原理不明の能力を与えられて変なゲームをさせられたのは俺たちも同じだった。
「本当はこっちを投げ出してでも、すぐにでも駆けつけたいんだろ。見ていれば分かる」
「そんなに態度に出てるか?」
「ここに来るまで、頻繁に時計をチェックしてるだろ」
「よく見てるな」
「付き合い長いからな。
本当にこいつ相手だと隠し事ができないから困る。
俺の心の内も見抜かれているだろう。
「もしかして、女子として小森君が好きだったりするのか?」
どうやらそこまで心の中を見抜かれているということはなかったようだ。
とんでもない大暴投が飛んできた。
「確かに女子を半年以上やっていると精神が身体に引っ張られることもある。中の結依さんは小森くんラブだしな。でも、俺の仲間はみんな手のかかる子供みたいなものだから保護者にはなれても恋愛にまでは行かないんだよ。カーターも含めて」
「佑の周りにはダメ人間ばっかり寄ってくるんだな」
「お前も含めてな」
「私はダメ人間ではない」
「給料の9割をクレカの支払いで吹き飛ばすやつが言うな」
図星を突かれたというのに優紀はノーダメージだ。
さすが、俺のところに来ればタダでメシが出てくると思っているやつは一味も二味も違う。
道の駅の駐車場を出て、
「小森くんを大学に入れて、アホのカーターにちゃんと生活を管理してくれるしっかり者の奥さんを探してやるまで俺の戦いは続く」
「戦いが終わったら結婚しようみたいな感じの死亡フラグ全開のセリフはやめろ。死ぬぞ」
「結婚するって言ってほしいのか? お前はそんなに俺に死んでほしいの?」
そう告げると優紀は目をパチクリしていた。
さすがに唐突だし、今の場面で出すような話ではなかったかもしれない。
「……結婚って誰と?」
少しの沈黙の後に優紀が言葉を絞り出すように言った。
「ちゃんと世話をして食わせないといつ死んでしまうか分からないか弱い生き物」
「色々と危険に手を突っ込む佑の方が死にそうなんだけどさ」
「大丈夫。向こうの世界で聞いたんだけど、人間はそんな簡単に死なないんだってさ」
これは異世界で体験したことだ。
向こうの世界では何回か死にかけたが、知恵も力も尽くした上で、諦めずに最後まで足掻いていれば意外と何とかなったりする。
少なくとも帰る場所があるのに諦めて自己犠牲をするつもりはない。
さすがにもう自爆型の生き方は卒業したいところだ。
「まあ、俺はこれからずっと女のままだから、子供や世間一般と同じような家庭がほしいなら他に相手を探した方がいい。それでも構わないならば、3か月分の給料で誕生石の指輪くらいは用意しておく」
「洒落たプロポーズの言葉もちゃんとほしいんだけど」
「古典の流用ならすぐにでも出せるぞ。愛を語った名言は古今東西いくらでもある」
「拙くとも自分の言葉でほしいよ」
「それは難しい宿題だ」
これは適当な言葉で誤魔化すわけにはいかない。
そもそも出世して、給料が上がるまでお預けだ。
じっくりと時間をかけて考えていくことにしよう。
榛原の市街地を抜けて近鉄電車の高架をくぐると一気に民家や街灯がなくなり、一気に周囲の景色が寒々しい山間地帯のそれになった。
道路の案内標識は奈良県の宇陀市を抜けて
遠くの山のあちこちに積もる白い雪は月明りを反射してぼぅっと鈍く光っていた。
道路脇にも年末に降った雪がまだ溶けずに残っている。
たまに聞こえるパリパリという音は氷が車重で割れているのだろうか。
外気温は2度。
氷点下ではないが、相当寒いことに間違いはない。
温度が低いと露骨に性能に影響するキャブレター式空冷エンジンのパワーダウンを感じながらアクセルを踏み込んだ。
ヘッドライトに照らされた
かつては伊勢へと抜ける用途で使われた街道だ。
たまに国道より太い脇道が現れて、そちらに迷いそうになるのはご愛敬だ。
この周辺は林業が今なお盛んで、山から切り倒した木を運ぶトレーラーが走る関係で脇道や林道がとにかく広いのだ。
「それで折戸教授の研究って結局何だったんだ? ムー大陸がどうのというのは聞いたけど」
俺自身の復習の意味もあるのでここで一度振り返ってみよう。
「宇陀の名前は知っているな」
「紅葉で有名な室生寺は知ってる。長谷寺は宇陀?」
「長谷寺は桜井市。去年は異世界召喚でバタバタしていてどこにも行けなかったけど、今年はちゃんと紅葉を見に行こう。歴史の勉強にもなる」
「明日香は見ておきたいな。本で名前は何度も見たのに行ったことはないんだ」
「
本当にやることだけは多い。
スケジュールが多すぎてパンクしそうだ。
「じゃあ前提条件として、日本史の勉強の時間だ。準備はOK?」
「私の職業を言ってみろ」
「家事手伝い」
「教師だよ中学教師! 新人だけど」
本当にこいつは教師をちゃんとやれているのか心配になってくる。
新人なので副担任として担任のサポートの仕事が中心らしいが、それでも少し怪しくなってくる。
「紀元前660年頃、最初の天皇と言われている神武天皇という人物がいた」
「橿原に都を作ったんだっけ? 奈良時代の前にいたらしい、歴史上の実在性がちょっと怪しい人」
「だいたい合ってる。九州日向……年末に行った高千穂の近くで一大勢力を築いた後に東征で吉備を平定。難波にたどり着いてそこから和歌山の熊野に入った」
「難波から橿原に行くなら近鉄電車に乗れば良かったのに、なんでわざわざ熊野を経由したんだ? 大和川沿いを進めよ」
「生駒を越えて奈良に行こうとしたら、敵が思っていたよりも強かったので、一度太平洋側に出て回り込んだんだ」
こうやって見ていくと歴史は意外なところで繋がっていて面白い。
まあここは前置きの話だからあまり深堀りしても仕方ない。
俺も明日香だか橿原方面に行くなら近鉄電車が良いと思う。
「神武天皇は
「
「そして奈良を支配していた
「そこから南に下って明日香に至って奈良時代に繋がると。それでなんで佑はその宇陀に来たんだ?」
ようやく話が本題に戻った。
「日本書紀が正しいなら、神武天皇がたどり着いた宇陀周辺にも巨大な拠点がないとおかしい。折戸教授の所属する大学研究チームはそう考えた」
「……なるほど、宇陀には小さい神社は残っていても、巨大な遺跡が見つかってないのか。古事記にも日本書紀にも書かれている場所なのに」
「なので、熊野から宇陀までの区間を古文書や古い神社や祠の跡なんかを追って調査を進めた。そうやって資料を追いかけていた研究チームは、神武天皇と敵対していた長髄彦……土蜘蛛と呼ばれた抵抗勢力の拠点が近くにあることに気づいた。その資料のコピーはダッシュボードに入れている」
優紀は早速、車のダッシュボードを開いてクリアファイルに入った資料……折戸教授の著書からコピーしたものを読み始めて、すぐに顔をしかめた。
「修験者……とあるな」
「平安時代くらいの話だ。修験者が修行中に、その土蜘蛛の遺跡を見つけたらしい。修験者たちは、その地は神聖なものだとして、人が入ってはいけない禁足地として定めた」
「写真も載ってるけど、これは本当に日本なのか? エジプトか南米の遺跡に見えるんだけど」
「そう思うだろ。突然地球の裏側の文明が急に生えてきたので、どこから湧いてきたんだと疑問が出るのは当然だ」
「そりゃ急にムー大陸とか言い出すわけだ。テクノロジーが別物すぎる」
高度な石加工技術で作られた玄室や迷宮としか言いようがない巨大な空間。
発掘される石像などはギリシャ美術を思わせる精緻な彫刻で当時の埴輪や土偶とは似ても似つかない。
さらには紀元前にはヒッタイトやメソポタミアなど一部でしか使われていなかった鉄器まで出てくる。
宇宙人説が出なかっただけマシと思うしかない。
そして、それらの大半は国の上の方からの判断で発掘を中断させられて埋め戻された。
遺跡について記した関係者の著書も回収されたが、既に売れてしまった本については回収できず、今も古本屋の片隅でひっそり売られていたりする。
「そこで折戸教授は、実は神武天皇の動きは逆だったんじゃないかと考えた」
「逆って?」
「日本には現在の日本人とは全く別の……海の彼方からやってきた土蜘蛛と呼ばれる旧い支配者……旧支配者が存在していたと考えたんだ。英雄である神武天皇は熊野からそいつらを撃退しながら奈良まで上がってきた」
「近鉄電車に乗らなかった理由付けか」
「そして宇陀に拠点を作って、そいつらの拠点に攻め込んで勝った。監視のために近くの平地である橿原に都を作った。おしまい」
資料の中から優紀が取り出したのは一枚の地図だ。
国土地理院の地形図を印刷して、そこに著書から読み解いたヒントを元にいくつか線を引っ張って遺跡の場所を絞り込んだものだ。
奈良の御杖村と三重の
地理的にも宗教的にも全ての意味でも境界線……巨大な
「横浜の地下にあるのもほぼ間違いなく、旧支配者の遺跡だ。だから、ここの遺跡を攻略して何か情報が得られれば、それは向こうの攻略にも役に立つ」
「危険はないのか?」
「危険は多分神武天皇が払ってくれたはずだ。今もなお残っているのは残骸だよ。多分」
針TRSから1時間30分ほどかけて車は深夜の道の駅にたどり着いた。
既に営業時間は終わっているために、街灯と自動販売機くらいしか明かりがない。
周りには民家もほとんどなく、月明かりだけがある状態だ。
道の駅から目的地までは直線距離では10キロほどだが、途中は山道や道なき道を移動する必要がある。
一般人にはかなり険しいし、危険も多いだろう。
だから、ここから先は俺1人が空路で向かう必要がある。
「優紀はここで待機な。トイレも自販機もあるし、腹が減ったらクーラーボックスの中に入ってる菓子パンでも食べていてくれ。朝になっても未帰還なら各所に連絡してほしい」
「こんな地方の辺鄙な道の駅に置き去りとか困るし、適度に連絡をくれよ」
「地下に入ったら電波は届かないと思うが、まあそんなに時間はかけずに帰ってくる」
道の駅のトイレでいつもの戦闘服……白い外套とスカートに着替え、バルザイの偃月刀を収納したケースをベルトに吊るす。
完全にコスプレ状態ではあるが、防御力重視ならばこれしかない。
今回はそれに加えて追加の防具としてサバゲ用の膝と脛を覆うプロテクターと手袋を買って装備してみた。
硬くて頑丈なので、少しでも怪我を防ぐのに役立つだろう。
その上から、念のために車のトランクに詰め込んでいた迷彩色のフード付きコートを羽織った。
プロテクターとコートはミリタリーショップで安売りしていたものだが、まさかこんな形で役立つとは思わなかった。
こんな真冬のクソ寒い山の中に誰かが来るとは思えないが、念のためだ。
ペンキで黒く塗装した箒に飛び乗り、そのまま夜の山へと飛び立った。
人間の肉眼で闇夜に溶け込んだ俺を視認するのはほぼ不可能だろう。
現在時間は22時。
周辺に民家も街灯も……人工の灯りなど一切ない僻地の夜空は真冬のしんと冷えた空気と相まって満天の星空が広がっていた。
吐いた息が真っ白な雲となって背後へ流れていく。
防御力重視のためとはいえ、今の服装はさすがに寒い。
眼下には険しい山道が連なっている。
徒歩だと相当時間がかかるだろうが、空を飛ぶと10キロ程度ならば、ほんの数分で到着できる。
箒に括り付けたスマホの地図とGPSの位置情報を頼りに飛行を続けて目当てのポイント近くにたどり着いた。
まずは近くの丈夫そうな木の枝に着地する。
冬場のおかげで木には葉がついていないので安全に降りることができた。
温度差による結露で曇って見えなくなった風よけのゴーグルを拭きながら、かじかむ手で現在位置を再度確認する。
地名表示は
「よりにもよって神が末ってどういうことだよ」
名前が気になってスマホで検索すると地元では神様が杖をここに置き忘れたという伝承が伝わっており、神の杖、こうつえが神末に訛ったらしい。
インパクトがある地名だからか、すぐ隣に面した三重県の旧美杉村を舞台にした「神去なあなあ日常」という小説でも
小説は、社会からドロップアウトした主人公が地元の人たちと林業を通して触れ合い、社会への付き合い方を取り戻していくというお話だ。
その話の中に、地元で祀られる山の神が登場する場面がある。
昔から、この周辺には神秘的な何かが「いる」と語り継がれてきたのだろう。
「まあこれだけ山の深い地域だと何がいてもおかしくはないよな」
周囲数キロには民家などない山の中で、光る粒子で構成された鳥たちを各所に放った。
ほのかに光りながら高速で飛行する鳥たちは誰かに目撃されたならば「鬼火」と勘違いされるかもしれない。
そもそも宙に浮遊しながら周囲に鳥をばらまく俺の姿が邪悪な魔女そのものだ。
最初に5羽を飛ばした後に、追加で5羽召喚して、合計10羽の鳥でしらみつぶしのローラー作戦をかける。
さすがに10羽の鳥を視界を共有しつつコントロールするのは、ランクアップと限界超越で強化されて、
目を閉じて木の枝に体重を預け、全感覚を遮断して調査に集中することにする。
異世界でパタムンカさんが言っていた「古代人もバカではない」という言葉を思い起こす。
遺跡は自己満足な芸術作品ではない。
使うために作られた施設だ。
末永く残るために作ったので、変な場所に変な構造のものなどは作らない。
なので、必然的に中央構造線そのものには作らないだろう。
断層はただでさえ崩れやすいのに、地震が起きるともろに影響を受けるからだ。
遺跡はその位置でなければいけない理由が必ずあるはず。
高千穂のトナカイがいた遺跡を参考にしてみよう。
古代に何らかの理由で開いた異世界への境界を管理するため、次元境界から「よくないもの」が出て来た時に外へ出さないために石標や結界石などを配置したはずだ。
当然、その痕跡は周囲に残っているはずだ……ほら見付けた。
たまった穢れは水で流して浄化。
横浜の遺跡は高千穂と同じタイプならば、ここも同じ思想で作られている可能性が高い。
つまり川や沢沿いだ。
近くの川……神末川はすぐに見つかったので、そこの水源をたどっていく。
次のヒントは、警察は「重機を使って遺跡を埋めた」だ。
あまりに山が深く、車も入れない場所だと図体の大きな重機が遺跡まで入っていくことができない。
人力ではさすがに埋めるのに時間も手間もかかりすぎたはずだ。
何より古代人が超技術を持っていたとしても、山の中過ぎると、遺跡を作るのに無駄に手間がかかりすぎて無理だろうとなる。
周辺の結界石と川の位置から捜索範囲を絞り込んでいくと、林業用に作られた林道にコンクリートブロックが雑に置かれているのを見つけることができた。
用途は作業用の重機が下へ降りていくためのスロープだ。
スロープを降りきったところは少し平たい空間になっていた。
何故かその空間だけは木も草も生えておらず、近くの木から飛んできた落ち葉が積もっているだけだ。
鳥たちを動き回らせて落ち葉を吹き飛ばす。
どうやら、雑にコンクリートを流し込んで表面を固めただけのようだ。
別に何かを建てるわけでもないのに、そんなところにコンクリートを流し込んだ理由など1つしかない。
この下に見つかった遺跡を隠したかっただけだ。
「ビンゴっ!」
指をパチンと弾く。
書籍だけでは探しきれなかった。
今までの経験が俺に遺跡の場所を教えてくれた。
あの世界の冒険は色々と辛いこともあったが、それも全部糧になってくれている。
「3羽で増幅魔法陣を形成。残り7羽で地面を掘りぬけ!」
ドリルのように高速回転した鳥たちが次々とコンクリ路面へと突き刺さり、そのまま掘りぬいていく。
7羽の鳥たちがくりぬいた穴は1つの大きな円に繋がり、そのまま地下にある空洞へと一気に流れ落ちた。
隠蔽されていた古代遺跡の入口だ。
「さて、ここから古代遺跡探検の始まりだ。ソロは寂しいけど、何とか今日中に攻略するか」